災害性腰痛は全職業病の4割、非災害性では上肢障害が最大-日本における筋骨格系障害の状況(2020.12.24)

問題の長期的監視なし

筋骨格系障害は、世界と同様、わが国においても重要な労働衛生問題であり続けている。

様々なかたちで多くの調査研究も行われているものの、国による問題の状況を長期的に監視する調査は残念ながら行われていない。厚生労働省は、2012年まで5年ごとの「労働者健康状況調査」を実施していたが、労働者の疲労・ストレスの状況は調査したものの、筋骨格系の問題の状況を把握できる内容ではなかった。

問題の対象になり得る労働者の状況等に関しては、2013年から行われている「労働安全衛生調査(実態調査)」が当初、事業所調査で「腰部に負担のかかる業務に従事する労働者がいる事業所の割合」(2013年48.8%→2015年50.6%)、「腰痛予防対策に取り組んでいる事業所の割合」(2013年65.3%→2015年61.5%)等を聞いていたが、2016年調査以降聞かなくなってしまった。

また、「労働安全衛生調査(労働環境調査)」では、事業所調査で有害業務のひとつとして「重量物を取り扱う業務のある事業所の割合」(2001年3.4%→2006年5.1%→2014年4.6%→2019年8.2%)、「振動工具による身体に著しい振動を与える業務のある事業所の割合」(2001年2.0%→2006年3.4%→2014年3.2%→2019年5.7%)等、個人調査で「重量物を取り扱う業務に従事している労働者の割合」(2001年16.3%→2006年11.4%→2014年8.0%→2019年7.6%)、「振動工具による身体に著しい振動を与える業務に従事している労働者の割合」(2001年4.3%→2006年4.7%→2014年3.4%→2019年2.8%)等を聞いている。(以上、https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/list46-50.html参照、2019年調査結果は2020年9月2日に公表。)

業務上疾病の二つの情報源

厚生労働省は「業務上疾病発生状況」調査の結果を公表している(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09976.html)。

「業務上疾病の発生状況を把握して、労働衛生行政の基礎資料とすることを目的とする」ものとされ、資料は「業務上疾病調」、「休業4日以上のもの(死亡を含む)」、「当年中に発生した疾病で翌年3月末日までに把握したもの」としか説明されていないが、労働安全衛生法に基づき事業者が提出を義務づけられている労働者死傷病報告を基礎にしたものと言われている。

一方、公表されていないが、労災保険による「業務上疾病労災補償状況」に関するデータも存在しており、全国安全センターでは情報公開法を活用してその系統的な入手に努めている。

前者は労災保険非適用の官公署等を含む一方で、労災保険給付の対象となる通勤災害や労働者ではない労災保険特別加入者、離職後に発病した業務上疾病等は含まないなど、両者には制度的な違いがあるだけでなく、とりわけ一部の疾病については両者に大きな格差がみられている。

総会議案を掲載する安全センター情報に毎年最新のくわしいデータを紹介しているが、筋骨格系障害関連では、非災害性腰痛について前者が後者より毎年1~2千件多く、逆に頸肩腕症候群等や振動傷害については後者が前者の数倍から百倍程度多いという状況である。前者には業種別データが利用できる等の利点もあるのではあるが、職業病の状況を監視・分析するための指標としては、後者の方がふさわしいと考える。

職業病リスト上の筋骨格系障害

業務上疾病の分類は、わが国の職業病リストである、労働基準法施行規則別表第1の2(第35条関係)の分類に拠っている。大分類(一~十一)と小分類がなされているが、大分類では、以下のふたつが筋骨格系障害と直接関連している。

一 業務上の負傷に起因する疾病

三 身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する次に掲げる疾病
前者の大分類は一般に「災害性疾病」ともよばれ、規則では小区分は設けられていないが、通達(昭和51年3月30日付け基発第186号)で含まれるものとして8つの類型が示され、その4番目として以下が挙げられている。
「業務上の脊柱又は四肢の負傷による関節症、腰痛(いわゆる「災害性腰痛」)等の非感染性疾患」
後者の大分類には、以下の小分類が設定されている([ ]内は本稿で使った略語)。
1 重激な業務による筋肉、腱、骨若しくは関節の疾患又は内臓脱[重激業務
2 重量物を取り扱う業務、腰部に過度の負担を与える不自然な作業姿勢により行う業務その他腰部に過度の負担のかかる業務による腰痛[非災害性腰痛
3 さく岩機、鋲打ち機、チェーンソー等の機械器具の使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動器障害[振動障害]
4 電子計算機への入力を反復して行う業務その他上肢に過度の負担のかかる業務による後頭部、頸けい部、肩甲帯、上腕、前腕又は手指の運動器障害[上肢障害
5 1から4までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他身体に過度の負担のかかる作業態様の業務に起因することの明らかな疾病[その他

災害性腰痛の労災補償状況

図1に、災害性腰痛、全災害性疾病と全職業病の年度別労災認定件数、及び災害性腰痛の全災害性疾病と全職業病に対する割合(%)を示した。

全職業病は、1980年度19,013件から1996年度8,624件まで減少を続け、2006年度のクボタショックによるアスベスト関連がんの急増による山を含みながらおおむね横ばいだったが、2017・18年度とやや増加している。全災害性疾病は、1980年度11,985件から2000年度4,344件まで減少し続け、その後横ばい状態が続いている。災害性腰痛も、1980年度8,232件から2000年度2,749件まで減少し続け、その後横ばい状態である。

全災害性疾病に対する災害性腰痛の割合は70%前後(62.3%から73.6%)、全職業病に対する災害性腰痛の割合はやや減少しつつあるようにもみえるがおおむね40%前後(31.4%から48.0%)。いずれにせよ、災害性腰痛は、わが国における最大の職業病である。

災害性腰痛に関しては、1976年に策定された「業務上腰痛の認定基準」(昭和51年10月16日付け基発第7506号)のなかで、「災害性の原因による腰痛」として示されている(http://joshrc.org/kijun/std01.htm)。
[※腰痛労災認定基準と運用について]

現実の腰痛は災害性と非災害性(慢性あるいは蓄積性とも)の組み合わせである(さらには既往症や基礎疾患を含め業務以外の諸要因も組み合わさる)場合が多いが、労災補償手続上は区別され、別の認定基準が適用され、別の分類に分けられている。このことや認定基準自体の内容と運用の狭さ等がしばしば問題になっている。

実際、事業者が労働者死傷病報告を提出した件数が労災認定件数よりも毎年1~2千件多いという事実が、労災請求がなされなかったり、請求はされたものの不支給決定されていることを予想させるが、関連するデータは公表されていない。

また、災害性の認定は非災害性の場合よりも相対的に容易と言われる一方で、相対的に短い期間しか療養を認めない圧力があるのも事実である。

非災害性疾病の労災認定基準

図2に、上肢災害、非災害性腰痛、振動障害、重激業務の年度別労災認定件数、及び、上肢災害と非災害性腰痛についてのみ1999年度以降分について不支給決定件数(+請求件数)も入手できているので認定率(%)も示した。

上肢障害については、1997年に「上肢作業に基づく疾病の業務上外の認定基準」(平成9年2月3日付け基発第65号)が示されて、1975年に策定された「キーパンチャー等上肢作業にもとづく疾病の業務上外の認定基準」(昭和50年2月5日付け基発第59号)は廃止された(1997年3月号参照)(http://joshrc.org/kijun/std03-4.htm)。

非災害性腰痛については、前出1975年策定の「業務上腰痛の認定基準」のなかで、「災害性の原因によらない腰痛」として示されている(http://joshrc.org/kijun/std03-2.htm)。
[※腰痛労災認定基準と運用について]

振動障害については、1977年策定の「振動障害の認定基準」(昭和52年5月28日付け基発第307号)が生きている(http://joshrc.org/kijun/std03-3.htm)。

重激業務については、特別の認定基準は策定されていない(http://joshrc.org/kijun/std03-1.htm)。

非災害性疾病の労災補償状況

上肢災害は現在、非災害性筋骨格系障害で最大となっている。1995年度の149件から2008年度の954件まで増加し続け、いったん減少したもののまた増加して2018年度は916件となっている。これには1997年の認定基準改訂も影響しているかもしれないが、認定率は2000年度の83.8%が最高で、減少傾向を示しているようにみえ、2018年度は59.4%で最低となっている。

非災害性腰痛は、1980年度186件、1981年度158件を除くと、27~84件の範囲内におさまり、おおむね横ばい状態である。認定率は波があるが、2000年度の63.2%が最高で、2013年度の28.9%が最低。10年区分で2000年度内は50%前後だったものが、2010年度には40%前後に減少してきている。

振動障害は、1980年度の1,834件から1990年度の361件まで減少し続け、1991年度の912件へといったん再増加したものの、2005年度以降は300件前後で横ばい状態になっている。

重激業務は、121件(2018年度)~458件(1992年度)の範囲内で推移してきている。

上肢障害ですらすでに認定基準改訂から20年以上、それ以外は35年以上経っており、これまでも様々な問題点が指摘されているところで、認定基準の内容・運用の見直しが必要である。

包括的救済規定と呼ばれる「その他」についても特別の認定基準は策定されていない(http://joshrc.org/kijun/std03-5.htm)。

図2に「その他」は示していないが、職業病リストの見直し作業に資するため、数年おきに、包括的救済規定のもとで労災認定された疾病の内訳が示されている(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-roudou_128872.html)。表1にその内容を示した。

療養期間-長期療養者の状況

一部データを示すことが可能な、筋骨格系障害と密接に関連するもうひつの重要な問題は療養期間である。

2000年度分以降、労災保険事業年報(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/138-1.html)に「傷病別長期療養者推移状況」に関するデータが示されるようになり、これには頸肩腕症候群、腰痛、振動障害が含まれている(表2~4)。

厚生労働省は「長期療養者の適正給付管理」と称して患者本人や主治医等に療養打ち切りの圧力をかけている実態があり、振動障害が主要目標であるが(http://joshrc.org/kijun/std03-3.htm)、上肢障害や非災害性腰痛も対象になっている。この背景には、「傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行っても、その医療効果が期待できなくなった状態」(症状固定)も「治ゆ(治った)」とみなすという厚生労働省の考え方がある。振動障害をめぐり厚生労働省に認めさせた、「治療を中止すると症状が悪化する」ものは「症状が安定していると言えない」という考え方が他の傷病にも適用されるようになってきてはいるものの、争いがたえないところである。

上肢障害として新規労災認定されるものが最近では毎年800人程度いるなかで、頸肩腕症候群について、療養1年以上に新規該当するものは毎年百人未満にとどまり、同じくらいが「治ゆまたは中断」して、年度末の1年以上療養者は150人前後でほぼ変わっていない(表2)。

腰痛については、非災害性腰痛として新規労災認定されるものは毎年50人前後だが、災害性腰痛は3千件程度。それらのなかで、療養1年以上に新規該当するものは毎年5~600人、同じくらいが「治ゆまたは中断」して、年度末の1年以上療養者は600人前後で推移してきている(表3)。

振動障害として新規労災認定されるものが最近では毎年300人前後であるなかで、療養1年以上に新規該当するものも300人前後、それを上回る「治ゆまたは中断」者がいて、年度末の1年以上療養者は1999年度末の8,657人から2018年度末の5,168人へと減少し続けているものの、それでも療養3年以上のものがまだ4,645人いるという状況である(表4)。

労働衛生対策の状況

「職場における労働衛生対策」に関して厚生労働省はウエブサイトに特設ページをつくっているが、これには、腰痛予防対策、情報機器作業、振動障害対策が含まれている(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei02.html)。

腰痛予防対策の中心となる「職場における腰痛予防対策指針」は、2013年に19年ぶりに改訂されたもので(2013年8月号参照)、その後厚生労働省は、製造業、陸上貨物運送事業、小売業、社会福祉施設・医療施設など対象を絞ったリーフレット等を作成したり、腰痛予防対策講習会を開催したりしている。

情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」は、2019年に17年ぶりに、「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」から改訂されたもの(2019年11月号参照)。

本誌は、わが国独特の遅れた「労働衛生の三管理(作業管理・作業環境管理・健康管理)」から「リスク管理のヒエラルキー(発生源対策>工学的・管理的対策>個人保護対策)に則った労働安全衛生マネジメントシステム(OSH-MS)」アプローチへの転換を唱道してきた。その観点でみると、2013年の「職場における腰痛予防対策指針」は古い三管理から抜け出せていないが、2019年の「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」は三管理に新たなアプローチを加えようとした努力がみられるようにも思われる。

振動障害対策は、国際標準化機構(ISO)等における取り組みの流れを踏まえて、振動工具の振動加速度のレベルに応じて振動に曝露される時間を抑制することなどを内容とした新たな予防対策が、2009年に導入されている。

2020年に「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン)が策定されたが、これはOSH-MSアプローチを意識しており、重量物取り扱い、身体的な負担の大きな作業、情報機器作業への対応等も扱われているので、筋骨格系障害予防という面でも活用されることを期待したい(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/newpage_00007.html)。

また、さらに筋骨格系障害の予防に焦点をおいて、物理的リスクや人間工学的リスクだけでなく、心理社会的リスク等もカバーした、リスクアセスメントやリスク管理のヒエラルキーに則った対策を促進するための手引きの策定等を望みたい。

■労働関連筋骨格系障害(MSDs)=欧州で最多の労働関連健康問題に対処するキャンペーンを開始~いまこそ行動するとき:EU-OSHA(欧州労働安全衛生機関)/2020年10月12日
■労働関連筋骨格系障害(MSDs): EUにおける広がり、費用及び人口統計 欧州リスク調査所 2019.11.15
■労働関連筋骨格系障害:なぜまだそれほど流行しているのか? 文献レビューによる証拠 2020.5.4 概要報告書:欧州リスク調査所
■予防方針・慣行:労働関連 筋骨格系障害に対処するアプローチ 2020.5.19 概要報告書:欧州リスク調査所
■労働関連筋骨格系障害:研究から実践へ、何が学べるか? 2020.6.9 概要報告書:欧州リスク調査所
◆災害性腰痛は全職業病の4割、非災害性では上肢障害が最大-日本における筋骨格系障害の状況(2020.12.24)
◆本ウエブサイト上の筋骨格系障害関連情報