OSH-MS(労働安全衛生マネジメントシステム)・RA(リスクアセスメント)の活用促進/労働安全衛生対策の原則に-第13次労働災害防止計画実際の状況、一層の推進に期待

古谷杉郎(全国安全センター事務局長)

2018年に策定された、2018~2023年度の5年間を計画期間とする第13次労働災害防止計画(13次防)は、「労働安全衛生マネジメントシステムについて、産業安全や化学物質対策への活用に加え、過重労働対策やメンタルヘルス対策等への活用について検討する」としている。

今回、その実際の状況を確認するとともに、これを手がかりにして日本の労働安全衛生法令・対策の方向性について考えてみたい。

OSHマネジメントシステム

労働安全衛生マネジメントシステム(OSH-MS)は、1999年に労働安全衛生規則第24条の2「自主的活動の促進のための指針」として導入され、「労働安全衛生マネジメントシステム指針」が労働省告示として策定されて、その後2006年と2019年7月1日に改正されている。

この指針は、事業者が労働者の協力の下に一連の過程を定めて継続的に行う自主的な安全衛生活動を促進することにより、①労働災害の防止を図るとともに、②労働者の健康の増進及び③快適な職場環境の形成の促進を図り、もって事業場における安全衛生の水準の向上に資することを目的としている(第1条)。

また、OSH-MSとは、事業場において、次に掲げる事項を体系的かつ継続的に実施する安全衛生管理に係る一連の自主的活動に関する仕組みであって、生産管理等事業実施に係る管理と一体となって運用されるものをいうとされている(第3条、「…」以下は別条からの補足)。

  1. 安全衛生方針の表明
  2. リスクアセスメント(危険性又は有害性の調査)及びその結果に基づき講ずる措置
  3. 安全衛生目標の設定…安全衛生方針に基づき、リスクアセスメントの結果及び過去の安全衛生目標の達成状況を踏まえて設定。
  4. 安全衛生計画の作成、実施、評価及び改善…安全衛生目標を達成するための具体的な実施事項、日程等について定める。
  5. 事業者は、安全衛生目標の設定並びに安全衛生計画の作成(Plan)、実施(Do)、評価(Check)及び改善(Act)に当たり(PDCA)、安全衛生委員会等の活用等労働者の意見を反映する手順を定めるとともに、この手順に基づき、労働者の意見を反映する。
    事業者は、労働安全衛生マネジメントシステムに従って行う措置を適切に実施する体制を整備する(関係者の役割・責任・権限、人材・予算の確保、教育等)

OSH-MSの核心要素のひとつである、②のリスクアセスメント(RA)とその結果に基づく措置は、2006年に労働安全衛生法に規定され(第28条の2)、「危険性又は有害性等の調査に関する指針(リスクアセスメント指針)」が2006年に公示された。

リスクアセスメント指針は、OSH-MS指針に定めるリスクアセスメントの調査及び実施事項の特定の具体的実施事項としても位置づけられるものであるとされている。

本誌がたびたび指摘しているように、リスクアセスメントとその結果に基づく措置の核心は、指針に示された、
「次に掲げる優先順位で、可能な限り高い優先順位のリスク低減措置を実施する必要がある。

  1. 設計や計画の段階からリスクを除去又は低減
  2. 工学的対
  3. 管理的対策
  4. 個人用保護具の使用」

という、「『合理的に実現可能な程度に低い』(AL-ARP)レベルにまで適切にリスクを低減するという考え方を規定したことである。
一次予防、二次予防、三次予防の順序で優先順位が高いという考え方とまったく同じである。

機械安全・化学物質対策への活用

もともとOSH-MSもリスクアセスメントも、最初から安全と衛生を区別していないのに、なぜ「産業安全や化学物質対策への活用に加え」他の対策への活用が課題になるのだろうか。個人的体験に照らせば、産業安全への活用についても、一定の経過があったと思っている。

全国安全センターは、2004年7月16日に厚生労働省労働基準局と話し合いの場を持った際、「リスクアセスメントなりOSH-MSを導入するにしても、そのこと自体が目的なのではなく、それらを活用した対策-リスク管理をどう進めるかが問題なのであって、①発生源対策、②電波経路対策、③個人保護対策という3つのレベルと優先順位を明示することが重要」と提起したのに対して、安全課の担当者hが「安全の分野ではマッチしない、機会安全では、①本質安全設計、②作業マニュアルの整備、③労働者教育、というかたちになる」と回答した。

当時報告に書いたように、「(安全課が言う)①と②の間に『安全防護等によるリスクの低減』を入れて、これが機械安全のリスク低減戦略であることは承知している。しかし、リスク対策のレベルと優先順位ということで全く同じ思想に立つものというのが私の理解であったが、あえて安全と衛生でリスク対策のアプローチが異なるかのごとくとらえているという事実のほうに驚いた」(2004年8・9月号参照)。

2006年のリスクアセスメント指針は、「本指針を踏まえ、特定の危険性又は有害性[リスク]の種類等に関する詳細な指針が別途策定されるものとする。詳細な指針には、『化学物質等による労働者の危険又は健康障害を防止するため必要な措置に関する指針』、機械安全に関して厚生労働省労働基準局長の定めるものが含まれる」としていた。

ひとつは、すでに2001年に労働基準局長通達として策定されていた「機械の包括的な安全基準に関する指針」が2007年に改正されて、後者の詳細な指針として位置づけられた。

この指針では、前出の優先順位に基づくリスク低減措置を、機械の製造等を行う者については、本質的安全設計方策>安全防護+付加保護方策>使用上の情報の内容及び提供方法、機械を労働者に使用させる事業者については、「本質的安全設計方策>安全防護+付加保護方策」に対応うした方策>残留リスクを労働者に伝えるための作業手順の整備、労働者教育の実施等>個人用保護具の使用として示され、検討に当たってはリスクアセスメント指針に留意するものとしている。

さらに2012年に、労働安全衛生規則第24条の13に「機械に関する危険性等の通知」が規定され、「残留リスクマップ」を活用した「機械譲渡者等が行う機械に関する危険性等の通知の促進に関する指針」が厚生労働省告示として策定された。

こうして、機械安全については、リスクアセスメントと残留リスクマップを中心とした対策の基本が確立されていったものと考えられる。

もうひとつの詳細な指針として掲げられた「化学物質等による労働者の危険又は健康障害を防止するため必要な措置に関する指針」は2000年に公示されたものだが、2006年リスクアセスメント指針公示の20日後に「化学物質等による危険性又は有害性等の調査に関する指針(化学物質リスクアセスメント指針)」によって置き換えられた。

この指針では、前出の優先順位に基づくリスク低減措置は、①は「リスクのより低い物への代替、化学反応のプロセス等の運転条件の変更、取り扱う化学物質等の形状の変更等又はこれらの併用によるリスクの低減」、②は「工学的対策又は化学物質等に係る機械設備等の密閉化、局所排気装置の設置等の衛生工学的対策」とされている。

2012年には、労働安全衛生規則第24条の14~16「危険有害化学物質等に関する危険性又は有害性等の表示等」が規定され、もともとは1992年に公示され、法文上に規定が設けられたことをうけ2000年に改正されていた「化学物質等の危険性又は有害性等の表示又は通知等の促進に関する指針」が改正された。

さらに2015年の労働安全衛生法改正によって、危険有害化学物質については、容器又は包装へのラベル表示、安全データシート(SDS)交付とリスクアセスメントが3点セットが義務づけられることによって(上記2つの指針とも改正されている)、化学物質対策の基本が確立されてきた。

こうして、機械安全と化学物質対策は、リスクアセスメントを活用する典型的事例になった。

また、2012年の残留リスクマップとラベル表示・安全データシート(SDS)に係る労働安全衛生規則改正は、「知る権利」がリスクアセスメントやOSH-MSの下支えをすることを示した点でも重要であった。

機械以外の安全対策への活用

機械以外の安全対策についてみれば、例えば以下のような事例を確認できる。

2007年に改正(1993年策定)された「建設業における総合的労働災害防止対策の推進について」は、リスクアセスメントとその結果に基づく措置の実施及びOSH-MSの導入の促進がうたわれている。また、2012年に策定(2015年改正)された「足場からの墜落・転落災害防止対策推進要綱」、2017年に策定された「シールドトンネル工事に係る安全対策ガイドライン」等で、リスクアセスメントとその結果に基づく措置の重要性が強調されている。

また、「工事施工段階の対策だけでなく、建築物等の設計段階から、あらかじめ施工作業の危険性を低減するよう設計者が配慮することが建設工事の労働災害対策で重要」という観点からセーフティ・アセスメントに関する指針の策定が進められ、2016年制定の建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進に関する法律も、建設工事従事者の安全及び健康に配慮した建築物等の設計の普及等を促進することとしている(第13条第2項)。

さらに、2013年策定の「陸上貨物運送事業における荷役作業の安全対策ガイドライン」等は、安全衛生方針の表明、目標の設定及び計画の作成、実施、評価及び改善(リスクアセスメントの実施とその結果に基づく措置を講ずることも含まれている)を柱にしている。

安全対策に限定したものではないが、「化学設備の非定常作業における安全衛生対策のためのガイドライン」(1996年策定・2008年改正)や「鉄鋼生産設備の非定常作業における安全衛生対策のためのガイドライン」(1997年策定・2015年改正)は、改正によって、リスクアセスメントとその結果に基づく措置を基本に据えたものに変わった。

第三次産業の労働災害防止対策では、多店舗展開企業(小売業)、社会福祉施設向けのリスクアセスメントマニュアル等が策定されている。さらに、多くの作業別または業種別のリスクアセスメントマニュアル等も作成されてきた(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei14/index.html)。

おそらくは以上のような状況をもって、13次防は、機械安全だけではなく産業安全対策一般と化学物質対策では、OSH-MSをすでに活用していると認識しているということなのだろう。

なお、OSH-MS指針の策定・改正を含めた以上のような動きが、国際労働機関(ILO)や国際標準化機構(ISO)における国際的潮流を反映したものでもあることを指摘しておくことも重要だろう。

エイジフレンドリーガイドライン

そして13次防は、「過重労働対策やメンタルヘルス対策等への(OSH-MSの)活用の検討」を課題として掲げたわけである。過重労働対策とメンタルヘルス対策に限定せず、化学物質対策以外の労働衛生対策や安全と衛生を合わせた安全衛生対策を対象に、実際の状況を確認してみたい。

まずは、13次防でほかに課題として掲げられた事項を手がかりにしてみてみよう。

13次防は、「労働力が高齢化し、転倒災害や腰痛が増加傾向にあることから、高年齢労働者に配慮した職場環境の改善や筋力強化等の身体機能向上のための健康づくり等の取組事例を収集し、安全と健康確保のための配慮事項を整理して、その普及を図る」としていた。

ここではOSH-MS等には何もふれられていなかったのだが、2020年1月に公表された「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」報告書は、ガイドラインに盛り込むべき事業者に求められる事項として、①全般的事項として「経営トップによる方針表明及び体制整備」と「危険源の特定等のリスクアセスメントの実施」、②職場環境の改善として、「リスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけて取り組む」こと-すなわち、OSH-MSとリスクアセスメントの活用をまっさきに掲げた。

2020年3月16日基安発0316第1号労働基準局安全衛生部長通達として策定された「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(通称:エイジフレンドリーガイドライン)」は、報告書の提言に沿ったものになった。「事業者に求められる事項」は、以下のとおりとされてる。

1 安全管理体制の確立等
① 経営トップによる方針表明及び体制の整備
② 危険源の特定等のリスクアセスメントの実施…結果を踏まえ、以下の2~5の事項を参考に優先順位の高い対策から取り組む事項を決める。その際、年間推進計画を策定し、計画に沿って取組を実施し、計画を一定期間で評価し、必要な改善を行うことが望ましい。
2 職場環境の改善…共通的な事項及び危険を知らせるための視聴覚関係、暑熱な環境、重量物取扱い、介護作業等、情報機器作業への対応という項目ごとに「対策の例」が示され、添付された「エイジアクション100 高年利労働者の安全と健康確保のためのチェックリスト」と合わせて活用できる。
3 高年齢労働者の健康や体力の状況の把握
4 高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応…就業上の措置、働き方のルール構築、心身両面にわたる健康保持増進措置
5 安全衛生教育

「OSH-MSを導入している事業場においては、労働安全衛生方針の中に、例えば『年齢にかかわらず健康に安心して働ける』等の内容を盛り込んで取り組むこと」とされてもいるように、概してOSH-MSに組み込んで取り組みやすい内容になっている。

また、後述の健康保持増進指針、ストレスチェック、メンタルヘルス指針に基づいた取り組みを、高年齢労働者に配慮した対策の例(6例列挙)を参考に、リスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけて進めることも指摘している。

ただし、この指針は、「安全と健康確保」とうたっているものの、上記1-②が「危険」だけで「有害」を欠くように、安全対策に重点が置かれている。

健康保持増進指針の改正

13次防はまた、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催により、広く国民のスポーツへの関心が高まることを踏まえ、スポーツ庁と連携して、スポーツ基本計画と連動した事業場における労働者の健康保持増進のための指針の見直しを検討するなど、運動実践を通じた労働者の健康増進を推進する」としていた。

この指針は、1987年の労働安全衛生法改正で「事業者は、労働者に対する健康教育及び健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努めなければならない」(第69条第1項)とされたことに合わせて1988年に公示され、1997年と2007年、そして今回、2020年3月31日付けで改正された。

健康保持増進措置(トータル・ヘルス・プロモーションとも呼ばれる)は、「健康教育、健康相談、その他」からはじまって若干変化してきたが、最新版では、労働者の健康状態の把握(調査、測定等)を踏まえた健康指導(運動指導、メンタルヘルスケア、栄養指導、口腔保健指導、保健指導)、その他(健康教育、健康相談、啓発活動等)と整理されたようだ。加えて、新たに「労働安全衛生法第69条第1項に基づく事業場において事業者が講ずるよう努めるべき労働者の健康の保持増進のための、方針の表明から計画の策定、実施、評価等の一連の取組全体をいう」という、「健康保持増進対策の定義」が示された。

「健康保持増進対策の推進に当たっての基本事項」は以下のとおりである。

  1. 健康保持増進方針の表明
  2. 推進体制の確立
  3. 課題の把握
  4. 健康保持増進目標の設定
  5. 健康保持増進措置の決定
  6. 健康保持増進計画の策定
  7. 健康保持増進計画の実施
  8. 実施計画の評価

今回の改正の特徴は、よりOSH-MSに沿った構成に整理されたことである。

ただし、課題の把握や目標の設定等において、労働者健康状態等が把握できる客観的な数値等を活用することが望ましいとはされているものの、リスクアセスメントへの言及は含まれていない。

他の指針との関係で、「本指針のメンタルヘルスケアとは、積極的な健康づくりを目指す人を対象にしたものであって、その内容は、ストレスに対する気付きへの援助、リラクセーションの指導等であり、その実施に当たっては、メンタルヘルス指針を踏まえて、集団や労働者の状況に応じて適切に行われる必要がある。また、健康保持増進措置として、メンタルヘルスケアとともに、運動指導、保健指導等を含めた取組を実施する必要がある」としている。

過重労働・メンタルヘルス対策

13次防は、OSH-MSの活用の検討に加えて、「過重労働・メンタルヘルス対策等の労働者の心身の健康確保対策がこれまでになく強く求められている。そのため、法定の健康診断やその結果を踏まえた就業上の措置のみならず、労働者の健康管理に関して、経営トップの取組方針の設定・表明等、企業の積極的な取組を推進する」ともしていた。

過重労働対策では、「過重労働による健康障害防止のための総合対策」が2006年に労働基準局長通達として策定され、2008年、2011年、2016年、そして13次防策定後の2019年4月1日と2020年4月1日にも改正されている。同総合対策は、過重労働による健康障害を防止するため事業者が講ずべき措置のほか、労働基準監督署の窓口指導等、監督指導等、過重労働による業務上の疾病が発生した場合の再発防止対策を徹底するための指導等について定めているが、13次防が掲げた「OSH-MSの活用」や「経営トップの取組方針の設定・表明等の企業の積極的な取組の推進」に係る改正が行われた形跡はまだ見受けられない。

また、直接的な労働衛生対策ではないとしても、労働時間等設定改善計画の策定・実施・検証・見直し等も推奨する「労働時間等設定改善指針(労働時間等見直しガイドライン)」等もOSH-MSの活用の対象になり得ると考えられるのだが、そのような動きもまだみられない。

メンタルヘルス対策では、2006年に公示されて、2015年に改正されている「労働者の心の健康の保持増進のための指針」と2015年に施行された労働安全衛生法改正で導入された「ストレスチェック制度」が厚生労働省が進める対策の中心である。

前者の「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」では、「心の健康づくり計画を各事業場における労働安全衛生に関する計画の中に位置づけることが望ましい」として、同計画定めるべき事項として、以下を掲げている。

  1. 事業者がメンタルヘルスケアを積極的に推進する旨の表明に関すること。
  2. 事業場における心の健康づくりの体制の整備に関すること。
  3. 事業場における問題点の把握及びメンタルヘルスケアの実施に関すること。
  4. メンタルヘルスケアを行うために必要な人材の確保及び事業場外資源の活用に関すること。
  5. 労働者の健康情報の保護に関すること。
  6. 心の健康づくり計画の実施状況の評価及び計画の見直しに関すること。
  7. その他労働者の心の健康づくりに必要な措置に関すること

職場環境等の評価と問題点の把握は、「管理監督者による日常の職場管理や労働者からの意見聴取の結果を通じ、また、ストレスチェック結果の集団ごとの分析の結果や面接指導の結果等を活用」等とされているものの、リスクアセスメントへの言及は含まれていない。

後者の「ストレスチェック制度」では、2015年に策定され、2015年と13次防策定後の2018年8月22日に改訂された「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針(ストレスチェック指針)」は、事業者によるストレスチェック制度に関する基本方針の表明、実施体制の整備、実施計画の策定、集団ごとの集計・分析結果に基づく職場環境の改善等が示されてはいるものの、法令による規定のされ方も含めて、医師による面接指導のほうに重点が置かれたものになっている。
「ストレスチェック結果に基づく集団ごとの集計・分析及び職場環境の改善」が中心に置かれるようになれば、OSH-MSやリスクアセスメントの活用の場面が出てくる可能性はあるが、現在のところ、法令上の規定も指針の内容も不十分である。

いずれにせよ、メンタルヘルス対策-とりわけ「労働者の心の健康の保持増進のための指針」及び「ストレスチェック制度」について、13次防策定後、「OSH-MSの活用」や「経営トップの取組方針の設定・表明等の企業の積極的な取組の推進」に係る改正が行われた形跡はまだ見受けられない。

置き去りにされた快適職場指針

ここでふれておきたいのが、1992年に労働諸告示として策定され、1997年に一度改正されただけの「事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関する指針(快適職場指針)」である。

この指針は、1992年の労働安全衛生法改正により目的(第1条)に「快適な職場環境の形成を促進すること」が追加されたことから策定されたもので、OSH-MS指針が、「①労働災害の防止を図るとともに、②労働者の健康の増進及び③快適な職場環境の形成の促進を図る」ことを目的に掲げていることは前述したとおりである。

作業環境(空気環境、温熱環境、視環境、音環境、作業空間等)、作業方法、疲労回復施設・設備等、その他、と幅広い対象をカバーし、継続的かつ計画的な取組、労働者の意見の反映、個人差への配慮、潤いへの配慮も取り上げられているものの、さすがに古い文書であるため、OSH-MSやリスクアセスメントなどの視点は含まれていない。

「OSH-MSの活用」を言うならまっさきに改正されるべきもののひとつと考えられるのに、長い間改正されていないどころか、厚生労働省ウエブサイトの「分野別政策一覧」に労働安全衛生法の目的のひとつである「快適な職場環境の形成促進」のページすら設けられていない。かろうじて、中央労働災害防止協会のウエブサイトに「快適職場づくり」が残されている程度である(https://www.jaish.gr.jp/user/anzen/sho/kaiteki_index.html、ここに示された「継続的かつ計画的に快適な職場環境の形成に取り組むための評価票」はOSH-MSを活用していて有用であろう)。

実は、経費の一部助成や低利融資を行う快適職場形成促進事業によって推進されてきたのだが、2010年度限りで同事業が廃止されてから、置き去りにされてきたかたちなのである。このことは、補助金事業つきで策定された「エイジフレンドリーガイドライン」を含め、同様の仕組みをもつ諸対策の行く末を危惧させるとともに、指針やガイドラインの実効性を確保させるための議論とも関連するだろう。

その他の労働衛生対策等

13次防策定以後の主な労働衛生対策で、ここまでで取り上げていないものもみておきたい。

2019年7月1日に策定された「職場における受動喫煙防止のためのガイドライン」は、基本方針や推進計画への言及はあるものの、OSH-MSやリスクアセスメント等という視点は含まれていない。これは、1992年の快適職場指針を受けて、空気環境を快適な状態に維持管理するための措置のひとつとして、1996年に「職場における喫煙対策のためのガイドライン」が策定されて以来の長い歴史のある対策であり、2013年と2019年に改正されてきたが、ガイドラインの構成はほとんど変わっていない。

2019年7月12日には「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」が策定された。1984年以来の長い歴史のある対策で、2002年の「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」以来17年ぶりの再策定(改正)である。

今回の改正では、作業環境管理、作業管理、健康管理、労働衛生教育という従来の構成が大きく変えられてはいないものの、最初に「対策の検討及び進め方に当たっての留意事項」が設けられ、「対策を一律かつ網羅的に行うのではなく、それぞれの作業内容や使用する情報機器、作業場所ごとに、健康影響に関与する要因のリスクアセスメントを実施し、その結果に基づいて必要な対策を取捨選択することが必要」、「事業者は、安全衛生に関する基本方針を明確にし…具体的な安全衛生計画を作成…(それに)基づき…労働衛生管理活動を計画的かつ組織的に進めていく必要がある」、「この基準をより適正に運用するためには、OSH-MS指針に基づき…取り組むことが効果的である」等としたことが、大きな特徴のひとつだった。

ちなみに、1994年に策定された「職場における腰痛予防対策指針」が2013年に19年ぶりに改訂された際には、同じく、作業管理、作業環境管理、健康管理、労働衛生教育という従来の構成は変わらないものの、最後に「リスクアセスメント及び労働安全衛生マネジメントシステム」が追加されて、[そのままの表現ではないが]「新しい志向の安全衛生活動」を実施していくためには、「場合によっては作業場所ごとに、腰痛の発生に関与する要因のリスクアセスメントを実施し、その結果に基づいて適切な予防対策を実施していくという手法を導入することが重要である」、また、「事業場にOSH-MSの考え方を導入することが重要となる」としていた。

OSH-MS及びリスクアセスメントと対策の優先順位等といった考え方を、徐々にではあるが、取り入れようとしているように見受けられる。まさに特定のリスクの種類等に関する詳細なリスクアセスメント指針を策定するのにふさわしい対策領域であり、そのようなものとして改善する余地は大きいと考える。

2020年4月に「職場における熱中症予防対策マニュアル」(2009年策定)が改訂されているが、予防と対策は、①作業環境管理、②作業管理、③健康管理で、OSH-MSやリスクアセスメントとその結果に基づく措置という考え方は入っていない。対照的に、中央労働災害防止協会は「熱中症予防対策のためのリスクアセスメントマニュアル(製造業向け)」を発行している。

また、2020年6月1日からパワーハラスメント防止措置が事業者に義務づけられることに伴い、同年1月15日に「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(パワハラ指針)」が策定されて、雇用管理上講ずべき措置の内容が、以下のとおりとされた。

  1. 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
  2. 相談(苦情を含む。以下同じ。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  3. 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

狭義の労働衛生対策ではないにしても、ILO暴力・ハラスメント条約勧告のように、とりわけ「保護及び防止」に関して、OSH-MSやリスクアセスメントとその結果に基づく措置を取り入れるべきである。

さらに、厚生労働省は2020年に、「職場における新型コロナウイルス感染症の感染予防、健康管理の強化」についてたびたび労使団体に協力要請等を行うとともに、企業の方・労働者向けQ&Aを示し、更新したりもしている。

残念ながら、OSH-MSやリスクアセスメントとその結果に基づく措置という考え方は入っていない。国際労働機関(ILO)等が、リスクアセスメントとその結果に基づく措置が原則であることを示し、感染リスク以外の職業リスクもカバーすることや、緊急時対応のOSH-MSへの統合の重要性等を指摘しているのとは対照的である。

事業者の包括的義務の明確化

OSH-MS(及びリスクアセスメント)の産業安全や化学物質対策以外の過重労働対策やメンタルヘルス対策等、労働安全衛生対策全般への活用は、道半ばであって、必ずしもその方向性が徹底しているとは言えないというところではなかろうか。

さらなる進展を大いに期待しつつ、今後の労働安全衛生法令・対策の方向性という観点から、いくつかの点を考察してみたい。

リスクアセスメントは、「…労働災害の原因が多様化し、その把握が困難になっている…現状において、労働安全衛生関係法令に規定される最低基準としての危害防止基準を遵守するだけでなく、リスクアセスメントを実施し、その結果に基づいて必要な危害防止措置を講ずることを事業者の努力義務として規定」したものである。

具体的には、「建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等による、又は作業行動その他業務に起因する危険性又は有害性等」が対象と規定されている。ゴチック体部分は、法第20~24条で事業者が危害防止措置を講じなければならない要因(危険有害要因またはリスク要因)として列挙されたものの要約である。これは非常に古く、例えば、なぜか「化学物質」という言葉すら使っていないし、心理社会的要因(過重業務、心理的負荷、ストレス、ハラスメント、暴力等)への言及もない。リスクアセスメントはそれらに「その他」を加える趣旨で、指針で「労働者の就業に係る全てのものを対象とする」ことが明らかにされている。

リスクアセスメントの導入によって、わが国でも、法令に規定される最低基準としての危害防止基準の遵守だけでなく、労働者の就業に係る全ての危険有害要因による危害防止措置を講じることが事業者の努力義務とされたことは重要ではあるが、さらに第20~24条を含めた法改正によって、事業者の包括的義務をより明確にすることが望まれる。それは、国際的動向にも沿っている。

また、リスクアセスメントの努力義務は、危険有害物質についてのみ義務化された一方で、化学物質以外については、製造業、100人以上の林業、鉱業、建設業、運送業、清掃業、300人以上のその他一定の業種に属する事業者に限定されたまである(努力義務も課せられていないということ)。少なくとも後者の限定は速やかになくすべきである。

さらに、わが国では法令ではなく、リスクアセスメント指針で示されている、優先順位付けされたリスク低減対策の考え方は、国際的には「リスク管理のヒエラルキー」と呼ばれることも多い、事業者が講ずべき措置に関する考え方の原則である。これを法令上規定することによって、事業者の包括的義務の内容が一層明確になる。

OSH-MSとリスクアセスメント

リスクアセスメントがまがりなりにも法で規定された事業者の(努力義務)であるのに対して、それを重要な要素とするOSH-MSは事業者の「自主的活動」と位置づけられて、「指針の公表」について規則で規定されるにとどまっている。これも国際的動向に沿って、すべての事業者が取り組まなければならない義務(少なくとも努力義務)として明確にすることが求められる。すなわち、法令上に規定された最低基準としての危害防止措置の遵守に加えて、OSH-MSとリスクアセスメント、リスク管理のヒエラルキーに従った措置の実施が事業者の義務として、労働安全衛生対策の基本原則として位置づけられるべきである。

労働安全衛生法の目的は、①労働災害(危害)の防止から出発して、②労働者の健康の保持増進(1987年法改正)、③快適な職場環境の形成促進(1992年法改正)を含めるように拡張されてきた。

これは国際的動向に沿ったものである。OSH-MSはPDCAサイクルとも言われるが、意識的な関係者はPDCAスパイラルアップ(螺旋的上昇)の語を使って、持続的改善の重要性とそれがOSH-MSの要素であることを強調する。ヒエラルキーに従った対策の持続的改善という考え方も同様である。また、労働安全衛生(OSH)と環境(E)を合わせてOSHEとして議論することも増えているのである。

既述のとおり、OSH-MSは①~③すべてを目的として明記しているのに対して、リスクアセスメントに関しては①の目的に限定されているように思われ、見てきたように、健康保持増進指針とメンタルヘルス(心の健康の保持増進)指針は最近よりOSH-MSに沿った内容に改正されたものの、快適職場指針も含めてリスクアセスメントへの言及はない。

持続的改善やスパイラルアップの考え方に従って、リスクアセスメントを②③の目的と関連づけて整理・充実させ、上述の諸指針に含めることは可能であるし、有用なことだと考える。

いずれにせよ、安全衛生計画、健康保持増進計画、心の健康づくり計画、快適職場形成促進計画、エイジフレンドリー年間推進計画、受動喫煙防止計画等々の作成・実施・評価・持続的改善(方針・リスクアセスメントの実施とその結果に基づく措置・目標も合わせて)の取り組み方が一層整合性をもち、調整されたかたちで示されれば、より職場で活用しやすくなることは間違いないはずである。

リスクアセスメントの一層の活用

リスアセスメント指針は、化学物質等と機械安全を皮切りに、「本指針を踏まえ特定のリスクの種類等に関する詳細な指針が別途策定されるものする」と予定していた。

既述のとおり、安全対策を中心にして多くの作業別・業種別等のリスクアセスメントマニュアル等が策定されてきた一方で、労働衛生対策についてはリスアセスメントの活用が徹底しないように思われる。

大きな理由のひとつは、日本の労働衛生対策(安全対策には適用されない)の基本とされてきた、作業環境管理、作業管理、健康管理を優先順位づけなしに横並びにする労働衛生の3管理という考え方にあると考えている。これが、リスク管理のヒエラルキーという考え方の浸透やOSH-MS及びリスクアセスメントの労働衛生対策への活用促進の妨げとなり、対策としての健康診断(あるいは医師による面接指導)と作業環境測定、担い手としての医師と作業環境測定士重視に偏りやすい傾向を生んできたのではないか。

先にふれた情報機器作業における労働衛生管理ガイドラインや腰痛予防対策指針などは、まさに特定のリスクに関する詳細なリスクアセスメント指針を策定するのにふさわしい対策領域であるにもかかわらず、OSH-MSやリスクアセスメントを取り入れようとする努力は一定みられるものの、3管理の呪縛から逃れられないでいる。

さらに、この間対象が拡大されてきた医師による面接指導やストレスチェック制度は、個人的にはOSH-MSとリスクアセスメント、リスク管理のヒエラルキーに従った措置等という国際的動向に逆行する対策だと考えているが、あたためてそれらの功罪が見直されるべきであると考える。

以上のすべて-作業環境測定、作業管理、健康診断、医師による面接指導等、ストレスチェック制度が、法第7章「健康の保持増進のための措置」のなかに規定されてきたことも、示唆的である。法の目的や事業者が危害防止措置を講ずべき危険有害要因、事業者の包括的義務等を見直すのではなく、法第7章に新たな条文が追加されてきた。上述した視点を含めて、法第7章の見直し及び整理を行うべきであると考える。

「OSH-MS(及びリスクアセスメント)の活用」、また、リスクアセスメント指針が想定していた「特定のリスクの種類等に関する詳細なリスクアセスメント指針」等の考え方を整理・充実させて、今後の労働安全衛生対策や労働時間・パワハラ等を含めた関連施策を策定・改正等する際の基本方針を一層整理することが期待される。