『アスベスト問題の過去と現在-石綿対策全国連絡会議の20年』(2007年発行) 9 日本における原則使用禁止
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目次
国際情勢の認識に格差
1998年11月6日、石綿全国連は第12回総会と合わせて、「アスベスト(石綿)禁止を求める国際交流集会―アスベスト禁止に向かうヨーロッパ(英・仏)代表を迎えて―」を開催、英仏のゲストから直接、現地での生々しい動きを聞いた。集会では、カナダ政府への「発がん物質・アスベスト禁止に向けた国際的な流れを妨害する世界貿易機関への提訴に対する抗議文」及び日本政府への「発がん物質・アスベストの早期禁止実現に関する要請」が採択され、同月9日に通訳を同行してカナダ大使館を訪れ申し入れが行われた。また、10日大阪集会、11日広島(呉)集会も開催されている。
石綿全国連は、1998年4・5月に環境、労働、建設、通産の4省庁と交渉を持ち、国際情勢に対する認識を質したが、それなりに情報をもっていたのは、石綿協会から聞いたという通産省だけで、他の省庁は、「新たな科学的知見が得られれば必要な見直しを検討する」という従来どおりの官僚答弁を繰り返すだけだった。
そこで石綿全国連では、石綿粉じん濃度の許容濃度の見直しを進めていた日本産業衛生学会理事会、同許容濃度委員会、同石綿許容濃度小委員会宛てに、1999年5月に、「日本におけるアスベスト禁止の実現に向けた要請」を送った。要請書では、上述したような国際的進展を紹介するとともに、尊敬される研究者の独立的国際組織であるラマッチーニ協会が1999年3月に公表した声明「国際的な石綿禁止を求める」も添付し、①日本における石綿(クリソタイル)禁止の早期実現、②石綿被害の実態の把握・将来予測、③現在なお石綿に曝露する可能性のある労働者に対する防護措置の一層の強化、のために格段のイニシアティブを発揮していただきたいと要請した。回答はなかったが、科学界に対する情報提供と警鐘を鳴らす役割を果たしたものと思われる。なお、同学会の石綿粉じん濃度の許容濃度は、1996年にはクリソタイルとクロシドライト以外は「検討中」、さらに1998年にはクリソタイルとクロシドライトについても「検討中」と表記されてきたが、2001年の改訂で、中皮腫及び肺がんの合計過剰発がん生涯リスクレベル1、000分の1に対応する評価値として、クリソタイルのみのとき0.15繊維/cc、クリソタイル以外の石綿繊維を含むとき0.03/cc等と改訂された。
石綿全国連は、続けて同じ1999年5月に、前年の4省庁に厚生、運輸両省を加えた6省庁と交渉。再び「石綿(クリソタイル)の早期禁止の実現」を全省庁共通の要求として前面に押し出した。しかし、「世界の流れは禁止に向かっている。日本でも規制が必要と考えるが、うちには権限がない」と言う環境庁から、「経済性をとるか、安全性をとるかは市場の選択にゆだねる」と言い放つ建設省(建築基準法を所管する住宅局建築指導課)まで、全く統1性のない姿勢であった。厚生省で石綿問題の担当という生活衛生局企画課の担当者からは、「クリソタイルというタイルにはアスベストが入っているのですか?」という発言まで飛び出す始末だった。
PRTR対象物質に石綿を追加
一方、1998年には、有害廃棄物の国境を越えた移動及び処分の管理に関するバーゼル条約の国内法令(特定有害廃棄物等の輸出入等の規制に関する法律告示)が改正され、石綿廃棄物が同法の規制対象として明記された。
また、1999年に、「特定化学物質の環境への排出量の把握及び管理の改善の促進に関する法律(化学物質管理促進法)」が成立し、2001年度から、新たな化学物質管理手法として、わが国でもPRTR(環境汚染物質排出・移動登録)制度が実施されることになった。PRTR制度は、直接化学物質の使用規制をするものではないが、事業者に、環境に有害な化学物質の大気、土壌等への排出量を把握、登録させることによって、その適切な管理を促進しようとするもの。1999年11月に中央環境審議会等から、対象物質、製品の要件、対象事業者の案が示され、直接広く国民の意見を求めるパブリック・コメント手続が実施された。
石綿全国連は、石綿は早期全面禁止が第1であるが、既存石綿対策を含め、あらゆる化学物質対策において高い優先順位が与えられるべきであるとの立場から、対象物質に石綿を含めること等の意見を提出した。結果的に、同審議会はこの意見を採用して、対象化学物質に石綿を追加し、また、それに伴って製品の要件においても新たなカテゴリーを追加して、石綿を含有する製品であって、取り扱いの過程で精製や切断等の加工が行われるものも対象とするという最終報告をまとめ、そのまま関係政省令に盛り込まれた。これは、1999年度から政府・全省庁で実施されるようになったパブリック・コメント手続の中で、初期の画期的な成果のひとつに数えられる。
EUが禁止決定をした直後の2000年6月に行われた石綿全国連の交渉でも、関係6省庁の態度に目立った変化はなかった。直前の4月に日本産業衛生学会が翌年正式決定された、前述の許容濃度(評価値)の勧告を行ったことを受けて、労働省が管理濃度を「近いうちに見直しを行う」としたことがわずかな前進であった。
また、前(1999)年には、48年ぶりに、例示列挙規定から性能要件規定への転換等の建築基準法の抜本改正が行われていた。同法関連政省令・告示等に耐火建材等として例示されてきた石綿含有建材の削除を求め続けてきた石綿全国連は、強くその実現を求めたが、2000年に示された案ではなお多くの「石綿」の文字が残されたまま、2002年に施行されてしまった。
企業の自主的努力では不十分
2000年2月16日付けの毎日新聞は1面トップで、「『アスベスト死』2、243人 過去4年間 国内規制立ち遅れ」という記事を掲載した。ICD10の採用によってわが国でも統計で把握できるようになった中皮腫による死亡者数を取り上げたものである。
石綿全国連は、1999年11月19日に第13回総会を開催、翌(2000)年6月23日には、「アスベスト問題を考える集い」を開催して、日本産業衛生学会の石綿許容濃度小委員会の委員長であった矢野栄2・帝京大学教授による「アスベストによる健康リスク―許容濃度の考え方」、高橋謙・産業医科大学教授による「アスベスト疾患の国際的動向と最近の話題」という2本の講演が行われた。
2000年後半になると、関係業界において石綿の自主的使用中止の動きがあるという情報が流れてくるようになった。真偽を確認すべく石綿全国連は、2001年2月に石綿協会との話し合いをもち、業界として使用中止を決断するよう求めた。しかし、「協会としては、管理して使用すれば安全というポジションに変更はなく、(使用中止については)検討もしていない」という公式回答であった。
業界レベルでないとすれば個別企業レベルでの動きが予想されたが、同年3月6日付け朝日新聞及び7日付け毎日新聞によって、住宅屋根材製造の大手2社―クボタと松下電工が石綿の使用中止を決定していることが報じられた。この2社で当時の日本の石綿使用量全体の約4割を消費していた。
この報道を受けて石綿全国連は、ただちに石綿協会加盟各社(2000年度末時点で正会員67社、輸入・販売業者11社)に対して、「今後の石綿使用等に関する緊急質問」を発送した。回答があったのは10社にとどまったが、日本の石綿使用中止の未来を企業の自主的努力だけに委ねることはできないことが再確認されるとともに、自力で使用中止できない中小零細企業のためにも、使用中止の法的裏付けの必要性を感じさせられる結果であった。
全面禁止の早期導入求める動き
2001年から省庁再編が実施されたため、石綿全国連の省庁交渉はこれまでの6省庁から4省(厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省)にかえて、同年6・7月に行われた。全般的に国際情勢について以前よりも情報把握をするようになってきたという印象で、同年3月のWTO上訴機関の裁決について4省とも事実は承知していたものの、裁定文を入手していたところは皆無。「総合的なアスベスト対策を確立するための、責任体制をはっきりとさせた、関係省庁連絡会を開催するようにされたい」との共通要請に対して、積極的に全面禁止導入のイニシアティブをとろうとするところも現われなかった。
同年7月の参議院選挙に際して、石綿全国連は主要政党に質問状を送った。内外情勢を詳しく説明しながら、①日本における石綿全面禁止、②石綿被害の実態把握と将来予測、③既存石綿の現状把握と除去対策、④既存石綿に対する規制の強化、⑤各省にまたがった規制の斉1化と共同調査・監視体制、各々の必要性についての意見を求めたもの。回答があったのは、民主、自由、公明、保守、2院クラブ、共産、社民の7政党で、自由党以外の6政党からは、いずれの質問に対しても肯定的な回答が寄せられた。
石綿全国連は、同年12月4日に第15回総会を開催し、翌2002年こそ日本における石綿禁止に向けた山場の年と位置づけた。総会では、労働者被害の損害賠償訴訟2件、労災認定をめぐる行政訴訟1件、石綿管工場で働いていた父親が家に持ち帰った汚染された衣服・マスク等による家庭内曝露で中皮腫死亡した事例の損害賠償訴訟1件と、係争中の石綿裁判が勢ぞろいした報告と、森永謙二・大阪府立成人病センター参事から「アスベストの健康被害と代替品のリスク」と題した記念講演が行われている。
2002年4月2日付け朝日新聞は、1面に特ダネで「石綿被害急増の恐れ 40年間で死者10万人の推計も」と報じた。同月10日に神戸で開催された第75回日本産業衛生学会で発表された、「わが国における悪性胸膜中皮腫死亡数の将来予測」の内容を紹介したものであった。石綿全国連は同月17日に、研究チームの村山武彦・早稲田大学教授を招いて「緊急報告集会」を開催した。またこの場で、埼玉と大阪の石綿被害のご遺族の体験も話された。
翌5月20日、石綿全国連と厚生労働省との交渉が行われた。全国連の呼びかけで初めて全国から、中皮腫や石綿肺がんで夫を亡くした10名の遺族と石綿肺の被災者数名も加わって、石綿被害の恐ろしさと被災者本人・家族の苦しみ、悔しさ、怒りを口々に訴え、早期全面禁止の導入を強く要求した。
2002年原則禁止検討の大臣表明
交渉の場での厚生労働省担当者の対応は「鈍い反応」(5月21日付け毎日新聞)と報じられるようなものであったが、坂口力・厚生労働大臣が「石綿の使用等を原則禁止する方針で検討」したいという意向を表明したのは、その1か月後の6月28日のことであった。
この日、石綿全国連関係者らが協力して中村敦夫・参議院議員が5月に提出していた「アスベスト禁止措置に関する質問主意書」に対する「答弁書」が閣議決定されたが、その内容は、「今後とも石綿による労働者の健康障害の防止措置の実施を事業者に徹底させるとともに、現在使われている石綿についても、他の物質により代替できないか等を調査し、その結果を踏まえ、石綿の使用等の禁止措置について検討を行ってまいりたい」というものだった。
しかし閣議後記者会見における大臣発言は、「近年白石綿の代替品の開発が進んでまいりましたことも踏まえまして、白石綿につきましても国民の安全、社会経済にとりまして石綿製品の使用がやむを得ないものを除き、原則として使用等を禁止する方針で検討を進めているということでございます。やむを得ないものという中には、例えば化学プラントなどの時にこれに代わるべき良いものがないといったようなこともあって、全部とは言っておりませんけれども、しかし原則としてこれも使用等を禁止する方針で検討を進めてまいりたいというふうに思っております』」と、「原則使用等禁止」の方針を明確に打ち出したものだった。
石綿全国連はその日のうちに「声明」を発表して、この方針を歓迎し、「1日も早く具体的に禁止措置を実行するよう強く要望」するとともに、禁止措置からの除外や猶予措置を不合理に拡大したり、それら措置の検討にいたずらに時間を費やして禁止の実行が遅れるようなことがあってはならず、とりわけ代替品が存在しないものはない建材に例外を設けることのないよう釘を刺した。同時に、石綿全面禁止の早期実現は問題解決への最初のステップであり、①今後の健康被害対策、②既存石綿対策の2点を柱とする様々な問題に具体的に対処していくために、「政府が強力な指導力を発揮して、関係省庁が垣根を越えて包括的な取り組みを行うべき」ことをあらためて要望した。この声明は英文で世界にも流され、海外からお祝いや激励のメッセージが届けられている。
石綿協会が正式なコメントを公表した記録はないが、6月16日付け東京新聞は、「協会としても禁止はやむを得ない流れと考えている。石綿を使わない屋根材や外壁材に切り替える動きもここ1、2年、目立ってきている」という同協会専務理事の発言を紹介している。石綿全国連は2月の段階で、前年に引き続き意見交換の場を設定するよう要請しており、協会側の体制変更や事務所移転等のため実現したのは9月になってからだったが、前年とは打って変わり、「禁止―代替化の方向やむなし」という同協会の立場が確認された。また、協会側からは、石綿を使わなくなったら協会は不要ということではなく、既存石綿の処理対策や過去の情報の管理等々の社会的責任を果たしていこうという姿勢であるという立場が表明された。
石綿全国連は6月に、経済産業、国土交通、環境の各省に対しても「石綿の早期禁止の実現、健康被害の増加に対する対応及び石綿含有建材等の既存石綿対策の一層の強化に向けた要請」を行い、7月に3省との交渉を行った。今回は厚生労働省の妨害をさせないことも目的のひとつだったと言ってよい。国土交通省もここに至って、「厚生労働省で使用禁止となれば『反射的に』建築基準法関連の耐火建材等の例示も削除する方向で対応していくことになるものと考えている」と回答。また、船舶安全法の船舶設備規程等を改正して、IMOのSOLAS条約改正に対応したことを報告した。経済産業省も、1991~2000年度の「石綿含有低減化製品等調査研究」(石綿協会への委託事業)の結論としても、「方向付けは確認できていると思う」との認識を示した。
原則禁止の検討から実施へ
大臣の方針表明後、厚生労働省では、「現時点で代替化が困難な商品及びその用途を明らかにするとともに、それら代替困難品の代替見込み時期を把握することを目的」としたアンケート調査を実施、この「調査結果の概要」は2002年12月に公表された。同時に、「調査結果も踏まえ専門技術的観点から代替化の困難な石綿製品の範囲を絞り込み、今後の非石綿製品への代替可能性等を明らかにすることを目的」に「石綿の代替化等検討委員会の設置」も発表された(経済産業省も「石綿製品についての調査票」による調査を行っているが、こちらの結果は公表されていない)。
厚生労働省は並行して、「管理濃度検討会」及び「石綿ばく露労働者に発生した疾病の認定基準に関する検討会」も参集して検討を開始した。石綿全国連は、前者については、すでに国際水準の0・1繊維/ccへの引き下げを要求しており、後者については、12月3日に「『石綿ばく露労働者に発生した疾病の認定基準』見直しに係る要請」を提出した。
石綿全国連は、世論喚起のために10月に集中キャンペーンを展開。5月20日の厚生労働省交渉で表明された患者・遺族の声をもとに全国連のホームページに「被害者の声」のコーナーを開設。10月7日の横須賀石綿じん肺裁判の横須賀地裁横須賀支部における勝訴判決のマスコミ報道に乗って、8・9日の両日、横須賀のじん肺・アスベスト被災者救済基金と全国安全センター加盟の全国18団体がフリーダイヤルを設置して、「なくせじん肺!アスベスト被害ホットライン」を開設し、過去最高の330件の電話相談が全国から寄せられた。
翌2003年2月8日には、石綿全国連第17回総会に合わせて、全国の石綿被災者とその家族の代表らが初めて顔を合わせる「アスベスト被害者・家族の集い」が開催された。
同年4月に「石綿の代替化等検討委員会報告書」が公表され、5月に労働安全衛生法施行令改正案が示されてパブリックコメントが実施された。調査の結果確認された石綿製品を建材5、非建材5の製品種類に分類してそれらの代替可能性等を判断した結果、建材は5種類すべて、非建材では2種類―「断熱材用接着剤」と「摩擦材(ブレーキ・クラッチ)」が、「国民の安全確保等の観点から石綿の使用が不可欠なものではなく、かつ、技術的に代替化が可能であると考えられる」と判断された。残る3つの製品種別のうち、「耐熱・電気絶縁板」、「ジョイントシート・シール材」については、「非石綿製品への代替化が可能なものがあると考えられるが、一部のものについては、安全確保の観点から石綿の使用が必要とされており、現時点で代替可能なものと代替困難なものを温度等の使用限界や使用される機器の種類等から明確に特定することは困難である」、「石綿布・石綿糸等」については、「これらの製品はシール材等として使用されるか、2次的にシール材等の代替可能性に連動すると考えられる」とされ、結果的に、10種類のうち7種類の製品の使用等を禁止するという提案であった。
これに対して石綿全国連は、①7種類のみの禁止ではなく、使用等が許される製品を除き、原則全面禁止とする、②石綿を0・1%を超えて含有する製品を禁止を含めた規制の対象とする、③製品によって禁止の実施時期に差を設けずに、遅くとも2005年1月1日までに禁止を実施する、④石綿含有製品製造の海外移転等を阻止する実効性のある施策を講じるなど16項目の意見を提出した。パブリックコメントに寄せられた意見(延べ約90件)のうち、「摩擦材は当面適用猶予」(1件)、「繊維強化セメント板の禁止反対」(8件)以外には、原則禁止の導入に反対する意見はなかった。
厚生労働省は、国内向けにパブリックコメント手続を実施する一方で、WTOへの通報及び申し入れのあった外国人関係者からの意見聴取も行っている。これにはカナダが、2度にわたりミッションを送って禁止の導入に反対する意見を表明したほか、数か国の石綿業界から同様の主張のEメールやFAXが届けられたことが明らかになっている。
厚生労働省は、結果的に石綿全国連の意見もカナダの反対も採用せずに、提案どおり―ただし「摩擦材(ブレーキ・クラッチ)」を4つに細分類したので、石綿セメント円筒、押出成形セメント板、住宅屋根用化粧スレート、繊維強化セメント板、窯業系サイディング、クラッチフェーシング、クラッチライニング、ブレーキパッド、ブレーキライニングの10種類の製品の使用等を禁止する労働安全衛生法施行令の改正を2003年10月に公布し、2004年10月1日から施行することとした。調査の結果確認された石綿製品のうち、3種類を除くすべての製品を禁止することとしたという経過から「原則禁止」と称したが、条文上は10種類の製品のみの禁止である。
石綿疾患労災認定基準の改正
2003年8月に、「石綿ばく露労働者に発生した疾病の認定基準に関する検討会報告書」が公表され、厚生労働省は25年ぶりに労災認定基準を改正した(同年9月19日付け基発第0919001号「石綿による疾病の認定基準について」)。
主な改正内容は、①中皮腫について、従来示されていた「胸膜又は腹膜の中皮腫」に「心膜、精巣鞘膜の中皮腫」を追加、②石綿との関連が明らかな疾病として「良性石綿胸水」及び「びまん性胸膜肥厚」を新たに例示、③過去の認定事例等を踏まえて「石綿ばく露作業」の例示を追加・整理し、「間接曝露を受ける可能性のある作業」も例示、④中皮腫・肺がんの医学的所見に係る要件を、イ 石綿肺、ロ 胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)、ハ 石綿小体又は石綿繊維のいずれかの医学的所見が得られていること、に整理、⑤上記ロまたはハ(どちらも重要な石綿曝露指標とされる)の場合に必要な石綿曝露作業への従事期間に係る要件を、中皮腫については「5年以上」から「1年以上」に短縮(肺がんは「10年以上」のまま)、としたことである。
前述の石綿全国連の要請では、曝露歴が明らかで石綿曝露指標としての医学的所見がない場合や、逆に医学的所見が明確で曝露歴が明確でない場合でも、より柔軟に認定されるよう求めていた。
無関心な厚生・文部科学省
石綿全国連は、2003年7月に国土交通、文部科学、環境の各省、9月に経済産業省、10月には厚生労働省との交渉を行った。今回は、対策を原則禁止の実現で終わりにさせないために、「石綿全面禁止の早期実現及び総合的・抜本的な健康被害・既存石綿対策の確立」の必要性を強く訴えたものであった。
国民の健康対策として厚生行政の立場からの対応を求めたのに対しては、厚生労働省は、大臣官房総務課名で、「石綿関連疾患は原因が職業関連が主であり、現在、一般の方が広くかかる病気ではない。そのため、厚生労働省では労災関係での対策は行っているが全体的な対策は行っているわけではない」旨の文書回答があり、要は答えられる部署がないとのことであった。健康局は「一般的ながん対策」、労働基準局は「職業関連がん対策」、石綿健康被害に係る総合的・全省庁的な施策は「環境省が中心となって講じられるものと考える」など、過去も現在もいかに労働者以外の石綿健康被害に厚生行政が無関心・無策であるかをさらけ出している。
久しぶりの交渉となった文部科学省は、1987~89年の学校パニック時に取った1連の対策で石綿問題は「措置済み」の問題であり、その後重要な法改正等も積み重ねられているにも関わらず、それらの内容を周知徹底することもないまま、「法律を守って適切に行われているはず」と考えているという回答だった。しかし、同省は交渉後、10月1日付けで大臣官房文教施設部施設企画課と初等中等教育局施設助成課の連名で各都道府県教育委員会施設主管課に当てて、約15年の空白を1片の紙切れで埋めるかのように、「主な関係法令」と「主な参考文献等」を示した、「学校におけるアスベスト(石綿)対策について」を通知している。
石綿全国連では、「縦割り行政の旧弊を排し、省庁の垣根を超えてなされなければならない抜本的・総合的対策の確立に向けては…従来の各省庁交渉の積み重ねだけでは実現できないと実感させられた」と総括している。
また同年11月の衆議院選挙にあたって主要6政党に公開質問状を送り、①全面禁止の導入、②既存石綿の把握、管理、改修、解体、除去、廃棄等のすべてを通じた首尾1貫した抜本的・総合的対策の確立、③石綿関連疾患の健康、医療、福祉等に係る総合的な施策の確立、④上記対策の確立への被災者・家族、NPO等の参画、⑤海外移転の阻止及び地球規模での石綿問題解決に向けた取り組み、⑥「石綿総合対策円卓会議(仮称)」の開催等について質した。「石綿被災者や家族の生の声を聞く用意があるか」との問いに対しては、6党すべてが基本的に前向きな返事であった。
石綿疾患患者と家族の会設立
前年10月のホットラインでもみられたように、中皮腫をはじめ石綿関連疾患を疑われる健康相談が、これまで相談が(少)なかった地域からも含めて増加しつつあった。そのような中で、労働者・市民からの様々な石綿関連相談に専門に対応する新たなサポート・センターの設立及び同時並行的にいくつかのキャンペーンの構想が持ち上がり、推進された。まず2003年9月に東京芸術劇場で「写真展●静かな時限爆弾=アスベスト被害」が開催され、7日間で約600名が会場を訪れた。その間の9月23日には、「パネルディスカッション: 中皮腫・アスベスト被害―被災者の声と今後の対策」が開催され、闘病中の中皮腫患者が多数の聴衆を前に自らの思いを語りかけた。翌24・25日には、「中皮腫・じん肺・アスベスト被害ホットライン」が開設され、180件の相談が寄せられた。そして12月に、「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」(アスベストセンター)が正式に設立された。
さらに、2002年4月の石綿全国連緊急学習会、5月の厚生労働省交渉、2003年2月の初めての全国的な「アスベスト被災者・患者の集い」等を通じて、全国の患者・家族がお互いに知り合い、交流を深めてきた基礎のうえに、2004年2月7日、石綿全国連第17回総会に合わせて、「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」(患者と家族の会)が設立された。当初、設置された地方組織は、関東支部、横須賀支部、関西支部の3つだった。
石綿全国連第17回総会では、翌年10月から原則禁止が実施されるという新たな局面を踏まえた課題の柱としてあらためて、①「原則禁止」の履行監視と早期全面禁止の実現、②今後本格的な「流行」の時期を迎えることが確実な健康被害対策の確立、③既存石綿の把握・管理・除去・廃棄等を通じた対策の確立、④海外移転の阻止及び地球規模での石綿禁止の実現、を確認、後述のGAC2004成功のために最大限の努力をしていくことも確認された。
その後、GAC2004のプレ・イベント第1弾として、イギリス・アスベスト禁止国際書記局(IBAS)コーディネーターのローリー・カザンアレン、アメリカ・『アスベスト医学的・法的側面』の著者のバリー・キャッスルマンの両氏をゲストに迎え、2004年4月に「アスベスト問題を考える国際シンポジウム」を開催、続けて名古屋、大阪、松山、鹿児島、横須賀でも地方集会が開催された。さらに第2弾として、同年7~9月にかけて、4回にわたる連続シンポジウム「これからが本番 アスベスト対策」も開催された(取り上げたテーマは、①公共建築物の吹き付け石綿、②石綿含有建築材料―安全なリフォーム、③地震と石綿、④廃棄物と石綿)。石綿全国連とアスベストセンター編『ノンアスベスト社会の到来へ 暮らしの中のキラーダストをなくすために』(かもがわ出版)も、2004年11月に出版されている。
石綿障害予防規則の策定等
厚生労働省は、改正労働安全衛生法施行令の周知に努めるとともに、2004年1月には、中央労働災害防止協会技術支援部化学物質管理支援センター内に「石綿代替化に係る相談窓口を設置」(基安化発第0120002号)、2月には関係業界団体に対して、会員事業場の代替化の進捗状況の把握と代替化計画の集約または団体としての計画を策定して定期的にフォローアップするよう求めた(基安発第0226001号「石綿による健康障害防止対策の推進について」、基安化発第0330001号では、「石綿含有製品の代替化に係る計画等の提出」も依頼、2005年になってから提出された計画等をホームページで公開した)。
また、「(現時点で代替化が困難な)ジョイントシート・シール材の原料としても使用されるため」という理由で禁止の対象から外された「石綿紡織品」(布、手袋、作業衣、前掛け等)が、「ごく一部の事業場においては代替化の検討もなされないままその使用を継続している事例が認められる」と指摘して、「安全確保上支障がある場合を除き無石綿の代替品に交換する」よう指導もしている(基安発第0216003号「石綿紡織品の使用に係る健康障害防止の徹底について」)。同年7月には、石綿含有の左官用モルタル混和材が「無石綿」、「ノンアスベスト」等と表示されて販売されていた事実が発覚、「蛇紋岩系左官用モルタル混和材による石綿ばく露の防止について」通達している(基発第0702003号―改正労働安全衛生法施行令の禁止規定の不備により、代替化が可能であるにも関わらず禁止リストに加えるには、再度の政令改正を待たないとできない)。
同年8月には、作業環境評価基準を改正し、石綿については2繊維/ccから0.15繊維/ccに引き下げる案を示してパブリックコメントを実施、2005年4月1日から改正告示を施行することとした。石綿全国連は、国際標準である0.1繊維/ccとすること、屋外作業向け環境対策を確立すること、また、安全レベルではないことを周知徹底、一層の引き下げを指導することという意見を提出した。
さらに9月には、原則使用禁止という新たな条件のもとでの「石綿対策の充実強化に向け、25年ぶりに健康障害防止のための省令を新たに策定」とうたって、「石綿障害予防規則」の案を示したパブリックコメントも実施。石綿全国連は、28項目にのぼる意見を提出した。厚生労働省は、新規則の施行を2005年7月1日の予定とした。また、これによって、ILO石綿条約を批准するという意向も伝えられた。
原則禁止の導入と労災認定基準及び管理濃度の改正、そして石綿障害予防規則の制定が、労働行政における新たな石綿対策のパッケージとして示され、新たな次元を迎えつつあったことは確かである。しかし、厚生行政及び他省庁においては、この時点では、原則禁止に対応した国土交通省の建築基準法令の見直しの予定を除くと、表裏1体の関係にあるとも言える大気汚染防止法令や廃棄物処理法令を石綿障害予防規則を含めた新たな労働安全衛生法令と整合化を持たせるという、なされて当然の検討すらなされていなかった(環境省は2005年3月に、「非飛散性アスベスト廃棄物の取扱いに関する技術指針」を策定したが、法令改正を伴わない行政指導である)。
これが、クボタ・ショックを迎える直前の日本政府の状況であった。
●アスベスト問題の過去と現在-石綿対策全国連絡会議の20年
はじめに
1 石綿被害の本格化はこれから
2 日本における石綿の使用
3 石綿肺から発がん性、公害問題も
4 管理使用か禁止か
5 石綿の本格的社会問題化
6 石綿規制法案をめぐる攻防
7 被害の掘り起こしと管理規制強化の積み重ね
8 石綿禁止が世界の流れに
9 日本における原則使用禁止
10 地球規模での石綿禁止に向けて
11 クボタ・ショックと日本の対応
12 石綿問題は終わっていない
●石綿対策全国連絡会議(BANJAN)の出版物