『アスベスト問題の過去と現在-石綿対策全国連絡会議の20年』(2007年発行) 10 地球規模での石綿禁止に向けて
※ウエブ版では脚注をなくし、日本語の情報を優先して参照先にリンクを張っており、PDF版の脚注とは異なる。
アジアの動向が国際的な焦点
日本の石綿使用中止は先進工業国の中では最も遅れたが、アジアでは原則使用禁止を導入した最初の国でもあった。
1975年の世界の石綿消費の分布は、欧州62%、北米14%、オセアニア2%(上記の合計78%)、アジア16%、アフリカ・南米6%(上記の合計22%)であったものが、アジア・アフリカ・南米の合計が2000年61%、05年74%、アジア単独では00年50%、05年59%へと変わっている。地球規模での石綿使用中止の行方は、アジア諸国の動向によって大きく左右されるという構図が浮き彫りになっていた。
研究者レベルでは、2002年9月に産業衛生大学において、同大学とフィンランド国立労働衛生研究所(FIOH)の共催、ILO、WHO等の後援で、「アジア諸国のためのアスベスト・シンポジウム」が開催され、シンガポール、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、タイ、インドネシア、東チモール、日本、台湾の11か国における石綿使用と対策、健康被害の状況等について、情報の有無の確認を含めた、初めての検討が行われていた。
石綿全国連は、ブラジルでの初の世界会議・GAC2000以降、前出のドレスデンでの欧州会議と同じ2003年9月にオタワで開催された、カナダ・アスベスト会議にも代表を派遣、石綿問題に取り組む世界の団体・個人とのネットワークを広げつつあった。全国安全センターもその国際交流において、アメリカ、欧州の労働安全衛生ネットワークに日本の状況を伝え、また、労働災害被災者の権利のためのアジア・ネットワーク(ANROAV)で2001年以降、毎年アジアで石綿問題に取り組むことの重要性を訴えてきた。
そのようななかで2002年末頃から、2回目の世界会議をアジアで開催できないかという打診があった。検討を進めるうちに日本での開催という案が有力になり、石綿全国連は加盟団体及び関係者と協議した結果、2004年11月19~21日、早稲田大学国際会議場において「2004年世界アスベスト東京会議(GAC2004)」として開催することを決定し、2003年4月に組織委員会が立ち上げられた。
2004年世界会議の東京開催
GAC2004は、厚生労働省、環境省、東京都、ILO駐日事務所、日本労働組合総連合会(連合)、日本医師会、日本弁護士連合会、アスベストに関わりのある国内の多数の学術団体等、国際的にはIBAS、ラマッチーニ協会、労働環境衛生学会(SOEH・ アメリカ)、国際労働衛生会議・呼吸器障害科学委員会(SC―RD、ICOH)、ヨーロッパ労連(ETUC)、国際中皮腫研究会(IMIG)といった幅広い支持(後援)を受けて開催された。開会式では、厚生労働省、東京都、ILO駐日事務所、連合、IFBWW、IBASの代表が挨拶した。
5大陸にまたがる40か国・地域からの120名の海外代表(アジアからは13か国42名)を含めて、被災者とその家族、労働者、市民、医療従事者、弁護士、様々な分野の専門家・研究者、行政関係者、学生等々、8百名が参加し、口演(全体会議のセッションが7、ワークショップが8)とポスターを合わせた発表数が150。石綿に関わるほとんど全ての側面を包括的に取り上げ、なおかつ、現状と課題、最新の知験及び解決へのサジェッションが提供された。
世界の約20の石綿被害者・支援団体が1堂に会したのは初めての画期的なことであり、同年2月に設立されたばかりの日本の患者と家族の会は、全国から約30名が参加したほか、会場に来られなかった会員も含めて折られた千羽鶴などを海外の参加者に手渡しながら、世界的なネットワーク構築に向けて確実に1石を投じた。
また、ワークショップ「労働組合のイニシアティブ」では、自治労、全建総連、全造船機械、全水道、全駐労、日教組の各代表からこれまでの取り組みの発表が行われ、フロアから全港湾代表も発言。海員組合、全国医療、JAM、JEC連合、森林労連、建交労等々、国内の数多くの労働組合代表も参加して、海外参加者とともに熱心な討論を行った。
GAC2004では、①禁止、②労働者及び一般の人々の保護、③代替品、④情報交換、⑤公正移行及び開発途上国への移転の阻止、⑤補償及び治療、⑦人々の協力、に言及した「東京宣言」が採択されただけでなく、国際自由労連(ICFTU)系の国際建設林産労働組合連盟(IFBWW)、国際労連(WCL)系の国際建設労働者連合(WFBW)、世界労連(WFTU)系の建築木材建築資材労働組合インターナショナル(UITBB)という異なる建設労働組合組織の共同宣言がまとめられ、発表されたことも画期的なことだった。「東京宣言」は、「未来のためにともに行動することによって、私たちは変化を起こすことができるし、変化を起こさなければならず、そして変化を起こしていくと決意する」と宣言した。ラマッチーニ協会は、これを「世界中の国々の(行方を指し示す)灯台の役割を果たす」と評価した。
世界的なキャンペーン
GAC2004の翌月、2004年12月に宮崎で開催された、アジアで初めての国際自由労連(ICFTU)第18回世界大会は、「決議―労働組合の労働安全衛生に関する21世紀アプローチ」のなかで、ICFTUとその構成組織に関係・傘下組織と協力して以下のことを行うよう指示した。「石綿の使用及び商業利用の世界的全面禁止のためにキャンペーンを展開し、関連するILO条約の批准を促進し、また傘下組織とともに国の政府に対して、今後の石綿使用をやめ、石綿製品に曝露しまたは曝露する可能性のある労働者及び地域社会を防護するための適切な、強化されたセーフガードを確保し、とくに影響を受ける地域への経済的支援を含む、石綿禁止により職を失う労働者のための雇用転換プログラムを実行するよう圧力をかける取り組みを行う」。
これは、石綿の世界的全面禁止に向けた世界の労働組合によるキャンペーンの本格的開始の号令であった。「石綿に関する国別プロフィール」データベースも開発され、IFBWW、IMF(国際金属労連)、ICEM(国際化学エネルギー鉱山一般労連)、IFJ(国際ジャーナリスト労連)、IUF(国際食品労連)等の国際産業別組織も独自のキャンペーンを開始、2005年、06年のワーカーズメモリアルデー(4月28日)では多くの諸国の労働組合が石綿問題に焦点をあてた。ICFTUは決議のフォローアップや関係国際機関等との協議を積極的に重ね、2005年12月に香港で開催された執行委員会でも「世界的アスベスト禁止に関する決議」を採択している。
2006年4月28日には、日本の公明、民主、共産、社民の各党所属の国会議員11名を含む世界41か国123人以上の国会議員が署名した「アスベストの世界的禁止を求める世界の国会議員の共同アピール」も発表された。このアピールは、「世界的な石綿禁止は、石綿がもたらす脅威を取り除くキャンペーンの最初のステップである。われわれは国会議員として、世界的禁止を確実にするために、各国政府、地域及び国際機関に働きかけ、また、国際的な労働団体、NGO、石綿被災者を代表する団体、その他と連携していく」と表明したものであった。
ILO・WHO等における進展
2006年1月6日にILOのホームページに掲載された「アスベスト:潜伏中の有害影響が姿を現わす」という文書の中で、セーフワーク・インフォーカスプログラムのユッカ・タカラ局長は、「石綿禁止を世界中に広めることは、大きなそして重要な課題である。そのために、国際共同体は諸国が必要な再構築措置に対処するのを助け、代替の雇用を創出し、全世界で石綿代替品の使用を促進するために、知識と支援を提供しなければならない」と、積極的な姿勢を表明していた。
そして同年6月のILO第75回総会では、「石綿に関する決議」が(使用者代表は決議を議題として取り上げること自体に反対したが、労働者代表及び政府代表の多数の賛成により)採択された。これは、①石綿曝露から労働者を防護し、将来の石綿関連疾患・死亡を防止するためには、今後の石綿使用の根絶及び現に使用されている石綿の把握と適切な管理が最も効果的な手段であること、及び、②1986年のILO石綿条約は、石綿を使い続けることの正当化または是認を与えるものとして使われてはならないこと、を明確に決議したものであった。
翌7月にはWHOが、「政策文書・アスベスト関連疾患の根絶」の草案を公表した。WHO職業・環境保健ユニット、国際化学物質安全性計画(IPCS)、IARCの専門家によって準備されたこの草案は、国際的に意見を求めた後、10月に公式な文書となった。同文書では、WHOは以下の戦略的方向付けのもとに石綿関連疾患の根絶に取り組んでいるとして、①石綿の使用を中止する、②石綿除去中に石綿曝露回避措置をとる、③より安全な代替品への石綿の代替及びより安全な代替品による石綿の代替を促進する経済的・技術的メカニズムの開発に向けた解決策に関する情報を提供する、④早期診断、治療、社会的・医学的リハビリテーション及び石綿関連疾患の補償を改善し、過去及び/または現在石綿に曝露した/する人々の登録制度を確立する、を明示した。
国際社会保障協会(ISSA)も2004年9月の第28回総会において、予防特別委員会が、「すべてのアスベスト生産国に対して、可及的速やかに、すべての種類の石綿及び石綿含有製品の製造、貿易及び使用を禁止するよう強く勧告」した「2004年北京 アスベストに関する宣言」を採択したことを踏まえて、「アスベスト:世界的禁止に向けて」というパンフレットを作成。2007年7月にウエブサイト上に公表した。
世界の石綿業界の抵抗が奏効しているのは、唯1、ロッテルダム条約のもとでの国際貿易における一定の有害化学物質及び農薬の事前の情報に基づく同意手続(PIC)の有害物質リストへのクリソタイルの追加が、2003、04、06年と3度妨げられていることで、カナダ、ロシア等一部諸国の政治的な振る舞いがロッテルダム条約の実効性を損なうのではないかと危惧されている。
にもかかわらず、2006年のILO・WHO等における重要な進展は、各国の石綿対策に大きな影響を与えつつあり、地球規模での全面禁止に向けた流れが勢いを得ていることは間違いない。
アジアで、世界で
GAC2004を直接引き継ぐかたちで初めてのアジア・アスベスト会議が、2006年7月にタイ・バンコクで開催された(AAC2006)。タイ公衆衛生省疾病管理局及び労働省の労働保護局・社会保障事務所の共催、ILO、WHO、IBAS及びICOHの後援により、アジア太平洋、アフリカ、欧州、北米の26か国から、専門家、行政関係者、建設労働者インターナショナル(BWI、IFBWWが発展改称)や産業界の代表ら3百名が参加した(石綿全国連関係者も多数参加)。同会議で採択された「バンコク宣言」は、「石綿の採掘、石綿及び石綿含有製品の使用及びリサイクルは、すべての諸国において全面的に禁止されなければならない」と宣言した。
GAC2004とAAC2006を直接の契機として、、2007年7月に『未来を奪う―アジアのアスベスト使用』が出版され、石綿全国連はその日本語版を発行することを決めている。
さらに石綿全国連は韓国の労働組合、環境、労働安全衛生、医療団体等とともに、2007年5月18・19日、ソウルで「石綿問題解決のための日韓共同シンポジウム」も開催した。これは、日本と韓国のアスベスト被害者・家族が初めて顔を合わせる機会ともなった。
その他にも様々な企画や取り組みが、3回目の世界会議・GACや第2、第3のAAC等も含めて、展開中または準備中である。世界の労働組合やNGO、関心を寄せる全ての関係者が、いまこそ世界的な石綿の全面禁止に確実な道筋をつける好機と努力を集中しているところなのである。
●アスベスト問題の過去と現在-石綿対策全国連絡会議の20年
はじめに
1 石綿被害の本格化はこれから
2 日本における石綿の使用
3 石綿肺から発がん性、公害問題も
4 管理使用か禁止か
5 石綿の本格的社会問題化
6 石綿規制法案をめぐる攻防
7 被害の掘り起こしと管理規制強化の積み重ね
8 石綿禁止が世界の流れに
9 日本における原則使用禁止
10 地球規模での石綿禁止に向けて
11 クボタ・ショックと日本の対応
12 石綿問題は終わっていない
●石綿対策全国連絡会議(BANJAN)の出版物