『アスベスト問題の過去と現在-石綿対策全国連絡会議の20年』(2007年発行)  11 クボタ・ショックと日本の対応

※ウエブ版では脚注をなくし、日本語の情報を優先して参照先にリンクを張っており、PDF版の脚注とは異なる。

クボタ近隣住民患者との出会い

アスベストセンター、患者と家族の会の設立からGAC2004開催という流れのなかで、再びわが国のメディアが石綿問題を取り上げる機会も増えてきた。患者と家族の会等が尼崎のクボタ近隣住民中皮腫患者と出会ったのもまさにその中でのことだった。

患者と家族の会副会長の古川和子さんは、「新たな出会いのなかで絆が強まり、さらに新たな出会いが生まれた」と語っている。電力会社の下請けの設備工事作業に従事した夫を石綿肺がんで2001年3月に亡くし、約15か月の闘病・看護に加え、労災不支給決定―不服審査により死亡約1か月前に逆転認定、病理解剖による診断名の中皮腫から肺がんへの変更等々、石綿疾患の患者と家族を襲うほとんどすべてのことを経験した古川さんは、自らの経験も生かして同じ石綿被害に遭った人たちの手助けすることが夫への供養と考えて、患者と家族の設立の中心となり、地元の関西を中心に支援活動を開始していた。

最初の相談者が、広島在住の元船員の笠原昭雄さんだった。笠原さんは、元船員の石綿被害認定第1号となり、「昔石綿を吸っていたのだから必ず検査をするように」という仲間たちへのメッセージを残して2004年4月に亡くなられた。笠原さんの「遺言」を受け継いだ日本郵船OB会や海員組合が、全国の仲間を守るために立ち上がった結果、被害の掘り起こしが進み、2005年末には船員向けの健康管理手帳制度ができた。2006年5月、3浦半島の観音崎にある戦没・殉職船員の碑に、船員石綿被害者として初めて笠原さんの名前が刻まれた。

2003年にNHKラジオが「評伝・環境の思想人たち」の特集で石綿全国連の初代代表委員のひとり故田尻宗昭さんを取り上げたのを聞いた友人から、自らの病気が労災かもしれないと聞かされた加古川の立谷勇さんから連絡が入った。旧国鉄で機関車の修理をした後にJRの運転手を務めて、60歳で胸膜中皮腫を発症した立谷さんは、旧国鉄・JRで初めての石綿労災認定者となったが、4か月後に他界された。これをきっかけに鉄道退職者の会や国労等によるJR、鉄道建設・運輸施設整備支援機構国鉄清算事業本部に対する働きかけや石綿被害の掘り起こしが進み、2007年8月末までの労災(新法による時効救済を含む)認定108名、さらに52名が審査中という事態にまでなった。船員、旧国鉄・JRの被害掘り起こしにはメディアも1役買っている。

番組の取材で石綿問題を知ったNHKラジオの担当アナウンサーが、今度は石綿特集の番組をつくり、患者と家族の会の誕生、GAC2004開催予定等を放送。それを聞いた関西のドキュメンタリー制作会社の社長が取材を開始。担当ディレクターの古川さん通いが始まる。ある日、そのディレクターから「石綿を吸ったことのない女性の中皮腫患者がいる」と知らされた古川さんは、彼女を見舞って話を聞いた。最初のクボタ近隣住民中皮腫患者、土井雅子さんだった。

土井雅子さんを見舞う古川和子さん

確たる曝露源が見当たらず、地図を見ていてクボタ旧神崎工場が原因ではないかと疑った古川さんは、尼崎通いをして工場周辺の聞き取り調査を開始した。それを繰り返していたある日、歩き疲れて立ち寄ったガソリンスタンドで「うちの社長も(石綿によるがん)」と聞かされた。前田恵子さんという2人目の被害者の発掘である。前田さんは、成人してから尼崎市に転居してきて以来、ずっとそこに住んで事業をされており、クボタの工場から粉じんが周囲に飛散していた状況等をよく記憶していた(前田さんは、石綿健康被害救済新法が施行された2006年3月27日に逝去された)。

さらにもう1人、自営業の男性患者がみつかり(他にすでに亡くなられていた方2人も確認)、お互いに知り合うなかでクボタが原因と確信した3人の中皮腫患者は、古川さん及び関西労働者安全センター(関西安全センター)、尼崎労働者安全衛生センター(尼崎安全センター)の支援を受けて2005年春、クボタに対して、工場の中で何が起こっているのか明らかにするように申し入れた。

クボタが患者と初めて直接会ったのは、JR尼崎列車事故の翌日の4月26日、事故現場からほど近い公民館の1室だった。結果的にクボタは相当詳しい社内資料を開示、補償交渉とは無関係に見舞金(2百万円)を支払いたいと申し出てきた。ドキュメンタリー会社が制作した番組は1月29日と5月28日に朝日放送系列で放映されていたが、クボタ他の企業名は伏せられていた。結局、6月29日付け毎日新聞夕刊が、社名を明らかにして「10年で51人死亡 アスベスト関連病で」、「住民5人も中皮腫 見舞金検討、2人は死亡」と報じて、クボタは大阪本社で急遽記者会見、全メディアが取り上げるというかたちでクボタ・ショックは始まった。

2005年6月29日付け毎日新聞夕刊の記事

多くの人々にとってはクボタの突然の公表で始まったかのように受け取められたかもしれないが、引き金は、孤立させられ不治の病と闘ってきた住民被害者が、お互いに知り合い励まし合いながら、大企業相手に立ち向かった勇気だったということを忘れてはならないだろう

相談の殺到、企業の対応

クボタ・ショック以降、行政や関連企業、石綿全国連等には、石綿被害者や家族、労働者、市民、マスコミ等からの相談や問い合わせ、取材等が殺到した。石綿全国連加盟団体では積極的に相談窓口を開設したり(全建総連の7月24日「建設労働110番」や全造船の8月10日「造船アスベスト 中皮腫・肺がん・じん肺ホットライン」など)、関係企業や行政機関等に対する緊急の提言や要請行動等(7月15日の患者と家族の会の要望・アスベストセンターの10項目対策の提案や各労働組合の行政要請・交渉など)も取り組まれた。

患者と家族の会・アスベストセンターの記者会見(2005年7月15日)

一方、石綿被害者を出している企業による情報開示や、行政による関係企業に対する調査とその結果の開示が続き、1か月後―7月29日には厚生労働省が、「石綿ばく露作業に係る労災認定事業場一覧表」を公表するまでになった。

しかし、企業の情報開示や行政の調査はあまりにも不十分なものであり、石綿全国連は7月6日に、まず石綿協会に要請書を送り、話し合いの場を設定するよう求めた。「せめてクボタ並みに意味のある情報」を開示せよというのが、要請の柱のひとつであった。どちらも殺到する相談等への対応に追われている等の事情もあり、文書回答が届けられたのが8月29日、話し合いが持たれたのは9月14日だった。話し合いの中で同協会は、加盟各社から報告を受け協会で把握している過去の①作業環境測定、②工場敷地境界での石綿濃度測定、③PRTRデータの公表や、4月から有料で販売していた『既存建築物における石綿使用の事前診断監理指針』の無償提供(ウエブ版公開)等を約束した。しかし、個別企業で、「クボタ並みに意味のある情報」を開示したところは、いまだに1社もないことは既述のとおりである。

関係閣僚会合と全国連の提言

世論におされるかたちで国は、7月1日に課長レベルによるアスベスト問題に関する関係省庁会議を開催、それが7月21日には局長級に格上げされ、さらに26日の閣議で、29日に内閣官房長官を中心に総務、文部科学、厚生労働、経済産業、国土交通、環境の各大臣でアスベスト問題に関する関係閣僚会合を開催するということになった。

一般住民の石綿被害への対応、過去の企業・行政による対応の検証や責任の解明、行政の垣根を超えた総合的対策の必要性等を突きつけたクボタ・ショックに対する備えは、前述のとおり、各省庁には全くなかった。どこの役所が、また、各省庁の中でもどこの部署が、何をすべきか、できるのかといったところから著しい混乱がみられたのである。とりわけ健康被害対策をめぐっては、従来石綿対策を担ってきた化学物質対策課や補償課ではなく、じん肺対策等が所管の労働衛生課が仕切るようになった厚生労働省と、担当部署すら容易に定まらなかった環境省が、協力し合うのではなく、様子を伺いながら牽制し合うという状況であった。関係閣僚等による国の責任をめぐる発言も、二転三転した。

そのような状態で「ごく短期間のうちに過去の検証及び今後の『総合対策を確立』しようとしていることに、再びその場しのぎの対応に終わってしまうのではないかという強い危機感すら感じ」た石綿全国連は、これまでに主張し続けてきたことやGAC2004の成果等も踏まえて、7月26日に、「アスベスト問題に係る総合的対策に関する提言」を発表するとともに、内閣総理大臣と各政党に届けた。

石綿前国連の記者会見(2005年7月26日)

提言は、以下の6つの柱に沿って、取り組まなければならない諸課題を約70項目にわたって提起し、合わせて「緊急を要する課題については、省庁の管轄や既存のどの法令や制度で対応するか等を論ずる以前に、まず確固たる決断を示すことが重要であり、そのうえで、腰を据えて真に体系的な総合的対策を確立するよう強く勧告」した。6つの柱は、①全面禁止、②健康被害対策―補償、ハイリスク者の健康管理・健康被害の早期発見、治療、患者・家族の心のケア、上記全プロセスへの患者・家族の代表の参加の確保等、③既存アスベスト対策―把握、管理、除去、廃棄等、④法規制等―アスベスト対策基本法の制定、関連行政1体となった体制の確立等、⑤海外移転の阻止・地球規模での禁止、⑥予防原則の教訓を引き出すための歴史の検証等、である。この提言は、その後の様々な団体・個人等による政策提言等にも大きな影響を与えた。

7月29日の第1回関係閣僚会合は、「アスベスト問題への当面の対応」(「当面の対応」)を発表、「労災補償を受けずに死亡した労働者、家族及び周辺住民の被害への対応については、十分な実態把握を進めつつ、幅広く検討して、9月までに結論を得る」などとした。8月26日の第2回会合では、「当面の対応」を改訂、「救済のための新たな法的措置を講ずることとし、次期通常国会への法案の提出を目指」すなどとした。合わせて、「政府の過去の対応の検証について」も公表された。

政党・国会レベルの動き

各政党も石綿問題に関するプロジェクトチーム等を設置、石綿問題は様々な委員会等で取り上げられたが、参議院厚生労働委員会は8月3日に石綿問題の集中審議を設定し、岸本卓巳・岡山労災病院副院長と古谷杉郎・石綿全国連事務局長を参考人として呼んだ。

政局は、参議院で郵政民営化法案否決、衆議院解散、総選挙という流れになったが、石綿全国連は8月24日に、各政党に対して公開質問状を送付、9月1日に、自民、公明、民主、共産、社民の5党から寄せられた回答を公表した。

質問事項は、①住民被害者等に対する補償制度の確立、②時効問題の立法的解決、③中皮腫登録制度の創設、④健康管理手帳と労災補償制度の改善、⑤住民の疫学調査の実施、⑥発がん物質としての規制対象範囲の整合化、⑦建築物等の解体等に対する規制の整合化、⑧関連情報の開示と永久保存、⑨特別立法を含めた総合対策の確立(アスベスト対策基本法の制定)、⑩国の窓口1本化、患者・家族・NPO が参加する継続的取り組み、という10項目。各党の回答は、選挙向けということもあっておおむね好意的=違いがあまり目立たないものだったが、自民党だけが、新規立法を被害者救済目的に限定、時効救済を労災補償を受けずに「死亡した労働者」に限定しているように読める回答だったことと、また、中皮腫登録制度の創設に賛否の言明を避けていることが、公明党も含めた他の政党の回答との違いだった。

緊急の意見表明・諸団体の提言等

選挙の結果、自民党が圧勝したことにより、政府内でも与党内においても、自民党の上述の、他党とは異なる立場が押し通される様相が強まった。とりわけ、被害者救済の内容がきわめて不十分・不公正なものとなりそうになってきたことから、石綿全国連は、石綿協会との話し合いの後に緊急に運営委員会を開催。翌日9月15日に、「アスベスト新法に対する緊急の意見表明」をマスコミ発表するとともに、首相及び各政党に届けた。

意見表明の内容は、①すべての石綿被害者に労災補償に準じた所得・医療補償、②石綿被害に時効を適用しない法的措置、③中皮腫はすべて労災補償または新法による補償対象、④中皮腫死亡者の遺族に対する理不尽な医学的立証等の負担の回避、⑤石綿肺がん、その他石綿関連疾患の労災補償に準じた新法による補償、⑥新法による補償に時期指定や地域指定等の限定導入反対、⑦新規立法対応を被害者補償に限定せずアスベスト対策基本法を制定、である。

参議院厚生労働委員会(2005年8月3日)

9月29日の第3回関係閣僚会合による「当面の方針」の再改訂では、「石綿による健康被害の救済に関する基本的枠組み」が示され、「給付水準、費用負担その他の具体的内容については…引き続き検討」とされた。「政府の過去の対応の検証について」の「補足」も公表されたが、「検証結果全体としては、それぞれの時点において、当時の科学的知見に応じて関係省庁による対応がなされており、行政の不作為があったということはできないが、当時においては予防的アプローチ(完全な科学的確実性がなくても深刻な被害をもたらすおそれがある場合には対策を遅らせてはならないという考え方)が十分に認識されていなかったという事情に加え、個別には関係省庁間の連携が必ずしも十分でなかった等の反省すべき点もみられた」としている。(本書は、この見解に対する回答=批判ということにもなるだろう。)

一方、9月14日には近畿弁護士連合会が「アスベスト被害の早期救済と恒久対策を求める決議」を採択、9月21日にはダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議が「『アスベスト対策基本法(仮称)』の立法提言」を発表し、10月21日の連合第1回中央執行委員会で「アスベスト基本法(仮称)の制定」、政府・患者・家族・NPO・医療関係者・弁護士・労働組合などが参加する「国民アスベスト会議の設置」等の実現を求める「アスベスト問題に対する連合の取り組み」を確認、さらに10月25日には民主党が政策提言「石綿対策の総合的推進に関する法律案」を衆議院に提出、合わせて「民主党は『ノンアスベスト社会』をつくる」を発表するなどの動きが続いた。在野からの提言等は、「総合的対策の提言」や「緊急の意見表明」等を通じて石綿全国連が訴えてきた内容に沿ったものであった。古谷杉郎・石綿全国連事務局長による、「アスベスト対策基本法(仮称)骨子私案」もまとめられている。

百万人署名、大臣との面会

このようななかで石綿全国連は、「百万人署名」運動を呼びかけることを決定、10月22日の東京・有楽町マリオン前での街頭宣伝から署名集めを開始した。

石綿前国連100慢人署名開始(2005年10月22日)

署名で掲げた請願項目は、①石綿及び石綿含有製品の製造・販売・新たな使用などを速やかに全面禁止すること、②石綿及び石綿含有製品の把握・管理・除去・廃棄などを含めた総合的対策を1元的に推進するための基本となる法律(仮称・アスベスト対策基本法)を制定すること、③石綿に曝露した者に対する健康管理制度を確立すること、④石綿被害に関わる労災補償については、時効を適用しないこと、⑤労災補償が適用されない石綿被害について、労災補償に準じた療養・所得・遺族補償などの制度を確立すること、⑥中皮腫は原則すべて補償の対象とするとともに、中皮腫の数倍と言われる石綿肺がんなど中皮腫以外の石綿関連疾患も確実に補償を受けられるようにすること、の6項目であった。

クボタ・ショック以降、患者と家族の会のメンバーは拡大し、広島支部(2005年9月)、尼崎支部(10月)、ひょうご支部(10月)、北海道支部(2006年4月)、奈良支部(5月)、4国支部(5月)、東海支部(6月)が新たに結成されたが、労働組合、市民団体等共に、患者と家族たちは、各地で署名集めの先頭に立った。

10月8日に放映されたNHKスペシャル「アスベスト 不安にどう向き合うか」がきっかけとなって、10月16日に大阪労働局において尾辻秀久・厚生労働大臣と患者・家族らの会見が実現した。患者らは、「労災と新法は表裏1体、同じ石綿被害の救済に差別が持ち込まれてはならない。全ての被害者・家族に公正な救済を」と強く訴えた。尾辻大臣はこれを受けて動こうとした気配が見られたものの、10月末の内閣改造で厚生労働大臣が代わってしまった。一方、同じくNHKに出演し、内閣改造でも続投となった小池百合子・環境大臣の方は、第4回関係閣僚会合のわずか3日目になってようやく尼崎に出向いて患者・家族と面会したものの、直接聞いたその声を環境省や内閣の政策に反映させようという努力は見受けられず、かえって患者・家族らの批判を買っている。

患者・家族らは小池大臣の姿勢を批判(2006年1月31日)

関係閣僚会合の「総合対策」

11月29日の第4回関係閣僚会合で公表された「石綿による健康被害の救済に関する法律案(仮称)大綱」は、伝えられていた内容とまったく変わるところのない不十分、低水準のままのものだった。

12月27日の第5回関係閣僚会合は、「アスベストによる健康被害に関する法的措置や平成18年度予算案等の内容が固まったことを踏まえ」、それまでの「当面の対応」に代えて「アスベスト問題に係る総合対策」(「総合対策」)をまとめて公表した。その具体的内容は、①全面禁止は2006年度中に関係法令の整備により実施、②健康被害対策について「石綿による健康被害の救済に関する法律案(仮称)」を、③既存石綿対策について大気汚染防止法、廃棄物処理法、建築基準法、地方財政法の4法を1括して改正する「石綿による健康等に係る被害の防止のための関係法律の整備に関する法律案(仮称)」を、④その他の施策に係るものも含めて平成17年度補正予算案とともに、通常国会に提出するというものであった。

尼崎で小池大臣と面談した患者・家族らは大臣の約束は何ひとつ果たされてはいないと感じていたし、「百万人署名」に掲げられた請願事項を実現するものでもなく、また、12月26日に尼崎市長名で関係大臣宛てに提出された「アスベスト問題による健康被害対策等の強化に関する要望」で示されていた、①新法立法化と併行した環境曝露による健康被害と発生源の因果関係の究明、②環境曝露による被害者に対し公害健康被害補償法や労災補償とバランスの取れた補償の制度化、③要経過観察とされた市民に対する健康管理手帳に相当する支援措置及び自治体への財政的支援の実施、④新法案で予定されている基金への拠出は地方自治体に求めずに国と事業主の責任で実施、等の要望も取り入れられてはいなかった。

国会における新法等の審議

2006年1月20日の通常国会冒頭に、石綿健康被害救済法(救済新法)案と既存石綿対策関連4法1括改正法案が提出されたが、政府は、野党の特別委員会の設置や合同審査要求を拒否するばかりでなく、環境委員会での短時間審議等だけですませ、可能であれば2月中にも成立させたい意向であることが伝わってきた。このため石綿全国連は急遽、1月23日に衆議院第2議員会館内において、「百万人署名達成!なくせアスベスト被害、国会緊急集会」を開催し、定員百名の会場に250名以上が詰めかけた。この日までに請願署名は目標の百万人を突破して146万強に達した。衆議院での法案審議は、1月27日に、本会議で趣旨説明の後、環境委員会で審議が行われ、患者・家族をはじめ全国連関係者も多数傍聴した。

石綿前国連の国会緊急集会(2006年1月23日)

1月30日には日比谷公会堂で、石綿全国連主催の「百万人署名達成!なくせアスベスト被害、国民決起集会」が開催され、2、500人が参加した。集会には、民主、共産、社民の各党、そしてこの間総合対策等の提言を公表した連合、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議、東京弁護士会公害・環境委員会の各代表らが来賓として出席して連帯の挨拶を行った。集会後参加者は、石綿被害の犠牲となった家族の遺影や銘々の思いを書いたプラカード、横断幕、のぼり旗等々を手に、国会請願デモを行った。23日以降集まった署名が35万筆を超え、最終的に賛同署名は合計187万1、473筆となった。

石綿前国連の国民総決起集会(2006年1月31日)
石綿前国連の国会請願デモ(2006年1月31日)

1月30日の夕方から夜に法案が衆議院通過の予定と伝えられていたが、予算委員会がBSE問題で紛糾したためそうはならず、翌31日に延期された衆議院の環境委員会と本会議には、前日上京し宿泊した各地の患者・家族を含めた多数の全国連関係者が傍聴した。衆議院環境委員会では、民主党・無所属クラブが、救済新法案に対して、①療養手当の加算、②就学援護等措置に関する規定の追加、③3年以内の見直し、の3点に絞った修正案を提出したが与党は受け入れず、両法案とも原案のまま可決。本会議でも与党多数のもとで可決され(4法1括改正法案は民主、共産も賛成)、衆議院を通過した。

参議院の環境委員会での審議は、2月3日の午前・午後にかけて行われた。民主党・新緑風会から衆議院段階と同じ内容の修正案、共産党から、①指定疾病に石綿肺等を追加、②石綿健康被害救済基金への地方自治体の拠出をなくす、③同基金への中小零細事業主の拠出の軽減を内容とする修正案が提出されたが、やはり与党は受け入れず、両法案とも原案のまま可決。同日、本会議でも可決され、2つの法案は原案どおり、1切の修正を受け入れることなく成立した。

なお、衆議院環境委員会では両法案に対して各々、参議院環境委員会では1本の、附帯決議が、ともに全会1致で採択されている。

法案の成立に対しては同日、連合が「アスベスト対策関連法の成立に対する事務局長談話」を発表し、その内容と成立プロセスを批判するとともに、「政府は、あらためてその責任の所在を明確にし、石綿被害者への謝罪と被害者の声を反映した救済措置の充実を行うべきである」、「連合は、石綿被害のない社会の実現に向けて引き続き、被害者・労働者・市民とともに運動を続けていく」とした。また、全労連は、「国の責任を曖昧にしたままでの『幕引き』を許さない―『アスベスト新法』の成立にあたって―」という事務局長談話を発表した。なお、日本弁護士連合会は1月18日に、「『石綿による健康被害の救済に関する制度案の概要』に対する会長声明」を発表し、①指定疾病の対象拡大、②救済給付の内容・水準の大幅見直し、③汚染者負担原則の徹底、④時効の適用見直し、の修正がなされるよう要望している。

石綿全国連は2月20日に、「署名への御協力に対する御礼及び今後の取り組みに対する御理解・御協力のお願い」を発表、(成立した法律では)「山積みの課題を解決することは到底できず、石綿問題が、今後数十年間にわたって取り組んでいかなければならない国民的課題であることに変わりはありません。政府は、救済新法について3月末にも施行、その1週間前から救済給付の支給に係る認定の申請を受け付けるとしていますが、労災補償制度も含めた石綿健康被害補償・救済諸制度総体の制度・体制の不備から様々な混乱やトラブルが続出することが予想されます。私たちは、被害者や家族の相談等に応じその権利や生活を守るために全力を注ぐとともに、早期の見直しを求めていく所存です。また、健康被害対策以外の諸施策も含めた石綿対策全体について、衆参両院環境委員会で全会1致で付された附帯決議に掲げられた諸措置の実施状況も含めて、その効果及び妥当性も検証しながら、引き続き『アスベスト対策基本法』の制定を求める運動を継続していきます」とした。

石綿被害救済新法の施行

成立した救済新法は、2月10日に公布、環境省と厚生労働省合同で「石綿による健康被害の救済に関する意見の募集(パブリックコメント)」が実施され、石綿全国連は、66項目に及ぶ意見を提出した。

環境省と厚生労働省合同で前年11月16日に参集した「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する検討会」の報告書が2月7日に提出され、厚生労働省は、2月9日付けで労災認定基準を再び改正(中皮腫については、石綿曝露指標の医学的所見を求めない等)。環境省は、2月9日に中央環境審議会に「石綿による健康被害の救済における指定疾病に係る医学的判定に関する考え方について」諮問。翌10日の同審議会環境保健部会において石綿健康被害救済小委員会の設置を決め、同小委員会は2月24日と3月1日の2回の審議で検討結果を取りまとめ、翌2日の環境保健部会で報告・了承され、翌3日には審議会から環境大臣に対してそのまま答申されるという慌ただしい手続が進められた(新法施行後の4月11日に小委員会の医系委員がそのまま移行するかたちで石綿健康被害判定部会が設けられ、そのもとに専門委員を加えた石綿健康被害判定小委員会が置かれることになった―救済新法では、法施行前に死亡した中皮腫事例以外は、全件全てこの意見を踏まえた環境大臣による医学的判定が必要とされる)。

3月6日に新法による救済給付の実施機関となる独立行政法人環境再生保全機構の専用フリーダイヤルが開設され、7日には新法が同月27日に施行されることが決定、石綿健康被害救済法施行令も公布された。3月13日には環境省関係施行規則等と環境保健部長名の施行通知、同日前述のパブリックコメントの結果及び意見に対する考え方の公表、3月17日には厚生労働省関係施行規則及び労働基準局長名の施行通達と、これで新法施行の1週間前=3月20日からの石綿健康被害救済新法にかかる申請・請求の受付開始の準備が何とか整ったことになる。特別遺族年金受給者が報告書を提出すべき日を定める省令、民事損害賠償と特別遺族給付金との調整基準が示されたのは、新法施行後の3月28日となった。

「迅速」さのみが押し出され、患者・家族らの望みであった「隙間なく公正」は忘れ去られているがごとくであった。換言すれば、補償・救済制度の設計や準備、運営を患者・家族らの参加なしに行おうとすること自体が間違っているのである。

クボタは新たな補償制度

一方、この間の事態の出発点となった、尼崎のクボタ旧神崎工場周辺住民被害に関しては、見舞金・弔慰金を求めた人の数が百人を超えるとともに、既出の「尼崎市クボタ旧神崎工場周辺に発生した中皮腫の疫学評価」によって、クボタ旧神崎工場で使用された石綿との因果関係が明らかにされてきた。

クボタは2005年12月25日に、社長らが、患者・家族との会合に出席して謝罪するとともに、見舞金・弔慰金よりもさらに踏み込んだ補償制度を実施するために、当事者、支援団体と協議していきたいと表明。2006年4月17日に、話し合い協議を経て「旧神崎工場周辺の石綿疾病患者並びにご家族の皆様に対する救済金支払規程」の骨子がまとまったことを公表した。

補償制度についての患者・家族らの記者会見(2006年4月17日)

同社は、退職者も含めた労働者の石綿被害に対しては、労災補償に加えて2、500~3、200万円を支給する等の「上積み補償制度」を実施しているが、工場周辺住民被害者に対しても新たに、救済新法とは別に「救済金」として2、500~4、600万円を支払うというもの。原則として、①救済新法の対象となった者、②石綿を使用していた1954~95年の間に同工場から1㎞以内に1年以上居住または範囲内に所在する職場・学校等に1年以上生活拠点をもっていた者を対象としているものの、双方同数で構成される救済金運営協議会を設置して、原則から外れる場合の取り扱いを検討する道も確保しており、②はすでに1・5㎞にまで拡大されている。

石綿全国連は、これを「すべての被害者に隙間なく公正な(労災補償並みの)補償」を実現する「最初の大きな第一歩として評価」するとともに、「クボタにとってもその社会的責任をはたしていく第一歩」であり、①因果関係を真正面から認めて謝罪し「救済」ではなく「補償」とすべき、②1㎞超の範囲の被害、中皮腫以外の石綿関連疾患等の取り扱いについても真摯に協議に臨むべき、③下請・出入り業者の労働者の被害に対しても正社員並みの補償を実施すべき、④日本で最後の最後まで最大の消費企業として石綿含有建材等を、含有の事実及び有害性等の情報を適切に知らせることなしに製造・販売し続けてきたことの社会的責任も明らかにしなければならない、と指摘した。

クボタ・ショック以降、尼崎以外でも各地で新たな住民被害が明らかになりつつあり、新法による救済給付に上積みする補償を行う企業も出ているが、患者・家族らに評価に値する情報を開示しつつ、公正な協議を進めたうえで補償制度をつくったのは、これまでのところクボタが唯1である。また、労災上積み補償制度を持っている企業は多いが、退職後に発症した石綿被害も対象としているものはまだまだ少ない。連合の「アスベスト問題に対する連合の取り組み」でも、「石綿被害に対する労災の『上積み補償』を盛り込む。その際、補償額については公開するよう求めていく。同時に、その適用に当たっては、年齢の制限なく退職者にも拡大するとともに、審査は指定病院の診断書でなくても可能とするよう要請する」とされているが、これもこれからの課題である。

労災保険以外の時効救済措置等

救済新法は、「労災補償の対象とならない者」を対象とする救済給付と、「労災保険の遺族補償給付を受ける権利が時効により消滅した者」を対象とする特別遺族給付金、の2つの制度を創設した。しかし、時効により遺族補償を受ける権利を消滅した者は、労災保険以外の労災補償制度においても存在している。パブリックコメント手続に対して石綿全国連が提出した意見でもこの点を指摘されたが、回答はなかった。

回答をした環境省・厚生労働省は、自らの所管事項ではないということだったのだろう。関係閣僚会合が設置された体制の元であっても縦割り行政の弊害が解消されていないことを如実に物語っている。

しかし、すでに多数の石綿被害者が労災補償を受けている旧国鉄職員に関して、国鉄清算事業本部が3月13日付けで、昭和62年3月31日以前に係る業務災害補償規程を改正して、新法による特別遺族給付と同等の内容の時効救済措置を実施することとして、ホームページや新聞広告で知らせた。

3月29日までに日本たばこ産業(JT)も、同等の内容で、「業務上の石綿による健康被害に係る日本専売公社業務災害補償規則における遺族補償年金の時効に対する救済措置」を設けることを決定した。旧電電公社職員の労災補償の実施機関である日本電信電話(NTT)の対応は明らかになっていないが、少なくとも具体的事例がでてくれば、同等以上の措置をとらなければならないことになるだろう。

一方、2月10日付けで、地方公務員災害補償基金に宛てて総務省自治行政局公務員部長名で、「地方公務員災害補償法第63条に規定する時効の取り扱いについて」通知が出され、3月17日付けで、同基金より基金各支部宛てに、「石綿による健康被害に係る公務災害認定請求時の取扱いについて」通知されている。これらによると、地方公務員の時効救済措置では、「時効利益を放棄する」ことが明記され、具体的取り扱いでも、請求した日から5年間過去に遡って、遺族補償年金だけでなく、就学援護金等の福祉事業も支給するという、新法による特別遺族給付=労災保険の時効救済措置を上回る救済内容となっている。

船員保険法では、死亡したのが5年より前であったとしても、過去5年間分は遡及して請求することのできる仕組みになっている。国家公務員災害補償法は、権利を有することの通知がなされていなければ、補償を受ける権利は時効消滅しない旨の規定があるので、事実上、時効が適用されない。石綿全国連等が1貫して要求してきた、「時効を適用しないこと」がすでに実現されているとも言える。

このように、石綿被害の時効救済をめぐって、労災補償制度間の格差があらためて浮き彫りにされるとともに、縦割り行政の弊害を排して、「全ての石綿被害者に隙間なく公正な補償」を実現させる必要性がますます明らかになったと言える。

●アスベスト問題の過去と現在-石綿対策全国連絡会議の20年
はじめに
1 石綿被害の本格化はこれから
2 日本における石綿の使用
3 石綿肺から発がん性、公害問題も
4 管理使用か禁止か
5 石綿の本格的社会問題化
6 石綿規制法案をめぐる攻防
7 被害の掘り起こしと管理規制強化の積み重ね
8 石綿禁止が世界の流れに
9 日本における原則使用禁止
10 地球規模での石綿禁止に向けて
11 クボタ・ショックと日本の対応
12 石綿問題は終わっていない
●石綿対策全国連絡会議(BANJAN)の出版物