『アスベスト問題の過去と現在-石綿対策全国連絡会議の20年』(2007年発行) はじめに
今、石綿(アスベスト)が大きな社会問題となっている。発がん物質である石綿は肺がん、中皮腫、じん肺などの病気の原因となる。その石綿が、学校の天井などに吹き付けられ、建築材料や断熱材、ブレーキなど身のまわりの日常生活の中でも多く使われている。また、石綿を取り扱い製品をつくる労働現場をはじめ、石綿製品を使用している労働現場の石綿曝露は深刻である。
本集会において、私たちは、石綿があらゆるところで使用されているにもかかわらず、石綿であることが知らされず、また、石綿の危険性が知らされず、石綿の規制と安全対策が確立していない実態を知ることができた。そして、私たちは、石綿に関する認識を深め、労働者・市民の立場からの対策を立てていくことが重要であることを確認した。
このために、本集会に結集した労組・市民団体により「石綿対策全国連絡会議」を結成する。
私たちは、当面次の対政府要求の実現を図る。
- 石綿の全面禁止をめざし、当面、極めて発がん性の高いクロシドライトの使用禁止、その他の石綿の抑制基準濃度を0.2繊維/cm3とすること。
- 安全な代替品の研究・開発を進めるとともに、代替可能なものには代替品の使用を促進すること。
- 石綿含有量5%以下を含めたすべての石綿含有製品に石綿が発がん物質であること、ならびに取り扱い上の注意などの表示を義務づけること。
- 石綿の飛散をともなうすべての過程での測定調査を行うこと。
- 石綿特殊健康診断をすべての石綿曝露者を対象として実施し、健康管理手帳の交付等による生涯にわたる健康管理体制を確立すること。
- 石綿に関する労災認定を石綿肺、肺がん、中皮腫以外の疾病に拡大し、労働者以外の石綿被災者の補償制度を確立すること。
- 労働者・国民に石綿に関する安全衛生上の情報の普及、教育を実施するとともに、石綿含有分析、測定などの依頼に無料で応じられる体制を確立すること。
- 以上の措置を実施するために、関係省庁を一本化した石綿対策機構を直ちに設置すること。
- ILO石綿条約(第162号)を批准すること。
私たちは、今後、労働者・市民の立場からの石綿対策に関する情報の収集・提供、各団体の運動の連携強化、宣伝、教育活動を行い、そして行政・関係業界に対する働きかけを強め、石綿による健康障害や環境破壊をなくすために、職場から、地域から運動をおこしていく。
1987年11月14日
労働者・住民のいのちと健康の破壊を許さない石綿シンポジウム参加者一同
これは、現在の課題を整理した文書としてでも通用するのではないだろうか。もちろん、「原則禁止」がすでに導入され、全面禁止に向けて残された例外はごくわずかになっている(①②)。作業環境における管理濃度は0・15繊維/ccに(①)、また、規制対象は含有率0・1%超の含有製品に強化され(③)、健康管理手帳の交付要件も拡大された(⑤)。「労働者以外の石綿被災者の補償制度」(⑥)も石綿健康被害救済法というかたちで実現し、ILO石綿条約(⑨)も採択から19年後の2005年に批准された。
しかし、そのような成果を誇示するよりも、ここに至るまでに20年もの期間を費やしてしまったことに対して、また、私たちが1990年にまとめた「全面使用禁止を目標に、製造から廃棄までの総合的な対策の確立」を求める政策提言とそれを踏まえた「アスベスト規制法の制定」が実現できていれば、より多くの労働者・市民の命を救えたはずだという痛恨の思いが強い。ましてや、ここに掲げられた多くの課題がいまだに未解決であることに象徴されるように、アスベスト問題は決して終わってはいないのである。
2005年夏のクボタ・ショックは、アスベスト被害が労働者の職業病にとどまらず、工場や鉱山等の周辺に住む/住んだことのある近隣住民や一般市民に対する公害病をも引き起こす恐るべき産業災害であることを突きつけた。
石綿対策全国連絡会議は、当初から、労働者、市民、様々な分野の専門家や関心をもつ個人の連合体として、アスベスト問題の総合的対策の確立を求めてきた。そして結成以来、アスベスト被害の掘り起こしに努め、被害が顕在化し始めるにつれて、被害者とその家族を支援し、団結して中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会を結成するのを援助してきた。いま患者と家族の会は、職業病と公害病の垣根をつくらずに、同じアスベストによる患者と家族が1緒になって活動している、世界的にもユニークな団体となっている。
また、クボタ・ショック以降、アスベスト公害が尼崎にとどまらず全国にひろがるなかで、被害や曝露を受けた住民らが団結して立ち上がり始めている。石綿対策全国連絡会議は2007年3月25日、石綿健康被害救済法1周年を検証するシンポジウム(別途報告書を出版)にそうした住民団体の代表にも結集していただき、各地の住民相互、住民と労働者、全国連と諸団体・個人等との連携を築き、強化する努力を積み重ねているところである。
さらには、2004年世界アスベスト東京会議(GAC2004)の成功を引き継いだ国際的な取り組みも、地球規模でのアスベスト禁止の実現に向けていままさに重要な山場を迎えつつあると言ってよい。
そのような現在進行形の諸課題に取り組むなかで、私たちは、結成20周年を迎える。一方、政府や一部の人々にとっては、アスベスト問題はクボタ・ショックによって急に持ち上がった問題で、石綿健康被害救済法の成立等によって解決した(ことにしたい)と考えているように思われる。そうでないことを明らかにするだけでも、私たちの20年の活動を記録する意味はあるかもしれない。
アスベスト問題は、労働者と住民、職業病と公害といった垣根を超えた総合的な対策確立に向けた未解決の試金石として残されている。また、将来に向けた予防原則の教訓を引き出すためにも、過去の企業・産業界や政府の対応が徹底的に検証されなければならない問題であり、さらに、国や地域の垣根も超えて英知を出し合わなければならない世界共通の課題でもあり続けている。
何よりも、そのような様々な課題の解決に向けた、多くの関係者の努力に少しでも役立つことを願って、本書はまとめられたものである。
石綿対策全国連絡会議としては、諸課題に対処する中心的な柱として、「すべてのアスベスト被害者・家族に公正・平等な補償」、及び、「アスベスト対策基本法の制定」を掲げている。読者の皆様のご理解とご協力をお願いしたい。
末筆ながら、20年間、石綿対策全国連絡会議の活動を担い、支え、また励ましていただいてきた関係者の皆様に心から感謝したい。
2007年11月 石綿対策全国連絡会議
●アスベスト問題の過去と現在-石綿対策全国連絡会議の20年
はじめに
1 石綿被害の本格化はこれから
2 日本における石綿の使用
3 石綿肺から発がん性、公害問題も
4 管理使用か禁止か
5 石綿の本格的社会問題化
6 石綿規制法案をめぐる攻防
7 被害の掘り起こしと管理規制強化の積み重ね
8 石綿禁止が世界の流れに
9 日本における原則使用禁止
10 地球規模での石綿禁止に向けて
11 クボタ・ショックと日本の対応
12 石綿問題は終わっていない
●石綿対策全国連絡会議(BANJAN)の出版物