クボタショック-アスベストショックの記録~弾けた時限爆弾アスベスト<3>尼崎「クボタ」以外の住民被害明らかに

古谷杉郎(全国労働安全衛生センター連絡会議/石綿対策全国連絡会議・事務局長)

住民被害の顕在化

クボタ・ショックの引き金となった6月29日付け毎日新聞大阪本社版夕刊も、住民中皮腫患者のことは社会面で伝え、一面トップは労働者のアスベスト被害を報じた記事だった。その後のマスコミ報道も、様々な業種の企業に広がる労働者被害に関するものが情報量としては大部分を占めていた。

しかし、労働者の被害の実態が明らかにされたことに対するショックもさることながら、工場の周辺に住んでいたというだけで中皮腫に罹患した可能性のある患者が複数いたということで、誰もが被害者になり得るという事実を突きつけられたことの方がショックが大きかったのは事実だろう。

前述のとおり、各企業による開示情報や国の調査に対する報告では、「現在まで工場周辺住民か
らの被害の訴えはない」とするだけだった(石綿対策全国連の日本石綿協会との話し合いでは、「調べようともしないで、訴えや報告がないですませることはできない」と批判した)。

それでも少しずつ労働者以外のアスベスト被害の実例が明らかにされ、そのたびに社会の関心が
高まり、関係団体への相談や問い合わせの電話がうなぎ登りに増加するという事態が続いている。

● 労働者の妻の被害事例

7月7日には再び毎日大阪・西部本社版が一面トップで、「アスベスト死 家族に拡大」と報じた。クボタ旧神崎工場の元労働者の妻が、中皮腫に罹患し2002年に死亡。担当医師が中皮腫の原因について、「夫の作業服に付着した石綿が洗濯した際などに飛散し、吸引したためとみられる」と説明し、会社は労働者が死亡した場合の労災上積み補償金(約3,000万円)に「ほぼ相当」する補償金を支払ったと報じたものである。

この日はNHKのお昼のニュースで、横須賀市立うわまち病院の三浦溥太郎副院長がインタビュー
に応じ、横須賀市内にある造船所の元労働者の妻3人と、母親がセメント工場に勤めていたとみられる主婦1人が、中皮腫と診断され、死亡していたことも明らかにした映像が放映された。妻らは夫の作業服に付着したアスベストを洗濯等の際に吸い込んだものとみられ、主婦は、幼少時に母親の勤め先とみられるセメント工場に出入りし、アスベストを吸い込んだとみられている。

この日は、一日中事務所の電話が鳴りやまなかった。

● 建物の吹き付けによる被害者

翌8日の読売新聞朝刊は、倉庫の壁にアスベストが吹き付けられた文具店に33年間勤務した男性
が中皮腫と診断され、2004年に死亡していたと報じた。

これは2004年世界アスベスト東京会議の全体会議セッション2で、中皮腫・じん肺・アスベストセンター代表の名取雄司医師が、「吹き付けアスベストのある店舗での勤務が原因で発症したと考えられる男性胸膜中皮腫の一例」として報告した事例である。

この件は8月22日に、東京・ひらの亀戸ひまわり診療所と大阪・関西労働者安全センターで、「建物に由来する石綿による悪性中皮腫に関する発表」として公式にマスコミに発表、あらためて大きく報じられた。

7月16日、共同通信は、長野県牟礼村の日アス鉱繊(現ニチアスセラテック)の元労働者の妻が中皮腫と診断され、前月に死亡。担当医師に「アスベストが原因と疑われる」と説明され、夫が県に相談していたことを報道している。

● 1970年代に監督署が指摘~曙ブレーキ羽生製作所

翌17日の朝日新聞朝刊は、「埼玉県羽生市の大手ブレーキメーカー『曙ブレーキ工業』の羽生製造所を70年代に調査した労働基準監督署が、外部にアスベストが飛散して住民11人が死亡している可能性を指摘していたことが、朝日新聞が入手した公文書などでわかった」と報じた。

このことは、全国安全センター顧問の井上浩氏が本紙に連載した「監督官労災日記」や『労働基
準監督官日記』(日本評論社)で部分的に紹介している。工場周囲の肺がんだけでなく、中皮腫という診断はついていなかったものの、がん性胸膜炎や後腹膜腫瘍など、今日であったら中皮腫と診断されたかもしれない疾病名が付けられていた。「ほぼ同時期に、市内に住む従業員の家族4人も肺がんで死亡していた」という。

曙ブレーキ工業は7月6日に情報開示をしているが、「現時点では工場周辺地域からのアスベストに関する問題は、起きておりません」と書かれている。

● 奈良のニチアス・竜田工業

中一日おいて19日の朝日新聞朝刊は、奈良県斑鳩町にあるニチアスの子会社竜田工業の近隣に
住んでいた女性が、1997年に中皮腫で亡くなっていたことがわかったと報道。竜田工業は17日に開いた住民向け説明会で、「住民被害の可能性はきわめて低い」と説明していた。女性の長男は、同社に「石綿との関連を調べてほしい」と求めたが、「調査する」と言われたきり、連絡はなかったという。

7月20日、ニチアス王子工場は奈良県政記者クラブに、同社の開設した相談窓口に、周辺住民より3件の連絡を受けたと報告した。2000年に腹膜中皮腫で死亡した男性住民1人の他、中皮腫で死亡したという女性1人の件を情報確認中。また、町内の企業勤務者から寄せられた、輸送関係者で中皮腫により死亡1人、療養中1人という情報についても確認中ということであった。

25日には、竜田工業が、新たに周辺住民1人の中皮腫による死亡を確認したと発表。同社は、当
社が扱っていた石綿との因果関係が深いと考えている。誠心誠意、対応していく」と話したという。

● 旧エタニットパイプ鳥栖工場

28日、佐賀県は同県鳥栖市にあった石綿管製造旧日本エタニットパイプ鳥栖工場周辺に住んでいた50代の女性が、中皮腫で今年死亡していたことを明らかにした。この女性は70年代半ばまで工場から約200メートル離れた所に住み、年に1、2回工場に出入りしていた。同工場に勤務していた近親者はなく、家族で中皮腫で死亡したのはこの女性だけという。

● 幼少期吸引で中皮腫

29日の各紙朝刊は、「幼少期吸引で中皮腫発症」という記事を報じた。以下は朝日大阪の記事。

「兵庫県尼崎市に1973年まであったアスベスト(石綿)建材会社『関西スレート』(2001年解散) の工場そばに住んでいた女性(45)が、石綿が原因とされるがんの一種『中皮腫』を2003年春に発症し、右肺を摘出する手術を受けていたことがわかった。女性は13歳までの約10年間、工場向かいの社宅に住み、工場敷地内でよく遊んでいた。幼少期に石綿を吸い込んで発症した疑いが濃厚という。女性は同社に一時資本参加した『住友大阪セメント』(本社・東京都)に補償などの救済を求めている。

女性の支援をしている『尼崎労働者安全衛生センター』によると、女性の両親(ともに故人)は同社の工場で働き、工場向かいの社宅に家族で住んでいた。工場建物隣の石綿スレート置き場は子どもたちの遊び場で、女性もよく遊んだ。『ガラスのようにピカピカ光る石綿のくずを、ほぐしたりして遊んでいた』と話しているという。

女性は2003年春、せきが止まらなくなり、胸膜中皮腫と診断された。同年9月に右肺を全摘出したが、今年3月にリンパ節などへの転移が見つかり、再入院している。

関西スレートは現在の尼崎市尾浜町2丁目で35年に創業。工場は1973年に同県加古川市に移
転。78年に旧・大阪セメント(現・住友大阪セメント)が資本参加して『ダイスレ工業』に社名変更したが、経営不振のために2000年12月に工場を閉鎖し、2001年3月に解散した。

関西スレートは、従業員のほかに周辺住民も中皮腫を発症していた大手機械メーカー『クボタ』旧神崎工場の西約2キロ。住友大阪セメントは『資本参加する前の会社の従業員や家族の健康被害に、どんな対応ができるか検討中だ』(広報グループ)としている。」

● 熊本の旧アスベスト鉱山

また、石綿鉱山のあった熊本県宇城市(旧松橋町、小川町)で、職業曝露のない男性が1997年に中皮腫で死亡しており、また松橋町に隣接する宇土市でも、1995年以降2003年までに2人が中皮腫で死亡していることも明らかになっている(8月23日赤旗)。

これに対して市は、「旧小川町の男性は石綿関連工場などに勤めていなかった。石綿鉱山があっ
た旧松橋町で中皮腫による死亡者がいない状況では、この男性が石綿を吸って中皮腫を発症した
という因果関係があるとは判断しにくい」としているという(8月26日朝日熊本)。

横並びの見舞・弔慰金

クボタは8月12日にホームページ上で、「当社旧神崎工場周辺石綿疾病(中皮腫)患者の皆様へ
のお見舞金(弔慰金)の考え方」を公表
した。

旧神崎工場周辺 石綿疾病(中皮腫)患者の皆様へのお見舞金(弔慰金)制度
(クボタ2020年6月30日)

  1. 考え方
    当社が過去に取扱った石綿の飛散と旧神崎工場周辺における中皮腫発症との因果関係は不明であり、また石綿の健康被害に対する救済策に関する制度は現段階では確立されておりません。
    一方、現実に病に苦しむ患者やご家族の方々がおられ、その心痛を思い、当社が長年当地で事業活動を営んでこられたのは、周辺住民の方々のご理解とご協力の賜物であるという気持ちを表すため、お見舞金(弔慰金)をお支払いさせていただくものです。
  2. 支払いの対象となる方
    (1) 中皮腫で現在療養中の方 「 お見舞金」
    (2) 中皮腫で死亡された方のご遺族 「弔慰金」
    *( 1)または(2)のいずれかをお支払い致します。
  3. 支払い金額
    一律200万円
  4. 対象となる方を決めさせていただくくための判断基準
    下記の条件を満たしておられることが基準となります。
    (1) 「尼崎労働者安全衛生センター事務局」から当社にご連絡いただいた方。
    (2) 医師により、中皮腫(胸膜中皮腫、腹膜中皮腫、心膜中皮腫、精巣鞘膜)と診断された方で現在療養中または死亡された方。
    尚、診断は尼崎地区で当社の指定する下記病院においてなされることを原則とさせていただきます。
      ① 兵庫医科大学病院
     ② 関西労災病院
     ③ 兵庫県立塚口病院
     ④ 兵庫県立尼崎病院
    (3) 本人の職業歴で過去に石綿を取扱ったことがない方。 
    (4) 当社の旧神崎工場周辺に居住、勤務されていた方または旧神崎工場に出入りされていた方。
    尚、対象時期は、旧神崎工場が石綿を取り扱っていた昭29年~平成7年までの間とします。
  5. 確認のため必要な書類
    (1) 下記の書類をご準備頂きます。但し、④については対象の方のみご準備いただきます。
     ① 医師の診断書または死亡診断書中皮腫に罹患したことを証明できるもの 
     ② 職歴書 
     過去の職歴で石綿を取扱ったことがなかったことが証明できるもの
     ③ 住民票または勤務証明書
      旧神崎工場周辺での居住または勤務が証明できるもの
     ④ 当社に出入りされていたことが証明できるもの 
    (2) 書類取得に必要な費用は各自でご負担いただきます。
    尚、本件について皆様から入手した情報はお見舞金、弔慰金の支払い以外の目的には使用致しません。

クボタはこの基準にしたがって、8月24日に新たに患者1人、遺族6人に、9月中にも患者2人、遺族6人と見舞金・弔慰金を支払い、申請者はさらに増え続けている。

8月19日、関西スレートが工場を移転した後に資本参加した住友大阪セメントが、解散企業に代わり、両親が同工場に勤務し、工場近くに子供のころ住んで中皮腫を発症した女性に見舞金を支払うことを明らかにした。同社は、「法的責任はないと考えているが、工場が中皮腫の原因であるのは明らか。女性と面会し事情を聴いた結果、何とかしなければならないと判断した」と説明した。

住友大阪セメントでは、①元従業員か家族、②石綿関係の業務に従事していたか社宅に住んで
いた人、③悪性の中皮腫を発症―という3つの条件をすべて満たしている場合に、見舞金200万円を支払う。関西スレートの工場関係者に新たな被害が確認されれば、この基準を適用して補償するという。

ニチアス王子工場も9月9日、新たに周辺住民1人の死亡を確認し、同社としては初めてこの遺族
に弔慰金200万円を贈ることを明らかにした。同社によると、この住民は工場周辺に27年間住んでいた女性で、2000年、悪性胸膜中皮腫で67歳で亡くなった。今月2日に遺族から同社に連絡があり、調査の結果、家族に石綿関連の仕事に就いた人はいなかったという。同社は今月1日、周辺住民に対する見舞金と弔慰金の支払い基準を決めた。医師から悪性中皮腫と診断され、1971年以前に1年以上、工場から400メートル以内に住んでいた人が対象。治療中の人と遺族に、それぞれ一律200万円を支払う。(朝日)

企業は責任を果たしていない

クボタ・ショック以来、企業の関係者からは、「社内だけの問題」、「労働者だけの問題と考えていた」、「工場の外にまで被害が広がるとは想定外だった」等という発言が繰り返されている。

労働者であれば、アスベストを吸って死亡してもしかたがないということなのだろうか。また、住民被害者に200万円の見舞金・弔慰金を支払ったからといって、企業が因果関係や補償責任を認めたわけでは決してない。これは、クボタも含めて、すべての企業に共通している。

7月11日に従業員の中皮腫発症は16名と発表した住友重機械工業は、翌12日、係争中の第2次横
須賀石綿・じん肺訴訟に関して横浜地方裁判所横須賀支部が示していた和解案を正式に蹴った。

原告側が受け入れを表明した和解案に同意しなかった理由について、同社は、「安全配慮義務の
履行状況、じん肺の原因、じん肺の管理区分の判定等の事実関係について争いがありますが、裁判所から示された和解案は、これらの点について配慮されたものと判断するに至らなかった」、「造船所におけるじん肺には溶接工肺もあり、当社としては原告全員が石綿肺であるとは認識しておりません」などと述べている。

国鉄清算事業団は、旧国鉄職員にあまねくアスベスト被害の実態や健康管理手帳制度等について周知をなどという遺族らの要請に対して、9月8日付けで最終的にその必要性はなしと回答。

抗議のFAX等が殺到するや、10月1日付けの読売、毎日、朝日の3紙に「元国鉄職員の皆様へ」という意見広告を掲載。誠実とは程遠い対応を続けている。

(社)日本経済団体連合会の奥田碩会長は7月11日の記者会見で、「アスベストの有害性については以前から指摘されていたにもかかわらず、日本では当局による注意喚起が遅きに失した感がある」と発言している。関連企業の発言にも、「法令による規制のなかった時代の曝露が原因ならば、企業に責任はない」という主張が見え隠れしている。

(社)日本経済団体連合会は8月2日に「石綿による健康障害防止対策の徹底について」通知して
いるが、その内容は以下のとおり。

「本年6月末顕在化しました石綿による健康障害問題は、潜伏期間が30~40年間と長く、発症後
の有効な治療法が未だ確立していないこと、ばく露の対象範囲が従業員のみならず地域住民等
広範にわたることから、国民にとっても大きな問題となっております。
各業界団体・企業におかれましては、法令に則り、今後新たなばく露による健康障害が生じないように万全の防止対策をお願いいたします。」

企業は自ら情報を開示し、住民被害者にも見舞金・弔慰金を支払うなど、誠意をもって補償に応じているという誤ったイメージが社会に広まっているとしたら是正しなければならない。今のところクボタ並みの情報開示を行った企業すら、一社としてないのである。

様々な取り組みがなされているが、私の余裕がないのと当事者や直接担当している方々に報告し
ていただいた方がよいと思われることや、現時点ではまだ報告できない動きなども多々あり、別の機会に譲りたいが、ぜひ推移を見守っていただきたい。

安全センター情報2005年9・10月号(一部加筆)

クボタショック-アスベストショックの記録~弾けた時限爆弾アスベスト<1>原点-クボタ・ショック

クボタショック-アスベストショックの記録~弾けた時限爆弾アスベスト<2>クボタ・幡掛社長の英断?~石綿労災認定情報公表へ(付)石綿労災認定事業場検索サイト

クボタショック-アスベストショックの記録~弾けた時限爆弾アスベスト<4>国の対応、石綿対策全国連など緊急要請

クボタショック-アスベストショックの記録~弾けた時限爆弾アスベスト<5>拙速、ずさんな建物アスベスト調査

クボタショック-アスベストショックの記録~弾けた時限爆弾アスベスト<6>政党、国会、参考人招致、解散総選挙、政府、専門家会議は・・

クボタショック-アスベストショックの記録~弾けた時限爆弾アスベスト<7>石綿救済新法の攻防、被害者-尾辻大臣面談、100万人署名運動

安全センター情報2005年9・10月号