アスベスト(石綿)被害と情報公開(3)2007年12月以降の労災認定事業場情報開示進展と課題【クボタショック・アスベストショックの記録】

片岡明彦

関西労働者安全センター事務局/全国労働安全衛生センター連絡会議/中皮腫・じん肺・アスベストセンター運営委員

政府・厚労省の徹底批判を

クボタショックから2年間、労災認定事業場を公表してこなかった影響は大きい。

大切な情報を厚労省が隠し、企業は情報開示をせず、ほとんどのマスコミはネタをもらえないので報道せず、被害者にまたしても社会的孤立の暗闇を歩かそうというのだろうか。国会での大臣答弁があってからも厚労省の意識は低く、動きは鈍い。徹底的に批判しなければならない。

企業・事業者の情報開示の進展についてはマスコミの努力に追うところが大きいが、労災認定事業場情報未公表問題をめぐる12月3日の毎日新聞の特報以降、石綿被害情報に関する報道がいくつか続いている。

石綿労災・米軍基地79人申請/旧施設庁雇用 厚労省は公表拒否

05~06年度にアスベスト(石綿)による労災や時効救済が認定された事業所情報の中に、沖縄県や神奈川県の米軍基地で働く労働者を事業主として雇用した防衛省(旧防衛施設庁)の施設とデータが含まれていることが分かった。防衛省は同期間、労災申請時に必要な事業主証明を計79人分発行したことを認めた。しかし、厚生労働省は事業所名などを非公表とし、認定者数などのデータ公表も拒否している。民間だけでなく、雇用責任がある政府機関の被害実態を明らかにしない厚労省の姿勢に、批判が出ている。

米軍基地では耐火材の石綿が艦船などに使われ、修理した労働者らが石綿がんにかかっている。患者支援団体「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」(東京都江東区)が入手した開示情報の分析では▽横須賀労働基準監督署(神奈川県)では「船舶製造・修理業」で31人▽基地作業に関係しうる「その他の各種事業」で16人が、それぞれ中皮腫や肺がんなどで認定された。沖縄、那覇労基署でも計11人が認定。これらが防衛省と関係する可能性があると想定した。

防衛省は取材に、石綿関連で05~06年、事業主証明を横須賀で38人、岩国(山口県)で1人、沖縄労働局内で40人に発行した、と回答した。一方、神奈川労働局は「防衛省の横須賀での事業主証明の大半は、船舶修理業に該当する。認定数などは一般事業所名と同様に言えない」と説明。沖縄労働局も回答していない。
【大島秀利、曽根田和久】

2007年12月4日毎日新聞朝刊

すでに大臣答弁があり方針転換がなされ、かつ、政府部内の申請、認定状況のため情報も正確に把握できているにもかかわらず、厚労省は情報公開を拒んでいる。

毎日新聞の分析が的を射ているとすれば、横須賀と沖縄の基地関係で50名程度の認定者を出していることになり、あらためて驚くべき数字と言わなければならない。

積極的に認定情報を公表することが、潜在被害者の掘り起こしにつながる可能性はきわめて高い。なにしろ、こうした2年間の申請者、認定者そのものが、クボタショック以降の情報公開の賜物なのである。政府・厚労省は、できるところからはじめていくという当たり前のことが未だにできないのである。

国鉄清算事業本部の資料

政府関係でも、旧国鉄での被害補償を担当している独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構国鉄清算事業本部は、事業場ごとの認定者数をすでに公表している(表14)。政府交渉の場で国交省に要求して実現したものだが、政府関係での被害状況は政府全体でまとめ、率先して公表していくべきものである。これができていないことがまず問題なのである。(石綿健康管理手帳交付状況についても公表している)

表14 元国鉄職員に対するアスベストを起因とする業務災害補償等認定実績

※鉄道・運輸機構ホームページ(業務災害補償・石綿(アスベスト)対策等)に公表されている資料によれば、2021年3月31日現在で、元国鉄職員のアスベスト疾患による労災認定数は合計で512名、石綿健康管理手帳交付者数は1393名とのことである。

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社会保険庁の資料

船員の石綿被害については、船員保険を所管する社会保険庁が情報を把握している。しかし、社会保険庁はいまだに石綿被害についての総括的な情報を把握しておらず、私たちの開示請求に対して該当資料がないとして「とりあえずある資料をお渡しします」ということになった。送られてきた資料は、

  1. 2006年8月30日付「船員健康管理手帳の申請・交付件数都道府県別一覧」「職務上給付申請・決定・不支給件数都道府県別一覧」「職務上遺族年金申請・決定・不支給件数都道府県別一覧」
  2. 2007年+6月28日付「アスベスト関連遺族裁定請求書受付決定状況」(都道府県別)

だった。1.と2.をまとめたのが表15で、次のことがわかった。

  1. 2006年8月30日時点で、船員健康管理手帳の交付件数が310件であり、療養中の患者については20件、死亡については17件の労災認定が行われていた。ただし、「20件」と「17件」にだぶりがあるのかどうかは不明。船員健康管理手帳制度とは、クボタショックの少し前から船員の被害が顕在化してきたことを受け、クボタショック後の対策として、2005年12月15日から労働安全衛生法による健康管理手帳に準じる制度を開始したもので、所管は国土交通省、現在の担当は運行労務課。手帳の申請は各地方運輸局等の窓口で行っている。なお、運行労務課によれば、健康管理手帳の2007年12月14日時点の交付件数は418件(申請450件)とのことである。
  2. 2007年6月28日時点までに、アスベスト関連疾患についての遺族給付に関する申請が45件あり、うち34件が業務上として認定された。療養中の方の認定件数のデータは明らかにされなかった。

いまだに被害件数が結局何名なのか、疾患別にはどうなっているのかも整理されていない模様で、ある意味、これぞ社会保険庁というべき呆れた状況が続いている。

ただし、2005年の労災認定事業場開示の際には、4件の認定(日本郵船:中皮腫2件、第一中央汽船で中皮腫1件-東京社会保険事務局管轄、日本水産:中皮腫1件-福岡社会保険事務局管轄)が公表されており、2007年6月28日までにこれを含めて34件の遺族認定があったということは判明したことになる。療養中の事案を含めるとさらに件数は増えるとみられ、クボタショックは船員の石綿被害顕在化にも大きな影響を与えたのである。

この件についても報道され、取材に対して『社保庁は「治療中の人も含めた認定者数や病名は把握していない。船会社の名前は今はいえない。」として、詳細な説明を拒んでいる』という。少しぐらいやる気を見せたらどうなんでしょうか、社保庁!

表15 船員保険情報提供資料まとめ(社会保険庁)

クボタ疫学調査拒む厚労省

日本産業衛生学会が、旧神崎工場の石綿被害の疫学調査を厚労省に要望して、厚労省が断っている事実がある。厚労省は、労災認定事業場未公表問題の裏側で、とんでもないことをやらかしていた。産衛学会は、理事長名で次の要望書を、厚労省に昨年7月に提出した。

平成19年7月6日

厚生労働大臣 柳澤伯夫殿

社団法人目本産業衛生学会
理事長 清水英佑

石綿取り扱い労働者の疫学調査実施に関する要望書

謹啓

貴職におかれましては、国民・労働者の健康と福祉を守り、向上させる職務に邁進されていることに心から敬意を表します.

さて、わが国の国民の生命と健康を脅かし、深刻な社会問題化した石綿問題に関して、労働者の健康問題を研究する専門学会としてお願いがございます。

兵庫県尼崎市クボタ旧神崎工場の労働者に石綿関連疾患が多発していることを伝えた新聞報道をきっかけに、石綿による健康影響に対する不安は、石綿を取り扱ってきた多くの労働者だけでなく、石綿が使用されている公共および一般施設などを利用する住民にまで広がり、今なお重大な社会的課題となっています。私ども日本産業衛生学会では石綿と健康障害に関しての数多くの研究成果を基に、疾病の発生予防や改善対策に微力ながら貢献してまいりました。しかしながら、報道されたクボタ旧神崎工場の労働者における石綿関連疾患の癸生状況をみるに、石綿関連疾患の多さに驚かされます。たとえば、同工場での就労経験者は千名程度と仄聞していますが、このうち石綿曝露と特異的な関係にある中皮腫の死亡者は60名前後に達していることが報道されています。中皮腫死亡の最近の
全国平均が年間約14万人当たり一人であることを考慮すれば、過去20年間の結果としても、いかに同工場で極めて多数の中皮腫死亡が生じているかが容易に推測できます。しかも新たな中皮腫の発生が続いていると言われています。また、石綿肺、石綿関連肺癌の発生も報道されています。

これらの患者発生は、同工場で使用されていた石綿の種類や作業環境、労働条件と密接にかかわっていると思われ、その実態を科学的に検証することは、同工場労働者の健康管理のあり方だけではなく、多数の中皮腫発生を見ている近隣住民の健康管理のあり方を検討する上で、貴重な憎報をもたらすはずです。加えて、わが国の石綿関連疾病の予防策や現存する、ないしは使用済みの石綿の廃棄処理などの安全な取り扱いについても、重要な示唆を与えるものと考えます。また、国民の漠然とした不安を解消する上にも、役立つと考えます。

残念ながら、現時点においても、同工場での中皮腫を含めた石綿関連疾患の疫学調査は試みられておりません。全国の石綿製品製造工場での疫学調査が必要でありますが、今回石綿関連疾患が多発したクボタ旧神崎工場に対して、その実態を明らかにするため労働安全衛生法第108条の2に規定されている「疫学的調査等の実施」を発動されることを要望するものです。

なお本学会は、専門学会としてその調査を担うことが可能であり、またその準備も既にできております。

謹白。

要望書にある「労働安全衛生法第108条の2」は次のものである。

【労働安全衛生法】
(疫学的調査等)
第108条の2 厚生労働大臣は、労働者がさらされる化学物質等又は労働者の従事する作業と労働者の疾病との相関関係をは握するため必要があると認めるときは、疫学的調査その他の調査(以下この条において「疫学的調査等」という。)を行うことができる。

関係者によると、要望を受けた厚生労働省は、「108条の調査は、因果関係がわからないときに行うものであり、クボタ旧神崎工場については因果関係がわかっているので該当しない」と答えたということである。

口実を設けて法律で認められた権限すら行使しようとしない厚労省、具体的には安全衛生部は、クボタ事件の全容解明を阻もうとしているとしか考えられない。世界的にも類例をみない石綿公害を引き起こし、工場内に100名を優に超える被害者を発生させた工場にかかる徹底した疫学調査を実施することの意義は誰の目に明らかだろう。

これまで報道されていないが、労災補償部による労災認定事業場未公表問題に匹敵する、重大事件と言わなければならない。

旧日本エタニットパイプ

クボタよりも古くから青石綿を使用した石綿水道管を製造していた日本エタニットパイプ(現リゾートソリューション)では、クボタ旧神崎工場と同様の被害を発生させてきた。

12月3日付け毎日新聞の記事中の企業回答にはリゾートソリューションのものがなかったが、12月7日に次の記事が掲載され、大規模な被害状況があらためて明らかにされた。

石綿労災・救済認定108人 全国3番目の規模
水道管製造 旧エタニット

高松市など全国3カ所でアスベスト(石綿)を用いた水道管を製造していた旧日本エタニットパイプの元従業員のうち、中皮腫などの石綿健康被害で労災認定などを受けた人が少なくとも108人に上ることが7日、分かった。民間企業としては被害を公表しているニチアスの307人(子会社含む)、クボタの147人に次ぐ規模。従業員名簿などが残っていないため認定者数の確定は難しく、実際には被害が広がっている可能性もある。

旧社の経営を引き継いだ「リゾートソリューション」(東京都)が、元従業員と遺族が起こした損害賠償訴訟に対応するため調査。元従業員で原告となった人ら28人を除く80人が、労災認定と石綿救済新法による救済認定を受けていたことが新たに判明した。病名の内訳は、中皮腫23人▽肺がん25人▽じん肺32人。労働年数は4~約35年で、多くの人が既に死亡。全員、同社による950万~2890万円の上乗せ補償を受けている。

旧会社は大宮・鷲宮工場(さいたま市など)で1933~85年、高松工場で34~71年、鳥栖工場(佐賀県鳥栖市)で54~85年に、石綿を用いた水道管を製造していた。毒性が強い青石綿も使用しており、ピーク時の50~60年代には700人以上の従業員がいた。

同社は労災認定などを受けた元従業員らに上乗せ補償しているが、一部について交渉が決裂。昨年10月、60~80歳代の元従業員や遺族計57人が、元従業員1人当たり3850万円の損害賠償を求め高松地裁に提訴した。同社は「健康被害に遭った人には誠意を持って対応し補償したい」としている。【大久保昂】

【2007年12月7日毎日新聞夕刊】

高松地裁に元従業員・遺族(関係労働者29人)が提訴しているが、これとは別に少なくとも80人が労災認定・新法救済認定を受け、かつ会社から労災上積み補償を受けていたというのである。裁判原告関係の29人のうち1人は労災認定を受けていないじん肺患者であるので、労災認定を受けているのは、少なくとも108人ということになる。報道等から、疾病別の内訳は和解80人については、中皮腫23人、肺がん25人、じん肺及び合併症32人であり、原告関係28人については中皮腫6人、じん肺及び合併症22人とみられる。

旧日本エタニットをめぐっては、小菅さんという労働者で労災認定を受けた方の子供が、家族ばく露による中皮腫を発症、死亡したことをめぐる損害賠償裁判(最高裁で遺族が敗訴。裁判では「中皮腫」であることがみとめられなかったが、「中皮腫」としか考えられないと専門家に厳しく批判された。

石綿新法施行後、小菅さんの遺族は中皮腫として救済認定を受けた)を含む複数の裁判が提訴されてきたこともあり、経営を引き継いだリゾートソリューションには、一定の資料が残存していると推測される。また、アスベスト問題に取り組んでいる元労働者、労働組合も活動を続けている。

したがって、専門家による疫学調査が実施可能であり、すでにそうした調査が進められているとも伝えられている。被害発生企業での疫学調査実施の情報はここくらいという、まことにお寒い状況である。

クボタ、ニチアス…

クボタショック後、一挙に被害が顕在化したことを受けて、被害が多発した石綿関連企業は専門家による疫学調査を実施し、被害の実態と全容の解明を行い調査結果を社会に明らかにして、石綿被害の救済と被害防止対策に貢献する責任がある、という主張には十分根拠がある。多くの被害者、遺族はこのことを願っている。

現状において各企業は、法律で義務づけられていないことを奇貨として、これを実施しようとはしない。重要な企業はクボタ、そして、ニチアスなど石綿製品製造各社、造船各社、鉄道車両製造各社、旧国鉄など大企業であるが、一定の補償と救済、健康診断実施などに限定した取り組みしかしていない。ニチアスに至っては、退職者の労働組合に対して団交拒否で応じるという、卑劣な被害者分断政策に汲々としている。

そんな中で行われたのが産衛学会の要望だったが、厚労省は見事に隠ぺい体質を発揮し、加害企業の意志を代弁したのである。

法改正と産衛学会要望の実現を!

「新聞報道まで何も知らなかった」というのは、尼崎市の行政責任者の言葉である。

二度とこういうことが起こってはいけないので、職域の石綿被害の情報を自治体、保健所などにも連絡するようにするべきであるのに、未だに制度化されていない。自治体には環境省の石綿新法の認定情報も伝えられていない。最も情報を把握している厚労省は、被害情報を隠ぺいし、法律に基づく疫学調査を実施することを拒否してきた。

こうした状況を変えるには、法律、制度を変えなければらちがあかないことがはっきりした。被害は企業や産業医などの産業保健従事者から自治体に連絡「しなければならない」、政府は石綿被害の発生した企業の疫学調査を実施「しなければならない」という法改正に取り組もうではないかというわけである。皆さんのご意見とご協力をお願いしたい。

そして、まずは、厚労省が断った産衛学会の要望を是非とも実現しようではありませんか。(了)

アスベスト(石綿)被害と情報公開(1)アスベスト疾患労災認定に係る処理経過簿の開示請求とその結果(2007年12月時点)【クボタショック・アスベストショックの記録】

アスベスト(石綿)被害と情報公開(2)毎日新聞特報2007年12月3日朝刊-処理経過簿開示結果基礎に【クボタショック・アスベストショックの記録】

アスベスト(石綿)被害と情報公開(3)2007年12月以降の労災認定事業場情報開示進展と課題【クボタショック・アスベストショックの記録】

本記事は、安全センター情報2008年1・2月号 総特集/石綿被害と情報公開<PDF> を一部修正した。

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