アスベスト(石綿)被害と情報公開(2)毎日新聞特報2007年12月3日朝刊-処理経過簿開示結果基礎に【クボタショック・アスベストショックの記録】
片岡明彦
関西労働者安全センター事務局/全国労働安全衛生センター連絡会議/中皮腫・じん肺・アスベストセンター運営委員
目次
2007年12月3日毎日新聞特報
毎日新聞では私たちからの情報提供に加えて、1労基署1業種で10件程度以上の認定件数になっているケースについて、目星をつけた企業に対する独自アンケート取材を行い、その結果も合わせて、12月3日朝刊で、全国各本社版の一面トップを含めて全5面構成で報じた。
新たに520事業所/事業所名、厚労省公表せず
毎日新聞朝刊1面 2007年12月3日
石綿労災認定・救済05~06年度3478人/患者支援団体が開示請求
アスベスト(石綿)被害の患者支援団体「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」(東京都江東区)は2日までに、05~06年度に石綿労災として認定された事例と、石綿健康被害救済法に基づき時効救済された計3478人分のデータを情報開示請求で入手した。事業所名は隠されていたが、少なくとも全国720カ所(建設業を除く)に及び、これまで知られていない事業所が520カ所以上に上ることも判明。現時点での被害の全容が明らかになった。厚生労働省は、05年に労災発生の事業所名を公表したが、その後は拒んでおり、被害者救済のため早急な公表が求められる。
(3面にクローズアップ、12、13面に特集、29面に関連記事)
入手したのは、労働基準監督署への労災申請や石綿健康被害救済法に基づく労災時効(死後5年)の救済申請と、認定の可否が事例ごとに記録された「処理経過簿」という文書。認定されなかった計1033人分も含まれており、データは総計4511人分に達した。
事業所名や個人名などは伏せられていたが、管轄の労基署名や事業所の業種コード番号などが記されていた。データを整理して分析した結果、各労基署別、業種別、疾患別などの石綿労災の被害実態が浮かび上がり、新たに判明した事業所は全国で520カ所以上に達することが分かった。
業種別に見ると、この2年間で認定数が最も多かったのは建設業で1418人。船舶製造業が455人、輸送用機械器具製造業が197人で続いた。また、パルプ・紙製造業や印刷など専門家も知らない業種で、被害が発生していることも判明。造船業が盛んな長崎労基署管内で船舶製造業の63人が認定されるなど、地域によって石綿を使用した産業に被害が集中する実態も明らかになった。
一方、肺がんの労災時効の救済申請(取り下げ分を除く)は、計565人からあったが、認定されたのは272人で、不認定はそれを上回る293人だった。肺がんとの因果関係を示す証拠が不十分だとして不認定にした例が多数あった。
厚労省は05年7月と8月の2回、石綿労災が発生した事業所名などを過去分を含めて公表したが、それ以降、都道府県別件数などを公表するにとどまっていた。毎日新聞は多数の被害者がいるとみられる36社に取材したが13社が回答せず、うち9社が船舶製造業だった。ある会社の担当者は「業界で足並みをそろえて回答しないことにした」と明かした。
中皮腫・じん肺・アスベストセンター所長の名取雄司医師は「事業所名の非公表は、勤務経験者の労災認識や、周辺住民への警鐘の妨げになっている。厚労省が各工場周辺住民に情報を提供しなければ、不作為貢任や故意責任に問われるだろう」と批判する。【大島秀利、野田武、曽根田和久】
厚労省補償課の話 事業所名は05年夏以降公表していないが、公表に向けての検討をしている。
クローズアップ2007/救済阻む■■■
石綿被害の全容判明
患者支援団体による情報開示請求で、アスベスト(石綿)被害の詳細が浮き彫りになった。しかし、開示された文書の事業所名は黒塗りされ、厚生労働省の事業所名公表も2年前からストップしたままだ。石綿の専門家からは「非公表が、より多くの被害者を救済する障壁になっている」との厳しい批判が出ている。C型肝炎問題の情報隠しが発覚したばかりの厚労省は、これまでに何度も命にかかわる重要情報の隠ぺいが問題化。その体質を問う声が噴出している。【大島秀利、高木昭午】
事業所非公表 被害発覚遅らす
「いったん公表した事業所名をなぜ公表できないのか」「何も知らず、手厚い補償を受けられない被害者が出てもいいのか」。石綿労災被害者や支援団体は昨年から4回開いた厚労省との直接交渉で、そう詰め寄った。
労働者や周辺住民にとって、事業所名が明らかになるメリットは大きい。05年6月に兵庫県尼崎市のクボタ旧石綿工場周辺で、中皮腫多発が判明した「クポタショック」では、中皮腫や肺がんなどを発症した勤務経験者や住民が関連を疑い、自ら申し出て被害認定されたケースが多くある。
また、クポタショック直後の7、8月に厚労省が全国の石綿労災の発生事業所名を初公表。それにより各事業所の勤務経験者や周辺住民ら被害者の補償と救済が進み、がんの労災認定は05年度からの2年間で、過去2年の8倍に急増した。
厚労省は当時、「工場周辺住民や過去の勤務者、健康対策を立てる自治体への適切な情報を提供したい」と公表理由を説明。ところが、その後、非公表の立場に転じた。厚労省は「国民の不安に対する緊急措置だった」と、特例を強調した。
だが非公表による被害者の不利益は計り知れない。事業所で石綿を使用した事実に気付かない退職者や遺族は、結局、労災認定による手厚い補償が受けられなくな。特に、01年3月以前に死亡した人を対象にした時効救済の申請期限は、09年3月に迫っており、何も知らず申請期限を過ぎてしまう恐れがあるのだ。
中皮腫の潜伏期間は約40年とされ、発症する人は今後さらに増加するとみられている。それを裏付けるように06年の中皮腫による死者は初めて年間1000人を超え、05~06年度の中皮腫や肺がんの労災認定数は2524人に膨れあがった。
石綿問題に詳しい名取雄司医師は「企業側から、退職労働者や住民に十分な情報を公開する例は限られている。国が再び情報開示に踏み切らないと、企業が情報を閉ざしてしまう」と警告する。
実際、ある大手企業は、今回の毎日新聞の取材に対し、国が公表していないことを理由に詳細を明らかにしなかった。治療にも悪影響
労災があった事業所名やその所在地、労災発生件数は、患者の早期診断や治療をするうえで重要な情報となる。
石綿被害に詳しい奈良県立医科大の車谷典男教授(産業疫学)は「医師が労災のあった事業所を把握していれば、患者の職歴や居住歴を見て、石綿病の可能性があることに注意して診察することができる」と指摘する。
また工場周辺の住民に被害が及ぶ石綿公害の調査でも事業所名は重要だ。仮に中皮腫や肺がんになった場合、周辺に労災発生の事業所があれば関連を探ることができる。環境省や群馬、茨城両県が実施した調査では、被害者住所と事業所の所在地を材料に検討する試みも行われた。しかし、周辺の事業所が明らかでなければ、こうした試みもできず「原因不明」とされやすい。
一方、岡山大学大学院の津田敏秀教授(環境医学)は「非公開は国民の利益にならない。抱え込んだ情報を有能なNGO(非政府組織)と共有し役立てることで、国に対する訴訟など国民の不満は減るはずだ」と提言する。厚労省、問われる体質
厚労省が国民の健康に関する情報を出さず、問題になった例は多い。
血液製剤による薬害肝炎問題では、厚労省が02年からC型肝炎感染者のリストを持ちながら、患者の特定や本人への告知をせず放置していたことが今年10月に明るみに出た。同省は現在、改めてリスト記載者の追跡調査に乗り出している。
また、薬害エイズ問題では、血友病患者がエイズウイルスに感染した事実を、84年に知っていたのに「感染者全員が発症するわけではない」などとして半年以上対策をとらなかった。旧厚生省はこの事実を示す省内資料を隠し続け、96年にようやく公表した。
抗がん剤「イレッサ」の問題では、承認前に国内の患者-人が副作用死していた事実を、承認の可否を議論した審議会に報告しなかった。同省は「国内で死亡例が1例出ても、安全性に関する判断には影響しないと考えた」と説明した。ことば:労災認定と時効救済
毎日新聞朝刊3面 2007年12月3日
仕事でけがや病気をした労働者は、労災保険制度によって医療費や休業補償などが支給される。遺族補償もあるが、死後5年以内に請求しないと権利が消滅する。労災に気付きにくい中皮腫など石綿関連病では、本来時効になるケースを救済するため、石綿健康被害救済法が06年3月に施行された。01年3月以前に死亡した人が対象で、救済認定されれば特別遺族年金や一時金が支給される。
列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧
石綿被害者の支援団体が情報公開請求して新たに判明した、05~06年度のアスベスト(石綿)由来の労働災害認定者と石綿健康被害救済法の労災時効救済者は、計3478人に上る。認定者と救済者は全都道府県に広がっており、支援団体は関係する事業所が計720カ所(建設業を除く)を上回ると分析している。労働基準監督署別の全事例と、毎日新聞が独自に取材した主な企業別事例を紹介する。支援団体は「中皮腫など関連疾患と診断された人で、該当する地域・業種で勤務経験のある人は問い合わせてほしい」と呼びかけている。【樋口岳大、曽根田和久】
●建設
建設業関連では、この2年間の中皮腫、肺がんの認定・救済者数が1387人に上り、全体の41・2%に達した。建設業の中でも、家屋の建設や解体、電気設備工事などに従事していた作業員が973人だった。
建設業では過去に、耐火・断熱性の高い石綿を使った保温材や石こうボード、スレート板などの建材や石綿を含む吹き付け材などが使用された。
作業の際に、飛散した石綿を吸い込み、関連疾患を発症する作業員が急増するとみられる。今後も、石綿含有建材を使った建築物の解体は続き、作業時に誤って吸引する危険性が指摘される。●造船
石綿を使った部品を数多く利用してきた船舶製造業では、2年間の認定者・救済者数が計455人に達した。うち中皮腫が249人、肺がんが195人だった。認定者・救済者は全国23都道府県に散らばっており、このうち長崎県が83人で全体の約18%を占めた。中でも長崎労基署管内は63人に上り、他業種を含めた労基署別の数で全国最悪の数字となった。他に、呉(広島県、38人)や、岡山(32人)、横須賀(神奈川県、31人)など、造船業で栄えた地域が目立った。
船舶では一般的に、船内の居住スペースや機関部分を中心に、石綿を含んだ製品を断熱材として使用していた。●鉄道
鉄道用車両製造などを含むとみられる輸送用機械器具製造業は、197人の認定者が新たに判明した。労基署別では、神戸西が21人と最も多く、東大阪19人、豊橋(愛知県)17人、下松(山口県)12人と続いた。
鉄道車両には、防音・断熱材として石綿が使用されてきた。車両製造の過程や車両メンテナンスの現場で、吹き付けや石綿製部品を加工する時に石綿が飛散した可能性がある。また、車両からの石綿除去作業でも被害者が出ている。●化学繊維
化学工業での石綿関連の認定者・救済者は124人。繊維工業・繊維製品製造業も56人に上る。
厚生労働省の04年度までのデータ(05年公表)では化学工業で10人程度、繊維工業・繊維製品製造業は数人だった。また、パルプ・紙製造業は、厚労省の05年データで認定者はいなかったとみられるが、今回は11人。実態が見えにくかった業種でも被害が広がっていることが初めて明らかになった。23社が回答
毎日新聞は、今回の資料をもとに、認定者と救済者が多数いるとみられる36社に取材し、①05、06両年度の認定者数と病名の内訳②06年度の救済者数と病名の内訳などについて聞いた。
毎日新聞朝刊12-13面 2007年12月3日
うち23社が回答し、16社が事業所別、疾患別内訳などを明らかにした。
また「認定者数・救済者数は不明」として労災申請数を明らかにしたのは2社、さらに「実際に申請したかどうか不明」として、申請に必要な事業主証明の発行数を回答した企業が3社あった。「対象者なし」は、「新来島宇品どっく」と「信越化学工業」の2社だった。
孤独の闘いに手を/石綿被害 全容判明
「非公表」怒り訴え/労災認定の62歳男性
アスベスト(石綿)被害を巡り、事業所名の非公表を続ける厚生労働省。その陰で、急増する労働災害の被害者……。石綿被害の実態は見えにくくなっているが、患者支援団体の執念が厚い壁に風穴をあけた。「被害者はまだたくさんいる。事業所名の公表を」。被害者や支援団体の悲痛な叫びはいつ国に届くのか。【野田武】「企業名を隠せば、社会に対して石綿被害の実態をあいまいにしてしまう」。06年9月に肺がんで労災認定された長崎市の男性(62)は、そう言って厚労省の姿勢に不信感を募らせた。
男性は、三菱重工業長崎造船所(同市)で長年勤務し、02年に肺がんと診断された。今回明らかになった労働基準監督署別・業種別認定数で全国最多だった長崎労基署の船舶製造業63人の一人だ。
「先週から別の抗がん剤治療を始めました。不安が常にあり、つらいですよ」。男性はパジャマ姿で病院のベッドに腰掛け、かすれ気味の声で半生を語り始めた。
男性は1961年に入社。タンカーなどの組み立てを担当し、ガスバーナーを使う作業だった。火花が足場に引火するのを防ぐため、縦1厨、横2折ほどの石綿製の布を敷いていた。「作業場所が変わればたたんで持って行った」と証言する。
70年代に入ってから、作業中は防塵マスクを着用することが徹底された。しかし、マスクはあくまで、じん肺対策のため。男性は「石綿の布を運ぶ時は外していたし、石綿が体に悪いという意識は低かった」と振り返る。
02年12月、手術で左肺の上葉を全摘出し、03年2月から抗がん剤治療を始めた。石綿が原因と思っていなかったが、昨年、労災認定基準が緩和されたのに伴い、大学病院に保存されていた肺を調べてもらった。石綿が見つかり、退職後の昨年9月に労災認定された。
一般に肺がんの場合、石綿が見つかるなどしなければ、労災認定されにくい事情がある。男性の場合、石綿が検出され、今は治療費の心配もない。
だが、同じ被害を受けながら認定されない患者や、石綿を使っていた事実すら知らない人たちを思うと心が曇る。男性はベッドから身を乗り出して、こう訴えた。
「企業に対策を取らせるには、世論の力が大きい。企業名も認定数も明らかにされなければ、世論の後押しも期待できないじゃないですか」
完治しないことは、覚悟している。山登りと写真を趣味に持つ男性は、暖かくなったら花の写真を撮りに行こうと思っている。苦しみと涙 透けて見えた
毎日新聞朝刊29面 2007年12月3日
半年がかり、執念の分析/片岡明彦さん
「膨大なデータには、患者の苦しみや遺族の涙がしみ込んでいる」。石綿被害の全容を浮かび上がらせた「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」(東京都江東区)運営委員で市民団体職員の片岡明彦さん(49)は、執念とも言える半年以上の作業を終え、そう語った。
片岡さんは昨年、患者団体などの政府交渉に立ち会い、厚労省の事業所名非公表を知った。「おかしい」。患者や家族と何度も担当者に迫ったが、相手にされなかった。
「何とかしなければ」との思いで、情報開示請求をすることにした。
今年4月末から取り組み、当初は労災認定者数など公表済みのデータはかりが出てきた。調べると、厚労省は請求事案を管理する「処理経過簿」を作成していることが判明。そこで、この記録を全国47労働局に請求。事業所名などが黒塗りされた書類が送られてきた。
片岡さんは毎晩のようにパソコンへ4511人分の入力作業を進めた。
事例を、労働基準監督署別や業種別に整理し直すと、「船舶製造業」「輸送用機械器具製造業」などの文字が、同地域にずらりと並んで出てくる。黒塗りされた被害の様子が透けて見えるようだった。
「公務員になった時の初心に帰って、泣いている人たちを少しでも減らしてほしい」
片岡さんは、厚労省に共同作業を呼びかけている。【大島秀利】
各紙もこれを追って報道、共同電を受けた地方紙でも報道された。紙面で全国各地域安全センターにつながるフリーダイヤルが紹介されたので、各地に相談電話もかかってきた。
被害隠蔽する造船業界
造船業(船舶製造又は修理業)での被害集中は予想されたことだったが、長崎署の造船業での認定件数が63件(肺がん36、中皮腫27)に上っているのには目を見張った。63件のうち、時効救済の新法認定は20件(肺がん15、中皮腫5)だった。地域性から、三菱重工長崎造船所とその下請企業のものであるのは疑いがない。
普通、ひとつの労基署の管内で造船会社といえば、事業場はまず特定できる。表11や各造船会社の事業場所在地などから、たとえば次のように推定できる。
函館どっく(函館署、室蘭署)、IHI( 呉署、亀戸署、相生署)、日本鋼管(鶴見署、静岡署)、新潟造船(現三井造船)(新潟署)、三井造船(玉野署、岡山署、大阪南署)、日立造船(尾道署、大阪西署、西野田署、舞鶴署)、川崎重工(川崎造船)(神戸東署、坂出署)、三菱重工(長崎署、下関署、神戸西署、横浜南署、広島中央署)、住友重機(横須賀署)、米軍横須賀基地(横須賀署)
毎日新聞が被害多数と推定し取材した36社中、13社が回答せず、そのうち9社が造船会社だったということである(上記記事「列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧」)。業界で一致して回答しなかったとみられる。大きな被害を出しながら被害情報を公開しないというのは、業界ぐるみで石綿被害を隠蔽しようとするものだ。
鉄道車両製造の被害顕在化
今回驚いたことのひとつは、今まで認定のなかった労基署・業種で、多数の認定事案を記録しているところがあったことである。
その典型的な例が、愛知・豊橋署の「輸送用機械器具製造業」17件だった。肺がん6件(労災1、新法5)、中皮腫11件(労災6、新法5)。労災経過簿では、労災7件すべてが鉄道車両製造業となっていた。鉄道車両製造業は、同署管内では「日本車輌製造豊川製作所」ぐらいである。案の定、日本車輌製造は毎日新聞に対して、「2005、2006年度中に労災9件、新法10件の申請があった」と回答したということだ(上記記事「列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧」)。なお、日本車輌製造は、2004年度以前では、埼玉・川口署管内の蕨製作所で中皮腫1件の認定があったが、処理経過簿(表11)をみると、同署管内で「輸送用機械器具製造業」中皮腫5件(労災2、新法3)が認定されている。労災経過簿では、全部「鉄道車両製造業」と記されていた。
東大阪の近畿車輛も同様で、クボタショック後に肺がん2件(新法)、中皮腫14件(労災10、新法4)、その他3件(労災)の申請事案があったと、毎日新聞に回答している(上記記事「列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧」)。処理経過簿(表11)では、同署「輸送用機械器具製造業」で肺がん3件(労災1、新法2)、中皮腫16件(労災11、新法5)を認定している。労災経過簿では、中皮腫1件(自動車製造業)を除いて鉄道車両製造業と記されていた。したがって、近畿車輛の回答と処理経過簿(表11)の数字はほとんど符合している。
大阪・堺署では、処理経過簿(表11)上、「輸送用機械器具製造業」で中皮腫9件(労災4、新法5)を認定していて、労災経過簿では、すべて鉄道車両製造業と記されていた。東急車輛グループで9件の事業主証明をしたと毎日新聞に回答(上記記事「列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧」)しているので、よく符合している。同所管内には、東急車輛製造の大阪製作所(旧称:鳳工場)があった(鳳工場は帝國車輛工業を1968年に吸収合併したもの)。また、毎日新聞への回答(上記記事「列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧」)から、処理経過簿(表11)の栃木・宇都宮署6件(肺がん1、中皮腫5)は、富士重工宇都宮製作所が該当するとみられる。
そのほか処理経過簿(表11)上、「輸送用機械器具製造業」で認定事案の多かったのは、神戸西署21件-肺がん3件(労災-うち2件「鉄道車両製造業」との記載)、中皮腫18件(労災10-うち9件「鉄道車両製造業」との記載、新法8)、山口・下松署11件-肺がん2件(労災-すべて「鉄道車両製造業」との記載)、中皮腫(労災5-すべて「鉄道車両製造業」との記載、新法4)、東京・亀戸署-中皮腫5件(労災2-すべて「鉄道車両製造業」との記載、新法3)。
表11から、2004年度以前に労災認定があったところとして、神戸西署管内では、川崎重工(川崎車輌カンパニー)-中皮腫8件、下松署管内では、日立製作所笠戸工場-中皮腫1件がある。両社は毎日新聞には回答しなかったとみられるが、これらが処理経過簿での該当事業場とみられる。亀戸署管内には、かつて汽車製造株式会社があり、ここで認定事案があったことがわかっているので、5件はここではないかとみられる。汽車製造は、1972年に川崎重工に吸収合併された。
このような鉄道車両製造業での多数の石綿被害は、主に車両内部石綿吹き付け作業、蒸気機関車の製造、補修作業に関連するものと考えられる。
私たちは、JR車輌の吹き付け石綿除去作業が原因で石綿肺を発症した明星工業下請労働者の支援を行っているが、鉄道車輌製造現場でこれほどの被害を発生させていた事実を、企業が隠してきたことの弊害は大きいと言わなければならない。
毎日新聞への回答(上記記事「列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧」)と表11を比較すると、それぞれ該当の労基署・業種が概ね推定できるが、事業場名を回答していない「東レ」は、労災14件、新法7件と認定件数が多い。同社事業場の所在地から、大津署の繊維工業などが該当するとみられるが、本来なら事業場別に被害数を公表するべきだ。
マツダは、毎日新聞に2年間で「労災保険において、その他1件認定」と回答している(上記記事「列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧」)。マツダでは、2004年度以前では中皮腫3件の認定があり、処理経過簿では、広島中央署「輸送用機械器具製造業」で中皮腫9件(労災5、新法4)となっていて、労災5件は労災経過簿上すべて「自動車製造業」と記されていた(同時に、「自動車製造業」で肺がん1件,中皮腫1件の業務外事案があった)。マツダが正しい情報を回答していない、下請会社での認定になっているなどが推測されるが、過去の認定件数からみて、その他1件というのは不自然といえよう。
造船各社のように、毎日新聞の取材に対して回答を拒否した企業がある一方で、回答した企業も多かった点は重要である。回答企業の中にはニチアスなど以前からホームページ上で被害情報を開示してきた企業もあるが、毎日新聞の取材まで情報を公開していなかった企業もあった。
政府・厚労省が労災認定事業場情報の公表を拒否し続けることは、隠ぺい企業に口実やお墨付きを与えるだけでしかないこと、他方、隠ぺいをよしとしない企業もあることを、毎日新聞の取材は明らかにしたといえる。
女性の業務上事案
表12-1に、女性の134件の業務上事案の業種別集計を、表12-2に全事案を業種の種類の番号順に労基署順にして示す。労災、新法は、適用制度の別である。
表12-1 女性の業務上事案のまとめ
表12-2 女性の業務上134事案の内訳(業種番号別、労基署別)
業種的には、「49 その他の窯業又は土石製品製造業」(石綿紡織、保温材などの石綿製品製造業はここに入る)が4割をしめており、地域的な偏りから、ニチアス(羽島工場:岐阜署、袋井工場:磐田署、王寺工場:葛城署)、竜田工業(ニチアス子会社)(奈良署)、泉南地域の石綿工場群(岸和田署)、旧日本エタニットパイプ(鳥栖工場:佐賀署)などで多発したことが推定される。
長野署で「58 輸送用機械器具製造業」肺がん5件、中皮腫1件の認定がある。毎日新聞への回答(上記記事「列島覆う石綿禍/企業別 労基署別 事例一覧」)で日本機材が計10件の事業主証明をしたと回答しており、これが該当するとみられる。
「9101 清掃業」中皮腫3名(川崎南署、横須賀署、富山署)、「4107 パン又は菓子製造業」中皮腫1名(大阪中央署)、「44 印刷又は製本業」中皮腫1名(神戸東署)のばく露情報なども重要とみられる。
処理経過簿の改善を
業務外の場合の処理経過簿記載要領は、労災と新法で異なっている。
前掲した事務連絡にあるように、労災経過簿では、業務外の場合は
① 業務外の理由が、1=労働者非該当、2=認定基準非該当、3=時効・その他と分類される。
② 業種が記載される。
新法経過簿では、業務外の場合は
① 業務外の理由が、1=労働者非該当、2=ばく露作業歴なし、3=ばく露作業歴の不足、4=医学的所見なし、5=医学的資料なし、6=対象疾病外、7=その他と分類される。
② 業種番号を記載しない。
業務外事案については、「ばく歴調査が尽くされないで不支給とされているのではないか」「ばく露が明らかであるのに、医学資料の不足や欠如だけで不支給とされているのではないか」という懸念がつきまとっていて、実際にそうした事案も発生しており、審査請求で原処分取り消しとなる事例も出てきている。
処理経過簿をもとに認定作業の妥当性や認定基準の合理性を検証する場合、業務外事案の情報も重要となってくるが、処理経過簿のこうした記載内容では議論をするのがむずかしい。
たとえば、中皮腫不支給事案の中に石綿ばく露が一般的に推定される建設関連や造船関連でのものがあるとしても、中皮腫という診断が間違っていたために不支給にしたかどうかが分類して記載されていないと、議論するのは難しいだろう。新法経過簿では、業務外理由をより詳しく記載することになっているが、業務外の場合は業種を記載しないことになっている点もいただけない。
処理経過簿がどのように活用されてきたのかはわからない。都道府県別の集計のための元資料とだけにしかなっていないとすると、まことにもったいないことである。活用方法を含めて、改善していくことが必要だろう。
ただ、今回の新法経過簿の業務外事案について整理すると、次のようなことがわかった。
① 業務外事案の内訳は、肺がん293件、中皮腫63件、その他107件(表1)。
② 肺がん293件と中皮腫63件について業務外理由を整理すると表13のようになる。
③ 肺がんでは、88件(30%)が「医学的資料なし」だけを、135件(46.1%)が「医学的所見なし」だけを理由として業務外とされている。肺がんでは、認定基準上、医学的所見(石綿肺所見、胸膜プラーク、石綿小体、石綿繊維)が必須とされており、死亡後5年(カルテの義務的保存年数)以上を経過した事案では明かな石綿ばく露があっても、「カルテもレントゲン写真もないためにやむを得ず不支給」という不条理なケースが続発すると指摘されていたことが、現実になっているのではないかとみられる。
④ 中皮腫では、52件(82.5%)が「ばく露作業歴なし」を理由として不支給となっている。業種の記入があったのがわずかに7件あった。「ビルメンテナンス」男性(仙台署)、「繊維工業又は繊維製品製造業」女性(亀戸署)、「電機機械器具製造業」男性(三鷹署)、「卸売業・小売業、飲食店又は宿泊業」男性(三鷹署)、「建築事業」男性(観音寺署)、「貨物取扱事業」男性(高知署)、「鋳物業」男性(高知署)と、全国的に見るといずれも中皮腫認定事例のある業種であっても、個別に「ばく露作業歴なし」とされていることになる。労災経過簿においては、「ばく露作業歴なし」などは「認定基準非該当」とコード化されるのでこうした検討はできないが、新法事案と合わせて、これまでの認定事例を参考に、業務外とされた事案のばく露歴を再精査するべきではないだろうか。関西センターでも、原処分でばく露歴なしとされ不支給とされた中皮腫事案が、審査請求でばく露歴が確認され原処分取消しとされた例を経験している。このケースは、空調機器メーカーのメンテナンス作業員が出先の建築物内の作業現場でばく露があった可能性を原処分庁が見逃していたものだった。
春までの公表を舛添厚生労働大臣が明言
毎日新聞の報道を受けて翌12月4日、閣議のぶら下がり会見で舛添厚労大臣は、記者の質問に次のように答えた(ただし、記者の質問は明らかに不正確。「名前を公表した」わけではない)(閣議後記者会見概要H19.12.04(火)09:14~09:17 ぶら下がり)。
(記者) アスベストの被害があった事業所の名前を民間の市民団体が情報公開請求を使って公表しましたけれども、厚生労働省としてあらためて公表するという考えは。
(大臣) これはもの凄い数だそうです。いろんな事業所がありますから、今一所懸命集計をさせて、できるだけ早く出したいということで、その指示で今作業をさせております。
さらに、同日午前中の参議院厚生労働委員会で、足立信也議員が大臣に決断を迫った。
○足立信也君 …中略…頑張ってやられたわけです。それに毎日新聞の取材、これ加えて新たに分かったことで非常に重要なことがあるんですよ。それを三点申し上げます。
一つは、過去には知られていなかった業種があるということです。例えば、製紙、印刷、家具製造、航空機製造。金融機関もあります。
二番目に、国際的な文献的には知られていますが日本では労災認定されてこなかった業種、これがあります。文献的にはもう知られていることです。例えば、製鉄、化学、鉄道車両製造、自動車製造。
三番目が、今まで認識されていた、危険性が高いと知られていた石綿を直接製造する、あるいは造船業、建築業で非常に認定者が多いということです。これ、認定者が非常に多いということは、暴露量が多いということです。つまり、周辺の住民もかなり暴露している可能性があるということです。だから、公表する必要がある。この三点が非常に大きい要素だと、私はこの分析の結果でそう見ました。
そこで、今まで公表されてこなかった。では、厚生労働省としては、実際に発生している、認定が非常に多い地域の自治体あるいは保健所あるいはその当該地域の医師、これ、診断のためには非常に有意義な情報だと思いますよ、早期発見のためにも、その人たちに情報は伝えているんですか。
○政府参考人(青木豊君) 平成17年度に公表した石綿の暴露作業についての労災認定事業場の情報につきましては、公表以来、継続して厚生労働省のホームページに掲載しておりまして、自治体や医師に限定することなく、広く国民への周知を図っているところでございます。
なお、それぞれ医療機関や医師に対しても、先ほど申し上げましたようなリーフレットや専門図書、あるいは研修なども実施いたしまして、石綿関連疾患の診断を的確に行われるようにすることとしているところでございます。
○足立信也君 今お答えになったのは一般論であって、この地域のこの事業場は非常に多いという情報がやはり大事なんですよ。そのことが、例えば自治体がやる地域住民の健康診断にも直結するでしょうし、その地域にいる医師のやっぱり啓蒙にもなるでしょう。私たちは学生のときから中皮腫を見たらアスベストを考えろというふうに教わってきました。でも、そう思っていない人たちも、医師も結構いるんですよね。個別にやはりその事業場、この地域には発生が多いんですよということを伝える、具体の例を伝える、このことが一般論ではなくて大事だと私は思っていますし、それは間違いないことだと思いますよ。
そこで、最後に大臣にお聞きするわけですけれども、2002年の418人の問題、そして大臣は今、相当あのとき何やっていたんだろうかなと疑問を持たれていると思います。とすれば、現時点で石綿による労災認定された方々がこれだけ増えている、事業所を公表していない、このことは多分、後代になると、2007年何やっていたんだという話に私はなると思いますよ。
そして、大事なポイントは、昨年できた新法で、2001年以前に死亡した方が新法による時効救済が申請できるのはあと1年4か月後までなんですね。平成21年の3月までなんですよ。そこまでしか期間がないんですね。だとしたら、これを公表して、自分がひょっとしてそこに関係しているんじゃないか、あるいは以前亡くなった方がそれが原因だったのではないかというのは少なくとも一
年掛かると思いますよ。ということは、もうタイムリミットになっているということですよ。
そして、2007年時点で日本が何やっていたと後世の人に言われないように、また、私は度々この問題については言っているんですが、今後世界で一番中皮腫あるいは石綿が原因の肺がんが発生してくるのは中国ですよ、間違いなく、使用量が圧倒的に多いですから。これに対して日本がどういう対策を取ってきてどういう姿勢を示してきたかというのは非常に私は大事だと思います、国際協力の意味でも。
その観点から、ここは大臣、やはり公表すべきですよ。それが国民のためになりますよ。そのことを踏まえて大臣の決断をお願いしたいと思います。
○国務大臣(舛添要一君) 早急に調べて、できるだけ早くこれは公表したいと、そういう方向で指示を出したいと思います。そしてまた、中国、これは環境問題、いろんな問題、今、石綿の問題もそうですが、ありますので、お隣の友好国としてできるだけの支援をする、そのための前提としても私たちの経験を生かしたいと思います。
○足立信也君 ありがとうございます。
できるだけ早くとおっしゃいました。先ほど具体的なタイムスケジュールで私が申し上げたのは平成21年、2009年の3月までしか2001年以前に亡くなられた方は申請できない、このリミットがあるわけです。とするならば、少なくとも1年以上はそのことに対して皆さんが関心を持ち、申請できる期間が必要です。
ということで、どれぐらいまでに、できるだけ早くというのは分かりますが、どれぐらいの見当でされていますか。
○国務大臣(舛添要一君)今の新法の請求期限もきちんと踏まえて考えないといけないですが、膨大な数の事業所の数があるというようなことも踏まえまして、何とか来年の春ぐらいまでには実現したい。これ何月何日と、ちょっと今作業中でもあり明言できませんが、そういう思いで頑張りたいと思います。
○足立信也君 少なくとも申請の時効期限、申請期限が切れる再来年の3月、それまでには1年以上の申請期間があると、このことを確保していただきたい、そのことをお願いします。
第168回国会 参議院 厚生労働委員会 第9号 平成19年12月4日 より
石綿労災/事業所名 早期に公表/厚労相表明「来春までに」
中皮腫や肺がんなどアスベスド(石綿)関連が漏が発生じだ事業所名を厚生労働省が非公表にじでいる問題で、舛添要一厚労相は4日、閣議後の記者会見で「できるだけ早く公表するよう指示じだ」と述べ、早期に公表する方針を示じた。また、この日の参院厚生労働委員会でも、この聞題が取り上げられ、舛添厚労相は来春までに公表する意向を示した。【大島秀利】
石綿被害を巡っては、患者支援団体による情報開示請求によって、これまで知られていなかった全国520以上の事業所で労災があったことが判明。しかし、厚労省は事業所名を公表せず、支援団体が「非公表は、より広い患者救済の妨げになる」と批判していた。
2007年12月4日付毎日新聞夕刊
舛添厚労相は会見の中で、公表を前提に「(石綿労災などの認定は)たくさんあるので、今、集計中だ」と説明した。
また、この日の参院厚生労働委員会では、足立信也議員(民主党)が非公表問題などを報じた3日の毎日新聞朝刊を紹介しながら質問した。
石綿健康被害救済法のうち、01年3月以前に死亡した人を対象にした労災時効の救済申請期限が03年3月に迫っていることを挙げ、被害者が関心を持つように事業所名を公表するよう求めた。舛添厚労相は「早急に調べるが、膨大な数があることを踏まえて、なんとか来年春までに実施したい」と答えた。
厚労省は、旧石綿工場の労働者と周辺住民の間で中皮腫が多発した「クボタショック」発覚1カ月後の05年7月末と8月に、04年度以前に石綿関連がんで労災認定された415事業所名と被害者数を公表した。
公表に伴い、05年度から2年間の石綿関連がんの労災認定数は過去2年の8倍に急増。救済法に基づく請求時効の救済分を含めると、計8478人が被害を認定された。
9月厚労省交渉、11月川田議員質問主意書・答弁書経て、毎日新聞特報で一気公表へ
9月の全国安全センターの厚生労働省交渉で厚労省は、事業場名公表について、それまでの「検討中」という回答をさらに後退させて、「公表しないことにした」とまで言い切ったため非常に紛糾し、出席した阿部知子衆院議員や川田龍平参院議員から、「犯罪的だ、徹底的に追及する」と迫られる事態となっていた。
これを受ける形で川田龍平議員が提出した質問主意書(11月15日付)の「政府は、アスベストに関する労働災害認定した事業場名について、2005年度以降についても公表するべきではないか」との質問に対して、政府は内閣総理大臣名の答弁書で、「石綿ばく露作業に係る労災認定事業場の情報の公表は、公表対象事業場でこれまで業務に従事したことがある方に対し、石綿ばく露作業に従事した可能性があることの注意喚起につながるものであり、また、石綿ばく露作業に係る労災認定事業場の周辺住民となるか否かの確認や関係省庁及び地方公共団体等における石綿被害対策の取組に役立つものであると考えていることから、石綿健康被害救済法に基づく特別遺族給付金に係
る請求の促進という観点も踏まえ、平成17年度以降に行われた石綿ばく露作業に係る労災認定事業場の情報の公表に向けて検討を進めてまいりたい」と、前向きの見解を出すようにはなっていたが具体的目処はまったくなかった。
参議院選挙における自民党の大敗という政治情勢、国会議員からの追及という事態のなか厚労省が公表を意識しだした、まさにその時期に毎日新聞の特報記事が報道され、国会で一気に大臣答弁を引き出すことができたと言えるだろう。
より意味のある公表にむけて
中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会、全国安全センター、中皮腫・じん肺・アスベストセンターは
12月5日に、舛添厚労大臣に対して、以下の申し入れを行った。
2007年12月5日
厚生労働大臣 舛添要一様
中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会
会長代行 古川和子
全国労働安全衛生センター連絡会議
議長 天明佳臣
中皮腫・じん肺・アスベストセンター
所長 名取雄司
要望書
平成17・18(2005~06)年度の中皮腫・肺がん・石綿関連疾患の労災認定事業場の情報公開を求めます。
2005(平成17)年7月厚生労働省労働基準局労災補償部労災補償課の事業所名公開により、周辺住民で中皮腫や胸膜肥厚斑の原因がわからなかった方についてその理由が判明したり、同じ事業所で過去に勤務していた中皮腫の方が原因に気づいたりしました。特に肺がんの方は喫煙等が原因とされてきた訳ですが、事業所に中皮腫の方が発症していることを知り、自分の肺がんの原因に気づき多くの方が、この2年間で数千人の方が労災補償を受けられました。この際に国が開示に踏み切った理由は3点あり、1)周辺住民の方への適切な情報提供、2)過去に勤務していた方への情報提供、3)自治体にとり適切な健康対策を立てるための情報提供でした。
厚生労働省のこの間の情報非開示を受けて、中皮腫・じん肺・アスベストセンターの運営委員が中心となり、2007年4月から47都道府県労働局に、平成17・18年度の「中皮腫・肺がんの労災認定事案」の情報公開を求めました。資料の多くは墨塗りで開示されているため、一部しか知りえませんが、重要な情報が得られてきました。しかし、本当に知りたい作業や曝露形態の情報は全く開示されていません。またこの情報は、国の機関である労働基準監督署のみ知る事実で、当該地域の保健関係者や自治体関係者も知らない情報である事も、極めて問題だと思います。
したがって、貴職におかれましては、
- 平成17・18(2005~06)年度の中皮腫・肺がん・石綿関連疾患の労災認定事業場の情報公開を早急に実施されるよう、また、開示時期を明らかにされること
- 公表事例が少ない産業及び職種では石綿曝露形態と使用石綿製品の情報を所轄監督署・労働局から収集し開示すること。
- 開示疾患別件数の対象疾患に石綿肺・合併症を含めること。
- 建設業においては労災認定事業場と所属事業場が異なることが多いが、所属事業場について明らかにすることは、ともに働いていた労働者等に対しては公表の意義があるので、従来どおり公表すること。同時に、元請事業場名となる場合は、直接所属事業場名についても公表すること。
- 製造業など常態的にその事業場で就労を行っている場合が多い構内下請労働者、派遣労働者の場合は、元請事業場名や派遣先事業場名も合わせて公表すること。
- 死亡年度別の、男女別・都道府県別の認定件数を公表すること。
- 石綿ばく露状況について、職種とばく露状況をよりわかりやすくすること。
を要望いたします。
かくして2005年度以降の労災認定事業場が公表されることが明確になったとはいえ、内容的に「春まで」かかるものとは到底考えられない。厚労省がまたしても非公表、限定公表へと方針転換をすることも考えられないことではない。政府・厚労省に対して、以下の諸点をポイントとしながら、迅速な公表とより意味のある情報開示を強く求めていきたい。
第1に、事業場名とともに、所在地住所を公表することである。また、開示対象疾患に石綿によるじん肺・合併症を含めることも、石綿被害の全体像を明らかにするために重要である。
第2に、処理経過簿における死亡事案の死亡年月の公表である。これによって、中皮腫のその年の死亡数と比較することで、中皮腫死亡者の救済率がより正確に推定することができる。認定件数は増えたが、過去分を含めて、きちんと救済できているのか?。石綿新法における労災以外の認定事案と合わせて分析することが、クボタショック以降の救済対策の政策評価にとって、不可欠である。
第3に、処理経過簿における業務外事案の分析である。前述したように、新法の肺がんでは、業務上件数が業務外件数を下回っており、業務外理由の約3分の1が「医学資料なし」のみであることが判明している。石綿製品製造業に勤務していて同僚に多数の被害者が出ていたとしても、資料がないだけで不支給といった、極端な事例も発生しているとみられ、早急な認定基準の改善が求められている。その意味でも、業務外事案の詳細な検討が必要である。
第4に、具体的な石綿ばく露状況に関する情報開示である。どのような場面、職種でばく露したのか、多くの事案の情報を公表していくことが大切だ。労基署のずさんな調査で「ばく露が確認できない」と安易に業務外とされている中皮腫事案が相当数あるとみられ、情報開示が急務である。
第5に、わかりやすく利用しやすい情報の提供である。なにしろ数が膨大になっており、患者・家族、医療・公衆衛生関係者、NGO、そして労基署職員の便宜を最大限に図ることが重要だ。労災認定事業場の公表と合わせてばく露情報の詳細を本省レベルでまとめ、厚労省が発行している「石綿ばくろ歴把握のための手引き」の大幅増補などを行うことやデータベース化して一般に供するべきである。
今後、こうした点を踏まえ大臣答弁に従った早期公表を実現させるべく積極的に取り組んでいきたい。
疫学調査実施、企業・産業保健従事者の被害通知のための法整備を
政府・厚労省など認定や対策に実施権限をもつ当局が、石綿被害を発生させたり、発生させる可能性がある事業場、場所(吹き付け石綿のある建物、除去工事実施建築物)の情報を公開することは、石綿対策の基本にならなければならないはずである。しかし、労災認定事業場未公表問題をめぐる経緯に端的に示されるように、クボタショック後の当局の取り組みの基本姿勢は徐々に悪くなってきている。未公表問題については開示への方針転換が図られることになったとはいえ、政府・厚労省とともに、被害を発生させた当事者である企業、事業者の姿勢・責任も、あらためて問題にされなければならない。
「情報公開」「被害の実態・全容解明」に向けた取り組みを、企業と政府に行わせていくことは、私たちの重要な課題である。
石綿被害の実態調査について、事業場周辺被害については、環境省の「石綿の健康影響に関する検討会」が全く不十分ながらフォローしているが、事業場の疫学調査については、厚労省、当該企業ともまったくやる気がない。
やる気を出した日本産業衛生学会がクボタ旧神崎工場の疫学調査実施を厚労省に申し入れたが、厚労省はこれを断ったというのであるから呆れ果てる。多数の石綿被害を出し、周りにも大迷惑をかけた石綿関連企業で、退職者や周辺住民の健康診断は行っても、専門家に疫学調査をさせるところはどこにもない。「企業の社会的責任」ということを言い、見栄えのするCSR報告書を発行しても、石綿被害についての社会的責任の認識レベルは低次元に止まっているのである。
労災認定事業場の未公表問題の根っこのところには、ひとことでいえば 、「臭いものにはふた」意識がある。この際、こうした意識を根底からなくしてしまう努力が必要である。
石綿被害の実態がようやく明らかになりつつあり、また、将来の被害発生が確実視される今、①石綿被害を多発している企業や事業場を対象とした疫学調査の実施、②企業・産業保健従事者が職域石綿被害情報を自治体・保健行政担当部局へ通知する制度の確立、③石綿被害の歴史を教訓として①②を義務化する法改正、を実現するべきである。
労災認定事業場の公表を強く主張してきたアスベストセンター・名取雄司所長の話
――2005年クボタショック後に労災認定事業場名が公表されました。どのように思われましたか?
名取雄司・アスベストセンター所長(12月3日記者会見 NHK首都圏ニュース
【名取】 2005年7月に、中皮腫・じん肺・アスベストセンターとして緊急に要望した事でしたので、過去の従業員のためになり、工場周辺の住民のためになり、地域の保健医療行政のためになる開示を決断した、厚生労働省労災補償課に感謝しました。
――厚労省発行の「石綿ばく露歴把握のための手引」(2006年10月)の作成に協力されています。そのとき
過去の労災認定事例に基づく情報はどのように活用されたのでしょうか。
【名取】 過去の労災認定事例の詳細例は、過去の報道公開事例に限定する事になりました。ですから過
去で前例がない事例は報道して頂くしかないことになりました。もちろん労災認定事業場名の公表例は、
資料として巻末に掲載させて頂きました。
――「処理経過簿」の存在と「一部開示情報」の重要性に気づかれたのはいつ頃からですか?
【名取】 関西安全センターの8月末頃のニュースで、「一部開示情報」の中の業種の開示を知った時です。これは極めて重要な請求であることに気づき、片岡さんに電話をかけた時でしょう。
――この問題を取り上げるために集中して取り組まれ、大臣答弁を引き出すことができました。ただ、わたしたちもこれまで決め手が無く結局、2年度分まるまる隠蔽されてきました。そのへんのことを含めて感想と今後の取り組みについての抱負は?
【名取】 本来石綿を扱った使用企業は1950年代から従業員に伝えないといけない石綿リスクの情報を伝えなかった、その負債。個々の企業が50年近く十分関係者に伝えなかった負の財産があったという事です。1975年には、労働省は特化則関連調査で個別企業情報を知っていたので、当然そこで十分周知していれば、補償・救済された人がかなり多かったと思います。今後でいうと、3月までに公開される情報の内容を把握して、石綿新法の改正に是非つなげたいと思います。
特に今まで報告のない、もしくは少ない石綿製品と石綿作業の詳細は、厚労省として監督署及び労働局から情報を収集して頂きたいと強く願います。発病や残念ながら死亡された「年月」の情報については、補償・救済を年度別に把握して政策決定するために是非とも必要でしょう。今後も前年の認定情報を開示するのが当然の、21世紀型の日本に早くなってほしいと思っています。
(続く)
アスベスト(石綿)被害と情報公開(1)アスベスト疾患労災認定に係る処理経過簿の開示請求とその結果(2007年12月時点)【クボタショック・アスベストショックの記録】
アスベスト(石綿)被害と情報公開(2)毎日新聞特報2007年12月3日朝刊-処理経過簿開示結果基礎に【クボタショック・アスベストショックの記録】アスベスト(石綿)被害と情報公開(3)2007年12月以降の労災認定事業場情報開示進展と課題【クボタショック・アスベストショックの記録】
本記事は、安全センター情報2008年1・2月号 総特集/石綿被害と情報公開<PDF> を一部修正した。