MOCAによる膀胱がん、初の労災認定。イハラケミカル工業2人と埼玉でも2人

文・田島陽子(関西労働者安全センター事務局長)

請求勧奨を厚生労働省に要請

MOCAによる膀胱がんについて、今年1月に4件が労災認定されていたことが、厚生労働省ホームページ(HP)に掲載された資料からわかった。MOCAによる労災の初めての認定事例である。

静岡県のイハラケミカルでMOCA(3,3’-ジクロロ-4,4’-ジアミノジフェニルメタン)を取り扱った労働者に膀胱がんが多発した事件に関連して、2020年12月に厚生労働省が「芳香族アミン取扱事業所で発生した膀胱がんの業務上外に関する検討会の報告書」(以下、報告書)をまとめて公表したのを受けて、今年1月、全国労働安全衛生センター連絡会議(全国安全センター)では、厚労省と静岡労働局に申し入れを行った(本誌2021年1月号)。

MOCAを取り扱い膀胱がんを発症した労働者に、労災請求できることを周知すること、MOCAによる膀胱がんを職業病リストに追加し、健康管理手帳の対象とすることを要請した。

また、検討会でMOCAによる膀胱がんの労災請求事案について業務上外の判断がされたが、事案の概要や結果について、詳細は公表されておらず、それについても公表するように要請した。しかしながら、厚生労働省は公表するつもりはないとして、応じなかった。

認定事例の厚生労働省HP掲載

その後も、この件で全国安全センターと協力してきた熊谷信二氏(元産業医科大学教授)が厚労省担当者に問い合わせ、この6月になって厚労省のHP上にMOCAの認定事例について資料を掲載したことがわかった(下表)。

「MOCAによる膀胱がんの労災認定事例」という表で、厚労省のHPの「労災補償」の「MOCAを取り扱う作業に従事していた労働者の皆様へ」とタイトルのついたページに関係資料として掲載された。

MOCAによる膀胱がんの労災認定事例(PDF)

それによると、埼玉労働局の管轄で2件、静岡労働局で2件、合計4件が今年1月に認定されていた。

表は今年4月末時点とされている。

埼玉の2人は作業内容として「MOCAを含有する原材料から製品を製造ずる作業」となっており、MOCA含むウレタン樹脂の硬化剤の製造、もしくはその硬化剤を用いてウレタン樹脂を製造している工場の労働者と推測される。

一方、静岡の2人はどちらも作業内容が「MOCAの製造作業」となっている。

化学工業日報社が発行する化学商品の案内本(辞典のようなもので、毎年更新されており、2018年版のタイトルは「16918の化学商品」)によると、1973年から2018年までの間のMOCAの製造・販売業者はイハラケミカル工業(現クミアイ化学工業)、和歌山精化工業、DIC、三井東圧の四社であり、静岡の2人は、膀胱がんの多発したクミアイ化学工業つまり旧イハラケミカル工業株式会社の労働者と思われる(2003年以降、クミアイ化学工業は販売のみで製造はしていない)。

静岡局で5件請求、うち2件認定、3件調査中

さらに詳しい情報を得るため、全国安全センターでは6月23日、熊谷氏、名古屋労災職業病研究会の成田博厚氏、関西労働者安全センター田島陽子の3人で静岡労働局を訪問した。

労災補償課監察官2人が対応した。労働局によると、1月に労災認定された2件を含め、静岡労働局管轄で5件の労災請求があり、残り3件は調査中ということだった。

また、3月11日付けで、厚労省から各都道府県労働局に対して、MOCAに関する労災請求や相談があった場合、適切に対応するようにという通達(「3,3’一ジクロロー4,4’一ジアミノジフェニルメタン(MOCA)による膀胱がんの労災請求勧奨等について」)が出されたとのことで、その通達文も入手できた。

全国529事業所に周知(静岡は23事業所)

厚労省は、報告書の公表に伴い、現在または過去にMOCAを取り扱った全国の529事業所に対して、労災手続の周知を行った。事業主宛の労災認定についての説明文やMOCAによる健康障害防止対策についての文書、また従事した労働者と家族宛に膀胱がんを発症した場合労災補償が支給される場合があるとの文書も添付されていた。静岡については23事業所に案内が送られたということだった。

厚労省が労災請求の勧奨を通達した3月以降、静岡労働局管轄内では2~3件の相談はあったものの、労災請求には至っていなかった。

イハラケミカル

厚労省は2018年10月時点で、全国の7事業所で17人のMOCAによる膀胱がん患者を把握し、2019年1月までに7人が労災請求した。17人のうち9人がイハラケミカル工業の労働者と推測されたが、今回の情報によると、その中で労災請求に至ったのは労災認定された2人を含め4~5人ということが分かった。半数ほどしか労災請求していないことになる。

静岡労働局訪問後、静岡県庁で記者会見を行い、静岡で初の労災認定があったこと、2020年12月23日から労災請求権の時効が進行していることを周知するため、協力を求めた。また記者会見の翌日、名古屋労災職業病研究会で相談ホットラインを実施した。膀胱がんを発症した2人の労働者から仕事と関係があるか、という相談があった。

時効について通達を発出

1月21日の厚労省への要請の際、加えて過去に膀胱がんを発症した労働者が時効で労災請求件を時効で失うことがないように、時効についても周知徹底を求め、また同じくオルト-トルイジンによる膀胱がんおよびアクリル酸系高分子化合物(アクリル酸系ポリマー)による呼吸器疾患についての時効についても、周知を求めたところ、今年2月17日付けで、オルト-トルイジンおよびアクリル酸系ポリマーについても消滅時効についての通達を発出していたことが分かった。MOCAについては、2020年12月22日の検討会報告書公表時点で時効についての通達は出されていたが、オルト-トルイジン、アクリル酸系高分子ポリマーについては1月21日の要請の結果として、発出されたといえる。

(1月21日要請については次の記事を参照されたい。)

なお、これらの通達について、厚生労働省に情報提供を求めたところ「情報公開請求により開示するかどうか判断する」と言ってきたため、熊谷信二氏が情報公開請求により相当な時日を要して入手できたものである。情報公開法の目的に反する対応であり、実質的には不当な「行政情報隠蔽」にあたるといえる。

それぞれ、MOCAによる膀胱がんについては報告書の公表された2020年12月22日、オルト-トルイジンによる膀胱がんについては2016年12月21日、アクリル酸系ポリマーによる呼吸器疾患については、2019年4月19日までは消滅時効が進行していないとの内容だ。

被災者からしたら請求権が消滅することは重大な問題であるが、「クボタショック」によってアスベスト疾患が広く知られることになったように、なにか注目される事件でもない限り、気づいていない被災者へ情報を届けるのは困難である。事件が起きるたびに時効の適用について通達を出すのではなく、職業がんや新たな職業性疾患については時効適用を原則行わない取扱を法律や行政通達で明示するべきである。

胆管がん事件や今回の膀胱がんのように、がんが多発してから気づくのではなく、これらを教訓に予防することのできる化学物質の安全衛生対策が重要であろう。

あとは、厚労省は1日も早くMOCAによる膀胱がんを労災職業病リストへの掲載し、健康管理手帳の対象とすることを望む。

関連報道

MOCA労災 国内初認定
発がん性物質 発症の県内2人ら

ウレタン防水材の原料となる化学物質「MOCA(モカ)」を取り扱い、膀胱(ぼうこう)がんを発症した男性4人が国内で初めて労災認定されていたことが10日、分かった。
このうち2人は静岡労働局管内。厚生労働省が同日までに、モカによる膀胱がんの4月末現在の認定事例をホームページに掲載した。
4人は今年1月に労災認定された。県内の男性2人は1993年と2016年に膀胱がんを発症した。全国労働安全衛生センター連絡会議によると、旧イハラケミカル工業(現クミアイ化学工業)の静岡工場(富士市)でモカの製造作業に従事していたとみられる。
モカと膀胱がんの関連について、同省の検討会は20年12月、作業に5年以上従事し、取り扱い開始後10年以上経過して発症した場合はモカが有力な発症原因となる可能性が高いーとする報告書をまとめ、同省が労災認定する方針を示していた。
同会議によると、旧イハラケミカル工業の静岡工場では、17年3月までに少なくとも11人が膀胱がんを発症。このうち9人がモカを取り扱っていた。同会議の担当者は「その中の2人が(今回)労災認定されたと考えられる」と話している。
同工場では現在、モカを製造していない。

MOCA(モカ)・・・発がん性があるとされる化学物質。防水材、床材などに利用されるウレタン樹脂の硬化剤に含まれる。2016年9月、旧イハラケミカル工業の静岡工場でモカを扱っていた作業員と退職者の膀胱がん発症が判明。厚労省がモカを扱う全国の約540事業所を調査した結果、7事業所の計17人が膀胱がんを発症していたことが確認された。

静岡新聞2021年6月11日朝刊

化学物質「MOCA」国内初の労災認定「申請はまだ一部 相談を」

発がん性物質を含んだ原料を扱う作業で膀胱がんを発症した男性4人について、国がはじめて労働災害に認定しました。
このうち2人は富士市の工場で働いていたとみられています。
防水材などに使われるウレタン樹脂の硬化剤「MOCA」から発がん性物質が確認され、厚生労働省は1月、男性4人について初めて労災認定をしました。
全国労働安全衛生センターによりますと、このうち2人は富士市の旧イハラケミカル静岡工場で「MOCA」の製造にあたっていたということです。
厚労省は「MOCA」を扱う企業に対し、労働者の健康相談などに適切に対応するよう指示していますが、センターは労災申請は一部に留まっていると話します。
元・産業医科大学教授熊谷信二さん「なるべく広くこういう情報を伝えることで積極的に労災申請して頂きたいと思っています」
センターは24日ホットラインを開設し、心当たりのある人は相談してほしいと呼びかけています。

2021年06月24日(木)テレビ静岡

きょうMOCA電話相談 労災申請掘り起こし

ウレタン防水材の原料で発がん性が指摘される化学物質「MOCA(モカ)」を取り扱い、膀胱(ぼうこう)がんを発症した県内外の男性4人が労災認定されたことを受け、救済支援団体の全国労働安全衛生センター連絡会議は24日、相談ホットラインを実施する。
モカと膀胱がんの関連性について、厚生労働省の検討会は2020年12月、作業に5年以上従事し、取り扱い開始後10年以上経過して発症した場合はモカが有力な発症原因の可能性が高いーとする報告書をまとめた。男性4人は21年1月に労災認定された。同会議によると、このうち2人は旧イハラケミカル工業(現クミアイ化学工業)の静岡工場(富士市)でモカ製造に従事していたとみられる。
同静岡工場では17年3月までに少なくとも11人が膀胱がんを発症し、うち9人がモカを取り扱っていた。23日に県庁で記者会見した同会議の運営委員らは「全員が労災申請しているわけではない。膀胱がんになり、過去にモカなどの化学物質を扱っていた記憶がある人はホットラインに連絡を」と呼び掛けた。
ホットラインは〈電070(5251)9840>。受け付けは午前10時~午後6時。

静岡新聞2021年6月24日朝刊