架橋型アクリル酸系水溶性ポリマーによる肺障害(呼吸器疾患)の経緯と労災認定について

労災認定までの経緯

架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物(以下、ポリマーという)を製造している工場において、ポリマー粉体の包装工程で発生した高濃度粉じんを吸い込んだ労働者が肺障害が発症してことがわかったことから、厚生労働省は、所管する労働安全衛生総合研究所(労安研)に災害調査を依頼して実態を把握、業界団体などに行政通達を発出し、さらに、同様の工程があると考えられる製造メーカーに対する調査をおこなった

そして、5件の労災請求があり、こうした原因による肺障害は職業病リストにもなく、前例のない疾病であったことから「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんの製造事業場で発生した肺障害の業務上外に関する検討会」(以下、検討会)を2018年10月3日から5回開催し、2019年4月に報告書をまとめ4月19日に結果を公表した。

その結果、労災請求のあった5件について業務上疾病であると判断し、労災認定された。

化学工場の5人労災認定 肺疾患、業務と因果関係

厚生労働省は19日、医薬品や化粧品の原料となる化学物質製造工場で、包装作業に従事し、間質性肺炎などの肺疾患を発症した男性6人について、業務との因果関係があったと明らかにした。労災申請のあった5人について、労災を認定した。

厚労省によると、扱われていた化学物質は「アクリル酸系ポリマー」。6人は20~40代だった2012~16年に相次いで発症した。工場からは、この物質の粉じんが高濃度で検出された。

粉じんを2年以上扱う業務に従事し、相当量吸入した場合、肺疾患を発症する可能性が高いと判断した。2年未満の場合、労災と認めるかどうかは総合的に判断するとしている。

厚労省は「個人が特定される」などとして、工場の所在地や企業名を明らかにしていない。他の事業所などでの健康被害は報告されていないが、注意喚起するとしている。 〔共同〕

2019/4/19日本経済新聞 電子版

架橋型アクリル酸系水溶性ポリマーによる肺障害(呼吸器疾患)の(事実上の)労災認定基準(報告書まとめ)

検討会報告書はまとめにおいて、労災認定判断の目安を示している。この目安に基づいて今回の業務上外判断が行われた。

現在のところ特に「労災認定基準」として定められたものはないので、今後同種の事案の「事実上の労災認定基準」になる。要約すると次の通り。(ただし、症例数もそれほど多くないことから、類似事案が発生した場合は、さらに、個別事情や研究調査を踏まえた判断となるとみられ、症例数が増えるなどした場合は労災認定基準の策定ということになっていく可能性もある)

  • アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんを取り扱う業務に 2 年以上従事している
  • 相当量のアクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんに吸入ばく露した労働者に発症した呼吸器疾患である
  • 胸部画像所見で「両側上葉優位の分布」、「気道周囲の間質性陰影」といった特徴的な所見が認められる

これらの条件をそろう場合は、業務が相対的に有力な原因となって発症した蓋然性が高いと考えられる。

①「従事期間が2年」に満たない場合は、上記の特徴的な医学的所見の有無、作業内容、ばく露状況、発症時の年齢、喫煙歴、既往歴などを総合的に勘案して、業務と呼吸器疾患との関連性を検討する。

当面の健康障害防止対策

架橋型アクリル酸系水溶性ポリマーの粉じんを高濃度にばく露したケースに肺障害を生じた事例はこれまでなく、初めての労災認定事例となった。

厚生労働省は予防的見地から「特定の有機粉じんによる健康障害の防止対策の徹底について」(基安労発0415第1号、基安化発0415第1号、記補発0415第1号、2019年4月15日)を発出して「1 ばく露防止措置の徹底」「2 労働者等に対する健康管理の実施等」「3 呼吸器疾患の発生状況の把握と報告」を指示している。いずれも、現段階では法規制をかけないけど、気をつけてください、なにかあったら報告してくださいというものである。

今回問題となった「架橋型アクリル酸系水溶性ポリマーの粉じん」は、粉じんを例示しての職業性粉じんばく露の規制を行う「粉じん障害防止規則」や「じん肺法」の適用対象となっていない。

今回の事態は、従来、有害性が低いとみられていた粉じんによるばく露が原因の障害がおこったわけで、このこともあって、厚生労働省は次の通達を発出している。

粉状物質の有害性情報の伝達による健康障害防止のための取組について(平成29(2017)年10月24日基安発1024第1号)

有害性が低い粉状物質であっても、長期間にわたって多量に吸入すれば、肺障害の原因となり得るものであるが、粉じん障害防止規則(昭和54年労働省令第18号。以下「粉じん則」という。)の対象となっている粉じんの取扱い作業等については健康障害防止措置の履行が求められていることに比して、このような粉状物質自体の吸入による肺障害に対する危険性の認識は十分とはいえず、場合によってはばく露防止対策が不十分となるおそれがある。
また、国内においても、化学工場において高分子化合物を主成分とする粉状物質に高濃度でばく露した労働者に、肺の繊維化や間質性肺炎など様々な肺疾患が生じている事案が見られるところである。

粉状物質の有害性情報の伝達による健康障害防止のための取組について(平成29年10月24日)(基安発1024第1号)

要するに、粉じんの種類によらず現場での粉じんばく露を避けることを徹底することに尽きる。問題が起こってからの行政通達は大事だけれども、そういうことが起きる前に健康障害を未然に防ぐ体制を現場で作る方がずっと重要だということを改めて銘記したい。