「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんの製造事業場で発生した肺障害の業務上外に関する検討会」報告書 2019年4月

呼吸器疾患と架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんのばく露に関する医学的知見

厚生労働省は、架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の粉じんを吸入し、肺障害が発生した事案について労災請求があり、「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんの製造事業場で発生した肺障害の業務上外に関する検討会」で業務上外を検討してきた。

2019年4月19日付で検討会の報告書を公表するとともに、労災請求されていた5件について個別検討を行い、業務上と判断したことを明らかにした。

「呼吸器疾患とアクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんのばく露に関する医学的知見」を公表~労災請求を受け、疫学調査結果等を分析・検討して報告書を取りまとめ~(厚生労働省HP 2019年4月19日)

以下は、検討会報告書の全文である。

架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんの 製造事業場で発生した肺障害の業務上外に関する検討会 参集者名簿(五十音順)

氏  名役  職  等
吾妻  安良太  日本医科大学大学院医学研究科呼吸器内科分野武蔵小杉病院呼吸器内科部長
甲田  茂樹独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所所長代理
須賀  万智東京慈恵会医科大学医学部環境保健医学講座教授
坂東  政司自治医科大学内科学講座呼吸器内科学部門教授
森本  泰夫産業医科大学産業生態科学研究所呼吸病態学教授
(座長)柳澤  裕之東京慈恵会医科大学医学部環境保健医学講座教授

架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんの製造事業場で発生した肺障害の業務上外に関する検討会開催状況

第1回検討会 平成 30 年 10 月 3 日
第2回検討会 平成 30 年 11 月 8 日
第3回検討会 平成 30 年 12 月 26 日
第4回検討会 平成 31 年 2 月 19 日
第5回検討会 平成 31 年 3 月 27 日

第1 検討会の目的

今般、国内の化学工業製品製造工場において、化粧品や医薬品に用いられる架
橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物(以下「アクリル酸系ポリマー」という。)の吸入性粉じんを取り扱う複数の労働者(以下「本件労働者ら」という。)から、肺組織の線維化などの呼吸器疾患が生じたとして労災請求がなされた。

当該アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんについては、国際的にも肺に対する有害性が報告されておらず、現時点では呼吸器疾患の発生機序等が明らかにされていない。

このため、産業中毒学、疫学、呼吸器内科学、労働衛生学の専門家から成る本検討会において、本件労働者らが従事した業務と疾病との因果関係について専門的な見地から検討を行ったものである。

第2 本件疾病について

本件労働者らは、咳や呼吸困難を主訴に、あるいは自覚症状はないものの健康診断において異常所見を指摘されたこと等を契機に医療機関を受診し、臨床所見等から間質性肺炎、肺障害などの肺疾患と診断されている。また、本件労働者らは、全員男性であり、いずれも若年で発症している。

本件労働者らの胸部画像所見では、肺の収縮性変化並びに牽引性気管支拡張、肺野のすりガラス陰影並びに小粒状影(多くは小葉中心性)、末梢気道閉塞によるエアートラッピングを思わせる胸膜直下の気腔拡大とブラ形成、ブラ破綻が原因と思われる気胸併発、葉間を含む胸膜肥厚、などの多様な所見が認められる。

当該所見は、これまで報告されている粉じんばく露に起因する肺疾患(様々なじん肺症)とは異なる画像分布を示しており、多彩な病態を呈するものであるが、各症例とも亜急性の経過を辿っており、かつ、気道周囲の病変が主体であることから、本検討会では、本件症例を「呼吸器疾患」(※)と定義付けるのが妥当と考えた。

※「呼吸器疾患」は原因の未知なるものを含め、様々な外的要因並びに内的要因が関与して発症し、臨床症状・経過や身体所見、血液検査所見とともに、画像診断情報や病理診断情報を駆使して確定診断が行われるものである。
また、一般的には「呼吸器疾患」は適切な治療介入により改善又は治癒が望める場合もあるが、宿主の様態(反応)、傷害の強さによってはしばしば非可逆的であるとされている。

第3 呼吸器疾患の有害因子の考察

1 有害因子

本件事業場は、アクリル酸と有機溶剤等を混合し、重合反応、乾燥工程を経て、アクリル酸系ポリマーの粉体を生成し、作業場 A にて粒径を整え、包装する作業を行っているが、調査の結果、本件労働者らは全て、「アクリル酸系ポリマーの粉体の粒径を整え、包装する作業」に従事していたことが明らかとなっている。

アクリル酸系ポリマーの粉体は、平均粒径が 4~5μm と非常に小さく、化粧品や医療品等の増粘剤として用いられ、水やアルコール等の溶媒に対して、低濃度でも高い増粘効果を示す物質である。

なお、当該粉体については、ヒトの呼吸器系器官に対してどのような影響をもたらすか、現在のところ明らかではない。

よって、本検討会においては、本件労働者らの当該アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんへのばく露態様と呼吸器疾患の発症との関連性について検討することとした。

2 ばく露形態

粒径を整える作業は、アクリル酸系ポリマーの粉体が入ったドラム缶を作業場A の 3 階までクレーンで吊り上げ、労働者がホッパーの投入口に向けてドラム缶を倒して投入することで行われる。
また、包装作業は、ホッパーから落下する粉体を段ボールに入った袋で受け、充填量の調整をして袋を輪ゴムで閉じる作業である。

このいずれの作業においても、アクリル酸系ポリマーの粉じんが飛散し、作業を行った本件事業場の本件労働者らの中には、鼻の中で粉体がゲル状に固まったり、口内で唾液によって粘りが出たりしたことがあったとしている者もおり、この飛散した粉じんにばく露していたことは明らかである。

粉じん)の個人ばく露濃度は 8h-TWA 濃度で最大 2.12mg/㎥であり、特にホッパーへのアクリル酸系ポリマーの投入時の個人ばく露濃度は極めて高かったとしている。(文献 1)

日本産業衛生学会の第 3 種粉じん(その他の無機及び有機粉じん)の許容濃度:2mg/㎥(吸入性粉じん)と比較しても、作業場 A のレスピラブル粉じんの個人ばく露濃度は高いことが伺える。
なお、

  • 平成 21 年 9 月に作業場 A 外に飛散するのを防止する措置を強化(半密閉化)したこと、
  • 夏場に投入口付近に設置するスポットクーラーによって、より発じんが促された可能性があること、
  • 過去には、粒子捕集効率の低いマスクを着用し、かつ、その取扱いの徹底も不十分であったこと、
  • 投入口周辺への粉じん飛散防止のために行った、投入作業時に投入口付近をプラスチックカーテンにより囲い込む措置によって、個人ばく露濃度が高まった可能性があること、

等の作業環境等による影響により、作業場 A で粉じん作業に当たる者がより高濃度で吸入することになったと考えられる。

第4 アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんのばく露と呼吸器疾患との関連性について

1 労災疾病臨床研究費補助金を活用した研究

本件症例の検討に当たり、厚生労働省では知見収集のため、平成 30 年度において、労災疾病臨床研究費補助金を活用し、「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の粉体を取り扱う労働者に発生した呼吸器疾患に関する研究」をテーマに、有機粉じんの有害性の評価、疫学的手法による業務起因性の検証等の研究を行った。
研究の結果については、下記2及び3のとおりである。

2 アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんによる呼吸器疾患発症のメカニズム

森本(2019)、木戸(2019)は、アクリル酸系ポリマーの呼吸器系器官に与える毒性を評価するため、雄性ラットに気管内注入及び全身吸入ばく露によってアクリル酸系ポリマーを投与する試験を行い、肺組織の経時的な変化に関する調査を行った。

気管内注入試験は、アクリル酸系ポリマーを蒸留水で懸濁し、超音波分散を行い、吸入粒子が 5 μm 以下になるように動的光散乱法で凝集径の調整を行った上で、Fischer 雄性ラット 12 週齢に、アクリル酸系ポリマーを 0.05 mg/rat、0.2 mg/rat、0.5 mg/rat、1.0 mg/rat の用量で気管内注入する方法で行われ、3 日、1 週間、1 ヶ月、3 ヶ月後に解剖を行い、肺内炎症及び線維化を検討した。

その結果、肺の CT 所見や肺病理所見から用量依存性の著明な炎症所見を認めたとしている。なお、この炎症性変化は投与 1 ヶ月後まで持続し、さらに投与 3ヶ月後には、マッソン-トリクローム染色陽性面積の拡大傾向が認められ、線維化の可能性が示唆されたとしている。(文献 2、3)

全身吸入ばく露試験については、Fischer 雄性ラット 10 週齢に対して、乾式法にてアクリル酸系ポリマーのばく露濃度が 2 mg/㎥、10 mg/㎥となるように発じんさせて行われた。

5 日間(6 時間/日)の全身吸入ばく露を行い、3 日後に解剖した結果、用量依存的に肺内に炎症細胞浸潤を認め、その浸潤は、少なくとも投与 1 ヶ月後までは持続したとしている。(文献 2)

3 アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんのばく露と呼吸器疾患の発症リスク

(1)定期健康診断の後方視的分析

須賀ら(2019)は、当該事業場において、平成 21 年 9 月以降にアクリル酸系ポリマーの吸入性粉じん取扱作業に従事した者(定期健康診断を観察期間中に 2 回(年)以上受けていた 30 名)を対象として、定期健康診断の胸部レントゲン検査の有所見発症率を計算した。対照集団(一般労働者)は、公益財団法人東京都予防医学協会で平成 13~18 年度に定期健康診断を受けた 20~54歳男性(心疾患、脳血管疾患、腎疾患治療中を除く)のうち、平成 23 年度までに定期健康診断を再度 1 回以上受けた者である。(文献 4)

アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じん作業従事者 30 名の配属先は、呼吸器疾患事例が報告された作業場 A に 24 名(請求人 5 名含む)、呼吸器疾患事例が報告されていない作業場 B に 9 名、時期を変えて両方に配属されたのが 3名であったとしている。

観察期間中の有所見発症は呼吸器疾患事例が報告された作業場 A で 24 名中6 名(うち請求人 5 名含む)、呼吸器疾患事例が報告されていない作業場 B で9 名中 1 名みられ、人年法による発症率は作業場 A が作業場 B の 2.77 倍であったとしている。

また、作業場 A のカプランマイヤー法による累積発症率を一般労働者の 30~34 歳喫煙男性の値と比較すると、その差は 24 ヶ月時点で統計学的に有意となり、36 ヶ月時点でより顕著になったとしている。

(2)間質性肺疾患の罹患率に関する研究文献のシステマティックレビュー

山内ら(2019)は、国内外の間質性肺疾患(ILD)、特発性間質性肺炎(IIPs)の罹患率に関する文献のシステマティックレビューを行った。

その結果、10 編の文献が得られ、研究間で罹患情報のソース、罹患の確定基準、罹患率算出の対象年齢及び年齢調整の有無などが異なっており、研究間の比較は困難であったものの、全年齢込みでの罹患率が 10 万人年対で 100 を超えていた研究はなく、若年ではさらに低い値であったとしている。(文献 5)

この点、上記①の報告において、A 工場での胸部レントゲン検査の有所見発生率は人月当たり0.00448(10 万人年対で 5376.0)と報告されおり、単純な数値の比較には多くの制約があるものの、海外の間質性肺疾患の罹患率と比較して少なくとも 50 倍超と極めて高いことが示唆されるとしている。

このように実験・疫学の両面から検討した結果から、いずれも、アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんのばく露は呼吸器疾患発症の有力な原因と考えられる。

第5 本件症例における医学的所見について

本件症例における共通する胸部画像所見として、「両側上葉優位の分布」、「気道周囲の間質性陰影」があげられる。上葉優位の気道周囲の間質性陰影は、上葉優位に分布する吸入物質の経気道散布による病変であることを推定させる。

また、この間質性陰影は、線維化による収縮性変化を示唆する牽引性気管支拡張所見の原因となり、さらに、病理所見では必ずしも胸膜病変の言及はないが、画像所見からは、胸膜肥厚は胸膜直下に何らかの炎症性変化があることを推定させる。

なお、吸入物質により惹起された可能性が高い末梢気道病変は、細気管支における気流閉塞をもたらし、一部の症例ではエアートラッピングによる胸膜直下の気腫性嚢胞を形成し、気胸の発症を誘発したと考えられる。

同時に「喫煙」が病態の形成を助長した可能性があることを否定できない。

以上より総合的に判断すると、複合的に織りなす様々な病態の発生は、一連の発症機序(「両側上葉優位の分布」、「気道周囲の間質性陰影」)を介した病像であると推定することが可能である。

第6 結論

アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんによる呼吸器疾患は、労働基準法施行規則別表第 1 の 2 の列挙疾病に掲げられておらず、過去にも業務上疾病として認定した事例はない。このため、本検討会では、アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんを対象として、呼吸器疾患の発症メカニズム、ばく露と発症リスクに関する研究結果も踏まえて検討した結果、以下のとおり取りまとめ、呼吸器疾患はアクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんのばく露により発症し得るとの結論に達した。

(1)アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんによる呼吸器疾患発症のメカニズム

調査報告によれば、本件事業場の作業場 A における吸入性粉じんの個人ばく露濃度は、日本産業衛生学会の第 3 種粉じん(その他の無機及び有機粉じん)の許容濃度と比較しても、高い濃度であることが報告されている。

さらに、本件労働者らの個々の症例についてみれば、胸部画像所見として、「両側上葉優位の分布」、「気道周囲の間質性陰影」が共通の所見として認められることより、相当量のアクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんにばく露することによって末梢気道病変が引き起こされ、その後の呼吸器疾患の発症に至っているものと考えられる。

なお、雄性ラットへの気管内注入試験及び全身吸入ばく露試験によって、アクリル酸系ポリマーは、炎症・線維化能を有することが示された。

(2)アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんのばく露と呼吸器疾患の発症リスク

須賀ら(2019)の研究によって、アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんにばく露した労働者において、胸部異常所見が有意に増加していることから、アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんのばく露は呼吸器疾患発症の有力な原因の一つと認められる。

ばく露期間別に呼吸器疾患の発症リスクをみると、2 年以上のばく露で有意差が認められた。ただし、本件の場合、アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんそのものの発症リスクに加えて、作業環境上の問題も発症リスクを高める要因となったことは否定できない。

(3)まとめ

以上より、アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんを取り扱う業務に 2 年以上従事し、相当量のアクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんに吸入ばく露した労働者に発症した呼吸器疾患であって、胸部画像所見で「両側上葉優位の分布」、「気道周囲の間質性陰影」といった特徴的な所見が認められる呼吸器疾患については、業務が相対的に有力な原因となって発症した蓋然性が高いと考えられる。

また、アクリル酸系ポリマーの吸入性粉じんを取り扱う業務への従事期間が2 年に満たない場合は、上記の特徴的な医学的所見の有無、作業内容、ばく露状況、発症時の年齢、喫煙歴、既往歴などを総合的に勘案して、業務と呼吸器疾患との関連性を検討する必要がある。

なお、アクリル酸系ポリマーは本件事業場において生成された物質に限らず、様々な製品の原料として使用されており、広く流通していることから、行政当局においては、引き続き情報収集に努めることを望むものである。

引用文献

  1. 災害調査報告書(概要版)化学工場で発生した呼吸器疾患に関する災害調査 2019 年
  2. 森本泰夫.平成 30 年度労災疾病臨床研究事業費補助金「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の粉体を取り扱う労働者に発生した呼吸器疾患に関する研究(180301-01)」分担研究報告書.ラットを用いた曝露試験に基づく有害性評価.
  3. 木戸尊將.平成 30 年度労災疾病臨床研究事業費補助金「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の粉体を取り扱う労働者に発生した呼吸器疾患に関する研究(180301-01)」分担研究報告書.アクリル酸ポリマー気管内投与における濃度依存的/経時的影響の評価.
  4. 須賀万智.平成 30 年度労災疾病臨床研究事業費補助金「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の粉体を取り扱う労働者に発生した呼吸器疾患に関する研究(180301-01)」分担研究報告書.疫学的因果関係の評価~胸部レントゲン検査の有所見発症率に基づく検討~.
  5. 山内貴史.平成 30 年度労災疾病臨床研究事業費補助金「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の粉体を取り扱う労働者に発生した呼吸器疾患に関する研究(180301-01)」分担研究報告書.間質性肺疾患の罹患率に関する研究文献のシステマティックレビュー.

用語解説

※見出し語は、欧文ではじまるものはアルファベット順、和文は五十音順で配列している。

  1. TLV-TWA(threshold limit value – time-weighted average)
    ACGIH( 米 国 産 業 衛 生 専 門 家 会 議 : American Conference of Governmental Industrial Hygienists)によって設定された時間加重平均の許容濃度。1 日 8 時間、週 40 時間の繰り返し労働において、作業者に対し有害な影響を及ぼさない時間加重平均濃度。
  2. エアートラッピング
    普通又は最大の呼出を行っても肺内に相当量の空気が止まっている状態。
  3. 吸入性粉じん(レスピラブル粉じん)
    肺胞まで到達する吸入性の粉じん。4μm50%カットの分粒特性を有するサンプラーで捕集された粉じんをいう。