特定の吸入性有機粉じん等による肺疾患の防止について(基安発0428第2号)2017年4月28日~架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物~

厚生労働省は、架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物(以下アクリル酸系ポリマー)の製造をおこなっている化学工場でアクリル酸系ポリマー粉末の袋詰めをしていた複数の労働者が肺障害を発症していたことがわかったことから、通達(基安発0428第2号)を発出した。

アクリル酸系水溶性ポリマーは、図2に示す通り分子量によって非常に異なった機能を示すことから、幅広い分野において利用されている。

アクリル酸系水溶性ポリマーは、分子量の小さい領域ではキレート能や分散能を示すことから、分散剤や洗剤ビルダー、スケールコントロール剤などに利用されている。中程度の分子量になると、流動性のある増粘性を付与することができ、水系コンパウンドの粘度安定剤やバインダー、保水剤などに利用され、さらに高分子量になると増粘性は一段と高くなり各種増粘剤やパップ剤、農薬造粒剤などに利用されている。
分子量が一千万程度になると、水中に懸濁している物質を凝集沈殿させる効果を発揮し、凝集剤として利用される。さらに高分子量化したものや架橋させたものは、水に不溶となっ て、水に対して膨潤するようになり、高吸水性樹脂などに利用されている。以上のようにアクリル酸系水溶性ポリマーは、分子量の低いところから次第に高分子化するに従い、「分散→増粘→凝集→膨潤」とその機能が変化してゆく特徴を持っている。

アクリル酸系ポリマーの分子量と機能

吉原ら:アクリル酸系水溶性ポリマーの技術展開, 東亞合成研究年報 p46 TREND 1998 創刊号

今回問題となったのは上記引用説明ではマークした部分のものであって、アクリル酸系ポリマーの粉体は、平均粒径が 4~5μm と非常に小さく、化粧品や医療品等の増粘剤として用いられ、水やアルコール等の溶媒に対して、低濃度でも高い増粘効果を示す物質、とされる。

これに先立って、2017年1月から独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所(通称、労安研)による調査が開始されている。

化学工場で6人が肺疾患 粉じんが原因か

厚生労働省は28日、国内の化学工場で粉末状の化学物質の袋詰め作業などをしていた6人が肺疾患を発症したと発表した。化学物質の粉じんを吸い込んだことが原因とみられる。同省は問題が起きた企業を含む製造4社に、粉じんの吸入を防ぐ対策の徹底などを要請した。

厚労省によると、肺疾患の原因とみられる化学物質は高分子化合物の一つで、医薬品や化粧品などの原料として使われている。6人は作業中に粉じんを吸い込み、肺気腫や間質性肺炎などを発症した可能性があるという。

作業現場は粉じんの濃度が高く、6人のうち5人は業務歴が2年前後と短かったことから、関連性が疑われるという。ただ、この物質は30年以上前から製造され、これまでに問題が報告されていないことから慎重に原因究明を進めていく。

2017/4/28日本経済新聞電子版

以下が同通達である。

特定の吸入性有機粉じん等による肺疾患の防止について(平成29(2019)年4月28日基安発0428第2号)

都道府県労働局長殿

厚生労働省労働基準局安全衛生部長

国内の製造事業場において、複数の労働者に肺組織の繊維化、間質性肺炎、肺気腫、気胸等の肺疾患が発症している事案が明らかになった(別紙-※後掲)。

独立行政法人労働者健康安全機構の協力も得て作業実態等について調査を行ったところ、これまでに、肺疾患を発症した労働者に共通する状況として、同工場内で製造している架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物を主成分とする吸入性粉じんに日常的に高濃度でばく露し、多くがばく露開始から2年前後の短期間の間に肺疾患を発症していたことが判明している。

厚生労働省では、引き続き原因究明のための調査を実施しているが、架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんによる肺疾患を防止するため、別添1(※後掲)のとおり、同吸入性粉じんへのばく露防止措置や健康管理措置を講じること等について、関係メーカーの事業場等を所轄する労働局長に対して指示するとともに、別添2(※後掲)のとおり、化学業界団体等に対して要請を行ったところである。

ついては、これらの通知について了知するとともに、同種の事案を予防する観点から、関係事業者に対して、架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物をはじめとする吸入性粉じんによる肺疾患を防止するため、ばく露防止措置等の実施について必要な指導等を行われたい。

別紙

樹脂等を製造する化学工場における肺疾患事案について

1 事業場の概要

業種:化学工業(樹脂等を製造する工場で製品の包装等を実施)

労働者数:数十人(構内請負業者)

2 事案概要

  • 肺疾患を発症したのは、A社のB工場の構内請負業者C社の労働者6名。6名はB工場の作業場で製品(架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の粉末)の包装業務として、投入、計量、袋詰め、梱包、運搬などの作業を行っていた。発症時の年齢は、20代~40代。
  • 労働者に発症した肺疾患は、肺組織の繊維化、間質性肺炎、肺気腫、気胸など。
  • 6名は、いずれもC社に雇用されてから肺疾患を発症するまでに他の作業場勤務はなく、当該作業場で継続的に就業していた。現在は、6名とも別の作業場へ配置転換されている。
  • 疾患が発生した作業場については、既に平成28年5月に労働基準監督署が立ち入り、局所排気装置の改善などの発散抑制措置や防護性能の高いマスク(電動ファン付呼吸用保護具)の着用などを指導している。
  • 当該事業場は、監督署の指導事項について所要の措置を講じており、厚生労働省では、今後も専門家と相談しつつ、必要に応じて追加的な指導を行っていく。
  • 厚生労働省では、労働者健康安全機構に依頼し、災害調査結果の分析や本物質の有害性に係る検討など、原因究明を進めていく。

(参考資料)

化学物質「架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物」について
  • 医薬品や化粧品を製造する際の中間体として使用される。なお、消費者等に提供される最終製品である医薬品や化粧品が、元の吸入性粉じんに戻ることはない。
  • アクリル酸を単量体(モノマー)とする高分子化合物であり、その重合体(ポリマー)を架橋剤と反応させることで架橋構造を有している。不純物として、重合反応を行う際に用いた溶媒なども含有している。単量体(モノマー)として、アクリル酸のほか、別の化学物質を共重合させた製品もある。
  • 外観は、白い粉末状。
  • 肺に対する有害性の文献情報は、これまで確認されていない。
  • 肺組織の繊維化は無機粉じんの吸入により引き起こされることは良く知られているが、本物質(架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物)を含め、有機粉じんにより発症するとの確立した知見はなく、労働安全衛生法令による措置義務の対象になっていない。
【参考図1 アクリル酸高分子化合物の基本構造】
【参考図2 高分子化合物の架橋構造(イメージ図)】

別添1 特定の吸入性有機粉じんによる肺疾患の防止の要請について(基安発0428第1号)平成29年4月28日

関係労働局長殿

厚生労働省労働基準局安全衛生部長

国内の製造事業場において、複数の労働者に肺組織の繊維化、間質性肺炎、肺気腫、気胸等の肺疾患が発症している事案が明らかになった(別紙※前掲「別紙」)。

独立行政法人労働者健康安全機構の協力も得て作業実態等について調査を行ったところ、これまでに、肺疾患を発症した労働者に共通する状況として、同工場内で製造している架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物を主成分とする吸入性粉じんに日常的に高濃度でばく露し、多くがばく露開始から2年前後の短期間の間に肺疾患を発症していたことが判明している。

厚生労働省では、引き続き原因究明のための調査を実施しているが、貴局管内には、類似製品の製造事業場等があることから、製造事業場における下記措置を徹底するほか、同事業場を通じて、当該物質(吸入性粉じん)の流通先に対して下記事項を周知・徹底するよう要請を行われたい。

1 ばく露防止措置等の徹底

架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんを扱う事業場においては、同粉じんの発散防止抑制措置や呼吸用保護具の着用など、ばく露防止措置を講じること。

2 労働者等に対する健康管理の実施等

一般健康診断の胸部X線の検査の結果、肺組織の繊維化、間質性肺炎、肺気腫、気胸等に関する所見があった場合は、CTなどの精密検査を実施することが望ましいこと。また、この物質を取り扱ったことのある労働者であって既に退職している者に対して、同検査の受検を勧奨することが望ましいこと。

これらの労働者及び退職者について、①一般健康診断における胸部エックス線検査の所見の有無、②肺に関する精密検査の結果等については、所轄の労働局又は労働基準監督署にご報告いただきたいこと。

3 肺疾患の発生状況の把握と報告

事業場の労働者又は退職者に、肺組織の繊維化、間質性肺炎、肺気腫、気胸等の肺疾患が見られた場合は、所轄の労働局又は労働基準監督署にご報告いただきたいこと。
注:「別紙」については本通知の別紙。

別添2 吸入性粉じんによる肺疾患の防止について(基安発0428第3号)平成 29 年4月 28 日

中央労働災害防止協会会長/一般社団法人日本化学工業協会会長/化成品工業協会会長 殿

厚生労働省労働基準局安全衛生部長

国内の製造事業場において、複数の労働者に肺組織の繊維化、間質性肺炎、肺気腫、気胸等の肺疾患が発症している事案が明らかになりました(別紙※前掲「別紙」)。

独立行政法人労働者健康安全機構の協力も得て作業実態等について調査を行ったところ、これまでに、肺疾患を発症した労働者に共通する状況として、同工場内で製造している架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物を主成分とする吸入性粉じんに日常的に高濃度でばく露し、多くがばく露開始から2年前後の短期間の間に肺疾患を発症していたことが判明しています。

厚生労働省では、引き続き原因究明のための調査を実施していますが、架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物の吸入性粉じんによる肺疾患を防止するため、別添のとおり、所轄の都道府県労働局(労働基準監督署)において、同物質(吸入性粉じん)の製造事業場のほか、同事業場等を通じて、当該物質(吸入性粉じん)の流通先に対して、同物質(吸入性粉じん)へのばく露防止措置や健康管理措置を講じること等を要請することにいたしました。

ついては、貴協会においても、別添通知について御了知いただくとともに、関係事業者に対して、架橋型アクリル酸系水溶性高分子化合物をはじめとする吸入性粉じんによる肺疾患を防止するため、ばく露防止措置等について注意喚起いただくようお願いいたします。
注:「別紙」については本通知の別紙(※前掲「別紙」)。
注:「別添」については本通知の別添1(※前掲「別添1」)。

(参考)特定の吸入性有機粉じん等による肺疾患の防止について(安全衛生情報センター)