特集/職業リスクによる世界疾病負荷(GBD)-日本の肺がん死亡の24%が職業リスクに起因するもの-世界疾病負荷(GBD2019)推計データ

回避(予防)可能な傷病・リスク要因による世界疾病負荷(Global Burden of Disease, Injuries and Risk Factors)を推計することによって対策の促進をめざす世界疾病負荷(GBD)研究は、更新が積み重ねられている。更新されるたびに、ランセット誌に最新主要論文が掲載されると同時に(https://www.thelancet.com/gbd)、ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)が運営するGBD比較データベースも更新されるというかたちである(https://vizhub.healthdata.org/gbd-compare/)。

2012年に2010年までの推計を示したGBD2010、2015年にGBD2013、2016年にGBD2015、2017年にGBD2016、2018年11月9日にGBD2017、そして2020年10月17日にGBD2019に更新された。本誌は、2016年年7月号でGBD2013、2017年7月号でGBD2015、2019年3月号でGBD2017による、職業リスク要因によるGBD推計の概要を紹介したが、本号ではGBD2019の概要を紹介する。データはGBD比較データベースから抽出したものである。

GBD2019では、87のリスク要因(傷病との組み合わせの数では560)について、死亡(Deaths)、損失生命年(YLLs)、障害生命年(YLDs)、障害調整生命年(DALYs)、有病率(Prevalence)、発症率(Incidence)、妊産婦死亡率(Maternal mortality ratio)、死亡確率(Probability of deaths)、平均余命(Life expecーtency)、健康余命(Healthy Life expectency)等の推計値が、数(#)、10万人当たりの数(Rate)、総数に対する割合(%)等で提供されるている(もちろん、提供されない/できない組み合わせもある)。また、それらが、204か国・地域別、男女別、年齢調整化も含め年齢階層別等でもデータが入手できる。

今回紹介するのは、世界及び日本の、全年齢、男女両方の死亡数及びDALYs数である。1990~2019年の各年についてデータを入手することができるが、紙幅の関係で1990、2000、2010、2019年の4年についてのデータのみを示す。

表1

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まず全原因による総死亡数をみてみると、世界では1990年4,642万から2019年5,653万へと約2割増加。日本では1990年81万から2017年140万へと約7割増加している。

これらのうち全リスク要因によるものが、2019年世界で3,500万、総死亡数の約6割。すべてのリスク要因を取り除くことができれば、総死亡数を6割減らすことができるということである。日本では2019年66万弱で、総死亡数の5割弱である。

全リスク要因は大きく代謝リスク行動リスク環境/職業リスクの3つに大分類され、それぞれがさらに細かく中分類される。環境リスクで言えば、安全でない水・衛生・手洗い、大気汚染、適切でない温度、その他の環境リスク、職業リスクの5つに中分類されている。各々の大分類、中分類ごとの死亡数を抽出することができ、表に示してあるが、同じく表に示してあるように、中分類リスク要因で抽出した死亡数を合計したものが大分類で抽出した死亡数と、また大分類で抽出した死亡数を合計したものが総死亡数と一致しておらず、いずれも合計数のほうが大きくなっていることに留意しておきたい。

総死亡数に対する職業リスクによる死亡の割合は、経時的にはやや減少しているようだが、世界・日本ともに最近は約2%という数字が得られる。

この職業リスクの中身をさらにみていくと、職業性喘息原因物質職業性発がん物質職業性人間工学要因職業性傷害職業性騒音職業性粒子状物質・ガス・ヒュームの6つの小分類に分かれている。職業性人間工学要因及び職業性騒音による死亡は0であるが、もちろんこれをDALYsなど他の指標で抽出すれば、それらによる疾病負荷を確認することができる。

世界では職業性リスク要因による死亡数は1990年の114万から2019年の122万へとあまり変化がないが、職業性発がん物質による死亡が1.6倍以上、職業性粒子状物質・ガス・ヒュームによる死亡が1.2倍弱増加しているのに対して、職業性喘息原因物質、職業性傷害による死亡は減少している。

他方、日本では職業性リスク要因による死亡数は1990年の17,666から2019年の29,138へと1.6倍強に増加し、職業性発がん物質による死亡の増加が2.7倍強、職業性粒子状物質・ガス・ヒュームによる死亡が1.8倍弱と、増加が著しい。

職業性リスク要因による死亡全体に対する職業性発がん物質の割合は、世界では1990年の18.6%から2019年の28.7%へと1.5倍に増加。日本では1990年の48.0%から2017年の80.0%へと1.7倍に増加と、割合自体も増加率も大きい。日本は欧米等と同じ傾向のようである。

表2

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表2に職業性発がん物質による死亡数の全体像を示した。発がん物質別では13物質-ヒ素、アスベスト、ベンゼン、ベリリウム、カドミウム、クロム、ディーゼルエンジン排ガス、ホルムアルデヒド、ニッケル、多環式芳香族炭化水素(PAH)、シリカ、硫酸、トリクロロエチレンへの職業曝露による死亡数が推計されている。以上の職業性発がん物質ばく露による死亡数が推計されている原因疾病は9で、喉頭がん、気管・気管支・肺のがん、鼻咽頭がん、卵巣がん、腎臓がん、中皮腫、白血病の7つのがんのほか、がんではない珪肺と石綿肺も含まれている。

一方、職業性粒子状物質・ガス・ヒュームについては、炭鉱夫肺、その他のじん肺、慢性閉塞性肺疾患による死亡が推計され、職業性喘息原因物質については喘息による死亡のみが推計されている。(後掲の表4)どちらもこれらの小分類よりも下位の細分類はなされていない。なお、職業性傷害による死亡原因傷病の区分は「傷害」であって、さらに下位の細分類が設定されているが、今回は細分類についてのデータは示していない。

傷害以外について、15の職業リスク要因(13の職業性発がん物質と職業性粒子状物質・ガス・ヒューム、職業性喘息原因物質)と13の死亡原因疾病(がん9とその他4)との対応関係は、以下のとおりである。

● 死亡原因疾病別9

① 気管支・気管・肺のがん(9物質)-ヒ素、アスベスト、ベリリウム、カドミウム、クロム、ディーゼルエンジン排ガス、ニッケル、多環式芳香族炭化水素(PAH)、シリカ
② 喉頭がん(2物質)-アスベスト、硫酸
③ 鼻咽頭がん(1物質)-ホルムアルデヒド
④ 卵巣がん(1物質)-アスベスト
⑤ 腎臓がん(1物質)-トリクロロエチレン
⑥ 中皮腫(1物質)-アスベスト
⑦ 白血病(2物質)-ホルムアルデヒド、ベンゼン
⑧ 珪肺(1物質)-シリカ
⑨ 石綿肺(1物質)-アスベスト
⑩ 炭鉱夫肺(1要因)-職業性粒子状物質・ガス・ヒューム
⑪ その他のじん肺(1要因)-職業性粒子状物質・ガス・ヒューム
⑫ 慢性閉塞性肺疾患(1要因)-職業性粒子状物質・ガス・ヒューム
⑬ 喘息(1要因)-職業性喘息原因物質

● 発がん物質別

① ヒ素(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
② アスベスト(5疾病)-気管支・気管・肺のがん、中皮腫、卵巣がん、喉頭がん、石綿肺
③ ベンゼン(1疾病)-白血病
④ ベリリウム(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑤ カドミウム(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑥ クロム(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑦ ディーゼルエンジン排ガス-気管支・気管・肺のがん(1疾病)
⑧ ホルムアルデヒド(2疾病)-鼻咽頭がん、白血病
⑨ ニッケル(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑩ 多環式芳香族炭化水素(PAH)-気管支・気管・肺のがん(1疾病)
⑪ シリカ(1疾病)-気管支・気管・肺のがん、珪肺
⑫ 硫酸(1疾病)-喉頭がん
⑬ トリクロロエチレン(1疾病)-腎臓がん
⑭ 職業性粒子状物質・ガス・ヒューム(3疾病)-炭鉱夫肺、その他のじん肺、慢性閉塞性肺疾患
⑮ 職業性喘息原因物質(1疾病)-喘息

これらのデータを表2の下部分表5の上部分に示す。

表3

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表4

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表5

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悪性新生物による総死亡数は、世界では1990年の576万から2019年の1,008万へと1.8倍に増加。日本でも1990年の24万から2019年の44万へと1.8倍に増加している。この間に職業性発がん物質による死亡数は、世界では1.6倍の増加だが、日本では2.7倍と一層大きく増加している。13の職業性発がん物質による死亡数の悪性新生物による総死亡数に対する割合は、世界では3.4%から3.3%へとほぼ変わらないが、日本では3.3%から5.1%へ増加している(表2下)。職業がんの全がんに対する割合8%(男性で6~12%、女性で3~7%)という推計数字(https://www.etui.org/about-etui/news/work-related-cancers-costs-between-270-and-610-billion-a-year-in-the-eu-28)よりもかなり低いが、これは推計対象とする発がん物質及びがんの数の違いによるところが大きい。

気管・気管支・肺のがんによる総死亡数に占める職業リスクによる死亡数の割合は、世界では1990年の15.9%から2019年の14.2%とやや減少(死亡数では1.6倍に増加)しているのに対して、日本では1990年の16.6%から23.8%へと1.4倍に増加(死亡数では2.9倍に増加)している。これは、アスベストによるものが圧倒的に多く、アスベストへの職業曝露による死亡数の総死亡数に対する割合が、世界では1990年の11.5%から2019年の9.7%とやはりやや減少しているのに対して、日本では1990年の12.6%から21.3%へと1.7倍に増加している。なお、たばこによる肺がん死亡のほうが職業リスクによるものよりも多く、大気汚染等の他の環境リスクによるものもかなりあり、肺がんは何らかのリスク要因によるものが全死亡数の8割以上を占めている。
職業性発がん物質による総死亡数に対してもアスベストによる死亡数が占める割合が圧倒的で、世界では1990年の66.5%から2019年の66.7%へと変わっていないものの、日本では1990年の70.2%から2019年の86.9%へと1.2倍に増加している(表3上)。

アスベストへの職業曝露による死亡としては、気管支・気管・肺のがん、中皮腫、卵巣がん、喉頭がん、石綿肺の5疾病による死亡数が推計されているわけだが、本誌が示してきたように、中皮腫及び石綿肺についてはすべてが何らかの形態のアスベスト曝露によるものと考えることができよう。

中皮腫については、総死亡数に占めるアスベストへの職業曝露による死亡数の割合が90%以上になっている。残りは、職業曝露外の形態のアスベスト曝露による死亡数と考えることもできるが、GBDではアスベストへの環境曝露等の負荷は考慮されていないので、過大に評価しないほうがよいだろう。

すべてのじん肺-石綿肺、珪肺、炭鉱夫肺、その他のじん肺-については、全死亡数が職業曝露によるものというかたちになっている(表4)。

職業性粒子状物質・ガス・ヒュームによる慢性閉塞性肺疾患死亡が絶対数の大きさだけでなく、総死亡数に対する割合が世界で15%以上、日本でも10%占めていることにも注目したい(表4)。日本では、じん肺の労災認定で、業務起因性を否定するための除外診断の対象として話題にされることが多いが、慢性閉塞性肺疾患の業務起因性についての正面からの議論が必要になっていると考える。

表6

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一方、障害調整生命年(DALYs)では、全原因によるDALYsは(単位:千、以下同じ)(表6上)、世界では1990年259万から2019年254万へとやや減少。日本では1990年30,819から2017年35,696へと2割弱増加している。

これらのうち全リスク要因によるものが、2019年世界で121万、総DALYsの約5割。すべてのリスク要因を取り除くことができれば、総DALYsを5割減らすことができるということである。日本では2019年13,561で、総DALYsの4割弱である。

総DALYsに対する職業リスクによるDALYsの割合は、世界では1990年2.4%から2019年2.6%へとやや増加、反対に日本では1990年4.4%から2019年3.1%へと減少している。

これらの数字を死亡数でみた場合と比較すると、世界ではあまり変わらないが(2.4%/2.2%)、日本(4.4%/3.1%)ではDALYsでみた場合のほうが大きな割合を占めている。

職業リスクの内訳で見ると(表6下)、死亡数では0だった職業性人間工学要因及び職業性騒音によるDALYsが示されるだけではなく、各リスク要因の重みも死亡数で見た場合とは異なってくる。

世界では、①職業性傷害によるDALYsがもっとも多く、②職業性人間工学要因、③職業性粒子状物質・ガス・ヒューム、④職業性発がん物質、⑤職業性騒音、⑥職業性喘息原因物質、の順である。

このうち、職業性傷害は大きく減少し、職業性喘息原因物質も減少しているものの、それ以外は増加している。職業リスク全体に対する職業性発がん物質の割合は、1990年8.2%から2019年11.6%へと増加している。

日本では、1990年には、①職業性傷害、②職業性人間工学要因、③職業性発がん物質、④職業性騒音、⑤職業性粒子状物質・ガス・ヒューム、⑥職業性喘息原因物質の順だったが、2019年には、①職業性発がん物質、②職業性人間工学要因、③職業性傷害、④職業性騒音、⑤職業性粒子状物質・ガス・ヒューム、⑤職業性喘息原因物質の順に変わっている。

職業性傷害だけでなく職業性喘息原因物質も大きく減少し、職業性人間工学要因も減少しているものの、職業性発がん物質が大きく増加し、職業性騒音と職業性粒子状物質・ガス・ヒュームも増加している。職業リスク全体に対する職業性発がん物質の割合は、1990年12.6%から2019年30.9%に大きく増加している。

表7

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死亡数でみたリスク要因と疾病との対応関係に加えて、DALYsでは、職業性人間工学要因による腰痛及び職業性騒音による年齢関連その他の難聴が現われてくる(表7)。

腰痛によるDALYsに職業性人間工学要因が占める割合は、ともに経年的に減少してはいるものの、世界で1990年27.2%から2019年24.0%へ、日本で1990年19.3%から2019年16.4%へと、かなり大きいものである。

筋骨格系障害で、腰痛以外に、職業性人間工学要因によるDALYsが推計されている疾病はない。

年齢関連その他の難聴によるDALYsに職業性騒音が占める割合も、世界で1990年17.9%から2019年17.4%へ、日本で1990年11.5%から2019年7.9%へと、かなり大きい。日本では減少傾向がみられるものの、世界ではあまり変わっていない。

慢性閉塞性肺疾患、喘息、傷害によるDALYsに職業リスク要因が占める割合は、死亡数でみた場合よりも大きな割合を占めている。

悪性新生物では逆に、職業リスク要因が占める割合は死亡数でみた場合のほうが、DALYsでみた場合よりも大きな割合を占めている。悪性新生物の内訳別、また、職業性発がん物質の内訳別のDALYsについては、表中に示さなかった。

障害調整生命年(DALYs)はまだなじみがないかもしれないが、「疾病負荷を総合的に示す指標で、疾病や障害による早死だけでなく、健康的な生活の損失の程度を勘案したもの。具体的には、損失生存年数(疾病により失う命の年数)と障害生存年数(障害を抱えて過ごす年数,障害の程度によって重み付けされる)の和によって表わされる」等と説明されている。とりわけ非致死性疾病による疾病負荷を検討するにあたっては、死亡数や有病率、発症率等だけに頼るわけにはいかない。

安全センター情報2021年6月号

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