特集/職業リスクによる世界疾病負荷(GBD)-推計方法の実例②職業性発がん物質による疾病負荷
選択された発がん性物質への職業曝露によって生じた2016年におけるがんの世界及び地域負荷:2016年世界疾病負荷研究のための系統的分析
GBD2016職業性発がん物質協力研究者
2020年5月 労働環境医学誌
図表・補足資料は省略
https://oem.bmj.com/content/77/3/151
目次
主要メッセージ
この課題についてすでに知られてることは何か?
▶職業性発がん因子は、国及び世界レベルで重大な疾病負荷を引き起こすことが示されてきた。世界レベルでのこの問題の最新の分析は2000年についてのものだった-本論文は2016年についての新しい分析を提供する。
新たな知見は何か?
▶本研究には、過去のほとんどの疾病負荷報告と比較して、より多くの要因-結果の組み合わせが含まれている。
▶結果は、職業がん負荷に関して、アスベスト、ディーゼルエンジン排ガス、受動喫煙[注:GBD
2016では受動喫煙がリスク要因に含められていた]及びシリカの重要な役割を際立たせている。
▶過去25年の間に、とりわけ高齢化、曝露労働者の割合の変化及び人口の増加によって、いくつかの曝露については率を増加させたものの他ではそうではないが、職業がんの負荷は著しく増加した。
これは近い将来に政策または臨床実践にどのような影響を与える可能性があるか?
▶本研究の結果は、発がん因子、とりわけアスベストへの職業曝露の世界負荷を減少させるための緊急の介入の必要性を強調している。
抄録
目的:本研究は、2016年世界疾病負荷研究の職業性発がん因子によるがんの世界及び地域負荷の詳細な分析を提供する。
方法:文献による過去の人口曝露罹患率及び相対リスクに基づく、人口寄与割合を用いて、14の国際がん研究機関のグループ1職業性発がん因子によるがん負荷を推計した。結果を起因死亡数及び障害調整生命年(DALYs)の計算に用いた。
結果:2016年に、対象となった職業性発がん因子への曝露により推計349,000の死亡(95%信頼区間269,000~427,000)と720万のDALYs(580万~860万)-全がん死亡の3.9%(3.2%~4.6%)と全がんDALYsの3.4%(2.7%~4.0%)があり、死亡の79%は男性で、88%は年齢55~79歳だった。肺がんが死亡の86%を占め、中皮腫が7.9%、喉頭がんが2.1%だった。アスベストが職業性発がん因子による最大の死亡数の原因であり(63%)、他の重要なリスク要因は受動喫煙(14%)、シリカ(14%)及びディーゼルエンジン排ガス(5%)だった。最大の死亡率は高所得地域においてであり、主にアスベスト関連がんによるものであるのに対して、他の地域では、受動喫煙、シリカ及びディーゼルエンジン排ガスによる死亡が相対的に優勢だった。1996年から2016年に、職業性発がん因子への曝露による死亡(-10%)及びDALYs(-15%)について率の減少があった。
結論:労働関連発がん因子は、世界規模で大きな疾病負荷に責任がある。結果は予防及び管理介入のためのガイダンスを与えている。
はじめに
職業性発がん因子は、国及び世界レベルで重大な疾病負荷を引き起こすことが示されてきた。WHOの比較リスク評価(CRA)プロジェクト(2000年)は、職業曝露から生じるがんの負荷の特質と程度の包括的な世界推計を生み出そうとする最初の試みだった。2000年に約15万の死亡が、11の発がん因子(3つの結果としてのがん-肺がん、中皮腫及び白血病)への過去の職業曝露によるものと推計された。
2010年に焦点を置いて、保健指標評価研究所により実施される一連の世界疾病負荷(GBD)研究が開始され、その作業は国及び世界レベルで何回か更新されてきた。本論文の目的は、2016年についての最新の包括的分析を用いて、GBD研究の職業性発がん因子成分についての方法及び結果をより詳細に記述することである。14の職業性発がん因子と8つの結果としてのがんを含むこの分析は、GBD2010以前の同様の世界推計には含まれていなかった、多くのリスク要因-がんの組み合わせを対象にしている。付随する[2つの]論文は、本研究に含まれるすべての職業リスク要因の概観を提供するとともに[本論文]、非感染性職業気中曝露により生じる慢性呼吸器疾患に関する情報を詳述している。
方法
一般的なGBDの方法
GBD2016のなかで用いられた一般的な方法は、職業リスク要因に対しては全体的アプローチとして、別のところで説明されている。ここでは、その方法を簡単に要約するとともに、職業がん分析に関するより詳細な情報を提供する。
曝露が理論的最小リスク曝露レベル(TMREL)であれば生じなかったであろう死亡または障害調整生命年(DALYs)の割合である人口寄与割合を用いて、発がん因子-結果の各ペアについての職業病の負荷を推計し、これをその後死亡またはDALYsの寄与数の推計に用いた。人口寄与割合(PAF)は、関係する曝露による疾病の相対リスクと対象とする曝露人口の割合に関する情報を必要とする。(年齢及び性別によって直接標準化された)人口一人当たりの率は年齢15歳以上の人に基づく。結果は、1990年から2016年のすべての年について計算されているが、2016年の結果が本論文の焦点である。社会人口統計指標(SDI)は、合計特殊出生率(TFR)、年齢15歳以上の者についての平均教育及び人口一人当たりラグ分配所得[過去10年間で平滑化された一人当たり国内総生産]に基づく開発状況の複合指標である。地域別、SDI別及び世界の結果はここで報告する。国別の情報はGBD比較データベースで入手できる。雇用データは国際労働機関(ILO)労働力調査により、必要な場合には地方データ源及びモデリングによって補足した。
選択基準
われわれは、すべての関連する職業曝露状況のある国際がん研究機関(IARC)グループ1(「ヒトに対して発がん性」)発がん因子(2014年時点)、非自明症例数、曝露レベルと曝露者の割合と入手可能な曝露データ、及び(IARCの評価に基づき)因果関係の十分な疫学的証拠のある当該諸因子に関係のあるすべてのがん部位を含めた。
14の職場発がん因子への曝露を含め、8つのがん原発部位-乳(受動喫煙(SHS:タバコ喫煙による))、腎臓(トリクロロエチレン)、気管・気管支・肺(「肺」)(ヒ素、アスベスト、ベリリウム、カドミウム、四価クロム、ディーゼルエンジン排ガス、SHS、ニッケル、多環式芳香族炭化水素(PAHs)、シリカ)、咽頭(アスベスト、無機強酸ミスト)、中皮腫(アスベスト)、白血病(ベンゼン、ホルムアルデヒド)及び卵巣(アスベスト)と結び付けた。SHSと乳がん(GBDのすべてのSHS負荷推計でひとつの組み合わせとして含まれる)を除いて、包含のための曝露-がんの組み合わせの選択はIARCモノグラフ1~106の情報に基づいた。
曝露
曝露情報は、1990~1993年の西欧諸国における様々な発がん因子への曝露の業種別合計罹患率の点推定を提供する、CAREX(発がん因子曝露)データベースに基づいた。われわれは、こうした状況はここで検討した期間に変化しなかったものと仮定した。CAREXは、性別、年齢または非西欧諸国別に分けられた推定を提供しておらず、それゆえ所与の業種について、これらすべての要因に対して同じ割合を用いた(オンライン補足表S1)。これらの割合は、高所得諸国(オーストラシア、高所得北アメリカ、確認された関連研究から、西ヨーロッパ及び高所得アジア太平洋地域の諸国)、低・中所得(LMI)所得諸国(他のすべての国)における曝露の普及に関する情報に基づいて「高」曝露と「低」曝露に区分した。この情報に基づいて、「高」対「低」のCAREX有曝露率は、高所得諸国において10:90、LMI諸国において50:50と仮定した。これは、オンライン補足文書でより詳しく検討している。
リスク曝露期間中にかつて曝露した年齢別の数を推定するにあたって、がんの潜伏期間及びもはや産業で雇用されていないがなおリスクのある労働者について斟酌した。これを行うために、がんの潜伏期間によって定義されたリスク曝露期間(固形がんについて10-15年(1966-2006年)、造血がんについて0-20年(1996-2016年))に基づいた職業的離職推計(OTs)、年間労働者離職推計及び通常平均余命を開発して、元の有曝露率に適用した。2016年について、固形がん(長い潜伏期間)及び造血がん(短い潜伏期間)について、男性と女性で別の推計を与えた。地域別のOTsを推計するために、(各地域の代表国に基づいた)別の生命表を用いた。年齢の過程と地域の平均余命が、最終曝露人口の年齢分布を決定した。これは、オンライン補足文書の付録1及び2でより詳しく説明している。
アスベスト曝露
かつてアスベストに曝露した割合を推計するために、悪性中皮腫の率をアスベスト曝露のマーカーとして使用する、アスベスト影響率(AIR)アプローチ(別のところで説明されている喫煙影響率に似たもの)を用いた。
AIRは、アスベストに高度に暴露する仮想人口における過剰死亡によって区分された人口において観察された中皮腫による過剰死亡として定義され、人口のアスベスト曝露レベルの測定値を与える。われわれはその後、(有曝露率の推定としての)AIRと相対リスクを用いて、アスベストに関連する各原因についてのPAF(人口寄与割合)を推計した。公式には、AIRは以下のように定義される。
国-性別グループの各々について
CLC=研究対象人口における中皮腫死亡率
NLC=非アスベスト曝露人口における中皮腫死亡率
CLC=大量アスベスト曝露人口における中皮腫死亡率
GBD2016のために、国別、年齢別及び性別の中皮腫についての死亡率、CLCを、死亡原因モデル別に生み出した。アスベスト消費に対する中皮腫率をモデル化したLinらによるモデルを用いて、中皮腫のバックグラウンド死亡率、NLCを推計した。諸係数をとりまく不確実性を用いてわれわれは、ある国でアスベスト消費がなかった場合の中皮腫による死亡率の1,000ののドローを生み出した。バックグラウンド死亡率の平均値は、男性と女性百万人当たり各0.73と0.47であった。われわれは、Goodmanと同僚によるメタアナリシスから、アスベスト労働者のうち高度に曝露した者についての死亡率、Cを入手した。われわれは、メタアナリシスの中のフォローした人-年及び中皮腫事例数の両方を報告しているすべての研究を使い、それらの研究に含められた全員の死亡率を見出した。高度に曝露した者についての中皮腫死亡率は、百万人当たり226と推計された。AIRは、アスベストへの職業曝露による肺、卵巣及び喉頭がんの推計に用いた、有曝露率を計算するのに用いた。当該人口における全体的中皮腫死亡率(CLC)と比較した、当該人口における過剰中皮腫死亡率(CLC-NLC)を用いて、当該人口における中皮腫の職業的原因についてカスタムPAFsを計算した。
相対リスク
相対リスク推計は、主として、出版されたメタアナリシスまたはプールドスタディ、もしくは、それらが存在しない場合には重要な単一の研究から入手した。単一の研究を用いた場合、選択された研究は、GBD研究で想定されたものにもっとも合致するものと評価された曝露状況についてのもっとも質の高い研究とした。分析に用いられた相対リスクは、ソースデータ人口と世界/国の人口の間の曝露の期間と強度の類似性を想定した、平均的「高」曝露状況及び「低」曝露状況に可能な限り合致するものとして選択した。ほとんどの曝露について、適切な低曝露相対リスクは、文献では確認できず、そうした場合には1に設定された。ひとつを除く曝露-結果の組み合わせについて、男性と女性またすべての年齢集団について、同じ相対リスク推計を用いた。アスベストへの曝露から生じる肺がんについては、(オンライン補足文書で説明しているように)累積曝露の推計に基づいて、男性と女性で別の相対リスクを計算した。アスベスト以外の曝露については、年齢80歳以上については、相対リスクは1.0に設定された。各発がん因子別分析についてのTEMRELは、バックグラウンドを超える曝露なしであった。
人口寄与割合
アスベストを除くすべての発がん因子についてのPAFs(人口寄与割合)は、Levin[の研究]に基づいた方程式を用いて、各年齢-性-国集団について計算した。
P(x)は、関連人口におけるレベルxで曝露した者の割合であり、RR(x)は、レベルxの曝露に対応する相対リスクである。アスベスト関連がんについては、P(x)をAIRで置き換える、上述したやり方を用いた。
とくに断りのない限り、本論文で示したPAFsは死亡に基づいている。
モデル化と不確実性の計算
分析に用いた全般的な方法論的アプローチ及びモデル化、並びに95%不確実性区間(95%UI)の計算及び使用は、別のところで説明されているとおりである。
結果
死亡
2016年に、評価された職業性発がん物質への曝露に起因する349,000がん死亡(95%UI 282,000-414,000)があったと推計された。死亡は主として高年齢で生じており、88%は年齢55歳以上の人々で起きた。男性は女性と比較して4倍死亡率が高く、率は年齢が増えるとともに著しく増加した。
死亡の最大の割合の原因となったのはアスベスト(219,000死亡、2.7%)、SHS(49,200、14.1%)、シリカ(48,000、13.8%)及びディーゼルエンジン排ガス(17,500、5.0%)だった。
もっとも多いがん部位は肺(300,000、8.0%、主としてアスベストと強い無機酸ミストによる)と喉頭がん(7,200、21%、アスベストと強い無機酸ミストによる)だった。
死亡の大きな数が西ヨーロッパ(92,400、26.5%)、東アジア(80,300、23.0%)、及び高所得北アメリカ(5,200、1.1%)地域で生じた。人口一人当たり死亡率がもっとも高かったのは西ヨーロッパ、オーストラシア、高所得北アメリカ及び高所得アジア太平洋(とりわけ高SDI地域で、大幅にアスベスト関連がんによる)においてであり、もっとも率が低かったのは西、中央・東サブサハラ・アフリカでであった(低SDI五分位の部分)。
DALYs
2016年に、職業性発がん物質への曝露による約720万DALYs(95%UI 580-860万)があり、(早すぎる死による)生命損失年に主としてもたらされたDALYsであった。DALYsについての結果は定性的に死亡についての結果と同様であり-(DALYsについては、ピークが死亡についての場合よりもわずかに若い年齢であったものの)77%は男性の疾病によって生じ、率は男性ではるかに高く、高年齢の者ほど率が増加した。アスベスト、SHSとシリカががもっとも多いリスク要因、肺がんと中皮腫がもっとも多い引き起こされたがん、東アジアと西ヨーロッパがもっともDALYs数が多い地域であった。率がもっとも高かった地域はとりわけ高SDI地域-西ヨーロッパ、オーストラシアと高所得北アメリカ、率がもっとも低かったのはここでも西、中央・東サブサハラ・アフリカでであった。
アスベスト
アスベストは負荷に関して主要な発がん物質であった。アスベスト使用が最近普及し、いまもなお続いている多くのLMI地域とは対照的に、アスベスト使用の異なるパターンが、アスベスト使用が30年から40年前にピークに達した高所得地域におけるアスベスト関連がんの重要性に反映している。アスベスト関連がんは、その他の全地域の平均が全職業がん死亡の48%なのに対して、4つの高所得地域では78%から88%、南サブサハラ・アフリカでは8%に責任があった。こうした差は、死亡を人口一人当たりで調べるとさらに明白であり、高所得諸国ははるかに大きなアスベスト関連がん率があり、オーストラシアと西ヨーロッパでは率が残りの地域の平均率の約10倍であった)。LMI諸国では、SHS、シリカとディーゼルエンジン排ガスによる死亡が、アスベスト関連死亡よりも、結果的により重要であった。同様のパターンがDALYsについてもみられた。
人口寄与割合
職業性発がん物質についての全体的PAFは、死亡について3.9%(DALYsについて3.4%)だった。これは男性(5.3%)で女性(2.0%)でよりも高かった。PAFは年齢75-79歳まで、年齢とともに増加した。もっとも高いPAFは中皮腫(91%)、肺がん(18%)及び喉頭がん(.5%)についてであった(表2)。全体的PAFは地域間で著しく多様で、低い西ヨーロッパの0.7%や東サブサハラ・アフリカから、高いオーストラシアの8.9%や西ヨーロッパの8.0%にまでわたった。
経時的変化
2016年には、1990年と比較して、57%多い死亡と46%多いDALYsがあった。死亡(-10%)及びDALYs(-15%)について率の減少があった。変化は地域にまたがって大幅に異なり、同じ期間に、いくつかの地域(高所得アジア太平洋、南アジアと東アジア)では死亡率が増加し、他の地域(東ヨーロッパ、中央アジアとアンデス・ラテンアメリカ)では30~40%減少した。
すべてに近い発がんリスク要因によって生じた起因する死亡とDALYsで、経時的な増加があった。関連する率は、いくつかのリスク要因については増加し(クロム、ディーゼルエンジン排ガスとPAHsにについて約30%)、いくつかについては減少し(強い無機酸ミストについて18%とアスベストについて14%)、その他については小さな変化しか示さなかった。(数がきわめて少ないことから腎臓がんを除いて)個々のがんの主要部位に関しては、喉頭がんについての33%から中皮腫についての82%にまで及ぶ、死亡の減少があった。個々のがんについての率は、ゆるやかに減少するか(喉頭がんについて24%)、または小さな変化しか示さなかった。
討論
この分析は、発がん物質への職業曝露が世界中にまたがって死亡と障害の重要な原因であることを示した。2016年に、こうした曝露により、349,000死亡と720万DALYsがあったと推計された。すべての地域で著しい数の死亡とDALYsがあったが、相対負荷は地域と年齢をまたがり、また、性別によって、多様であった。本研究とその意味合いに関する主要な考察をここに示す。こうした問題は、オンライン補足付録3でより詳しく検討されている。
リスク要因
死亡について責任のある主要なリスク要因はアスベスト、SHSとシリカであった。全体として14の異なる職業性発がん物質が本分析に含められた。数か国における最近の研究は、多くのそのような曝露が高所得諸国で残っていることを示唆している。LMI諸国における曝露に関する情報は限られているものの、そこでのそのような曝露は一般的に相対的にうまく管理されておらず、自動化された施設が少ないためにおそらくよりいきわたっているだろうと予測することは合理的である。
アスベストの遺産は分析から明らかであり、毎年アスベスト関連がんによる219,000死亡と推計されている(これは石綿肺による死亡を含まないことに留意)。高所得諸国では、過去30年間に、アスベストへの曝露を最小化するための大きな努力があった。残念ながら、アスベストへの曝露を完全に止めたとしても、アスベスト関連がんによる死亡は今後40年から50年続くと予測されるだろう。高所得諸国ではアスベスト管理が大きく改善されてきたとはいえ、いまだに多くの曝露の事例があり、不注意であったり、一見して不十分な労働安全衛生慣行によってであったりすることもある。さらに懸念されるのは、主として曝露管理が非常に貧弱なことが多いLMI諸国におけるアスベストの継続使用である。南アジアや東アジアのような地域は、最近数十年間にアスベストの使用量を増加させ、様々な職業環境においていまなお使用し続けている。これは、それら諸国の大きな労働人口とともに、これらの地域における中皮腫(潜伏期間の非常に長いがん)などのアスベスト関連がんによる確認された死亡が、今後数十年間にはるかに多くの死亡数になると予測することのできる前兆であることを意味している。いくつかの高所得国においてさえ中皮腫発症率はまだピークに達していないか(イングランド)、または最近ようやくピークに達しただけのようである(オーストラリア、カナダ、イタリア、スロベニア)。
他の研究との比較
(半数のがん死亡を推計した)CRA2000研究における少ない推定と他の世界的または国内的研究における絶対的に高いまたは同等の推計が、とりわけ含められたリスク要因と結果、リスクにさらされる人口を推計するアプローチやアスベストへの曝露の有曝露率を推計するアプローチに関する、方法論の違いから生じており、それらのすべてが、以前の研究と比較して現在の研究では改善されるべきであると考えられた。
方法論の検討事項と限界
研究全体に関連する方法論の諸問題は、職業リスク要因の概要に関する論文で詳しく検討されている。発がん性物質の分析に関連する主要な側面には、例えば(皮膚がんに関連する)紫外線曝露や溶接ヒュームなど、IARCグループ2A曝露(「ヒトに対しておそらく発がん性」)はもちろん、いくつかの関連するIARCグループ1曝露や、含められた曝露との因果関係の疫学的証拠が(IARCによる判断として)限定的ながん(死亡数に関してもっとも重要な除外は関連する結果としての乳がんと交替労働及び皮膚がんを引き起こす太陽光の紫外線成分への職業曝露であろう)の除外、職業性発がん物質の認識不足の可能性、潜伏期間に関する仮定、回転及びリスクにさらされる期間、有曝露率推定についてのCAREXデータベースの信頼性、アスベスト曝露による肺がんについての相対リスクの推計に用いられた方法、用いられた相対リスク推計とそれが適用された曝露状況との間のミスマッチの可能性、(プログラミングのエラーによる)非アスベストがん推計からの80歳以上の人々の除外、中皮腫発症の過小評価の疑いと背景発生を超える全中皮腫が職業性アスベスト曝露の産物であるとする仮定による過大評価、及び複数のリスク要因に曝露する人々における職業リスク要因と他のリスク要因との相互作用の可能性を明確に考慮していないことが含まれていた。2017年までのIARCモノグラフをレビューした最近の論文で確認された47の職業性発がん物質のうち、本分析に含められたのは14だった。残りは、2014年以降に分類された(例えば溶接)、適切な曝露データの不足(例えば47のうち9を占める電離放射線)、おそらく症例数が不十分(例えばベンジジン)、不十分な曝露レベル及び/または曝露者の割合(例えばビス(クロロエチル)エーテル)のために、除外された。
データの意味合い
ここに示された結果は、使用を禁止した諸国で継続している過去の曝露の遺産や、それを使用し続けている諸国が将来同じ問題に直面するであろう可能性を踏まえれば、アスベストへの職業曝露を根絶することの重要性を強調するのに役立つ。それらはまた、すべての国と関連する国際機関に対して、発がん物質への職業曝露の根絶・管理のために取り組む必要性を強調しているが、LMI諸国では、時には高所得諸国で過去数十年間に経験した高曝露のオーダーでは、それは不十分である。適切なアプローチには、関連する法律の採用・実施、職業性発がん物質管理のための国際的・地域的枠組みのさらなる開発、国レベルにおける曝露・結果データの収集・報告の強化、及び一次予防の重要性の強調が含まれる。
結論
労働関連発がん性物質は世界規模で大きな疾病負荷に責任がある。いくつかの曝露は大きな負荷をもたらし、総負荷は、人口一人当たりベースではいくつかの曝露について減少したものの、過去20年間に悪化した。現在の負荷は主として過去数十年間の曝露を反映しているが、多くのそのような曝露が現在の職場でも継続している確かな証拠が存在している。結果は、明らかに必要な予防・管理イニシアティブのためのガイダンスを提供している。
安全センター情報2021年6月号
特集/職業リスクによる世界疾病負荷(GBD)-日本の肺がん死亡の24%が職業リスクに起因するもの-世界疾病負荷(GBD2019)推計データ
特集/職業リスクによる世界疾病負荷(GBD)-推計方法の実例 ①職業リスクに起因する中国の疾病負荷
特集/職業リスクによる世界疾病負荷(GBD)-推計方法の実例②職業性発がん物質による疾病負荷(この記事)
特集/職業リスクによる世界疾病負荷(GBD)-WHO/ILO傷病の労働関連負荷:系統的レビュー/期待されるGBD推計への成果の反映
進化・発展する世界疾病負荷(GBD)推計ー進化・発展中のGBD推計、傷病・リスク別では変動も:世界疾病負荷(GBD2015~2019)推計データ
進化・発展する世界疾病負荷(GBD)推計ー長時間労働への曝露は世界で最大の職業リスク/日本の死亡・DALYs数は世界第10位