三星化学工業職業性膀胱がん損害賠償裁判結審。5月11日判決へ/職業性膀胱がん労災認定訴訟の動きなど・職業がんをなくそう通信29(2021.4.7)

2021年4月7日
職業がんをなくす患者と家族の会https://ocupcanc.grupo.jp/

三星化学工業職業性膀胱がん損害賠償裁判結審
次回5月11日13時半 判決 福井地裁第 1 法廷

3 月 16 日早朝大阪を立ち 12 時から小雨降る中福井駅前宣伝をすると何人かから頑張っての声をいただきました。開廷前に団体署名の追加を福井地裁に提出し(合計 560 団体)15時 30 分より福井地裁 1 号法廷にて第 10 回口頭弁論が開かれ原告 4 名弁護士 3 名原告側傍聴 6 名被告側傍聴 3 名(会社メンバー)弁護士 2名記者 6 名が傍聴する中、結審を迎えました。

原告最終準備書面中にこれまでオルトトルイジンによる膀胱がん発症者をまとめた部分で全国 13 件のうち福井工場が 11 件を占めるとしましたが公表されているものは 10 件で 1件は公開されていない旨を説明したところ被告弁護士より発生件数は争わない(事実である)と返答がありました。

またオルトトルイジンの許容濃度はあくまでも気中濃度であり皮膚吸収のリスクがある化学物質には別途(皮)と記されており皮膚接触により全身への健康影響に及ぶことがあると注釈されているにもかかわらず、被告最終準備書面で「許容濃度は経皮吸収を前提に提案されている」「経皮吸収リスクが特に高いとの記載はない」などとおかしな主張をしていたため、原告側弁護士が誤りを指摘したところ全く反論できませんでした。会社は経皮吸収を前提に設定された許容濃度を守っていたのであるから非はないとでも言いたいようですが、オルトトルイジンについては気中濃度を守っていても直接皮膚接触すれば危険であることくらい化学会社なら常識でわかります。まして暑いからといって作業者に半袖 Tシャツ作業をさせていたり、様々な曝露に適切な対応をせず結果的に 11 件もの職業性膀胱がん患者を発生させた被告であるならば、許容濃度の定義や経皮吸収リスクを正確に認識していなければなりません。ことここに至っても的外れな言い訳ばかりで深い反省を感じることはできませんでした。

被災者救済と再発防止には企業責任の明確化と命の重みに見合う補償が必要

最終準備書面の原告らの思いを掲載します。

(中略)

日本において1件を除きすべてのオルト-トルイジン労災の原因企業であれば、過去の対応を厳しく反省するとともに、被災者に対する真摯な対応により救済制度を設けるのが誠実な企業姿勢というものであろう。しかるに、被告はあくまで労働安全衛生体制の不備の責任を争っているだけでなく、本件裁判においては責任問題同様に企業秘密と主張する有機溶剤情報の公開防止(閲覧制限)に力を注ぐという対応を重ねてきた。そこに本件での和解を困難にする被告の企業体質の問題がある。

原告らは被告の企業責任を明確にし実効的な救済が可能となる判決を望むものである。被告の責任を明らかにする判決があって初めて原告のみならず訴訟に参加しなかった他の被災者にも救済が及ぶ。また発がんの再発といった困難な課題を解決する制度作りの契機にもなる。そして明らかとなった責任をもとに命や健康の重みに見合う補償が行われる場合に初めて被告に化学企業としての再発防止体制を構築する真のインセンティブが生まれるのである。原告関係者一同、公正な判決を心より望むものである。(原告最終準備書面の最後部分より抜粋)

AOSSA での報告集会には原告団、支援者、新聞記者が参加しこれまでの裁判の解説とまとめがされ、地元支援者から溶媒の取り扱いに関する質問が出されました。

職業性膀胱がん労災認定訴訟の動き

4 月 2 日東京地裁にて F さんの労災認定訴訟進行協議がありました。支援者 2 名が集まり1名が傍聴しました。今後傍聴希望者は 1 週間前に連絡することとなりました。

他に原因がないことの主張は今後医師の意見書を提出したい旨が確認され、中国現地工場等での発がん事例調査や労働者・患者の証言等がまとまる目途を聞かれました。コロナ禍においては本当に厳しい状況です。次回 5 月 14 日pm4:30 より進行協議となりました。

F さんの労災認定を支援する会結成

4 月 6 日 14 時より働くもののいのちと健康を守る東京センター(東京都豊島区南大塚 2-33-10東京労働会館 1F)に労災認定闘争で闘っている Fさんの支援者が集まり(Web 会議参加者含む)、職業性膀胱がん患者 F さんの労災認定を支援する会が結成されました。結成宣言および規約、世話人等の確認がされ会の代表には田中康博さん(三星化学工業職業性膀胱がん事件原告団長)が選出されています。世話人会や規約などの詳細については次号でお伝えしたいと思います。

支援する会は今後会員拡大や広報活動に尽力していきますが、職業がん問題を啓発する映画作りについても提案され、前向きに検討していくことが確認されています。サムスン電子半導体工場での化学物質被害と裁判闘争を描いた韓国映画「もうひとつの約束」ほどの大作は難しいでしょうが日本における化学物質管理の杜撰さや職業がん労災認定の非常に困難な状況を記録に残し伝えていくことは大変重要なことだと思います。

職業性膀胱がん患者 Fさんの労災認定を支援する会結成宣言

大手アパレル会社に勤める F さんは、2007 年 9 月から 2012 年 1 月までの 4 年 4 か月中国江蘇省蘇州市の縫製工場に勤務し、新製品開発や製品の生産品質管理に従事していました。日本でスパッツ等の製品に異臭がするというクレームが発生したため異臭のする製品を出荷しないよう上司より指示があり、洗浄不足等を確認するため縫製前の生地、出来上がった製品等量産反物の臭気を嗅いで異臭がないかを確認し出荷していました。また吸収速乾の新製
品の開発では染工場にも出向き異臭の確認作業をしていました。

この確認作業を行うと手や鼻に染料が付着して、洗浄しても完全に除去することはできず長期間染料への曝露があり、さらに縫製工場や染工場は染料で汚れた環境であったため長期間間接曝露がありました。

非衛生的な労働環境下で就労し 2012 年帰国しますが、2015 年より排尿時に血尿があり膀胱がんと診断され腫瘍の摘出手術を受けました。F さんに喫煙歴はなく42歳という若年での膀胱がん発症は非常に稀であるため、主治医が職歴を尋ねたところ縫製生地の品質検査業務中にアゾ染料が手や鼻に付着し特定芳香族アミンへの曝露による職業がんの疑いがあることがわかりました。これを受けて F さんは 2015 年 11 月労災申請をしましたが、2017 年 7 月に不支給決定となり 2018 年 8 月審査請求で棄却され、さらに2019年 9月再審査請求が棄却されました。

アゾ染料に由来する特定芳香族アミンによる膀胱発がんリスクは、1999 年オランダの国立公衆衛生研究所が許容できないものとの見解を示し、2002 年にEU、2003 年に中国、2010 年に韓国、2016 年に日本で、特定芳香族アミンを骨格に持つアゾ色素の繊維製品への使用等が禁止される動きになっています。ところが使用が禁止された後も中国やインドなどの製品を検査すると特定芳香族アミンが検出されており、A さんが就労していた当時も「CI 酸性」というベンジジンを骨格にもつ染料が使用されていたことを確認しています。

F さんは喫煙歴もなく特定芳香族アミンへの業務上曝露が強く疑われ、かつ職業上の発がん物質への曝露以外に膀胱発がんの原因が見つからないのですから、その発がん原因は職業要因即ち労働災害であると考えるのがごく自然な考え方です。ところが、決定では過去の海外での曝露に十分な証拠がないと請求を棄却しており、これは被災者救済という立場を外れ、被災者に対して過度の立証責任を負わせていると言わざるを得ません。

F さんはこれまで 3 回腫瘍の摘出手術を行い今後の治療の心配もする中で行政訴訟を進めていかなければなりません。私たちは F さんの労災認定を勝ち取るため、調査活動や広報活動、カンパ活動を通して F さんを強く支援していくことを決意しここに労災認定を支援する会の結成を宣言します。

2021 年 4 月 6 日

職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会中間とりまとめについて

職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会は 2019 年 9 月に始まり本年 3 月第12 回まで開催されましたが、昨年 12 月第 11回検討会を経て本年 1 月 18 日中間とりまとめを発表しています(全 13 ページ)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/000721771.pdf

1.検討会の趣旨

国内で輸入製造しようされている化学物質は数万種に上り危険有害性が不明な物質が少なくない中、化学物質による労働災害(遅発性を除く)は年間 450件程度で推移し規制対象外物質による労働災害も頻発しており、OT や MOCAによる膀胱がん事案、有機粉じんによる肺疾患など職業性疾病も後を絶たないと国内の状況に触れています。イギリスの疫学調査を参考にすれば、遅発性を除く化学物質被害は年間数十万件、職業がん死亡は年間 2 万人にもなりますから、もう少しインパクトのある数字を提示して欲しいです。

続いて、化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)により危険有害性のある化学物質はラベル表示や SDS交付が国際ルールとなっており、欧州では REACH 規制により一定以上の化学物質の輸入製造については全ての化学物質が届け出対象となり製造量・用途・有害性などのリスクに基づく管理が行われていることを紹介しています。

こうした状況を踏まえ、化学物質による労働災害を防ぐため学識経験者労使関係者による検討会を開催し今後の職場における化学物質等の管理のあり方について検討することとしたと冒頭述べています。

位置づけに関しては提示された数値は小さいものの重要性が理解できます。

2.これまでにまとまった検討結果

(1)職場における化学物質管理を巡る現状認識

労働災害の発生状況を見ると、化学物質による休業 4日以上労働災害のうち特化則等の規制対象外物質を原因とするものは約 8 割を占め、特化則等規制対象になると別の危険有害性がわからない代替物質を使用し労災に至っていると問題点を指摘しています。勿論これは特定の化学物質のみを指定することにも原因がありますが現状認識としては正しいと思います。

特化則等による作業環境測定の実施が義務付けられている事業場で直ちに改善が必要とされる第三管理区分の割合が増加傾向にありリスクアセスメントの実施率は H29 調査で 53%実施しない理由「人材がいない」55%、「方法がわからない」35%と管理が好転していないことや人材と教育が不足していることがわかります。中小企業においては企業規模が小さいほど法令遵守状況が悪く有害作業、GHS、SDS に対する労働者の理解も低いと述べられています。

欧州米国は GHS 分類で危険有害性のある全ての物質がラベル表示と SDS 交付の義務があり欧州は特化則のように物質ごとに具体的措置を定める規制をせず危険有害性のある全ての化学物質のリスクアセスメントが義務であり流通規制がされていること、米国は個別規制やリスクアセスメントの義務はないがインダストリアルハイジニスト(労働安全衛生の専門家)の判断が重視されていることを紹介しています。

(2)化学物質規制体系の見直し

現状認識を踏まえ、有害性の高い物質に規制を行う仕組みを改め、国は曝露濃度等の管理基準を定め、危険有害情報の伝達の仕組みを整備し、事業者はその情報に基づいて自らリスクアセスメントを行い曝露防止措置を自ら実行する仕組み「自律的な管理」に見直すのが適当と提起されています。これは現状の仕組みとかなり離れた仕組みの提起で企業側には自主的管理を適切に実施していくだけの資源や人材が求められ労働者にも相応の教育が必要になります。日本における中小企業の実態や労働者側が圧倒的に弱い現状は「自律できていない未管理」状態になっているのでギャップを埋めるつよい施策や仕組みが必要だと感じました。

現在安衛法に基づくラベル表示や SDS 交付義務がある化学物質は 674物質しかありませんがGHS 分類を元に危険有害性区分のある対象物質まで大幅に広げ使用サイドでリスクアセスメントを実施していく方向性については良いとは思います。問題は化学物質の適切な管理についての必要性を理解している経営者や実務に関する専門家、労働者があまりに少なすぎる点であり、国は人材育成や教育など仕組み作りに責任を持つべきだと思います。

職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会中間とりまとめについて②

国は危険有害情報を収集し、GHS 分類とその更新を継続的に行い危険有害情報の区分がある全ての物質をラベル表示・SDS 交付義務対象としリスクアセスメント及び結果に基づく措置の実施を義務化するとしています。これにより表示交付義務対象物質は大幅に拡大しますが優先順位としては、

①発がん性物質 IARC グループ 1→2A→2B、その他有害性の区分が高いもの
②これまでに労働災害を発生させた化学物質
③日本国内の輸入生産量が多い化学物質
④蒸気圧が高い等曝露リスクが高い化学物質

としました。

労働者が吸入しうる有害物質の濃度を管理するため、次の a~d 優先順位で事業者が曝露防止手段を講じるものとし

a 危険有害情報があるより有害性の低い物質への変更
b 製造取り扱い設備の密閉化、局所排気装置の設置など工学的対策
c 作業手順の改善、立ち入り禁止措置、作業時間の短縮等曝露機会の低減
d 有害性に応じた有効な保護具の選択と使用、管理の徹底

をあげており、これは現在も作業環境管理、作業管理の原則にも謳われています。また、曝露限界値*(仮称)の提案がされました。

*許容濃度・管理濃度は環境濃度であるが、保護具などを装着し労働者個人が吸入するであろう曝露の限界値のこと。(リスクアセスメント時に設定した保護具の性能が吸収管の破過等で落ちると労働者曝露が増えてしまうので管理が難しいのではないかと思います)

OT で問題になった皮膚吸収等による健康障害を引き起こす物質を密閉系でなく取り扱う場合は接触しない手順を採用し適切な保護具の使用を義務付けたり、保護具の選定にあたり必要な情報を国が製造メーカー保護具メーカー研究機関等の協力を得て調査研究し情報を公表共有するとしています。

労災が多発し管理使用が困難な物質や作業は製造使用の禁止、製造使用の許可、特定作業の禁止又は許可、曝露防止手段を指定等をすることとしています。

特化則有機則等個別規制が既にあるものは引き続き適用しますが、インダストリアルハイジニストや衛生工学管理者その他化学物質管理に関する高い専門性を有する人材が管理体制に関与したり一定期間当該物質による労働災害を発生させていないなどの条件に労働局長等が適用除外を認定するとしています。これは管理水準に差が出ないかと心配になります。

自律的管理の状況(リスクアセスメント実施結果、労働者の曝露状況、保護具の選択使用状況等)を労使で共有し調査審議することも示されました。50 人未満の事業場においては作業者に実施状況を共有し意見を聞きそれらは一定期間保存するとしています。

ラベル表示・SDS交付の社会への浸透では行政・業界・労働組合が協力して広めるとし違反事業者に対しては対象製品名を公表するとし罰則には触れていません。

危険物や特化則取り扱い設備のメンテナンス等で外部委託する場合 SDS交付義務がありますが GHS分類済み危険有害物まで拡大するとしています。

ラベル等に関する教育強化では労働者の雇い入れ教育作業前教育に追加し、また学校教育への導入についての検討も示されました。労働安全衛生教育を学校教育段階から行うのは海外では事例がありますが日本は今後の課題です。リスクアセスメントに労働者を参画させなければならないとも示されました。

今後の検討課題としては、専門人材の確保・育成、特化則に係る課題として曝露リスクに応じた健康診断の実施頻度の見直し(管理区分が低いところは特殊健康診断の頻度を減らしたい)と管理濃度以下にするのが困難な場合の対応(保護具等を用いて作業者曝露を下げることで可とできないか)、遅発性疾病(職業がんなど)の把握方法、ワーキンググループにおける検討事項(GHS 分類の進め方、曝露限界値の設定方法、危険有害情報の収集のあり方)があげられています。特化則に係る課題についてはこれまで不適切な管理をしてきた企業をたくさん見てきましたから慎重に検討すべき課題だと思います。