私たちに必要な『もう一つの約束』【ハンギョレ新聞客員論説委員・ハ・ジョンガンのコラム】 韓国の労災・安全衛生
映画『もう一つの約束』は、サムソンの半導体工場で働いて、白血病に罹って亡くなった労働者、ファン・ユミさんの実話を基にして作られた。映画を見ている間、観客の視点は娘のファン・ユミさんからお父さんのファン・サンギさんに自然に移される。この映画は、職業病で亡くなった『娘』に関する話というよりも、娘をそんなにして失った『父親』の生き方に関する話だ。
機転に富んだ話術で有名な俳優・パク・チョルミンさんがファン・サンギさんの役になって熱演したが、実際のファン・サンギさんも、集会や会議ではパク・チョルミンさんに劣らず周囲の人に笑いを与える人だ。何日か前の放送のインタビューで、漫画家のチュ・ホミンさんが、「映画『もう一つの約束』をどのように見られましたか?」と尋ねた時、ファン・サンギさんは「眼で見ました」と答えて笑いを誘った。
ファン・サンギさんが初めてイ・ジョンラン労務士を訪ねて行った頃には、長時間話しても、顔に笑いなどはほとんどなかったというのに、どうして変ることができたのだろうか? その理由をファン・サンギさんはこのように説明した。
「その時は、会社に対する憎しみと口惜しさがぎっしりと詰まっている時でした。そうなると、私の方がとうてい生きていられない状況になってしまいます。あまり苦しくて、私の方が死にそうで、私が生きていられないようで、私がサムソンに負けるのと同じなのです。そして時間が経って、『サムソンに勝とうとせずに、ずっとからかってやろうという気持ちでいよう。』そんな風に考え方を変えました。その時から、人と会っても笑うことができましたよ。」
そのような思いでなかったとすれば、娘の白血病が産業災害と認められるようになる成果は挙げられなかっただろう。2014年8月21日、ソウル高等法院は、サムソン電子器興工場の半導体生産ラインで働いて白血病で亡くなったファン・ユミ、イ・スギョンさんについて、職業病であることを認めた。勤労福祉公団は期日内に上告状を提出せず、判決が最終的に確定した。我が国の産業災害の歴史に一線を画す重要な事件についての、法律的な判断が終結したのである。先週、ファン・サンギさんと会って、「メディアから多くの連絡が来たでしょう?」と尋ねた。驚いたことに「特に連絡はなかった」と言った。このように重要な判決に関して、なぜメディアは関心を示さないのだろうか?
私たちの社会で職業病が認められることは滅多にない。『立証責任』を労働者に科しているためだ。労働者が自分の病気を職業病と認められようとすれば、有害要因に曝露した事業場で働いてきたという『職業歴』を立証しなければならず、各種の症状が職業病の教科書的な病状に当たるということを『臨床的』に立証しなければならず、各種の検査で職業病と認定されるだけの結果が出たということを『病理的』に立証しなければならず、その間働いてきた作業場の有害要因が、職業病を起こす程に高いレベルであったということを『疫学的』に立証しなければならず、更に、これらすべてを、同時に満足させなければならない。現代医学でも糾明されない職業病が多い現実の中では、ほとんど不可能なことだ。今回の事件でも、裁判所は残りの三人に対しては、因果関係が不足しているとして敗訴の判決を行った。
今回の判決は、私たちの社会が職業病の立証責任を緩和する方向に旋回する貴重な契機にならなければならない。他の国ではこの問題をどのように解決しているのだろうか? 先ず立証の責任を大幅に緩和し、『個人的な疾病』という明白な証拠がない限り産業災害と認定することから始めなければならない。我が国の裁判所でも珍しく「職業病ではないということを会社が立証できなかったため、産業災害に該当する」という内容の先進的な判決が出たこともあるが、上級審で破棄された。
ファン・サンギさんは、自分が運転するタクシーの後部座席で娘の死を迎えた。娘・ユミの目を閉じてやり、『どんなことがあっても、お前の死の真実を明らかにする』と約束し、今は自分の子供だけでなく、他のすべての労働者の健康権のために闘うことで、娘との約束を守っている。「私たちの子供は死んだが、残る子供たちだけでも安全な国で暮らせるように」と闘っている世越号の犠牲者の家族が自然に思い出される。彼らの傍の私たちも、最後まで共にするという『もう一つの約束』が必要な時だ。
2014年10月7日