畳職人の腱鞘炎を労災認定-製造枚数だけではわからない過重性-第2種特別加入者の場合●東京

記事:首都圏建設産業ユニオン目黒支部元書記 佐藤ヒサ
お問合せ:東京労働安全衛生センター

右手首が痛くて仕事ができない

首都圏建設ユニオンのAさんは、高校を卒業した年に家業の畳職を継ぎました。それ以来かれこれ30年、1人親方として畳業に従事してきました。昨年の12月にAさんから、「右の手首が痛くて仕事ができない。労災の手続きをしたいのだが…」、と組合に電話がありました。

Aさんは、以前から自宅近くの医院で腱鞘炎の治療を受けながら仕事を続けてきました。昨年の秋、痛みに耐えきれなくなって、かかり付けの医師から紹介された病院を受診しました。そこでの診断は、「腱鞘炎がひどく、手術が必要な状態」ということでした。またその時、「仕事上からきている職業病だ」ということで労災の手続を勧められました。

●業務上の申請にあたって

業務上認定のハードルが高い現状と、Aさんの場合、1人で請負仕事をする一人親方ということで、認定への成算は必ずしも楽観できるものではありませんでした。聞き取りや資料請求等の煩わしさだけが残る結果となってはAさんの組合への信頼が損なわれることも心配でした。

しかし、こうした危惧を払拭して請求することに踏み出したのは、①Aさんの認定を勝ち取ることが第1の目的であることを押さえつつ、②一つひとつ事例を積み上げていくことが結果として運動の前進につながるという確信と、③実践の中で得る感触が実務者には貴重な学習材料となり、今後の取り組みに活かされる等に思いが到ったからでした。

●認定までの流れ

(1)療養補償請求用紙(5号用紙)を作成

Aさんの話をもとに、療養請求用紙(以下5号用紙と略)を作成し病院経由で監督署に提出しました。

(2)「請求人申し立て事項」を作成

後日、監督署の担当官から、「聞き取りのため本人に来署を要請したいが、忙しいと言って応じてくれない。文章でやりとりすることにした」との電話が組合に入りました。数日後、本人から申し立て用紙が送られてきましたので、本人の書き込みをもとに作成し、作業量の確認できる資料(帳簿・伝票類の写)と一緒に提出しました。

(3)補足資料の作成

生の資料だけで実情が理解してもらえるかどうか不安だったので、補足の資料を作って提出しました。(※)

(4)業務上「認定」を確認

5号用紙作成から4か月近くたった4月3日、Aさんの腱鞘炎が業務上疾病に認定されたことを確認しました。

●業務上の認定基準

平成9年改訂の「認定基準」では、①上肢等に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間従事した後に発症するものであること、②発症前に過重な業務に就労したこと、③過重な業務への就労と発症までの経過が医学上妥
当なものと認められることの全てを満たすことが認定の要件だとしています。

Aさんは、①の相当期間従事と③医学上妥当はクリアできると思われましたが、②の発症前の過重性に不安がありましたので、ここをどう説明するかに腐心しました。

認定基準でいう「発症前」は、上肢作業で1週間くらいとされています。Aさんの場合、1週間前の畳製造枚数は、他の時期に比べ圧倒的に多かったとは言えませんでした。少なくとも、畳職の場合、製造した畳の枚数だけで仕事量を推し量るわけにはいきません。①畳の搬出、搬入の立地(畳を担いで移動する距離や勾配、階段かエレベーターか、家具の移動の有無や多少など)によっても身体への負荷は違います。②仕事量の流れを年間でみると、人の動きのある3~4月が一番の繁忙期で、梅雨時から夏場は少なく、9~10月に2番目の山が来ます。Aさんは、3~4月の繁忙期に酷使して、それが回復しないうちに第2の繁忙期に入ったために症状が悪化してしまいました。認定に当っては、こうした諸要素も斜酌するよう訴えました。

●さいごに

「業務の質と量が過重であったこと」が職業病認定の条件のひとつとされています。同種の労働者一般と比べて過重であることを求める相当因果関係説が現在労災行政の主流だといわれます。個々の労働者のいのちと健康を
守る労災補償の使命から言えば、「当該労働者」にとって「その業務」が過重であったかどうかの判断が求められているはずです。弱い・強いなど、個体差は多様で
す。相当因果関係説では身体的強健な人しか救われません。幸いAさんの場合、それなりに柔軟な判断がなされたと思います。

労災補償の使命に沿う制度の確立に向け、今後とも一つひとつの事例を積み重ねていくことが求められていると言えるのではないでしょうか。

申請を終えて…佐藤さんの付記

(1)Aさんは第2種特別加入者です。第1種特別加入者の場
合は、一般労働者との比較で業務の過重性が判断出来ますが、常態として人を使わない第2種の場合、比較する対象がありません。担当官は同業者との比較も考えたそうですが、事業体が違うところでの比較には無理があり、安易にはできないので、今回は「難しい、特殊なケースで大変悩んだ」とのことでした。

(2)第2種の場合、所定労働時間の定めがなく時間外労働の概念がありません。その意味で労働時間からは業務の過重が測れないため、「作業量」で手の負担を推し量ることとなりました。その結果、Aさんの「作業量の流れと症状経過が一致」することが認められました。

(3)業務量の流れという面で、必ずしも「発症」直前に業務が集中していたわけではありませんでした。ここをどう解釈し、説明するかに一番腐心しました。

①畳職の場合は、単純に製造した畳の枚数で仕事量を測ることはできない。経過の中で触れたような諸要素を斜酌する必要があります。
②仕事の流れとしては、人の動きのある3、4月が一番多い。梅雨時から、夏は少なく、9、10月に二番めの山がくる。Aさんの場合には3、4月の繁忙期に酷使したものが回復しきらないうちに第2の繁忙期に入ってしまい症状が悪化しました。

この2点を中心に主張し、おおむね考慮してもらえたと思います。

(4)平成9年2月に上肢作業の業務上外認定基準が改正されました。上肢作業の場合は、発症前、一週間の作業量が判断基準とされていましたが、「それ以前」の期間も対象とされることになりました。腱鞘炎の場合、ほぼ6か月が判断の対象とされ、今回は1月から10月までの資料の提出が求められました。
「原因となる期間」が長くとらえられるようになったことが認定に大きく作用したと思います。

(5)「ちょっと甘かったかもしれません」…。私たちのこれからの動向を警戒したのか、監督官はしっかり「クギ」を指すことを忘れませんでした。

安全センター情報2001年8月号