パン工場で手根管症候群、労災認定。労基署の調査姿勢に問題/愛媛

パン製造工場労働者のTさんが労災申請していた手根管症候群に対し、2003年4月21日、新居浜労働基準監督署は業務上認定の決定を行った。

Tさんは、パンをオーブンで焼く作業に従事し、工場で1人、1日2,000個程度を焼いていた。Tさんの作業は、左手で鉄板を持ち、右手で棒を持って鉄のトレイを引出し、焼きあがったパンをラックに入れる作業である。以前はベテラン7人で全体の作業を行っていたが、3人が退職し、仕事量はさらに増えた。毎朝3時に起きて、今治市から新居浜市まで自家用車で通い、帰宅すれば夕方の6時になる。残業手当は1時間のみで、後はサービス残業。2週間休みのない時もある。月に260時間から280時間の労働だ。

Tさんは48歳の働きざかりだ爪2002年の1月頃より左手の小指以外、全ての指にしびれと痛みが続き、筋肉が目に見えて衰えてきた。4月に今治N整形外科医院で受診、さらに今治市のS病院で手根管症候群と診断され、7月には松山市のN病院で手術を受けた。

「仕事が原因で病気になったのだから労災に違いない」、Tさんの妻は、夫に労災申請を勧め、11月に自力で申請手続を行った。しかし、受け付けた労基署では、「認定は難しいですよ」と冷たく言われ、不安な日々が続いていった。不安な夫に妻は、「諦めないで!最後まで頑張ろうよ」と励まし続けた。そして、松山市の連合に相談し、金属機械労働組合JAMより、愛媛労働安全衛生センターに話がまわってきた。

センターでは、直ちに状況を調査し、労基署交渉を開始したところ、すでに今治市のN整形外科医院と松山市のN病院の医師から意見書を得ているが、「どちらも発症理由は不明」であり、「専門医」の意見を聞いて最終判断するとのことであった。
センターでは、「すぐ専門医の意見を提出するから、それで判断してもらいたい」と労基署による一方的な判断を行わないよう要請し、広島大学医学部臨床教授の宇土博氏に診察と意見書の提出を依頼した。

宇土博氏は、運動工学の専門家として、労働内容を検証し、実際に使っていた鉄製のトレイを使って手にかかる力学的負荷を実験し測定した。その結果、左母指にかかる負荷は5.78kgから9.36kgと推定され、明らかに過大であることが証明された。

また、1日の取り扱い回数を計算すると225枚×5回となり、毎日6.5トンから10.53トンの重量負荷が、母指から手首にかかると推定された。一方、繰り返しつまみ作業で手根管症候群の発症因子となるつまみ力基準値は3,6kgであり、これを大きく超えていることも指摘し、つまみ力や振動覚、神経伝導速度などの検査結果からも異常があることを指摘して、業務による手根管症候群であることを結論づけた。

だがしかし、新居浜労基署は、Tさんが学生時代にロックバンドのドラム演奏を行っていること、整形外科などでの病歴で過去に手根管症候群の病名が付いていることなどを理由に、認定をしぶり、宇土氏以外の「専門医」の意見を求めるに至った。

また、Tさんの調査では、妻の調査まで行い、二人を別々の部屋で同時に聞き取り調査し、おまけに二人の付き合った経緯まで質問するなど、通常では考えられない一面があった(なお、この件に付いては、センターの抗議に対し、直ちに謝罪、行き過ぎを認めた)。
本年4月15日、センターでは、化学物質過敏症で申請しているAさん(認定一次号で報告予定)と手根管症候群のTさんの件に関し、早期認定を求め署長交渉を実施したが、署長は「調査はすでに終了しており、署の考えもできている」としつつも、「労働局の意見も聞いて結論を出す」として、結果を明らかにすることはしなかった。

センターでは、何が問題なのかを聞いたところ、「ドラム演奏が問題だ」と答えたため、すでに宇土氏より回答書も提出してあり、楽器店に出向いてプロのドラマーでさえ手根管症候群の事例が無いことを調査しており、また、ドラム演奏は年に1回程度の催し物に参加する程度で、しかも1週間に1日くらいの練習であり、もしこれを理由に認定しないのなら言いがかりとしか言えないことを強調した。そして、最後に強く認定を要請し、いきなり不支給決定を行なうことのないことを確認して、労基署交渉を終えた。

センターでは交渉を通じ、きわめて事態が重大な局面を迎えていると判断し、万一の場合の対応の検討に入っていたが、交渉の6日後、新居浜労基署はTさんに対し、認定の旨を連絡センターもこれを確認した。

記事/問合せ:愛媛労働安全衛生センター

安全センター情報2003年6月号