多発する手根管症候群、推定有病者数が約70万人●アメリカ

1992年7月号で大阪のそば屋勤務の女性労働者に発症した手根管症候群が労災認定された事例を紹介した。

1992年12月25日に愛知県動労会館で行われた日本産業衛生学会頸肩腕障害(第32回)・腰痛(第37回)合同研究会において、名古屋大学医学部公衆衛生学教室の宮尾克先生が「アメリカで流行する手根管症候群の調査結果」について報告されていたので紹介する。

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アメリカで手根管症候群という手と手首の障害が1986年以降増大している。このほどアメリカの国民健康面接調査の結果から、その流行ぶりが明らかになった。

手根管は手首にあり、ここがむくんだりすると、正中神経が圧迫されて親指から薬指までがしびれ.手根管症候群と呼ばれる。夜眠っている時に、突然手指の痛みで目覚めて、これが発症することが多い。しびれを伴った痛みで指に力が入りにくく、はれぼったい感じがある。進行すると手掌の筋肉や母指球の委縮、筋力低下がみられるようになる。

手を酷使する仕事や、閉経期以後の女性に多い。日本では今のところ職業性に大きな問題になったことはない。

アメリカでは、食肉業界の解体作業者から問題となった。ブロイラー(鶏)の加工や牛肉などである。やがて、自動車組立作業者にも激増するようになった。デトロイトの日系自動車会社では従業員の20%がこの病気で欠勤するという事態まで発展した。また電気組立工場でも多いという。アメリカもまったく手をこまねているわけではなく、ある日系自動車会社は.手根管症候群の疑いがある作業者がいたら、工程の人間工学的改善や職種変更などただちに手を打つようにして、今年になってほぼ予防しきれるようになったという。日本の経済的な追い上げの影響もあり、アメリカでは生産性向上運勤が80年代半ばに強くなった。たとえばある大規模なブロイラー加工工場では、経営者の交替に伴い、1ライン当たり処理鶏数を2倍にスピードアップし、それ以後、手根管症候群が多発したという。

また、マスコミで手根管症候群が報道され.「眠っていた」患者が起き出したとも言われている。さらに、米国労働安全衛生管理局(OSHA)が手根管症候群の発生を隠していたり、過少報告した製靴業界に85年に400万ドルの巨額罰金の支払を通告したこと(アメリカでは労災を報告すると、おとがめが少ないが、隠していたとなったら大変な罰を食らうので、わが国とは逆のようである)から、報告渦れの内部告発などを使用者が恐れて、しっかり報告するようになり、それらが全体として手根管症候群の発症の急上昇につながったと考えられている。

米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)では.手根管症候群の予防を検討している。提案された予防対策はかなり具体的なものである。いくつか列挙すると、

  • 部品を入れる箱は肘より低くするか、作業者の方へ傾けて取り出しやすいように、手首を曲げずにすむようにする。
  • 部品の箱は深いと手首に負担がかかるので、浅くして縁がとがってないようにする。
  • 作業台の縁は鋭利ではよくない。手首を圧迫しないように、柔らかいパッドを当てる。
  • 作業台は作業者の方へ傾斜させて、手首の曲げを減らす。
  • 工具の握りを大きくして、握るときの圧力が手のひら全体にかかるようにする。

同研究所では、予防対策を樹立するために、1988年の大規模な国民健康面接調査(NHIS)のときに手根管症候群の追加調査を行った。92年4月に日系研究所のシロー・タナ力氏(田中史郎医師・京都大字医学部卒)が、公衆衛生サービス専門家協会の年次総会で「アメリカ合衆国において自己申告された手根管症候群(CTS)の推定有病率」という報告を行っている。発表された抄録によると次のとおり。

合衆国の成人で「これまでに就労したことのある」1億7,000万人のうち、1.55%(265万人)が.本調査までの最近12か月間に手根管症候群を経験した、と自己申告した。「最近就労者」(最近12か月間に1日でも労働に就いていた者)は1億2,700万人であったが、そのうち1.47%(187万人)が手根管症候群を自己申告し、他方で、最近i年間全く就労していなかったへ300万人のうちL78%(77万人)が手根管症候群を冑己申告した。
最近12か月間に何らかの手の不快感を経験した「最近既労者」は2,700万人であったが、そのうち5.9%が手根管症候群を自己申告した。他方で、手に不快感を感じなかった「最近就労者」は1億人で、そのうち0.26%が手根管症候群を自己申告した。

「最近12か月間に合計20日以上かもしくは継続する7日以上、手に不快感を感じたことがあり、しかもその原因が全く負傷によらないもの」という、手の不快感のより明確な定義を行って、その有無を間うと、「最近就労者」では1,164万人が、その定義の不快感を有していたとしており、そのうちの9.5%(111万人)が手根管症候群を自己申告した。他方で、その定義の日数には達しないが、手の不快感を有していた者のうちの3%が手根管症候群を自己申告した。定義された手の不快感を有し、かっ手根管症候群を自己申告した群のうち、60.9%(68万人)が、医療従事者からその症状は手根管症候群であると診断を告げられたと回答した。

この最後の数字あたりが全米の手根管症候群の有病数の実態に近いのではないかと考えている。

安全センター情報1993年3月号