心膜中皮腫に日本で初めての労災認定、鉄工所でのけがき(罫書き)作業で石筆(タルク)常用が石綿ばく露原因。認定基準改定へ/大阪
大阪・港区の鉄工所で
悪性心膜中皮腫が、アスベスト曝露による業務上疾病として日本で認められた、初めての事例を報告する。
被災者は、大阪市淀川区在住だったYさん(2000年3月3日死亡、享年53歳)で、同市港区の勝栄鋼材(株)で約20年(以前に働いていた鉄工所も含めると約30年)、鉄工所内作業に従事していた。石筆をサンドペーパーで削り先端を鋭くして、鉄板に線を引き切断位置をしるす作業(罫書き作業)があったが、石筆に使用されたタルク(滑石)に含まれるアスベストを吸入したことが原因と考えられた。
関西労働者安全センターが協力して、ご遺族が2000年12月に、大阪西労働基準監督署に労災申請を行い、2002年11月21日付けで労災認定された。
Yさんが勤務していた勝栄鋼材
受診から4ヶ月で
被災者は、「煙草は30歳代にやめ、健康オタクで潔癖症」(娘さんの話)だったが、しばらく前から体調の不調を訴えていたため、娘さんたちは受診を勧めていた。息がぜいぜいするとか、階段をのぼるのもしんどいという状態を、本人も尋常ではないと感じたようで、2000年3月3日、淀川キリスト教病院を受診。
即日入院となり、検査の結果、心膜中皮腫と診断され、予後が悪いことも知らされる。非常にめずらしい病気だということは、病院から「プロジェクトを組んで」治療に当たっていると聞かされたことなどでもわかったが、学生のような者を5、6名連れて回診するようなこともあり、モルモットにされているようでいやだから、やめてほしいと頼んだこともあったという。
医師から、アスベスト曝露の有無について尋ねられたが、被災者本人は、「仕事が好きで復職の希望もあり、仕事と結びつけて考えたくないようだった」。隣家の増築工事の際に、断熱材のほこりが飛んできて吸ったかもしれないなどということを話したようだ。
たまった水(胸水)を抜いた後、4月15日に一時退院、しかし5月31日に再入院したまま、7月10日に帰らぬ人となった。享年53歳。受診からわずか4か月という早い死だった。
病院や会社からは、労災申請についての説明もアドバイスも一切なかった。
娘さんが、インターネットで「中皮腫」等についての情報を検索して、アスベストについて考える会(静岡、http:〃www。ag.wakwak.com/”hepafil/)のホームページを知り、相談。関西労働者安全センターを紹介された。
アスベスト混入タルクばく露起因を疑う
同センターでは、長年鉄工所で働ぎ悪性胸膜中皮腫で死亡した西宮市の男性の労災申請を支援し、同年3月に、尼崎労働基準監督署により労災認定されていた。
この事件では、どこでアスベストに曝露したのかが問題となったが、被災者は「現寸工」と呼ばれる仕事をしており、かつては墨壺に白い粉を水とアラビアゴムで溶いて塗料として用い、鉄板上に白い線を描いていたこと、この白い粉がタルクである可能性が高いことが判明した。また、鉄板に直線を引く場合には、タルク原石でできた石筆を使い、石筆をとがらすためにグラインダーを使うので、その粉じんを吸入する機会があったこともわかった。こうしたことから、業務上のアスベスト曝露による悪性中皮腫と認定されたものであった(安全センター情報2000年6月号参照)。
今回のケースもまったく同様のアスベスト曝露が考えられること等を、娘さんと同センター・スタッフが、病院や会社に説明、説得して、労災申請にたどりついたものである。
現行(当時)の「石綿曝露ばく露作業従事労働者に発生した疾病の業務上外の認定基準」(昭和53年10月23日付け基発第584号)は、「心膜の中皮腫等胸膜若しくは腹膜以外の部位に生じた中皮腫…については、…本省にりん伺すること」と指示している。本件もこれによって、厚生労働本省にりん伺され、本省レベルで専門家等の意見も聴いたうえで、今回の業務上認定となったものと考えられる。
2002年10月29日に厚生労働省は、「石綿ばく露労働者に発生した疾病の認定基準に関する検討会」を参集し、現在作業が進められているところであるが、この動きの契機となったのが、本件の事例である。
同検討会の「開催要領」は次のように述べている。
「これまで労災請求・認定事例がなく、認定基準に認定要件を定めていなかった心膜原発性の中皮腫(以下「心膜中皮腫」という。)について、今般、初めて業務上として認定したところであり、また、心膜中皮腫に係る労災請求については、今後も請求される可能性があることから、業務上外の労災認定を迅速・的確に行うため、心膜中皮腫を含めた認定要件を定めて認定基準を示す必要がある。さらに、認定基準に認定要件が示されていない他の疾病に係る労災請求も散見されているところである。
このため、心膜中皮腫を含めた中皮腫に係る認定要件について検討を行うとともに、認定要件が示されていない石綿関連疾患の具体的取扱いについて検討を行うために、…(本)…検討会を開催するものである」。
なお、「今般、初めて業務上として認定した」とされており、本省レベルでは昨年10月の時点ですでに判断済みであったようだが、実際の決定は、未支給の休業補償についてが2002年11月、遺族補償等は2003年4月になってからだった。
本検討会は、「平成15年6月を目途に一定の結論を得る」こととされているが、5月19日に第5回会合が行われるところで、第1回会合以外は「個別症例を取り扱うため非公開」とされているため、検討や進行の状況についてはわからない。
石綿対策全国連絡会議では、昨年(2002年)12月3日に、「『石綿ばく露労働者に発生した疾病の認定基準』見直しに係る要請」を提出しており(2002年12月号参照)、このなかで示した要望が速やかに実現されるよう、あらためて希望したい。
アスベスト吸引で発症
日本経済新聞 2003年5月27日
心膜のがん 初の労災認定
石綿(アスベスト)吸引で発症するがんの一種の悪性中皮腫のうち、心臓を包む膜にできる「心膜中皮腫」で死亡した人の労災が初めて認められていたことが二十六日、分かった。
厚生労働省などによると、労災が認められたのは2000年7月に死亡した鉄工所勤務の大阪市の男性(当時53)。同年12月に遺族が大阪西労働基準監督署に譜求、昨年11月に決定した。
石綿吸引による中皮腫の労災認定については現在、胸膜と腹膜のみが基準に含まれている。
今回、初めて心膜中皮腫についての労災請求があったのを受け、同省は昨年十月に碁準の見直しの検討を開始。今年6月にも心膜も追加する見通しになっている。
なお、本事案は、<事例4>石筆使用によって石綿曝露を受けたと考えられる心膜中皮腫、として、「増補新装版 石綿曝露とアスベスト関連疾患」(三信図書)299頁に症例紹介されている。
記事/問合せ:関西労働者安全センター
安全センター情報2003年6月号