建設・左官アスベスト肺がん労災認定/胸膜プラーク無しで不支給が、死亡後解剖で石綿小体基準超え自庁取消し・兵庫
目次
概要と解説
本件は、建設業の40年の左官工の原発肺がんを労災申請し、石綿ばく露作業従事期間が10年以上を認めながら、「胸膜プラーク」が認められないとして不支給とされていたところ、再審査中に死亡、病理解剖によって石綿小体計測で認定基準の5000本の3倍以上の石綿小体数が計測されたことから、原処分庁が自ら不支給処分を取消し(自庁取消し)、労災認定したものである。請求人が読影を依頼した専門医は「胸膜プラーク」ありとしていたが、労災局医などが胸膜プラークなしとしたために、認定するべき事案が認定されないという事態に陥りかけたのだが、病理解剖が実施できたことで被災者が救われることになった。病理解剖が実施できる例はまれであり、胸膜プラーク所見の有無について厚生労働省側の判定が厳しすぎるために不支給とされることがあることを示した教訓的な事案であった。このようなことが起こらないための認定基準の見直しや病理解剖に重要性を認識することが必要であると請求人と支援団体は訴えている。
(参考記事)
肺がん療養中の労災不支給通知
事のはじまりは2013年12月に実施した石綿健康被害ホットラインでの相談だった。肺がんで療養中のOさん(69歳)から「労災申請したのですが、不支給決定の通知が届いたので、これからどうすればよいのか」との相談だった。
さっそく自宅を訪問し、被災者Oさんとご家族からこれまでの経過や職歴、居住歴などについて聞き取りを行った。
Oさんは、約40年のキャリアを持つ左官一筋の職人で、在職中は石綿含有の資材とセメント等を拡販するなどの作業において石綿粉じんを吸入した。退職前から咳は出ていたが、数年前からひどくなり、地元の市民病院を受診したところ肺がん(ステージⅢの後半)と診断された。がんの発生部位が生検をするのに不適切な部位であり、積極的な治療はしていないとのことであった。
「確定診断なし」「胸膜プラークなし」が不支給理由
原処分庁の西宮労働基準監督署の担当者に会い、不支給になった理由を聞いたところ、「肺がんの確定診断がされていない」「肺に胸膜プラークがないという局医の見解などに基づき、現行の労災認定基準に照らして処理した」「もし今後新たな物証が出てきたら再度検討する余地はある」との説明を受けた。
とりあえず、審査請求手続をすることと、セカンドオピニオンとしてアスベスト疾患に詳しいみずしま内科クリニック(東大阪市)を受診することなどをアドバイスした。
水嶋医師によれば、じん肺の管理区分申請が可能な程度の症状とのことなので、診断書を作成してもらい、2014年1月に兵庫労働局にじん肺管理区分申請(随時申請)をするとともに、審査請求の手続も行った。その間に、不支給処分に関わる調査復命書を入手するため、個人情報の開示請求を労働局に行い、資料収集に努めた。
じん肺管理区分も1と決定、「プラークあり」意見書付け再審査へ
その結果は、4月に労働局からじん肺管理1とする管理区分決定の通知が、そして6月には審査請求棄却の決定書が届いた。結果としては何も変わらなかったのだが、その決定書によれば、審査官が新たに依頼した専門医の意見では、監督署段階よりも踏み込んで肺がんであると判断した。再審査請求を行って、対策を考えることにした。
8月に水嶋医師から「胸膜プラークあり」との意見書をもらい、再審査請求書類とともに提出した。ところが、9月に本人の容体が急変し、病院に救急搬送され、そのまま亡くなられたとの連絡が、病院にいるご家族から入ってきた。これまでの経過を踏まえ、ご家族に解剖についての説明と今後の対応を話し合った。
2015年1月、再審査請求に基づく口頭審理が、大阪労働局においてテレビ会議システムにより行われた。安全センターは代理人として出席し、「本人は死亡されたが、解剖して肺の臓器の一部が病院に保管されているので、肺組織の分析をしてほしい」旨陳述した。
やむなく病理解剖へ
2015年6月、ご遺族から肺の組織分析の結果報告が届いたとの連絡が入った。それによれば、本人の肺から検出された石綿小体の数値は、石綿肺がんの労災認定基準の5,000本をはるかに超える16,583本が検出された。
そのため、石綿小体計測結果報告を原処分庁である西宮監督署に提出して、「新たな物証が出たので不支給処分を取り消し、早急に労災認定すること」を要求した。しかし、「監督署としては、現時点ではまだ再審査請求の途中なので、関係機関と協議しないといけないのでしばらく時間がほしい」との説明を受けた。
その後8月に「監督署としては、Oさんの事例については、現行の石綿肺がんの労災認定基準を満たしていると判断し、不支給処分を取り消し、労災と認定することにした」との連絡が入った。
認定基準の見直し、病理解剖への認識が重要
石綿肺がんは中皮腫に比べ件数としては2倍以上も発症しているにもかかわらず、労災認定基準が厳しいために不支給処分が続出しており、これを取り消すための裁判が全国各地で行われている。石綿肺がんをめぐる行政訴訟はすべて原告勝訴の判決が確定し、先日は当センターが支援している丸本裁判でも大阪高裁での勝利判決が確定した(4月号参照)。
これら一連の流れのなかで石綿肺がんの認定基準の見直しが進むことを願うが、今回のOさんの事例からの教訓として、現在石綿肺がんで療養中の方や家族の方には酷な表現でお許し願いたいが、認定の決め手・物証は被害者の身体のなかに残っているということを忘れないでいただきたい。いざというときに慌てないためにも、解剖の有無の意思表示を家族や主治医とのふだんの会話のなかで確認しておくことが大切だということを伝えたいと思う。
ひょうご労働安全衛生センター
安全センター情報2016年5月号