中皮腫患者に対する労災休業補償の「通院日のみ支給」取消し、全期間支給認める-長崎労災審査官決定

あってはならないミステイク「中皮腫患者の通院日だけ支給」

2年半前に胸膜中皮腫を発症し手術後、労災休業を続けていた75歳の男性Mさんに対して、長崎労基署が2019年12月から2020年2月の3ヶ月間の休業補償請求について、通院日のみの支給決定を行った。

これを不服としてMさんは長崎労災審査官(長崎労働局)に処分の取消を求めて審査請求を行ったところ、Mさんの訴えが認められ処分が取り消された。休業補償は請求通り支給されることになった。

中皮腫は予後不良の希少がんであり治療方法も極めて限られる。

再発の不安の中で患者は懸命に療養生活を送っておりMさんも例外ではなく、不十分な調査による今回の長崎労基署の判断は不当と言うほかない。

Mさんは、10月9日の会見で次のように訴えた。

「医師から余命2年と宣告されたが、手術を行い2年が過ぎた。一日一日が奇跡だと思って生きているのに、監督署のこのような補償の打ち切りは許せない。中皮腫の患者がどういう気持ちで生きているのか、監督署はもっと考えるべき。アスベストの病気をもっと勉強すべき。」 

Mさんを支援している中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会は「今年に入り、九州において、労働基準監督署が2件の同じ様な判断が行った事が大変気になっている。予後の悪い病気であるだけに、労災が認められないという通知は、患者さんに精神的な悪影響をあたえる。今回は、審査官の適切な判断により不支給処分が取り消されが、労働基準監督署の慎重で丁寧な調査を求める」として労働行政の猛省を求めている。

以下が経緯の詳細である(患者と家族の会報道機関配付資料による)。

本件問合せ先/中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会福岡支部(092-409-1963)又は、ひょうご労働安全衛生センター(078-382-2118)

悪性胸膜中皮腫発症と労災認定の経過

Mさん(75才)は、昭和38年3月から昭和40年3月まで、長崎市内において自動車整備工として勤務し、パッキンやブレーキパッドの取り換え作業や、ボンネット裏に使用されていた断熱材の補修作業に従事し、アスベストにばく露した。その後、自動車整備会社を退職し、別会社で営業等の仕事に従事しましたが、アスベストにばく露する作業はなかった。

2018年4月末頃に異常を感じ、長崎県内I市内の病院を受診したところ胸水の貯留を指摘され、悪性胸膜中皮腫と診断された。その後、山口県の病院に転院し、胸膜剥離の手術を受けた。そして、2018年10月に長崎労働基準監督署に労災申請を行い、2019年7月に業務上の災害と認定された。

長崎署は2018年4月25日を発症日と認定し、これまでMさんが2~3ヵ月のスパンで請求した休業補償については、全請求期間(全暦日)について補償を行ってきた。

今回の休業補償給付請求に対する長崎労基署の判断

 本年3月に、2019年12月1日から2020年2月29日まで91日分の休業補償給付の長崎署に請求したところ、4月17日付けで「91日の休業補償の請求を受けましたが、通院日以外は療養のため労働できない状態と認められず、日数を通院日数の1日へ減じて決定しております。」との通知が届いた。

 休業補償について労災保険では、「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第4日目から支給するもの」とされている。

 長崎署が通院日のみと判断したのは、主治医が1月に提出した診断書に、「日常生活の状況としてあげられた9項目について全て『可』とされ、今後における治療の適否及びその概要については『否』と判断している」と記載されていたことを根拠としている。また、地方労災医員の意見を聴取し、医員も「経過観察中の休業の必要性について疑問を呈している」として、医療機関へ受診した日以外は労働が可能な状態であったと判断しました。

治療の経過について

Mさんは、2018年に山口県の病院において、左肺の胸膜切除・剥離術(PD)を受けた。その後、自宅により近い専門医療機関としてN大学病院を紹介され、2018年12月27日以降、受診していた。

Mさんは、再発の可能性も大きい悪性胸膜中皮腫という疾患の特殊性から1ヵ月間隔の受診を希望したが、2020年1月16日に受診した際に、自宅により近い医療機関への受診を薦められた。Mさんは、N大学病院での継続した治療を希望していたが、担当医の強い薦めがあったため、自宅から近いI病院への転院を決めた。

ところが、Mさんが、3月12日にN大学病院を受診した際に胸水の貯留が認められ、3月30日にI病院を受診した際に右肺の異常を指摘された。そして、5月14日に再びN大学病院を受診したところ、担当医から「悪性胸膜中皮腫が右肺に再発している」ことを告げられたのだった。

長崎労基署の判断の誤り

休業補償の支給要件は、①業務災害又は通勤災害により療養していること、②その療養のために労働することができないこと、③労働することができないため賃金を受けていないこと、の3つの条件を備えている場合となっている。

悪性胸膜中皮腫は予後が悪い疾患であるだけに、労働することが可能か否かの判断は慎重に判断をおこなうべきだが、今回の労基署の判断ではそれがなされていない。

N大学病院の担当医は、請求期間の全日について「労働することができなかったと認められる」と証明している。また、MさんがN大学病院からI病院に転院したことを知りながら、I病院の担当医に請求人の病状を確認しておらず、調査が尽くされたとは到底いえません。なにより、悪性胸膜中皮腫という非常に稀な疾病の特殊性についての認識が欠如し、「休業について、…肺がんの経過観察と同じく通院日のみと判断せざるを得ない」と結論づけたのだった。

中皮腫については、手術・放射線・化学療法を行う集学的治療を実施しながら、いわゆる「中央生存期間」を超えて治療を継続されている方も増えている。しかし、中皮腫を発症し、治癒した被災者の存在は世界的にも認められておらず、肺がんと中皮腫とでは病状の進行も予後も全く違う。中皮腫と肺がんを同じような胸部疾患と認識していること自体が誤りである。

しかも、Mさんは、管理区分2相当の石綿肺を有する患者さんだ。その状態のうえに更に悪性胸膜中皮腫を発症したのであり、だからこそ、慎重に再発などを診る経過観察が必要で有り、本件の様な性急な判断は誤りだったのである。

労災保険審査官の判断

長崎署の処分に納得がいかず長崎労働者災害補償保険審査官に不服申立て(審査請求)を行い(6月17日受理)、審査官による調査が開始されました。そして、9月28日付けで、長崎署がなした処分を取り消す決定が出された。

審査官の判断は以下の通り。

  • N大学病院の主治医は、療養のため労働することができないと認められる期間として、令和元年12月1日から令和2年2月29日まで91日間のうち91日と証明している。
  • N大学病院の主治医作成の令和2年1月28日付け診断書では、呼吸困難第Ⅲ度(平地でも健康者なみに歩くことができない)と診断され、労作時の呼吸困難の症状が認められる。
  • 主治医が提出した診断書は傷病補償年金の支給の要否(傷病等級第1級から第3級までのいずれか該当するか否か)を決定するためのもので、、9項目の全てが「可」であることをもって、直ちに労務に服することができることを意味するものではない。
  • 令和2年1月16日にCTにて胸水貯留が指摘され、令和2年3月12日には胸痛と訴え、歩行時の呼吸困難も増強し、XPにて胸水が認められる。
  • N大学病院の主治医は、就労の制限は認められ、令和2年5月の再発は、現実的にはもっと早い時期に再発していたと考えられる。
  • 以上を総合的に勘案すると、請求のあった期間の全部について、業務上の疾病により療養のため労働することができなかったと判断する。通院日のみ支給するとした処分は妥当ではなく、取り消されるべきである。

九州で「休業補償の通院日のみ判断」が続いている

中皮腫は、根治療法がなく、また進行が速いため、全国がん(成人病)センター協議会の生存率共同調査(2018年2月集計)」による病期別5年生存率は、Ⅰ期であっても14.6%(n=48)で、Ⅱ期4.5%(n=22)、Ⅲ期8.0%(n=50)、Ⅳ期0.0%(n=70)と、いずれも予後は大変不良であることが報告されている。

また、毎年の中皮腫の発症者数に関するデーターはないが、年間の中皮腫による死亡者数は2019年1,466人、2018年1,512人、2017年1,555人、2016年1,550人、2015年1,504人となっており、現在、治療中の方は約2,000人と推認される。

患者の共通の思いは補償よりも治癒の診断である。しかし、残念ながら療養中の中皮腫の患者さんで、治癒された方はいない。

ところが、今回のMさんの事例だけでなく、今年2月3日付けで久留米労働基準監督署が中皮腫で治療中の方の労災申請を業務上と判断した案件も、休業補償については治療の途中から受診日のみと決定した(発症日2017年11月9日、2019年9月以降は受診日のみの判断)。この方の案件についても、現在、福岡労働者災害補償保険審査官に不服申立てが行なわれている。

同種事案として、2017年に札幌東署が休業補償を不支給とした事案があるが、この案件については本年6月に再審査請求において不支給処分が取り消された。今年に入り、九州において、労働基準監督署が2件の同じ様な判断が行った事が大変気になるところである。

労働基準監督署の認識の変化なのか、医師の認識の変化なのか気になる。予後の悪い病気であるだけに、労災が認められないという通知は、患者と家族に大きな精神的な悪影響をあたえる。

今回は、審査官の適切な判断により不支給処分が取り消されたが、中皮腫患者に対するこのような不当な支給制限はあってはならないことであり、労働行政には丁寧かつ慎重な調査と再発防止を強く求めたい。

本件関連の報道記事

中皮腫休業補償支給へ 長崎労働者災害補償保険審査官、労基署決定取り消し /長崎


アスベスト(石綿)による中皮腫で働けなくなり、労災保険の休業補償を申請した諫早市の男性患者について、長崎労働基準監督署が通院日以外を不支給としたにもかかわらず、長崎労働者災害補償保険審査官がこの処分を取り消していたことが判明した。
患者らでつくる「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」が9日、県庁で記者会見して明らかにした。
この男性は2018年4月に悪性胸膜中皮腫と診断された俣野利道さん(75)。1963~65年に勤務していた長崎市の自動車整備工場でアスベストを吸い込んだことが原因とみられ昨年7月に長崎労基署が労災認定した。同署は休業補償の申請を受けて18年4月~19年11月分を支給した。
ところが同署は今年4月、19年12月~20年2月の91日間の休業補償について、俣野さんの主治医の診断書などを基に、病院を受診した1日分を除き「労働可能な状態だった」と判断し、不支給を決定。これに対し俣野さんは保険審査官に不服を申し立てていた。

毎日新聞2020年10月10日 地方版

中皮腫休業補償の不支給取り消し

職場でアスベストを吸い込み悪性胸膜中皮腫になったとして、労災認定を受けた諫早市の男性が記者会見し、長崎労働基準監督署が去年12月以降は症状が安定しているとして休業補償を支給しないと決定したことに不服を申し立てた結果、決定が取り消されたことを明らかにしました。
諫早市の70代の男性は、おととし4月、悪性胸膜中皮腫と診断され、職場でアスベストを吸い込んだとして労災認定を受けて通院治療にあたっていましたが、長崎労働基準監督署は去年12月以降は症状が安定しているため休業の必要はなかったとして休業補償を支給しない決定を下しました。
男性は9日県庁で記者会見を開き、去年12月以降も症状は安定しておらず、休業が必要だったとしてこうした決定に対する不服を申し立てた結果、先月28日付けで不支給の決定が取り消されたことを明らかにしました。
そのうえで男性は「余命が短いと宣告された中で、監督署のこのような補償の打ち切り方は許せない。命の短い人たちがどういう気持ちで生きているのかをもっと考えるべきではないか」と訴えました。
男性を支援する「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」によりますと、中皮腫患者に対する休業補償の不支給決定が行われたのは、把握しているだけで全国でも3件と珍しく、今回のものを含めた2件で不支給の決定が取り消されているということです。

NHK News Web長崎 10月09日 19時53分