造船・石綿肺がん、胸膜プラーク断定せず、石綿ばく露歴で労災認定/大阪高裁判決確定:アスベスト訴訟弁護団 担当事件

概要・解説

本件は24年間造船業に従事ののち原発肺がんを発症、死亡した男性労働者の妻が労災請求したところ、石綿ばく露作業従事期間10年以上は認めたものの、胸膜プラーク所見がないとして不支給処分を受け、不服審査請求でも棄却となり、不支給処分の取消しを求めて行政訴訟を提訴した事案である。

一審では請求は棄却されたが、二審においては同一事業場において多数、多彩なアスベスト労災認定事案が存在していること、石綿健康管理手帳所持者が多数にのぼっていること、同僚らに胸膜プラーク有所見者が多数いることなどから、双方で主張が分かれた胸膜プラーク所見の有無について「相当程度存在する可能性があることまで否定できない」とした上で、総合的に判断して不支給決定処分を取り消した。

認定基準そのものは否定しなかったものの、胸膜プラークの所見診断が医師による分かれることを踏まえ、石綿ばく露作業従事歴の状況を重視した、杓子定規でない、総合的な業務上外判断を裁判所が求めたといえる。厚生労働省は上告せず確定判決になったことから労災認定実務においては重要な判例となった。

なお、本件の原告代理人は、アスベスト訴訟弁護団 (関西) である。

提訴7年目の勝訴

「主文、原判決を取り消す」。1月28日午後1時10分、満席の大阪高裁73号法廷に判決文を読み上げる声が響いた。アスベストが原因で肺がんを発症したとして労災申請を行ったが、労働基準監督署が労災と認めなかったため、労災不支給処分の取り消しを求め争っていたM訴訟の判決が、大阪高裁で言い渡された。石井寛明裁判長は、請求を棄却した一審・神戸地裁判決を取り消し、労災と認める判断を行った。

訴訟の概要

川崎重工神戸工場において24年間にわたり造船作業に従事してきたMさん(66歳)は、2003年3月に肺がんで亡くなられた。ご遺族は、生前に本人さんから聞いた作業状況から、死亡の原因は石綿ではないかと考え、2005年11月に神戸東労働基準監督署に労災遺族補償年金の支給を請求した。しかし神戸東署は、石綿肺がんの医学的認定要件とされる胸膜プラークが画像上で認められないため、労災ではないと判断した。

一審判決の概要

そのため2008年10月、ご遺族は神戸東署の不支給処分の取り消しを求め神戸地裁へ提訴した。しかし、5年の審理を経て、2013年11月に原告敗訴の判断が言い渡された。地裁判決では、「胸膜プラークが存在する高度の蓋然性を基礎付ける事情が認められるなど上記(労災認定)基準を満たす場合に準ずる評価をすることができる場合には、胸膜プラークが胸部X線写真又は胸部CT画像上認められないことをもって直ちに業務起因性を否定するべきではない」との見解を示したうえで、Mさんの場合は高度の蓋然性が認められないと判断した。

控訴審での審理

控訴審においては、「胸膜プラークが存在する高度の蓋然性」をいかに立証するかが焦点となった。

そこで、Mさんの同僚に石綿被害が多数発生していることを証明するため、国が保有する川崎重工神戸工場におけるすべての石綿労災認定事例の復命書と、石綿健康管理手帳交付者の就労期間や場所・業務内容について情報開示を求めた。国側は開示に関して固辞したが、裁判所の判断により川崎重工神戸工場における石綿被害の実状が明らかとなった。その内容は、同工場においては、実に61名が石綿関連疾患で労災認定(時効救済を含む)を受け、胸膜プラークを有する石綿健康管理手帳の所持者は270名以上いるという事実である。

開示された情報を精査することで、Mさんと同じ仕事を行い労災認定された事例や、Mさんと同じ作業を行っていた従業員の中に胸膜プラークがある者がたくさんいることを主張した。

さらに、元同僚の陳述書を提出し、Mさんが肺がんを引き起こすほどの石綿曝露を受けたことを立証してきた。

二審・大阪高裁判決内容

控訴審判決の主文は、「①原判決を取り消す。②神戸東労働基準監督署長が控訴人に対して平成18年3月20日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。③訴訟費用は1・2審を通じて被控訴人の負担とする」という内容だった。

判決では、胸膜プラークについて、「石綿曝露を受けた者の全例に生ずる感受性の高い指標ではない」「当該被災者が10年曝露要件を満たしており、かつ、相当量の石綿曝露があったことが証拠上認められるにもかかわらず、胸膜プラークが画像上見上検出されないからといって直ちに業務起因性を否定することは相当ではない」との見解が示された。

しかし慎重に、「石綿曝露作業に従事した期間のみを指標として2倍曝露の有無を判断することは適当でない」としたうえで、医学的要件を満たさなくても「石綿曝露の具体的状況を検討し、その結果として平成18年認定基準を満たす場合に準ずる評価をすることができるかどうかを検討する」とした。

そして、1審・2審において胸膜プラークの有無に関して意見を述べた医師それぞれの見解を引用しながら、「胸膜プラークが存在していたと認めることはできない」と結論付けた。しかしながら医師の意見も分かれており、「各部位に胸膜プラークが存在する相当程度の可能性があることまで否定することはできない」との見解を示した。

そのうえで、被災者と同時期に神戸工場で働いていた他の従業員の石綿曝露状況を検討している。被災者と同種の作業員20名以上にプラークがあり、直接石綿を取り扱っていない周辺業務の作業員13名にもプラークがあり、被災者と同じ船殻課に在籍し労災認定を受けた者が4名あり、しかも工場内で看護師として勤務し悪性胸膜中皮腫を発症した事例にもふれながら、「(被災者)がうけた石綿曝露は、(被災者)の肺内に胸膜プラークを形成するに十分な程度に至っていたものと認めるのが相当である」と判断した。

石綿肺がんの救済状況

石綿による肺がんの労災認定基準(2006年2月基準)は、次の1.から4.のいずれかに該当する場合は業務上となっていた。

  1. 石綿肺
  2. 胸膜プラーク+石綿曝露作業10年以上
  3. 石綿小体又は石綿繊維+石綿曝露作業10年以上
  4. 10年未満であっても胸膜プラークまたは一定量以上の石綿小体が認められるものは本省協議。

世界の医学界においては、「石綿肺がんは中皮腫の2倍」とのコンセンサスが確立している。しかし、日本では労災として認められている石綿肺がんの人数は中皮腫より少ないという傾向が続いている(1・2月号特集記事等参照)。

高裁判決の意義

石綿肺がんの労災認定率はきわめて低い状況であるが、その大きな原因は認定基準における医学的要件に関するハードルの高さにあると考える。

労災の認定基準として示されている「胸膜プラークが認められること」という点は、読影する医師により大きな幅があるからである。しかも、レントグンやCT画像に胸膜プラークが映っていなくても、解剖の際に発見されるケースも多く、労災病院の医師らが発表した論文でも画像のみでプラークの有無の判断を行うのは困難であるとされている。だからこそ、今回の高裁判決が示したように、曝露実態を重視した調査に基づき、業務上外の判断をすべきだと考える。

また、石綿新法による時効救済事案に関しては、医証がまったくないケースが想定されたため、平成18年に臨時全国労災補償課長会議において「過去に同一事業場で、同一時期に同一作業に従事した同僚労働者が労災認定されている場合や、相当高濃度の石綿ぱく露作業が認められる場合には、本省あて相談されたい」との文章が配布された。今回の高裁判決は、まさにこの考え方に沿って判断しているのであり、時効救済事案だけに限らず一般の労災事案についても同じ運用を行う必要がある。

「お疲れさまでした」

今回の高裁判決を受けるまでには、労災申請から10年が、裁判提訴から7年の時間を要した。この問、労災不支給、審査請求棄却、再審査請求棄却、神戸地裁棄却と続き、原告の苦労は誰も察することができないほどのものがあったと思う。

昨年9月の結審の際、裁判長が原告に対して「長い問、お疲れさまでした」とかけられた言葉が印象的だった。泣き寝入りせず国と闘い続けた原告の頑張りと、弁護団の先生方の奮闘と、原告を支え続けた患者と家族の会の皆さんの頑張りがつかんだ勝利判決である。長い期間を要して勝ち取った今回の判決は、大変貴重な内容であり、多くの石綿被害者の救済拡大に必ずつながると確信している。

原告・Mさんの想い

平成17年のクボタ・アスベスト報道により、亡くなった夫の肺がんの原因は石綿ではないかと考え、アスベストセンターへ電話したのが最初のきっかけでした。喫煙しない夫が、主治医からの告知の際に、「造船所で働き、同僚にじん肺者がいた」と話したことを思い出したからである。
遺族補償給付の請求をしたものの不支給決定通知が届き、労基署からは「レントグン画像でプラークが認められないから」と説明を受けました。患者と家族の会の会員となり、石綿問題と向き合うにつれ、厳しい認定基準で被害者が切り捨てられる現実を知り、自分だけの問題ではないと気持ちの変化がありました。しかし、周囲の方にご迷惑をおかけしているとの思いで落ち込み、多忙な古川会長さんに電話し、気持ちを立て直したことも多くありました。
平成20年10月に神戸地裁に提訴しましたが、多くの方に助けていただきました。5年もの裁判の結果、判決は棄却となり、悔しかったです。すぐに「控訴を」と口にしましたが、一人になりこれ以上皆様にご迷惑をかけてよいものかと落ち込んだものです。ところが弁護土の先生方の石綿裁判への情熱と闘志に接し、元気に頑張ることが私の立ち位置だと自分に言い聞かせてきました。
弁護士の先生方はじめ、支援団体、夫の会社のOB有志の方、息者と家族の会の皆さま、お一人おひとりの力の結集で、今回の判決を勝ち取れたと思っております。感謝一杯です。
皆さまのご支援で頑張れ、この日を迎えられましたことに心から感謝いたし、お礼申し上げます。これからの私は健康管理に努め、応援する側で頑張りたいと思っております。

ひょうご労働安全衛生センター

安全センター情報2016年4月号