精神障害の労災認定基準が改正:パワーハラスメント(パワハラ)の出来事を心理的負荷評価に追加
心理的負荷による精神障害の労災認定基準について、厚生労働省は2011年以来約9年半ぶりに改正し2020年5月29日、地方労働局に通知した。
改正のポイント
6月1日のパワハラ防止法施行にむけて、パワハラの労災認定基準における取り扱いをどのようにするかが検討されてきた。その結果「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」報告書(2020年5月)がまとめられ、これにもとづいた改正となった。
改正の主なポイントは、労災の調査、決定過程で使われる「業務による心理的負荷評価表」(以下、評価表)に「パワーハラスメント」の出来事を追加して、次のように評価表の明確化、具体化が行われたことだ。
改正「業務による心理的負荷評価表」(基発0529号令和2年5月29日「心理的負荷による精神障害の認定基準の改正について」)
評価表の「出来事の類型」に「パワーハラスメント」を追加し、「具体的出来事」を「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」とした。
このとき、「心理的負荷の強度」が「強」である例として、つぎのような場合があげられている。
- 上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
- 上司等から、暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合
- 上司等による、次のような精神的攻撃が執拗に行われた場合
・人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
・必要以上に長時間にわたる厳しい叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃 - 心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合 (下線筆者)
パワハラは、行為者の、被災労働者に対する「優越性」を定義に含み、「上司等」については次のように評価表に定義されている。
(注)「上司等」には、職務上の地位が上位の者のほか、同僚又は部下であっても、業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者の協力が得られなければ業務の円滑な遂行を行うことが困難な場合、同僚又は部下からの集団による行為でこれに抵抗又は拒絶することが困難である場合も含む。
業務による心理的負荷評価表
一方、「同僚等」からの暴行やいじめは、「出来事の類型」の「対人関係」のなかで「具体的出来事」の「同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」として整理され、「パワハラには該当しない優越性のない同僚間の暴行やいじめ、嫌がらせ等」を評価する項目として位置づけられた。
この場合「心理的負荷の強度」が「強」とされる例として、次のような場合があげられている。
- 同僚等から、治療を要する程度の暴行等を受けた場合
- 同僚等から、暴行等を執拗に受けた場合
- 同僚等から、人格や人間性を否定するような言動を執拗に受けた場合
- 心理的負荷としては「中」程度の暴行又はいじめ・嫌がらせを受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合 (下線筆者)
認定基準改正の評価
「会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなった」という視点を心理的負荷評価に加えることとしている点は(上記の「パワハラ」「対人関係」ともに)、そうした場合は孤立感や焦燥感を深めるなど労働者への心理的負荷をより強くする要因として働くことや会社の安全衛生管理業務の懈怠状況を業務上要因として認めようということとみられ、今回改正の注目点の一つだろう。
今回の認定基準改正について、神奈川労災職業病センター事務局長で全国安全センターメンタルヘルス・ハラスメント対策局の川本浩之さんは
「パワハラの定義が狭すぎるために、従来よりも認定件数が大きく増えないかもしれません。
しかしながら可能性としては以下のことが言えると思います。
- 退職を余儀なくされていたハラスメントによるメンタル疾患の人たちが労災請求する気持ちになる。
- 労基署が上司とのトラブルで心理的負荷が「中」で不支給にしていたものが、パワハラについて会社が適切な対応をしなかったとして「強」にして業務上とする(表に極めて重要なことがさらっと書いてある)。
- 企業が被害者がメンタル疾患になる前に、あるいは労災請求や認定をおそれて適切な対策を講じる。 」
としている。これまで、心理的負荷による精神障害については、労災請求件数、認定率ともに「少なすぎる」と批判されてきており、今回の認定基準改正が状況の改善に少しでもつながるのではないかと期待される。
心理的負荷による精神障害の労災認定基準と解説
心理的負荷による精神障害の認定基準(基発1226第1号平成23年12月26日)
労災認定基準自体はこれになる。この通達の「別表1 業務による心理的負荷評価表」が改正(差し替え)になったということである。
ただ、精神障害の労災認定基準は正直とっつきにくいので、次の記事を参考にしてください。
東京労働安全衛生センターで被災労働者の相談に長年あたっているベテラン相談員の内田雅子さんが、精神障害の労災についてわかりやすく解説されている。