死傷病報告書の虚偽報告 重大•悪質な労災隠し事件相次ぐ
村山 敏(神奈川シティユニオン書記長)
目次
月2回の労働相談活動により
滞日韓国人との窓口広がる
神奈川シティユニオンが、1991年3月より滞日外国人労働者の労働相談活動を開始して11か月になります。
その国籍別相談件数、柑談人数、男女数は表1のとおりです。
滞日韓国人からの相談が63件133人(80%以上)と圧倒的に多い理由は、鹿島田カトリック教会(川崎市)の平間正子さんとともに、横浜市中区にある寿町に出向いて月2回の労働相談活動を続けてきたことによります。
寿町のドヤには滞日韓国人が多数居住し、そこから港湾現場や建築現場、製造現場に仕事に行っています。時には、地方の宿泊の仕事にも行っています
滞日韓国人は、日本人に対する不信感が強く、当初、困っていてもなかなか相談に来ない状況が続いていました。
しかし、平間さんが、ドヤの一部屋一部屋を回り、直接会いに行って話を続ける中で信頼関係を少しずつつくりながら月2回の労働相談に結びつけました。
そして、神奈川シテイユニオンの企業に対する強い団体交渉能力により相談に対する解決の実績をあげてきたことによって、滞日韓国人に対する相談窓口が確定していったのではと思います。
現在は、それでも間に合わないので、神奈川シティユニオン川崎事務所で月曜日と金曜日の相談活動も行っています。
その結果、滞日韓国人の中でのロコミにより、横浜・川崎・相模原・小田原・東京・千葉・埼玉・栃木・長野・富山・福井と相談が来る地域は広がってきています。
圧倒的に多い労災相談一しかも重大災害ばかり
相談内容と解決状況は表2のとおりです。
圧倒的に多いのは労働災害です。理白は、従事している仕事が港湾作業・建築作業・製造作業に集中していることによります。
その被災率は日本人を圧倒的に上回っています。その被災内容も相談42件の内訳は、指や腕の切断6件、墜落4件、骨折16件、打撲6件、その他5件となっています。
いずれも休業が1か月以上の重大災害ばかりです。休業1年以上が4件もあり、後遺症が残る場合が18件もあります。
労災相談42件の内32件は労災請求手続きもしていない事例で、労働安全衛生規則第97条に違反して労働者死傷病報告書を提出していない状況でした。さらに、32件の内22件は生活費すらも一切補償しておらず労働基準法第76条に違反していました。
労災手続きをしていた10件の内8件は日本名での労災申請方式でした。
さらに、その中の2件は労災事故現場まで捏造していました。
仕事発注元や元請に知れるのを恐れ労災事故現場を捏造
【ケース1】
滞日韓国人労働者Kさんは、大手F建設が元請で横須賀の京浜急行汐入駅近くにある大手スーパーD社のショッピングセンターの建築作業に、鳶職として日当23,500円で働いていました。
1990年12月7日、Kさんは、吹き抜け部分の鉄骨を取りっけるために床スラブのダメ梁鉄骨フープ筋をはずす作業中、地上12mの4階から墜落し、「腰椎圧迫骨折・左踵骨開放性骨折・右足関節両果骨折・左枝骨遠位端骨折」の重傷を負いました。
しかし、中請の0建設と下請のN組は、D社とF建設に事故報告をしないで、救急車も呼ばずに秘密理に自社の車でD社ショツピングセンター建築現場から運び出し、横浜南共済病院に入院させました。
そして、O建設とN組は、D社とF建設に労災発生と外国人雇用を知られることをおそれ、全く違った現場である中請のO建設が元請となっている横須賀市野比の事務所建築工事の足場解体作業中、地上7mから墜落して被災したとして、日本人名で虚偽の労災申謂を行っていました。
Kさんは、入院中に知り合った同室の高等学校の先生から「虚偽申請のままでは今後不利益になるのでは」と教えられ、3か月後に退院するとすぐに、横浜南労働基準監督署に行きましたが、的を射た回答を得られないため、1991年5月に神奈川シテイユニオンに相談してきたのです。
横須賀労働基準監督署に連絡した結果、虚偽の死傷病報告書は横浜北労働基準監督暑に提出(本来は横須賀労基署)されていることが判明しました。横須賀労働基準監督署の主張は、内偵を先行させたいので1か月ほどの間は組合の交渉を保留してほしいとのことでした。
労働基準監督署が虚偽申請について調査を開始しはじめると、寿町にいる下請のNは、夜の10時や朝の4時にKさんのドヤに来て、中請のO建設事務所に連れて行き、「なぜ、労基署に行った。次からはお金はわたせない」と脅かしたのです。
ユニオンは、ただちにF建設、O建設とN組との団体交渉を行い、今後こうした脅かしを一切行わないことと毎月の休業補償を行うことを約束させ、損害賠償の交渉を開始しました。
Kさんが墜落した地上部分はコンクリートであったことと12mから落下した衝撃により、Kさんの腰は本来の反対方向に曲がり、左足は菱形に変形していました。
神奈川シテイユニオンは、墜落災害と虚偽申請の責任を追及し、その謝罪とともに後遺障害第6級を想定して、労災保険の補償以外にKさんに対し2,200万円の損害賠償額を支払わせる内容で協定書を締結することができました。
【ケース2】
滞日韓国人Iさんは、株式会社青木建設が元請で、横浜のJR京浜東北線の新杉田駅から出ているモノレールに沿って建設中の首都高速道路の建築作業に、鉄筋工として18.000円の日当で働いていました。
1991年7月13日、Iさんは、同僚がクレーンで吊り上げていた長さ6m、直径2cmの鉄筋が20数m落下し、地底で作業をしていたIさんの首に刺さり、右鎖骨の下を貫通して右足に刺さり、「頭部打撲・頚部貫通創・頚椎捻挫・右大腿部打撲」の負傷を負いました。
Iさんは、被災した際に一旦失神しましたが、上にいた労働者が鉄筋を抜いた時に正気を取り戻しました。しかし、被災現場が地底だったために誰も助けに来ず、Iさんは100mほと自力で歩いて地上に上がりました。
しかし、中請の山上鉄筋は、救急車を呼ぼうとはせず、Iさんを大型トラックに隠して人目を避けながら自社の車で磯子中央病院に入院させました。
労災事故発生の事実は、青木建設の現場の所長に知らされていたにもかかわらず、首都高速道路公団に労災発生と外国人雇用を知られることをおそれて、山上鉄筋と青木建設は共謀して、横浜市金沢区幸浦の路上でトラックで鉄筋を運搬中、鉄筋の租み荷の乱れを直そうとIさんがトラックの屋根にのぼった際、バランスをくずして荷台に転落しU型鉄筋に首裏側のつけ根があたり被災したとして、日本人名で虚偽の労災申請を行ったのです。
1か月ほど入院した後、Iさんは、下請の山京建設より10日毎に5万円くらいずつもらいながら生活をしていましたが、生活が心細いので山京建設に対し200万円をくれたら韓国で治療をすると申し入れましたが、山京建設はその申し入れを断り、さらに、Iさんが「それでは、組合に相談する」と言うと、山京建設は「組合でもどこでも行け」と回答したので、神奈川シティユニオンに相談してきたのです。
神奈川シティユニオンが調査すると、虚偽の死傷病報告書は川崎北労働基準監督署に提出(本来は横浜南労基暑)していました。そして、休業補償給付の手続きはしていませんでした。
神奈川シテイユニオンが、青木建設の現場所長との団体交渉を行い、虚偽申請を追及すると、青木建設の所長は当日の事故発生を知っていたことを認め、虚偽の死傷病報告書のコピーの提出を約束しました。
ところが、青木建設の所長は虚偽の死傷病報告書は廃棄したと主張、約束を反古にする態度に出てきました。一方、山京建設は、「お金をあげるから組合を抜けろ」と寿町のドヤに住むIさんに連日つきまといました。
そこで、神奈川シティユニオンは、青木建設の本社・横浜支店や首都高速道路公団に対する追及を開始し、虚偽申請責任追及と損害賠償の要求を行っています。
労災隠し発覚は氷山の一角
この際、徹底した追及が必要
その他、川崎市川崎区の日本鋼管京浜製鉄所扇島工場の構内でパイプの積み荷作業中、ワイヤが跳ねて左目を失明した日本人労働者のNさん(46歳)の場合も、芙蓉海運(元請)・船舶企業(下請)が、あたかも横浜の埠頭で労災にあったかのように虚偽の労災申請と死傷病報告書の提出を行っていたことが判明しています。
芙蓉海運と船舶企業は、救急車も呼ばずに、車の後ろに毛布をかぶせて日本鋼管の守衛所を突破し、わざわざ横浜の磯子にある野村外科(眼科がない)に運んだのです。
神奈川シティユニオンは、こうした労災隠しは氷山の一角と考えており、労災現場の捏造と労働者死傷病報告書の長期滞留した企業については、労働基準監督署が書類送検も含め厳格な対応を行うことを要求しています。しかし、虚偽の労災申請を受理していた労働基準監督署は、「労災申請件数が多く、現状では会社の故意の虚偽申請に具体的な対応策がない」と回答しており、労働省も危機感を抱き、1991年12月に「いわゆる労災隠しの排除について」(基発第687号平成3年12月5日)の通達を出してはいます。
結局、労働省や労働基準監督署にまかせるのではなく、われわれ自らが大きな声を出し、企業の労災隠しをあらゆる方法で徹底して社会的に追及していかなければと考えます。 そして、これまで行ってきた解決策の一つである企業内補償による解決方法は、企業の死傷病報告書の未提出を許す結果になってきたので はという反省もしなければとも考えています。
損害賠償の請求理由
神奈川シティユニオンは、休業が長く続く場合は、労災保険の適用以外に会社に対して損害賠償の請求を行っています。
請求する理由の一つは、労災保険の補償が十分ではないことです。
例えば、労災保険は休業補償は80%(休業補償給付60%+休業特別支給金20%)ですし、慰謝料は0%です。また、後遺障害の損害賠償から比較した労災保険の補償率は30%程度なのです。
請求する理由の二つ目は、企業には、生産性にはお金を投資するものの、安全の確保にはなかなかお金をかけない姿勢が強いからです。
労働災害の発生は、生産性にも影響し、お金がかかることを認識させ、企業の安全に対する姿勢を強めさせることができるのではと判断しているからです。 後遺障害が残ると請求額が数百万円や何千万円にもなります。 大手建設会社や大手製造会社での労働災害の場合は、かなりの額での解決ばできていますが、港湾会社や中小会社の場合はお見舞金程度(数十万円)の回答しかないため、交渉が難航しています。
建築上木の場合は、元請責任を定めた労基法第87条と建築業法・建築業法施行規則を根拠に元請会社に主要な損害賠償の請求を行い、下請にはその補填的な損害賠償を請求しています。 製造会社の場合は、下請の直接の雇用主に請求することになりますが、製造会社の中での労災(構内下請なと)の場合はその製造会社にも一部責任追及をしています。
不安な傾向・・・・
増え続ける賃金未払い・解雇・暴行
相談開始当初は、労災相談が多かったのですが、9月頃からは、相談件数の半数は賃金未払いの相談になっています。実際の賃金未払いはもっと多いはずで、これからはますます増えてくる可能性があります。さらに、驚くことはその賃金未払い額が多額な場合があることです。一人で300万円にも及ぶ賃金未払い事件が3件もあります。
そして、解雇は8件にも上っています。
その理由も、ささいな職場での出来事をきっかけにしたものが多く、すべてが解雇予告も解履予告手当もなされていない状況です。
企業からの暴行事件も4件となっています。その経過も、労働条件をめぐる対立に企業が暴力をもって対応していることが多く、いずれも病院で治療が必要なケガを負っている事例です。
こうした傾向の増加については心配をしています。
安全センター情報1992年3月号