発症から5年半で有機溶剤中毒認定 神奈川●審査官が不支給処分を取り消し

日系ブラジル人Nさんは、2002年に神奈川・平塚市にある三菱樹脂の構内で、ボンドの充填作業に従事するようになった。半年ほど経った頃から、頭痛やめまい、疲労感に悩まされ、睡眠もできなくなったため、平塚K病院にかかる。そこで「緊張性頭痛」と診断され投薬治療を受けたが、症状はあまり改善しなかった。
事業場の健康診断では、すでに肝機能の異常値も指摘されている。2005年に入ってからは会社を休みがちになり、4月に解雇されてしまった。

Nさんは、平塚労働基準監督署に相談に行き、アドバイスを受けながら労災請求をすることになった。病名は「緊張性頭痛」だが、労基署が調査したところ、かなりの有機溶剤の曝露も明らかになり、健康診断の結果も把
握。ところが、労基署が業務外、不支給処分としたため、2006年8月には不服審査請求をした。

その後、友人の紹介で横浜・港町診療所に通院することになった。Nさんを診察した平野敏夫医師は、Nさんの話から有機溶剤曝露状況を把握、さらに持参した健康診断の結果や本人の症状などからも、自信をもって「有機溶剤中毒」と診断。治療を継続することになった。

そして、あらためて「有機溶剤中毒」として平塚労基署に労災申請した。ところが、労基署は再び業務外決定。ただちに審査請求をしたところ、二つの審査請求が併合されて審査されることになった。

2008年2月29日付けの労働保険審査官の決定書によると、客観的事実についてはまったく争いがない。平野医師が特別な検査をしたわけでも、まったく新たな事実が発覚したわけでもない。平塚労基署の段階で、Nさんは、シクロヘキサノン、メチルエチルケトン、アセトン、テトラヒドロフランの有機溶剤を含有したボンドを取り扱っており、作業環境は法を遵守されていたとは言い難い状況であったと認めている。
おそらく有機溶剤中毒の見識があまりないと思われる平塚K病院の医師が、「就労が原因かは判断困難」とするのは、まだわかる。しかし、労基署から意見を求
められる労災協力医である横浜労災病院の医師が、「ボンドにより直接生じた頭痛であるのか、ボンド臭やボンドを取り扱う作業にストレスを感じて生じた頭痛であるか、あるいはボンドはまったく関係がないのか、医学的に判断することは難しいと考える」としている。さらに、地方労災医員のD医師は、「明らかな身体的あるいは検査上の異常は認められず、中毒とはいえない。あえて言えば、有機溶剤に対する過敏症になろう」としており、これらが業務外の決め手となったことは平塚労基
署の説明からもうかがわれた。

Nさんの健康診断結果記録には、肝機能検査で「やや異常が見られますので再度検査を受けてください」といった記載が何度もあり、素人が考えても認定基準どおりの有機溶剤中毒である。
局医の意見はまったく不可解であり、それを鵜呑みにした労基署のずさんな決定であった。平野医師も、「こんなはっきりした有機溶剤中毒を認めないのは納得できない」と語った。
そこで、数少ない有機溶剤中毒の専門医を探し、審査官に推薦することに。「労働保険審査官及び労働保険審査会法第15条」に基づき、審理のための処分申し立てを行い、審査官は、国立大学法人愛知教育大学保健環境センターの久永直見教授に意見を求めた。久永教授は、Nさんが慢性有機溶剤中毒であり、労災認定基準を満たすとの意見を述べた。審査官から意見を求められた前述のD医師は、前言をひるがえし、「有機溶剤中毒であると考えられる」とした。なお、「主治医の診断名が『緊張性頭痛』となっていたため原因不明の疾病として不支給処分がなされた」と、労基署に責任転嫁し、「肝機能障害とまでは言えないが異常値である」など言い訳のような意見も付けていた。
神奈川のように医療機関や専門家が多い地域でも今回のような事態が生じるのだから、そうではない地域で同様のケースが認められるのか、本当に心もとない。平塚労基署は猛省し、本省にもきちんと報告をあげてもらいたい。

安全センター情報2008年5月号

お問合せは、神奈川労災職業病センター