造船・胸膜中皮腫に労災認定:別会社の労働者証言で不支給取消し逆転決定/長崎

概要・解説

本件は、造船所内の孫請け企業で約2年間船内作業を行い、胸膜中皮腫を発症し、労災請求したが、所属親方の存在が確認できないことや別会社の労働者証言を採用せず「石綿ばく露作業従事が認められない」として不支給処分としたため、労災保険不服審査請求したところ、審査官は請求人の提出した資料や別会社の労働者証言の信用性を認めて不支給とした原処分を取り消した。労基署は石綿ばく露作業従事についての立証を請求人に過酷に求めるケースがあるが、所属企業の存在を確認する登記が存在しない等のケースは少なくなく、登記や年金記録などの公的資料を重視することで、正社員ではない被災労働者の申請に対して「石綿ばく露が確認できない」として労災として認定しない事案が後を絶たない。そのような類似事案では本件が参考になるだろう。中皮腫の80%が職業ばく露起因とされるなかで、労災認定件数が労災外認定(救済給付認定)を下回る原因の一端を明らかにしたのが本件である。

記事/問合せ:ひょうご労働安全衛生センター

別会社の労働者証言を重視し不支給取消し

三菱重工長崎造船所の孫請けである川口親方の下で約2年間船内作業に従事し、中皮腫を発症した東尾守人さんが労災認定を求めた審査請求において、長崎労働基準監督署の不支給処分を取り消し、労災と認める決定がなされた。
審査官は、同時期に三菱長崎造船所内で働いていた別会社の労働者の証言を重視し、労災であると判断した。雇用関係を証明する資料が得にくい下請け・孫請け労働者にとって、今回の審査官の判断は救済の拡大につながると考える。

長崎→品川労基署移送で1回目不支給

Hさんは、1957年から69年までの間の約2年間、三菱重工長崎造船所の構内下請けである丸菱商会の下請の川口親方という個人事業主のもと、船内作業に従事した。2010年に長崎大学病院にて悪性胸膜中皮腫との診断を受け、長崎労基署に労災申請の相談を行ったが、最終曝露職場の所轄は東京・品川労基署であるとの指導が行われた。そこで、品川労基署に労災申請を行ったのだが、2011年10月に「石綿曝露作業が認められない」との理由で不支給処分が通知された。

長崎労基署への申請で2回目不支給

その年の11月、厚生労働省の石綿労災認定事業所名の公開が行われ、アスベストセンターと全国安全センターは、東京・名古屋・大阪でアスベスト健康被害ホットラインを開設した。その際に、大阪の相談電話に東尾さんの娘さんが電話をかけられ、電話を受けた患者と家族の会会長の古川和子さんとの出会いが生まれた。

そこで、三菱長崎造船じん肺患者会の塚原繁次さんの協力を得ながら、三菱長崎造船所における石綿曝露実態に関して調査不備があるとして、長崎労基署への労災申請を行った。にもかかわらず、「石綿曝露作業に従事したものとは認められない」との理由で、再び不支給処分が通知された。

長崎労基署への申請にあたり、三菱重工長崎造船所内でHさんを見かけたというAさんの存在を担当官に伝えた。

長崎労基署、重要証言と資料を無視

Aさんは幼い頃、Hさんの家の近くに住んでおり、学校を卒業後に三菱長崎重工の下請け会社で働いていた時期があった。Aさんは、造船所内で東尾さんを見かけたことが何度かあり、その際に「挨拶をしたり、会話をした」と証言してくれた。
また、Aさんは造船所内で撮影した写真や、下請け会社の賃金袋と一緒に入っていた新しく建造した船の写真、当時使用していたバスの回数券を保管されていた。

長崎労基署の聞き取りの際に、Aさんはこうした資料を示したが、担当官はそうした資料をまったく採用しなかった。長崎労基署の判断は、川口親方の存在を確認することができないことと、請求人以外に石綿曝露作業に従事したことを裏付ける客観的根拠がないとの理由で、不支給と決定したのだった。

審査請求で資料と証拠を追加提出

審査請求にあたり、Aさんが保管されていた資料を新たな証拠として提出した。また、川口親方が住んでいた近隣の方からの証言を得て、川口親方の存在と三菱長崎造船所に人を連れて働きに行っていた事実を明らかにした。

そして、川口親方に誘われ、Hさんと一緒に造船所で働いていた方のご遺族の証言も証拠として提出した。さらに、塚原さんたちの協力により、丸菱商会で働きすでに労災認定されている方の証言を得ることもできた。

そうした結果、審査官は10月9日付けで「処分を取り消す」との決定を行った。
審査官は、川口親方の存在を認めたうえで、Hさんの証言や川口親方のもとで一緒に働いていた方のご遺族の証言を採用し、労災であるとの判断を行ったのだった。

こうした資料は、長崎労基署の段階で証拠を採用することができたのであり、調査の不備が審査官により明らかとなった。

ともあれ、同じ会社で働いていた方ではなくとも、石綿曝露作業を証言する方の聞き取りをもとに業務上と判断をした意義は大きく、潜伏期間が長い石綿関連疾患の被害者の救済に大きな道を開いたといえる。
なお、本件は、安全センター情報2013年12月号で報告した「厚生労働省に申し入れた4件のうちの3件目の事例」である。

◆Hさんの長男・Nさんのコメント

2013年10月15日、父が亡くなりました。労災認定の通知が10月11日に郵送されその内容を父へ伝えることができ、父の心残りが少しでも軽減できたことを遺族として安堵しています。
病状が進み既に会話に支障が出る状況下ぎりぎりのところで吉報を伝え、喜びの声を確認することができました。「よかった。中皮腫のせいで、皆に迷惑をかけているが、少しでも補償がでると残った家族のためになるので安心できる」と話してくれました。

また、これまでの経過を聞かれ説明すると、「西山殿、古川殿、塚原殿、また、協力していただいいた方々にお礼を申し上げるように」と感謝の言葉を伝えるようお願いされました。しかし、喜びも束の間で病魔が体をむしばみ、翌日より言葉を発することができない状態となり、身振りでも意志を伝えられなくなり、力尽きました。最後まで家族の先行きを心配しながら、病室に私と母がそろったのを確認し旅立っていきました。中皮腫という病気でなければ、元気に趣味の釣りを楽しみ、孫と戯れて余生を過ごしていると考えると悔しくてなりません。

品川労働基準監督署、長崎労働基準監督署と2回の申請を却下され、私たちはあきらめていましたが、皆様の助力により再審査請求のうえ労災認定いただきました。他社の方でありますが三菱重工業長崎造船所構内での証言、また、本人の構内で働いている人でなければ知りえない情報などの状況証拠があったので、孫請け会社で就労していましたが、労災が認められると考えていました。

しかし、父が就労してきた事実を、まるで嘘をついているかのような対応をされ、憤慨しました。中皮腫とは、父のように何十年もたってから発病するため、監督署の担当者がいうように、同じ会社の同僚の証言などがなければ認められないとなると、孫請け会社のように人数が少なく年金や保険をかけてないような会社であれば、100%無理です。また、証言者を探すにも今の世のなか個人情報の問題もあり、容易に氏名や居場所などわかりません。

監督署の担当者に協力を求めても、調べる気が毛頭なく、こちらが調べた資料を確認するのみで労働者の立場に立って動こうとするものではないと痛感させられました。中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会の古川さん、NPO法人ひょうご労働安全衛生センターの西山さん、三菱長崎造船じん肺患者会の塚原さん、そして証言を揃えるのに協力いただいた多くの方々の助力がなければ、私達家族だけでは到底労災を認定してもらうことができなかったと、新聞に取り上げられた内容を確認し、あらためて思い知らされています。亡き父と残った家族を代表してお礼申し上げます。ありがとうございました。

同じような環境下中皮腫の労災認定で闘っている方々の状況が、今回の判定により救済拡大の突破口となり、好転することができれば幸いです。

三菱重長崎
孫請けに石綿労災認定

労働局 仕事仲間証言で

長崎市の三菱重工業長崎造船所で孫請けとして働き、アスベスト(石綿)関連がんの中皮腫になった長崎市のHさん(77)が労災認定を求めた審査請求で、長崎労働局の長崎労働者災害補償保険審査官が、同時期の別会社の下請け労働者の証言を基に長崎労働基準監督署の不支給処分を取り消し、労災と認定していたことが分かった。【樋口岳大】

雇用契約があいまいな下請け・孫請け労働者など、在籍証明や同じ会社の労働者の証言が得にくい人は労災が認められないケースが多く、Hさんのように労災認定された例はあまりないという。同様の発症者にとって救済の道になる。決定は9日付。ただ、闘病中だったHさんは15日に亡くなった。支援者らは不支給処分取り消しを評価しつつ「証言を基に、もっと早く認定すべきだった」と労基署の対応を改めて批判した。
東尾さんは1957~59年、同造船所の孫請けの親方の下で断熱のために船室の壁に石綿を詰めるなどの作業に従事した。中皮腫の発症までの潜伏期間は多くが40年前後で、東尾さんは2010年に悪性胸膜中皮腫と診断され、12年に労災申請した。

しかし、下請け会社は解散し親方も所在不明。東尾さんと同時期に下請け会社で働いていた知人男性(76)が「東尾さんは造船所で働き、現場では石綿が使われていた」と証言したが、長崎労基署は今年3月「石綿暴露作業を裏付ける客観的根拠がない」として不支給処分にした。東尾さんの審査請求を受けた同審査官は知人男性の証言を「十分信ぴょう性がある」と認めた。

同造船所の石綿関連疾患の労災認定は昨年3月末現在118人で、石綿健康被害救済法による救済が26人(注:労災が時効で申請できない遺族)。いずれも社員で、下請けや孫請けは含まれていない。

東尾さんを支援したNPO法人ひょうご労働安全衛生センター(078・382・2118)は「まだ、かなりの下請け、孫請けの労働者に被害が出ていると考えられる。心当たりがある人は相談してほしい」と呼びかけている。

毎日新聞西部本社 2013年10月20日

安全センター情報2014年1・2月号