大工・アスベスト肺がん、「胸膜プラークあり」で一転自庁取消し労災認定・石綿小体数不足で不支給の処分取消訴訟提訴後/岡山
概要・解説
本件は、建設業の大工として「10年以上の石綿ばく露作業従事期間」(30年以上)を有する肺がん男性について、石綿小体数が1845本/グラムであり基準の5000本を下回り、かつ、胸膜プラーク所見を認めなかったために不支給処分とされたため、不支給処分取消し訴訟を提訴したところ、提訴後、被告国が「胸膜プラークがいつかった」として、不支給処分を取り消し(自庁取消し)、労災認定した事例である。個体によるばらつきの大きい石綿小体数や、個体によるばらつきに加えて医師による所見のばらつきが大きい胸膜プラーク所見を重視した現行の認定基準による「認定もれ」が発生していることを示したといえる。
突然の自庁取消しで訴訟終結
石綿小体数が1,845本で、労災認定基準の5,000本を下回るとの理由で労災が不支給となった事案の決定取り消しを求めた訴訟で、国側が「胸膜プラークがある」として一転労災と認定。石綿肺がんの新認定基準をめぐる初の訴訟であったが、国側が自庁取り消しを行ったため、訴訟は終結した。
石綿小体1845本で不支給
岡山県井原市に住むAさんは、1968年3月から2007年8月まで、主に大工として建築作業に従事した。木造建築では石綿含有建材の加工・裁断作業等で、また、鉄骨建築では石綿が吹き付けてあるそばでの作業で石綿に曝露した。
2008年11月に近医において、胸部画像撮影で異常陰影を指摘され、倉敷中央病院を受診したところ肺がんと診断された。その後、左肺上葉切除術を受け、抗がん剤治療を続けていたものの、残念ながら2014年1月21日に亡くなられた。
Aさんは、生前に療養補償給付と休業補償給付の請求を行った。調査を行った笠岡労働基準監督署は2012年6月6日付けで「労災認定基準に至らなかったため」との理由で、業務上と認めなかった。肺内から検出されて石綿小体の数が1,845本で、5,000本に満たないということが大きな理由だった。
その後、おかやま労働安全衛生センターに相談があり、足田・西山が不服申立の代理人を務めることになった。しかし、岡山労災保険審査官は2013年2月12日付けで請求を棄却し、労働保険審査会も同年12月11日付け再審査請求を棄却した。そのため、労災不支給処分の取り消しを求め、2014年6月10日に岡山地裁に提訴となった。
石綿小体数基準を問い提訴
今回の提訴は、石綿肺がんの認定基準における石綿小体の評価を争う裁判だった。
とくに、2012年の新認定基準をめぐっては全国で初めての訴訟であり、労災不支給処分の取り消しを求めるなかで、2012年基準のあり方、石綿小体・石綿繊維の数と肺がん発症リスクが争点だった。そうした意味で、石綿小体の本数議論に終止符を打つための重要な裁判でもあった。
昨年6月10日に岡山地裁に提訴した裁判は、9月30日に第1回期日が開かれ、原告の口頭意見陳述が行われた。
その際、原告は「主人は肺がんになり、労災の申請をしたのに認められず『くやしい、情けない』と言い残して、先に旅立ちました。私は主人の思いを引き継いでいくことが供養だと思い、提訴に踏み切ることにいたしました。主人が、長年にわたってアスベストを扱う仕事をしてきたことは確かです。本数だけではなく、主人の仕事の内容や労働環境などを、きちんと評価して判断していただきたい」と涙ながらに訴えられた。
寝耳に水の自庁取消し
第2回目の期日が今年の2月3日に指定され、その前段として1月14日に進行協議が設定されていた。進行協議において、突然国側から「遺族補償請求の調査の過程で、CT画像に胸膜プラークがみつかった」の見解が示され、業務上としての処理を進めているとの表明があった。
労災請求から再審査請求までの3回の調査において「胸膜プラークなし」との判断されたていたにもかかわらず、一転「プラークあり」となったのである。寝耳に水とはまさにこのことだった。
特別加入時「ばく露軽微」、さかのぼって労働者として認定し直し
2月9日、福山労基署の労災課長が原告の自宅に決定通知を届けに来た。これまで、最終曝露職場は自営のA建設(労災保険に特別加入)だとして調査が行われ、不支給決定も行われた。当センターが関わった審査請求の段階から、A建設での石綿曝露は近年のことであり微量であるとし、その前の労働者の時代の方が高濃度曝露であると主張していた。
今回、国側の再調査の結果、A建設時よりも労働者期間の方が高濃度曝露であったと判断され、特別加入時の岡山県笠岡署から労働者時代の広島県福山署に移送され、決定が行われたのだった。そのため、給付日額も特別加入の4,000円から約2.5倍となって決定された。
ただ、原告の思いは、被災者の生前中の労災認定の通知。これまで「胸膜プラークなし」と判断しておきながら、訴訟になったら「胸膜プラークあり」では到底納得ができない。プラークがあったのなら、もっと早く業務上との判断を示すべきだった。
福山労基署の労災認定を受け、原告は訴訟を取り下げ、国側も取り下げに合意し、訴訟は収束することとなった。
今回の国側の取り下げを受け、毎日新聞は「石綿肺がんの新認定基準をめぐる初の訴訟だが、取り下げられ、国側の『不戦敗』となった」と報じた。
石綿小体数の評価をめぐる争点論争に入る前に自庁取り消しとなったわけで、「不戦敗」との表現は的を得ているのではないだろうか。
石綿肺がん 労災認める/岡山の男性
国、本数基準争わず職場でアスベスト(石綿)を吸い、肺がんで死亡した男性が、労災認定の新しい基準に明記された肺の石綿本数を満たさず労災不認定とされたのに対し、妻が「本数による切り捨ては不当」として岡山地裁で国の処分取消しを求めた訴訟で、国が別の証拠が見つかったとして処分を取り消し、認定していたことが分かった。石綿肺がんの新認定基準をめぐる初の訴訟だが取り下げられ、国側の「不戦敗」となった。
毎日新聞 2015年3月13日
訴状によると、男性は岡山県伊原市在住で1974年から約30年、建設現場で働き、石綿を吸った。2008年に肺がんと診断。労働基準監督署は男性の肺1グラム当たりの石綿小体(タンパク質で包まれた石綿繊維)は1845本で、5000本の新認定基準を満たさないと労災と認めなかった。男性は昨年1月に66歳で死亡した。
妻は昨年6月に提訴。厚生労働省によると、石綿を吸って胸膜が部分的に硬くなる「胸膜プラーク」を新たに画像で確認したという。石綿を長年吸った職歴もあり、基準に沿って福山労基署(広島県)が先月、認定を通知した。
旧基準以前の石綿本数を巡る訴訟5件では患者側の勝訴が確定している。妻は「石綿本数などではなく、石綿にまみれた仕事全体を見てと訴えてきた。生前にこの結果が欲しかった」と話している。(大島秀利)
石綿肺がんの新認定基準により、プラーク要件等で以前の基準に比べて補償救済につながる改訂も行われたが、石綿小体数の要件では以前より厳しくなっている。石綿肺がんの労災認定が進まない要因のひとつに石綿小体問題があると考える。
結果的に、石綿小体の本数と肺がん発症リスクをめぐる争いは先送りとなった。先送りされたことで、石綿肺がんの救済が今後どうなるのか気になるところだ。
記事/問合せ ひょうご労働安全衛生センター