職業がんをなくそう通信 11/京都印刷胆管がん労災認定・ジクロロメタン急性中毒相談

2018年6月28日
職業がんをなくす患者と家族の会https://ocupcanc.grupo.jp/

大手印刷会社退職後に発症、胆管がん労災認定される

京都の大手印刷会社で印刷業務に従事し退職された方がその後胆管がんを発症し、京都職業病対策連絡会と当会で労災申請手続き及び意見書提出等のフォローを進めてきましたが、本年3 月労災の認定がされました。ご本人は胆管摘出手術後抗がん剤治療を受け、現在症状は安定されているそうです。

業務の経歴は昭和 44 年 18 歳で入社後平成 13 年まで化粧紙、薄紙、塩ビ等の印刷オペレーター業務、エンボス加工業務を行い、平成 13 年以降平成27 年までスタッフ業務を行いました。入社当時約 60 名の従業員で日勤、2 交替、3交替の勤務形態で 24 時間稼働で、化X 溶剤、化L溶剤、スケルトン、アノン、トルオール、キシレン、酢酸ブチル、酢
酸エチル、メタノール、MEK(メチルエチルケトン)、IPA(イソプロピルアルコール)、トリクレン(トリクロロエチレン)等の化学物質の取り扱いがあり、特にインクを落とす作業ではスケルトン(塗料剥離剤 / ジクロロメタン及び 1,2- ジクロロプロパン含有)を使用していました。

使用時は頭部に面体を着用し防護マスクは使用せず手には無色透明のポリ袋を装着しふき取り清掃をしており、作業時間は1 週間に数回程度で 1回につき30分から60分程度、使用した溶剤は1リットル程度でした。床の清掃では金属ヘラで取り除けないインクを除去するためスケルトン
を 3 L程度床に流しそれをふき取る作業を月1回 1 時間程度行っていました。

スタッフ業務をしていた際にも保護具をせずに印刷機周辺に行くなどの間接ばく露を受けていました。

溶剤へのばく露濃度の推定ー a near-field and far-field model での概算

当時の作業環境や作業の様子からばく露濃度を推定することができます。熊谷先生(産業医大)らの論文(JOH 2015;57:245-252)を参考に局所排気装置がなく室内の全体換気を考慮したモデル(a near-field and far-field model)を採用して以下の式を用います。

CEX=(1000GRE/ β+1000GRE/Q) ×24.47/M

洗浄作業で 1L のスケルトン(ジクロロメタンと 1,2- ジクロロプロパンが各々 40%と仮定)を使用するとそのばく露濃度は各々260ppm 以上、170ppm 以上であったと推論されます。この結果は短時間であっても非常に高いばく露濃度で作業をしていたことを示すものです。

隠れた被災者の掘り起こしを

本事案が労災認定されたことは大変意義深いものです。当初事務折衝で対応した会社担当者から「以前労災申請した人がいるがばく露濃度がわからないという理由で認定されなかった」と聞きました。職業がんの発症はばく露から数年~数十年の潜伏期間があるのが通常で、当時の作業環境や作業の様子を会社が記録で残していることは殆どないですから、当時のばく露濃度を推論するのは非常に困難と言わざるを得ません。

おまけに被災者は職業がんに罹患し精神的肉体的経済的な苦痛を伴いながら治療をしているのですから資料を作ったり意見書をお願いしたりなどもできません。本事案が労災認定されたことが社会的に認知されれば隠れた被災者の掘り起こしに繋がります。患者と家族の会が少しでも被災された方々のお力になれればと思います。

労働相談事例紹介 ジクロロメタン急性中毒

今月は大阪府の事業所で発生した溶剤中毒の相談がありました。20 代の青年労働者がウレタンを接着する業務に従事し吐き気・頭痛を訴えましたが我慢して作業を続けたところ体調が悪化し入院することになり、検査からは肝機能障害が判明しました。

現在は休職して療養し体調は好転してきています。職場で使用した化学物質の中にはジクロロメタンがありばく露対策が不十分のまま作業を続け急性中毒になったことが容易に想像できます。本人は職場の人間関係もよく「安全な化学物質だ」と言われていたことを信用し、体調が戻ったら仕事に復帰したいと考えています。一緒に相談に来ていた母親は心配して治療や労災申請の手続きなど一人頑張っておられました。

会社の対応が悪いことを言うと息子さんが気を悪くするのが納得できないご様子です。本人にしてみると会社に親が連絡して色々口出しするのが気に入らないようで、当然私たちのことも「余計なお世話」と感じているかもしれません。私も最初は本人のお話を丁寧に聞いていましたが、ジクロロメタンという化学物質がいかに恐ろしい化学物質であるのかを伝えました。取りあえず溶剤中毒に詳しい医師を紹介し現在様子を見ているところです。

ジクロロメタンと胆管がんの関係は大阪の「サンヨー・シーワィピー」(SANYO-CYP)であまりに有名だと思っていました。

今回の相談も詳しく聞くと本人以外にも工場長がこの作業を行い体調を崩しているようです。会社もジクロロメタンの有害情報はSDS で当然入手しているはずですが、SDS の情報を読み解くには特別な知識と経験が必要とされ(化学関係以外の労働者からもSDS自身や増して SDS に何が書いてあるかはさっぱりわからないと言われることがよくあります)、有効な対策が取られず被害が先行してしまっているのが現状と言わざるを得ません。そういった問題を少しでも解消しようとGHS制度が導入され、危険有害物質には以下に示すようなラベル表示がされるようになりました。

これらは危険有害性をイラストで示すものでこれなら特別な知識がなくても伝わるはずだというものです。

しかし、今回の相談内容から考えますとこれでも危険有害物質の取り扱いに関する適切な対応ができるとは言えず、わからないまま使用し体調を悪化させてしまっている事例は中小企業の中には相当あると考えなければなりません。

最近、患者と家族の会は被災者支援と啓蒙活動を中心に活動していますが、化学物質の適正な取り扱いを広く普及させるためには、国会への働きかけや厚労省交渉が必要であることを実感した次第です。

第 7 回職業がんをなくそう集会ー職業性膀胱がんを考える

次回の職業がんをなくそう集会は 7 月 21 日(土)13 時より大阪PLP会館にて開催します。三星化学工業の職業性膀胱がんの損害賠償裁判の意義を池田直樹弁護士に講演いただき、職業性膀胱がんが発生している複数の現場から報告を受けたいと思います。この裁判は職業性膀胱がんに関する損害賠償を求めた日本で初めての裁判と言われており、その影響は被災者全体に波及するであろう大変意義深いものです。現場報告もできるだけ多くの職場からレポートをして貰えるよう準備しますので、多くの方々のご参加をお願いいたします。(昌)