派遣社員の頸肩腕障害に労災認定~締切りに追われる翻訳業務●東京

記事/問合せ:東京労働安全衛生センター

2001年1月末から、広告業のH社に派遣社員として就労したIさんは、営業局に配属された。英語が堪能な1さんのそれまでの職種は、ホテルのフロントクラークやオペレーター、講師、受付など、対人業務がほとんどだった。

H社での業務一主に企画書や契約書をパソコンを使用して和英あるいは英和翻訳しながら文書打ち込み、作成に一日を費やすことなどは、全く経験したことがなかった。

朝、パソコンを立ち上げ、営業やマーケティングから作業に必要なメールが入っているかどうかをチェックし、当日提出書類、他継続分も含め前日に行った翻訳のチェック、リライト、校正など書面整理の後、打ち込み作業を開始。区切りをもって、10~15分の休憩を入れるようとは思っていても、打ち込みは始めると、2~25時間程度続けてしまう。

そして、一日外回りをしてきた営業担当者が午後3時前後に帰社した後に、Iさんには、新たな仕事が持ち込まれる。その段階で、新たにスケジュールの組み直しを強いられるのだ。午後4時半~5時頃、営業から渡されるクラインアントの仕事のほとんどは、2日上がりか1日上がりを要求されるものだった。

翻訳しながらの打ち込みは、集中力が要求される。翻訳の調子が乗ってくると、緊張感が途絶えてしまうことへの恐れから、打ち込み作業自体で疲労が蓄積していても、中断がしづらかった。とくに依頼が集中する夕刻は、懸命に作業を進め、その日のうちにおおむねの翻訳をすませ、翌日の昼にさらなる校正・リライトへの手順を組んだ。

入社後、仕事量が日ごとに増え、3、4月は繁忙を極めた。残業は当たり前という状態だった。4月に入ると腕のだるさ、脱力感、座りっぱなしの作業のためか、腰も痛んだ。

6月はじめ、右腕に激しい痛みが続いていたが、11日~15日頃までは繁忙で、毎日残業続きだった。耐えかねて、「腕が痛くてできない」と上司に訴えたが、大きなプレゼンが迫っており、また、他に同業務をこなせる人員がおらず、「できるところまでやってくれ」、「19日から7月いっぱい休んでいいから」と言われ、やむなく作業続行したものの、まもなくIさんの右腕は痛みとしびれで、日常的にもフライパンや包丁を手に持つこともできなくなった。

19日、ついに休職。Iさんは、その後、東京労働安全衛生センターを訪れ、所轄である三田労働基準監督署に労災給付請求をし、昨年暮れ、頚肩腕障害で業務上と認定された。

安全センター情報2003年5月号