石綿曝露-四国電力アスベスト中皮腫労災死事件/鈴木意見書参考文献-⑪「イングランド東南部における悪性中皮腫 272症例の臨床病理学的報告」
第2部 アスベスト疾患のひろがり
第2章 悪性中皮腫とはどんな病気か
Ⅱ 鈴木康之亮意見書添付資料 Ⅲ「参考文献」翻訳
5 発電所と石綿関連疾患に関する文献
目次
⑪「イングランド東南部における悪性中皮腫 272症例の臨床病理学的報告」
D.H.Yates,P.N.Stidolph, K.Browne
呼吸器疾患医学審査センター(MBC)(ロンドン・イギリス)
B.Corrin
帝国医科大学附属王立ブロンプトン病院病理学教室(ロンドン・イギリス)
Thorax, 52, 1997, pp.507-512
抄録
背景:悪性中皮腫は石綿曝露に関連する稀な胸膜腫瘍である。石綿曝露に関連しない悪性中皮腫の割合はどのくらいか、また、石綿曝露群と非曝露群との間に何か特徴の違いがあるかは、まだ十分に記録されていない。この調査は、イングランド東南部から集めた多数の悪性中皮腫の職業的、臨床的、病理学的特徴の報告である。
方法:この地域からの全272症例は、生存中から、もしくは死後に剖検で悪性中皮腫が示唆されてから調査された。職歴、臨床経過、死の状況に関してさらに詳細な情報が集められた。剖検は98%の症例に施行された。診断を確定し、腫瘍の組織型を確定し、石綿肺や石綿小体の有無を確認するために、肺組織が組織学的に検査された。
結果:87%の症例で石綿曝露が証明され、残りは石綿曝露が認められないか、石綿小体が見出されなかった。94.5%が胸膜に、5.1%が腹膜に、0.4%が心膜に生じていた。右側に生じたものの方が、左側に生じたものより多かった(比は1.6:1)。患者はたいがい息切れと胸痛を呈したが、33%は胸痛はないが胸水の滲出を呈した。最初の石綿曝露から発症までの平均期間は40年(標準偏差SD±12年)で、発症から死亡までの生存期間の中央値は14か月(四分位数間領域IQR±12か月)であった。肉腫細胞型、上皮細胞型、混合細胞型の生存期間の中央値は、それぞれ、9.4か月(IQR±10か月)、12.5か月(IQR±18か月)、11か月(IQR±14か月)であった。偶然発見された症例の方が、生存期間が長かった。石綿関連性の中皮腫も、石綿非関連性の中皮腫も、臨床的特徴は同様であった。
結論:イングランド東南部では、悪性中皮腫症例のほとんどは石綿曝露に結びついている。石綿関連性のものも非関連性のものも、臨床的特徴は同様であった。
キーワード:中皮腫、石綿、胸膜腫瘍
はじめに
悪性中皮腫は、普通石綿曝露に起因する稀な腫瘍で、英国内で発生率が次第に上昇している。1 悪性中皮腫の臨床的、病理学的特徴は、これまで十分に記述されてきている。2-4 しかしながら、これまで公表されてきた一連の調査では、母集団が小さく、臨床的、職業的、病理学的な詳細を完全に得ることは難しかった。石綿非関連性腫瘍の割合や、組織型による生存期間の違いや、石綿非関連性腫瘍の特徴は、同様に不確かであった。今回の報告は、イングランド東南部という限られた地理的領域の中で、1987年の1年間に、悪性中皮腫が原因で死亡した、272症例の完全な記録を提供するものである。
英国では、職業性肺疾患に対する補償のシステムが1931年から存続しており5、生存中ないしは死後の請求を、じん肺審査会(Pneumoconiosis Panels(現在では医学審査センター(MBCs: Medical Boarding Centres)と呼ばれる))の地域ネットワークが査定している。ロンドンMBCは、産業地帯のイングランド東南部の全域を扱っている。
イングランドでは、産業性疾患(industrial disease)によると疑われる死亡者は、全員検死官に報告され、剖検が施行されなければならない。1988年4月までは、悪性中皮腫の全症例を、肺の特殊検査のためにMBCにまわすことが検死官に命ぜられていた。死因と職業性肺疾患の有無に関する専門医の報告が、こうして検死官に提出された。
産業との因果関係(industrial causation)を疑われて法的に検死官への報告を要請された症例はごくわずかで、実際には—補償の問題のため—悪性中皮腫と診断されたほとんど全症例が差し向けられてきた。しかしながら、石綿曝露の可能性が極度に少なそうだったために、未報告にとどまってしまった症例も少しはあるかもしれない。臨床上の情報は、石綿の職業性曝露の立証により補完された。それは官庁が石綿曝露の可能性を注意深く立証するのと同様にして行われた。このシステムは、この地方の悪性中皮腫の全症例に関する完全な情報を収集する結果となったが、産業死に対する給付(industrial death benefit)が廃止されたことで、このシステムも終了した。1987年はそのため、石綿が原因しているという疑いがわずかでもあった悪性中皮腫の全症例の完全な記録が行えた最後の年であった。
方法
症例収集:
1987年に悪性中皮腫で死亡した全症例が調査された。症例には、産業障害給付(industrial disablement benefit)のためにあるいは訴訟のために、生存中に検査されていた患者も、この診断名が生存中から考えられていたり、死後見つけられた患者も、また、剖検で確認された患者も含まれる。
職歴:
職歴は複数の情報源から得られた。補償のための請求があった場合は、詳細な雇用歴が入手できた。請求がなかった場合は、職歴の詳細は、遺族から、病院のカルテから、検死審問での検死官の報告から、得られた。各症例で、入手された職歴を経験のある職業性呼吸器内科医が調査し、石綿との接触をもたらしたと思われる雇用に関しては、ひとつずつどんなものでも、さらに詳細が得られた。石綿との接触を伴いやすいこれらの仕事は、イングランド東南地方では、30年以上の長きにわたって、以前からMBCによって記録されてきた。石綿製造業や他の産業への定期的な石綿調査の結果の照合により、また石綿関連疾患の補償請求により、記録されてきたのである。石綿曝露歴が得られなかった場合でも、これらの記録が参照された。加えて、雇用記録が捜し出された。当該の人物が当該の雇用で働いていたことを、日付も含めて、以前の雇用主や同僚や親族に文書上で裏書きしてもらうかたちで、地方自治体職員が職歴の詳細を立証し、石綿との接触を確認した。
症例は、職歴と組織学的所見をもとに、4群に分類された:(1)明確に曝露していたもの、(2)おそらく曝露していたもの、(3)非職業性の曝露、(4)どんな曝露もなかったもの。こうすると例えば、職歴はほとんど得られなかったが、剖検材料の組織学的検査で石綿小体が容易に見つかった症例は、石綿曝露群に分類される。石綿小体は認められなかったが、故人が石綿曝露のありそうな職場で働いていた場合、症例はおそらく石綿曝露していた群に分類される。個人が働いた職場は曝露可能性が少なそうだが、一般には曝露性が高いと認知されている産業であった場合は、石綿小体が全くあるいはほとんど見られなくても、同様におそらく曝露していた群として記録された。非職業性曝露は職場以外での曝露歴を持つものを含む。曝露なしの群には、石綿小体が全く認められず、全職歴を調べても石綿曝露がありそうもない場合にのみ、入れられた。この分類基準は、他よりも石綿曝露群と分類されやすい結果となった。
臨床的特徴:
臨床的特徴は、生存中にMBCで行われた一般検査と、病院の記録、胸部X線、検死官の審問記録、剖検記録から確認された。
組織病理学的検査:
肺は肉眼的に検査され、また、腫瘍部及び非浸潤部の両方からそれぞれ3片が取られた。組織学的検査は、著者のひとり(B. Corrin)が、事前に職歴を知ることなく行った。腺様構造のみが明らかな場合、通常のヘマトキシリン-エオジン染色の上に、粘液性物質の証明のためにジアスターゼ-PAS(過ヨウ素酸シッフ)染色及びアルシアンブルー染色が、ヒアルロニダーゼ消化で対象をとって補われ、また、CEA(癌胎児性抗原)の免疫細胞化学的検査が補足で行われた。石綿小体を確認するために、対側肺から30μm厚の未染色の3片が取られ、全体を精査された。石綿小体の数は、なし、まれ、少ない、見られやすい、多数、というように記録され、石綿肺の診断は、多数の石綿小体に間質の繊維症が伴っていたときにのみ下された。2症例では、組織学的所見が疑わしく、臨床所見やX線所見を注意深く考慮してから一連の症例に加えられた。
データの分析:
各群の割合の差はカイ(χ)二乗検定され、年齢の差はスチューデントt検定された。計算はすべて1台のDell-PCとNCSS統計ソフトで行われた。結果は、平均値と標準偏差(SD)をもって報告され、生存期間のデータは中央値と四分位数間領域(IQR)をもって報告された。
結果
年齢、性別の分布と喫煙習慣との関係:
MBCに差し向けられた計285症例のうち、272症例(うち男性は252症例)が悪性中皮腫として認められた。死亡年齢は、平均65.2歳(SD±9.5歳)で、39歳から92歳にまでわたっていた(図1)。男性(平均65歳(SD±10歳))と女性(平均66歳(SD±9.6歳))との間には有意差はなかった。
発症からの生存期間の中央値は14か月(IQR±4か月)で、0~91か月にまでわたっており、女性と男性との間に有意差はなかった。ほとんどの患者は9か月も生存できず、40か月を越える生存は非常に稀であった(4%)。腹膜中皮腫では、生存期間は有意に短かった(7か月(IQR±4か月))。喫煙は、中皮腫の危険因子ではないので、喫煙習慣は分析されなかった。6
職業性石綿曝露:
2症例以外の全症例で詳細な職歴が得られた。10症例では、石綿曝露歴は否定されるか確認できなかったにもかかわらず、多数の石綿小体が見出され、これらは石綿曝露群に分類された。
石綿の職業性曝露は全症例の86.8%に認められた(212症例は明確に、24症例はおそらく曝露した群; 表1)。30症例は石綿曝露歴が引き出されず、石綿小体も全く認められなかった。4症例(2症例は石綿労働者の親族で、1症例は自宅で台所の改装中に石綿板を切断したことがあり、残り1症例は石綿工場の近くに住んでいた)は、石綿小体は認められなかったが、非職業性曝露があった可能性があると、検死官によって容認された(表2)。2症例は情報が不十分なため、明確な分類が下せなかった。
168症例(61.8%)は、最初の曝露の日時が十分立証された—すなわち、最初の曝露の正確な日付が、患者自身や親族や同僚の想起からではなく、雇用記録のような客観的な記録によって、証明された。全症例の潜伏期間(最初の曝露から死亡までの間隔と定義される)は、平均41.4年(SD±11.7年)で、15年から67年にわたっていた。胸膜腫瘍症例では、潜伏期間は有意に長く、46.7年(SD±11.3年)であった(p<0.05)。潜伏期間の度数分布を図2に示した。曝露期間に関する情報は166症例(61%)で入手できた。石綿の種類を同定するのは難しいが、英国では混合曝露が一般的である。その166症例の曝露期間は、平均19年(SD±13年)で、3か月から53年にわたっていた。腹膜腫瘍症例の曝露期間は、胸膜腫瘍症例に比べて有意差はなかった(17.3年(SD±14年)対19年(SD±13年))が、腹膜腫瘍では、曝露期間の情報が得られたのが9症例のみであったため、この計算の信頼性には疑問の余地がある。34症例では石綿曝露の職歴もなく、石綿小体も認められなかった。
腫瘍の位置:
腫瘍の位置は、臨床上、X線上、剖検上のデータから決定された。胸膜腫瘍が両側にあった場合、腫瘍の位置は、最初の症状を発した側か、最初のX線上の異状があった側に分類された。同様に、胸膜腫瘍も腹膜腫瘍もあった場合は、最初の腫瘍の位置は、全面に出た臨床所見から判断された。
257症例で胸膜腫瘍が発生し、右側優位であった(右側157症例、左側99症例、比は1.6:1)。1症例は胸膜腫瘍の起源の側が決められなかった。腹膜腫瘍は14症例(5.1%)で発生し、心膜腫瘍は1症例であった。
病理学的所見:
剖検は267症例(98.1%)で行われ、265症例(97.4%)で組織学的に中皮腫が確定された。2症例は組織学的所見は特殊染色をしてもあいまいであったが、臨床上、X線上の根拠から、中皮腫の診断が認められた。残り5症例は、残された生検材料から組織学的確定が得られた。
転移(対側肺や胸膜への、あるいはそれ以上の距離の二次的な拡散と定義される)は、150症例(55.1%)で見られた。石綿肺は、症例数は少なかったが、胸膜腫瘍より腹膜腫瘍でより多く見られた—腹膜腫瘍5症例(35.7%):胸膜腫瘍10症例(3.9%)(p<0.01)。石綿小体は125症例(46%)に存在し、プラークは剖検上またはX線上、78例(28.7%)に認められた。
悪性中皮腫の組織型への分類を表3に示す。剖検は267症例で施されたが、組織型への分類は250症例でのみ得られた。組織が不十分であったり、保存状態が悪かったり、といった技術的因子があったためである。肉腫細胞型が83症例、上皮細胞型が81症例、混合細胞型が84症例、そして2症例が組織学的構造が決められなかった。肉腫細胞型と上皮細胞型の成分が双方とも明らかにあれば、少ない方の成分がどんなに少なかろうと混合細胞型と診断された。平均生存期間は、上皮細胞型16.2か月(SD±13か月)、混合細胞型14.7か月(SD±13.5か月)、肉腫細胞型10.1か月(SD±7.5か月)で、肉腫細胞型は優位に低かった(p<0.05; 図3)。生存期間の中央値はそれぞれ、上皮細胞型12.5か月(IQR±18か月)、混合細胞型11か月(IQR±14か月)、肉腫細胞型9.4か月(IQR±10か月)であった。組織型と転移度を比較すると、各組織型の間で有意差は見られなかった。
臨床所見:
ほとんどの患者は頭痛と息切れを呈した。他の所見には、疲労感、体重減少、盗汗、気胸、胸壁の腫瘤があった。息切れはあるが胸痛はなく、胸水の滲出を伴うというのが90症例(33%)で呈された所見であった。胸水の滲出は104例(38%)で存在した。55症例(20%)は他の症状を呈していた。これには腹膜腫瘍症例(腹部不快感、腹満、腹水)、偶然発見された症例(n=10症例)、胸壁の腫瘤を呈した症例(n=11症例)が含まれる。23症例は呈した所見が不明であった。
滲出液を呈する症例の平均生存期間は、胸水の滲出を伴う症例(15か月(SD±11か月))と、胸痛を伴う症例(13か月(SD±9か月))とでは有意差はなかった。10症例は、他の理由からルーチン胸部X線を撮った後に診断が得られたのだが、胸部症状は1例ももっていなかった。これら無症候群の生存期間の中央値は21か月(IQR±4か月)と、優位に長かった(p<0.05)。これらの症例では、6症例で胸膜の異常が胸水の滲出であらわれ、その後平均12か月で胸痛に発展した。
職業性曝露のない中皮腫症例:
職業性曝露のない34症例が認められた。これらの症例での男女比は1.35:1であり、全症例での比(12.6:1)と比べて有意に差があった。これは、Hirschら7、Petoら8、Lawら9、の非石綿関連症例の記録を裏書きするものである。平均死亡年齢は石綿関連症例と比べて有意に低く(非石綿症例63.0歳(SD±10.2か月)対石綿症例65.4歳)、平均生存期間は石綿関連症例(13か月(SD±12か月))と比べて短かったが、これらの差は統計上有意なものではなかった。この中には、胸膜腫瘍33症例(右側20症例)、腹膜腫瘍1症例が含まれていた。
生存期間中曝露が想起されず、石綿小体も剖検上見られなかった症例のうち、6症例の職業は、ある曝露を伴う可能性があった。しかし、もしこれらの症例を非曝露群から除いても、平均死亡年齢と平均生存期間は有意に変化しなかった。
考察
石綿に曝露した労働者における悪性中皮腫による死亡率の継続的な増加は、この稀な腫瘍が次第に増え一般的になりつつあることを暗示している。1 今回の調査は、1976年以来3、英国から最大の悪性中皮腫症例数を報告し、その臨床的、職業的特徴を明らかにした。これは、この腫瘍の初期診断に役立つことになるだろう。石綿に関連して死亡したと疑われる全症例をルーチンにMBCに差し向けるシステムは、1987年にはまだ稼働しており、これはじん肺調査報告で起こりがちな職歴による選択のバイアスを少なくしたと思われる。もちろんこうしたバイアスはなかなか減らせないものなのだが。剖検組織の高い入手率は、組織学的根拠に根拠に基づく診断をより確かにし、職歴は多種類の情報源から得られ、多数の方法によって曝露可能性が注意深く審査された。
今回の調査は、石綿曝露が悪性中皮腫の主な原因であり、非職業性起源の中皮腫はわずかであることを示した。これは以前の調査結果と同様だが10-11、石綿曝露歴がわかれば、剖検につながり、悪性中皮腫の病理学的診断に結実する見込みが非常に高いので、これは職業情報源選択の問題を反映しているのかもしれない。10 造船作業で曝露した症例が多いが、これは劣悪な衛生状態で過去に曝露した典型的症例である。しかし、全症例の37%が大工、電気技師、調査労働者、建設労働者、海軍の技術労働者であり、曝露予防が適切でなかったのだろうということがわかったことは、特記すべきことである。石綿曝露を疑う指標の高さと、注意深い職歴の聴取は、悪性中皮腫の診断のために、こうしていまだに第一の重要性をもっている。
悪性中皮腫は一般的に中年後期の疾患であり、今回の調査での平均死亡年齢(65歳)は、これまでの一連の調査14 と比べていくぶん高い。これは粉じんレベルの改善を反映しているのかもしれないが、しかし、発症年齢の分布曲線は幅広い年齢の幅を示している(30代から90代まで)。平均潜伏期間は約40年で、他の報告での最小潜伏期間は15年であったから14、これはまた比較に値する。腹膜中皮腫症例の方が潜伏期間が長かったが、これは以前の一調査15 で示されたとおりであった。
中皮腫における胸膜腫瘍の割合の高さは、英国でのほとんどの研究と同様だが、逆の結果がいくつかのコホート研究では示されており、これは主に米国のものである。興味深い一所見は、はっきりした右側優位で、右側と左側との比は1.6:1であった。このことは以前ある評論16 で示され、ドイツでのある一連の調査17 でも記載されたが、これらの観察は母集団の小ささのため確実性に限界があったのである。この可能な説明としては、左右肺で繊維沈着性が違う、右側の方が胸膜の表面積が大きい、リンパ流通性が違う、等があげられる。
今回の調査での臨床的特徴には、石綿関連症例と非石綿関連症例との比較が含まれる。胸痛、呼吸困難、息切れが前景所見となることは、これまでも十分に認識されていた3,16 が、石綿曝露歴の違いで区別されてはこなかった。胸痛は中皮腫で一般的に呈される所見であるが、今回の症例のうち38%が胸水滲出を呈し、これらのうち弱い胸痛を伴うだけのものが散見された。これは、胸水滲出のある症例では、すべて中皮腫が考慮されるべきであることを示唆するものである。
今回の調査では、剖検が非常に高率で施行された(98%)。剖検で適当な組織標本が得られ、初発の腫瘍の位置や転移の位置の正確な説明につながった。248症例(91%)で組織型が決定でき、これと臨床経過を相関できた。以前は各組織型の発生率に関して、報告間の矛盾があった。ある報告は上皮型細胞の優位を示し2,18,19、他の報告は発生率に有意差を認めなかった4,15,20。これは母集団の小ささと、採用された収集方法の違いを反映しているのかもしれない。今回の一連の調査は剖検例に基づいており、幅広く腫瘍の収集ができた。今回の調査では、各組織型で発生率は同様で、肉腫細胞型の生存期間が短いことが確かめられた。混合細胞型と上皮細胞型の間で生存期間に有意差は認められなかった。また、各組織型の間で転移性に差はなかった。
今回の調査では、非職業関連性中皮腫の調査に特に関心が持たれたが、それは、これまでの調査ではその生存期間がまちまちに報告されてきたからであった。今回の調査では、非石綿曝露症例の選択基準は曝露症例よりも厳しく、曝露症例と異なる性比(1.35:1)は、これらがおそらく純粋に非職業性起源の中皮腫であることを確認するもののように思われる。非曝露症例は平均して全体より少し若く、これは他の研究7,8 と同様であるが、有意差はなかった。以前の報告には、非石綿関連症例の生存期間は、石綿関連症例よりも短いことを示すものがあったが、今回の調査ではこれは確認されなかった。同様に、腫瘍発生位置や左右差に関しても有意差は認められず、臨床経過にも差はなかった。このように、石綿関連症例を非石綿症例から区別する所見は何も見出されなかった。
この調査は、治療を評価することを企図したものではない。予防や治療の新方式がいまも開発中であるが、重大な困難のひとつは、悪性中皮腫は一般的に発症が遅いことである。今回の一連の調査では、10例の患者が、他の疾患の精査のためのルーチン胸部X線検査で、偶然異状が発見された。これら無症候性の患者の生存期間は全体に比べて長く、わずかな胸壁異状感が胸水滲出や胸痛よりも先行していた。これは、悪性中皮腫は、発症まで時には1年近くも存在することもあることを示唆している。これらの所見は、早期発見—例えば危険性の高い集団をスクリーニングすることで—により、将来、まだ限局している腫瘍に適切な治療を施すことで、予後を変えることができるか、という問題を提出するものである。
謝辞
Kate O’Dwyerに対し、この原稿の準備を様々に手伝ってくれたことに関して謝辞を申し上げる。また、Owen Egginton社会保障省医務部長に対し、今回の結果を公表することを認可してくれたことに関して謝辞を申し上げる。表明された見解は著者らのもので、社会保障省の見解を代表するものではない。
*以下の図が添付されている。
図1:悪性中皮腫の死亡年齢分布(n=272人)
図2:悪性中皮腫の潜伏期間の分布(n=168人: 石綿の職業性曝露期間が確認できたもの)
図3:悪性中皮腫の各組織型の生存期間曲線(n=250人)肉腫細胞型と他の組織型の生存期間の中央値においてp<0.05の有意差が認められた。