石綿曝露-四国電力アスベスト中皮腫労災死事件/鈴木意見書参考文献-⑱「石綿・石綿肺・癌に関して 診断と認定のためのヘルシンキ・クライテリア」

第2部 アスベスト疾患のひろがり
第2章 悪性中皮腫とはどんな病気か
Ⅱ 鈴木康之亮意見書添付資料 Ⅲ「参考文献」翻訳
8 石綿関連疾患に関する最近のコンセンサス・リポート

⑱「石綿・石綿肺・癌に関して 診断と認定のためのヘルシンキ・クライテリア」

Scand. J. Work. Environ. Health, 23, 1997, pp. 311-

1997年1月20-22日に、ヘルシンキで石綿・石綿肺・癌に関する国際専門家会議が開かれた。この会議では、石綿に関する胸膜と肺の病変に関して議論が行われ、石綿関係の診断と評価の最新の基準の合意が得られた。専門家グループは、この合意文章を「ヘルシンキ基準」と名付ける事に決めた。

診断基準が改変された理由の1部は、石綿関連の病変を同定するために適した、新しく良い診断方法の開発が行われてきたことによる。こうした方法により、石綿による健康障害の認識、実用的な予防、適切な補償が拡大されるとともに、国際的な比較を行える機会が増加することになる。またこの基準により、他の鉱物粉塵のリスクアセスメントへのモデルの提供が可能になると思われる。

この会議は、石綿産出国以外の8か国からの19人の参加者が出席した。議長は、オーストラリアのフリンダース医学センターのDouglas W Henderson教授とフィンランド労働衛生研究所のJorma Rantanen教授の2人が務めた。専門家グループは、病理学者、放射線科医、職業性呼吸器疾患臨床医、疫学研究者、毒性研究者、産業衛生工学者、組織中の石綿繊維分析を専門にする臨床家と研究者、からなる多分野の人で構成されていた。参加者が現在までに出版してきた論文は、1,000を越えている。今回のヘルシンキ基準の文章は、結論や勧告のための科学的な証拠を記載した、より包括的な報告書(People and Work Research Reports, No14,Finnish Institute of Occupational Health, Helsinki,1997)に基づいている。

この会議は学術的に、石綿研究分野の主要な研究所の支援を受けた。また社会福祉健康省とフィンランド産業環境基金の援助を得た。

概論

石綿粉塵の職業性曝露はすべての工業国に拡散し続け、その結果「絶えずあるもの」の位置を現在も続けている。詳細な調査によると、成人男性の20-40%が作業中に石綿曝露があった職種についていたと回答している。西ヨーロッパや北アメリカや日本とオーストラリアで石綿の使用は1970年代にピークがあり、約8億人の人口に対し、現在毎年1万人の中皮腫と2万人の石綿関連肺癌の発生が予測されている。

一般的には信頼できる職歴が、もっとも実用的で役立つ職業性石綿曝露の指標である。ポイントを押さえた質問票とチェックリストを、訓練を積んだインタビュアーが使用すると、石綿曝露に合致した職歴を聴取できる。粉塵測定は典型的な作業場における過去の繊維濃度の評価と、石綿含有物質の使用に際して、有用である。1立方cmあたり本・年で表現される累積繊維量は、石綿曝露の重要な指標である。

石綿関連疾患の臨床的診断は、石綿曝露と潜在期間の適切さに関して患者さんへの詳細な問診と職業データの確認、自覚症状と理学所見、放射線所見と呼吸生理学所見、適切に選択された細胞学的及び組織学的及び他の分野のデータ、に基づいて行われる。石綿関連悪性疾患が疑われたり、鑑別診断を行うためには、組織病理学的確定が必要となる。困難なケースの評価には、多分野の方法が必要である。

胸部レントゲン写真は、石綿肺及び胸膜病変及び肺癌、中皮腫等の石綿関連疾患を確定するために基本的な方法である。しかし、胸部レントゲン写真が、石綿肺や石綿関連胸膜病変を検出するのに限界を有していることも広く認識されている。コンピューター断層写真(CT)と高分解能コンピューター断層写真(HRCT)は、石綿関連悪性疾患の確定だけでなく、石綿肺や石綿関連胸膜病変の検出にも有用である。CTやHRCTはスクリーニングの方法としては推奨できないが、個人の臨床的評価や研究目的では大変貴重な方法である。こうした例としては、石綿肺疑い例での胸膜病変の検出、胸部レントゲン写真では不確かな肺実質病変の検出、また、鑑別診断目的での使用、が挙げられる。デジタル写真のような新しい画像技術が進歩してきているが、標準画像とその解釈がさらに進展しなければならない。その他の画像技術(超音波やMRI、ガリウムシンチ、換気血流シンチ、PET)の役割は、まだ確立されたものでなく、現時点では石綿関連病変の臨床的診断方法としては、推奨できない。

肺組織の石綿繊維及び石綿小体の分析は、職業歴の補足的データを提供してくれる。臨床的目的では、以下のガイドラインが、職業での石綿粉塵曝露が高い可能性の人物であることを確定するために、推奨される。

専門の実験室の電子顕微鏡で測定し、5μm以上の角閃石石綿(amphibole)繊維が肺乾燥重量1gあたり10万本以上の場合、もしくは1μm以上の角閃石石綿(amphibole)繊維が肺乾燥重量1gあたり100万本以上の場合。もしくは、専門の実験室で光学顕微鏡で測定し、肺乾燥重量1gあたり1,000本以上の石綿小体(肺湿重量1gあたり100本以上)の場合、もしくは気管支肺胞洗浄液1ml中1本以上の石綿小体の場合。それぞれの実験室では、実験室独自の参照値を設定すべきである。職業性石綿曝露集団の中央値は、十分参照値以上でなくてはならない。異なった実験室での肺内沈着繊維分析の方法を、分析し標準化する努力が推奨される。

石綿肺

石綿肺は、石綿粉塵に曝露された結果として生じる、びまん性間質性肺繊維症と定義されている。石綿肺の臨床像や肺組織の構造的変化は、他の原因による間質性肺繊維症と大きくは違わない。であるから、過去の石綿粉塵曝露歴が確定的でなかったり、肺組織中の石綿繊維や石綿小体数が一般人口で普通に見られるものより著しく高値である事が検出されなければ、石綿肺の確定診断はできない。石綿肺の自覚症状には、呼吸困難と咳が見られる。石綿肺の一般的な理学所見としては、吸気時の肺基底部の非連続性ラ音(crackle)であり、時々バチ状指が認められる。呼吸機能障害としては、ガス交換障害や、拘束性障害、細気道病変としての閉塞障害が認められる。

石綿肺は一般的には、比較的高濃度の曝露レベルに伴って生じ、肺実質の繊維化がレントゲン所見として認められる。しかし、低濃度の曝露レベルにおいて軽度の繊維化が生じること、レントゲンの診断基準が必ずしも、こうした組織学的には検出されうる肺実質の繊維化の症例に十分対応していないことも確かである。胸部レントゲン写真による石綿肺の診断は、ILO国際分類やその改変法等の標準法によることが最も望ましい。標準写真が常時使用されなくてはならない。研究及びスクリーニング目的で、小陰影のレントゲン所見1/0型は、通常石綿肺の初期としてみなされる。肺基底部の吸気時ラ音、肺機能検査での拘束性障害及び細気管支閉塞所見及びガス交換障害は、臨床診断目的及び産業保健での活用や認定の目的で有用な情報をもたらすと考えられる。HRCTは、石綿肺のレントゲン所見の確定目的や胸部レントゲン写真に映らない初期病変を確認できるが、限定された場合に使用すべきである。

石綿肺の初期病変や呼吸機能検査や呼吸器症状には、喫煙の影響を考慮すべきである。

石綿肺の組織学的診断には、肺癌や腫瘤状病変から離れた肺組織において、びまん性間質性繊維症が認められ、かつ1㎠の肺切片中に2個以上の石綿小体を認めること、もしくは被覆されていない石綿繊維数が同じ実験室で石綿肺として記録されている範囲内になること、が必要である。

異なった研究間で納得のいく比較が行われるためには、石綿肺の組織学的な診断と症度区分の標準化が必要である。CAP-NIOSHシステムのRoglli-Pratt変法は、標準化のためになり、使用しやすく再現性のある案として推奨される。

多数の石綿小体はないものの石綿肺である症例が、まれにあることは事実である。こうした症例は、被覆されていない石綿繊維の分析を行なうことによってのみ、特発性肺繊維症と区別が可能である。純度の高いクリソタイルの吸入に関連して起きる少数例の石綿肺では、最終曝露と診断までの期間が長く、検出される石綿小体がゼロや微量であり、石綿繊維が少量であることが起きる。こうした症例の存在は理論的可能性のものであり、もし診断が可能であるにしても、曝露歴と他の臨床的及びレントゲン的な診断と合致するかを十分検討すべきである。

石綿の職業性曝露を受けた労働者に、通常の石綿肺と異なる繊維化と炎症性変化が起きることも報告されてきた。その報告は、DIP(剥離性間質性肺炎)類似病変、肉芽腫性炎症、LIPに似た変化、BOOP、等である。石綿小体を伴ったDIP類似病変は石綿関連と考えられるが、その他の病変は現在のところ石綿関連とは実証されていない。

胸膜病変

石綿関連胸膜変化は、主に壁側胸膜に関係して時に石灰化を伴う胸膜肥厚斑と、主に臓側胸膜に関係した胸膜病変の総称であるびまん性胸膜肥厚、とに分けられる。びまん性胸膜肥厚には、石綿関連胸水、肋横角の鈍化、烏の足(Crows’ feet)もしくは胸膜肺実質束状繊維化病変、円形無機肺が含まれる。「pleural asbestosis」という語句の使用は、避けるべきである。胸膜肥厚斑は通常自覚症状がなく、臨床的に重要な所見を伴わない。

胸膜肥厚斑がレントゲン写真で、はっきりと映らないような時、1980年版ILOじん肺レントゲン分類による胸膜肥厚斑の診断の特異度は低い。鑑別診断として最もよくみられるものには、胸膜下の脂肪がある。石綿関連胸膜肥厚斑が特徴的な場合(例両側性限局性肥厚斑、両側性石灰化、横隔膜肥厚斑)には、レントゲン写真は信頼性の高いものである。

胸膜肥厚斑は、典型例では壁側の胸膜に細胞成分に乏しい膠原繊維が層状や網目状に沈着することにより、繊維性肥厚が限局された範囲に生じるものである。胸膜肥厚斑は、石灰化する時としない時がある。 胸膜肥厚斑が風土病でない地域では、レントゲン写真でよく確認できる胸膜肥厚斑の80-90%は職業性石綿曝露によるものである。胸膜肥厚斑が存在するなら、職業性石綿曝露を受けた集団として追跡調査することが妥当である。

びまん性の胸膜繊維化は、通常壁側胸膜にも影響するが、主に臓側胸膜に関係した、様々な程度の細胞性分を含んだ非限局性の胸膜肥厚として定義される。職業性石綿曝露という環境では、びまん性の胸膜繊維化は、おそらく胸水を伴った良性石綿胸膜炎の結果である。びまん性の胸膜肥厚は、軽度の、まれに中等度から重度の拘束性肺機能障害を合併する。

職業性、家族性及び自然環境からの低濃度石綿曝露は、胸膜肥厚斑の原因となる。これに対し、びまん性胸膜肥厚は高濃度曝露により起きる。

中皮腫

どこの部位のしょう膜にも起きる悪性中皮腫は、石綿吸入により起こされることが多い。中皮腫の診断の組織学的、免疫組織化学的、超微細構造の指標は十分確立されている。非典型例及び一致しない所見のために診断が不確かな例及び確定診断のために使用できる組織の量が不十分な例にのみ、専門家の意見を求めるべきである。中皮腫は、しばしば胸水、呼吸困難、胸痛を伴う。

クリソタイルよりアンフィボルの方が発癌作用が強いが、全種類の悪性中皮腫が石綿により起こされる。例外としては、ある組織学的種類の中皮腫及び良性例及び不明確な例及び悪性との境界の可能性の例(多嚢胞性中皮腫、良性乳頭性中皮腫等)があげられる。

論議になった、実験室でのバックグランド値を越える肺内石綿繊維数、もしくは石綿関連組織障害のレントゲン及び病理学所見(石綿肺や胸膜肥厚斑)及び異常な石綿含有物質量の組織病理学所見(肺組織切片中の石綿小体)等は、胸膜中皮腫が石綿曝露に関係する、といって差し支えない。こうした指標がない時、職業及び家庭内及び環境での石綿の十分な曝露歴があれば、認定のためには十分である。腹膜中皮腫は、胸膜中皮腫より高濃度の石綿曝露に合併することが明らかにされている。ある環境では、家族構成員に起きるような曝露が、職業性曝露のレベルにまで達する。

残された疑問は、肺内石綿繊維数が曝露のない都市住民と同程度である中皮腫の例が石綿と関係するのかどうか、である。胸膜及び腫瘍標本内の石綿繊維の情報が、補償目的でこうした手法が使用される以前に、さらに必要である。

以下の点が、中皮腫が職業起因であることの評価のために必要と考えられる。

  • 中皮腫の大多数は、石綿曝露による。
  • 中皮腫は低濃度の石綿曝露で起こりうる。しかし、極めて低濃度のバックグラウンドの環境曝露は、極めてわずかのリスクしか起こさない。
  • 約80%の中皮腫患者が、何らかの職業性石綿曝露歴を有していた。ゆえに、詳細な職業歴及び住環境の聴取が必要である。
  • 一時的及び低濃度曝露の職業歴は、中皮腫を職業起因とするのに十分なものと考えられる。
  • 初曝露から最低10年の期間が、石綿曝露に関係した中皮腫とするために必要である。大抵の場合、潜伏期は長く30-40年である。
  • 喫煙は、中皮腫の発症の危険度に影響を及ぼさない。

肺癌

肺癌の主要な4組織型(扁平上皮癌、腺癌、大細胞癌、小細胞癌)すべてが、石綿に関連している。肺癌の組織型や解剖学的位置(中心型と末梢型、上葉対下葉)は、個々の肺癌が石綿に起因するかどうかを決定するために重要な意味を持たない。石綿関連肺癌の臨床的な症状や所見は、他の原因で起きる肺癌と何ら変わることはない。

例を挙げると、1年の高濃度石綿曝露(石綿製品製造、石綿吹き付け、石綿製品の断熱作業、古い建築物の解体)及び5-10年の中等度石綿曝露(建築や造船)は、肺癌の危険度を2倍以上とする。極めて高濃度の石綿曝露の環境において、1年未満の期間でも、肺癌の危険度は2倍以上となる。

肺癌の相対危険度は、累積曝露量(石綿繊維数×曝露年数)が増加する毎に、すなわち1立方cm中の石綿繊維数×曝露年数が増加する毎に、0.5-4%増加する。この範囲の上限を用いると、25繊維×年数の累積曝露量は、肺癌の危険度を2倍にすると予測される。臨床的な石綿肺の症例も、ほぼ同等の累積曝露量で起きる。

2倍の肺癌の危険度は、5μm以上のアンフィボル繊維が乾燥肺組織重量1g当たり2百万本分、1μm以上のアンフィボル繊維が乾燥肺組織重量1g当たり5百万本分、の貯留と相当する。この肺内繊維濃度は、乾燥肺組織重量1g当たりほぼ5千から1万5千の石綿小体、気管支肺胞洗浄液1ml当たり5-15本の石綿小体に、匹敵する。乾燥肺組織重量1g当たりの石綿小体が1万以下の場合には、電子顕微鏡での繊維分析が推奨される。

クリソタイル繊維は、クリヤランス速度が速いために、アンフィボル繊維と同程度には、肺組織内に蓄積されない。ゆえに、肺内繊維分析よりも職歴(繊維数×曝露年数)の聴取が、クリソタイルによる肺癌の危険度の良い指標となる。

同じ実験室内で石綿肺の範囲内に記録される肺内繊維が検出されれば、石綿肺同等の重要性があると考えるべきである。肺癌があり非曝露の都市住民に記録される範囲の繊維数である患者の場合、肺癌とアンフィボル石綿との関係は、極めて疑問である。

石綿関連肺癌の相対危険度の評価は、様々な大きさの調査人口に基づいている。一般人口で肺癌罹患率が高い時は、仮に石綿肺がある時であっても、正確にかつ決定的な意味で、石綿を個人の肺癌の原因や要因として立証することは困難である。けれども、原因として寄与を決めるためには、物質(石綿)がその疾患の原因であるのか、確率的な基礎に基づいた合理的な医学的判断が必要となる。石綿曝露が結果として肺癌に寄与することの確実さは、石綿曝露が増加する毎に増加する。石綿の累積曝露量は確率的な基礎にたっており、結果として石綿による肺癌の危険の寄与を推し量る、主要な基準と考えられる。石綿繊維の累積曝露量が25繊維・年である疫学調査例の肺癌の相対危険度は約2倍になっており、それは石綿肺があるかないかを検出できる職歴と同程度のものと考えられる。レントゲンで石綿肺と診断されていなくても、高濃度の石綿曝露は肺癌の危険を増加させるのには十分である。25繊維・本以下の累積曝露量もまた、肺癌危険の増加に関連するが、その関与はより小さいものである。

石綿肺の存在は高濃度曝露の指標である。石綿肺は、石綿曝露自体に関連した肺癌の危険だけでなく、肺癌の発生に追加の危険をもたらす。HRCTを含んだレントゲンでの臨床的な石綿肺、及び組織学的に診断された石綿肺は、石綿が肺癌に関連しているかの原因及び認定の関与に使うことができる。

胸膜肥厚斑は、石綿繊維曝露の指標である。胸膜肥厚斑は低濃度の石綿曝露と関係して起きるために、石綿曝露が肺癌に関与しているとするためには、確実な石綿曝露の職歴か石綿繊維量の測定により補われる必要がある。両側のびまん性胸膜繊維化は、しばしば中等度から重度の曝露を伴うため、石綿肺が伴って認められるので、肺癌と関係していると考えられる。

初曝露から最低10年たっている事が、石綿による肺癌であることのために必要である。

肺癌との関係を明らかにするために、すべての曝露基準が満たされている必要はない。そうした例として、以下のような場合が考えられる。

(1)明確な職業性曝露歴があり、肺内繊維数は少量(クリソタイルの長期曝露か、最終曝露から肺内鉱物学的分析まで長期の期間がある時)

(2)肺内や気管支肺胞洗浄液中に高濃度の繊維数が検出されるが、職歴が不確かか長期の曝露がない場合(短期曝露が高濃度である時)

石綿曝露が極めて低濃度である場合、肺癌の危険は検出できないぐらい低いものである。

喫煙は肺癌の危険を全体的に増加させるが、この作用は石綿曝露による肺癌の危険を減じるものではない。この報告では、石綿曝露と喫煙との相対危険度を検討することは行われなかった。

予防とスクリーニング

石綿曝露集団へのスクリーニングは実用的及び科学的目的で実施される。スクリーニングの目標には4点ある。(1)ハイリスク集団の確定、(2)予防行為目的、(3)職業性疾患の発見、(4)治療やリハビリや予防に関する優れた手段の開発。スクリーニングは、石綿関連疾患の予防を目的とし、ゆえにスクリーニングを受けたり同等のリスクのある集団の健康的な生活を増加させなければならない。患者個人の利益は、慎重に考慮されるべきである。石綿曝露による罹病率や死亡率が重大なため、スクリーニングの予防的な作用を増大させるためにたゆまない努力が払われてきた。

純粋に科学的な目的のスクリーニングは、低費用で高い予防効果を持つ例のように、適切な方法と基準を兼ね備える必要がある。スクリ-ニング計画の開始前に、倫理的及び経済的及び法律的な局面を考慮しなければならない。患者さんへの告知、データ保護、費用割り当て、異常が確認された人の追跡調査等がこの局面に含まれる。さらに、疫学的分析及び精度管理及び1次や2次予防及び計画の有効性評価に関する規定が求められる。

スクリーニングの手段として、質問表及び対面式インタビューには、石綿曝露及び喫煙及びその他の寄与因子に関する項目を含ませるべきである。質問表はむしろ、喫煙歴と職歴を確認すべきである。可能なら結果の疫学的分析が可能になる様に、質問表を全国的に実施すべきである。

胸部レントゲン検査には、正面及び側面写真が含まれる。適切な呼吸機能検査としては、フローボリュームと換気数が測定できることである。スパイロメトリーでは、キャリブレーションを慎重に行い、十分努力しているかを確認し、再現性のある結果であること、に注意を払うことが必要である。

石綿関連疾患の予防に関する戦略は、曝露源と曝露者の確定の基礎の上に成り立つ。予防には主要な3つの目標、(1)労働者個人、(2)労働者の一定の集団、(3)作業環境、が挙げられる。労働者個人のレベルでは、健康教育及び安全な作業実践の紹介及び禁煙及び健診での注意深い追跡調査が、予防の手段となる。集団レベルでは、部分的に個人レベルと同一になるが、健康に関する情報及び教育及び呼吸保護具の使用を含んだ推奨が、挙げられる。

予防の最も重要な目標は作業環境であり、石綿使用の中止に始まり、湿式方法の使用により粉塵発散の予防、作業環境での受動喫煙の防止、が挙げられる。多くの国で石綿の使用は禁止されてきたが、製造物や建築物内に大量の石綿が残存し、修理や除去に携わる労働者への曝露が続いている。いくつかの国では、特定の資格や訓練や保護具のもとでのみ、石綿作業を許可してきた。

石綿曝露の潜在性に関する知識からすると、10年以上前に曝露を受けた人たちが、ハイリスク集団と考えられる。労働組合や雇用補償や雇用記録等の登録書類の活用を、こうした目的で調査することが可能であろう。

介入したり、スクリーニングしたりする小集団毎に、それぞれのリスク(現在の肺癌の危険、今後の一定期間内に予測される危険)に応じた課題を、わり振ることができるだろう。それぞれの介入やスクリーニングに含まれる基準は、研究のプロトコールの際に確立させておく必要がある。その結果、それぞれの小集団の一人ひとりが、グループに基づいた介入も、個人個人としての介入も、別々に受けることが可能になる。

介入のプロトコールは、個々の課題や小集団に対して適切に働き、個々人の健康を増進し石綿関連疾患の早期発見を促進するように、計画されねばならない。こうした小集団の結果は、疾患の発症及び様々な生物学的指標に関する特定の研究の基礎となる。検出された異常は、臨床的にも産業衛生の実践として、追跡していくべきである。

研究の必要性

分類及び今後の研究が必要である、いくつかの課題がある。以下に、推奨される研究と今後決定すべき課題のリストを掲げるが、これにすべてがつきるということではない。

  • 特定の小集団を含み、データの照合ができる、石綿曝露量の評価方法の改善と、石綿曝露評価の国際的な標準プロトコールの開発
  • 作業の曝露の一層の分析と様々な石綿関連疾患に対応した組織内石綿繊維量の研究
  • (実験的研究をも含んで)肺癌の危険に関連した肺組織内クリソタイル繊維量の研究
  • 石綿以外(屈折性セラミック繊維及びゼオライトの例)の鉱物繊維の肺内組織量と肺癌の関係
  • レントゲン診断及び胸膜病変のカテゴリー化のために、ILOの方法の改良
  • ILO方式に類似させて、石綿関連疾患のHRCTの標準的様式の開発
  • 石綿曝露の指標としてCTに映る胸膜病変の特異度の研究と、びまん性胸膜病変の予後に関する研究
  • 胸膜の超音波画像の改良・ 石綿関連病変へ貢献できるような新しいデジタル画像技術の開発
  • 特定の聴力機械を使用した呼吸音の標準化
  • 複屈折性セラミック繊維の様な、石綿以外の鉱物繊維の曝露による中皮腫の発生の潜在的可能性に関する実験的調査や、石綿やエリオナイトの曝露がない中皮腫患者の肺内組織分析を含んだ研究
  • 初期の石綿疾患の発見のための生物学的指標と新しい治療への反応を評価する多施設研究
  • 肺癌と中皮腫以外の石綿関連腫瘍(喉頭癌や腎臓癌等)の研究
  • スクリーニングプロトコールのさらなる研究

参加者

Douglas W.Henderson(フリンダース医学センター、 オーストラリア)、JormaRantanen(フィンランド労働衛生研究所、フィンランド)、Scott Barnhart(ワシントン大学、アメリカ)、John M.Dement(デユーク大学医学部、アメリカ)、Paul DeVuyst(ブリュッセル医科大学、ベルギー)、Gunnnar Hillerdal(カロリンスカ病院、スウェーデン)、Matti S Huuskonen(フィンランド労働衛生研究所、フィンランド)、Leena Kivissari(ヘルシンキ大学中央病院、フィンランド)、YukinoriKusaka(福井医科大学、日本)、Aarne Ladhensuo(タンペレ大学病院、フィンランド)、Sverre Langard(国立病院、ノルウエー)、Gunnar Mowe(オスロ大学社会保障医学部門、ノルウエー)、Tositeru Okubo(産業医科大学、日本)、John EParker(NIOSH,アメリカ)、Victor L Roggli(デユーク大学医学部、アメリカ)、Klaus Rodelsperger(ジュストスリービッヒ大学、ドイツ)、Joacim Rosler(ジュストスリービッヒ大学、ドイツ)、Antti Tossavainen(フィンランド労働衛生研究所、フィンランド)、Hans Joachim Woitowitz(ジュストスリービッヒ大学、ドイツ)

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