石綿曝露-四国電力アスベスト中皮腫労災死事件/鈴木意見書参考文献-⑩「石綿曝露性中皮腫と石綿非曝露性中皮腫の特徴」

第2部 アスベスト疾患のひろがり
第2章 悪性中皮腫とはどんな病気か
Ⅱ 鈴木康之亮意見書添付資料 Ⅲ「参考文献」翻訳
5 発電所と石綿関連疾患に関する文献

⑩「石綿曝露性中皮腫と石綿非曝露性中皮腫の特徴」

A.Hirsch, P.Brochard, H.De Cremoux,L.Erkan, P.Sebastien,
L.Di Menza and J.Bignon
呼吸器及び環境病理診療所,INSERM、インターコミュナル病院センター,(フランス)
Erkan博士の現住所:ハセチープ医学校 胸部疾患科(アンカラ・トルコ)
American Journal of Industrial Medicine, 3, 1982, pp.413-422

抄録

胸膜及び腹膜中皮腫が組織学的に確定した36例が、53か月の期間中に、胸部病棟で観察された。石綿曝露歴は、統一された問診票で全例について評価され、石綿の肺への蓄積は、肺関連の検体(痰、気管支肺洗浄液、肺組織)の鉱物学的分析を用いて28例において測定された。これらの2つの方法の結果はよく一致した。石綿曝露歴は17例において明確に関係づけられ、10例において確実に除外された。他の例では結果は決定的ではなかった。分析された臨床的、生物学的、病理学的及び予後の特徴により、明らかな石綿曝露群と石綿非曝露群とは異なっている。石綿曝露歴のない例では、それ以外に可能性のある原因物質もない。若年ならびに男女類似の発生から、環境あるいは自然な疾病が示唆される。

キーワード:中皮腫、石綿、グラスファイバー、パラフィン、放射線診断的撮影、石綿非曝露

はじめに

 中皮腫は稀な腫瘍であるが、過去における石綿への職業的曝露に関連することが重要である。[1974年グリーンバーグとロイド・デービス、1976年セリコフ]さらに最近、トルコで中皮腫とエリオナイト-ゼオライト(沸石)との関連が強く示唆されている。[1979年アートヴィニーとバリス] 様々な国での中皮腫の記載で、石綿曝露歴のある例の比率に(20%から72%まで)大きな開きがあることがわかった。しかし、これらの研究すべてにおいて、職業性石綿曝露歴が確実に除外される、組織学的に確定した中皮腫がかなりの比率になる。そこで、(1)統一された問診票で石綿に関連した中皮腫の百分率を調べるため、(2)石綿関連及び石綿非関連の中皮腫の痰と肺組織標本の両方あるいはいずれかの中の被覆された石綿繊維の数を比較するため、(3)石綿に関連しない中皮腫症例で、他の職業性の有害物質と関連する可能性を見つけるため、(4)臨床的、放射線医学的、組織学的及び疫学的資料を基礎にして、石綿関連及び石綿非関連の中皮腫を比較するため、フランス・ヴァルドゥマール地方(住民1,200万人)の胸部病棟に関係した継続的症例が観察された。

材料と方法

1976年の10月から1981年の2月まで36例の中皮腫(胸膜中皮腫34例、腹膜中皮腫2例)が観察された。診断は、全例で病理学的標本をもとにした。ツベルクリン反応[1964年デックとガルド]が検査された。胸部X線写真(後前方向、側面、45度斜位)[1970年マッケンジーとハリース]は、1980年の国際じん肺分類[1979年ヒルシュ]に従って、2人の読影者(ディメンザとヒルシュ)によって分類された。胸水は、ヒアルロン酸の含有量の測定[1980年ベルスマら]も含め細胞学的ならびに生化学的に分析された。胸膜の病理学的標本は、1回あるいは反復的針生検と、1979年の6月以後は局所麻酔あるいは全身麻酔下での胸腔鏡[1980年ブーチンとヴィアラ]によって得られた。この手技によって、壁側及び臓側胸膜がよく見え、組織の大きな標本を得ることができるようになった。数例で開胸胸膜切除と開腹腹膜切除が必要であった。組織標本は、光学顕微鏡と必要時に電子顕微鏡[1979年ステブネルら]を用いて病理学的診断をフランス中皮腫登録の病理学者により調べられた。

次の資料が、原因物質を調査するための設計で統一された問診票によって集められた。それは胸部疾患の既往とレントゲン診断用胸部撮影、喫煙習慣(箱/年で表わす)、欧州委員会[1977ツィールホイ]が提案した診断基準に従った職業性、準職業性(paraoccupational)、環境性または家庭内での石綿曝露歴、他の職業性有害物質を探れるよう設計された統一問診票を用いた完全な職歴であり、問診表はLディメンザから直接患者に渡された。(注: 問診票の見本は雑誌の編集者から入手できる。) 28例で、痰と気管支肺胞洗浄液の両方あるいはいずれかの被覆された繊維(光学顕微鏡)及び肺組織内の被覆された繊維(消化マイクロ濾過法)[1974年ビッグノン、1979年ゴーディヒェットら、1980年1982年セバスチェン]の様々な生物学的標本で石綿繊維が測定された。

結果はスチューデントのt検定とカイ2乗近似値を用いて分析された。0.05以下の確率(p値)で有意とした。

結果

病理学的及び臨床的データ

53か月の研究期間中、45例からの病理学的標本が全国中皮腫登録委員会に提出され、36例が組織学的に中皮腫と確認された。組織型は、30例が上皮型、紡錘型(訳注: 肉腫型)2例、混合型4例であった。他の9例は除外されたが、それは3例で材料が不十分であり、5例が転移性胸膜腺癌に分類され、1例は胸膜肉腫であったからである。病理学的診断は、6例で1回の針生検で可能であり、3例では2、3回の針生検で、9例は胸腔鏡下生検により、14例は開胸生検、1例で縦隔鏡下生検、1例で腹腔鏡下生検により診断された。2例では剖検時に診断された。

36例の確定例で、主訴は労作時の息切れ(47%)と胸痛(37%)であった。2例(第12例と第19例)で、通常の胸部レントゲン写真で胸膜陰影を示した。96%の症例で最初の胸水は滲出性であり、その67%の例では透明、30%が血性、3%が不透明であった。胸水の細胞学的検査では異常は認めなかった。

疫学的データ

石綿の統一問診票をもとに、36の中皮腫は次の4つの群に分けられた。(1)確実な、高度の石綿曝露歴の7例、(2)確実な、中等度の石綿曝露歴の10例、(3)確実に石綿曝露歴がない10例、(4)問診票ではっきりしない9例、である。7人の確実な高濃度石綿曝露歴のある中皮腫(表1)では、すべての患者が男で、腫瘍は57%が上皮型で、実施したすべての鉱物学的分析は陽性で、71%に反対側に石綿による胸膜あるいは実質のレントゲン異常があった。10人の確実な中等度の石綿曝露歴のある中皮腫(表2)では、2人の患者が女であり、1人は家庭での接触(第8例)であるが、石綿曝露期間(30.3±8.2年)は確実な高濃度石綿曝露歴群(11.4±9.5年)より有意(p<0.001)に長く、腫瘍は80%が上皮型で、鉱物学的分析は全員陽性であり、反対側の石綿による胸膜あるいは実質のレントゲン異常は80%に認められた。10人の石綿非関連の中皮腫(表3)では、4人の患者が女で、すべての腫瘍が上皮型であった。鉱物学的分析は測定をした6例中3例で、石綿小体が陽性で、第27症例で乾燥肺組織gあたり6,903本の被覆繊維が見つかったのを除いて、石綿小体は非常に少なかった。石綿関連のレントゲン異常は1例に見つかった。9人のはっきりしない症例(表4)で、5人の患者が女で腫瘍の89%は上皮型であった。鉱物学的分析は測定をした7例中6例で陽性で、症例の44%で石綿による胸膜あるいは実質のレントゲン異常がみられた。

高度ならびに中等度に石綿と関連が確実にある中皮腫と石綿に関連しない中皮腫との臨床的、組織学的、放射線医学的及び生物学的指標の比較

いくつかの指標は石綿関連と石綿非関連中皮腫との間で異なっている(表5)。石綿非関連群では、(1)患者がより若く、(2)彼らの平均生存期間がより長く、(3)ツベルクリン反応の直径がより大きく、(4)中皮腫と反対側の胸部レントゲン写真には石綿関連の異常はなく、(5)男女の性比は非曝露例で1.5、曝露例で7であり、(6)曝露例の腫瘍は様々な組織型だが、非曝露例では上皮型のみであった。石綿非関連中皮腫では50%が、石綿関連中皮腫では35%が、開胸胸膜生検で診断がつけられた。

考察

もしわれわれが問診票だけで石綿曝露を評価すると、曝露者の百分率(47%)は、他の研究者が認めた曝露者の百分率(プランテトゥ[1979年]の72%、グリーンバーグら[1974年]の68%、マクドナルド[1979年]のカナダでの66%、マクドナルドとマクドナルド[1980年]の合衆国での72%、ビッグノンら[1979年b]のフランス全国中皮腫登録の77%)と比較して非常に低くなる。われわれは、肺の生体標本の被覆繊維及び非被覆繊維の測定に利点があることを以前から認めている。[1979年aビッグノンら]問診票と測定の両方の方法の使用により、石綿曝露歴のより良い評価ができる。[1980年ディメンザら]これらの2つの方法を用いて、われわれは、問診票ではっきりしない9例のうちから6例見つけて追加し、問診票で曝露歴のない10例のうちから3例の曝露例を見つけた。その1例(第27例)は革製品製造者で、おそらく石綿曝露歴がある。(靴屋の中皮腫が1例報告されている。[1980年デカッフル])われわれは非典型的石綿曝露を2例観察した。1例目は、数年前に石綿セメントを用いていくつかの鶏小屋を作っていた農夫である。類似の曝露例をアシュクロフト[1973年]が発表している。2例目は宝石商で、この職業はコクレインとウェブスター[1978年]の症例で記述されている。石綿曝露は、男性では職業性であるが、家庭や準職業性(paraoccupational)曝露が女性で認められる。性差に関した曝露様式はすでに記述されている。[1977年ハサンら、1978年ヴィアンナとポラン、1979年マクドナルド]石綿曝露の長さ、潜伏期、平均年齢、性比及び胸膜または腹膜の局在に関するわれわれの所見は、以前に報告されたものと類似している。[1976年セリコフ、1974年グリーンバーグとロイド・デービス、1974年ヒンズ、1978年プランテトゥ、1979年マクドナルド]

多数の物質は、実験的に胸腔あるいは腹腔に注入されると胸膜あるいは腹膜の腫瘍を惹き起こす。これに関して、グラスファイバーとガラス粉末[1973年ワーグナーら]や、アルデヒド木リグニン成分[1972年シェンタルとギッバード]、1-ニトロソ5,6-ダイドロウラシル[1975年ペルフレンとガルシア]、ステリグマトシスチン[1978年寺尾]、メチル(アクティクソキシメチル)ニトロソアミン[1979年ベルマンとライス]、除草剤[1980年ドナら]により動物に中皮腫が誘発されている。一方、次にあげるいくつかの物質は石綿と共同して発癌性を示す;放射線照射[1980年ラヒューマら]、放射線照射と3-メチルコラントレン[1981年ウォレンら]、N-メチル-N-ニトロソウレタン[1979年河合]、そしてジメチルベンツアントラセン[1980年トッピングとネテシャイム]である。石綿非曝露例の完璧な職歴(表3)は、これらの実験資料に関して考察されるべき疫学的要素を仮説的に示す。2人の患者(第32例と第33例)は、こわれた電球のガラスの破壊をしていてガラス粉じんに曝露した。1人の患者(第28例)は、右肋横角に(26年間で累積9.5ラド)X線照射を受け、同じ部分に中皮腫を発生し、そこにレントゲン写真上異常陰影を呈したホワイトカラーの労働者である。これは、肺結核のための虚脱療法後に観察された、われわれのうちの1人(Jビッグノン)の症例に似ている。[1968年クレチーンら]もう1人の患者(第29例)は溶かしたパラフィンを使っていた。この所見は、規則的に灯油を摂取してできたパラフィン肺肉芽腫に極めて隣接して発生した胸膜中皮腫の最近あった症例と比較すべきである。[1980年メイニアードら]石綿曝露群の特徴、特にわれわれが肺に見つかった多量の被覆繊維から第28例が過去に曝露していたと考えるならば(表3)、その特徴と、石綿非曝露症例群は有意に異なるいくつかの特徴を呈する。それらの特徴の中で、年齢と性比については、ピートら[1981年]のロサンゼルス州で診断された中皮腫の中の石綿非曝露例の研究と以下のごとく極めて類似している。(1)非曝露例は曝露例より(及そ10歳)若い。(2)曝露群では男性の発生が優位であるのに対し、男性(6例)と女性(4例)の発生数が似かよっている。ペトら[1981年、1982年]は、曝露例では、中皮腫の発生率は最初の曝露からの時間に相関するが、非曝露例では発生率は年齢に相関する。このことは、「非曝露」例は、トルコの例で考えられたように、子供の時からの石綿繊維の環境曝露のためか(注)、あるいは別の原因物質か、を示唆している。(3)患側の反対側の石綿に関連したレントゲン所見は、石綿曝露17例のうち13例にみられたが、石綿非曝露10例のうち9例にみられなかった。(4)石綿曝露17例中、上皮型中皮腫は12例に、混合型は3例に、紡錘型は2例にみられた。石綿非曝露10例中、中皮腫はもっぱら上皮型であった。ピートら[1981年]は、これらの例は中皮腫ではあり得ない!と示唆した。しかし、われわれの症例において、中皮腫委員会全体の合意があった。(59非曝露例の診断後の生存率は、曝露例に比べ有意(2の因子によって)に長い;われわれはこの差について説明できないが。

注)この論文を証明するため、われわれは確かに曝露のない2例を追加して観察した:1例は(表3の)第36例の妹で44歳、哲学の教師として働いていた。2人の兄妹は、汚い接着剤工場の近所で幼少を過ごした。もう1例は57歳の男で軍人で、生まれてから19歳までギロンデ造船所の(500m未満の)近所に住んでいた。

謝辞

病理標本を検査して下さったP.ランクレ先生とM.ネビュ先生、フランス中皮腫委員会の病理学者のみなさん及び批評と有益な助言を下さった J.ピートさんに深く感謝します。

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