石綿曝露-四国電力アスベスト中皮腫労災死事件/鈴木意見書参考文献-①②③

第2部 アスベスト疾患のひろがり
第2章 悪性中皮腫とはどんな病気か
Ⅱ 鈴木康之亮意見書添付資料 Ⅲ「参考文献」翻訳
1 悪性中皮腫の病理診断に関するもの

①論評「精巣鞘膜の悪性中皮腫の新しいケース」(1)

K. Sheibani
西部医療センター、南カリフォルニア大学(カリフォルニア・アメリカ)
C. Winberg
セントジョセフ医療センター(カリフォルニア・アメリカ)
pp. 404-405

悪性中皮腫は数少ないものであるにもかかわらず、この新生物はアスベスト曝露との関係で最近不釣り合いな注目をあびている。この問題のなかで、Mochとその共同研究者は、精巣鞘膜を含む悪性中皮腫のめずらしい形態を述べている。内皮系と中皮系の細胞を区別するために作られた抗体の一式(panel)を利用して、この研究者たちは、彼らの患者の新生物が内皮系由来というよりも中皮系のものであると明確に論証している。

伝統的に中皮腫の診断は形態学的な判定基準に基づいていた。これらの組織学的判定基準は中皮腫と他の組織学的によく似た新生物との区別についてはよく述べられているが、特に胸膜を含む腺癌との区別は不可能ではないにしても、補助的な検査室実験なしでは非常に難しい。臨床的な新生物の存在と位置はよく間違われやすい。未知あるいは既知の原発巣よりの腺癌は胸膜に転移することもあり、そして、原発性の末梢肺腺癌は胸膜に発生した中皮腫と放射線学的にも臨床的にも区別不可能な特徴を表わす。同様に、組織化学的そして電子顕微鏡的検査が役に立つかも知れないが、それらも決して診断のディレンマをはっきりと解決するわけではない。

われわれやまた他の人たちも、最近、悪性中皮腫の診断に対する免疫学的アプローチの意義について論証した研究を発表している。われわれの検査室で行われた形態学的にも臨床的にも悪性中皮腫の特徴をよくそなえている500例を越す症例の免疫組織化学的評価にもとづいて、数多くの癌胎児性抗原や中間径フィラメントやレクチン、粘液物質に対するポリクローナルやモノクローナル抗体の中で、Leu-M1(CD-15)とCEAとBer-EP4のモノクローナル抗体が癌から中皮腫の上皮性サブタイプを区別するのに最も有効であることを発見した。

 われわれの検査室からの最近のいくつかの報告の中で、われわれは、Leu-M1抗体の中皮腫に対する診断意義の当初の観察について確信を得た。これらの観察は、他のグループによってなされた研究結果でも実証されている。最初の報告以来われわれは、Leu-M1を中皮腫の診断のルーチーン検査の一部として用いてきた。しかしながら、次のことは強調されておかねばならない。つまり、その特異性にもかかわらず、Leu-M1は新生物のなかで通常局所的に存在しており、もし、組織サンプルが小さいと陽性にならないことがあり、その新生物がLeu-M1陰性とのまちがった解釈をされることになりかねないということである。Leu-M1の染色もまた、偽陽性の間違いの原因になる。なぜならば、骨髄系の細胞はLeu-M1に免疫反応性があり、悪性中皮腫細胞に貪食された多形核白血球の染色は真陽性の免疫反応に似染色反応を起こすことがある。この現象は、新生物の壊死領域で起こり、間違った判断をしないように気をつけなければならない。

Ber-EP4抗体もまた、免疫診断にルーチーンに用いられる有用な因子である。この抗体は、最初に乳癌細胞から得た細胞とマウスの免疫法により作られた。われわれは最近、Ber-EP4の出現の意義について、癌や中皮腫の一連の研究で評価した。そして、この抗原は、腺癌の80%以上において出現することがわかった。その反対に、中皮腫では、115例の中でほとんど陰性であった。最近の文献で、散発的な中皮腫例でこの抗原のきわめてfocalな出現例の報告があるが、われわれは200例以上の中皮腫を調べた結果、どの例にもBer-EP4反応は陽性にならなかった。それゆえ、われわれの経験では、Ber-EP4は有用な腫瘍マーカーであり、この抗体は中皮腫の免疫診断の中に含まれるべきである。Leu-M1と同様に、Ber-EP4も固定された組織切片に対してルーチーンに採用できるものである。

中皮腫の研究でよく使用される因子の中に、CEA関連抗原がある。最近の文献の多くは、中皮腫ではCEAは陰性であると報告しているが、また、いくつかの研究では陽性と報告しているものもある。われわれの研究では、抗CEAモノクローナル抗体を用いて、その結果中皮腫細胞による免疫反応は認められなかった。新生物の中にCEA抗原の存在を報告している研究は、ポリクローナル抗CEA抗体を使っている。多くのポリクローナル抗CEA抗体と非特異的交差抗原との交差反応のために、非特異的と判断されるべき偽陽性反応が起こる。われわれの経験では、大多数の腺癌におけるCEA関連抗原の出現と中皮腫における非出現は価値ある鑑別の指標となる。

 サイトケラチン抗体もまた中皮腫の診断によく用いられる。中皮腫の3つの主なサブタイプのすべてが、広域スペクトラムのサイトケラチンモノクローナル抗体に反応する。最近のいくつかの研究では、癌に関連するサイトケラチンの分子量と中皮腫に関連するサイトケラチンの分子量は違っていることを示唆しており、この違いは両者の鑑別に使うことができるだろう。しかしながら、われわれの経験では、抗サイトケラチン抗体は、一般的に中皮腫と癌との鑑別には有意義ではない。両方の新生物は、どちらも基本的によく似た免疫パターンの低分子また高分子のケラチンを出現させる。他方、ケラチンは、中皮腫の肉腫型と偽肉腫繊維性胸膜反応または軟部肉腫との鑑別に役立つ。肉腫性中皮腫は、適切に処理された切片において、抗ケラチンモノクローナル抗体に高度の免疫反応をしめす。反対に、軟部肉腫は、まれな例外を除いて、抗ケラチン抗体に陽性の反応は示さない。少ない数の平滑筋肉腫と滑膜肉腫が抗ケラチン抗体に陽性の反応を示すが、この反応は一般的に弱くて局所的である。

その他の多くの抗体が中皮腫の評価に利用できる。これらの抗体の中で、抗ヒト乳脂肪小葉抗体、B72.3、44-3A6、ビメンチンなどがある。そして同様に、最近みつかったK-1モノクローナル抗体がある。これは上皮系中皮腫に特異的な反応を示すものである。後者の抗体に関するデータは有望ではあるが、しかし、技術的に新鮮凍結組織切片にかぎられており、パラフィン固定した組織切片にはできない。

数多くのモノクローナル抗体の利用可能性にもかかわらず、中皮腫の免疫的診断は、除外診断のひとつにしかすぎない。なぜならば、どの抗体も、中皮腫に対して陽性であることが決定的なものではないからである。最近、抗中皮腫モノクローナル抗体が、非中皮腫性悪性腫瘍と様々な程度の交差反応を示すことが論証されている。

最後に、最近の研究は、DNA倍数性分析や細胞周期分析が、診断が組織化学や免疫組織化学や電子顕微鏡を用いてもはっきりしない場合に有用であるかも知れないことを示している。実験的研究はまた進歩中であり、その進歩は、悪性中皮腫の細胞遺伝異常や癌遺伝子の発現の潜在的な診断学的意義について評価をすることになるだろう。

②論評『精巣鞘膜の悪性中皮腫の新しいケース』(2)

A. Sato
東京大学医学部病理学部(日本)
pp.406-407

精巣鞘膜の悪性中皮腫はまれな腫瘍であり、その診断は、通常臨床的にも病理学的にも難しいものである。臨床的には、それは一般的に片側性の陰嚢内の塊として認められる。良性の過形成でも類腺腫腫瘍(adenomatoid tumor)でも陰嚢水腫が進んだ場合、水腫液の化学分析や細胞学的検査を含む術前の検査は基本である。この場合、細胞検査を繰り返しても陰性となる。しかしながら、われわれの経験では、水腫液の検査をさらに進めると診断を変えざるを得なくなることがある。それゆえ、このケースの診断は再吟味が勧められる。

悪性中皮腫の細胞学的特徴は、原発部位や病気の大きさの違いにかかわらず同じである。1962年、Klempmanは、最初に悪性中皮腫の分化型と未分化型の細胞学的特徴について述べている。前者は、悪性の基準を満たしていながらも、中皮細胞の特徴を保持している。後者は、増殖しつつある中皮細胞に似ている。彼は、これらの中皮腫細胞を3つのパターンに分けている。(1)大型または中型の分化型と未分化型の悪性中皮腫細胞の混合型、(2)中型または小型の分化型と未分化型の中皮腫細胞をともなった不定型な中皮細胞の多量の脱落型、(3)小型の未分化中皮腫細胞のみのグループ、である。われわれのケースでは、中型から大型の腫瘍細胞(直径で20ないし50μmだが)は、3次元的な細胞の塊をつくっている。さらに、非定型的中皮腫細胞はそれと同じ腫瘍細胞を含んでいる。孤立した球形の腫瘍細胞の細胞質はぼんやりと染色された境界域とともに明るい緑色をしている。いくつかの腫瘍細胞は湾曲した多形核を有している。核小体が優勢を占めている。これらの非定型的中皮腫細胞は反応性のものであり、切除された腫瘍の中に組織学的に確認できる。細胞化学的、免疫細胞化学的、分子生物学的探索は、中皮腫細胞を腺癌や反応性のものから鑑別するのにさらに役立つ。

中皮性の増殖の組織学的相違のポイントは以下のとおりである。(i)反応性あるいは良性のものかあるいは悪性なのか、(ii)もし悪性であれば、中皮由来のものか腺癌なのかである。以下の特異的な所見は重要である。(1)外科標本における鞘膜の上皮内の変化と浸潤性の成長をする腫瘍細胞、(2)他の部位に腺癌が存在していないこと、(3)組織化学的に腫瘍細胞の細胞内外にヒアルロン酸が陽性にでること。腺癌と違って、細胞質にPAS陽性グリコーゲンが存在しているにもかかわらず、そのムチンはPAS染色に染まらないこと。レチクリン染色は、細胞間に様々の量のレチクリン繊維物質が存在していることを示す。(4)電顕的には細くて長い豊富な微絨毛を持つ腫瘍細胞は薮がはびこったような外観を呈する。(5)免疫組織化学的所見が中皮腫と一致し、腺癌とは異なっていること。

この論文では、組織学的所見が非常に短く述べられている、特に鞘膜の上皮内変化について不明確である。いくつかの肉眼的、顕微鏡的写真が必要だろう。また、腫瘍細胞内において、グリコーゲンが陽性か否かもはっきりとさせるべきだろう。ヒアルロン酸は一般的に水に溶けやすく、ホルマリン固定された材料では考慮すべき量が失われているかもしれない。それは細胞質空胞内や小管状構造に蓄積しやすく、分解されることはまれである。中皮腫細胞は、ヒアルロン酸もしくはコンドロイチン硫酸を有しており、両方ともに精巣内のヒアルロニダーゼによって分解される。

 悪性中皮腫の診断の難しさは、多くの免疫組織化学的研究において示されている。基本的には、中皮腫のみに反応して腺癌には反応しない、あるいは、その逆の高度に特異的な抗体が検査に用いられるべきだということは強調されておかねばならない。しかしながら、これらの抗体は、悪性中皮腫と良性の中皮細胞の反応性の増殖との鑑別には有用ではない。どの抗体も、完全な感度と特異度を提供できないから、パラフィン固定された組織標本に作用するモノクローナル抗体の一式 (panel)が使用される。いくつかの例外を除いて、悪性中皮腫は高低両方の分子量のサイトケラチンに対して細胞質が陽性に染色される 。しかし、癌胎児性抗原やLeu-M1には陰性である。さらに多くの場合において、HMFG-2やEMAが陽性であり、ビメンチンも証拠となりうる。R72.3、Ber-EP4、44-3A6は陰性である。中皮腫細胞には反応して、腺癌には反応しない抗体の同定は、確定診断に最も重要である。最近、中皮腫関連抗原の抗体が開発されつつある。しかしながら、それらはまだ一般的には用いられてはいない。結果も必ずしも一致しないこともある。腫瘍細胞との免疫反応でつくられた抗体は、どの抗原を認識しているのかはっきりしていない。肺の小細胞癌との反応で作られたモノクローナル抗体のBMA-120は、分子量200kdの抗原を認識するが、その機能も構造もいまだ不明である。研究者は、BMA-120抗原は中皮腫細胞と同様に、内皮細胞でも出現すると報告している。この論文は、BMA-120が腹膜や胸膜の中皮腫だけでなく、精巣鞘膜の中皮腫とも免疫反応すると報告した最初の論文である。

同様に、THROMBOMODULIN(TM)もまた、内皮細胞と中皮細胞の両方に免疫反応を示す。TMはトロンビンのレセプターであり、トロンビンを変換することによって潜在的な抗凝固作用を持つが、血管内皮細胞や胎盤の合胞体栄養細胞やメガカリオサイトや血小板の表面に血液凝固をコントロールするために存在している。最近、TMは、偏平上皮細胞や血管以外の体腔の表面(中皮細胞、滑膜、クモ膜)にも存在が認められている。さらに、中皮腫にもまた出現する。中皮細胞でのTMの機能は、いまだにわかってはいない。おそらく、それは病的な浸出物をともなう条件のもとでの体腔の表面の癒着を防ぐためではないかと思われる。

類腺腫腫瘍は、生殖管に遍在する良性の新生物である。男性では、それは副睾丸や精巣膜や精索に最もよくある腫瘍である。それは通常はルーチーン検査の際や他の原因による外科手術の際や剖検の際にたまたま見つかるが、ときどき臨床的に陰嚢水腫をともなわない小さな硬い塊として認められることもある。それはよく周囲と境界されており、そして、まれに隣接する精巣を含むこともある。組織学的には、その腫瘍は様々な構造上のパターンをもっている。太った細胞の充実性の細胞索から管腔や血管構造によく似た扁平または立方形の細胞からなる線腔様の空間まで様々である。

 類腺腫腫瘍という用語は、1945年にGolderとAshによって造られた描写的なあいまいな用語である。彼らは、上皮細胞の並ぶ腺構造によく似た15の腫瘍のケースを報告している。しかし、その腺構造の起源については考察していない。その組織形成はいろいろなところから起こるといわれている。ミューラー管あるいは中皮由来のものなどである。最近、中皮細胞の由来については一般的に承認が得られている。その根拠は、(1)いくつかのケースに見られるように、表面中皮細胞から直接由来している。(2)組織化学的には、その腺腔はヒアルロン酸と結合した酸性のムコ多糖を含んでいる。(3)電顕では、腫瘍細胞は際だった微絨毛やデスモゾームやトノフィラメントを有している。(4)免疫組織化学的には、その細胞はサイトケラチンやEMAに染まるがCEAや第8因子関連抗原やUlex europaeus antibodies Ⅰlectinには染まらない。さらに、この論文では、腫瘍細胞がBMA-120に陽性に染色されることを明らかにしており、それはまた中皮細胞由来であることを示唆している。同様にわれわれは、TMが類腺腫腫瘍の膜を染色することを最初に発見した。

しかしながら、組織学的に類腺腫腫瘍に似ている血管性腫瘍についてもまた記しておかねばならない。電子顕微鏡では、それは多層の基底板とWeibel-Palade小体を持っている。免疫組織化学的には、腫瘍細胞はビメンチンや第8因子関連抗原やUlexeuropues Ⅰlectinに反応するが、サイトケラチンやEMA(epitherial membrane antigen)には反応しない。この類腺腫腫瘍に似た血管性腫瘍に適切な名前をつけるのは難しい。何人かの学者は、それを類腺腫腫瘍の血管型と表現しているが、われわれは混乱を避けるために「血管腫(hemangioma)」と呼び、類腺腫腫瘍を中皮由来のものと決めている。われわれが類腺腫腫瘍様の血管性腫瘍を組織球様血管腫(histiocytoid hemangioma)あるいは類上皮血管内皮腫(epithelioid hemangioend-thelioma)あるいは血管腫のその他のタイプと呼ぼうが、さらなる研究の積み重ねが、その臨床像や予後を明らかにするために必要である。

*以下の図が添付されている。

図1.a):陰嚢水腫の吸引した細胞診では中皮腫細胞の三次元的な塊が見られる。
  b):遊離した大型中皮腫細胞の高倍率像 (パパニコロ染色 a.×200、b.×400)
図2 thrombomodulinに陽性反応を示す悪性中皮腫(免疫染色 ×300)
図3 thrombomodulinに陽性反応を示す類腺腫腫瘍(免疫染色 ×132)

③『悪性中皮腫の診断における免疫病理学の増大する役割』

K. Sheibani
西部メディカルセンター、南カリフォルニア大学(ロサンジェルス・アメリカ)
Human Pathology, Vol.28, No.6  1997  June,pp. 404-405

近年の腫瘍生物学における見事な進歩にもかかわらず、病因論や診断、治療の見地からすると悪性中皮腫は不可解な疾病のままである。さらに、絶え間なく増加する数の抗体やより新しい分子生物学的、細胞遺伝学的技術にもかかわらず、細胞やそれに関連する腫瘍の特異的なマーカーはない。特に、多くの良性及び悪性の類似物から悪性中皮腫を区別することはいまだに頭を悩ませる問題である。熟練した病理学者にとって悪性中皮腫の診断は、多くの形態学的変種があるからだけでなく、その疾患がまれであるため、各々の病理学者はわずかな症例しか見ていないので、困難を引き起こしている。さらに、中皮の表面は、形態学的には悪性中皮腫と似ていることのある転移腺癌を含め、他の悪性腫瘍の関与するありふれた部位である1-3。その腫瘍の臨床上の出現もまた誤解を招く恐れがありうる。つまり、原発性の末梢肺腺癌は、既知あるいは未知の原発部位から胸膜への転移性の癌のように、胸膜中皮腫とは鑑別できない放射線学上そして臨床上の特徴を示しうる。それゆえ、最近の研究が悪性中皮腫の診断のための補助的研究、特に免疫病理学的研究の重要性を強調するのは驚くべきことではない。形態学的に類似する腫瘍と中皮腫の鑑別に役立つ、癌関連抗原に反応性のある多くの抗体が現在利用できる。それらの診断上の重要性と応用は最近の刊行物で詳しく論じられている1-4。これらの抗体の大多数は一般に上皮由来の腫瘍に共通に存在する抗原と反応する。それゆえ、陰性反応は癌よりも中皮腫であることを支持すると考えられている。中間径フィラメント、ヴィメンチンやサイトケラチンと反応性のある抗体と、Leu-M1、BerEP4、CEA、HMFG-2、B72.3のような上皮性糖タンパクや血液型抗原と反応性のある抗体は、よく使われる試薬のひとつである。わずかにいくつかの抗原で、主な反応性は中皮性由来の腫瘍に付随すると考えられると最近説明されている3,6-9。しかし、これらの抗体は、感度が低く、正常組織と同様に良性及び悪性の非中皮腫性腫瘍と種々の程度の交差反応を見せることが示されている3

鑑別診断に癌、悪性黒色腫、肉腫や非ホジキンリンパ腫を含む状況ではわずかひとつか2つの抗体で診断上の問題を確実に解決できるが、中皮腫の免疫病理学的診断は抗体の一式(panel)を必要とする。多くの場合、非常に特徴的な免疫反応性をもついくつかの抗体で十分だろう。抗体の選択をする場合には、感度が高く特異的であるだけでなく、費用面で効果的であるべきである。われわれの経験では、組織標本が十分な量ある場合には、診断用には粘液染色と、広いスペクトルのサイトケラチン、Ber-EP4、Leu-M1、CEAとの反応性を持つ抗体だけで、大多数の例を確実に分類できる3

粘液染色は、中皮腫、特に上皮型の場合に、腺癌と鑑別するのに大変有用である。形態学的特徴が上皮型中皮腫か腺癌に一致する腫瘍での陽性粘液染色は、腺癌を強く支持する。一般には、しかしつねにというわけではないが、粘液陽性の腫瘍もまたひとつ以上の癌関連抗原を発現する。われわれは、陽性の粘液染色と腫瘍細胞による主な癌関連抗原との間の十分な相関関係を認めた3

サイトケラチンは、肉腫型の悪性中皮腫の場合に、悪性の胸膜繊維性腫瘍や胸膜腔の関与する軟部組織肉腫と区別するのに大変有用である。サイトケラチン染色もまた、ケラチン陽性の悪性紡錘細胞を強調することによって、反応性の胸膜繊維症と形態学的に混同しうる繊維形成性の悪性中皮腫を鑑別する上で有用である1,3。Leu-M1、BerEP4、CEAに反応性の高いモノクローナル抗体は悪性中皮腫の研究に最もよく使われている免疫学的試薬である3。中皮腫と比べ、たいていの腺癌はこれらの抗体と免疫反応性である。一般に、腫瘍性細胞でのLeu-M1、BerEP4、CEAの存在は、中皮腫よりも癌であるとの診断を強く支持する。しかし、ある例では、さらにくわしく特徴を調べるためには、より多くの抗体が必要とされる。稀れな例では、そのような多くの抗体をもってすら結論的な診断に達することはなく、中皮腫の免疫診断は、中皮細胞に完全に限定される免疫反応性がまだ同定されていないために、いまだに例外のひとつとなっている3

1995年にSolerら10は、一連の胸膜悪性中皮腫と肺腺癌でのN-カドヘリンとE-カドヘリンの発現を研究した。すべての中皮腫でのN-カドヘリンの高いレベルの発現とすべての肺腺癌でのE-カドヘリンの発現を彼らは認めた。以前に報告されている上皮由来の細胞と主に反応する抗体の大半と対照的に、N-カドヘリンは悪性中皮腫との免疫反応性が特異的であるように思われた10。報告されたデータは興味深かったが、これらの抗体は新鮮冷凍切片でしか利用することができないために、限られた臨床的応用性しかもたないように思われた10。しかし、Human Pathologyのこの号で、Hanらは、本質的に同じ研究者グループとともに、彼らの以前に報告した発見を、今回は組織切片で固定・パラフィン包埋に抵抗力のあるエピトープに明らかに反応するN-カドヘリンとE-カドヘリンに対する抗体を用いて確認し、一連の悪性中皮腫と腺癌に適用している11。パラフィンで包埋、固定した組織切片では、悪性中皮腫の診断と後ろ向きの調査研究の両方のために、カドヘリンに特異的な抗体が高い信頼性で使用されうることを、彼らの現在の研究は示唆している。一連の報告は、N-カドヘリン陰性の中皮腫1例と、N-カドヘリンに弱陽性の腺癌1例(この例は、E-カドヘリンに強く染まった)を含むが、N-カドヘリンが中皮細胞に全く感度が高いか、完全に特異的のいずれでもないことを示唆しているのだが、それにも関わらず、これらの抗体は、中皮由来の腫瘍の鑑別診断に有用であるために十分な程度の感度と特異性をもつように思われる。Hanとその同僚によって報告されたデータが期待できるが、より大きな集団の患者で、独立的な研究グループによる確認を彼らは求めている。現在、抗カドヘリン抗体が市販されていないことがそのような独立的な研究を制約しているように思われる。しかし、もしこれらの予備的結果が引き続く研究によって確認されるならば、それらは悪性中皮腫の研究と診断において期待できる飛躍的発見を表わすことになるだろう。

悪性中皮腫の種々の亜型と形態学的にそれらに似ている良性及び悪性腫瘍とのますます正確な鑑別と同様、N-カドヘリンのような各々開発される新しい抗体が中皮細胞や腫瘍の陽性と同定する期待を残している。細胞周期分析とDNA倍数性分析もまた、免疫学的研究が結論的診断を与えないそれらの場合において有効でありうることを最近の研究は示唆している12。分子生物学の技術は腫瘍病理学の最近の重要な発展を代表している。

実験的研究は、これらの技術の利用可能性と、中皮腫における癌遺伝子の発現と細胞遺伝学的異常に対する潜在的な診断及び予後上の意義を評価するために進行中である13

われわれに正確な診断上の分類を与え、最善の治療法と予後の決定を助けるような、中皮腫に利用できる特異的な免疫学的または生物学的マーカーが利用可能になるだろうと期待される。それらのマーカーによって、このいまだ不可解な腫瘍グループとそれらが由来する組織をさらに研究することが可能となるであろう。

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