石綿曝露-四国電力アスベスト中皮腫労災死事件/第2部-第2章 鈴木康之亮意見書

第2部 アスベスト疾患のひろがり
第2章 悪性中皮腫とはどんな病気か

Ⅰ 鈴木康之亮意見書

意見書

藤田育子弁護士より送付された上甲一郎氏に関する病理解剖報告書、病理材料(176枚の病理組織標本、29個のパラフィンブロックと45枚の35mmカラースライド)、北川正信教授の鑑定書とその参考資料、河本重弘、田代健両弁護士による被告準備書面(五)、大路裕、釣場義生両氏による陳述書を検討した。又、送付されたパラフィンブロックから新しい切片を当方の研究室で作製、特殊染色を含めた染色をした後、鏡見し、更に肺及び胸膜の25μ切片から灰化法による石綿線維の検出を高分解能分析電子顕微鏡で行った。

結果は次のとおりであったので報告する。

1998年5月25日

マウントサイナイ医科大学教授
鈴木 康之亮

1.死因

広範囲の転移と浸潤を伴った左胸膜原発の悪性ビマン性中皮腫が上甲一郎氏の死因である。

2.病理診断

1)悪性ビマン性中皮腫(左胸膜原発、二相型)

a)左癌性胸膜炎を伴い、横隔膜、左胸壁軟組織及び心嚢に浸潤

b)左右肺(左肺下葉に壊死を伴った転移巣と両肺への多数の顕微鏡レベルの転移巣)、左副腎、肝、脾、心筋、肋骨、胸椎及びリンパ節(左肺門、左傍気管及び胆嚢頚部)等広範囲に転移

2)軽度又は軽度から中等度の石綿肺

-石綿小体を伴った軽度又は軽度から中等度の肺線維症-

3)左胸膜肥厚斑

-左胸膜悪性ビマン性中皮腫と共存-

2)と3)は石綿曝露の証拠となる所見で、上甲一郎氏が生前、職業性石錦曝露を受けたことを裏付ける。

3.診断根拠

悪性中皮腫の病理診断においては、現在、唯一で絶対的な信憑性を持つマーカーはない。最善の方法は、肉限的所見、組織学、組織化学、免疫細胞化学及び電子顕微鏡学的診断を総合的に検討した上で診断を決めることである。

本例では、電子顕微鏡的診断は不可能であったが、他の4つの方法は可能であった。

1)肉眼的所見

愛媛大学の解剖報告(剖検番号84-18)によれば、“左胸腔は血液の混じる壊死物質で充満。変性壊死の著しいtumor(腫瘍)が胸膜~胸壁に浸潤増殖を示し、胸膜が腫瘍増生の主座の様な印象であった。左肺*上葉は無気肺様であり……臓側胸膜(左)は全体が腫瘍による浸潤を示し……”とあり、左胸膜腫瘍は癌性胸膜炎を伴い、且つ、強い浸潤性を示し、又、腫瘍による左肺の被包化により左肺上葉に無気肺を起こしたものと考えられる(*解剖報告書には右肺上葉と記載されているが左肺上葉が正しい)。この様な肉眼像は悪性中皮腫によく見られ、従って悪性中皮腫を支持する所見である。

転移や浸潤は悪性中皮腫にはよくみられる現象である。

気管、気管支、肺門のリンパ節、肺、肝、副腎、肋骨等は胸膜悪性中皮腫の転移が起こる好発部位として知られている。

本例では、左肺下葉に変性壊死の強い腫瘍が肉眼的にみられたと解剖報告に記載されている。同報告書には、この腫瘍の大きさの計測値と、左胸膜腫瘍との連続牲についての記載がない。従って、左胸膜主腫瘍と左肺下葉の腫瘍について、両者が浸潤性の腫瘍としてお互いにつながっていたか否か、判定出来なかった。

悪性ビマン性胸膜中皮腫の強い浸潤性のため、肺の一葉の大部分が悪性中皮腫組織によっておきかえられることもあることは知られている。

以上、肉眼的所見は左胸膜原発の悪性中皮腫を支持している。

2)病理組織学

送付された176枚の標本の外、29個のパラフィンブロックから約150枚の新しい切片を私の研究室で作製し、組織学的、組織化学及び免疫細胞学的な検索を行った。

HE染色による組織学的観察の結果、原発巣、転移巣を含めて異種の腫瘍細胞、即ち線維肉腫型細胞と大型小型の上皮型腫瘍細胞の二種類の細胞の存在が確認された。

主病変であった左胸膜腫瘍(左胸膜①、②及び③)、心嚢、心筋、壊死を伴った左肺下葉の大きな腫瘍(転移又は浸潤巣)、左臓側胸膜表面に広がった腫瘍、右肺上下葉にみられた顕微鏡的転移巣、骨転移巣、肝及び脾の転移巣等は主として線維肉腫型細胞でしめられ、左副腎転移巣、左肺門リンパ節転移巣、左下葉血管内に栓塞している腫瘍細胞、傍気管リンパ節及び胆嚢頚部リンパ節等の腫瘍細胞は、大部分が大型の上皮型腫瘍細胞であった。

病理解剖報告書及び北川鑑定書にある様に、若し、左下葉に原発した大細胞癌(肺癌の一種)であるならば、同部にみられた壊死を伴った主腫瘍部内に大型の上皮型腫瘍細胞がみられるはずであり、又、上皮型腫瘍細胞と線維肉腫型細胞との間に移行像がみられるはずである。然しながら、同主腫瘍部(標本番号18-24)には、上皮型細胞とその移行像はみられず、線維肉腫型細胞がみられるだけであった。又、同標本にみられた血管内に栓塞した大型上皮性腫瘍細胞と主腫瘍部とは位置的にはなれており、移行像を確認することは不可能であった。栓塞した大型上皮腫瘍細胞は肺外からの転移細胞と考えるのが妥当である。

解剖報告書に“右肺実質中では上皮型と線維肉腫型との移行を示唆する様な組織像も認められ、又、bronchiolo alveolar carcinoma の様な所見があり、肺癌である可能性を示唆している……”とあるが、右肺上葉(84-18)、右肺中葉(84-18)、右肺下葉(84-18)の標本には両細胞型の移行を示す所見はなく、又、bronchiolo alveolar carcinoma 様”と言う所見は右肺下葉にみられた肺胞上皮の過形成と肺胞壁の線維化をさしているものと思われるが、これらの所見は腫瘍性の病変でなく、従って腫瘍を示唆するものではない。

上皮型と線維肉腫型の移行像を示唆する所見は左胸膜腫瘍(左胸膜①(18-19)と左臓側胸膜(18-24、18-23)にみられた。従って、種々の臓器に上皮型や線維肉腫型腫瘍細胞の転移を起こさせた原発巣である胸膜腫瘍中に両腫瘍細胞型の原型があるものと考えられた。

組織学的に、本例は左胸膜に原発した二相型の悪性ビマン性中皮腫と結論する。

3)組織化学

ムチカルミン、PAS、DPAS、アルシアンブルー、ヒアロニデースとアルシアンブルーの染色を腫瘍組織切片(左胸膜①と③、心嚢、左肺下葉腫瘍、左副腎及び傍気管リンパ節の6ヵ所から)で行ったところ、腫瘍細胞は上皮型、線維肉腫型共に中性粘液を分泌する能力を示さなかった。

この所見は、悪性中皮腫を支持するものであった。

ヒアロン酸分泌に関する明瞭なデータは、今回の材料ではみられなかった。

4)免疫細胞化学

悪性中皮腫の診断に有効とされている多数のマーカーを免疫染色によって上記6つの腫瘍組織について検索した。マーカーとしてCEA、CD15(LeuM-1)、B72.3、BerEp4、E-Cadherin、EMA、HBME-1、CALRETININ(CALRET)、THROMBOMODULIN(TM)、低分子量のサイトケラチン(CAM5.2、CK of LMW)及びVimentin(VM)を選び、その免疫染色を行った。

CEA、CD15、B72.3、BerEp4及びE-Cadherinは通常、悪性中皮腫では陰性であるが、腺癌では陽性率が高い。EMAは悪性中皮腫細胞は陽性で、細胞膜を主として反応し、腺癌や他種の肺癌でも陽性で細胞膜や細胞質で反応する。HBME-1、CALRET、TM及びVMは、悪性中皮腫では陽性に、腺癌では通常陰性に反応する。CK of LMW(低分子量のサイトケラチン)に対し、悪性中皮腫細胞ではビマン性に強く染まり、腺癌では弱く、局在性に反応する。

これら6ヵ所からとられた腫瘍組織の免疫染色の結果は次の通りであった。

a)  CEA

左胸膜腫瘍、心嚢、左肺下葉の肺腫瘍等でみられた線維肉腫型細胞はCEA陰性であった。これに対し、転移巣にみられた上皮細胞型腫瘍細胞、例えば副腎転移細胞、肺の血管内栓塞細胞、傍気管リンパ節等にみられた転移後上皮性腫瘍細胞は陽性に染まり、左胸膜腫瘍中に少数ながら認められた移行型又は類上皮型細胞(epithelioid cells)は弱陽性に反応した。

b)  CD-15(Leu-Ml)

線維肉腫型細胞、上皮型腫瘍細胞共にCD-15は完全に陰性であった。

c) B72.3

CD-15と同様、両細胞型の腫瘍組織はB723に対して陰性であった。

d) BerEp4

線維肉腫型腫瘍細胞はBerEp4は完全に陰性であり、上皮型腫瘍細胞も極めて少数のものが弱陽性に反応した外、ほとんどの細胞は陰性であった。

e)  E-Cadherin

両細胞型とも完全にE-Cadherinは陰性であった。

f) EMAは線維肉腫型と上皮型の両腫瘍細胞に陽性であり、前者では細胞膜を主とし、後者では細胞膜と細胞質に陽性反応を示した。

g) HBME-1は、上皮型、線維肉腫型の腫瘍細胞の少数に陽性にみられた。

h) CALRETININ(CALRET)はよく固定された腫瘍組織の上皮型、線維肉腫型両細胞で陽性に反応していた。

i)  THROMBOMODULIN(TM)は線維肉腫型細胞、主として細胞膜に明らかに陽性に認められ、又、小型の上皮型腫瘍細胞もしばしば陽性にみられた。

j)  低分子量のサイトケラチン(CK of LMW)は両細胞型に強く陽性にみられた。

k)  Vimentin(VM)も両細胞型に明らかな陽性に認められた。

以上の免疫細胞学的所見は、CEAに対する上皮型腫瘍細胞の陽性反応を除いて、他の重要な10種類のマーカーすべてにおいて悪性中皮腫を支持する所見を示していた。

悪性中皮腫細胞は、通常CEA陰性であるが、その少数例において陽性反応を起こすことが知られている。発表されている論文には、5%から10%の悪性中皮腫でCEAが陽性であったと報告されている。又、私の未発表のデータによれば、359例の上皮型及び二相型悪性中皮腫の中で11例(3.0%)がCEA陽性であった。従って、CEA陽性という所見だけで悪性中皮腫を除外することは危険である。

上記のとおり、11マーカーのパネルのデータを総合的に考慮した結果、免疫細胞学的にも、本例は悪性中皮腫と診断出来る。

診断根拠の総括として、肉眼的所見、組織学的所見、組織化学及び免疫細胞化学の4カテゴリーの所見から、本例は左胸膜原発のビマン性悪性中皮腫(二相型)と診断する。

4.石綿曝露の病理組織学的根拠

 石綿曝露を裏付ける3つの病理組織学的所見が本例において得られている。

1)  左胸膜(壁側)に典型的な肥厚斑(Hyaline plaque)の存在。胸膜肥厚斑は石綿曝露のマーカーとして認められている。

2)  肺実質の軽度又は軽度から中等度の線維化

3)  鉄染色による肺切片中の石綿小体の検出

-左肺上葉、左肺下葉、左肺下葉腫瘍、右肺上菓及び右肺下葉の切片中に鉄染色で合計7個の石綿小体がみられた-

1)、2)及び3)の所見を総合すれば、上甲一郎氏は生前、石綿の職業的曝露を受けたものと考えられる。

なお、上記5ヵ所の肺表面積は10.9㎠であった。

Roggli等によれば、2cm×2cm即ち4㎠の肺切片中に2個の石綿小体が存在すれば、1gの湿肺重量中約200個の石綿小体が存在していると推定している。

Roggliの換算法を本例に適用すると、上甲一郎氏の1gの湿肺重量中520個の石綿小体があることになり、明らかに職業性石綿曝露のレベルである(Roggliによれば、一般人では湿性肺1g中0~20個の石綿小体がみられるという)。

5.肺及び胸膜における石綿線維の同定

臓器、組織内の石綿線維のタイプ、数、大きさ(長さと幅)を調べる方法は大別して、強酸又は強アルカリによる組織の消化法と、組織切片の灰化法との2種類がある。

今回、与えられた組織はパラフィン包埋の肺や胸膜腫瘍であり、これらのパラフィン包埋材料を出来るだけ保存し、愛媛大学に返還したいため、後者の切片灰化法を用いた。

灰化した25μ切片を高分解能分析電子顕微鏡下で観察し、石綿線維を同定した。石綿線維の同定には、微細構造とEDXによる元素分析法を使用した。

1)  右下葉25μ切片(18-18)

31本のクリソタイル線維が11個の電顕用グリットの穴(1つの穴の表面積は0.1mm×0.1mm)にみられた。グリットの1つの穴(opening)に平均2.8本のクリソタイル線維があることになり、一般住民の肺における0~0.07本のクリソタイルにくらべて約40倍の数を示し、クリソタイルの職業性曝露があったことを裏付けている。

検出されたクリソタイル線維は、長さ最長1.8μ、最短0.13μで、幾何学的平均値は0.29μであった。同線維の幅は最大0.08μ、最小0.03μで、平均0.04μであった。

2)左胸膜腫瘍25μ切片

a)左胸膜②(18-20)

73本のクリソタイル線維が電顕用グリット31の穴(平均2.4本/opening)にみられた。長さは最長0.8μ、最短0.13μで、平均値は0.28μであった。幅は最大0.08μ、最小0.02μで、平均値は0.05μであった。

b)  左胸膜③(18-21)

27本のクリソタイル線維がグリット42の穴(平均0.6本/opening)にみられた。長さの最長は0.5μ、最短は0.12μ(平均値0.2μ)であり、幅の最大は0.06μ、最小は0.03μ(平均値0.04μ)であった。

3)  切片を含まない対照試料中には石綿線維は認められなかった。

以上の所見から、電子顕徴鏡のレベルでも、上甲一郎氏は職業的石綿曝露をうけ、吸入した石綿線維の型としてクリソタイルがあることは確かであった。

 北川教授鑑定書によれば、パラフィンブロックから取り出した肺を消化法を使って検索した結果、アモサイト(23%)、クロシドライト(1%)、トレモライト又はアクチノライト(76%)の割合で認められたと言う。

同鑑定書のデータと今回の切片灰化法によって得られたデータの違いは次の様に説明出来よう。

a) クリソタイル、特に短く非常に細いクリソタイル線維の検出には解像力が極めて高い高分解能分析電子顕徴鏡が必要である。若し、北川教授のデータが走査型分析電子顕徴鏡で得られたものとすれば、分解能の低いこのタイプの電子顕微鏡で短く細いクリソタイルを検出することは極めて難しい。

b)組織の魂(Bulk Tissue)を使う消化法では、消化、遠心沈澱、フィルターによる濾過等の過程を経て最終的な試料が作製される。その過程で、石綿線維の一部を失う危険がある。

c) 北川教授はトレモライト、アモサイト及びクロシドライトを検出出来たのに、今回のデータではこれらの石綿線維がみられなかったのは何故かという質問が起こるであろう。

その理由は、消化法によって使われた組織の量と切片灰化法によって使われた量の違いによるものと説明できる。25μ切片では、その量において組織魂の400分の1以下であるものと推定される。この様に、極めて少量の材料から吸入された石綿線維のすべてのタイプを決定することは難しい。

なお、トレモライトとクリソタイルの関係は極めて興味深いものであるが、その詳細は第7項被告準備書面(五)に対する論評において述べる。

今回の切片灰化法による組織内の石綿線維の検索と北川教授の肺内石綿線維の検索データをまとめると、上甲一郎氏はクリソタイル、トレモライト、アモサイト及びクロシドライトによる混合石綿曝露をうけたものと考えられる。

6.発電所と石綿関連疾患

発電所における石綿曝露の危険性と、発電所での石綿曝露の結果として起こった石綿関連疾患例は既にいくつかの科学論文に記載されている。従って、発電所は造船所や建設業と同様、石綿関連疾患を引き起こす可能性の高い職場環境である。

法律的な事件として、1991年アメリカ、ニューヨーク市にあるアメリカ連邦裁判所及びこューヨーク州裁判所において、発電所に関係した石綿病の集団訴訟が行われた。

連邦裁判所では696例、ニューヨーク州裁判所では880例という多数のケースが取り扱われたが、1992年中旬までに、そのほとんどのケースが評決・和解をもって終了したと報告されている(MEALEY’S LITIGATION  REPORTS. ASBESTOS, 1992  Vol..7 ♯4  C1-10)。

同報告によれば、上記連邦裁判所の696例の21%(146例)はアスベスト癌(悪性中皮腫、肺癌、その他の癌)、51.3%(357例)は石綿肺、残りの27.7%(193例)は胸膜肥厚斑と胸膜線維症のケースとして原告側から訴訟されたものであると言われる。

以上、医学的な報告と多数の裁判例から、発電所の建設、発電所のボイラーやジェネレーターの保持とその運転に従事した人々から石綿病患者が発生することは疑いのないところである。

7.被告準備書面(五)に対する論評

1) 第二項から第四項(2頁から4頁まで)に“北川教授のデータでトレモライト又はアクチノライト(両者の鑑別は極めて難しいと言われている)が上甲一郎氏の肺内では大多数(76%)を占めているが、トレモライトは工業製品としてはほとんど利用されず、上甲一郎氏が働いていた旧及び新西条発電所では使用された実績がない”という論点であるが、クリソタイルとトレモライトの関連性についてChurg等は1984年に次の様な論文を発表している(Amer,Rev of Resp. Disease 1984  130:1042-1045)。カナダ、ケベック州のクリソタイル鉱山で働いている労働者の肺内における石綿線維を調べたところ、意外にも、クリソタイル線維と共に多数のトレモライトが検出され、トレモライトの数がクリソタイルのそれを上回っているケースもみられたという。この説明として、ケベックのクリソタイルには1%以下のトレモライトが混在しているが、肺内に吸入された後、クリソタイル線維は肺から肺外へ出されやすいが、トレモライトは他のアムフィボール(Amphibole)型の石綿線維と同様、肺内にとどまり、そこに沈着する傾向が強いからだとされている。

従って、多数のトレモライトが肺内において検出されたということは、その100倍近くのクリソタイルの曝露をうけたものと解釈することができよう。

2) 第四項(2頁)に“上甲一郎氏の肺組織から検出された石綿小体は旧・新西条発電所において職業上曝露したのではなく、一般生活環境のなかで吸引したと考えるのが相当である”とあるが、北川教授は検出された石綿小体の数から職業性曝露をうけたものと結論し、又、今回の肺切片中の石綿小体の数と切片灰化法による半定量的石綿線維の検索からも、上甲一郎氏は職業性石綿曝露をうけたものと判定出来る。

8.総括

上甲一郎氏は、職業性石綿曝露を原因とする左胸膜ビマン性悪性中皮腫とその広範な浸潤と転移の結果、死亡したものと考えられる。

悪性中皮腫は、そのほとんどのケースが石綿曝露の結果として発生する。すべての石綿のタイプ(クリソタイル、アモサイト、クロシドライト、トレモライト、アンソフィライト)は悪性中皮腫を作る能力がある。紙煙草の喫煙は悪性中皮腫の原因としては働かないと言われている。

悪性中皮腫が発症するまでには長い潜伏期間が必要とされている。最初の石綿曝露から悪性中皮腫患者の死亡時まで最低15年の期間を必要とすると言われている。

上甲一郎氏は1944年から1984年死亡時まで、四国電力に勤務し、その間、発電所のボイラー室の保持や定期的検査の仕事をしていたと言われている。この様な職場環境では、職業的石綿曝露をうけ、石綿関連疾患を引き起こす可能性が高いことは、第6項発電所と石綿関連疾患に記述してある。

悪性中皮腫の潜伏期間を考慮して、1969年以前に起こったすべての石綿曝露が上甲一郎氏の悪性中皮腫の原因となったものと考えられる。

9.付記

仮説として、上甲一郎氏の悪性腫瘍が悪性中皮腫でなく、解剖所見や北川教授の鑑定にある様に、肺癌であったとする場合、この仮説としての肺癌と石綿曝露との間の因果関係について、以下の如き考按をすることが出来る。

ここ2、3年来、石綿曝露由来の肺癌についての新しい知見が次々と科学論文に発表されている。

それまでは、石綿関連肺癌として認められるためには、臨床的、病理学的に石綿肺が肺癌と共存していることを条件とする意見が支配的であったが、現在では、1)石綿肺の共存があれば勿論、両者間に因果関係ありと認めるべきであるが、2)石綿肺の共存がなくても、職業歴や医学的根拠又は肺内の石綿線維の検索の結果、石綿の職業的曝露があることを証明すれば、石綿関連肺癌として認めるべきであるという解釈が主流を占めつつある。

肺癌の位置、細胞型は石綿関連肺癌では特異的なものでないことは既に報告されている。

肺癌と石綿曝露及び紙巻煙草喫煙との関連性についても、喫煙と石綿曝露の二つが重なった場合、肺癌の危険度は相乗的にふえることもよく知られている。

以上の事実から、紙巻煙草喫煙者であった上甲一郎氏の癌が仮に肺癌であった場合、喫煙と職業性石綿曝露の二つの因子が相乗的に働いて、この肺癌を産出したものと考えるべきで、職業性石綿曝露は一つの重大な発癌因子であったと結論すべきであろう。

(なお本意見書の添付資料Ⅰ「病理組織標本所見のカラー写真39枚(上甲一郎氏のもの)」及び添付資料Ⅱ「組織切片中の石綿線維」の項は本書では掲載を省略します。)

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