石綿曝露-四国電力アスベスト中皮腫労災死事件/第2部 アスベスト疾患のひろがり-第1章(座談会)アスベスト疾患の現状と展望

第2部 アスベスト疾患のひろがり

第1章 アスベスト疾患の現状と展望 (座談会)

平野敏夫(ひらの亀戸ひまわり診療所所長、医師)
名取雄司(神奈川県勤労者医療生協横須賀中央診療所、医師)
飯田勝泰(東京労働安全衛生センター事務局長)
古谷杉郎(全国労働安全衛生センター連絡会議事務局長)

(所属・役職は座談会開催時)

古谷 四国電力の西条火力発電所訴訟が和解しました。アスベスト裁判というのは日本では非常に数が少なくて、今日までに報告されているのは7件しかありません。取り組むと、すべてが日本で初めてということになってしまいます。当初はアスベスト製品の製造事業場で働いていた労働者のじん肺に関する裁判が何件かありましたが、その後、1988年に住友重機械工業を相手取って横須賀石綿じん肺訴訟が取り組まれ、あえて「石綿じん肺裁判」と初めて称したわけですが、これは造船労働者として初めてであるばかりでなく、アスベスト製品を使用する職場として初めてのアスベスト裁判でした。続いて、横須賀で同じ会社の大内さんの肺がん裁判があり、これはアスベスト肺がんによる裁判としては初めてです。今回の四国電力での件は発電所での裁判として初めてであり、さらに、今回は中皮腫か肺がんかの決着はつかなかったわけではありますが、中皮腫として日本で初めての裁判事例ということです。四国電力裁判も終わり、現在日本で係争中の裁判は横須賀の基地退職者のものだけですが、これも基地労働者として初めて。何でも初めてづくしなわけです。
四国電力裁判に関しては、なかなか現地での取り組みが難しいということもあって、東京の私たち、あるいは全国のドクターや安全センターの人たちに支援のお手伝いをお願いしたわけですが、まず関わった感想から始めたいと思います。名取先生、いかがでしょうか。

名取 原子力も火力もそうですけれど、電力会社ではボイラーまわりについてはアスベストをかなり使っている。実際に私自身、作業に従事している方、胸膜肥厚のでている方も二、三人診ましたし、軽い0/1程度のアスベスト肺という方もいました。そういう中で今後どうも電力関係においていろんな被害がでてきそうだなという印象が大変あったので、今回の裁判に関しては一生懸命できる範囲の協力をさせていただいたと思います。

平野 そうですね、感想からいくと、こういう裁判なり労災の認定もそうですけれど「諦めずに頑張るといけるもんだな」ということと、今回の場合、ニューヨークのマウントサイナイ医科大学の鈴木康之亮先生ですけれども「被災者の立場に立つ専門家が、こういう裁判なり労災問題にとって大きな役割を果たすもんだな」と思いましたね。これは運動の立場ですが。
最初にこの事件を鈴木先生につないだのは私だったと思います。その時には弁護士もかなり困っていて、白石さんも困り果てていて、どうしようかと私のところに来るまで、何人か相談していたみたいなんです。というのも現場もよくわからないし、中皮腫といってもはっきりしない、しかも病理の資料も全部大学に握られちゃって門外不出になっている、まさに厳しい状況だったわけです。たまたまタイミングよく鈴木先生といろいろ一緒にやる機会があった後だったものですから、「じゃあ、鈴木さんに相談してみよう」ということになり、割合すんなり話がついて、標本のプレパラートの写真をアメリカに送って見てもらったら、アスベスト小体が出たわけです。だから「諦めずにねばり強くやる」ということと、「専門家がいる」ということ、今回これは運動上の課題ですけど非常に大きな大事なところだなぁと感じました。

古谷 日本では何でも初めての裁判になるといっても、日本で本当にそんなにアスベスト被災者が出てないのか、本当に初めてのケースなのかというとそんなことはない。名取さんの話にもあったように、診たことがあるとか被害は多分ある。しかし労災認定の話として出てこないし、ましてや裁判なんて思いもつかない。四国電力のケースも、全国安全センターと石綿対策全国連絡会議が1991年に最初にやった全国一斉アスベスト・職業がんホットラインで愛媛労働災害職業病対策会議に相談が来たときには、もう時効を過ぎていた。そのため労災申請を断念せざるを得なかったというところから裁判を始めるわけですよ。本当は被害は出ているはずなのに、なかなか表に出てこない。これは「何故なのか」。飯田君、どうですか。

飯田 私も、Aさん裁判について東京でチームを組んで協力することにしました。発電所でアスベストがどの程度、どういうところに使われているのか文献調査をやることにし、東京大学経済学部の図書館に調べに行きました。なかなか十分な資料は見つからなかったのですけれども、一時期、保温材とか断熱材の大手メーカーが発電所に非常に多く製品を納入していたということが分かったわけです。確かに、「四国電力の西条火力発電所にどの程度流れたか」ということについての確かな裏付はとれなかった。しかし、発電所に保温材、断熱材としてボイラーの周りにアスベストが使われていたということはよく分かってきました。非常に多くのアスベストの保温材や断熱材が四国電力西条火力発電所に限らず、発電所の中で使われているという事実をつかむことができました。アスベストによる被害はなかなか表に出てこない。われわれもホットラインなどを主に東京でやっているんですが、なかなか被害というものがまとまったかたちで見えてこない。それでも、ここしばらくの間に、アスベスト曝露による肺がんとか胸膜中皮腫の相談がボツボツ来ています。1998年の全国の肺がんと中皮腫を合わせた労災認定件数は42件です。その意味では、アスベスト被害の掘り起こしや労災認定、裁判などの取り組みはこれからではないかという感じがしています。

古谷 肺がんはポピュラーな病気だけれども、ドクターが「煙草は吸ったことがありますか」と聞くことはあっても、「あなたアスベストを吸ったことありますか」とは聞かれない。しかもアスベストによる肺がんになるのは退職後です。職場にいる時ならともかく職場を離れて随分たってからのケースというのがほとんどです。そうすると、本人もアスベストと結びつかないし、ドクターも結びつけてくれない。逆に、中皮腫の方はアスベストとの関係はほとんどのドクターがまず疑うところだけれども、こちらはほとんどのドクターにとってお目にかかることがまずないし、診断自体も非常に難しい。めずらしい病気に出会ったからと、学会で発表したりというケースも実際にありました。けれども、じゃあアスベストが原因だから「あなたは労災補償が受けられます」という説明は本人にも家族にもなされていない。
Aさんの件もそうですよね。ドクターが、日本でもいずれ労災の補償になる日がくるからというふうに言ったと。これが現状なわけで、診断を受けても補償の方につながらない。最近、神奈川の労災職業病センターで聞いた話では、労働基準監督署に肺がんや中皮腫で相談に行っても、「アスベストは粉じんが原因だからじん肺のことは労働基準局へ行ってくれ」とたらい回しにされて、「じん肺そのものは所見が軽いからまだ労災補償の対象になりません」とそのまま放置されてしまうという例があった。会社はもちろんのことですけれども、本人も医者も行政すらもそういうことを知らないし、教えてもくれない。だから表立ってないということがあるんだと思うんですよね。多分、Aさんのように気が付いたときには時効のために結局請求ができない、こういう話は多いですよね。だから飯田君の話に出た、労災補償件数が1998年は42件、これも過去と比べると非常に増えたわけであって、ずーっと10件とか一桁の時代が続いて、1992年に20件にようやくなった。その後20件台が数年続いて1998年にいきなり42件に増えた。今後これがずーっと継続して増えていく可能性が強いと思うんです。
最近、厚生省がまとめている人口動態統計で、日本で中皮腫で死んだ人の数字が分かるようになってきて、これが毎年五百件~六百件、日本で中皮腫で亡くなっている。少なく見積もる専門家の人でもアスベストによる中皮腫が1件あれば、肺がんも同じ数だけあると言っているし、スカンジナビア諸国では政府が2倍という数値を使っています。肺がんは中皮腫の数倍だという人もいるから、中皮腫で六百人死んでいるということは、少なく見積もってもアスベスト肺がんも六百件で、合わせて日本でアスベストで千二百人死んでいることになる。もっと多く見積もれば、日本ですでに年に数千人もの人が死んでいることになる。にもかかわらず、労災補償を受けている人は増えたといってもたかだか42件、まだまだ埋もれている人がいるということですね。
話を戻して、飯田君の資料探しの苦労ですが、潜伏期間が長いために、退職して随分経ってから発病する。Aさんもそうだっただろうけど、自宅で家族や奥さんに、こんな環境で働いていたなんてことをしゃべっているとはかぎらない。あまり職場のことを家に持ち込まない職人気質の人も多いわけで、そうすると亡くなってから、どこでどうやってアスベストに曝露したか分からないということがあるわけです。そのため、話に出たように東京労働安全衛生センターの飯田君や内田さんや外山君にも国会図書館に行ってもらったり、大学の図書館に行ってもらったりしたわけです。そこら辺の苦労話、どこに行けという指示を出してくれた名取ドクター、横須賀での経験もあったと思うんですけど。

名取 かなりの数の被災者の人が早期から実際に診察を受けるなりしていれば、実態というのは分かるわけです。けれども、火力関係の場合もそうだと思いますが、労災申請のネックは、本人にアスベストや粉じんに関連した病気になり得ることが日常的に知らされていないということです。重い病気を知った後では、会社が労災申請に協力的であるかどうかが非常に大きな問題になってしまう。まあ、そうでないところが多いわけで、そういう中では、実態は分からない場合が多いと思うのですね。今回のような相談の場合、どうしても補足的な資料で一生懸命補うしかない。そういう時はやっぱり、会社の歴史や技術的なこと、どういうところにどれだけアスベストが使われていたのか、そういうことをきちんとおさえていくことが、今後の電力の問題でも必要だし、それ以外のいろんな産業においても必要じゃないかと思います。

古谷 今度のケースで、会社がいろいろ出してきた資料では「あまりアスベストは使われていなかった! そんなにAさんが曝露することはないじゃないか」ということを会社は言ってきている。しかし、日本石綿協会で『石綿』という月刊誌を出していて、過去に溯ってこれを検索してみると、横須賀の場合でも「造船業は第一のお得意様」で、電力もそれに次ぐみたいな話が確かそこに載っていたというような気がするんだけれども。

名取 そういうところで出てくる資料では、全体としてのどれだけの量が使われているか正確なことはつかめない。また、被災者のいた環境でどうだったのかがなかなか繋がっていかない。当然、電力業界にはボイラーなどがあるわけで、その周りや排気煙突も含めてかなりアスベストを使っていたということは間違いないわけですけれども、「この発電所で一体どうだったのか」ということが明らかにならないと、なかなか労災請求やアスベスト裁判では難しいところがある。

古谷 そうですね、確かにその業界全体でという話と個々の立証という問題がある。しかし日本の場合ですと、造船や発電所でアスベストがかなり使われていたということ自体がなかなか一般常識になっていないという問題も残っていますよ。

飯田 造船の場合ですと、横須賀の石綿裁判では、そこで実際にアスベスト被害にあった労働者が原告となり、当時の労働環境がどういうものであったか何人もの方が証言台に立ってリアルに証言することができた。労働環境は一般の人々にとってみれば皆目見当がつきません。実際に艦船の中ですと絶対に外からの立ち入りはできませんからね。裁判の当事者が自ら実態を明らかにしたというのは大きかった。一方、発電所というのは、文献の中の資料を読む限りでも、その内部で実際どの程度のアスベストが使われていて、どの程度の粉じんが発生しているのか、まだまだその実相が明らかになっていません。この裁判でもAさんはすでに亡くなっていて、自ら証言することは叶わなかった。まだまだ発電所内部のことはブラックボックスであり、解明しなけりゃいけないところですね。

古谷 日本で過去アスベストに大量に曝露したハイリスク(リスクの高い)グループは、どの業種にどれくらいいるかというのは分かっていないですよね。

名取 もともと発電所というのは、アスベストを使い、造られ始めた大正時代を見ても必ず旧国鉄、鉄道、造船と並んで必ず出てくるんですよね。非常に古い時期からも発電所というのはアスベストを使ってきたわけですよ。現場では熱を出して高温の蒸気を出す。文献ではあるのに、そういうところでなかなか実態というのがあまり出てこない。

古谷 今回は、はっきり言ってそこら辺の立証関係に弁護士も奥さんも苦労してきた。率直に言うと、会社への気兼ねなどもあってなかなか立証が難しかった。そこら辺は裁判を起こす時にいつも問題なわけで、なかなか決定打がないわけで、今回の事件から教訓を引き出せるかどうか分からないけれども、この際、気を付けておいた方がいいということが何かありますかね。教訓として記録に残しておいたらいいような粉じん曝露の実態の把握、立証だとかのために。

飯田 Aさんは、現在では残っていない古い発電所の時代から仕事されていましたね。そういったところで長年働いてきた方の場合、中皮腫というアスベストと因果関係のある職業病が出るんだということが、今回の裁判の中で問題提起できただろうと思います。電力会社の正社員だけではなくて、下請け、孫請け、炉の周りを工事したり、保温材を付けたりする電力会社の社員でない労働者にもアスベスト曝露の可能性があるわけで、当然そういう方たちの中で中皮腫や肺がんが出てもおかしくない。こういうことが社会的に訴えかけられる事例を提供していただいた意味は非常に大きかったと思います。

名取 今後のためというと、何かの機会でそういう場所に勤めているという方は、是非そういう部分についてなんらかの形できちんと記録を取っておいていただきたいと思う。こういう場所であったとか、逆にこの時に使われていたのは何とか印のマークがあったとか、例えば昭和40年の時にトンボ印が使われていたとか、そういうことが非常に貴重な資料になってきますから、記憶に残していただければ、もし数十年後に様々な病気になったとき、「それが生きてくるかなあ」と感じます。

平野 やっぱり、実際に働いている労働者がどういう有害なものを使って、どういう有害性があって、危険があるのか知らされていないということが一番大きな問題です。これはやはり日本企業の大きな問題です。今回も実はこの件があったので、東京電力でもやはり働いている人たち、センターの周辺の人だったのですけれども、「こういう話があるんだけど東京電力でもアスベストを使ってないですか」と聞くと「うーん、どうかな」という感じなわけですよ。安全衛生上で言えば、会社が安全教育で、「こういう危険なものだから注意しなさいよ」という話を本来しなくてはならないのに一切してない、知らされていない。当然労働者は知らない。
例えば、亀戸でいえば有名な日本化学工業の六価クロムの問題。あれだけのクロムを曝露して、しかも会社はクロムの有害性を知っていたわけだし、肺がんなんて知っていたわけだけれども安全教育をしてないわけです。したがって、そういう人たちが肺がんになったって、中皮腫になったって労災申請はないし、家族だって知らなければ訳がわからない。そこら辺が一番大きな問題です。この間東京センターにも相談があったわけですが、「父ちゃんが、『俺が死んだらアスベストだ』と言って死んでいった」という奥さんが来た。その人たちは、教えられなくとも知っていた。でも大半は知らされていないわけだからさ、これはやはり労災申請にはいかないし、裁判には絶対行かない。そういうところで今働いている現在進行形の人たちに対して、警鐘を鳴らすという意味では今回のAさんのケースは意義があった。

飯田 Aさんは直接の電力会社の社員だったということですよ。ボイラーを製造し設置するのは大手メーカーですけれども、発注者である電力会社よりはメーカーの第一次下請け、第二次下請けの労働者がその周りの工事をやったり、保修に従事したりすることが多いと思うんですよ。だから、直接電力会社の社員も危険性はあると思うんですけれど、むしろある程度専属に入っている第二次、第三次下請け業者の労働者に危険性が高いと思うんです。そういう労働者の間に肺がんだとか中皮腫だとかいうような職業がんが出てくる可能性があると思います。しかし、直接、電力会社の社員ではなく、第二次、第三次の下請けということになってくると、なかなか労災申請しにくいという構造があると思います。やはり被害ということになれば、そうしたところに目を光らせていかないといけないなという印象を僕は持っています。

名取 そういう申請がない方、私が診た方というのは、同じようなかたちで電力会社の下請け、一次、二次下請けでずーっと働いていた方なんです。いろんな発電所を転々としている。そこの方に一番被害が出ている。やはり雇われていて、上があるということでなかなか労災の申請はしにくい。逆にいうと、「申請してしまうとなかなか今後の仕事がとれないのでは」と心配せざるを得ない。そういうところに問題点がある。それからもうひとつは「電力会社の人がなぜアスベストを吸ったか」ということになりますけれど、実際に、作業をした人が一番吸うのはもちろんですけど、アスベストというのはかなり広範囲に飛散する。ある程度密閉された建物の中にあるボイラーとか、タービンとか、かなり離れたところの人まで実際には飛散していくわけで、自分ではさわっていないと思っても隣の部屋で監視労働していた電力会社の人の方まで飛散していく。こういうのは様々なんですね。発電所でそういうデータはなかなかありませんけれども、造船所であるとか、建築でのデータで分かっているわけですよ、そこら辺は。ただ目に見えないところを通って飛んでくるわけで、俺は関係ないと思っている労働者が多いわけです。そこを知らされていないわけですから、被害が出てくるとは思わないわけですし、逆に、例えばそういうことを知らない人たちは、私たちはきれいなところで仕事をしていました、というふうな証言をされてしまう。今回、会社側の方でそういうふうな証言された方は「比較的きれいな環境だった」と言っていますけれども、肉眼的に見たら一見きれいだったのかもしれない。見えないかたちでアスベストがかなり飛んでいた可能性が高いこと、そこら辺を広く知らせていかないといけないのかなという気がします。

古谷 間接曝露とか、傍観者曝露とかいわれるやつですね。直接自分ではアスベストを取り扱った記憶がないけれども、脇でやっていたと。場合によっては、全然別のところで曝露しているかも知れない。

名取 そうですね、数メートル離れている所ではかなり飛んでっちゃう訳ですから、数十メートル離れたところで、全然違う粉じん作業でない仕事をしていた人も、結局は害を受ける。それは煙草の間接被害と似たようなことで、同じ家の中に住んでいたら、奥さんも結局そういうふうになってしまうのと同じだと思うんですよね。

古谷 だから平野さんの言った「知らされていない」ということは、直接アスベスト作業を担当した人だけじゃなくて曝露した可能性のある人にも、本当はすべてに知らされていなければいけないということを意味する。奥が結構深そうですね。
実は四国電力だけではなく、某電力会社でも健康被害がいくつか出ているという論文がすでに発表されています。名取先生の方で少しかいつまんで説明していただけますか。

名取 これも火力発電所ですね。「炉の補修を行っていた方について石綿肺とか胸膜肥厚斑とかが大変多い」というような報告がかなりまとまった形で昨年度の産業衛生学会で、確か報告されています。築炉工というかたちなんですが。

古谷 築炉工というのはさっきも飯田君の話に出たけど、ひとつの発電所の仕事をやるだけではなくて、いろんな発電所だったり、鉄工所だったり、渡り職人みたいにいろんなところで仕事をしている職種ですよね。

名取 そうですよね。海老原勇先生が建築関係のところに勤めている中での築炉の例を報告されています。1960年代の火力発電所における石綿の例については、たしか1999年に岡山労災病院の岸本卓巳先生が報告されている。これでみますと、ボイラーの方だけじゃなくて、ちょっと詳しく中味は分かりませんが、機械工とかも診られているわけでありまして、そういう点でいうと、火力発電所の石綿曝露の広がりというものがすでに報告され始めている、というふうに思います。

古谷 発電所も裾野の広い産業で、関連の作業の下請け、重層した下請けの所もあるわけですけれどね、現実にAさんの事件に引き続くようなかたちで、実は東京でも変電所の事件が起きていると。直接関わった飯田君の方から話をしてほしいですけれども。

飯田 東京電力の二次下請けの会社に勤めていた大森国男さんという方が悪性胸膜中皮腫で亡くなりました。その娘さんは、お父さんが亡くなる間際に「アスベストを吸ったからだ」と聞かされた。一生懸命自分なりに調べて歩かれ、国会図書館なんかに通われてアスベスト関係の本などを読んでいる中で、東京東部労災職業病センター(現在の東京労働安全衛生センター)という団体を知り、電話をかけてこられたわけです。それで相談をいただき、労災申請の取り組みが始まっていきました。
大森さん自身は直接アスベストを扱う仕事ではなくて、都内の変電所の中のトランス(変圧器)の試験や点検ですとか、変電所内部の清掃とかの仕事に従事してきた方でした。しかし、変電所の中のトランスルームといわれる部屋には、天上から壁面にかけて全面にアスベストが吹き付けられていたわけです。そうした環境の中でずっと作業をやってきた。当然、仕事中に吹きつけアスベストの粉じんが飛散して曝露したと考えられます。18年間勤続し、悪性中皮腫で亡くなられたのは54才でした。
変電所の施設は町中にたくさんあるわけでして、全く一般の人は立ち入れませんし、電力会社の関係者やそこの下請けの労働者しか立ち入れない。その密閉された閉鎖的な施設の内部には大量の吹き付けアスベストがあります。大森さんは間接的に曝露し、悪性胸膜中皮腫を発症して亡くなった。変電所で仕事をする労働者にとって、非常に深刻な事実が明らかになってきたように思います。今後、そうした被害が大森さんだけでなくて広がっていくことが予想されます。変電所の中で間接的にアスベストに曝露して胸膜中皮腫になったというのは大きな衝撃ではなかったかと思います。
そして、今年の四月、足立労働基準監督署は大森さんの悪性胸膜中皮腫を業務上の疾病と認定しました。国が職業がんとして認めたということです。こうした認定事例の地平をぜひ拡げ、アスベスト被害をなくしていく方向につなげていきたいと思っています。

古谷 この件も、たしかニューヨークの鈴木先生に病理鑑定をしていただいたんですよね。

飯田 大学病院の専門家の鑑定で病理診断を受けたんですが、アスベストとの関係については、職歴上ちょっと触れただけで、きちんとした病理所見はなかった。そのため、肺の標本のプレパラートとブロックを米国マウントサイナイ医科大学の鈴木先生に診ていただきました。直接的な職業的な曝露というほどではないが、傍観者的な曝露として、普通の人より一三倍程度アスベストボディの数が高いという鑑定意見をいただきました。それが認定に結びついた大きな材料となったと思います。遺族ともども鈴木先生には感謝しています。

古谷 もう一方の論点として、いま平野先生が職場の実態と併せて専門家という話をされた。今回の事件ではニューヨークの鈴木康之亮先生に鑑定を依頼して、しかもわざわざ来日して証言をしてもらった。ここがハイライトでもあったわけですが、きっかけは平野先生なりが患者さんの実例を通じて、ニューヨークに病理標本を送って鑑定を依頼したことが何件か続いて、その延長線上にAさんのケースも鈴木先生に是非見てもらおうという話になっていったのですよね。「なんでわざわざニューヨークにまで、診てもらわなければいけないの」という生々しい話です。
鈴木先生に科学的な病理診断をしてもらったおかげで労災認定を受けられたというケースはもう10件くらいになりますかね。私の記憶にあるのでは、横浜の港湾労働者のケースだとか、東京の建設労働者など。一番最初のケースは、Aさんと同じく1991年の最初のアスベスト・職業がんホットラインで東京の方に相談のあった、たしか死亡診断書に死亡原因が肺炎と記載されていたケースでしたよね?

飯田 はい。アスベストを材料にした絶縁体を製造する会社の工場長でした。その意味では曝露歴は当然あるわけです。しかし某国立病院での病理の所見書を見たんですけれども、わざわざ「アスベスト因果関係については不明」という記述があったわけです。われわれ素人ですけれども、アスベストの絶縁体を作っていたわけですから、関係ないなんてことは信じがたい。それでは、どういった方に相談したらいいのだろうかという時、斎藤竜太先生から米国の鈴木康之亮先生を紹介してもらった。それで標本を作って鑑定をしていただいたというのが最初だったのじゃないかな。

平野 それこそね、今のケースだけれども、以前の古い東京センターの事務所での相談検討会で、「アスベストはない」と結果が出て、検討会ではほとんど駄目という話だったね、だが奥さんが諦めきれないと、諦めきれない遺族のやっぱり執念があったと思うのですよね。日本に専門家が他にまったくいないかといえば、それは、まあ、いたのでしょうけれども、たまたま鈴木先生だったら一度神奈川の斉藤竜太先生が会っているから、「つながるんじゃないか」ということで、私は面識なかったのですが、お電話しました。「斎藤先生に紹介していただいたんですけど」と言うと、快く引き受けてくださった。たぶんアメリカではアスベスト裁判があって、鈴木先生は専門家で顕微鏡を見ていろいろ意見を出すということがほとんど日常的な仕事になっているという素地があったから、鈴木先生も当たり前のこととして受けたというのはあると思うんですけどね。それが初めてでしたよ。だから、日本のいわゆる一般の病院の病理の人たちはアスベストなり職業性の疾患の認識が非常に希薄だということだと思います。
実はその後も、全建総連の関係で大工さんが肺がんになって、これも遺族が組合に相談に行って、某国立病院ですけれど、組合員と奥さんが行ってアスベストをちゃんと診て下さいと病理をお願いした。けれども、結果はアスベスト・ボディ(小体)ないしはアスベストの胸部所見はナシという結果だったのですね。あらためて病院から標本を借りて、マウントサイナイに送って、多量のアスベストが出たという同じようなケースが続いていたんですよね。だからそういう中で、今回のAさんのケースを鈴木さんに頼もうと。

古谷 それ以前から鈴木先生とは接触、おつき合いはあるわけですけれども、斎藤先生がアメリカで開かれた国際じん肺学会に参加されて、鈴木先生に会ったのがたぶんそういうお願いをする直前だったかと思います。それ以前にも日本国内でも何回か講演などをされていますね。
Aさんの今回のケースで思うのは、ひとつはアスベスト疾患の診断、とりわけ病理診断の難しさという面を、もちろん日本にドクターがいないわけではないと思うのだけれども、今回の事件を通じて随分勉強させられたことがひとつ。それともうひとつは、一般的になりますけれど、裁判をやるときに専門家の支援、協力が得られるかということだと思うんです。

名取 日本でもね、ある程度、病理の人であっても、臨床家であっても石綿の診断なり、肺がんなり、中皮腫の診断が出来るところはないわけじゃないですけれども、「じゃあ、大学病院であればどこでも出来るか」というと、それが出来ないようなところも残念ながらある。

古谷 なぜ、出来ないの?

名取 それは例えば肺を専門にしている病理自体が日本では数が非常に少ないと言われていますよね。病理診断の保険点数が低いとかいろいろ言われますけれども。それからさらに、肺の中でも主に肺がんとかそういう方に病理医の関心が行ってしまうので、やはり、職業性疾患をきちんと診られる病理医というのは当然少ないし、逆にそういう中で、多くの病理医は石綿の診断を教育されては来ないわけです。臨床でも同じで、呼吸器の先生であっても肺がんの診断ができない呼吸器の先生はいないでしょうけれども、じゃあ、石綿肺の所見をちゃんと診ている人というと、極端に少なくなってしまうということが当然あるわけです。逆にいうと、「数が少ないから医者を選びなさい」ということが多くの人にまだ知られていないわけですよね。だから現状では「医者を選びなさい」としかいいようがない。逆にいうと、「患者さんに育てられて医者は育つ」という過程を経ていくしかないのかなという気がします。

古谷 たしかにそうですね。いま私たちも労働省に対して、「アスベスト疾患を診たことのある、経験のあるドクターにアスベストに曝露した患者の健康管理をしてほしい、そのためのドクターを養成してほしい」と要求しているわけです。今回、鈴木先生が証言を快く引き受けてくれ、莫大な資料を届けてくれた。この翻訳も苦労したわけですが、実際には労働者住民医療機関連絡会議に参加している医療機関のドクターたちや、安全センターの関係者で手分けしてやってもらいました。これも「正しいことだからやってくれ」と言ったって、やってくれないわけです。それで、大阪でじん肺プロジェクトの会議をやったときに集まったドクター方に残ってもらい、白石さんや松山の藤田育子弁護士にも大阪に来てもらって、直接藤田弁護士と白石さんからこの問題について訴えてもらって、Aさんの事件を知った以上、協力を拒むわけにはいかないでしょうと運命共同体的に巻き込んで、翻訳をお願いしたという裏話があるわけです。ご協力いただいた皆さんにこの場をお借りしてお礼を言わなくちゃいけないですね。ただ、本当に勉強になった。そのとき翻訳した資料集と鈴木先生の証言調書がこの報告書の巻末に付いていますが、そのままアスベスト疾患の病理診断のテキストとして使ってもらった方がいいと思うのです。翻訳した資料や鈴木証言の価値という点で名取先生いかがですか?

名取 これだけまとまったかたちで、火力発電所に関連した資料が日本語になっているのは他にないと思います。そういう点では、今後、火力発電所もしくは火力発電所に関連するような方にとって参考になる資料だと思いますね。アスベスト疾患の病理診断についても写真がどれだけ入るか問題はあるのですけれど、鈴木先生のかなり明解な分かりやすい証言が本文に掲載されているということですから、そういう点では病理、職業性疾患の呼吸器系の職業性疾患の病理を志す人にとってはたいへん参考になるような中味があるんじゃないかと思いますね。

古谷 本文の中で、亡くなったAさんの身体の一部が、これが大学病院に残っていながら、遺族がそれにアクセスすることができない。鈴木先生からは「なんでそんなことが起こるのか、本人のものであり、遺族のものであるはずのものがなんで大学が所有者みたいなことを言うのか」という場面も出てきますけれども、「そんなばかなことはないだろう」と言って知恵を出してくれたのは名取先生なわけですね。そこら辺はどうなの?

名取 脳死臓器移植の問題があって、死体解剖保存法をかなり読み込んでいたので、献体などや病理解剖で病理医が得た組織というものは、基本的には家族が返還してほしいという時にはすみやかに返還しなければならないという規定があることはわかっていました。いまも勝手に動脈を採ったなんていう国立循環器病センターが問題になっていますけれど、臓器移植で勉強していたことがいかされたということだと思いますけど。

古谷 日本では本当に、労災認定でもそうだけれども、裁判やなんかで専門家の協力を得るというのは難しい。逆に、裁判で相争っているふたつの当事者のどちらかの立場に立つというのが、難しいのかもしれない。その点、僕らが鈴木先生の証言に感銘を受けたんだけど、鈴木先生の証言の中味自体が科学者としての姿勢に徹底していた。「領分を外れることについては、自分はなんにも言えないけれども、自分の知見と自分の専門分野と与えられた資料とで言えることはこうなんだ」と非常にはっきり言って下さった。鈴木先生はそういう意味では医者が患者の立場に立つのは当たり前だということを非常にスッキリ話していただいていると思うんです。なかなか日本ではね。平野先生、専門家の立場というところからどうでしょう。(笑い)

平野 専門家じゃないですけどね。

古谷 あれ、じん肺の専門家だとどこかの法廷でおっしゃったじゃないですか。

平野 (笑い)いやはや、そうですね、職業病の専門家と言ったわけで・・・
そうですね、科学、医学は確かに中立で、その真実はひとつだとかいうふうに言いますけれども、100%そんなに何から何まで全部解明できるわけではありませんし、分かるわけではないわけで、やはり基本的にはどちらの立場に立つかというのは、かなり科学者・医者・専門家には問われることだと思いますね。その時にどうものを言うか。言い方の問題がひとつある。「80%これはその業務上問題があるよ」、あるいは「60%、50%・・・」、どうしてもやはり100%まぎれもなく医学的に言えるかというと、それは簡単に言えない。ある程度のところまで、90%、80%因果関係が科学的に言えるという時に、どう言うかですよね。「可能性がある」とか、「この肺がんはアスベスト曝露、発電所の仕事とは因果関係がある」、「可能性がある」とか、「否定できない」とか。そうじゃなくて「あるんだ」、とはっきり言い切る勇気というか、そういうものが問われると思うんですよ。たしかにじゃあ100%科学的に全くあるかと言われると、100%あると言えるわけがない。その時どういうところに立っているのかというそこら辺を踏まえて言わないといけない。逆に向こうの企業側の御用医者みたいなのは、100%言い切るわけですよ。「これは関係ない、アスベスト曝露とは関係ないよ」と言い切るわけですから、これに対しては「可能性はある」とか、「否定できない」くらいでは絶対対抗できないわけで、そこら辺の科学者、専門家としての社会的立場をわきまえた行動なり、言動を取っていただかないといけない。これはいま問題になっている、じん肺の主要な原因物質のひとつであるシリカの肺がん性についてのIARC(国際がん研究機関)の結果(ヒトに対して発がん性ありとした)をどう評価するのか、やはり科学者や医学者の専門家としての態度が問われているわけですよ。

名取 平野先生のように立場が非常に鮮明な方は、そういうふうに言えると思うのですけれども、多くの方はそうではないと思うわけです。ただ実際に診ていて、診たことをちゃんと言うこと自体をしていない方が、医療家の方に多いということですよね。つまり、もし診たことを正直に言ったならば、社会的な意味で医療の中で孤立するんじゃないかという懸念から、自分が診た真実すら言わない。そういうことが多い。鈴木先生も最初に裁判に立たれた時というのは非常にびくびくして、「もう本当に出たくなかった」と言われていました。しかし、だんだんと言っているうちに、「あ、真実を言えばいいんだ」というふうに思ったということです。立場というものは、平野先生が言われるように大事なときもあるわけですけれども、明らかに職業性だという場合でもなかなか言われていない実態が多いわけで、たまたま今回の話を聞かれた方は真実を言うということを是非していただきたいと思います。そういう事を積み重ねていく中で、どうも曖昧だけれども「これはこうだ」という真実の線も見えてくる、というふうに私は思っています。

飯田 ちょっと関係ない話で恐縮ですが、中皮腫による死因は、厚生省の人口動態調査でも年間六百件出ていますよね。こう言ってはなんですけれども、普通の開業医が中皮腫の診断をするのは難しいと思います。こうした時、例えば肺がんの疑いとかでがんセンターや大学病院に送るケースが多いのではないか。がんや中皮腫に明るい実績のある専門病院に患者さんが送られて来る。事実私が関わったケースでも、某大学付属病院の胸部内科の先生は「年間五件くらいの中皮腫を診ています」と言っていました。ただそうした話を聞いても、「労災とのからみが全く切断されてしまっている」という実感をもったのです。ドクターもそうですが、「職業との関連、アスベストの曝露はどうだったのか」ということを、患者さんも全然気づかないことがありますから、道筋をつけてあげる必要があるのじゃないでしょうか。

名取 そうですね、だからそこら辺は何かの形で出会った方を通じて、そこの病院のドクターなり病理が変わっていく。アスベストの労災については分かるようになっていく。しかもそのご家族、本人家族を含めて、これだけ手厚い補償が受けられることを知る。その後に同じ病気の方がくると、医師や病理医の方から「労災になりますよ」と、どんどん自ら言っていくようになるという姿というのをしばしば見ますのでね。ひとつひとつでしょうけれども。私たちが呼びかけたら急に、職業性呼吸器疾患に団結する人が集まるというわけではないわけですので、そういう中でひとつひとつのところが変わっていくという力が大きいのかな、という気がしていますね。

古谷 Aさんの件からこうやって話をしてみて、Aさん個人にかかわるだけでなくて、いろいろな普遍性をもついろいろな要素がありますね。たしかに、裁判としては日本の発電所で初めてのケースですけれども、実際にはまだまだあると思う。山奥にある発電所から、この街に電線を引いて来るのに、発電所から最初のケーブルにはかなり厚さのあるアスベストの蒲団を被せるんだそうです。それを製造している会社の人からそんな話を聞いたことがあって、それで発電所のアスベストを初めて認識したようなところがあるわけです。
間違いなくこれから発電所、あるいは発電所に関連した様々な下請け関係企業でも、すぐ被害がでてくる可能性が強いだろうと、先程来話がでている。実際には、被害が出ているのにそれが表にでてこない。嘆くべく、嘆かわしい話なわけです。必要な人たちに必要なインフォメーションが行き渡ってほしい。労災認定あるいは裁判で、いろいろなかたちでいいわけですけれども、とにかく被害が出ているのに闇に隠れている状態であってほしくはない。そういう面でも、Aさんの事件を教訓にしたいと思うわけです。

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