建設アスベスト訴訟、東京2陣東京地裁で勝訴判決/原告・弁護団声明/判決要旨 2020年9月4日

またしても、国の責任認め、建材メーカー5社の企業責任も認める。

2020年8月28日の同訴訟神奈川2陣(原告:本人・遺族計64人、被告:国・企業43社)控訴審東京高裁判決に続いて、9月4日、東京地裁(前澤達朗裁判長)において東京2陣訴訟(原告:121名(被災者数113名)、被告:国・企業18社)の一審判決が言い渡された。

一人親方等も含めて国の責任を認めるとともに、建材メーカーについては5社(ニチアス、ノザワ、クボタ、エーアンドエーマテリアル、ケイミュー)の責任を認めた。

10月22日に神奈川1陣にかかる最高裁弁論が予定されている。国と企業の責任を一部であっても認める大きな流れがどうなるのかだけではなく、解体工等への責任が認められるかなど、まだまだ最高裁判決の行方についてはわからない状況が続く。

以下、原告団・弁護団声明を引用する。

原告団・弁護団声明(2020年9月4日)

声  明

首都圏建設アスベスト訴訟原告団
首都圏建設アスベスト訴訟弁護団
首都圏建設アスベスト訴訟統一本部

1 本日、東京地方裁判所第1民事部(前澤達朗裁判長)は、首都圏建設アスベスト東京第2陣訴訟(原告数 121 名、被災者数 113 名)において、国及び建材メーカーの責任を認め、国に対しては総額8億 4673 万 6795 円及び建材メーカー5社に対し総額約4億 7000 万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

2 国の責任について
判決は、泉南アスベスト最高裁判決等において示された、労働者の生命・健康の確保を目的とする労働関係法令に基づく規制権限は「適時にかつ適切に」行使されなければならないとの判断基準に基づき、1975(昭和 50)年 10 月 1 日(改正特化則施行日)以降 2004(平成 16)年 9 月 30 日(改正安衛令施行日前日)までの間、事業主に対し、吹付け工を含む屋内作業者が石綿粉じん作業に従事するに際し防じんマ スクを着用させければならない義務を罰則をもって課すとともに、これを実効あらしめるため、建材への適切な警告表示(現場掲示を含む。)を義務付けるべきであったにもかかわらず、国がこれを怠ったことは著しく不合理であり、国賠法1条1項の適用上違法であると判示した。

また、判決は、屋外作業従事者との関係でも、国は危険性を具体的に予期することができたとし、2002(平成 14)年 1 月 1 日以降の責任を認めた。

これにより、建設アスベスト東京1陣訴訟における東京地裁判決を皮切りに本判決を含め国は 14 連敗したことになり、国の責任は不動のものとなった。

さらに判決は、一人親方等に対する国の国家賠償責任を認めた。判決は、黄燐等製造禁止法の規定を引き継いだ旧労基法 48 条の趣旨及び同法を引き継いだ安衛法 55 条並びに同 57 条の趣旨を解釈した上で、安衛法 57 条に基づく労働大臣の規制権限の行使については、国は、一人親方等との関係においても、建材メーカー等に対し、警告表示の内容をより具体的にするよう通達を発出するなどの規制権限を行使すべき義務があったと認定し、それを怠った国の責任を認めた。

一人親方等に対する国の責任については、2018(平成 30)年 3 月に東京高裁第 10 民事部が初めて国の責任を認める判決を言い渡して以降、大阪高裁第4民事部、大阪高裁第3民事部、福岡高裁第5民事部、静岡地裁、東京高裁第 20 民事部及び本件判決まで7件連続で同様の判決が言い渡されており、一人親方等に対する国の責任を認めることが司法判断として定着しつつある。

3 建材メーカーらの共同不法行為責任について

判決は、遅くとも吹付け工との関係では 1973(昭和 48)年 1 月 1 日、屋内作業者との関係では 1974(昭和 49)年 1 月 1 日、屋外作業者との関係では 2002(平成 14)年1月1日には、建材メーカーらは、石綿を含有する建材を製造・販売するに当たり石綿の人体に対する危険性を警告する義務があり、その警告義務を怠った過失があることを認めた。

その上で、判決は、一部の被告メーカーらに限定したものの、民法 719 条1項後段の類推適用により共同不法行為の成立を認め、多くの原告らを救済した。

被告メーカーらは、長年にわたり警告表示をすることなく石綿建材の製造・販売を続け、その結果原告ら建築作業従事者に甚大な被害を与えてきたことは明らかである

以上、本判決がこれまでの同種事件の判決と同様にその責任を認めたことは高く評価することができる。

ただし、本判決が解体工等に対する警告義務違反を認めなかった点は、被告メーカーらの負う高度な安全性確保義務についての理解が不十分であったと言わざるを得ず、その点は是正されなければならない。

建材メーカーらが石綿建材を製造・販売する行為と建築作業従事者に発生した損害との間の因果関係の立証が困難な建設アスベスト事件について、京都地裁、横浜地裁や、東京高裁第5民事部、2件の大阪高裁、福岡高裁、そして先日言い渡された東京高裁第 20 民事部の各判決に続き、建材メーカーらの共同不法行為責任を認めた判決は本件で8件目となる。建材メーカーらの責任はもはや揺るぎないものになったということができる。

4 損害賠償額等について

また、損害に関し、判決は、各被災者に生じた損害に応じて、石綿関連疾患による死亡の場合は 2500 万円、石綿肺(管理区分4)、肺ガン、中皮腫の場合は 2300 万円、石綿肺(管理区分3、合併症あり)の場合は 2000 万円、石綿肺(管理区分2、合併症あり)の場合は 1500 万円とその基準慰謝料額を認めた。

その上で、国の責任については二次的、補完的なものであるとして、また建材メーカーの責任については寄与の割合があるとして、各被災者について認められた慰謝料額を一部減額したことは、被告らの責任を真正面から直視したものとはいえず、被災者らの受けた損害を不当に減ずるものである。

5 私たちの求めるもの

建設アスベスト訴訟は、現在、全国8箇所の地域で闘われているが、国は、本判決により 14 件連続で責任を断罪され、また一人親方等に対する国の責任も一昨年の東京高裁判決以降7件連続で認められており、一人親方等を含めた国の責任はもはや揺るぎないものとなった。さらに建材メーカーに対する責任も5件の高裁判決及び本判決を含め8件の判決で認められており、建材メーカーの責任を認める司法の流れも確立されたということができる。

原告勝訴の判決が続く中、来る 10 月 22 日には、神奈川第1陣訴訟について最高裁弁論が予定され、年内もしくは年度内にも建設アスベスト最高裁判決が見込まれるところとなっているが、最高裁判決においても、国及び建材メーカーの責任が断罪される可能性はいよいよ高まってきた。

国がこれ以上無用な争いを続けることはもはや許されない。国は、14 件連続で責任を断罪されながら、それに従うことなく解決を引き延ばしてきたことを反省し、速やかに原告らに謝罪するとともに、本判決を機に全面解決を決断すべきである。それとともにすべての建設アスベスト被害者を救済するために、「建設アスベスト被害者補償基金」制度創設に向け原告らとの協議のテーブルに着くことを決断すべきである。

また、建材メーカーらも、本判決を真摯に受け止め、早期全面解決の立場に立ち、速やかに基金制度創設に同意するとともに基金拠出に応じるべきである。

私達は、アスベスト被害者の完全救済とアスベスト被害の根絶のため、全国の原告、被災者、労働者、市民と連帯して、今後も奮闘する決意である。

原告団・弁護団声明(2020年9月28日)

判決要旨

事件番号平成26年(ワ)第11958号首都圏建設アスベスト損害賠償請求東京訴訟(第2陣)事件

当事者
 原告120名
 被告  国ほか18名

係属部 東京地方裁判所民事第1部
判決言渡期日 令和2年9.月4日午後3時
法廷番号   103号法廷

第1 主文の概要

1 被告国との関係

原告ら121名(被災者113名)のうち112名(被災者106名)の請求を一部認容し,その余を棄却した。
認容総額は8億4673万6795円である。

2 被告企業らとの関係

以下のとおり,被告株式会社工一アンドエーマテリアル,被告株式会社クボタ,被告ケイミュー株式会社,被告ニチアス株式会社及び被告株式会社ノザワとの関係で原告らの請求を一部認容し,その余を棄却した。なお,被告企業相互の関係では,各原告に係る認容額の限度で連帯関係となる。

(1) 被告株式会社工一アンドエーマテリアルとの関係では,同社を被告とする原告ら104名(被災者96名)のうち59名(被災者54名)の請求を一部認容し,その余を棄却した。認容総額は3億3373万3398円である。

(2) 被告株式会社クボタとの関係では,同社を被告とする原告ら8名(被災者8名)のうち1名(被災者1名)の請求を一部認容し,その余を棄却した。認容額は247万5000円である。

(3) 被告ケイミュー株式会社との関係では,同社を被告とする原告ら7名(被災者7名)のうち1名(被災者1名)の請求を一部認容し,その余を棄却した。認容額は247万5000円である。

(4) 被告ニチアス株式会社との関係では,同社を被告とする原告ら101名(被災者93名)のうち49名(被災者44名)の請求を一部認容し,その余を棄却した。認容総額は2億8608万6898円である。

(5) 被告株式会社ノザワとの関係では,同社を被告とする原告ら114名(被災者106名)のうち24名(被災者24名)の請求を一部認容し,その余を棄却した。認容総額は1億3570万6900円である。

第2 事案の概要及び判断の要旨

1 事案の概要

本件は,建築作業に従事した際に石綿含有建材から発生した石綿(アスベスト)粉じんに曝露したことにより,石綿関連疾患に罹患したと主張する被災者やその相続人等である原告ら(121名)が,①被告国に対しては,被告国が,旧労働基準法及び労働安全衛生法又は建築基準法に基づき,石綿粉じんへの曝露により建築作業従事者が石綿関連疾患に罹患することを防止するための各種規制権限等を行使すべきであったにもかかわらず,これを怠ったことが違法であり,これにより被災者らが石綿関連疾患に罹患したと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,また,②被告企業らに対しては,被告企業らが,石綿含有建材の製造及び販売を中止する義務及び建築作業従事者に対して石綿の危険性等を警告表示する義務を負っていたにもかかわらず,これらを怠って石綿含有建材の製造販売を継続したことにより,被災者らが石綿関連疾患に罹患したと主張して,民法719条1項後段の適用又は類推適用等に基づき,被災者一人当たり各3850万円(相続人による請求の場合は,相続した割合等に相当する金額。なお,本件の被災者は113名であり,請求総額は43億2165万5000円となる。)の損害賠償金及び遅延損害金の連帯支払を求める事案である。

2 主要な争点

(1)責任の有無
ア 被告国の責任の有無

(ア) 石綿粉じん曝露と石綿関連疾患罹患に関する医学的知見の確立時期(争点1)

(イ) 建築作業従事者が石綿関連疾患に罹患する危険性に関する被告国の予見可能性(争点2)

(ウ) 労働関係法令に基づく規制権限不行使の違法性(争点3)

(エ) 一人親方や個人事業主(以下「一人親方等」という。)も労働関係法令の保護対象に含まれるか(争点4)

(オ) 建築基準法に基づく規制権限不行使の違法性(争点5)

イ 被告企業らの責任の有無

(ア) 被告企業らの責任原因の有無(争点6)

(イ) 被告企業らの共同不法行為責任の成否(争点7)

(2)被災者ごとの因果関係及び損害の有無(争点8)

3 当裁判所の判断1(被告国の責任の有無)

(1) 石綿粉じん曝露と石綿関連疾患罹患に関する医学的知見の確立時期(争点1)

石綿粉じん曝露と石綿肺との関連性については,昭和33年3月31日頃(昭和32年度労働衛生試験研究の発表時期)に,医学的知見が確立したものと認められる。

また,①石綿粉じん曝露による肺がんの発症,並びに②石綿肺及び肺がんよりも少量の石綿粉じん曝露による中皮腫の発症に関する医学的知見は,昭和47年頃(IARC報告による,全ての種類の石綿と肺がん・中皮腫との関連性に関する総括の時期)にそれぞれ確立したといえる。

(2) 建築作業従事者が石綿関連疾患に罹患する危険性に関する被告国の予見可能性(争点2)

 石綿の吹付け作業については,旧じん肺法(昭和35年)等においてじん肺にかかるおそれのあう粉じん作業として定められており,昭和46年頃には吹付け作業の危険性を指摘する論文等が存在したことなどに照らせば,被告国は,前記(1)の医学的知見が確立した昭和47年には,石綿吹付け作業が中皮腫を含む石綿関連疾患に罹患する危険性が高い作業であると認識することが可能であった。

 建設屋内での石綿切断作業等(石綿吹付け作業を除く。)については,被告国は,昭和48年の通達により石綿粉じんの局所排気措置の抑制濃度を定めているところ,この時点において,石綿板の切断作業につき当該抑制濃度を超える濃度を報告する論文等が存在し,その後の測定においても,建材の切断作業等につき同様の結果が報告されていることなどに照らせば,同年の時点で調査を行うことにより,直接又は間接の石綿粉じんの曝露によって,建築作業従事者が石綿関連疾患に罹患する危険性を認識することが可能であった。

 屋外での石綿切断作業等については,平成13年に,産業衛生学会の改定勧告において過剰発がんリスクに係る評価値が引き下げられているところ.既に前記イのとおり屋内作業の危険性が認識可能であることや,同年の時点で諸外国の多くで石綿含有製品の製造禁止措置がとられていたこと等に照らせば,被告国は,遅くとも同年中には,建築作業従事者が屋外での石綿切断等作業によって石綿関連疾患を発症する危険性があることを認識することが可能であった。

(3) 労働関係法令に基づく規制権限不行使の違法性(争点3)

 被告国が昭和50年改正特化則等により講じた施策は,いずれも建設作業従事者の石綿粉じん曝露防止として実効性を有するものとは認め難い。

 ー方で,被告国は,昭和48年頃までには,石綿吹付け作業及び屋内作業場において建設作業に従事する労働者が石綿粉じん曝露により石綿関連疾患を発症する危険性を具体的に予期することができ,これを回避するための措置として,遅くとも昭和50年改正特化則が原則として施行された昭和50年10月1日以降,①安衛法22条1項及び27条1項に基づく規制権限を行使して,事業者に対し,労働者への呼吸用保護具の使用を罰 則をもって義務づけること,②安衛法22条,23条,27条1項又は57条に基づく規制権限を行使して,建築作業現揚における石綿取扱い上の注意事項等の掲示及び建材メー一カー等の石綿含有建材への警告表示の各内容に関し,石綿関連疾患の具体的内容及び症状のほか,防じんマスクの必要性をより具体的に記載することを義務付けることは困難ではなく,これらの規制権限を行使する義務を負っていたものというべきである。

また,被告国は,屋外での建築作業に従事する労働者との関係では,平成13年頃までに,上記危険性を具体的に予期することができ,これを回避するために,遅くとも平成14年1月1日以降,上記①及び②の規制権限を行使する義務を負っていたものというべきである。

そして,規制権限の不行使は,平成15年改正安衛令の施行く平成16 年10月1日)により,重量比1%を超える・白綿含有建材の製造等が禁止されたことにより解消されたものというべきである。

 以上によれば,被告国が,石綿吹付け作業及び屋内作業場において建設作業に従事する労働者との関係では遅くとも昭和50年10月1日以降,屋外での建築作業に従事する労働者との関係では遅くとも平成14年1月1日以降,それぞれ平成16年9月30日までの間,前記①及び②の規制権限を行使しなかったことは,国賠法1条1項の適用上違法である。

 石綿の製造禁止を前提とする規制権限の不行使に関しては,他の曝露防止対策(防じんマスクの着用)が存在する一方で,平成18年の安衛令改正までに,石綿の管理使用が不可能であるとの知見が確立していたものと認めるに足りる証拠はなく,各国の規制状況と比較しても,被告国の規制措置が著しく時機を失したものとはいえないこと等に照らして,規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法であるとは認められない。

(4) 一人親方や個人事業主(以下「一人親方等」という。)も労働関係法令の保護対象に含まれるか(争点4)

 安衛法に基づく規制権限の行使につき,法律上保護すべき利益は,原則として労基法適用労働者に存し,これに対応する国の職務上の義務も,原則として労基法適用労働者に対する義務というべきである。

しかしながら,石綿粉じんへの曝露の実態につき,一人親方と労基法適用労働者が異なる状況にあったとは認められず,結果及び因果関係との関係においては,両者を区別する合理的な理由はないこと等に照らせば,前記①及び②の安衛法の各規定(同法22条,23条,27条1項,57条)の沿革,趣旨及び目的のほか,規制権限の行使の方法及び効果等を総合的に考慮した上で,立法者の合理的意思として,規制権限の行使について,その受益者を労基法適用労働者に限定せず,一人親方等との関係でも同一内容の行使を要求する趣旨といえる場合には,一人親方等の利益は,安衛法により保護された法律上の利益に該当するものと解するのが相当である。

 この点,安衛法22条,23条及び27条1項に基づく規制権限に関しては,旧労基法42条,43条及び45条は,労働者の健康に関する措置を講ずべき義務を使用者の義務として規定することにより,労働者の利益の実効的な保護を図る趣旨と解され,この点で,原則として使用従属関係の存在を基礎とする法律と解され,労基法適用労働者以外の者との関係において,工場法13条の趣旨を承継したものとは直ちに解し難い。

さらに,呼吸用保護具の使用の義務付けについては,事業者において,労働者に対し当該使用を義務付ける立場にあることを前提とするものと解されるところ,一人親方等は,本来的に使用の有無を自ら判断する立場にあるものと解され,上記義務付けの前提を欠く。作業現場における警告表示についても,例えば,マスク着用の必要性に係る表示は,本来的に,使用従属関係を前提とするマスク着用の指示と解すべき内容であり,使用者が労働者のために講ずべき措置としての性格を失わないものと解される。

以上によれば,上記各規定に基づく規制権限の行使について,一人親方等の利益は,安衛法により保護された法律上の利益に該当するものとは解し難い。

 これに対し,旧労基法48条は,黄燐等製造禁止法の規定を引き継いだものであるが,同条には「使用者」又は「労働者」の文言は含まれず,労働者以外のすべての者に適用があるとの解釈が示されていたこと等に照らせば,旧労基法内の規定ではあるものの,使用従属関係を前提とせず,有害物の「物自体」としての危険性に着目して,その製造及び流通等の過程に関与する作業者全般の健康上の利益を保護する趣旨の規定と解するのが相当である。そして,安衛法55条は,対象を「労働者に重度の健康障害を生ずる物」と規定しているものの,旧労基法48条を引き継いだ規定であり, 「使用者」との文言は用いられず,「物自体」の危険性に着目した規制と解される点も同様である。安衛法の立法者において,「労働者」との文言について,旧労基法48条に比して保護の対象となるべき作業従事者を限定する趣旨とは到底考え難く,上記の趣旨は,安衛法57条についても同様に解される。

以上によれば,安衛法57条に基づく労働大臣の規制権限の行使については,被告国は,一人親方等との関係においても,建材メーカー等に対し, 警告表示の内容をより具体的にするよう通達を発出するなどの規制権限を行使すべき法的義務を負っていたものというべきである。

ただし、上記の規制権限は、建材の譲渡、提供時の警告表示に関する権限と解されるところ、建材メーカーにおいては、建物の完成後にその解体、修復作業に従事する者(解体工,はつり工及び鳶)との関係で警告表示を行うことは困難であるから,被告国においても,これらの者との関係で上記の法的義務を負うものとはいえない(なお,後記4(1)の被告企業らの警告表示義務についても同様に解される。)。

(5)建築基準法に基づく規制権限不行使の違法性(争点5)

建築基準法90条1項の「危害」とは,建築作業に伴い生ずる物理的な損壊等による危害をいい,建築作業従事者が複数の工事現場において石綿粉じんに長期・継続的に曝露することによる健康被害についてまで予定するものとはいえない。また,同法2条7号ないし9号の目的は,建物の耐火性能等に関する最低基準を定め,建築の際にこれを遵守させることで,完成した建物に火災が発生した際の延焼や倒壊を防止し,建物の居住者及び利用者,建物の所有者並びにその周辺住民等の生命,身体,財産を保護することにあると解され,建築作業従事者の生命,身体,財産の保護を目的とするものとは解されない。これらの規定に係る規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法であるとはいえない。

4 当裁判所の判断2(被告企業らの責任の有無)

(1)被告企業らの責任原因の有無(争点6)

 石綿は,重篤な石綿関連疾患を引き起こす危険性のある有害物質であり, 当該危険性は,製品使用者の生命,身体の安全に関わるものであること等からすると,被告企業らは,その当時入手可能な最高,最新の学問・技術水準に基づいて,当該製品から発生する危険を予見し,被害発生を防止するために必要かつ相当な対策を適時かつ適切に講ずべき高度の注意義務を負っていると解される。

 被告の注意義務(予見可能性)に関し,医学的な知見の確立時期は前記3(1)と同様,建築作業従事者が石綿関連疾患に罹患する危険性の予見可能性に係る始期については,前記3(2)と同様である。

 被告企業らは,自らが提供する石綿含有建材の具体的な危険性の内容及び特質(遅発性)等について最も知悉する立場にあり,石綿含有建材自体について具体的な警告表示がない限り,建築作業現場における防じん対策が徹底されず,建築作業従事者に重篤な健康被害をもたらす危険性が生じることについて容易に知り得る立場にあったこと等に照らせば,自らの提供する石綿含有建材に係る個別の表示により,建築作業従事者に対し,①石綿粉じん曝露により石綿関連疾患(石綿肺,肺がん,中皮腫等)に罹患する危険性,②中皮腫は少量の石綿粉じん曝露でも発症する可能性があること,③周辺又は後工程の作業者を含め,防じんマスク着用等,実効的な曝露防止対策が不可欠である旨を警告表示する義務を負っていたものと解され,その始期は,石綿含有吹付け材については,吹付工との関係では昭和48年1月1日から,建設屋内での石綿粉じん作業において使用される石綿含有建材(石綿含有吹付材,石綿含有保温材,耐火被覆材,断熱材,内装材,床材,混和剤)について,同作業に従事する建築作業従事者との関係では昭和49年1月1日から,屋外での石綿切断等作業において使用される石綿含有建材(屋根材,外壁材,煙突材)について,同作業に従事する建築作業従事者との関係では平成14年1月1日と解される。

被告企業らは,上記の内容及び方法による警告表示を怠って石綿含有建材を製造販売し続けていたものであり,警告表示義務違反が認められる。

(2) 被告企業らの共同不法行為責任の成否(争点7)

ア 民法719条1項後段は,たまたま複数の加害行為が重なったために,各加害行為と損害との間の立証が困難となる事態を防止する必要があり,他方で,各加害者はそれぞれ故意または過失により他人の権利等を侵害し,損害を惹起する危険のある行為を行っており,この点に因果関係の推定という根拠があると考えられたことから定められたものと解される。この観点から,本件における共同不法行為の加害行為については,特定された被告企業の製造販売した石綿含有建材が被災者の就労する建築現揚に到達したのであれば,当該石綿含有建材の加工等により発生する石綿粉じんに曝露する高度の蓋然性があり,石綿関連疾患が長期間石綿粉じんに曝露した結果生じることに照らせば,被告企業の行為は他人の権利等を侵害し,損害を惹起する危険な行為であり,加害行為というべきである。

 原告らが各被災者らの就労した建築現場に到達した各石綿含有建材を個別に特定することはほぼ不可能であるという本件の事情の下では,被災者が属する職種が一般的に取り扱う石綿含有建材のうち,石綿粉じん曝露の主な原因となったであろうもの(主要曝露建材)を特定し,これにつき一定のシェアを有する被告企業らの製造販売する石綿含有建材につき共同行為者として特定する原告らの手法は合理的である。本件の被災者らが,いずれも長期間にわたり多数の建築現場において建築作業に従事していたことに照らせば,上記のシェアを基礎として,被災者の石綿含有建材の到達につき認定することは可能であり,マクロの統計を推認に用いることの問題点等を考慮しても,本件証拠上20%以上のシェアを有すると認められ る建材については,これをもって被災者の就労する建築現場に到達したと認定することは可能というべきである。

 本件では,原告らの主張によっても,原告らが特定した被告企業ら以外に各被災者が罹患した各石綿関連疾患を発症させるに足りる石綿含有建材を製造販売した者がいるから,他原因者の不存在が証明されているとはいえず,民法719条後段を適用することはできない。

一方で,本件では,各被災者が長年にわたり多数の建築現場で就労し, 石綿含有建材から生じる石綿粉じん直接・間接を問わずに曝露した結果石綿関連疾患に罹患したものであり,これらの曝露態様は累積的なものと解される。また、被告企業らの製造販売した石綿含有建材が被災者の就労する建築現場に到達したのであれば,当該石綿含有建材の加工等により発生する石綿粉じんに曝露する高度の蓋然性があり,被災者らの石綿関連疾患の罹患に寄与があったことを一定程度推認することができるが,その具体的寄与は不明といわざるを得ない。

上記の状況は,各加害者による加害行為(損害の一部を惹起する危険のある行為)の存在と,加害行為の重なりによる因果関係の立証困難の点で, 民法719条1項後段の類推適用を基礎づけるものというべきである。前記イのとおり特定された被告企業らについては,民法719条1項後段の類推適用に基づき,各被災者の損害惹起に寄与した限度において,連帯して損害賠償責任を負うというべきである。

5 当裁判所の判断3(被災者ごとの因果関係及び損害の有無(争点8))

各被災者が罹患した石綿関連疾患の病名や症状,死亡の有無,公的給付の受給等を考慮すると,①石綿肺(管理区分2,合併症あり)の場合は1500万円,②石綿肺(管理区分3,合併症あり)の場合は2000万円,③石綿肺(管理区分4),肺がん,中皮腫の場合は2300万円,④石綿関連疾患による死亡の場合は2500万円を基準慰謝料額とするのが相当である。また,各被災者の具体的な損害額の算定に当たっては,別紙「具体的損害額算定に当たっての考慮事項」記載の各事項を考慮した上で算定すべきである。

以 上

■特集/建設アスベスト訴訟高裁四連続勝訴 国も企業にも責任あり、一人親方も賠償の対象に-国が率先して解決に踏み出すとき<安全センター情報2018年11月号>

建設アスベスト訴訟大阪・京都地裁判決-国の責任四たび断罪、建材メーカーの責任も初めて 早期解決・救済へ国会請願署名<安全センター情報2016年4月号>