剥離剤を使用した塗料の剥離作業における労働災害防止について 基安化発0817第1号2020年8月17日~未規制物質ベンジルアルコール 、特化物ジクロロメタン含有

厚生労働省は2020年8月17日、未規制物質であるベンジルアルコールや特化則物質ジクロロメタンを含有する塗料等の剥離剤による火災や中毒事案が頻発していることから「剥離剤を使用した塗料の剥離作業における労働災害防止について」基安化発0817第1号令和2(2020)年8月17日を発出した。

ベンジルアルコールは特化則等の規制対象となっていない物質であり、1,2-ジクロロプロパン(胆管がん事件)オルトフタルアルデヒド(医療用消毒剤による皮膚・呼吸器)を想起させる事案である。

安易な未規制物質の使用を強力に抑制する基本原則の法制化が必要であることを改めて実感する事案である。

通達には、火災や中毒事例が例示されており参考になるが、次の事例や文献が公表されている。

ベンジルアルコールが関連した火災例

火災事故では、東名高速の中吉田高架橋において2019年11月21日に、橋梁桁下での塗装塗替え工事において剥離剤による既設塗膜の除去作業をしていたところ、火災が発生し、作業員が1人死亡、10人が負傷するという重大事故が発生している。

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剥離剤由来のベンジルアルコールによる急性中毒例

塗膜剥離剤の吸入により急性ベンジルアルコール中毒を来した1例(A case of benzyl alcohol poisoning by inhalation of paint stripper)

この報告は2018年10年に公表されており、今回の2020年8月の通達発出まで約2年を要しており、厚生労働省の対応はやはり遅いと言わざるを得ない。

以下、通達の全文である。

剥離剤を使用した塗料の剥離作業における労働災害防止について(基安化発0817第1号2020年8月17日)

基安化発0817第1号
令和2年 8 月 17日

関係団体の長 殿

厚生労働省労働基準局安全衛生部
化学物質対策課長

日頃から安全衛生行政の推進に格段の御理解、御協力を賜り厚く御礼申し上げます。 さて、橋梁等の塗料を剥がす作業や石綿を含有する建築用仕上塗材を除去する作業において、様々な剥離剤が使用されていますが、剥離剤に含まれる化学物質への引火による火災や、吸入による中毒事案が頻発している状況にあり、原因物質の中には、特定化学物質障害予防規則(昭和47年労働省令第39号)、有機溶剤中毒予防規則(昭和47年労働省令第36号)などの法令(以下「特化則等」という。)による規制の対象となっている物質以外の物質も含まれています。

このため、剥離剤を使用する作業において発生した労働災害の事例、剥離剤に含まれる化学物質の危険有害性、剥離剤を使用する作業において講ずべき措置などについて、下記のとおりまとめましたので、貴団体におかれましては、下記の事項を傘下の会員事業場等に対して周知いただきますとともに、法令で規制されているか否かにかかわらず、化学物質の危険有害性を踏まえた適正な使用について注意喚起をしていただきますようよろしくお願い申し上げます。

なお、周知用のパンフレットも同封いたしますので、周知にあたりご活用下さい。

1 剥離剤による火災及び中毒事案の発生について

(1)発生事例(火災)

橋梁工事において、ベンジルアルコール含有の剥離剤により塗膜の除去作業を行っていたところ、火災が発生し、死傷者複数名を出したもの。既存の塗膜に鉛や塩素化ビフェニル(PCB)等の有害物質が含まれるため養生をしており、かつ換気設備は稼働していなかったため、気化した剥離剤が滞留しやすく、また、塗膜くずも堆積した状況になっていた。

(2)発生事例(中毒)

 屋内での床のタイルカーペットの張替工事の際、ジクロロメタン含有の剥離剤によりカーペット撤去後に残った古い接着剤の除去作業を行っていたところ、中毒となり、意識を失った。災害当時、換気扇を付けておらず、また、防毒マスクを着用していたが破過していた可能性が高い。

 橋梁工事において、ベンジルアルコール含有の剥離剤により桁の塗料の剥離作業を行っていたところ、複数名が意識不明や足下がおぼつかなくなった。災害当時、全体換気はなされており、また、防護服及び電動ファン付き呼吸用保護具を着用していた。

ウ 鉄筋コンクリート造の校舎解体工事において、石綿含有の外壁材に剥離剤(成分不明)を吹き付けて除去作業中、5名が体調不良となり、腕や背中にも化学やけどを負った。呼吸用保護具を着用していた。

 橋梁工事において、ベンジルアルコール含有の剥離剤により桁の塗膜の除去作業を行っていたところ、複数名が吐き気や視覚障害などを発症した。被災当時、防護服や防護眼鏡は着用していたが、呼吸用保護具の着用状況は不明。

 作業足場において剥離剤(成分不明)を用いて塗膜除去作業中、剥離剤の揮発蒸気を吸引して一時的に意識障害に陥り、足場から転落した。また、転落時に剥離剤の容器を倒し、中に入っていた剥離剤を浴びて化学やけどを負った。

 橋梁工事において、剥離剤の乾燥を防止するためビニルシートで養生を行い、ベンジルアルコール含有の剥離剤により桁の塗料の剥離作業を行っていたところ、意識を失った。災害当時、換気は行っており、また、防護服及び防毒マスクを着用していたが、防毒マスクの吸収缶の破過時間の管理を行っていなかった。

 橋梁塗装工事において、防炎シートと厚手のビニルシートで養生された環境下でベンジルアルコール含有の塗膜剥離剤の吹き付け作業を行っていたところ、意識を失った。被災当時、防護服及び防毒マスクを着用していた。

(3)剥離剤に含まれる化学物質によって発生するおそれがある健康障害


剥離剤に含有されている化学物質の中には、上記の発生事例にある火災につながる引火性のあるものや中毒につながる急性毒性のあるものだけでなく、発がん性があるもの(皮膚から吸収されることによりがんが発生するおそれがあるものを含む。)、生殖毒性(ばく露することで生殖能又は胎児への悪影響のおそれがあるもの。)、反復ばく露により神経系の障害を引き起こすおそれがあるもの、眼・皮膚刺激性のあるもの(眼に入ったり、皮膚に付着することで重い薬傷(いわゆる化学やけど)を引き起こすおそれがあるものを含む。)もある。

2 剥離剤を安全に取扱うための標準的な手順について

剥離剤には、上記2に掲げる化学物質以外にも、様々な化学物質が使用されているが、特化則等の規制対象となっているものは含まれていなかったとしても、塗料等を化学反応で剥離させる作用を生じさせる効果があるものである以上、体内に取り込んだり、皮膚に触れたりすれば、人体に有害である可能性は高いことから、剥離剤を用いる場合は、健康障害を防ぐために以下の措置を講じる必要がある。

(1)ラベル・SDSの入手・確認

  • 剥離剤を使用する場合は、必ず添付されているSDS(安全データシート。化学物質の危険有害性、取扱い上の注意などが記載された文書。)に記載されている事項(特に危険有害情報、取扱い及び保管上の注意、ばく露防止及び保護措置)を確認すること。
  • SDSが添付されていない場合は、販売店舗又はメーカーから取り寄せること。
  • SDSを入手できない製品の使用は避けること。

(2)ばく露防止のための措置

  • 特化則等の規制対象となっている物質が含まれている場合は、法令に規定されている措置を確実に講じること。
  • 特化則等の規制対象となっている物質が含まれていない場合でも、SDSに記載されているばく露防止及び保護措置を参考に、ばく露防止措置を確実に講じること。なお、製品によっては、法令の規制対象でないことをもって安全という記載がなされているものもあるが、上記1(2)の災害事例にもあるとおり、法令の規制対象でないことは、危険有害性がないことを意味するものではないことに特に注意すること。
  • SDSを入手できない製品をやむを得ず使用する場合は、その製品には危険有害性のある物質が含まれているものとみなして、防毒マスク、保護手袋等の保護具を確実に使用する等、十分なばく露防止措置を講じること。
  • 作業場所をビニルシート等で隔離し、通風が不十分となる場合は、内部の剥離剤のガス、蒸気等の濃度が高くなることが想定されるため、排気装置を設ける等、作業者のばく露濃度を低減させるための措置を講じること。

3 剥離剤に使用される主な化学物質の危険有害性及び取扱い上の注意事項

(1)ベンジルアルコール

上記1(2)の事例の原因物質であるベンジルアルコールは、いわゆる水系又はアルコール系剥離剤に使用されている化学物質である。特化則等の規制対象とはなっていないが、以下アのとおり、強い有害性があり、使用する際には、健康障害を防ぐために以下イの措置を講じる必要がある。

ア ベンジルアルコールの危険有害性

ベンジルアルコールは、GHS分類※により、以下の有害性があることが確認されている。

  • 単回ばく露又は反復ばく露により中枢神経系及び腎臓に障害
  • 強い眼刺激
  • 眠気又はめまいのおそれ
  • 飲み込む又は皮膚に接触すると有害

GHSとは、国連の「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム」をいい、化学品の危険有害性に関する情報を、それを取り扱う全ての人々に正確に伝えることによって、人の安全・健康及び環境の保護を行うことを目的とするもの。このシステムにおいて、化学品の危険有害性を判定するための基準が設けられており、その基準に従って、化学品の危険有害性が分類されている。

イ ベンジルアルコールを含有する剥離剤の取扱い作業において講ずべき措置

剥離剤にベンジルアルコールが含有されている場合は、以下の措置を講じること。

  • ベンジルアルコールを含む剥離剤の取扱い作業を行う場所には、その旨掲示するとともに、作業者以外は立ち入らせないこと。
  • 作業者には送気マスクや防毒マスク(有機ガス用防毒マスクの型式検定合格品)を使用させること。なお、送気マスクは防爆構造のものとし、防毒マスクは、吸収缶が破過すると、除毒能力がなくなるので、使用時間を厳格に管理し、定期的に吸収缶を交換する必要があることに留意すること。
  • 作業者には保護眼鏡並びに不浸透性の保護衣、保護手袋及び保護長靴を使用させること。
  • 作業場所をビニルシート等で隔離し、通風が不十分となる場合は、内部のベンジルアルコール濃度が高くなることが想定されるため、排気装置を設ける等、作業者のばく露濃度を低減させるための措置を講じること。
  • 剥離された物にもベンジルアルコールが含まれているので、運搬又は貯蔵するときは、堅固な容器に入れる又は確実に包装した上で、見やすい箇所にベンジルアルコールの名称や取扱い上の注意事項を表示すること。
  • 作業者に対し、剥離剤に含まれるベンジルアルコールの有害性、作業を行うに当たって注意すべき事項(上記②~⑤を含む)について、作業開始前に周知すること。

(2)ジクロロメタン

ジクロロメタンは、いわゆる溶剤系剥離剤に使用されている化学物質である。以下アのとおり、強い有害性があり、特化則により、特別有機溶剤として規制されている。

ジクロロメタンを含む剥離剤を使用して塗材等の剥離を行う作業は、特定化学物質障害予防規則第38条の8が準用する有機溶剤中毒予防規則第1条第1項第6号ホの「物の面の加工の業務」及び同号チ「払しょくの業務」の有機溶剤業務に該当し、作業場所の通風が不十分な場合は、屋内作業場等として、排気装置等の設置義務の対象にもなるため、作業条件に応じ、以下イの措置を講じる法令上の義務がある。

ア ジクロロメタンの危険有害性

ジクロロメタンは、GHS分類により、以下の有害性があることが確認されている。

  • 発がんのおそれ
  • 単回ばく露により中枢神経系及び呼吸器に障害
  • 長期にわたる又は反復ばく露により中枢神経系、肝臓及び生殖器(男性)に障害
  • 皮膚刺激
  • 強い眼刺激
  • 眠気又はめまいのおそれ
  • 吸入すると有害
イ ジクロロメタンを含有する剥離剤の取扱い作業において講ずべき措置

剥離剤にジクロロメタンが1%以上含有されている場合は、以下の措置を講じること(①から④、⑥、⑦、⑧及び⑨は特化則に基づく義務(罰則あり)。)。

  1.  有機溶剤作業主任者技能講習を修了した者のうちから特定化学物質作業主任者を選任し、労働者の指揮や保護具の使用状況の監視を行わせること。
  2.  ジクロロメタンの名称、ジクロロメタンが人体に及ぼす作用、取扱い上の注意事項、使用すべき保護具について、作業場の見やすい場所に掲示すること。
  3.  作業場所をビニルシート等で隔離し、通風が不十分となる場合は、局所排気装置又はプッシュプル型換気装置を設け、稼働させること。ただし、その設置が困難又は作業時間がおおむね3時間以内である場合は、全体換気装置を設け、稼働させることでもよいこと。
  4.  作業者には保護眼鏡並びに不浸透性の保護衣、保護手袋及び保護長靴を使用させること。
  5.  作業者には送気マスクや防毒マスク(有機ガス用防毒マスクの型式検定合格品)を使用させること。なお、防毒マスクは、吸収缶が破過すると、除毒能力がなくなるので、使用時間を厳格に管理し、定期的に吸収缶を交換する必要があることに留意すること。
  6.  洗顔、洗身又はうがいの設備、更衣設備及び洗濯のための設備を設けること。
  7.  剥離された物にもジクロロメタンが含まれているので、運搬又は貯蔵するときは、堅固な容器に入れる又は確実に包装した上で、見やすい箇所にジクロロメタンの名称や取扱い上の注意事項を表示すること。
  8.  ジクロロメタンを含む剥離剤の取扱い作業に常時従事する労働者に対しては、ジクロロメタンに関する健康診断を6月以内ごとに実施すること。
  9.  ジクロロメタンを含む剥離剤の取扱い作業に常時従事する労働者について、1月を超えない期間ごとに当該労働者の氏名、従事した作業の概要や期間等を記録し、30年間保存すること。
  10.  ジクロロメタンを含む剥離剤の取扱い作業を行う場所には、その旨掲示するとともに、作業者以外は立ち入らせないこと。
  11.  作業者に対し、剥離剤に含まれるジクロロメタンの有害性、作業を行うに当たって注意すべき事項(上記1.~7.を含む)について、作業開始前に周知すること。

<参考>

国において、国内で使用されている主な化学物質のうち、約3,000物質についてモデルSDSを作成し、以下①のWebサイトで公表しているので、対策を講じる上で参考とすること。

「職場のあんぜんサイトGHS対応モデルラベル・モデルSDS情報」

<PDF> 剥離剤を使用した塗料の剥離作業における労働災害防止について 基安化発0817第1号2020年8月17日