【特集1 石綿健康被害補償・救済状況の検証】建設アスベスト給付金制度 認定審査の現状と問題点

片岡明彦
(関西労働者安全センター)

建設アスベスト被害の国と建材メーカーに損害賠償を求めた「建設アスベスト訴訟」は2008年に提訴、13年後の2021年5月17日の最高裁判決(東京、神奈川、京都、大阪各1陣)により、国と建材メーカーの責任のかなりの部分が認められた。

これを受け、国は原告代表に謝罪し、原告団・弁護団を含む建設アスベスト訴訟全国連絡会との間で「基本合意書」を締結したのち、「基本合意書」における「原告」と「同等の被害者」に対して「給付金」を支給する「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等に関する法律(略称:建設アスベスト給付金法)」が成立した。(このように国の損害賠償については制度化が実現した一方で、建材メーカー側は、最高裁判決で責任が確定した被告メーカーを含めて、被害者側が求めている救済制度を拒否して裁判での争いを続けている。)

以下、現在までの給付金審査の状況を報告し、問題点、課題について述べる。

なお、建設アスベスト訴訟弁護団によれば、国から賠償金を受けた、または、国と和解した被害者原告は全国1,011人のうち958人(2023年11月7日現在)となっている。

給付金認定5970件

月1回行われる認定審査会の審査結果は、各回の議事要旨として公表されているので、これをまとめると26頁の表15のようになる。

建設アスベスト給付金審査結果

2022年1月からはじまった建設アスベスト給付金制度によって認定されたのは、5,970件(11月21日現在、審査件数6,117件の97.6%)。

国賠訴訟による賠償金・和解金の支払いを受けた958人の6倍であり、合計すると6,928人である。

審査が行われた計21回の認定審査会では平均291件(合計6117件/21回)が処理され、平均で認定284件(合計5,970件)、不認定2.4件(合計50件)、保留1.8件(合計37件)、無効5件(合計60件)である。

全体の推移をみると、制度開始前に労災認定されていた事案にかかる申請が集中して、1回当たりの審査件数が300件台で高止まりしていたとみられる時期は過ぎ、1回当たりの審査件数は低下傾向にあり、現在は200件台で推移している。

累積の申請件数と平均審査処理期間について公表されていないが、審査に相当の長期間を要している事案が少なからずあるとみられ、改善するべき課題の存在が推察される。

不認定事案の発生

制度開始当初、不認定事案は発生していなかったが、2022年11月に2件初めて発生した後、2023年4月からは連続して出続けており、累積で50件に達している。すでに不認定に対する不服審査請求も行われるような状況となっている。

不認定とされた理由については公表されていないが、不認定になった事例についての経験やコメントが明らかにされるようになってきた。

「2023年4月審査会以降、不認定相当が続いており、不認定相当は合計43件となっています。追加資料の提出を求められたものの、何十年も前の就労状況について証明するものがなく、同僚等も見つからないというケースが不認定相当となっていることが予想されます。
私たち弁護団にも『就労状況について、追加資料の提出を求められているが、どんな資料を提出したら良いのか、どうやって探せば良いのか分からない』というご相談が数多く寄せられています。」(建設アスベスト訴訟全国弁護団 https://kenasu.jp/news/20231031-1336/)(下線筆者)

建設アスベスト給付金の申請は、なんらかの補償・救済認定を公的機関から受けているかどうかにかかわりなく行うことができ、申請を受け付けた厚生労働省が、次の3つの要件を満たすと判断すると認定され、申請者に給付金が支給される。

  1. 次の表の期間ごとに、表に記載している石綿にさらされる建設業務に従事することにより、
    ※表の期間及び業務は、最高裁判決等を踏まえ定められたもの
  2. 石綿関連疾病【(1)中皮腫、(2)肺がん、(3)著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚、(4)石綿肺(じん肺管理区分が管理2~4)、(5)良性石綿胸水】にかかった
  3. 労働者や、一人親方・中小事業主(家族従事者等を含む)であること(本人が亡くなっている場合は、遺族(配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹)のうち、最先順位者からの請求が可能)

上記弁護団のコメントにあるような「石綿作業従事歴にかかる追加資料を求められ、これに対応できないまま不認定になるケース」は、ひとつめの要件を満たさないで不認定とされているとみられるが、それはどのような場合だろうか。

「対象期間外石綿ばく露」や「対象外石綿ばく露業務」労災認定事案

アスベスト被害者たる患者や遺族は、補償・救済の公的制度の側からみると3つのケースがある。

(1) 労災保険法などの労災補償制度(石綿労災時効事案救済のための石綿健康被害救済法による特別遺族給付金制度を含む)の認定を受けている(労災認定)
(2) 石綿健康被害救済法の認定を受けている(救済認定)
(3) (1)(2)のどちらの認定も受けていない

(3)は説明を要しないが、(1)(2)であっても、給付金申請者が自力で石綿ばく露作業従事歴を証する資料を作成し、提出しなければならないことがあり、このことが不認定事案を発生させる主な原因となっているとみられる。

(1)の労災認定されている場合、労災請求を受け付けた労働基準監督署などによって労災認定基準に示されている石綿ばく露作業従事歴(期間と年数)の確認が完了している。したがって、その確認済の「期間」において従事した「石綿ばく露作業」が上記の建設アスベスト給付金の要件(1)に合致すれば、問題なく給付金が認定される。

多くの職種がある建設作業者で労災認定を受けた人は非常に多いので、こうした人たちの利便性を図るため=簡易、迅速な認定を行うために、給付金制度の開始と同時に「労災支給決定等情報提供サービス」(以下、情報提供サービス)が開始された。

このカテゴリーに入る方は、情報提供サービス申請書を厚生労働省に提出すると、建設アスベスト給付金の要件(1)に該当する期間と年数について書かれた通知書を受け取ることができ、これを建設アスベスト給付金申請書に添付して給付金申請すると迅速に認定を受けることができるという仕組みである。事実上の事前審査的な制度といえる。

しかし、労災認定を受けている場合であっても、情報提供サービス申請をしたところ「情報なし」の通知が送られてくるケースがある。

例えば、次のようなケースである。

  • 「1975年10月1日より前までに労働者としての左官工事従事歴があり、その後は、事務職のサラリーマンであったのち石綿疾病を発症したため、1975年10月1日より前の石綿ばく露作業従事歴にもとづいて労災認定された方」
  • 「1975年10月1日より前まで労働者としての大工従事歴があり、その後は、工務店の中小事業主として電気工事に従事したが事業主の期間には労災保険の特別加入をしていなかった。そのため、1975年10月1日より前の労働者として石綿ばく露作業従事歴の調査、確認のみにもとづいて労災認定された方」

いわゆる、「対象期間外石綿ばく露」労災認定事案である。

前者については、建設アスベスト給付金制度の対象とはならないことが明らかなケースである。

しかし、後者については、建設アスベスト給付金制度の対象となることが明らかであるものの、情報提供サービス申請をしても「情報なし」という通知を受け取ることになる。したがって、建設アスベスト給付金申請にあたっては情報提供サービスの「恩恵」を受けることができないので、自力で給付金「対象期間内石綿ばく露」が「あったこと」を証する資料の作成と提出が必要となるのである。

また、例えば、もっぱら屋根工として屋外作業に就いたことによる石綿ばく露作業従事歴に基づいて労災認定されていた方では、期間については要件を満たしていても、給付金要件(1)における「一定の屋内作業場」に該当しないということをもって、情報提供サービス申請については「情報なし」の通知がされ得る。「対象外石綿ばく露業務」労災認定事案である。

しかしこうした場合、この「情報なし」通知をもって建設アスベスト給付金申請をあっさり断念するのは早計である。

一見、屋外作業とみなされがちの屋根工であっても、建設アスベスト訴訟においては国が和解に応じる事例が出てきている(例えば、建設アスベスト関西訴訟大阪2陣における「屋根等のスレート工事に従事した外装工について国との和解が成立した事例」大阪アスベスト弁護団ウエブサイト が報告されている)からである。

ただ、この場合も、建設アスベスト給付金申請にあたっては、情報提供サービスの「恩恵」を受けることができないので、自力で給付金の対象となる石綿ばく露業務であったことを証する資料の作成と提出が必要である。

救済認定事案

労災認定を受けられない、また、受けていない救済認定事案においては、中皮腫、肺がんについては、石綿ばく露歴調査や確認を要しない「医学的要件のみによる認定」が行われているので、上記の「対象期間外石綿ばく露」労災認定事案や「対象外石綿ばく露業務」労災認定事案と同様に、給付金要件(1)を満たすことを証する資料の作成と提出を自力で行わなければならない。

救済認定の対象疾病にはほかに、「著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺」、「著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚」があるが、この2疾病には「大量の石綿ばく露があること」が要件となっているので、この場合は、「大量の石綿ばく露」のあった「期間と業務」が給付金要件(1)に該当することを証する資料の作成と提出を自力で行わなければならない。

救済認定の認定当局である環境再生保全機構は、建設アスベスト給付金制度の施行後、中皮腫、肺がんなどの認定者に建設アスベスト給付金制度の案内を送付したので、救済認定を受けている(労災認定を受けていない)建設労働者や家族からの給付金申請が増えていると推測される。筆者らの支援団体へのこのカテゴリーの方の相談も増えている状況である。

別稿で当センターが支援した「情報なし」とされたMさんが建設アスベスト給付金の認定を受けた事案を紹介した。同様の報告はこれから増えてくると考えられる。

例えば、大阪アスベスト弁護団による

などの事例もある。

「自力証明困難(不認定)事案」への対処と支援

「石綿作業従事歴にかかる追加資料を求められ、これに対応できないまま不認定になるケース」は、本来あってはならない。

労災認定された事案においては労基署が職権によって調査を行う。そうした調査で得られる内容と同等の内容を、なんら権限をもたない申請者個人に負わせておいて、出せなかったら不認定あるいは取り下げということに極力ならないようにすることも、アスベスト被害に対する国の責任である。

「自力証明困難事案」の増加に対応した、申請者の立場を尊重した対処策を国が講じることが求められている。

建設アスベスト訴訟全国弁護団は、「給付金支給の前提として、一定の資料に基づく証明が必要だとしても、裁判における国との和解や労災認定と比べて、必要以上に厳格な証明が求められるべきではありません。建設アスベスト給付金制度の創設にかかわった私たち弁護団は、不認定とされた事案についても注意深く検討し、必要に応じて厚生労働省との協議や要請を続けます。」(https://asbestos-osaka.jp/all/kensetsu/4047/)としている。

「無効」-審査長期化の弊害

不公正な不認定事案を発生させないこととともに、いたずらな審査長期化をなくすことが重要であるが、審査長期化による弊害の現われが、上の表における「無効」件数と考えられる。

「無効」とはあまり聞き慣れない用語であるが、建設アスベスト給付金の請求書には、小さな字で次のとおり記載されている。

※万一、請求者の方が本給付金等の支給の権利の認定・不認定の通知がなされるまでに死亡した場合には、本請求書による請求は無効となります。なお、当該場合には、特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律第3条第2項及び第3項に基づき遺族の方(本請求の請求者を除く。)が御自身の名前で改めて請求を行っていただくことになります。

請求者が患者本人の場合、認定通知がされる前に死亡するとその請求が無効になる。そして、給付金の請求権のある遺族(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。)、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹)がいれば、この順位で改めて新たに請求ができる、というのである。

つまり、「無効」とは、患者たる請求者が認定通知を受け取らないまま死亡、あるいは、遺族たる請求者が認定通知受け取らないまま死亡した事案ということである。

表をみると、2023年11月までに60件の「無効」が発生している。

筆者がかかわった中皮腫遺族(妻、申請時79歳)は、2022年7月に給付金申請を行った。

この方の場合、給付金対象遺族はこの方だけだったので、認定通知を受け取る前にもし亡くなられると「無効」となり、かつ、だれも請求権のある遺族がいなくなってしまい、給付されるはずの給付金が無に帰してしまう。

待てど暮らせと来ぬ認定通知が到着したのは、申請から1年後の2023年7月。

情報提供サービス申請により提供情報ありとして通知を受け取ってからの申請だったので、情報提供サービスを申請した2022年1月から数えると1年6か月後のことだったのである。

別の事案では、中皮腫患者(男性、申請時76歳)で2022年8月に給付金を申請したが、認定通知を受け取ったのは1年後の2023年8月だった。

厚生労働省の担当者には何度も早期認定をお願いしたし、2023年7月の中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会省庁交渉に出席した給付金担当者にも、このような審査長期化はきわめて問題である訴えた。

筆者のかかわったこの2件は幸いにも「無効」となることはなかったが、全体では「無効」が60件も生じているというのは、(石綿疾病の厳しさを踏まえても)きわめて重大であると言わなければならない。

安全センター情報2024年1・2月号