建設アスベスト訴訟、神奈川2陣東京高裁で勝訴判決/原告・弁護団声明/判決要旨(抄) 2020年8月28日

目次

一人親方への国の責任、解体・改修工含めた企業責任認める

建設現場でのアスベスト被害について、国と企業(建材メーカー)の責任を問うている「建設アスベスト訴訟」。

2020年8月28日、同訴訟神奈川2陣(原告:本人・遺族計64人、被告:国・企業43社)控訴審において、東京高裁(村上正敏裁判長)は、国に対しては原告全員に対する責任を認め、企業3社(一審でのニチアス、ノザワに加えて、エーアンドエーマテリアル(A&AM))の責任を認めた。一審横浜地裁判決から大きく前進した。賠償総額は約3倍の約9億5千万円となった。

国については、1975年10月以降、防じんマスクの着用義務付け、建材・現場での警告表示義務付けなどをしなかったことについて国賠法上違法とし責任を認めた。

企業については、1975年1月以降、建材の警告表示をしていなかった責任を認め、販売シェア20%超あるメーカーに共同不法行為に基づく賠償責任があるとした。

大きな争点であり、一審では原告が敗訴していた、いわゆる「一人親方」と呼ばれる建設現場で多く働いている「個人事業主」とされる人たちについての国の責任について一転してこれを認めるとし、結局、原告全員について国の責任を認めた。

さらに、解体・改修工に対するメーカーの責任を認めたことは、これまでの各判決にはみられなかった点である。

建設アスベスト訴訟は、最高裁判決への大きなポイントとなる神奈川1陣の最高裁弁論が10月22日に開かれることが決定している。今回の高裁判決はこれまでの流れを補強するものである。ただし、最高裁弁論及び神奈川1陣以外の最高裁係属事件への最高裁の対応、最高裁判決の時期と内容はまったく予断を許さない状況であることに変わりはない。

刻々と増え続けるアスベスト被害、なかでも建設関係被害者は多く、この領域での被害救済がどうなるかは、全体の被害救済にかかわる重要な問題である。

以下、原告団・弁護団声明を引用する。

原告団・弁護団声明(2020年8月28日)

声  明

首都圏建設アスベスト訴訟原告団
首都圏建設アスベスト訴訟弁護団
首都圏建設アスベスト訴訟統一本部

1 判決の結論

建築現場における作業を通じて石綿粉じんに曝露し、中皮腫や肺ガンなどの石綿関連疾患を発症した被災者及びその遺族(被災者数44名、原告数64名)が、国と石綿含有建材製造企業(以下、「建材メーカー」という。)を訴えていた建設アスベスト訴訟において、東京高等裁判所第20民事部(村上正敏裁判長)は、2020年8月28日、国に対しては総額4億131万237円、及び建材メーカー3社に対し総額5億6936万7499円の支払いを命じる判決を言い渡した。
本判決は、原判決である2017年10月24日の横浜地裁判決(以下「第1審判決という。」を覆し、一人親方等の原告についての国に対する責任を明快に認め、全員の救済を認める判決となった。第1審判決は建材メーカー2社(ニチアス・ノザワのみであったが)の責任を認めたが、それを上回る3社の責任を認め、ほぼ全ての原告についてメーカーに対する責任を認めた。
国の国家賠償法上の損害賠償責任は、既に12の地裁・高裁判決で認められており、先行する5つの高裁すべてで認められている。国の責任を認める司法判断は既に不動のものとなっている。
また、一人親方・零細事業主(以下「一人親方等」という。)に対する国の責任について、本判決を含めて合計5つの高裁で連続して認められる結果となった。
建材メーカーの損害賠償責任も、本判決を含め5つの高裁判決で認められた。本判決に続いて、年内及び年度内にも第1陣神奈川訴訟の最高裁判決が見込まれている。本判決は、来る最高裁判決に対して大きな影響を与えるものといえる。

2 国の責任

(1)本判決は、国の責任について、泉南アスベスト訴訟最高裁判決などで示された「人の生命や健康を保護するための労働関係法令に基づく国の規制権限は、適時適切に行使されなくてはならない」との法理に則り、防じんマスクの使用及び警告表示(掲示)の内容に関する規制権限不行使の違法性を認め、1975(昭和50)年10月1日から2006(平成18)年8月31日までの国の責任を認め、賠償を命じた。
(2)しかも、本判決は、原判決を覆し、東京高裁第10民事部判決、大阪高裁第4民事部判決、大阪高裁第3民事部判決、福岡高裁第5民事部に引き続いて、一人親方等に対する国の責任も認めた。国は、一人親方に対して、安衛法22条及び57条に基づく規制権限を行使すべき職務上の法的義務を負担することから、上記規制権限の不行使は、労働者に対する関係だけではなく、一人親方等との関係でも、国賠法の適用上違法であったと判断し、一人親方のアスベスト被害についても国に責任があったことは、もはや疑いのないところとなった。

3 建材メーカーらの責任

判決は、建材メーカーらの警告義務について、1975年1月1日以降,石綿粉じんばく露により石綿関連疾患を発症する危険があること及び危険回避のために当該建材を取り扱う作業中は防じんマスクを使用する必要があることなどを警告する義務を負担する、として建材メーカーらの警告義務を認めた。さらには、解体・改修作業との関係でもかかる警告義務を負っていたとして、はじめて解体・改修作業の関係でも責任を認めた。今後も解体・改修作業による被害者の増大が懸念されることからすると極めて高く評価することができる。
そして、判決は、建材メーカーらの責任について、マーケットシェア、従事した現場数、供述証拠などに基づき、A&Aマテリアル、ニチアス、ノザワの損害賠償責任を命じた。ほぼ全ての被災者との関係で、メーカーらの責任を認めたことも極めて大きな意義を有する。
アスベストが重篤な疾患を引き起こす危険物であると知っていながら、十分な警告表示すらも行わないままに石綿建材を製造・販売してきた建材メーカーの責任を認めたものであり、個々の被害者の命や健康を奪ったアスベストはどの建材メーカーのものであったのかという立証上の難問を乗り越えて、被害を埋もれさせなかった本判決の判断は極めて正当である。

4 損害賠償額、減額要素

判決は、各被災者に生じた損害に応じて、石綿関連疾患による死亡の場合は2800万円、中皮腫、肺ガン、びまん性胸膜肥厚及び石綿肺で管理区分4の場合は2500万円、石綿肺で管理区分3の場合は2200万円、石綿肺で管理区分2の場合には1900万円の慰謝料を認めた。基準となる慰謝料額は原判決を上回るものであり評価できる。
その上で、国の責任は補充責任であることを理由として、各被災者について認められた慰謝料の額から3分の1に減額し、国の責任期間と各被災者ごとの石綿粉じん暴露期間との関係に応じて一定の減額を行い、判決別紙記載の金額の賠償を国に命じた。

5 本判決の意義と私たちの求めるもの

本判決は、国に対しては何と13連勝を重ねるところとなった。そして一人親方の責任をめぐっても東京高裁東京1陣判決にはじまって6連勝となり、この点での司法判断も確固たるものとなった。また建材メーカーに対しても高裁段階で5勝目の判決となり、建材メーカーの責任を認める司法の流れは確立されたということができる。
本判決に続いて、年内もしくは年度内にも建設アスベスト最高裁判決が見込まれるところとなっているが、来たる最高裁判決でも本判決と同様の結論が示される見込みがいよいよ高まったとみることができ、その意味で本判決の世論、政治に訴える力は極めて大きいものがある。
したがって、本判決で13連敗となった国は言うに及ばず、この間の高裁判決で連敗を重ねている建材メーカーらも、こうした本判決の持つ意義を真摯に受け止め、建設アスベスト訴訟の早期全面解決に真正面から向き合うことが厳しく求められるところとなっている。
この点、まず国は、判決で断罪された加害責任はもちろんのこと、13度にも及ぶ司法判断に従うことなく解決を引き延ばしてきた責任について猛省し、本判決を機に、最高裁判決を待つことなく、全面解決を決断し、原告ら被害者に対する謝罪と建設工事従事者に対する被害補償基金制度創設と今後の被害防止対策についての協議を内容とする基本合意締結を決断すべきである。
一方建材メーカーらは、本判決を真正面から受け止め、早期全面解決の立場に立ち、これまた最高裁判決を待つことなく、直ちに被害補償基金制度創設に同意し、基金拠出に応じるべきである。

私たちは、本裁判の被災者44名中、すでに28名が無念のうちに命を奪われているというあまりにも重い現実に思いをいたし、本判決を踏まえ、一日も早い全面解決を実現すべく、全力で奮闘する決意である。

以上。

原告団・弁護団声明(2020年8月28日)

判決要旨(抄)

平成29年(ネ)第5058号首都圏建股アスベスト損害賠償神奈川訴訟(第2陣)控訴事件

第一審原告:64名
第一審被告:国及び企業43社
 (令和2年8,月28日午後3時00分判決言渡し 101号法廷)

東京高等裁判所第20民事部
裁判長裁判官 村上正敏
裁判官 田中芳樹
裁判官 中俣千珠

第2 結論の概要及び認容額

第一審被告国に対する請求については,全ての本件元建築作業従事者(44名)との関係で,請求を一部認容・一部棄却した。認容額の総額は4億0131万0237円である。

第一審被告企業らのうち,3社(A&AM、ニチアス、ノザワ)に対する請求については,一部の本件元建築作業従事者(A&AMは34名,ニチアスは32名,ノザワは9名)との関係で,請求を一部認容・一部棄却した。認容額の総額は5億6936万7499円である。

第一審被告企業らのうち,上記3社以外の40社に対する請求については,請求を全部棄却した。

第3 事案の概要

本件元建築作業従事者又ほその承継人である第一審原告らは,本件元建築作業従事者44名が建築現場において石綿含有建材を加工・使用して建物を建築・改修し,又は石綿含有建材を含む建物を解体する業務等に従事した過程において,同建材から発生する石綿粉じんにばく露し,石綿関連疾患(石綿肺,肺がん,中皮腫等)にり患したとして,

①第一審被告国に対しては,労働大臣,建設大臣,内閣等が石綿関連疾患の発症又はその増悪を防止するために旧労基法(労働基準法),安衛法(労働安全衛生法),労災保険法(労働者災害補償保険法)又は建基法(建築基準法)に基づく規制権限を適時かつ適切に行使しなかったことが違法であるなどと主張して,国賠法(国家賠償法)1条1項に基づき,

②第一審被告企業ら43社に対しては、第一審被告企業らがその製造・販売する建材が石綿を含有すること,石綿にばく露した場合,石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な疾患にり患する危険があり,これを回避するために呼吸用保護具を着用すべきこと等を警告すべき義務を負い,また,その製造・販売する建材に石綿を使用しない義務を負っていたにもかかわらず,これらの義務を怠ったなどと主張して,,不法行為(民法709条,719条)又は製造物責任(製造物責任法3条,6条,民法719条)に基づき,

本件元建築作業従事者一人当たり3850万円(慰謝料3500万円と弁誰士費用350万円との合計。第一審原告が本件元建築作業従事者の相続人である揚合には各自の相続分に相当する額)並びにこれに対する不法行為の後の日である本件元建築作業従事者の最後の石綿関連疾患の認定日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた。

原審は,第一審原告らの第一審被告国に対する請求については、本件元建築作業従事者32名に関して請求を一部認容し、その余を棄却し,本件元建築作業従事者12名に関して請求を全部棄却し,第一審被告企業らに対する請求については,本件元建築作業従事者2名に関して第一審被告ニチアスに対する請求を一部認容しその余を棄却し,本件元建築作業従事者8名に関して第一審被告ノザワに対する請求を一部認容し,その余を棄却し,その余の本件元建築作業従事者34名に関して請求を全部棄却したところ,第一審原告らが請求全部の認容を求めて控訴するとともに,当審において遅延損害金の起算日を石綿関連疾患の発症日又は症状確認日とする請求の拡張を行い,第一審被告国,同ニチアス及び同ノザワが請求全部の棄却を求めて控訴した。

第4 理由の要旨

1 第一審被告国関係:第一審被告国の公務員の規制権限不行使の違法性

(1)労働関係法令に基づく規制権限の不行使

石綿肺については昭和33年3月31日頃に、肺がん,中皮腫,びまん性胸膜肥厚及び良性石綿胸水については昭和47年頃に,それぞれ石綿粉じんばく露と石綿関運疾患り患との間の因果関係に関する医学的知見が確立し,いずれもその頃,第一審被告国は当該知見を認識した。また,第一審被告国は,昭和50年改正特化則(特定化学物質等障害予防規則)制定の相当期間前には,建築作業従事者の建築現場における石綿粉じんばく露が石綿関連疾患を発症させる程度の危険性を有するものであることを認識し,又は認識できた。

労働大臣が、遅くとも昭和50年改正特化則制定の翌日である昭和50年10月1日から平成7年改正特化則の施行日の前日である平成7年3月31日までの間, 安衛法(労働安全衛生法)27条1項,22条1号の委任に基づく規制権限を適切に行使して,事業者に対し,罰則を伴う形式で,明示的に,労働者に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであったにもかかわらず,これを怠ったこと, 同じく昭和50年10月1日から平成18年改正安衛令(労働安全衛生法施行令)の施行日の前日である平成18年8月31日までの間,安衛法57条及び同法27条1項の委任に基づく規制権限を適切に行使して,労働者による呼吸用保護具の使  用を実効あらしめるため,①含有石綿に起因する粉じんばく露により,重篤な石綿関連疾患にり患する危険がある旨,②当該危険を防止するため,呼吸用保護具の着用が必要不可欠である旨を,石綿建材メーカーに対しては石綿含有建材の外装・包装等に表示すること,事業者に対しては建築作業場に掲示することを義務付けるべきであったにもかかわらず,これを怠ったことは,著しく合理性を欠き,国賠法(国家賠償法)の適用上違法であったというぺきである。

(2)一人親方や個人事業主である建築作業従事者らの旧労基法(労働基準法),安衛法上の保護対象性

安衛法22条及び57条は,第一次的には労働者の保護を図ることを目的としつつも,建設業における重層下請構造ゆえに建築現揚で労働者と共に労働者と同等の立場で建築作業に従事することが常態である一人親方等の安全と健康をも確保し,もって,快適な職場環境の形成を促進することをその趣旨とするものと解される。そうすると,第一審被告国は,一人親方等に対して,安衛法22条及び57条に基づく規制権限を行使すべき職務上の法的義務を負担することから,上記規制権限の不行使は,労働者に対する関係だけではなく,一人親方等との関係でも,国賠法の適用上違法であったというべきである。

(3)小括

第一審被告国が昭和50年10月1日以降,呼吸用保護具の使用の義務付け,建築作業揚における石綿取扱い上の注意事項等の掲示義携付け、石綿含有建材の包装等への警告表示の義務付けをしなかったことは,国賠決の適用上違法であるところ,上記の警告掲示及び警告表示に係る規制権限不行使の違法性は平成18年3月31日まで継続したから,本件において,第一審被告国が責任を負うべき期間は, 昭和50年10月1日から平成18年3月31日までの間となる(以下,同期間を「第一審被告国の責任期間」という。)。

したがって,第一審被告国は,第一審被告国の責任期間内に,建築現場において石綿粉じんばく露作業に従事し,石綿粉じんに直接又は間接的にばく露したことにより石綿関連疾患を発症した労働者及び一人親方等に対して,国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。

2 第一審被告企業ら関係

(1)警告義務違反(民法709条)

石綿含有建材を製造・販売する第一審被告企業らは,IARC(国際がん研究機関)報告が公表された後の昭和49年末頃までには,石綿粉じんばく露と石綿関連疾患との間に量-反応関係があることや,石綿関連疾患が死に至る極めて重篤な疾患であることなどの医学的知見を基礎として,建築現場における石綿粉じんばく露が石綿関連疾患を発症させる程度の危険性を有するものであることについて認識可能であった。

第一審被告企業らは,このような危険性を有する石綿を含有する建材を製造・販売する以上,同建材を使用する者との関係において,遅くとも昭和50年1月1日以降,各建材を製造・販売するに当たり,同建材の使用者が同建材に含有される石綿に起因する粉じんにばく露し,石綿関連疾患にり患することを防止するために,同建材の外装・包装等に,①含有石綿に起因する粉じんのばく露により,重篤な石綿関連疾患にり患する危険がある旨,②当該危険を防止するため,呼吸用保護具の着用が必要である旨を明示するなどして,これらを警告すべき義務を負っており,また,建物の改修・解体工事に従事する建築作業従事者との関係でも,上記警告義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず,第一審被告企業らは,このような警告表示を行わなかったから,第一審被告企業らが製造・販売する各建材を使用する者との関係において,同義務を怠ったものであり,不法行為法上の過失がある。

警告義務違反の始期は,昭和50年1月1旧であり,その終期は,第一審被告企業らの各製造・販売の終了時又は各第一審原告の石綿粉じんばく露の終了時である (以下,上記の始期から終期までの期間を「第一審被告企業の責任期間」などという。)。

(2)共同不法行為(民法719条1項後段の類推適用)
ア 民法719条1項後段の類推適用の要件

複数ないし多数の企業が製造・販売した石綿含有建材に起因する石綿粉じんのばく露の蓄積が本件元建築作業従事者らの石綿関連疾患り患という結果をもたらしたものと認められるが,石綿含有建材を製造・販売する企業が複数ないし多数に及ぷことに加え,石綿粉じんのばく露から長期間が経過した後に石綿関連疾患が発症するという同疾患の特徴からすると,被害者側で,石綿粉じんのばく露の蓄積に寄与した者全員を特定することは困難であり,また,仮に特定することができたとしても,その寄与の程度を証明することは極めて困難である。

しかし、当該行為者の行為が石綿粉じんのばく露の蓄積に寄与したと認められるのであれば,石綿粉じんのばく露の蓄積との問に部分的な因果関係はあるということができる。そして,いわゆる択一的競合の場合に,自らの行為と結果との間に因果関係があることが証明されていない(したがって、因果閲係が全くない可能性が十分にある)にもかかわらず,民法719条1項後段の適用により「共同行為者」として全部責任を負うこととされる者と対比すると,石綿粉じんのばく露の蓄積に寄与した者全員を特定することができず,又はその寄与の程度の証明がないからといって、石綿粉じんばく露の蓄積との間に部分的な因果関係があるということのできる者が全く責任を負わないというのは,不均衡かつ不合理である。

そこで,石綿含有建材を製造・販売する行為が石綿粉じんのばく露の蓄積に寄与したことが認められる場合には,他に石綿粉じんのばく露の蓄積に寄与した者がいないことの証明がなく,また,その寄与の程度が不明であっても,民法719条1項後段を類推適用して,当該行為者の行為と結果(石綿関連疾患の発症)との聞の因果関係を推定し、他方、行為者の行為が結果の全部又は一部との間に因果関係がないことの証明があれば,寄与度に基づく責任の減免が認められることとすべきである。

そして、行為が石綿粉じんのばく露の蓄積に寄与したというためには、当該被害者が建築作業に従事した建築現場に当該行為者の製造・販売した石綿含有建材が達したことの証明が必要である。

イ 共同不法行為者の範囲(シェア論)

本件元建築作業従事者の石綿粉じんばく露の主要な原因となった建材の種類を特定した上,当該建材の種類の市場におけるシェアを用いて共同不法行為者を特定する方法は,本件元建築作業従事者らが建築現場で石綿粉じんにばく露する作業をした結果、石綿関連疾患にり患したことが明らかであるにもかかわらず、作業に従事した建築現場,作業に従事した時期及び使用した建材を特定することが極めて困難で,他に適切な立証方法がないという状況の下では一定の合理性がある。

そこで,本件元建築作業従事者が作業に従事していた建築現場において常時かつ恒常的に使用し,又は接触しており,当該本件元建築作業従事者が粉じんにばく露する主要な原因となったことが認められる建材(以下、このような建材を「主要ばく露建材」という。)について,どの程度のシェアがあれば,本件元建築作業従事者が作業に従事していた建築現場に到達した蓋然性があると認定してよいかが問題となる。本件元建築作業従事者らが特定の建材メーカーの製造・販売した石綿含有建材を使用する頻度は,就労した期間全体を通して見れば,当該建材メーカーのシェアとの間に一定の相関関係が存在する蓋然性が高いということができる。したがって,建材の用途,販売経路,販売エリア等に特殊性があるなどの特段の事情がない限り,シェアが大きければ,それだけ流通量が多く,本件元建築作業従事者らの建築現揚に到達した可能性も大きくなるのであって,本件元建築作業従事者らの就労現場数が相当の数に上ることを勘案すると,用途を同じくする建材で概ね20%以上のシェアを有する建材メーカーが製造・取売した石綿含有建材であれば,本件元建築作業従事者らが作業に従事していた建築現揚にしばしば到達したことを是認し得る高度の蓋然性があるというべきである。もとより,シェアは,到達の事実を認定することができるか否かを判断する上でのひとつの間接事実にとどまるのであって,シェアが上記の割合を超えているか否かのみによって到達の事実が認定できるか否かが当然に決まるわけではなく,本件元建築作業従事者ごとに,その職種, 作業内容・当該建材からの石綿粉じんばく露の蓋然性等と照らし合わせて主要ばく露建材を特定した上,当該建材の市場において占める第一審被告企業のシェアをも検討して共同不法行為と認められるか否かを判断することとなる。

3 責任の範囲,損害額等

(1)基準となる慰謝料額

慰謝料を算定するための基準額を,次のとおり定めた。

石綿肺(じん肺管理区分:管理2)にり患し,合併症がある場合:1900万円

石綿肺(じん肺管理区分:管理3)にり患し,合併症がある場合:2200万円

肺がん,中皮腫又はびまん性胸膜肥厚にり患している場合:2500万円

石綿関連疾患にり患し,死亡した場合:2800万円

(2)第一審被告国の責任の範囲
ア 第一審被告国が責任を負うべき損害の範囲

本件元建築作業従事者らが建築現場で石綿粉じんにばく露することによって石綿関連疾患を発症したことについて,第一次的・基本的な責任を負うのは,本件元建築作業従事者らを建築作業に従事させた事業者と,石綿含有建材を製造・販売した建材メーカーであり,第一審被告国の責任は,二次的・補完的なものであることから,第一審被告国は,前記の基準慰謝料額の3分の1の限度で責任を負う。

イ 第一審被告国の責任期間内の石綿粉じんばく露期間の長短による慰謝料の減額      ・         、

第一審被告国の責任期間内の石綿粉じんばく露期間が短い者について,石綿関連疾患に応じて,以下のとおり慰離料額を減額する。

(ア)石綿肺及び肺がん

本件元建築作業従事者について,第一審被告国の責任期間内における石綿ぼく露作業従事期間が10年未満の揚合,10%減額する。

(イ)中皮腫

本件元建築作業従事者について,第一審被告国の責任期間内における石綿ばく露作業従事期間が1年未満の揚合,10%減額する。

(ウ)びまん性胸膜肥厚

本件元建築作業従事者について,第一審被告国の責任期間内における石綿ばく露作業従事期間が3年未満の揚合,10%減額する。     ・

(エ)良性石綿胸水

本件元建築作業従事者について,第一審被告国の責任期間内における石綿ばく露作業従事期間が1年未満の楊合,10%減額する。

ウ 肺がんを発症した者で喫煙歴があるものに対する慰謝料の減額

肺がんを発症した本件元建築作業従事者らのうち喫煙歴があるものについては,慰謝料を10%減額する。

(3)第一審被告企業らの責任の範囲
ア 共同不法行為者とされる第一審被告企業らの基本的な寄与割合

建築現揚では,多様な職種の建築作業従事者が,相前後し,又は同時並行的に,作業作業を移動しながら種々の作業を行うことが常態であり,そこで取り扱われる石綿含有建材も様々である。したがって,本件元建築作業従事者らは,主要ばく露建材のみでなく,それ以外の石綿含有建材に由来する粉じんにもばく露していた蓋然性を否定することができないことから,主要ばく露建材を製造・販売した第一審被告企業らの石綿粉じんのばく露に対する基本的な寄与の割合を4分の3と認め,この観点から、第一審被告企業らが負うべき責任の範囲を,前記の基準となる慰謝料額の4分の3とする(以下「基本的寄与割合」という。)。

イ 第一審被告企業らの責任期間前のばく露期間の長短に応じた慰謝料の減額

第一審被告企業らの責任期間前の石綿粉じんばく露期間の長短によって,第一審被告企業らの石綿関連疾患発症の危険性に対する寄与の割合を以下のとおりとし,これを上記の基本的寄与割合に乗じることとする。

責任期間前の石綿ばく露期間が10年以上の場合  :50%

責任期問前の石綿ばく露期間が5年以上10年未満の揚合  :70%

責任期間前の石綿ばく露期間が5年未満の場合  :100%

ウ 責任期間の長短に応じた慰謝料の減額

第一審被告企業らの責任期間内の石綿粉じんばく露期間が短い者について,石綿関連疾患に応じて,以下のとおり慰謝料額を減額する。

(ア)石綿肺及び肺がん

本件元建築作業従事者について、第一審被告企業の責任期間が1年未満の場合、10%減額する。

(イ)中皮腫            .      ,

本件元建築作業従事者について、第一審被告企業の責任期間が1年未満の場合、10%減額する。

(ウ)びまん惟胸膜肥厚

本件元建築作業従事者について、第一審被告企業の責任期間が3年未満の場合,10%減額する。

(エ)良性石綿胸水

本件元建築作業従事者について,第一審被告企業の責任期間が1年未満の場合,10%減額する。

エ 肺がんを発症した者で喫煙歴があるものに対する慰謝料の減額

り患した石綿関連疾患が肺がんであって,かつ,喫煙歴を有する者については,10%を減額する。

(4)認容額

第一審被告国との関係において認容すべき額等は、別紙2-1のとおりである。

また、損害賠償責任を負う第一審被告企業及び認容すべき額等は、別紙○○のとおりである(同一の行に記載のある第一一審被告企業が複数あるときは,金額が重なり合う限度で連帯支払)。                ・

第一審被告国と第一審被告企業らとの責任は連帯関係には立たないが,両者の認容額の合計が,基準となる慰謝料額(肺がんを発症し,又は肺がん発症後死亡した本件元建築作業従事者で喫煙歴があるものについてはそれぞれ基準となる慰謝料額から10%を減額した金額)及びこれに対応する10%相当額の弁護士費用の合計額を超える場合には,超える部分に限り不真正連帯となる。具体的には、別紙○×のとおりである。

■特集/建設アスベスト訴訟高裁四連続勝訴 国も企業にも責任あり、一人親方も賠償の対象に-国が率先して解決に踏み出すとき<安全センター情報2018年11月号>

建設アスベスト訴訟大阪・京都地裁判決-国の責任四たび断罪、建材メーカーの責任も初めて 早期解決・救済へ国会請願署名<安全センター情報2016年4月号>