泉南アスベスト国賠訴訟第二陣大阪高裁判決骨子・要旨/2013年12月25日

平成24年(ネ)第1796号 大阪高裁第13民事部

判決骨子

第1 省令制定権限不行使による国の責任の存否について

1 局所排気装置の設置の義務付けの不行使の違法性

労働大臣は、昭和33年5月26日までには、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)による改正前の労働基準法(昭和22年法律第49号)に基づく省令制定権限を行使して、事業者に対し、局所排気装置の設置を義務付けるべきであり、昭和46年4月28日まで上記省令制定権限を行使しなかったことは、著しく合理性を欠くもので、あって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

2 石綿粉じん濃度規制の不行使の違法性

労働大臣は、昭和49年9月30日までには、日本産業衛生学会の勧告値(1cm³当たり2本)を抑制濃度とする特定化学物質等障害予防規則(昭和47年労働省令第39号)(以下「特化則」という。)に基づく告示の改正を行うべきであり、昭和63年9月1日まで告示の改正を行わなかったことは、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

3 防じんマスク使用等の使用者に対する義務付けの不行使の違法性

労働大臣は、昭和47年9月30日には、特化則を改正して、使用者に対し、石綿粉じんによる健康被害発生の危険性が高い業務に従事する労働者に防じんマスクを使用させることを義務付けるべきであり、平成7年4月1日まで義務付けなかったことは、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

また労働大臣は、上記の昭和47年の時点で、防じんマスクの使用徹底を図る補助手段として、特化則を改正して、使用者に対し、石綿関連疾患に対応した特別安全教育の実施を義務付けるべきであり、平成7年4月1日まで、これを怠ったことについては著しく合理性を欠くものというべきである。

第2 因果関係、損害等について

1 国の責任期間内の元従業員らの石綿粉じん曝露と石綿関連疾患の発症との因果関係

元従業員らが国の責任期間内に石綿粉じんに曝露していれば、国の責任期間内の元従業員らの石綿粉じん曝露と元従業員らの石綿関連疾患との相当因果関係は高度の蓋然性をもって立証されていると認められる。

2 運送業者従業員との関係における国の責任

運送会社に勤務して石綿原料を石綿工場に運送する業務に従事していた元従業員らも損害賠償の保護範囲に含まれる。

3 基準慰謝料額

第1審原告らの中に、労災保険給付、石綿健康被害救済法に基づく給付、厚生年金保険法等に基づく公的年金給付、健康保険法等に基づく給付を受けている者が存在していることをも前提に、基準慰謝料額は、じん肺管理区分等に対応して、1100万円から2600万円とする。

4 国の責任範囲

国の規制権限不行使の不法行為と第1審原告らの損害全部との間に相当因果関係があるとは直ちに認め難いことその他諸般の事情を考慮して、損害の公平な分担の観点から、国は、国の責任が肯定される第1審原告らに対し、その損害の2分の1を限度として賠償すべき義務があると解するのが相当である。

判決要旨

第1 省令制定権限不行使による国の責任の存否について

1 違法性の判断基準

労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)による改正前の労働基準法(昭和22年法律第49号)(以下「旧労基法」という。)及び労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)は、使用者、事業者に対し、労働者の石綿粉じんを含む粉じん等による被害を防止するために必要な措置を講じることを義務付けているが、その具体的な内容は、労働省令に委任している。

そして、旧労基法及び安衛法の目的、上記各法が省令制定権限を付与した趣旨にかんがみると、上記各法に基づく省令制定権限は、粉じん作業等に従事する労働者の労働環境を整備し、その生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保することを主要な目的として、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使されるべきものである。

したがって、国の旧労基法及び安衛法に基づく省令制定権限の不行使が上記の観点から、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法上違法となると解するのが相当である。

2 石綿関連疾患の医学的知見の確立

我が国において、石綿粉じん曝露により石綿肺が発症することについての医学的知見は、戦後の昭和27年頃からの各地における石綿粉じん被害の実態調査を踏まえて、遅くとも、昭和31年度から昭和34年度までに実施された労働省の労働衛生試験研究のうち、昭和31年度及び32年度の「石綿肺の診断基準に関する研究」によって明らかにされたと認めるのが相当であり、したがって、昭和32年度の研究報告がされた昭和33年3月31日頃には、石綿肺に関する医学的知見が確立したと認めるのが相当である。

また我が国において、石綿によって肺がんを発症することについての医学的知見が確立したのは、労働省において、石綿粉じんの発がん性を前提とした昭和46年通達を発出した昭和46年頃であり、石綿粉じん曝露と中皮腫との関連性に関する医学的知見が確立したのは、IARC(国際がん研究機構)が石綿により中皮腫が発症することを明示した昭和47年頃であるとそれぞれ認めるのが相当である。

3 局所排気装置設置等の技術的基盤の形成

昭和32年9月に発行された昭和32年資料によって、局所排気装置設置に向けた理論面、実用面からの詳細な検討結果が示されるに至って、局所排気装置の設計法が標準化され、一般の作業場であっても、局所排気装置を設置し得るだけの技術的基盤が形成されたと認めるのが相当である。
また、昭和33年当時、労研式塵挨計及び労研式ろ紙塵挨計により、石綿工場において石綿粉じん濃度を測定する技術的基盤が形成されており、当時、一般の作業場の粉じん濃度を測定できる測定機器と測定技術が存在し、粉じん濃度を評価する指標も存在したのであるから、これらを利用して抑制濃度のような局所排気装置の性能要件を設定することは技術的に可能であった。
さらに、我が国において、防じんマスクの技術的基盤が形成されたのは昭和25年頃と認められる。

4 局所排気装置の設置の義務付けの不行使の違法性

昭和33年3月31日頃には石綿肺の医学的知見が確立し、昭和32年9月頃には、局所排気装置の技術的基盤も確立していて、労働大臣は、昭和33年通達が発せられた昭和33年5月26日までに、旧労基法に基づく省令制定権限を行使して、事業者に対し、局所排気装置の設置の義務付けを行うことが可能であったから、昭和33年5月26日以降、昭和46年4月28日に特定化学物質等障害予防規則(昭和46年労働省令第11号)(以下「旧特化則」という。)を制定して局所排気装置の設置を義務付けるまで、労働大臣が旧労基法に基づく上記省令制定権限を行使しなかったことは、その趣旨、目的に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

5 石綿粉じん濃度規制の不行使の違法性

労働環境技術基準委員会の報告において、石綿粉じんの抑制の濃度として日本産業衛生協会(学会)が勧告する許容濃度を利用することが適当とされ、同学会が昭和49年3月31日に従来の許容濃度の勧告値を大幅に見直して1cm³当たり2本を勧告したにもかかわらず、昭和50年9月31日の告示の改正によって1cm³当たり5本とされたにすぎず、同学会の勧告どおりの1cm³当たり2本に告示が改正されたのは、同勧告から14年以上経過した昭和63年9月1日であり、これは欧米諸国と比較しでも、10年以上規制が遅れており、遅きに失する。

労働大臣は、遅くとも日本産業衛生学会の新たな勧告がされてから6か月後の昭和49年9月30日までには、新たな勧告値(1cm³当たり2本)を抑制濃度とする特定化学物質等障害予防規則(昭和47年労働省令第39号)(以下「特化則」という。)に基づく告示の改正を行うべきであったから、昭和49年9月30日以降、昭和63年9月1日に石綿粉じんの濃度規制が1cm³当たり2本に強化されるまで、労働大臣が安衛法に基づく省令制定権限を行使しなかったことは、その趣旨、目的に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

6 防じんマスク使用等の使用者に対する義務付けの不行使の違法性

労働大臣は、昭和47年9月30日には、鉛中毒予防規則及び有機溶剤中毒予防規則において、鉛や有機溶剤による健康被害発生の危険性が高いと考えられる業務を特定して、使用者に対し、当該業務に従事する労働者にマスク等の呼吸用保護具を使用させることを義務付けている。この時期に石綿粉じん作業についても同様の義務付けを行うことが困難であったという事情は認められず、また、鉛や有機溶剤による中毒と比べて石綿粉じん曝露による健康被害が重大でないともいえないことは明らかであるから、労働大臣は、遅くとも上記各規則の制定と同時期には、特化則を改正して、使用者に対し、石綿粉じんによる健康被害発生の危険性が高い業務に従事する労働者に防じんマスクを使用させることを義務付けるべきであり、平成7年4月1日まで義務付けなかったことは、その趣旨、目的に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

また労働大臣は、上記の昭和47年の時点で、防じんマスクの使用徹底を図る補助手段として、特化則を改正して、使用者に対し、石綿関連疾患に対応した特別安全教育の実施を義務付けるべきであり、平成7年4月1日までこれを怠ったことについては著しく合理性を欠くものというべきである。

第2 因果関係、損害等について

1 国の責任期間内の元従業員らの石綿粉じん曝露と石綿関連疾患の発症との因果関係

石綿関連疾患の発症には、石綿粉じん曝露について、いずれも量-反応関係があり、累積曝露量が多くなればなるほど、発症のリスクは確実に高まることが認められるから、国の責任期間内において、元従業員らが石綿粉じんに曝露していれば、その曝露により元従業員らの石綿関連疾患の罹患リスクは高まっており、国の責任期間内の石綿粉じん曝露と国の責任期間外の石綿粉じん曝露の両者が不可分一体となって元従業員らを石綿関連疾患に罹患させたと推認するのが相当である。したがって、元従業員らが国の責任期間内に石綿粉じんに曝露していれば、国の責任期間内の元従業員らの石綿粉じん曝露と元従業員らの石綿関連疾患との相当因果関係は高度の蓋然性をもって立証されていると認められる。

2 運送業者従業員との関係における国の責任

旧労基法や安衛法に基づく規制権限不行使については、石綿工場の労働者のほか、職務上、石綿工場に一定期間滞在することが必要であることにより工場の粉じん被害を受ける可能性のある者も損害賠償の保護範囲に含まれると解するのが相当である。
したがって、運送会社に勤務して石綿原料を石綿工場に運送する業務に従事していた元従業員らも損害賠償の保護範囲に含まれる。

3 基準慰謝料額

包括一律請求は適法であり、本件においては、第1審原告らの中に、労災保険給付、石綿健康被害救済法に基づく給付、厚生年金保険法等に基づく公的年金給付、健康保険法等に基づく給付を受けている者が存在していることをも前提に、基準慰謝料額は、以下のとおりとする。

  1. じん肺管理区分の管理2で合併症がない場合 1100万円
  2. 管理2で合併症がある場合 1400万円
  3. 管理3で合併症がない場合 1600万円
  4. 管理3で合併症がある場合 1900万円
  5. 管理4、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚の場合 2300万円
  6. 石綿肺(管理2・3で合併症なし)による死亡の場合 2400万円
  7. 石綿肺(管理2・3で合併症あり又は管理4)、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚による死亡の場合 2600万円

4 国の責任範囲

国の規制権限不行使を理由とする国家賠償法1条1項に基づく責任は、使用者の労働者に対する安全配慮義務とは別個独立であり、被害者に対する直接の責任であるから、国は、第1審原告らに対し、労働大臣の規制権限不行使の不法行為と相当因果関係の認められる損害について、その全部を賠償する責任がある。

しかしながら、労働大臣の省令制定等の規制権限は、その性質上、使用者に対して義務を課すという形で行使され、使用者がそれに応じて義務を履行することによって初めて規制の目的が実現されることになるから、本件において、労働大臣による省令制定権限不行使の違法がなければ、元従業員らの石綿関連疾患による被害の拡大を相当程度防ぐことができたとはいえても、元従業員らの被害がすべて回避できたとまではいえず、規制権限不行使の不法行為と第1審原告らの損害全部との聞に相当因果関係があるとは直ちに認め難い。

上記のほか、諸般の事情を考慮して、損害の公平な分担の観点から、国は、国の責任が肯定される第1審原告らに対し、その損害の2分の1を限度として賠償すべき義務があると解するのが相当である。

5 基準慰謝料額の減額要素の検討

合併症のないじん肺管理区分の管理2、3の者、国の責任期間内における粉じん曝露期聞が短期間の者や曝露量が少量の者、喫煙歴のある者について、基準慰謝料額から特に減額しない。
労災保険給付等との調整についても、基準慰謝料額自体がそれを前提とした金額であるから、さらなる調整は行わない。

6 損益相殺

石綿粉じん被害の関係で、使用者から解決金等を受領した第1審原告らについては、原判決と同様に、損益相殺を認める。

7 除斥期間

石綿関連疾患においては、損害の発生時が不法行為の損害賠償誇求権の除斥期間の起算点となるというべきである。
そうすると、原判決と同様に、元従業員らのうち2名については、その死亡日から20年以上経過してから本件訴訟が提起されているから、損害賠償請求権は消滅している。

安全センター情報20014年3月号