泉南アスベスト国家賠償訴訟第二陣大阪地裁判決の理由骨子と要旨(2012.03.22)/判決及び控訴に当たっての原告団・弁護団声明

平成21年(ワ)第14616号、平成22年(切第370号、10836号、15995号、17231号、平成23年(ワ)第2656号、8831号損害賠償請求事件

判決理由骨子

  • 労働大臣が、昭和35年4月1日以降、昭和46年4月28日の旧特化則制定まで、旧労基法に基づく省令制定権限を行使せず、罰則をもって石綿粉じんが発散する屋内作業場に局所排気装置の設置を義務付けなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上違法である。
  • 上記の期間内に、石綿工場において石綿粉じんにばく露した元従業員らが罹患した石綿関連疾患と被告の省令制定権限不行使の間には相当因果関係が認められ、被告には予見可能性が肯定される。

判決理由要旨

1 昭和35年の時点における省令制定権限不行使の違法について

  • 昭和34年ころには、石綿肺が石綿粉じんばく露によって発症することの医学的知見が集積されており、そのころ被告も石綿粉じんによる被害の状況が深刻であることを認識しており、適切な石綿粉じん対策が行われなければ、石綿紡織工場を中心とした石綿工場の労働者に、重大な健康被害が生ずることを予見することができたこと、
  • けい肺審議会医学部会は、昭和34年9月、あらゆる粉じんの吸入の危険性を肯定し、粉じんに対する予防と健康管理の必要性を指摘していたこと、
  • 昭和34年ころには、石綿工場に局所排気装置を設置すること、粉じん濃度を測定すること及び粉じん濃度をもって局所排気装置の性能要件とすることについて技術的基盤が形成されており、局所排気装置の設置を罰則をもって義務付けることについて技術的な支障はなかったこと、
  • 被告が行っていた行政指導を通じた局所排気装置の設置の普及は進んでおらず、作業現場における石綿粉じん防止対策は極めて不十分であったこと、

以上の諸点に照らすと、被告は、旧じん肺法が制定された昭和35年3月31日までに、石綿粉じんばく露の防止策を策定することが強く求められており、殊に、石綿粉じんばく露による健康被害が、不可逆的で重篤化するという特質を有することからすると、その対策は喫緊の重要課題であって、労働大臣は、罰則をもって石綿粉じんが発散する屋内作業場に局所排気装置の設置を義務付けるべき状況にあったというべきであり、上記の時点までに労働大臣の省令制定権限が適切に行使されていれば、それ以降の石綿工場で働く労働者の石綿関連疾患の被害拡大を相当程度防ぐことができた。

本件における以上の事情を総合すると、労働大臣が、昭和35年4月1日以降、昭和46年4月28日の旧特化則制定まで、旧労基法に基づく省令制定権限を行使せず、罰則をもって石綿粉じんが発散する屋内作業場に局所排気装置の設置を義務付けなかったことは、旧労基法が粉じん等による危害を防止するための具体的措置を省令に包括的に委任した趣旨、目的に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法である。

2 昭和47年の時点の省令制定権限不行使について

昭和46年ころ、石綿粉じんばく露によって肺がんが発症することの医学的知見が、昭和47年ころには、石綿粉じんばく露と中皮腫との関連性に関する医学的知見が、それぞれ概ね集積し、そのころ、被告においても、重大な被害発生に対する予見可能性が存在したものと認められる。しかし、昭和46年4月28日に制定された旧特化則において、局所排気装置の設置を罰則をもって義務付けたこと等にかんがみれば、昭和47年の時点において、被告の省令制定権限の不行使が著しく合理性を欠くと認めることはできないので、国家賠償法1条1項の適用上違法であるとはいえない。

3 毒物及び劇物取締法における政令制定権限の不行使について

石綿は「毒物及び劇物」に該当しないから、被告に毒物及び劇物取締法上の規制権限不行使の違法があったとする原告らの主張は採用することができない。

4 情報提供権限の不行使ないし情報提供義務違反について

石綿の危険性に関する情報提供については、被告の行った措置は、その裁量の範囲を著しく逸脱していたと解することはできないから、国家賠償法1条1項の適用上違法であるとはいえない。ただし、被告の省令制定権限不行使が違法とされる期間中、被告が石綿粉じんの危険性に関する情報を、国民に対する情報提供、啓蒙活動を通じて、石綿工場で働く労働者に直接提供しなかったことは、被告の省令制定権限不行使の違法性に関する一事情として、慰謝料算定の際に考慮することができる。

5 亡Aに対する被告の責任について

(1)亡Aは石綿工場において雇用されていた者ではないが、本件の場合、石綿工場に雇用されている労働者と同様に、被告の省令制定権限不行使の違法を肯定することができる。

(2)亡Aは、石綿肺に罹患していたものと認められる。

6 省令制定権限不行使と元従業員らの損害との因果関係、予見可能性について

(1)被告の省令制定権限不行使の違法が認められる期間内に、石綿工場において石綿粉じんにばく露していた元従業員らが罹患した石綿関連疾患と被告の省令権限不行使の間には相当因果関係が認められる。

(2)上記期間中に石綿工場に勤務していない原告1名(原告B)については、同人が罹患している石綿関連疾患と被告の省令制定権限不行使との間に因果関係を認めることができないので、その請求には理由がない。

(3)元従業員らが罹患した疾患が肺がん、中皮腫及びびまん性胸膜肥厚であっても、被告には予見可能性が肯定される。

7 被告の責任の範囲について

労働者が石綿関連疾患に罹患しあるいはその症状が増悪することがないようにすべき最終的責任を負うのは使用者であること、その他の事情を考慮すると、損害の公平な分担の見地から、被告は、被告の責任が肯定される原告らに対し、その損害の3分の1を限度として賠償すべき義務がある。

8 損害について

(1)原告らのいわゆる包括一律請求は適法であり、石綿関連疾患の内容・程度等を考慮して、基準となる慰謝料額を定める。その際、管理2又は3で合併症がない場合でも相応の慰謝料額を認める。慰謝料額の算定に当たっては、被告が石綿粉じんの危険性に関する情報を、石綿労働者に対して直接提供してこなかったことも一事情として考慮する。以上の事情を総合考慮して定めた基準額は次のとおりである。

ア じん肺管理区分の管理2で合併症がない場合1000万円
イ 管理2で合併症がある場合 1300万円
ウ 管理3で合併症がない場合 1500万円
エ 管理3で合併症がある場合 1800万円
オ 管理4、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚の場合 2200万円
カ 石綿肺(管理2・3で合併症なし)による死亡の場合 2300万円
キ 石綿肺(管理2・3で合併症あり又は管理4)、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚による死亡の場合 2500万円

(2)損害賠償額の修正要素について

ア 被告は、粉じんばく露歴期間が短期間の者やばく露量が少量の者については、損害賠償額は減額されるべきであると主張するが、この主張は採用しない。
イ 労災保険法又は石綿健康被害救済法に基づく給付を受けたことは、慰謝料額を減額する一事情として勘酌し、原則として、基準慰謝料から10分の1を減じた額を慰謝料額とする。
ウ 喫煙によって肺がんのリスクが増大するので、肺がんに罹患した元従業員らのうち喫煙歴がある者の慰謝料額は、損害額の10分の1を減額する。
エ 被告の責任が認められる期間中に自営の石綿工場で稼働していたとしても、労働者として石綿粉じん作業に従事している期間がある限り、自営の期間が存することは、慰謝料額の減額事由とは認めない。

(3)損益相殺について

元の勤務先から受領した解決金ないし和解金のうち弁護士費用を控除した部分は、損益相殺として原告らの損害額から控除する。
その結果、損害が全額填補されたこととなる原告1名(原告C)の請求には理由がない。

(4)遅延損害金について

ア 遅延損害金の起算日は、最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患により死亡した時である。
イ 遅延損害金の一部が消滅時効により消滅したとの被告の主張は、理由がない。

9 除斥期間について

石綿関連疾患によって死亡した時から20年を経過した元従業員(亡D及び亡E)については、除斥期間が経過しているので、その遺族たる原告ら(亡Dの相続人としての原告F、原告G、原告H及び原告I)の請求には理由がない。

以上。

判決に対する声明

2012年3月28日
大阪・泉南アスベスト国家賠償請求訴訟原告団・弁護団
泉南地域の石綿被害と市民の会
大阪・泉南地域のアスベスト国賠訴訟を勝たせる会

1 (冒頭部分)

本日、大阪地方裁判所第8民事部は、大阪・泉南アスベスト国賠2陣訴訟(原告55人・被害者33人)において、昨年8月25日の1陣訴訟(原告34名、被害者26名)の大阪高裁での原告逆転敗訴の不当判決を克服して、国に対して総額1億8043万7473円の支払いを命じる原告勝訴の判決を言い渡した。

2 (判決の要旨部分)

本判決は、国が、昭和35年4月1日以降、昭和46年4月28日の旧特化則制定まで、旧労基法に基づく省令制定権限を行使せず、罰則をもって石綿粉じんが発散する屋内作業場に局所排気装置の設置を義務付けなかったことは国家賠償法1条1項の適用上違法であると認定して、国の責任を認めた

3 (判決の意義と評価)

(1)① 本判決は、経済的発展を理由に労働者の健康を蔑にすることは許されないと明言し、深刻な石綿被害を認識していた国の規制権限不行使の責任を認めたところに最大の意義がある。本判決は、確立した判例法理に沿ったものといえ、地裁判決が、同じ管内の「産業発展のためには国民の生命健康が犠牲になってやむを得ない」として国を免責した昨年の大阪高裁判決を否定した意味は大きく、大阪高裁判決の不当性がいっそう明らかになった。

② また、泉南アスベスト被害について、平成22年5月19日の1陣訴訟地裁判決に続いて、再び、国の責任を肯定する司法判断が出された意義は、極めて大きい。

③ さらに、雇用関係にない出入り業者に対する国の責任を認めた点でも極めて大きな意味を持つ。

④ 国が石綿粉じんの危険性に関する情報を、国民に提供、啓蒙しなかったことを、慰謝料算定における一事情としたことも重要である。

(2)泉南地域では、石綿原料から糸、布を作る石綿紡織工場が集中立地し、戦前は軍需、戦後は経済成長を下支えし、石綿工場の労働者、その家族、周辺住民らが、劣悪な作業環境のなかで大量の石綿粉じんにばく露した。泉南地域は、70年以上前から、国の調査によって、石綿による深刻な健康被害発生が確認されていた、わが国のアスベスト被害の原点といえる。本判決は、かかる泉南アスベスト被害について、再び国の責任を断罪したものである。

(3)しかしながら、本判決が、国の責任を限定したことは、被害の実態を直視しなかったものであり、不当である。

(4)今年は、全国的にも首都圏建設アスベスト訴訟、尼崎クボタ訴訟など、国の責任を追及する訴訟の判決が、相次いで言い渡される予定である。本判決は、これらの訴訟の原告らを大いに励ますとともに、大阪泉南地域の被害の救済はもとより、全国に広がったアスベスト被害について、国の責任の明確化と被害者救済のあり方の抜本的な見直しを迫るものである。

4 (要求部分)

2陣訴訟の被害者33名のうち、15名が提訴前に死亡しており、また、生存原告も日々、高齢化と病気の進行、重篤化に苦しんでいる。「命あるうちに解決を」は原告らの切実な譲ることのできない願いであり、「被害の原点を救済の出発点に」は広範な世論である。
私たちは、国が、2陣訴訟で、再び責任を厳しく断罪されたことを真摯に受け止め、自らの責任を認めて原告ら被害者に謝罪し、正当な賠償金を支払うこと、そして、最高裁に係属している1陣訴訟を含めた泉南アスベスト被害者全員の早期救済に応じることを強く要求するものである。

以上。

控訴に当たっての声明

2012年4月10日
大阪・泉南アスベスト国賠訴訟原告団・弁護団

  1. 3月28日、大阪地裁(第8民事部)は、泉南アスベスト国賠訴訟(第2陣訴訟)において、国の規制不行使の責任を認める判決を下した。この判決は、一昨年5月の第1陣地裁判決に続いて国の責任を認め、かつ、昨年8月の第1陣高裁の不当判決を克服したものであり、極めて大きな意義を有している。また、平成18年5月の提訴以来すでに7名の原告が死亡し、病状の悪化と高齢化のため、原告らの「命あるうちに解決を」の願いは切実なものがある。
  2. 原告団と弁護団は、判決直後から、国に対して「2陣判決を基準にした早期全面解決」を求めて様々な要請行動を行った。「泉南アスベスト被害の早期全面解決を求めるアピール」には、短期間に100名を越える与野党の国会議員から賛同が寄せられ、4月5日午後には民主党アスベスト対策推進議員連盟から、6日午前には自由民主党、公明党、みんなの党、日本共産党、社会民主党、新党きづな、新党日本の各党国会議員の連名で、それぞれ小宮山厚生労働大臣に対して、控訴断念を含む早期解決の決断を求める要請が行われた。まさに、泉南アスベスト国賠訴訟の早期全面解決は、世論はもとより、政治においても多くの支持を得るものとなっていた。
  3. ところが、国は、4月6日午後、「上級審の判断を仰ぐために」などとして大阪高等裁判所に控訴を行った。国が、今後も法廷での争いを続けるならば、泉南アスベスト被害の全面解決は遙かかなたに追いやられることは明らかであり、原告らの「命あるうちに解決を」の願いを真っ向から踏みにじるものである。また、広範な世論にも背を向けるものである。
  4. 原告団と弁護団は、本日、国のこうした対応を受けて大阪高等裁判所に控訴を行ったが、引き続き、国がこれ以上原告ら被害者を苦しめることなく早期全面解決を決断し、原告団・弁護団と解決に向けた協議の場を設けることを強く要望するものである。
  5. 小宮山厚生労働大臣も、控訴にあたって、「1日も早く解決できるよう私としても努力したい」旨コメントしており、1日も早い解決に向けた具体的な道筋を明らかにすることが求められている。
  6. 原告団と弁護団は、今後も、国に対して、泉南アスベスト被害の早期全面解決を強く求めると共に、裁判上においても、引き続き、第2陣地裁判決の不十分性の克服と第1陣最高裁での逆転勝利に向けて全力で取り組んでいくことを表明するものである。

以上。

安全センター情報2012年6月号