46年前死亡の中皮腫に労災時効救済、ビル保温設備工事・時効撤廃か時効救済請求期限再延長が必須/北海道
日本最古の石綿労災認定
9月17日の北海道新聞の朝刊の一面で、「46年前の『石綿労災』認定 全国最古 根室の遺族に給付金」と報道された。1973年に中皮腫で死亡した男性の被害について、中央労働基準監督署(東京)が石綿関連業務との関連を認めて、石綿健康被害救済法にもとづく「特別遺族給付金」の支給を8月下旬に決定した、というものだ。
46年前の「石綿労災」認定
全国最古 根室の遺族に給付金【根室】1973年にアスベスト(石綿)特有のがんの一種「中皮腫で死亡した千葉県の男性=当時(49)=について、中央労働基準監督署(東京)が業務による疾患を認め、石綿健康被害救済法に基づく特別遺族給付金を根室市に住む60代の長男に支払っていたことが分かった。同法にょる救済制度の適用は事実上の労災認定に当たる。長男は「労災だったと認められ、ようやく父も浮かばれる」と話している。
患者支援団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」(東京)によると、救済制度の対象として46年前に死亡した中皮腫患者が認定されるのは、労災認定を含めても全国で最も古い事例としている。
北海道新聞 2019年9月17日
男性は60~73年に東京の東京の空調設備会社でエンジニアとして勤務。アスベストに直接さらされることのない設計業務が中心だったが、取引先の現場がアスベストを取り扱っていたことや死亡後に行われた解剖の診断書の内容などから、業務による疾患と認定されたとみられる。詳しい認定理由は明らかにされていない。
男性の長男は今年1月の北海道新聞の報道で、95年に中皮腫で死亡した札幌市の男性=当時(72)=の遺族に特別遺族給付金が支払われたことを知り、同会に相談。4月上旬に中央労基署に請求し、8月下旬に支給が決定された。
特別遺族給付金は、労働者が業務によるアスベスト疾患で死亡し、死後5年の時効で労災補償を受けられなくなった遺族を救済するための制度で、労災認定時と同等の1200万円が支払われる.
長男は「父はずっと体調が悪く、胸に痛みを感じていたが、原因が分からなかった。社会問題になって以降、父の死は『アスベストによる労災だ』と思っていたが、時効なので諦めていた」という。解剖診断書は仏壇の引き出しの中にあった。「89歳で亡くなった母も納得していなかつたと思う。父のように患者や家族が労災と気付いていない事例はほかにもたくさんあると思う」と語る。
特別遺族給付金の請求期限は2002年3月まで。相談は同会0120・117・554へ(村上辰徳)
この遺族からは2019年1月に相談を受け、その後に請求から認定までを支援してきた。被災者の死亡診断書には、「悪性中胚葉上皮腫」の死因が記載されていたが、解剖もされており、すでに労災の対象とならない者を対象にした救済制度の特別遺族弔慰金と特別葬祭料の支給を受けていた。本稿執筆時点で調査結果復命書が入手できていないので、認定の理由についての詳細は把握できていない。
遺族も、実際の職務内容については十分に把握しておらず、いくつかの会社で空調設備関係の仕事に従事していたという程度の認識であった。
ただ、遺族が保管していた葬儀の際の芳名帳には、ビル保温設備関係の花形企業である、アスベスト関係企業の会社名も記されていた。さらに死亡時に在籍していた企業では、別事業所で5件の石綿労災認定事例が出ていることも確認できた。同僚労働者は見つからなかったが、実弟が存命しており、「両国国技館の冷暖房工事に従事したという話を聞いたことがある」という証言のみは得られた。これらの事実関係を総合的に判断して、業務上認定を判断されたと推測される。
23年前中皮腫死亡時効救済報道がきっかけ
相談のきっかけは、同様に北海道新聞が1月30日に報道した、「23年前死亡男性『労災』 札幌中央労基署が給付金 『中皮腫』書類で裏付け」の記事を見たことだった。この事案も、見出しのとおり、23年前の中皮腫死亡に関して労災時効救済で認定されたというもので、相談から認定まで支援に関わった。業務との関連を結びつける資料はほとんどなかったが、アスベスト関連企業の本家本元である会社名が入った作業関連証明書を遺族が保管しており、雇用保険の加入記録等と照合して認定に至った事例だった。
労災時効救済制度は、日常的に支援をする立場としては周知の制度であるが、被害者遺族には十分に浸透しているとは言えない。労災制度に一定の知識を有する医療ソーシャルワーカーの方との「5年以上前に当院で中皮腫で他界されたご遺族から相談があるのですが…」という話の中で労災時効救済の制度の話をすると、「そういう制度があるのですね!」という反応が最近もあった。全国的にも医療従事関係者の多くにも十分な認識がされていないのだろうと思う。
救済法の時効救済の意義と内容
労災制度における遺族補償給付の請求は、患者の死亡から5年が経過すると時効になるが、救済法成立のきっかけとなった2005年のクボタショック以降、「中皮腫」という聞きなれない病名や、肺がんの遺族であっても石綿曝露との関連性に必ずしも意識が向かず、労災請求の権利があることすら多くの被害者遺族に認知されていない状況が広く認識された。
2006年に施行された石綿健康被害救済法は、①労災の対象とならない環境曝露や一人親方などの患者や遺族を救済すること、②労災の対象となった可能性がありながらも、遺族補償の時効を迎えてしまった遺族の救済を主たる対象として制度設計されたが、後者に対する給付として特別遺族給付金が設けられた。認定されると遺族の状況に応じて、特別遺族年金(240万年/年)ないしは、特別遺族一時金(1,200万円)が支給される。法制定時には、3年間を限度とする時限的な制度とされていたが、のちに衆参ねじれ国会の2008年に議員立法によって救済法が改正されたことで2012年3月27日までに延長され、さらに、再び衆参ねじれ国会となっていた2011年に議員立法によって法改正され、2022年3月27日まで延長された。
図は本誌2019年1・2月号をもとに作成した特別遺族給付金の中皮腫と肺がんの年度別認定者の推移である。2006年救済法成立年の認定者がもっとも多く、以降は認定者が少なくなっている。これは「請求者」の数が減っていることが要因で、救済法成立以前と比べれば、労災制度の周知が一定された結果、時効になる遺族が大きく減少したようにとらえられるかもしれない。しかし、寄せられる相談の実態からは、時効になる遺族が決して少なくはないという印象がある。
1・2月号でも示しているように、救済法が施行された2006年以降は、中皮腫では年間に1,000人以上の死亡者が出ているが、対して労災認定(時効救済含む)の割合は4割に満たず、労災認定されていない救済制度の認定者の割合もおおむね3割強程度で推移している。中皮腫患者ないし遺族は必ず何らかの制度で認定されるわけだが、7割前後の被害者しか、石綿被害に関係する給付を受けていない。おおよそ3人に1人は未補償・未救済の環境におかれてしまっている。このような現状からも、労災時効救済が潜在的に必要となる被害者遺族は多いと考えれる。
証明されている個別周知対策の有効性
注目すべきは、2012年度の労災時効救済の中皮腫認定者が施行年度に次いで多いことだ。これはその前年度末に、厚生労働省が中皮腫遺族で労災補償などの救済給付などの未請求者3,613人に対して個別周知を実施した成果が端的に現われているものと言える。個別周知等の具体的施策を実施することで、より「すき間のない救済」に近づけることが可能だ。
2019年1月や同9月の報道を通じては、他にも数件の相談が寄せられ、すでに認定につながったものもある。被災者が中皮腫で療養中に石綿救済制度に申請しながら、死後に不認定になったという遺族からの相談もあった。判定理由を確認すると、中皮腫の診断に至らなかったことがその理由のようだが、労災時効救済では認定となった。とくに肺がん関係の相談では、「救済制度で不認定になったので、まさか労災で認定になるとは思っていなかった」という方もいる。この遺族も、報道を通じて「もしかしたら」という疑問が生じて問い合わせをしてきたものだった。
時効救済期限延長は必須
「労災になるなど思っていなかったが、ずっと気になっていた」と話される方もいる。療養中や亡くなったあとは、何かと落ち着かつに救済制度も労災制度の申請・請求も何ひとつしていなかった遺族から、被災者死亡から7年経過しているという相談がつい先日もあった。時効後に寄せられる相談一つひとつには、丁寧に話を聞くと遺族が持っている被災者に対しての大切な感情を持ち合わせていることも多い。
統計的にも、また相談の実例からも、まだまだ時効救済制度の必要性を実感する。2022年3月27日が期限となっている時効救済の請求権を一定の年数で延長していくことは必須であるし、それを待たずに個別の周知事業を再度実施することが必要だろう。抜本的には、時効制度自体の撤廃を求めたい。 (澤田慎一郎)
安全センター情報2019年12月号加筆修正