アスベスト(石綿)による肺がん労災認定基準の変遷と解説・問題点について

原告側連続勝訴を踏まえ、認定基準緩和を!

原告側9勝0敗の労災不支給処分取消し行政訴訟

2016年1月28日大阪高裁は、造船作業で石綿に曝露したことにより肺がんを発症し死亡した労働者に係る労災請求を不支給とした神戸東労働基準監督署長の処分を取り消す判決を下した。

翌日の毎日新聞は、以下のような「解説」記事を掲載した。

・・・同様の訴訟では、各地で患者側勝訴が相次いでいる。『認定基準を理由に、補償すべき患者を安易に切り捨てている』という声に厚生労働省は真剣に耳を傾ける必要がある。
国際的には、石綿による肺がんと中皮腫の発症比率は2対1で肺がんの方が多いとされる。ところが、国内の石綿労災認定数は昨年度の場合、肺がん391人、中皮腫529人と逆転している。患者支援団体は『肺がんについての厳しい認定基準が一因』と指摘してきた。
…(石綿肺がんの労災等不支給決定の取消を求めた行政訴訟は)肺がん患者側の9勝0敗となった。司法の場では、より幅広く認定することが定着している。

毎日新聞2016年1月29日


2008年10月に提訴された今回の事例(事例①)以降に提訴され、これまでに決着をみた石綿肺がん行政訴訟9件の内容を表に要約した。
原告(=患者・遺族)側「9勝0敗」で、すべて国による不支給決定が取り消される結果に終わっている。石綿肺がんの労災認定基準の内容とその運用に問題があるということであるにもかかわらず、厚生労働省は石綿肺がん労災認定基準の見直しの検討すらしようとしていない。

201604p40-41

石綿肺がん行政訴訟の結果から、どのような対応が求められているのか、検討してみたい。

9事例のうち、事例②及び事例③は、地裁段階で原告側勝訴判決が下され、被告(国)側が控訴したものの、高裁で再び国が敗訴した後、確定している。

事例①の神戸地裁は唯一の原告側敗訴判決であったが、今回の大阪高裁判決で原告側が勝訴、確定した。

いずれについても、表では、確定した高裁判決の内容だけを要約紹介している。
4事例では、原告側勝訴の地裁判決が確定。
2事例では、提訴後に新たに明らかになった事実によって労災認定基準を満たしていることが明らかになったとして、国側が不支給決定を自庁取り消し・支給決定して、裁判は取り下げられた。「国側の敗訴を見越しての対応」「原告側不戦勝」などと報じられた。

なお、東京地裁で2件、名古屋地裁で1件、係争中の事例があると伝えられている。

石綿肺がん認定基準の経過

石綿関連疾患の労災認定基準は、

  1. 1978年(昭和53年)10月23日に「石綿曝露作業従事労働者に発生した疾病の業務上外の認定について」(同日付け基発第584号労働基準局長通達)が示され、
    石綿原則禁止方針の確立後、
  2. 2003年(平成15年)9月19日に「石綿による疾病の認定基準について」(同日付け基発第0919001号)が発出されて、
    以降、クボタ・ショック後石綿健康被害救済法施行に向けた
  3. 2006年(平成18年)2月9日付け基発第0209001号及び
  4. 2012年(平成24年)3月29日付け基発0329第2号

によって、同じ文書名のもとでその内容が改正されるという経過を経てきている。

2003年、2006年及び2012年の認定基準改正に当たっては、各々専門家による検討会が参集されて報告書がまとめられ、それを踏まえた改正というかたちがとられている。

石綿肺がんの労災認定基準の内容の変遷は以下のとおりである。

この間の考え方は、

  • 石綿曝露による肺がん発症の相対危険度が2倍以上ある場合に石綿曝露に起因するものとみなす。
  • 肺がん発症リスクが2倍となる累積石綿曝露量を25本/cm3・年以上とするのが妥当。
  • 累積石綿曝露量を個々人について確認するのが困難である一方、累積石綿曝露量25/cm3・年に相当する単一のオールマイティな指標がないため、いずれかを満たせば相当する指標を具体的基準として列挙して設定する

というアプローチである。

これは、国際的に採用されているもので、行政訴訟判決もおしなべて支持している。

ただし、わが国では、「累積石綿曝露量25本/cm3・年以上」自体は基準として列挙されてはいない。

2003年(平成15年)労災認定基準

  1. 第1型以上の石綿肺所見あり
  2. 石綿曝露作業従事期間10年以上+胸膜プラーク
  3. 石綿曝露作業従事期間10年以上+石綿小体又は石綿繊維

    ※ 「基準2.、3.の医学的所見は得られているものの石綿曝露作業従事期間が10年未満」、「石綿曝露作業従事期間10年であるものの基準2.、3.の医学的所見が得られていないもの」は本省協議

2006年(平成18年)労災認定基準

  1. 第1型以上の石綿肺所見あり
  2. 石綿曝露作業従事期間10年以上+胸膜プラーク
  3. 石綿曝露作業従事期間10年以上+石綿小体又は石綿繊維
  4. 一定量以上の石綿小体又は石綿繊維(乾燥肺重量1g当たり5,000本以上の石綿小体若しくは200万本以上(5μ超)、2μ超[1μ超の誤りでありで2010年(平成22年)に訂正された]の場合は500万本以上)の石綿繊維又は気管支肺胞洗浄液1ml中5本以上の石綿小体)

    ※ 「基準2.、3.の医学的所見は得られているものの石綿曝露作業従事期間が10年未満」は本省協議

2006年労災認定基準の改訂内容は、石綿小体又は石綿繊維が一定量以上認められば、石綿曝露作業従事期間が10年に満たなくともよいとする基準4.を新たに追加したことであった。

基準4.のもとで、乾燥肺重量1g当たり5,000本以上又は気管支肺胞洗浄液1ml中5本以上の石綿小体があれば、石綿曝露作業従事期間が10年に満たなくともよいわけであるから、論理的に、基準3.は、石綿小体数が乾燥肺重量1g当たり5,000本未満、気管支肺胞洗浄液1ml中5本未満等の場合に適用されることになるが、具体的な数値基準は示されなかった(石綿線維についても同じ)。

なお、2006年に石綿健康被害救済法が施行されたわけであるが、厚生労働省所管分の救済法(労災時効救済)についても、労災認定基準を「準用する」ものとされた。


2007年(平成19年)補償課長通達

ところが、2007年(平成19年)3月14日付けで基労補発第0314001号「石綿による肺がん事案の事務処理について」という補償課長通達が出され、石綿曝露作業従事期間が10年以上あっても、乾燥肺重量1g当たり石綿小体が5,000本を下回る場合には肺がん発症リスクを2倍に高める石綿曝露とみることができるか疑問があるという考え方を示して、石綿小体数が5,000本基準に照らして明らかに少ない場合には、本省に照会するよう指示された

これは、労働基準監督署(長)の判断で、「石綿曝露作業従事期間10年以上+石綿小体又は石綿繊維」の基準3.によって石綿肺がんを業務上疾病として認定することをできなくする措置であって、明らかな労災認定基準の改悪であった。現実に、基準3.のもとで認定される事例が激減し、認定されていたはずと思われる事案が業務外認定-不支給とされる例が続出した。このことが、石綿肺がんの労災等不支給決定をめぐる行政訴訟が増加する引き金となったと言ってもよい。

この補償課長通達は、専門家による検討を経たものでもなければ、公表もされなかったが、その事実と内容を知った患者・家族らがただちに、通達の撤回を求めたのは当然であった。

しかし、撤回はなされないまま、2011年10月19日から2012年2月14日にかけて、「石綿による疾病の認定基準に関する検討会」において石綿肺がんの労災認定要件が取り上げられ、同年2月21日に報告書が公表された。

そして、2012年(平成24年)3月29日付け基発0329第2号「石綿による疾病の認定基準について」によって認定基準が改定された。

2012年(平成24年)労災認定基準

  1. 第1型以上の石綿肺所見あり
  2. 石綿曝露作業従事期間10年以上+胸膜プラーク
  3. 「石綿曝露作業従事期間10年以上+石綿小体又は石綿繊維」には言及なし
  4. 石綿曝露作業従事期間1年以上+一定量以上の石綿小体又は石綿繊維(乾燥肺重量1g当たり5,000本以上の石綿小体、200万本以上の5μ超石綿繊維、500万本以上の1μ超石綿繊維、気管支肺胞洗浄液1ml中5本以上の石綿小体又は肺組織切片中の石綿小体又は石綿線維)
  5. 石綿曝露作業従事期間1年以上+一定要件を満たす広範囲の胸膜プラーク
  6. 一定の石綿曝露作業従事期間5年以上(石綿紡織品製造作業、石綿セメント製品製造作業又は石綿吹付け作業)
    ※2006年(平成8年)以降の石綿曝露作業従事期間は1/2の期間に換算
  7. 石綿曝露作業従事期間3年以上+一定の要件を満たすびまん性胸膜肥厚
  8. 以下の事案については本省協議
    (A)最初の石綿曝露作業開始から10年未満で発症したもの(上記いずれかの要件に該当するものに限る)
    (B)胸膜プラークは認められているものの石綿曝露作業従事期間が10年未満
    (C)乾燥肺重量1g当たり1,000本以上5,000本未満又は気管支肺胞洗浄液1ml中5本未満の石綿小体が認められるもの
    (D)基準4.又は基準5.のいずれかの所見は得られているが、石綿曝露作業従事期間が1年未満のもの
    (E) 基準6.で※の換算が適用された結果算定した従事期間が5年に満たないもの

見直しに当たって患者・家族らは大幅な改善を求めたものの、厚生労働省側が、「石綿曝露作業従事期間10年以上+肺内石綿小体又は石綿繊維」の基準3.ばかりか、「石綿曝露作業従事期間10年以上+胸膜プラーク」の基準2.までを削除する動きを示したために、削除=改悪を阻むという受身の対応にならざるを得なかった面は否めない。

結果的に、基準3.が明らかに削除されて、代わりに「(C)乾燥肺重量1g当たり1,000本以上5,000本未満又は気管支肺胞洗浄液1ml中5本未満の石綿小体が認められるもの」は本省協議という取り扱いが新たに追加された。基準3.が本省協議要件(C)にすりかえられたと言ってもよいだろう。

しかも、この削除・追加・すりかえを、厚生労働省は、2006年労災認定基準とは明らかに異なる、2007年補償課長通達によって「新たに作り出された」取り扱いを、もとからの「基準の明確化」をしただけと強弁したのである。

「石綿による疾病の認定基準に関する検討会報告書」は、「これまでと同様、石綿小体数が5,000本未満であることをもって直ちに業務外とせず、職業曝露が疑われるレベルである乾燥肺重量1g当たり1,000本以上である事案については、本省の検討会で個別に審査する方法を継続するのが妥当である」としている。「これまでと同様」と言っている方法は、2007年補償課長通達によって「新たに作り出された」ものであるにもかかわらず、このように変更する理由は説明されていない。

ちなみに、基準4.の「一定量以上の石綿小体又は石綿繊維」要件として、「肺組織切片中の石綿小体又は石綿線維」が新たに追加されているのであるが、労災認定基準改訂案のパブリックコメント手続において、石綿対策全国連絡会議がその点が説明されていないと指摘すると、ひそかに認定基準案概要の説明文に「※肺組織切片中の石綿小体又は石綿線維が認められる場合を含む」という一文を追加。「現行の取り扱いと同様のものであるため、意見募集の対象とは考えていなかったが、問い合わせがあったので念のため追記した」と説明した。しかし、2006年労災認定基準のどこにも「肺組織切片中の石綿小体又は石綿線維」の取り扱いへの言及などされてはいない。

2012年検討会では、「光学顕微鏡による肺組織標本(染色切片)中の石綿小体の検出」と「位相差顕微鏡による肺内-乾燥肺重量1g当たりの石綿小体の計測」では、「だいたい[前者の手法による]1cm2当たり0.5本で乾燥肺重量1g当たり5,000本くらいに換算できる」などという議論がされている。「10年+石綿繊維」基準は、前者の手法を前提としていたのであって、2006年労災認定基準改訂のときに廃止しておくべきだったと主張したいのかもしれないが、そのような主張・説明が公式になされたことはない。

基準2.は維持されたが、検討会報告書は「当面は現行の取扱いを存続することが望まれる」という書き方で、将来的に削除する可能性をほのめかしている。新たに追加された基準5.の広範囲の胸膜プラークが満たすべき「広範囲」の要件の設定も、石綿小体数5,000本以上を満たす例が多いという観点から検討されていて、石綿小体数5,000本以上基準を他の基準の上位に位置づけているように思われるものの、その根拠は示されていない。

不誠実な認定基準改訂プロセス

削除・変更を「基準の明確化」と強弁

実際は、2007年補償課長通達によって、初めて、「石綿曝露作業従事期間10年以上+石綿小体5,000本未満」の事例を本省に照会しなければならないという事態が新たに生じたのである。

しかも、ここでの指示は「『乾燥肺重量1g当たり5,000本以上』の基準に照らして、石綿小体数が明らかに少ない場合」が対象だったのであって、2012年労災認定基準の(C)に掲げるような「乾燥肺重量1g当たり1,000本以上5,000本未満又は気管支肺胞洗浄液1ml中5本未満の石綿小体が認められるもの」は本省協議とするという要件が存在していた事実を示す文書は存在していない。

しかも、2007年補償課長通達の発出にあたっては、専門家による検討とのその結果の公表+改訂案を示してのパブリックコメント実施といった手続もとられていない。

にもかかわらず、厚生労働省が「基準の明確化」にすぎないと強弁し、また、「石綿による疾病の認定基準に関する検討会」がそれを許すかのような対応をしてしまったことは、きわめて恥ずべきことといわざるを得ない。2012年労災認定基準改訂によって、厚生労働省は恥ずべき2007年補償課長通達を廃止することができた。

予定された行政訴訟判決を無視

しかも、2012年労災認定基準改訂までに、少なくとも7件の労災不支給決定の取り消しを求める行政訴訟が提起されており、直前の2月23日には東京地裁(表の事例③)、3月22日には神戸地裁(事例②)で、被告・国側が敗訴する判決が下されていたのである。

両判決はともに、2007年補償課長通達の合理性を明確に否定するとともに、「③石綿曝露作業従事期間10年以上+石綿小体又は石綿繊維」基準を肯定した。東京地裁判決は、「事務処理規程の重要な変更を行うこと(2006年補償課長通達)の是非」についても問題にしている。

東京地裁判決はもう一歩踏み込んで、石綿曝露作業従事期間10年に加えて「当該労働者の肺組織内に職業上の石綿曝露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められる医学的所見が得られれば、肺がんが業務上の疾病として認めるのが相当」として、具体的に「乾燥肺重量1g当たり1,000本以上の石綿小体、10万本以上(5μ超。1μ超の場合は100万本以上)の角閃石系石綿繊維、気管支肺胞洗浄液の1ml当たり1本以上の石綿小体のうちのいずれかの所見が認められる場合」という運用の基準を示している。

また、両判決はともに、クリソタイル主体の曝露では石綿繊維等を形成しにくいことに留意すべきことも指摘している。

あらかじめ判決のあることを承知していた厚生労働省は少なくとも、検討会に両地裁判決を報告して、報告書の内容を見直す必要性がないか検討を求めるべきであった。しかし、厚生労働省はそうせずに、両事件とも控訴して、「予定どおり」の認定基準改訂を「強行」したのである。

相次ぐ国側敗訴判決の内容

2012年3月29日の労災認定基準改訂を間に挟んで、同年6月28日東京地裁判決(事例④)以下、表に示した判決・判断が続いた。

2012年6月28日東京地裁判決(事例④)

この判決では、胸膜プラークの存在が画像上検出されなかったとしても「認定基準を充たすのに準じる評価をすることが相当な事情が存する場合には業務起因性を認めるのが相当」、また、同僚2名に明確な胸膜プラーク所見があることから25本/cm3・年以上の石綿曝露を受けたことが推認され、被災者はこの同僚2名と単に同じ建設作業場で大工として業務に従事したことがあるというだけのものではなく、20・40年以上というきわめて長期間にわたって同一の職場で稼動しており、累積石綿曝露量が下回るものではないと認められることから「累積石綿曝露量25本/cm3・年以上であったと推認されるから肺がんの発症については業務起因性を認めることができる」との判断を示した。

前者は認定基準の運用の改善を求めるものであり、後者は認定基準の改善を求めるものということができる。国は控訴せず、判決が確定したが、いかなる改善措置もとられていない。

2013年2月12日大阪高裁判決(事例②控訴審)

2006年労災認定基準の基準3.の「肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められること」という要件は、「肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められば足り、その量的数値は問題としない」という趣旨で理解すべきであり、上記理解が誤りであることを前提とする控訴人(=国)の主張は採用できないとして、控訴を棄却した。

2007年補償課長通達は、2006年労災認定基準と「異なる運用基準を示したものであるとみざるを得」ず、同認定基準についての「理解を明確化したものであると主張するだけで、そのような医学的知見について何らの主張、立証していないことから…合理性があるとは認め難い」と断じている。
国側は、上告せず、判決は確定した。

2013年6月27日東京高裁判決(事例③控訴審)

「(石綿曝露作業従事期間)10年要件に加えて、肺組織内に職業上の石綿曝露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められる医学的所見がある場合には、特段の事情がない限り業務起因性を肯定するのが相当である」。

そして、乾燥肺重量1g当たり1,230本ないし1,770本の石綿小体を「一般人よりは明らかに高い(職業曝露の可能性が強く疑われる)レベル」と判示している。

また、「クリソタイルの長期曝露においては、作業の内容、期間などの個別具体的な事情も慎重に考慮した上で業務起因性の有無を判断することが必要」、クリソタイル主体の曝露であるのになお高いレベルの石綿小体数を示すことは「相当因果関係を肯定する積極事情として考慮する必要がある」等としている。

2007年補償課長通達は、2006年労災認定基準やそのもととなった検討会報告書で「示されていた見解とは内容的に異なるものといわざるを得ず」「合理性には問題があると判断するのが相当」。
国側は、上告せず、判決は確定した。

2013年11月5日神戸地裁判決(事例①)

前述のとおり、唯一の原告側敗訴判決であるが、2016年1月28日大阪高裁判決で逆転勝訴となって、確定した。地裁判決は、①10年曝露要件を満たすものの、②胸膜プラーク、肺内の石綿小体又は石綿繊維等の医学的所見がいずれも認められず、それらがなくても業務起因性を肯定すべき特段の事情も認められないから、というものだった。

2014年1月22日東京地裁判決(事例⑤)

「10年を超える約14年間にわたる石綿曝露作業への従事期間が認められる上、肺内には、ヘルシンキ基準において職業上の石綿曝露を受けた可能性が高いとされる基準を超える石綿繊維数(角閃石族石綿-乾燥肺重量1g当たり10万本以上(5μ超)又は100万本以上(1μ超)が認められる一方、他に、肺がん発症の原因となり得る要因が存したことは窺われないのであるから…業務に起因するものと認めるのが相当」。

2007年補償課長通達については、「『事務連絡』にすぎないのであって、新たな要件を付加するものではないというべきであるから…あくまで2006年認定基準に則って業務起因性の有無を判断すべきことに変わりはないというべきである」としている。
国側は、控訴せず、判決は確定した。

2014年3月26日大阪地裁判決(事例⑧)

2006年労災認定基準は、石綿曝露作業従事期間10年以上を肺がん発症リスクが2倍以上であることを示す指標とすることを基本的に合理的であると評価しつつ、「同期間だけを判断指標とした場合に、石綿作業の内容、頻度、程度によっては、必ずしも上記リスクが2倍となる25本/ml・年の石綿曝露に達しない場合がありうることから、それを補う客観的要件として現に肺内に肺がんが石綿曝露によるものであることと矛盾しない程度の石綿小体等が認められれば、それらが相まって上記期間において上記リスクが2倍となる石綿曝露を受けたことを認めることができるとする趣旨と解するのが相当」。

被災者は、石綿曝露作業に10年以上従事し、1μ超石綿繊維243万本中140万本がクリソタイルであるから、肺がんが石綿曝露によることと矛盾しない程度の石綿小体が計測されている。他に特段の事情も認められないから、業務に起因するものと認めることができる、とした。

2007年補償課長通達は、「2006年認定基準や検討会の検討結果とは異なる見解であるというほかない」。「石綿曝露作業への従事期間が10年以上の場合でも乾燥肺重量1g当たり5,000本以上の石綿小体を要するとの被告(=国)の見解には合理性に疑問があり、採用することはできない」。
国側は、控訴せず、判決は確定した。

2014年5月12日神戸地裁判決(事例⑦)

肺がん発症リスク2倍以上に高める指標としては、①石綿曝露作業従事l期間10年以上に加え、②肺組織内職業上の曝露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は視綿繊維が認められる医学的所見の存在が認められることが必要であり、これらが認められれば、特段の事情がない限り、肺がんを業務上の疾病と認めるのが相当である。

そして、上記②において、問題となる医学的所見が石綿小体である場合には、一般人よりは明らかに高い(職業上の曝露の可能性が強く疑われる)とされる乾燥肺重量1g当たり1,000本が一つの目安となると考えられるものの、これに達しないことから直ちに上記②を満たさないと判断するべきではなく、石綿の種類によって石綿小体の形成しやすさに差があることにも留意し、クリソタイル中心の曝露であったか否かや具体的な作業内容、期間等の諸事情を総合考慮した上で判断すべきである。

被災者は、①少なくとも22年間にわたって石綿曝露作業に従事し、②1,000本にはわずかに達していないもののこれに近い数値である918本の石綿小体が検出され、これは二人組で作業をすることも多く肺がんの業務起因性が肯定された同僚の2倍以上であること、③曝露した石綿が石綿小体を形成し難いクリソタイル主体であったこと、④それ以外の特段の事情は認められないこと、から業務起因性を認めるのが相当である。

2007年補償課長通達は、2006年労災認定基準の「判断ないし事務処理を目的とする規定であるにもかかわらず…実質的に同認定基準よりも業務起因性の認定要件を厳格化しているものと評価せざるを得ない。しかし…以下のとおり、その合理性に疑問がある。…『10年以上』の労働者の救済範囲を定めるものであって…救済規定の趣旨に反する。また…クリソタイル曝露において、石綿小体数を基準として、業務起因性の認定範囲を限定することに合理性は認められないというべきである」。
国側は、控訴せず、判決は確定した。

2016年1月28日大阪高裁判決(事例①控訴審)

「本件疾病の業務起因性の有無を認定するに当たっては、2006年認定基準に基づき、①10年曝露要件、②胸膜プラーク等の医学的所見があることの両者の要件を満たすかどうかを検討することを原則としつつ、上記②の要件が満たされない場合には、これを補完するものとして、被災者の石綿曝露の具体的状況を検討し、その結果として2006年認定基準を満たす場合に準ずる評価をすることができるかどうかを検討するのが相当である」。

胸膜プラークが存在していたと認めることはできないものの、胸膜プラークが存在する相当程度の可能性があることまで否定することはできないというべきであり、判断に当たって考慮すべき事情のひとつであるとみるのが相当。

被災者は、約2年間の出向期間を除いても、24年以上の長期間にわたって、日常的に間接的な石綿曝露を受け続けていたことに加え、直接に石綿を取り扱う作業にも従事していた。曝露が被災者と同等又は少ない者も含め、同時期に同じ工場で就労していた多くの従業員らが石綿関連疾患を発症し労災認定を受けていること等の事情に照らせば、被災者が受けた石綿曝露は肺内に胸膜プラークを形成するのに十分な程度に至っていたと認めるのが相当。

併せ考慮すると、2006年労災認定基準を満たす場合に準ずる評価をすることができるものというべきである。
国側は、上告せず、判決は確定した。

自庁取消・支給決定となった2事例についても、みておきたい。

2013年11月15日調査結果復命書(事例⑥)

事例⑥に係る神戸東労働基準監督署の調査結果復命書の内容。提訴後、訴訟の過程を通じて、原処分時には不明であった新たな事実に基づく判断は以下のとおり。

被災者に石綿肺及び胸膜プラークの所見は認められず、石綿小体数及び石綿繊維数も認定基準を満たさないこと、また、被災者は昭和40年から平成11年までの間、検数作業に従事したことは認められるものの、海上検数か沿岸検数かといった具体的な作業内容や従事時期等が明らかでなく、具体的な石綿曝露状況が不明であったことから、不支給決定にした。

しかし、本件提訴後において、元同僚の証言等により、被災者の石綿曝露作業の内容(作業場所)、従事期間等が明らかになり、また、被災者と同一時期に同一作業に従事していたと判断できる同僚労働者について石綿による肺がんとして新たに労災認定した。

被災者の石綿小体数が乾燥肺重量1g当たり2,551本であるところ、本件提訴後の新たな事実を踏まえた専門家の意見によれば、被災者は相当程度の石綿曝露作業に10年以上従事したものとみることが可能であるとされていることから、被災者の肺がんは、石綿による肺がんとして業務上疾病と認められる。よって、原処分を取り消し、特別遺族年金(救済法)を支給するのが妥当。

2015年1月29日調査結果復命書(事例⑨)

事例⑨に係る福山労働基準監督署の調査結果復命書の内容。休業・療養補償給付の不支給処分の取り消しを求めて岡山地裁で係争中であったが、提訴後に遺族補償給付等の請求がなされ、その調査における新たな石綿確定診断委員会及び岡山労働局医員の意見から、CT画像上に胸膜プラークが認められたことをもって、業務上疾病として認定。

判決を踏まえた認定基準の改善

①「10年+石綿小体・石綿繊維」基準の再生

9事例中②③⑤⑦⑧の5事例に対する判決が、2006年労災認定基準の「石綿曝露作業従事期間10年以上+石綿小体又は石綿繊維」基準を適用して、業務上疾病と認定し、国側が控訴・上告せずに判決が確定しているのであることからしても、この基準を再生させるべきである。

この場合の「石綿小体又は石綿繊維」要件については、事例②大阪高裁判決が「量的数値は問題としない」としているほかは、「職業上の石綿曝露を受けた可能性が高いレベル」-より具体的には、乾燥肺重量1g当たり1,000本以上の石綿小体、10万本以上(5μ超)又は100万以上(1μ超)の角閃石系石綿繊維を原則とすること。
及び、クリソタイル主体の曝露の場合には、それ未満であるからといって直ちに要件を満たさないと判断せずに、諸事情を総合考慮した上で判断すべきであること、が諸判決のなかで示されている。

クリソタイルは、石綿小体等を形成しにくいので、曝露評価を石綿小体等だけに頼るのは間違いであるが、多くの判決が、そのような性質を理解・留意しつつ、クリソタイル主体の曝露の事例についても、この基準を適用して業務上疾病として認定しているという事実の意義は大きい。

自庁取消で認定された事例⑥も、この考え方に沿った判断と考えられなくもない。

しかし、脳・心臓疾患や精神障害など判断に困難が予想される職業病にあってさえ、本省協議を指示する範囲を少なくして、可能な限り労働基準監督署長レベルの判断により決定の迅速化が図られているなかで、石綿関連疾患についてのみ本省協議要件が拡大していることは、時代の要請に逆行した事態である。上述の要件に基づいて、本省協議を要せずに認定できる基準として、復活すべきなのである。

この基準は、2007年補償課長通達で突然「10年+石綿小体5,000本未満」は本省に照会するよう指示されて機能停止にさせられ、2012年労災認定基準で「10年+石綿小体1,000~5,000本」は本省協議という要件にすりかえられて、「もともと基準が存在していなかった」かのように扱われようとしていた。別に設けられた基準で、「石綿小体5,000本以上」であれば石綿曝露作業従事期間が10年に満たくなくとも認められるので、この基準が適用されるのは「石綿小体5,000本未満」の場合であることは自明の理であったにもかかわらずである。

厚生労働省はこれを「基準の明確化をしただけ」と説明し、各裁判においてもそのように主張した。しかし、事例⑤を除いた4事例の判決は、2007年補償課長通達が2006年労災認定基準とは異なる内容を示したものと認めた上で、合理性はないと断じているのである。換言すれば、2006年労災認定基準のもとで「石綿曝露作業従事期間10年以上+石綿小体又は石綿繊維」基準が厳然と存在していることを確認し、それを合理的なものと認めたうえで、同基準を適用する具体的判断を示したものであった。

厚生労働省は裁判のなかで「最新の知見に基づく2012年労災認定基準」も考慮するよう主張している。しかし、基準やその取り扱いを変更した事実を認めて、その理由・根拠を示さなければ、判決も評価のしようがなかったに違いない。

事例⑧の大阪地裁判決が、この基準の趣旨を解した結論に至る直前の部分では、「2012年検討会報告書においても、この要件[石綿曝露作業従事期間10年以上+胸膜プラーク]は、肺がんの発症リスクを2倍に高める累積石綿曝露量の指標として、現時点では一定の評価ができるものとされており、2012年認定基準では、上記従事期間10年以上に加えて石綿小体等の存在を要求する指標が基準から削除されているものの、2012年検討会報告書においては、肺がんの発症リスクを2倍に高める累積石綿曝露量の指標として不十分であるとか、一定の数量の石綿小体等の存在が必要だとの指摘はなされていないことなども併せ考慮」したうえでの結論であると、あえて言及している。

また、事例②大阪高裁判決は、2007年補償課長通達は、2006年労災認定基準についての「理解を明確化したものであると主張するだけで、そのような医学的知見について何らの主張、立証していないことから…合理性があるとは認め難い」と断じている。この判断はそのまま、2012年労災認定基準がこの基準を削除あるいは取り扱いを変更したことに対する判断としてもあてはまるだろう。

仮に百歩も千歩もゆずって、2012年労災認定基準の「10年+石綿小体1,000~5,000本」は本省協議という要件を前提としたとしても、石綿小体1,000本以上であれば業務上と認定し、クリソタイル主体の曝露の場合には諸事情を総合考慮するという運用がなされるべきであるという判断になろう。であればこそ、本省協議を義務づけるのではなく、基準として再生させて、労働基準監督所長レベルで業務上認定できるようにすべきなのである。

②「10年+胸膜プラーク」基準の運用の改善

「石綿曝露作業従事期間10年以上+胸膜プラーク」基準を適用して、業務上疾病と認定し、国側が控訴・上告せずに判決が確定しているのが、①④の2事例。事例⑨も、新たに胸膜プラークが認められたとして自庁取消によって認定している。

いずれの事例においても、胸膜プラーク所見について主張に争いがあるなかで、所見が認められるとは判断されなかった。にもかかわらず、ただちに要件を満たさないと判断するのではなく、同一時期に同一作業に従事していた同僚が石綿肺がんで業務上認定されていたり、石綿肺がんの労災認定基準のいずれかの基準を満たし、かつ、被災者の累積石綿曝露量がその同僚と同等以上であったと推認される等の事情を総合考慮した上で、業務上疾病と認定すべきであるという考え方を示した。

このような運用の仕方を労災認定基準に取り入れるべきであり、①の場合と同様に、可能な限り本省協議を要せずに認定できる基準として運用できるようにすべきである。

③本省協議要件の最小化

可能な限り労働基準監督署長レベルの判断により決定の迅速化を図るために、①②で述べた以外のことを含め、2012年労災認定基準において本省協議要件とされたすべてについて、可能な限り本省協議を要せずに認定できる基準として運用できるようにすべきである。

④「25本/cm3・年の石綿蓄積曝露」基準の設定

事例④東京地裁判決は、同僚2名に明確な胸膜プラーク所見があることから25本/cm3・年以上の石綿曝露を受けたことが推認され、被災者はこの同僚2名と単に同じ建設作業場で大工として業務に従事したことがあるというだけのものではなく、20・40年以上というきわめて長期間にわたって同一の職場で稼動しており、累積石綿曝露量が下回るものではないと認められることから「累積石綿曝露量25本/cm3・年以上であったと推認されるから肺がんの発症については業務起因性を認めることができる」との判断を示した。

「累積石綿曝露量25本/cm3・年以上であったと推認される」場合には業務上疾病と認定するという独立した基準を設定するべきであり、その運用は上記判決の内容も参考にすべきである。

⑤「石綿ばく露作業従事期間」の積極的な評価

事例②の神戸地裁・大阪高裁判決は、事実上「石綿曝露作業従事期間10年以上」のみで業務上疾病と認定してもよいと判示したと評価することもできる。他にも「10年以上」で肺がん発症リスク2倍以上の指標として基本的に合理的であると認めていると言える判決もあるものの、明示的に「10年以上」のみでよしと判断した判決はまだない。

しかし、いずれの判決も、「石綿小体・石綿繊維または胸膜プラーク等の医学的所見」を加えることによってではあっても、「10年以上」という要件を基盤にして積極的に業務上認定していくという姿勢では一貫していると言える。

他方で、厚生労働省のこの間の動きは、「10年以上+石綿小体・石綿繊維」基準に続いて、いずれは「10年以上+胸膜プラーク」所見も削除することを示唆しているように、石綿曝露作業従事期間の評価を軽視する方向にあるように思われる。

2012年労災認定基準で、「一定の石綿曝露作業従事期間5年以上(石綿紡織品製造作業、石綿セメント製品製造作業又は石綿吹付け作業)」の基準が新たに設けられたように、石綿曝露作業従事期間をより積極的に評価して業務上疾病と認定するという方向性はさらに追求されるべきである。

環境省判定基準も見直し必要

環境省所管の石綿健康被害救済法については、医学的判定の考え方=判断基準として示されている。

救済法施行時点=2006年判定基準は、2006年労災認定基準のもとになった同じ検討会報告書に基づきながら、2006年労災認定基準のうち、石綿曝露期間と医学的所見を組み合わせた基準②③は採用せずに、基準①を修正した「じん肺法に定める胸部X線写真の像で第1型以上と同様の肺線維化所見があり、胸部CT画像においても肺線維化所見が認められること」及び基準④の二基準のみが採用された。

2012年労災認定基準が示された後、2013年に判定基準が改訂された。労災認定基準の方に新たに追加された基準⑤⑥⑦の3基準のうち、基準⑤のみが採用されたというものであった。
これを整理すると、図のとおりである。

環境省所管救済法の判定基準では、石綿曝露歴に関する情報が得られないものについても救済できるようにしなければならないという要請から、石綿曝露情報なしに判定できる医学的所見のみの基準を設定したという経過がある。

環境省所管救済法は、労災保険及び労災時効救済の対象にならない自営業者も対象であり、自営業者も職業曝露であるのだから、労災認定基準を準用できる。他にも石綿曝露情報が得られる事例もあるはずだから、石綿曝露情報も活用した-労災認定基準並みの-判定基準を設定すべきだという患者・家族らの要望は、情報が得られる場合だけ救済するのは、他のものとの比較で不公などという理屈で受け入れられなかった。

救済対象疾病が中皮腫と肺がんの2疾病だけだったときには、すべての事例について-「平等に」-石綿曝露情報は調査も、活用もしないということであったかもしれない。

しかし、2009年に石綿肺とびまん性胸膜肥厚が追加された段階では、両疾病の医学的判定に当たっては石綿曝露情報も調査した上で判定を行うとされた。同様の措置が、肺がんに講じられない理由はない。石綿曝露情報を調査も、活用もしないという言い訳を放置しておくわけにはいかない。環境再生保全機構は申請者に対して、アスベストばく露情報をアンケート調査で実施しており、毎年、報告書が作成されているのであるから、なおさらである。

  1. 石綿肺がんの判定基準の内容を、労災認定基準並みに、石綿曝露情報も活用して救済できるようにすること
  2. 本稿で述べた、労災認定基準の改善として必要な内容も反映させること

が必要である。

安全センター情報2016年4月号