記録及び届出の手続の強化 職業病一覧表の更新手続も /ILO総会へ議定書・勧告案

第90回ILO総会

第90回ILO総会(正式には「国際労働会議」)が、2002年6月3-20日にジュネーブで開催される。その第5議題として、「労働災害・職業病の記録と届出およびILO職業病一覧表」が取り上げられている(2001年12月号51頁)。すでに昨年のうちに、「報告書V(1)」が示され、今年になって「報告書V(2B)」が、そして先頃「報告書V(2A)」も公表された(http://www.ilo.org/public/english/standards/relm/ilc/ilc90/index.htm参照、3つの報告書のPDFファイル入手可能)。「報告書V(2B)」の「はじめに」によって、この間の流れをみておこう。

「国際労働事務局[ILO]理事会は、第279会期(2000年11月)において、1964年の業務災害給付条約(第121号)付表1の職業病一覧表の改訂の可能性を含む、労働災害・職業病の記録と届出に関する項目を、第90回ILO総会[国際労働会議第90会期](2002年)の議題とすることを決定した。
これは、一回討議手続による基準設定をめざしている。理事会はまた、本議題の一部として、職業病一覧表を定期的に更新するメカニズムの設定について、総会で審議するよう求めている。
一回討議手続の準備手続を定めた総会議事規則38条1項に基づき、事務局は、この問題の討議の基礎として役立てるための概要報告書を作成した[報告書V(1)]。報告書は、この問題点を紹介し、労働災害・職業病の記録と届出に関する法令・慣例および様々な諸国における職業病一覧表について分析した。質問書つきのこの報告書は、ILO加盟国政府に伝達され、2001年9月30日までに事務局に届くよう、回答を求めた。
本報告書作成の時点までに、事務局は、以下の75加盟国政府からの回答を受け取った。アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、バーレーン、バルバドス、ベラルーシ、ベニン、ブラジル、ブルガリア、ブルキナファソ、カナダ、チリ、中国、コロンビア、コスタリカ、クロアチア、キューバ、キプロス、チェコ共和国、デンマーク、エクアドル、エジプト、赤道ギニア、エリトリア、エストニア、エチオピア、フィンランド、ガボン、.ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、インド、インドネシア、イスラエル、イタリア、ジャマイカ、日本、ケニア、韓国、クウェート、レバノン、リトアニア、マレーシア、マルタ、モーリシャス、メキシコ、モルドヴァ共和国、モロッコ、ナミビア、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、パキスタン、パナマ、ペルー、フィリピン、ポーランド、ポルトガル、カタール、ルーマニア、ロシア連邦、シンガポール、スロバキア、南アフリカ、スペイン、スリナム、スウェーデン、スイス、シリアアラブ共和国、タイ、トルコ、ウクライナ、アラブ首長国連邦、イギリス、ユーゴスラビア。
39加盟国政府(アルゼンチン、オーストリア、バルバドス、ブラジル、ブルガリア、カナダ、コロンビア、コスタリカ、クロアチア、キプロス、チェコ共和国、デンマーク、エクアドル、エリトリア、エストニア、エチオピア、フィンランド、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、リトアニア、マレーシア、モーリシャス、ナミビア、ノルウェー・、パキスタン、ペルー、ポルトガル、カタール、ルーマニア、シンガポール、スロバキア、スリナム、スウェーデン、スイス、シリアアラブ共和国、ウクライナ、イギリス、ユーゴスラビア)は、労使団体との協議を経て回答を作成した、としている。回答のなかで、一定の点について労使団体が述べた意見を載せたり、言及したもの、労使団体の所見を別途送ってきた政府もある。労使団体から直接、回答が送られてきたケースもある。
総会議事規則38条2項に規定する期限以内に、1981年の職業上の安全及び健康に関する条約の議定書の提案、職業病一覧表および労働災害・職業病の記録と届出に関する勧告の提案の英語およびフランス語の原文を入手できているようにするために、報告書V(2)は、2巻に分けて発行される。2か国語併記のこの巻(報告書V(2B))には、提案原文が含まれる。文章を起草するにあたって、事務局は、系統的なアプローチ、明解さ、既存の法律文書との用語の一貫性、案文の英語版とフランス語版の間の調和が必要であることを考慮した。
総会でそう決定されれば、これらの文章は、第90会期(2002年)において、労働災害・職業病の記録と届出および職業病一覧表の課題の討議の基礎となる。
(注)報告書V(2A)は、本報告書のおよそ1か月後に入手できる見込みで、受け取った回答の概要と事務局のコメントが含まれる[前述のとおりすでに公表されている]。

報告書V(2B)「はじめに」

「報告書V(2B)」が提案原案ということになるわけで、今回、本誌で紹介することとした。「報告書V(1)」の厚生労働省の仮訳を入手しているのだが、訳語がしっくりこないために、ここでは、主に、(財)日本ILO協会『講座ILO(国際労働機関)一社会正義の実現をめざして一』(1999年)、労働省編『ILO条約・勧告集』第6版(1993年、(財)労務行政研究所)を参考に独自に翻訳した(例えば、議題の「Recording and notifiation of occupational accidents and diseases」は、厚労省仮訳では「業務災害・疾病の登録と通知」だが、本誌では「労働災害・職業病の記録と届出」とした)。

日本政府の回答

「報告書V(1)」の質問票に対する、日本政府の回答は、以下のとおりである。
なお、「政府は回答を完成させる前に最も代表的な労使団体と協議すべきであり、協議の結果は政府回答に反映されるべきで、政府はどの団体と協議したか明らかにしなければならない」、とされていたが、それに関する記載はない。(日本政府の回答は、正式には英語で行われているが、以下に紹介するのは政府自身による日本語訳である。質問項目は独自に翻訳しているので、訳語の不ぞろいに注意されたい。)

総括的意見

労働災害の発生については、自国の労働者の教育水準、技術水準、産業構造の違いなどの社会経済事情に左右される部分が大きいことから、業務災害・疾病の登録及び通知の制度については、各国の社会経済事情や労働慣行に応じて定められるべきものである。
我が国においては、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第100条に基づく、労働者死傷病報告(労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)第97条)及び事故報告(労働安全衛生規則第96条)並びに労働災害動向調査等の統計調査等の業務災害・疾病に係る報告制度を定めており、有効に機能していると考えている。
したがって、各国間での事情の相違を踏まえた上で、多くの国が当該文書を採択し、当該文書に沿った登録及び通知に関する制度を設けることができるようにするためには、文書の採択にあたり、各国の事情を十分に考慮した柔軟な規定とすることが必要であると思料する。

「労災隠し」の問題はない?

報告制度が「有効に機能していると考えている」という認識と、「労災報告の適正化に関する懇談会設置要綱」の「故意に労働者死傷病報告書を提出しないもの及び虚偽の内容を記載して提出するもの(以下「労災かくし」という。)がみられる」、あるいは、平成13年2月8日付け基発第68号「いわゆる労災かくしの排除に係る対策の一層の強化について」中の「近年労災かくし事案として…送検した件数が増加しており、このことからも労災かくし事案の増加が懸念される」という認識はどのようにして両立するのだろうか。
国内向けと国外向けの顔の使い分けだとしても不誠実きわまりないが、邪推すれば、ILO総会での論議に波及されたくないがために、前述の「労災報告の適正化に関する懇談会」を、わずか3回の会合だけで早々に終了させてしまったのではないかと勘ぐりたくもなる。

いずれにしろ、「総括的意見」で述べられた内容はきわめて消極的で、自国の現行制度の手直しが必要にならない範囲の国際基準にとどめたいという意向がありありとうかがえる。ILO総会で「労働災害・職業病の記録と届出」が取り上げられるこの機会を、「労災報告の適正化」一「労災かくし」対策の強化に活かそうという姿勢は微塵も感じられない。

国際基準の形式

質問番号1 ILO総会は、労働災害・職業病の記録及び届出、並びに職業病一覧表を更新するメカニズムに関するひとつ又は複数の国際基準を設けるべきだと考えるか?
【日本政府回答】はい。各国間での事情の相違を踏まえた上で、多くの国が当該文書を採択し、当該文書に沿った登録及び通知に関する制度を設けることができるようにするためには、文書の採択にあたり、各国の事情を十分に考慮した柔軟な規定とすることが必要であると思料する。

質問番号2 設けるとした場合、その(諸)基準は以下のどの形式をとるべきだと考えるか?
(a)1981年の職業上の安全及び健康に関する条約の議定書、及び、独立した勧告?
(b)勧告のみ?
(c)議定書のみ?
【日本政府回答】(b)
「1981年の職業上の安全及び健康に関する条約の議定書」をつくることには賛成しない、というのが日本政府の姿勢である。これも、自国の現行制度の手直しが必要にならない範囲の国際基準にとどめたいという考えの現われだろう。

逆に、「議定書」の提案には、わが国の「労災報告の適正化」一「労災かくし」対策の強化に活かせる内容があるのではないかという発想で、別記事の提案(2002年第90回ILO総会[国際労働会議]第5議題 労働災害•職業病の記録と届出およびILO職業病一覧表 報告書(2B))を熟読していただきたい。
以下、質問項目3から質問項目21は、「序文で…に言及すべきか?」、「…と規定するべきか?」といったかたちで、国際基準の具体的内容について意見を求めているが、質問番号3から質問番号11は「議定書の場合」の内容に関するものなので、日本政府は回答していない。(なお、各国政府等から寄せられた回答を踏まえて作成された提案原案である「報告書V(2B)」の「A 1981年の職業上の安全及び健康に関する条約の議定書(案)」および「B 職業病一覧表および労災職業病の記録と届出に関する勧告(案)」の序文と各条文が、各々の質問番号と対応している関係である。みる限りでは、質問で述べられていた内容と提案原案の内容に大差はなさそうである。)

勧告の場合

質問番号12 勧告は、1981年の職業上の安全及び健康に関する条約・勧告、1985年の職業衛生機関に関する条約・勧告、及び1964年の業務災害給付条約・勧告に言及する序文を含むべきか?
【日本政府回答】はい。

質問番号13 序文は、その原因を確認し、予防措置を設定し、記録及び届出制度の調和化を促進し、並びに労働災害・職業病の事例の補償方法を改善するために、労働災害・職業病の記録及び届出手続を強化する必要性を考慮すべきか?
【日本政府回答】はい。

質問番号14 序文は、1964年の業務災害給付条約付表1の職業病一覧表を更新する必要性を考慮すべきか?
【日本政府回答】はい。

質問番号15 勧告は、提案する議定書の実施に際し、権限ある機関は、1996年の労働災害・職業病の記録及び届出に関する実施準則、及び将来国際労働事務局により設定される実施準則又は手引を当然考慮すべきであると規定するべきか?
【日本政府回答】いいえ。1996年の実施要領においては、業務災害・疾病の記録・通知の対象者を自営業者まで拡張することを求める記述があるが、ILOが定める議定書及び勧告書は、雇用労働者の保護を図ることを目的とすべきである。また、自営業者の安全衛生の確保を図り得るのは自営業者本人であり、自己責任に委ねるべきものと考える。

質問番号16 勧告は、1996年の実施基準付表Bの職業病一覧表を付表としてつけるべきか?
【日本政府回答】はい。

質問番号17 勧告は、権限ある機関は、国内の事情及び慣行に適する方法により、必要ならば段階的に、記録、届出及び補償のための国内の職業病一覧表が設定するべきであること、及び、以下の事項を規定するべきか?
(a)一覧表は、少なくとも、1964年の業務災害給付条約の付表1に掲げる疾病を含むべきである。
(b)一覧表は、可能な限り、本勧告に添付した職業病一覧表に含まれる他の疾病を含むべきである。
【日本政府回答】はい。(a)はい。(b)はい。

質問番号18 勧告は、添付する職業病一覧表は、専門家会合又は理事会が承認する他の手段を通じて、定期的に再検討され及び更新されるべきであること、並びに、更新された職業病一覧表は、国際労働機関の加盟国に通告され、以前の一覧表に代えると規定するべきか?
日本政府回答】はい。

質問番号19 勧告は、国内の職業病一覧表は、上記質問番号18により理事会によって最新化された一覧表にしたがって定期的に再検討され及び更新されるべきであると規定するべきか?
【日本政府回答】いいえ。第121号勧告6(3)との整合性を考え、「加盟国は、自国の職業病の表を定め、かつ、これを最新のものにしようとするときは、理事会によって最新化された別表を特に考慮すべきである。」と規定すべきである。

質問番号20 勧告は、理事会による職業病一覧表の定期的再検討及び更新に資するために、加盟国は、国内の職業病一覧表を設定又は改訂に関する情報をそれが利用可能になり次第速やかに、国際労働事務局に通知すべきであると規定するべきか?
【日本政府回答】はい。ただし、勧告は「…ILOに順次、報告を行い…」と規定するのではなく、「…ILOの要求に応じ…」と規定すべきである。

質問番号21 勧告は、加盟国は、統計の国際交換及び比較に資するために、労働災害・職業病、並びに適当な場合には危険事象及び通勤災害に関する包括的な統計を、毎年国際労働事務局に提供すべきであると規定するべきか?
【日本政府回答】はい。

特殊問題


質問番号22(1) 本質問書で検討されている(諸)国際基準を実際に適用するに際し、困難を生じさせそうな何らかの国内の法令及び慣行があるか?
(2)あるとすれば、その困難について述べ、対処方法に関する意見を示されたい。
【日本政府回答】

質問番号23 本質問書が取り上げていない、(諸)国際基準の草案において考慮すべき関連する他の問題があるか?
【日本政府回答】

わが国における「労災かくし」の実態と原因を適切に把握・分析していれば、ここでも「国際貢献」をする機会はあると考えるのだが…
なお、ここで登場する条約・勧告は、http://www.ilolex.ilo.ch:1567/english/index.htmで、「1996年の労働災害・職業病の記録及び届出に関する実施準則(Codes of Practice)」は、http://www.ilo.org/public/english/protection/safework/cops/english/download/e962083.pdfで入手できる。

報告システム改善の手がかり

後者の1996年のCodes of Practiceは、ILOが1994年に召集した専門家会議の成果物(出版は1996年)であるが、今回の議題の言わばたたき台とも言える意義を持つものである。
さいわい本年4月に、産業医科大学産業生態科学研究所監訳で日本語訳(『労働災害および職業性疾病の記録と通知一ILO行動指針ー』、労働調査会、2,800円)が発行されているので、ぜひ参考にしていただきたい。
なお、本誌の過去の関係記事一「ヨーロッパにおける職業病一認定、届出、補償の手続と条件」(2001年1・2月号)、「EU諸国の職業病リスト」(1996年3月号)、「筋骨格系疾患と人間工学基準」(2000年1・2月号)等も問題を考えるうえで参考になると思われる。
とくに、「ヨーロッパにおける職業病一認定、届出、補償の手続と条件」は、翻訳するなかで、「なぜこのような設問が出てくるのだろう?」「この設問はどういうことを意味しているのだろう?」と考えさせられることも多々あった。
例えば、職業病の届出を医師や保険機関が(も)行っている国があることを知っていれば、「議定書(案)」第4条(b)の、「適当な場合には、保健機関、職業衛生機関、医師その他直接関係のある機関が届け出るための措置」の意味もよく理解できる。

日本の場合でも、政府管掌健康保険を所管する機関である社会保険庁一社会保険事務所が、多数(新規労災保険受給者総数の約1割も)の「労災かくし」事例を発見していることを考えれば、健康保険を管轄する全機関に、掌握した労働災害・職業病と疑われる事例を届出ないし報告させれば、「労災かくし」対策の大きな一助になることは間違いない。
一歩進んで、本来労災保険から給付すべき(と考えられる)事例に対して健康保険から給付された場合に、健康保険を管轄する機関が労災保険に対して給付額を請求できるというルートを拓くことや、そもそも被災者や医療機関がトラブルを抱えることなしに給付は行われるようにしたうえで、健康保険と労災保険との間で調整がなされるような仕組みにする、ということも考えられるべきであろう。
「職業病の疑いのある疾病」を医師や保険機関等に届け出させるという仕組みも、いろいろな意味で報告システムの見直し論議を活性化させるだろう。「危険事象(dangerousoccurence)」や「小事故(incident)」の記録と届出、というアイディアも魅力的であるが、その場合の基準づくりや運用に一層の創意工夫が求められるだろう。

労災職業病記録の掲示

「議定書(案)」第4条(a)(ii)では、「労働者及びその代表に、記録制度に関する適当な情報を提供すること」を、使用者の責務として規定している。これは非常に重要なことである。
1年間に発生した労働災害・職業病について、事業所内に掲示してすべての労働者に知らせることを使用者に義務づけている国も多い。

この写真は、オーストラリアの「Safety billboard」の実例である。(労働組合のもの?)
この写真とは対照的に、日本の企業では、正門に「無災害記録○○○日」などと掲示されてている事例にしばしば出くわす。外国の方がこれを見たときの共通の反応は、「災害ゼロなどということはありえないのに、なぜ誰も信じないような内容の掲示をしているのか」、というものである。「これはunder reporting(労災隠し)の問題が存在している証拠だから、現状把握と対策を考えた方がよい」と、真剣にアドバイスしてくれる場合さえあるだろう。

労働災害・職業病に関する統計数字のとらえ方の姿勢からして、問題があるのである。
例えば、アメリカ労働省労働統計局が発表している2000年の労災職業病統計(http://www.bls.gov/iif/oshwc/osh/os/osnr0013.txt)を見ると、2000年には、約362,500件の職業病の新規報告件数(労働災害総数は約570万件)があったとしているが、この数字に以下のような注釈が付いている。

「本調査では、2000年中に認定され、診断され、及び報告された新規の労働関連疾患を測定している。いくつかの事情(例えば、発がん物質への曝露による潜伏期間の長い病気)が、しばしば職場と関連づけることを困難にし、適切に認定され、報告されない。潜伏期間の長い病気は、本調査の病気の測定において、実際より少なくなっているものと考えられる。対照的に、新規報告疾患の圧倒的多数は、職場での活動と直接関連づけやすいものである(例えば、接触性皮膚炎や手根管症候群)。」

「これらの記録は、その年の災害及び疾病の実例を反映しているだけでなく、現行の労働省の記録保存ガイドラインのもとにおいて、どの事例が労働関連のものであるかに関する使用者の理解をも反映するものである。さらに、いかなる年に報告された労働災害・職業病の件数であっても、(その時点の)経済活動、労働条件や労働慣行、労働者の経験やトレーニング、労働時間数のレベルの影響も受けている。」

アメリカ労働省労働統計局発表「2000年労災職業病統計」

アメリカの労働災害・職業病統計は、全数把握ではなく、サンプル調査から全国推計をするというやり方をしているところも日本とは異なるのだが、それにしても統計数字のとらえ方の姿勢の違いは著しい。
そのアメリカでは、労働災害・職業病に関する「記録保存」規則が改定され、本年1月から施行されている。参考のために、関係資料を訳出して別記事で紹介した。これについてのニューヨーク安全衛生委員会の批判記事も合わせてお読みいただきたい。

非科学的・精神主義的なア7ローチの転換が必要

昨年から今年にかけて数回、外国の方々を相手に、日本における「労災かくし」の問題を英語で話す機会があった。国ごとにシステムが全くといっていいほど異なるということを理解するにつれて、「労災かくし」の問題をどのように表現すれば相手に伝わるか?ということも大問題なのだが、それ以上に、この問題を考えるには、わが国の「安全文化」の問題にも踏み込まなければいけない、ということを痛感させられている。

すなわち、前述の「無災害記録○○○日」と掲示して恥じない状況を改めなければならないということだ。「ゼロ災」という考え方自体が非科学的であるばかりでなく、「ゼロ災運動」というかたちで展開される「精神主義的運動」が、「労災隠し」を温存・助長させている側面にメスを入れていく必要がある。
職場にはリスクは常にあるし、ヒトはミスをする一労働災害・職業病発生の可能性も常にある、そのことを踏まえて、問題をいかに迅速・正確に把握して、継続的な改善につなげていくのかということが、この問題の核心なのである。

こういう考え方は、「労働安全衛生マネジメントシステム」や「リスクマネジメント」といった、最新のアプローチとも共通した発想であり、その対極にあるのが「ゼロ災運動」に代表される非科学的・精神主義的アプローチなのだという点を、あらゆる機会を通じて訴えて行きたいと考えている。

安全センター情報2002年6月号