労働者が造船所を去るもう一つの理由 2022年8月5日 韓国の労災・安全衛生

造船業のリストラを契機に、多くの労働者が造船所を去った。一部は京畿道の半導体工場、蔚山・麗水・大山の石油化学産業団地、発電所といったプラント建設現場に向かった。それらが建設現場に向かった第一の理由は賃金だ。賃金が下げられた造船所に比べて、賃金水準が高いからだ。もう一つ重要な問題がある。安全管理だ。造船所からプラントに移って来た作業者たちも話をする。大多数が造船所に較べて、プラントで働く方が相対的に安全だと言う。賃金も賃金だが、怪我せずに、安全に働けるプラント現場の方がもう少し良いということだ。造船業や建設業の特性上、労災事故の規模と被害は極めて深刻だ。労災で作業が中止されれば金は稼げない。酷いときは、障害を負ったり、命を失うことまである。このため、安全な事業場を選ばざるを得ない。

造船所は製造業の事業場だ。しかし、産業の特性のため、建設業の安全基準を参考にすることが多い。船舶1隻の大きさが、普通の建築物よりも遙かに大きいからだ。しかし、法律上、造船業に対する明確な基準がない。最も基本的な安全管理費の計上基準だけでも、建設業のように、プロジェクトや進捗率に応じた計上の基準を提示することは難しい。造船業は、事業場の中で同時多発的に船舶の製作をするからだ。このため、建設業のような細かい規定がない。造船所の安全管理は建設業に較べて杜撰にならざるを得ない。

「重大災害処罰等に関する法律」(重大災害処罰法)が今年の1月27日から施行され、すべての造船所に安全管理を求めている。ある造船所は下請け労働者の連続労災死亡事故で、雇用労働部から作業中止まで受けた。このため、数千億ウォンの安全費用を投資するというマスコミ報道まで出た。しかし、現場で変わったことはないという声が出ている。安全教育は直営(元請け職員)と一部の一次下請けに辛うじて適用されるレベルだ。実際に仕事をする下請け労働者に対する教育は、形式的にしか行われていない。

火器・足場の下部・密閉空間の監視員、クレーン信号手といった安全補助人員の配置から正しく行われていない。それさえ、固定式クレーン設備にはクレーンの使用に関する教育を受けた人が配置されるが、その他の領域では、監視員に対する基本的な安全教育すらまともに行われていない。石油化学・半導体プラントの場合、火器・足場の下部・密閉空間の監視員、クレーン信号手に対して特別の安全教育を履修し、教育内容と関連した試験を通過してから現場に配置されている点と比較すると、深刻なレベルだ。

建設と造船所の最大の災害である墜落事故への対応も同じだ。足場作業時に足場が正しく設置されているかを検査し、使用許可のタグを付けていなけらば、作業ができないようにするべきである。しかし、造船所の現場では、きちんと守られていない。甚だしくは、余りにも多くの下請け業者が足場を設置するので、どの業者で設置したのかが把握しにくいといった状況も、たまに生じている。元請け会社が専門の安全監視要員を雇用し、足場の検査などの安全管理をしなかったり、表面に現れている部分だけを管理することによって生じる問題だ。

造船所も化学物質を扱う産業だ。船舶の塗装作業の時に有害な化学物質を使用する。保温(配管、設備等の温度を一定に維持させるため断熱材を付ける)の過程では、空気中の保温材のくずを吸入する問題がある。それでも物質安全保健資料(MSDS)についての教育は、きちんと行われていないケースが多い。当然、作業者は何かの化学物質にばく露していて、事故が発生した時の初期対応・職業病・有害性に対する情報が不足している状態で働かざるを得ない。

プラント産業群のように専門の安全管理者を雇用するよりも、他の部署で働いていた人を安全部署に配置する事例もある。いくら正規職が安全管理を引き受けているとしても、専門知識を備えていなければ無駄だ。当然、体系的な安全管理もうまくいっていない。

労災に対応する文化も後進的だ。例えば、某造船所でLPG切断機の使用中の爆発事故で作業者が死亡することがあった。事故が起きてから非常通路を設置したり、火気監視者を追加で配置したり、ガス類の保管方法が改善された。泥縄式のレベルだ。

造船所内の安全管理オンブズマン・システムも形式的だ。現場の作業者が危険な要素を見付けた時に、会社が作ったアプリに情報を提供しても、危険要素の情報を提供する写真を削除しろと言い、むしろ情報提供した下請け労働者に圧力をかけた事例がある。情報の提供を受ければ措置を執らなければならない。しかし形式的な安全管理だけをしていて、実際の人員の投入やフィードバックは全くない。こんなことでは、どんな労働者がもう少しでも造船所に居ようとするだろうか。

建設業にも再下請けの問題があるにはある。しかし、元請け会社は安全計画の樹立と管理・監督を行い、下請け業者が実務を引き受ける枠組みが整っている。また、各工程によって専門業者に下請けする基本的な形は整っている。しかし、造船所の下請けは人材供給しかしないのがほとんどだ。このため、いくら元請けが管理・監督を強化すると言っても、多段階下請け構造では安全教育と責任の所在が曖昧にならざるを得ない。マルチ商法の下請けに対する改善策も考えるべき領域だ。

造船所の低賃金問題が水面上に浮上した。しかし、賃金だけが上がってもダメだ。『死なずに働ける権利』が保障された現場であるべきだ。そうしなければ、造船所に労働者は戻ってこないだろう。

2022年8月5日 毎日労働ニュース ハ・イネ(安全管理労働者)

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