石綿禁止を実現した各国の経験を伝える IJERPH, Special Issue, 2017~2018

IJERPH(国際環境研究公衆衛生ジャーナル)は2017~18年に「アスベスト禁止に向けた公衆衛生活動の国の経験のグローバル・パノラマ」という特集を組んだ。
https://www.mdpi.com/journal/ijerph/special_issues/asbestos

「世界で50を超す国がアスベスト禁止を採用している。これらの諸国は、アスベスト使用社会からアスベスト非使用社会への移行を成し遂げた『国の経験』をもっている。これら諸国が学んだ経験は、(既存アスベストへの曝露の最小化と組み合わせた)アスベストの新たな使用を段階的に禁止する法的・規制的措置、アスベストを代替する工学技術や市場戦略、アスベスト関連疾患罹患者を診断、治療、補償する医療社会インフラ、並びに一般的注意喚起やアドボカシーの頂点から派生している。この特集は、アスベストをいまも使い続けてはいるもののアスベスト禁止のビジョンをもつ多くの諸国に移転することが可能な、国の経験及びリーダーシップやノウハウ、キャパシティ(「ソフトテクノロジー」)に関して学んだ経験のショーケースを示すことを目的にしている」と説明されている。
「アスベスト禁止の国の経験」としては、まだ禁止が実現できていないアメリカを含めて10か国・地域、それと直接関連しないものも含めて以下の14論文が関連している。オーストラリアのアスベスト調整諸機関首脳会議(HACA)の協力によって、各論文は無料でダウンロードできるようになっている。

① いかにしてカナダはアスベスト輸出からアスベスト禁止に変化したか:乗り越えなければならなかった課題

② 不十分な規制のなかでの国境を越えたダイナミクス:台湾のアスベスト禁止の取り組みと経験

③ アスベストの全面禁止の実現における日本の経験

④ 香港におけるアスベスト禁止の歴史

⑤ イタリアにおけるアスベスト禁止:重要なマイルストーンだが最終場面ではない

⑥ スウェーデンにおけるアスベスト禁止の物語1972~1986年-ほぼ全面禁止への道筋

⑦ ニュージーランドにおけるアスベスト禁止 1936~2016年、80年に及ぶ物語

⑧ 草の根の視点から見た韓国のアスベスト禁止:なぜそれが起こったのか?

⑨ オーストラリアの進行中のアスベストの遺産:ほぼ15年前のアスベスト全面禁止後でも残る大きな課題

⑩ アメリカ合衆国におけるアスベスト禁止に向けて

世界規模におけるアスベスト禁止及びアスベスト消費・生産の減少の経済的影響の傾向(2021年1・2月号)

⑫ アスベスト関連疾患の根絶に対する障害と促進要因-関係者の見方(未紹介)[厳密には特集に含まれていないが、IJERPHに掲載されたもので、前掲論文とも関連した、WHO欧州事務所の活動の成果である。]

⑬ ドイツにおけるアスベスト関連疾患:背景、政策、発症率、診断及び補償

グローバル・アスベスト・ディザスター(2018年11月号)

日本でも、クボタショックの後にアスベスト問題に関わるようになった人が多い中で、その前の禁止実現に至る経過を紹介することは意味があろう。論文③は、石綿対策全国連絡会議(BANJAN)事務局長でもある古谷杉郎・全国安全センター事務局長と元産業医大教授で、現在オーストラリアのシドニー大学アスベスト疾患研究所(ADRI)の高橋謙所長によるものである。

香港は全体的な経過が日本と似ていて、1987年設立のBANJANよりやや遅れて、1990年代に香港石綿禁用連盟(ノーモア・アスベスト・イン香港連盟)が設立されて、一定のアスベスト規制の実現が進んだうえに、その後も継続されたアスベスト全面禁止の早期実現を要求する草の根の運動との対抗関係のなかで事態が進展した。

香港の中心的な団体として、労災被害者団体である香港傷亡権益会(ARIAV)と香港工人健康中心(HKWHC)がある。両者の関係は、1990年代はじめには兄弟姉妹関係のようなものだったのだが、その後ライバルのようなかたちになりながらも、お互いに別のじん肺患者自助団体や労働組合等と連携しながら、しかし、アスベスト全面禁止の早期実現と被害者補償制度の改善という共通の目的に向けて相乗効果をもたらしたものと思われる。論文④はHKWHC関係者によるものである。

韓国と台湾については、日本のクボタショックの影響が非常に大きかった。

台湾では、労災被害者団体である台湾工作傷害受害人協会(TAVOI)が数は少ないがアスベスト被害者遺族の支援を行っていたが、禁止に向けてリーダーシップを発揮したのは大学の研究者らである。政府もクボタショックの影響を受けて検討を進めたが、論文②にもあるように、研究者らが国内の研究に加えて、海外情報も積極的に活用しながら政府に圧力を加えて、全面禁止を前倒しさせた。

韓国は、禁止の実施についてはどちらかというと、クボタショックの影響を受けた政府主導であったように思われる。むしろ、その後-2007年以降、被害者・家族や様々なアスベスト問題の掘り起こしを通じて、草の根の取り組みが一気に盛り上がり、2008年に全国石綿追放運動ネットワーク(BANKO)が結成され、また、環境省所管の石綿被害救済法や石綿安全管理法の制定にもつながった。ただし、強力な例外があり、ペク・ドミョン教授は国内での調査研究の裏付けももちつつ、公けの場や労働省の審議会等でも一貫した立場を表明し続けていた。論文⑧は同氏によるものである。

ちなみに、香港のARIAV・HKWHCと全国安全センターの出会いは1990年代初めにさかのぼる。ペク・ドミョン教授とARIAVの故チャン・カンホン総幹事は2つの世界アスベスト会議-GAC2000とGAC2004に参加、GAC2004には台湾TAVOIの代表も参加し、台湾の研究者らとはポール・ジョバン氏を通して連絡があって、2010年以降は直接的連携も強まっている。

今号での香港(論文④)を皮切りに、各国の経験を紹介していきたい。なお、香港・台湾・韓国を含めアジアにおける動向は、安全センター情報の以下のバックナンバーでも詳しく紹介している(主なもののみ)

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