世界規模におけるアスベスト禁止及びアスベスト消費・生産の減少の経済的影響の傾向 Lucy P. Allen, et al., IJERPH, 2018, 15, 531
抄録:いくつかの諸国はアスベスト消費を減少させたり、禁止を制定しているものの、他の諸国は、アスベスト関連死が増加し、関連する社会的費用が高くてさえも、アスベストの生産・消費を続けている。アスベスト生産・消費は世界的に減少し、禁止国の数は増え、諸国が消費を減らす速度は早まっている。国レベルのデータを用いてわれわれは、アスベストの生産・使用における歴史的変化の経済的影響を分析する。われわれは、アスベスト禁止制定後の国内総生産(GDP)の変化を比較する。われわれは、アスベスト禁止によるGDPに対する著しい影響を確認していない。地域ケーススタディでわれわれは、アスベスト生産の変化とともに、GDP及び雇用における変化を比較する。地域レベルのデータは、地方レベルでの一時的な雇用の減少とその後反転することを明らかにした。
1. はじめに
アスベストは、安価で耐久性があることから数世紀にわたって使用されてきた。歴史的にはアスベストは3千以上の異なる用途をもち、主として建材や広範囲の摩擦材製品に使用される。しかし、アスベストは、中皮腫、肺がんや石綿肺など、致死的な疾患の発症と結びつけられてきた。アスベスト使用の健康影響は、とりわけ個々人レベルにおいて、よく研究され、中皮腫発症率と以前のアスベストへの曝露との関連を示している。こうした健康影響は国レベルでも観察されてきた。2000年代初めのアスベスト関連疾患の死亡率は、1960年代の集中的なアスベスト使用と相互に関連付けられてきた-ある国による1960年代の人口1人当たりアスベスト消費量が多いほど、その国における2000年代初めのアスベスト関連疾患による死亡率が高い。また、(しばしば禁止の結果としての)国レベルでのアスベスト消費量の減少が、アスベスト関連疾患の率のそれ以後の減少を伴なうという証拠がますます増えている。アスベスト禁止を課した諸国は、禁止をしていない諸国よりもより迅速にアスベスト使用を減少させ、1970年から1985年の間におけるアスベスト使用量の変化は、1996年から2005年の間の年間中皮腫死亡率の変化の重要な予測因子であった。さらに、(同じ年齢で測定した場合)中皮腫の発症率は、禁止前に労働力人口に入った者よりも、禁止後に入ったグループのほうが相対的に低い。
アスベストの健康影響に関連した年間世界的医療費用の推計は、痛み、苦しみや福祉の損失を除外して、24~39億米ドルの範囲である。とりわけ、こうした推計は、石原肺などのがん以外のアスベスト関連疾患に関連した費用、アスベスト関連疾患による生命年または健康生活喪失年についての調整、またはアスベスト関連疾患による経済的負荷を含んでいない。WHOとILOは、アスベスト関連疾患を根絶するもっとも効果的な方法はすべての種類のアスベストの使用を禁止することであると勧告している。
諸国は1970年代に、部分的なアスベスト禁止によってアスベスト禁止を開始した。1980年代半ばまでに、諸国は全面禁止を制定しはじめ、2005年に欧州連合がその25の全加盟国によるアスベスト使用を全面的に禁止した。2013年までに67か国がアスベストの部分的または全面禁止を制定した。
アスベスト使用の健康影響はよく研究されてきたものの、アスベスト禁止の経済的影響や消費量/生産量の減少が研究されたことはほとんどない。わずかな研究者が、ある国について提案されたアスベスト禁止の潜在的経済的影響を推計しているものの、禁止が課された後の実際の経済的影響について書かれたことは少しだけである。禁止後に予想される潜在的な否定的影響には、アスベスト抽出産業における否定的な経済的影響、または、なおアスベスト含有製品を製造する近隣諸国の建設産業における競争が含まれる。
われわれはそれゆえ、歴史的なアスベスト禁止が、諸国をまたがった国レベルと、ある国についてのケーススタディにおける地域レベルの双方で、それら諸国に対して何らかの否定的な経済的影響を与えたかどうかを分析した。
2. 材料及び方法
諸国による経時的なアスベスト生産量・消費量を評価するために、われわれは米連邦地質調査所(USGS)による1995年から2013年の年間アスベスト生産量・消費量に関するデータを入手した。USGSデータは、1970年代を通じて10年ごと、1970年から1995年の5年ごと、及び1995年からは毎年の各国の生産量/消費量を報告している。同じデータは、諸国をまたがった歴史的アスベスト消費量の研究をする他の研究者らによって信頼されてきた。われわれは、歴史的に25万トン超のアスベストを消費した諸国を確認し、アスベストから移行し終わった諸国についてわれわれは、消費量のピークからピーク時の25%の消費量になるまでの年数を具体的に定量化するとともに、この移行時間が経時的にどのように変化したか評価して、アスベスト消費から移行するのにかかった時間を評価した。アスベストを使用し続けている諸国、及び、消費量がまだピークに達していないか、またはピーク時の消費量の25%にまで減少していない諸国について調整するために、われわれは、ピークに達した年に対して、いずれかの所与の年にピーク時の消費量の25%まで消費量が減少する可能性をテストして、コックス比例ハザードモデルを実行した。
禁止を成立させた諸国を確認するために、われわれは、何らかの種類のアスベスト禁止をしている67か国について、国別の全面及び部分的禁止のリストを提供している、アスベスト禁止国際書記局(IBAS)からデータを入手した。
アスベスト生産量・消費量の変化の経済活動に対する影響を定量化するために、われわれは、国連から、2005年の米ドルによる生産・消費国についての国内総生産(GDP)及び人口1人当たりGDPに関するデータを入手した。とりわけ、われわれは、禁止が経済活動に何らかの影響を伴なったかどうか評価するために、禁止諸国を用いて、差分の差分アプローチを適用した計量経済学的分析を行った。データの制約のために、この分析は国レベルに限定された。モデルは以下のように規定される。
生産減少の潜在的な経済的影響の地域的ケーススタディを実施するために、われわれは、カナダ統計局から、国、州及び地方レベルにおけるGDP、人口及び雇用に関するデータを入手した。主としてケベック州に集中したカナダにおけるアスベスト生産は、1970年に150万トンでピークに達した。2000年までに生産量は30万トンに減少し、2011年に最後の2鉱山が閉鎖されるまで減少し続けた。2012年に州政府は、「アスベスト採掘地域の経済的多様性」に資金を投資する計画を発表した。鉱山閉鎖の地域的影響を評価するため、カナダのアスベスト生産の大部分がケベック1州だけに集中していたことから、われわれは、鉱山が閉鎖される前後におけるケベックにおける人口1人当たりGDP成長の変化を、カナダの残りの部分における人口1人当たりGDP成長の変化と比較した。加えて、カナダの雇用データはより地方レベルで、鉱山が所在していたケベック内の2つの地域、エストリー及びショディエール-アパラッシュについて入手可能だった。これら地域について、われわれは、鉱山閉鎖後の雇用レベルの変化を評価した。
3. 結果
図1は、消費量が次第に増加し、ピークに達して、その後減少したサンプル諸国について、個々の消費パターンを示している。図2は、過去にアスベストの使用国であった38か国について、アスベスト消費量がピークに達した年を、各国がアスベスト使用から移行するのにかかった年数(すなわち、消費量がピークに達した年と消費量がピーク時の25%に減少した年との間の年数)とともに、示している。アスベストから移行した諸国については、消費量がピークに達した年とピーク時の消費量の25%になったときまでの時間は、時とともに減少している。
図2に観られる負の傾向は、まだピーク時の消費量の25%未満まで減少していない現消費国を考慮していないことである。現消費国とすでにアスベストから移行した諸国を含めると、いずれかの所与の年にピーク時の消費量の25%まで消費量が減少する可能性は、ある国の消費量がピークに達した後の各年について4.1%増加し、消費量における減少が増加する可能性は統計的に有意であった。表1は、ある国についてピ-クからピークの25%未満までの時間に関係したコックス比例ハザードモデルの結果を示している。われわれは統計的に有意な影響を見出した(p=0.025)。われわれは、このモデルの基礎になっている比例ハザード仮定を統計的に検証して、仮定は成り立たないという帰無仮説を否定できなかった(p=0.196)。
図2は、アスベスト禁止の実施対GDP成長に関係した差分の差分モデルの結果を含んでいる。このモデルは、アスベスト禁止のGDP成長に対する統計的に有意な影響はないことを示している。表2のコラム1は、サンプルとしてわれわれのデータセットでアスベストを消費している諸国を用いた、メインの差分の差分モデルを示している。このモデルには、国と年固定影響及びtの時点においてi国がアスベスト禁止を実施しているかどうかを示すダミー変数を含んでいる。表2はまた、tの時点におけるi国のアスベスト消費量についてのコントロールを含むもの(コラム2)と、別のtの時点におけるi国のアスベスト清算量についてのコントロールを含むもの(コラム2)の、2つの追加的仕様を含んでいる。全体的に、われわれは、禁止のGDP成長に対する優意な影響はなかったことを見出した。
この国横断分析をこえて、われわれは、地域的ケーススタディも検討した。この分析のなかでわれわれは、ケベック州において、鉱山閉鎖後におけるGDPに対する否定的影響を観察しなかった(図3参照)。しかし、鉱山の閉鎖を受けて、鉱山が所在していた各地域の総雇用は、エストリー地域で雇用される者が156,000人から147,000人(雇用率(人口100人当たり雇用者数)が59.5%から55.6%))へ、及び、ショディエール-アパラッシュで雇用される者が226,000人から約219,000人(雇用率が65.6%から63.4%))へ低下した。同様の現象はケベックの残りの部分では生じなかった。しかし、2年以内に、両地域における雇用レベルは閉鎖前のレベルに戻った(図4参照)。
4. 討論
アスベストの国際市場は、販売量と参加国の双方に関して、縮小してきた。世界規模の年間生産量・消費量は、1980年代の約480万トンのピーク以降、減少してきた。2000年までにアスベストの年間生産量・消費量は約200万トンまで下降し、その後過去10年間とどまってきた。この同じ期間にアスベストを生産・消費する国の数はより集中されてきた。1980年には20か国がアスベストを生産し、90か国がこの鉱物を消費した。2013年までにアスベスト生産国は6か国(ロシア連邦、中国、ブラジル、カザフスタン、インド及びアルゼンチン)に減少し、最初の4か国が年間アスベスト生産量の99%を占めた。アスベスト消費国は25か国に減少し、10か国(中国、ロシア連邦、インド、ブラジル、タイ、カザクスタン、インドネシア、ベトナム、ウズベキスタン及びトルクメニスタン)が年間消費量の90%、最初の3か国だけで年間消費量の60%を占めた。
各国の経時的な消費パターンを検討すると、もはやアスベストを消費していない諸国をまたがって、ピークに達するまで徐々に成長した後減少するという、同様のパターンを示している。このパターンは異なる時期に、異なる国で生じてきた。イギリスでは1960年代、ハンガリーとドイツでは1980年代、韓国では1990年代半ばに、アスベスト消費量がピークに達した。
諸国がアスベストから移行するためにかかる時間は、近年短縮しているように見える。例えば、1960年に消費量がピークに達したイギリスは、アスベスト使用から移行するのに25年間かかった。1980年にピークに達したハンガリーは、アスベストから移行するのに25年かかったのに対して、1995年にピークに達したチリは、4年だった。より最近にアスベスト消費量がピークに達した諸国は、たとえ現消費国であったとしても、平均してアスベストから移行するのにかかった時間はより短い。使用のピークが遅いほど、諸国はアスベストから移行しつつある。諸国がアスベスト使用から移行するスピードが速くなっていることは、アスベスト産業の縮小のペースも上がっているかもしれないことを示唆している。
すでにアスベストを禁止した諸国については、禁止の結果としてGDPに統計的に有意な影響を観ることはなかったが、部分的にはアスベスト生産及び/または消費が概して国レベルで重要な部門ではなかったことから、影響を検出するこの国レベルの分析の力は限られている、例えば、(アスベストがその一側面である)採掘・公共事業部門は、イタリアでは、アスベスト禁止前にGDPのわずか3%を占めるだけだった。結果的に、国レベルの分析は、特定の経済または地域社会に対しては大きな影響を隠してしまっているかもしれない。しかし、同様にアスベストが現アスベスト消費国の経済の大きな部分ではないかもしれないという点で、現消費国もまたアスベスト禁止を選択した場合には、こうした結果はなお国の経済に対する影響の可能性についての洞察を提供しているかもしれない。
地域レベルでは、アスベスト生産の終了は州のGDPに対して影響はもたず、雇用影響は一時的であったものの、鋼材閉鎖後のそれら地域における雇用の増加の背景にある推進力については、われわれは調べなかった。地方レベルではデータが限られており、特定の地域社会に対する禁止の効果に影響を及ぼした可能性のあるすべての要因を観察・管理するのを困難にしている。それゆえ、人口変化/移住または政府の介入が、カナダの各地域の回復に役割を果たしたかどうかはわからない。ダ・シルヴァは、影響を受けた地域において潜在的に負の影響が、ノンアスベスト、繊維セメント産業またはアスベスト除去業など、他の産業の発展を含め、公共政策を通じて緩和されたかもしれないという仮説を立てている。政府の活動が雇用の減少の緩和を助けたかもしれないという点で、(もし実施されたとして)そのような戦略の理解は、他の諸国がアスベスト禁止を検討するうえで役立つだろう。結果的に、より地方レベルで観察できるかもしれない費用を確認・定量化するためには、さらなる研究が必要かもしれない。そのような研究は、諸国が、生産量・消費量の減少によるなんらかの短期間の地方的影響に対処する地域的政策を確認及び的をしぼるのに役立つだろう。
今日もアスベストを生産・消費し続けている諸国は、是正・除去費用や、いくつかの諸国については著しい訴訟費用を含めた、補償費用など、相当の健康費用に加えて、他の諸費用も経験しているかもしれない。訴訟を通じてアスベスト関連疾患の補償が生じる程度は、各国における訴訟環境に拠っていそうである。こうした費用に関するデータは、いまもアスベストを試用している諸国については容易に入手することはできない。しかし、1960年代初めから現在までの世界規模のアスベスト消費量の比較に基づいて、現消費国の合計アスベスト消費量は、歴史的費用に関するデータが入手できる国であるアメリカ合衆国によって消費されたアスベストの合計量を超えている。現消費国は、アメリカ合衆国が過去数十年間に使用したアスベストの2倍以上をすでに使用している。研究は、アメリカ合衆国の過去のアスベスト使用の費用が年間数十億ドルと推計している。とりわけ、アメリカ合衆国における中皮腫による年間医療費は19億米ドルと推計され、年間是正費用は約30億米ドルと推計されており、関連する生産性損失を推計する前に合わせて約50億米ドルになる。補償関連費用の代用である、アメリカ合衆国における訴訟費用は毎年23億米ドルと推計されてきた。アメリカなど、かつてのアスベスト消費国の経験はスケールの高い方の先端かもしれないが、控えめな外挿であってもなお、アスベストの消費・生産の継続が、除去・廃棄物処理費用や潜在的な訴訟・補償費用を含め、相当の医療・是正費用につながりそうであるという予想につながるだろう。労働力参加の喪失や税収入の減少など、間接的経済費用は、上述した費用推計に反映されていない追加的費用を示している。
5. 結論
アスベストの国際市場は、たとえ現消費国を含めたとしても、縮小しつつあり、諸国が消費量を減らすスピードは上がりつつある。諸国はアスベストから移行してきたが、われわれは、国レベルのデータを用いて、禁止の制定による観察可能な負の経済的影響をみいださなかった。現消費国の経済においてアスベストは同様に小さいシェアしかもたないという点で、同様の禁止が国レベルで大きな影響をもつとは予測できない。関連する地域レベルのデータが入手できた場合に、われわれは、アスベストの消費または生産における減少による地方レベルにおける持続的な影響を観察しなかった。アスベストからの移行が観察可能で持続的な負の経済的影響をもたなかったのに対して、アスベストの使用継続は、保健費用、是正/除去費用や潜在的訴訟費用を含め、相当の費用につながることが予測されている。
※原文:https://www.mdpi.com/1660-4601/15/3/531
※本論文は、2016年5月18-19日にドイツ・ボンで開催された世界保健機関欧州地域事務所会議「環境・職業要因の経済的費用と健康影響の評価:アスベストの経済的側面」で最初に発表された研究に基づくものである。
別途、より詳しい報告書が世界保健機関欧州地域事務所から『アスベスト:禁止と生産・消費の減少の経済的評価』として出版されている。
https://www.euro.who.int/en/publications/abstracts/asbestos-economic-assessment-of-bans-and-declining-production-and-consumption-2017