石綿曝露-四国電力アスベスト中皮腫労災死事件/ 第1部-第5章 鈴木康之亮教授-ニューヨークから来た老病理学者

第1部 あとを継ぐ者たちのドラマ

第5章 ニューヨークから来た老病理学者

平成11年3月15日午前10時、鈴木康之亮(すずきやすのすけ)はニューヨークのケネデイ空港発ユナイテッド航空801便に搭乗した。成田を経由して16日、夜の8時に松山に着く。

藤田弁護士が出迎えて道後の「かんぽの宿」に入った。

ネイビーブルーのブレザーに包まれたその体格は、70歳の同輩者としては飛び抜けて大きく、現在の日本人の中に入っても恰幅の良い大柄な人である。慶応大学医学部で学んだ後、しばらく国内の勤務医を勤め、1966年、37歳でアメリカに渡って33年の年月が流れている。国籍は日本だが、今は永久ビザを取得しすっかりアメリカ暮らしである。ホワイトシャツに赤いネクタイを締め、ブレザーの下に濃いグレーのカーディガンを着込んでいる。七三に分けた髪は四角い色白の額に少しかかり、すべて美しい白髪である。眼鏡を掛けていない目が柔和で温厚そうな表情をのぞかせている。

「小生、年齢と持病のため食事とアルコールを制限しているので余り歓待はしないように」

という手紙を貰っていたので藤田弁護士はいくらか話をした後で別れた。

17日は「休息と裁判所の証言のための自習と勉強」に充て独りで過ごし、18日は藤田弁護士、横浜から駆けつけた森田弁護士と三人で裁判の証言の最後の打ち合わせをした。

はじめて来た松山には五泊することになる。

平成11年(1999)3月19日午前、第21回口頭弁論がいよいよ始まった。

事件番号平成五年(ワ)第七四八号、証人氏名、鈴木康之亮(すずきやすのすけ)、で法廷が開かれた。

この証言が訴訟全体の行方を左右するという予感と期待で傍聴席は満席であった。裁判の膠着と長期化、局面的にはあきらかに原告側の八方ふさがり情況の中で開廷された。

原告代理人(藤田育子)甲第三二号証ないし同第四〇号証の二を示す。

藤田 これらの書証は、証人が、この尋問のために準備された書類ということで間違いございませんか。

鈴木 間違いございません。

藤田 まず、証人の現職をお尋ねしたいんですけれども。

鈴木 私は、現在、アメリカ合衆国ニューヨーク市にありますマウントサイナイ医科大学で、環境医学および病理学の教授をしております。

藤田 甲第三三号証の履歴書を示します。証人の経歴、それから主な研究テーマ、顕彰・役職、所属学術団体、職歴および今までに書かれた論文については、この履歴書に書かれたとおりですか。

鈴木 そのとおりです。

藤田 これを見ますと、マウントサイナイ医科大学に1966年から1973年までと、1975年から現在まで勤めておられるということのようですけども、それで間違いございませんか。

鈴木 ええ。それ以外に、1961年から1962年まで第二年目の米国のナショナル医員室というところで、国立公衆衛生院のフェローとして、マウントサイナイで一年間、過ごしております。

藤田 マウントサイナイ医科大学では、どういう研究に従事してこられたんでしようか。

鈴木 1966年から1973年までは、二つの分野において仕事をしてまいりました。一つは腎臓の病理学です。これは、私が日本で医者になって以来続けておりました研究テーマです。それと、もう一つは、石綿に関連した疾病の病理学の研究を行ってまいりました。

藤田 1975年以降は、いかがですか。

鈴木 1975年に、もう一度マウントサイナイに呼び戻されたわけですけれども、1975年から今日まで、石綿関連疾患の病理学の仕事に従事してきました。

藤田 マウントサイナイ医科大学で、鈴木先生が指導を受けられた主な先生方を挙げていただけますか。

鈴木 二人、挙げることができると思います。一人は、ドクタージェイコブ・チャーグ (Jacob Churg)、この方は、非常に有名な病理学者です。二つの部門で有名です。一つは腎臓の病理学、もう一つは、石綿関連疾患の病理学です。この方が一人です。で、もう一人、大事な先生がおります。その人の名前は、ドクターアービング・J・セリコフ教授(Irving J. Selikoff)です。ドクターセリコフは、石綿関連疾患では世界の第一人者だった方です。残念ながら、1992年に病気で亡くなりました。

藤田 セリコフ博士が亡くなるまでは、そのセリコフ博士の指導の下で、ずっとその石綿関連疾患の研究をされてきたわけですか。

鈴木 そういう表現もできますけども、それよりもう少し適切な表現は、ドクターセリコフは、内科のお医者さんであって、疫学者なんです、専門は。私は病理学者です。むしろ、私はドクターセリコフの膨大な疫学の仕事、つまり、17,800人の石綿絶縁体労働者の疫学研究の、個々の例についての病理診断をつけるように、彼から命ぜられました。その仕事に、私の主な研究テーマを、1975年以降続けてきたわけです。現在でも、セリコフが亡くなった後も続けております。

藤田 それから、役職の欄で、甲第三三号証の二の訳文のほうですが、「ラマッチニ賞」というのが、一番上にございますね。

鈴木 はい。

藤田 これは、どういうことで顕彰を受けられたんでしようか。

鈴木 ラマッチニ賞というのは、これは国際賞なんですけども、環境科学に貢献のあった人に与えられる国際賞です。ラマッチニという、イタリアの一七世紀の末に職業病の元祖になったラマッチニという人で、その人の名前を記念して作った賞です。

藤田 それと、その二つ下に、「癌・白血病Bグループ悪性中皮腫小委員会顧問」という役職に就かれたことがあるということですね。

鈴木 はい。

藤田 これは、どういうことをされる職ですか。

鈴木 癌・白血病Bグループというのは、アメリカの国立癌研究所が財政的に支援してる研究グループで、特に私の場合は、その癌・白血病グループの中には幾つかの分科会があるんですけども、私の属しておりましたのは悪性中皮腫病理の小委員会です。そこに、1985年から97年まで10年以上にわたって、この委員をしておりました。

藤田 その委員は、何人ぐらいいらっしゃるんですか。

鈴木 3名です。

藤田 それから論文については、今回翻訳は付けてないんですけれども、今年の1月20日現在で、153本の論文を発表されてるということですね。

鈴木 ええ、そのとおりです。

藤田 この中で、石綿関連疾患に関する論文というのは、何本ぐらいございますか。

鈴木 おおよその数ですけども、大体120ぐらいだと思います。

藤田 そのぐらいの数の論文を発表されているというのは、そのアメリカの専門家の中では、多いほうなんでしょうか。

鈴木 多くないと思います。少ないと思います。

藤田 それでは、石綿関連疾患の病理診断の経験についてお尋ねしたいんですけれども、先ほどお示ししました甲第三二号証の尋問要旨を示します。この2というところに、時期、件数については、1975年3月ごろから1997年12月末までに、約4400例の症例を検索されたというふうに書かれてあるんですけれども、それで間違いございませんか。

鈴木 間違いございません。

藤田 これは、どういう形で、そういう症例を見るようになられたんでしようか。

鈴木 先ほど申しましたように、1975年にドクターセリコフの膨大な疫学の仕事に組み入れられたということ。これが大きなモーメント、契機ですね。

藤田 そしたら、マウントサイナイの研究室で見られたということですか。

鈴木 そのとおりです。つまりセリコフ教授は、先ほど申しましたように内科医で疫学者ですけども、病理診断学という非常に思い切った、死亡診断書だけじゃなくて、病理診断で診断を確認しなさいと。そうしないと、本当の意味の疫学の仕事ができませんと、信用にかかわるからですね。それで、私は、セリコフ教授によってその仕事を与えられたんです。

藤田 そうすると、研究生活の中でも、日常的にそういう症例をずっと見てこられたということですね。

鈴木 はい。

藤田 その中で、悪性中皮腫の症例の数が、大体どのくらい見られたという御記憶、ございますか。

鈴木 それは、今申しましたドクターセリコフの疫学の仕事。それから、先ほど申しましたアメリカの癌と白血病の研究会。それ以外に、お医者さんから来る相談を受けるケース。それから、ロイヤル。ロイヤルというのは、弁護士から見てくれという依頼が来るケース。それらも全部含めて、1500例以上になります、現在までに。

藤田 それから、同じく、その甲第三二号証の尋問要旨の②のところに、「アメリカの裁判への関わり」ということで、これまでアメリカの裁判にどういうことでかかわってこられたかということを書いていただいてるんですけれども、証人として出廷されたのが、1980年代初期から現在までで、1年に二、三回ということですね。

鈴木 はい。

藤田 そうすると、延べにしますと今まで裁判所で約何件ぐらい。

鈴木 約50回ぐらいだと思います。

藤田 それは、証人としてということですか。

鈴木 そのとおりです。専門家としてです。

藤田 例えばですね、裁判所のほうから、こういうものについて専門家として意見を書いてほしいという鑑定の依頼を受けて、鑑定書を提出したとか、そういう経験はございませんか。

鈴木 そういう経験はありません。というのは、そういうシステム、私はないと思います、アメリカでは。

藤田 アメリカでは、じゃ裁判所からお願いして専門家に鑑定をお願いするということは、先生が知っていらっしゃる限りではないと。

鈴木 ありません。

藤田 それじゃ、原告、被告側からの依頼でということですか。

鈴木 そのとおりです。

藤田 裁判以外、まあ裁判までにならない事案で、法廷外で専門家としてかかわられたという経験はございますか。

鈴木 ございます。

藤田 そういうのはどういうもので、何件くらい経験されてますか。

鈴木 まあ、正確な数は記録しておりませんけども、例えばですね、例えば先ほど申しました弁護士からケースが来ます。そして、私自身がリポート、報告書を書き上げますですね。そのケースが、法廷まで争わないで和解するケースがかなりあるわけです。そういうものは、つまり法廷に出て証言するケースに入らないんです。

藤田 そういう形で意見を述べられたりしたことはあるということですね。

鈴木 はい。

藤田 甲第二九号証および同第三一号証を示す。

それで、今回裁判所に、先生の意見書を二通提出しているんですけれども甲第二九号証の意見書、それから、甲第三一号証の追加意見書、これは、いずれも先生が作成されたものに間違いごさいませんか。

鈴木 間違いございません。

藤田 この意見書を作成するに当たって、先生が用いられた資料を確認させていただきたいんですが、どういう資料に基づいて、この意見書を作成されたわけでしょうか。

鈴木 はい。病理材料とそれに関するドキュメント、つまり、書類は藤田先生から私に送られたものです。その内容は、病理の報告書および病理材料。病理材料というのは、176枚の病理組織標本。それから、29個のパラフィンブロック。それから45枚の35ミリのスライドがございます。こういうものと、それから北川教授の鑑定書とその参考資料、および河本、田代両弁護士による被告準備書面(五)、それから、大路、釣場両氏による陳述書が送られ、それを検討いたしました。

藤田 甲第八号証を示す。

先生が、今資料に使われたとおっしゃった病理解剖報告書というのは、この病理解剖記録と題されている書類で間違いございませんか。

鈴木 間違いございません。

藤田 石綿に関して、基本的な知識を確認させていただきたいのですが、先生が、今回尋問のために作っていただいたメモの中で、甲第三四号証を示します。「石綿とは何か」というところから項目挙げて書いておられるんですが、まず石綿とは何かということを簡単に説明していただけませんでしょうか。

鈴木 はい。石綿というのは、これは鉱物繊維です。鉱物繊維でありますが非常に強い絶縁性、あるいは耐熱性および耐火性が強く、かつ耐久性が非常に強い、とそういう性質を持っています。そのために、今日まで産業界で広く使われてきたものです。

藤田 この石綿繊維の与える生物学的特質を挙げるとすれば、どういうところがありますか。

鈴木 大別して二つの特質がございます。一つは石綿によって曝露された場所の組織の線維化(せんいか)、あるいは瘢痕化(はんこんか)が起こるということです。引きつれが起こるということです。それと二番目に大事な作用というのは、これは癌を引き起こす発癌作用があります。

藤田 それで、石綿繊維によって引き起こされる疾病なんですけれども、これはどういうものが挙げられますか。

鈴木 まず、第一の組織の瘢痕化を引き起こす代表的な病気は石綿肺、つまり肺にびまん性の瘢痕化を起こす、これが一番大事です。それから、その瘢痕化は、肺のみにとどまらず、胸膜に及びます。これを胸膜の線維症といいます。その胸膜の線維症の中で非常に特異的なものは、胸膜の肥厚斑と呼ばれるもので、この肥厚斑というのは、非常に特徴的な形をしております。肉眼的にも、あるいは顕微鏡の下でも非常に特徴的な形態を示すので、石綿曝露のマーカーとして考えられております。それから癌、発癌に関するものとしては、まず代表的なものとして、二つ挙げられます。一つは、肺癌です。二番目には、悪性の中皮腫です。それ以外に、統計的に喉頭の癌、あるいは口腔の癌、消化器の癌にもこの石綿の労働者には、石綿によってこういう癌が統計学的には多数見られる、そういう報告がございます。しかし、代表的な癌は二つ、肺癌と悪性中皮腫です。

藤田 甲第三五号証を示す。

その「悪性中皮腫病理診断の基準」というものは、先生が書かれたものですね。

鈴木 ええ。

藤田 今回先生の意見書では、上甲一郎氏の死因に関しまして、結論的には左胸膜原発の悪性びまん性中皮腫、というふうに結論づけておられるわけですけれども、まず悪性中皮腫を病理診断する場合、これは、非常に難しいということを先生の意見書の中でもおっしゃってますが、どういう基準に基づいて、その診断をされるんでしようか。それの順番に従って、御説明いただいたらと思うんですが。

鈴木 はい。第一番は、肉眼像です。肉眼像というのは目で見た腫瘍組織の形、あるいは目で見た腫瘍組織の広がり方、こういうものを肉眼像というわけです。で、肉眼像が悪性中皮腫のそれと似ているかどうかということを調べるのが肉眼像です。

二番目は、組織学と申しまして、顕微鏡の下で、つまり顕微鏡を使いまして、腫瘍組織あるいは腫瘍細胞の形を調べまして、これらの組織、あるいは細胞が、悪性中皮腫のそれらと類似してるかどうかということを調べる、そういう方法です。それが組織学的な診断です。

三番目が、組織化学といわれる方法です。悪性中皮細胞に特徴的に出てくる化学物質があるかないか。あるいは、悪性中皮細胞にはまず出てこないそういう物質が、調べてる細胞の中にあるのかないのか。つまりポジティブとネガティブのサインを組織化学という方法によって調べる方法です。通常、酵素を使って調べます。

四番目に、免疫細胞化学、これは最も新しいアプローチの仕方です。ここ七、八年の間に急激に発表されてきた、つまり利用されてきた方法です。これは免疫、すなわち抗原抗体反応を使って、悪性中皮腫に特異的な、あるいは非常に特徴的な化学物質があるかないか。あるいは、今申しました抗原抗体反応を使いまして、悪性中皮腫には絶対出てこない物質があったのかなかったのかということ。つまり、これも同じようにですね、ポジティブ、陽性と陰性の両方の調べ方をして悪性中皮腫の診断をつける、そういう方法です。

で、最後の方法は微細構造といいまして、これは腫瘍細胞を電子顕微鏡の下で観察するわけです。そして観察された腫瘍細胞の微細構造が、悪性腫瘍細胞のそれと似ているか似ていないかということを調べます。こういう方法です。

以上、五つの方法があります。

藤田 そういう五つの方法を使って、それを総合的に判断して結論を出されたということでしょうか。

鈴木 現在ではですね、非常に残念ながら唯一、ただ一つで絶対的に信憑性のあるという、そういう診断学上のマーカーは、悪性中皮腫にはないんです。一番いい方法というのは総合的によく調べて、そして総合的に判断した上で結論づけることがベストのものです。

藤田 今日先生に資料として、愛媛大学の病理解剖された吉田愛知先生の病理解剖記録を見ていただきましたが、この病理解剖記録を見る限り、吉田先生が悪性中皮腫の判断にあたってどういう検査をされたかということは、お分かりになりましたでしょうか。

鈴木 はい。私の判断したところでは一番の肉眼像と二番の組織学、この二つの方法を使って調べられたと思います。

藤田 それから北川教授による鑑定書、これも見ていただいたわけですけれども、鑑定から現れる限りにおいて、どういう検査をされたかということはお分かりになりますか。

鈴木 北川教授の診断のアプローチとしては、一番の肉眼像と二番の組織学と四番の免疫細胞化学、この三つの方法を使われたと思います。

藤田 今回先生が意見書を作成するに当たって行われた検査は、どうだったんですか。

鈴木 私の調べたアプローチとしては、五番の微細構造を除いて一~四、肉眼像、組織学、組織化学、および免疫細胞化学、この四つの方法をできるだけ詳しく調べました。

藤田 その五の微細構造の検査というのをされないというのは、どういう理由からですか。

鈴木 ええ。それは、つまり電子顕微鏡的に細胞の細かいところを見るには、材料が新鮮でなければならないわけです。それは絶対条件なんです。で、残念ながら上甲さんのケースでは、新鮮な材料を採って、電子顕微鏡の検索用の材料を採ることができなかったんですね、最初の時点で。ですからこれは不可能でした。

藤田 それでは先生が実際に行われた検査を、具体的にお聞きしたいんですけれども、まず、その肉眼像ですね。これは何を見て判断されたということになりますか。

鈴木 悪性中皮腫の肉眼像で最も大事な点というのは、腫瘍組織です。腫瘍組織が、胸膜。胸膜というのは、胸壁の、壁を覆ってる膜。それから、もう一つはですね、肺の表面を、横隔膜の表面をずうっと覆ってる、ちょうど紙のような膜なんですけれども、それを胸膜というんですけれども、胸膜に沿って腫瘍がびまん性に広がっている。

藤田 びまん性という言葉なんですけれども、注釈にも付けておりますが、説明していただければと思いますが。

鈴木 はい。びまん性というのはですね、局在性の反対の言葉なんです。つまりびまん性というのは、ひろく広がっていくということなんです。腫瘍組織がある解剖学的な単位、例えば、ここでは胸膜という膜がありますと、その膜の上にびまん性に広がっていく。これをびまん性といいます。びまん性というのは、非常に広がりを多く持った、そういう広がり方をしているという意味、これがびまん性です。

藤田 そういう肉眼像というのは、今回の資料の中では、先生は何を見て御判断になったわけでしょうか。

鈴木 私自身が解剖したんじゃありませんから、本例では。一つの方法、その唯一の方法というのは、解剖所見にある肉眼像を、よく調べるわけです。

藤田 甲第八号証の病理解剖記録を示します。

この病理解剖記録を御覧になって判断されたということですか。

鈴木 そのとおりです。特に第一面の最初の記載。「胸腔、胸膜に高度の浸潤を示す悪性腫瘍」という言葉がありますね。それと、第二面に「胸腔および肺」の項目で、「左胸腔は血液を混じる壊死物質で充満。変性壊死の著しいtumor 」、腫瘍が「胸膜~胸壁に浸潤増殖を示し」とありますね。それから、最後のところに、「心嚢(しんのう)横隔膜」、先ほど申しましたように横隔膜もその広がりの一部になっているわけです。それから、隣の臓器の心嚢という心臓を覆ってる袋がありますけども、これは解剖学的に、胸膜に非常に接してるわけです。ここにも腫瘍が浸潤している。非常に広範囲に腫瘍組織が広がってる。これは、びまん性の増殖を示す悪性腫瘍で、これは悪性中皮腫によく見られるわけです。

藤田 今回のケースのように、先生が解剖されたわけじゃなくてですね、病理解剖記録というふうな報告書を見て肉眼像を判断されるということは、よくあることなんですか。

鈴木 ええ。それはもう。本人が解剖しない限り肉眼像はですね、解剖例であれば解剖所見の肉眼像をよく調べること、あるいはですね、そのケースが手術例である場合は外科医の書いた報告書がありますから、それを丹念に調べることです。外科医の目で腫瘍がどうなっていたかということを調べるわけです。そこに、やはり先ほど申しましたびまん性のサインがあれば、これは肉眼像としてはですね、悪性中皮腫を支持するものであるという解釈をするわけです。

藤田 じゃ、これまで悪性中皮腫の症例を1,500例ぐらい見てこられたということですけれども、その中でもそういう病理解剖記録だとか、それ以外のものを見られて判断された例というのも、かなりたくさんあるわけですか。

鈴木 まず、それを調べますですね。解剖例であれば解剖所見、それから、手術例であれば手術所見。それから、それよりもうちょっとランクが落ちる方法というのはですね、CTスキャンという方法があるんです。レントゲン像ですね。しかし、それよりは、やはり目で見た肉眼像のほうが大事です。

藤田 それでは先生の意見書の甲第二九号証を示します。

その次の組織学、組織化学、免疫細胞化学については、意見書の3ページを見ますと、29個のパラフィンブロックから約150枚の新しい切片を作製したというふうにございますが、その新しい切片を作って、それで検索を行えたということでしょうか。

鈴木 そういうことです。つまり組織学的な検索はもう一度新しい切片を作って、染めて調べる。それから、大事なことは、組織化学および免疫細胞化学的な検索というのは、元の愛媛大学ではやらなかったわけですから、当然しなくちゃいけない。そのために、新しい切片を作って行ったわけです。

藤田 その切片の作製は、どなたが行ったんですか。

鈴木 これは、私の研究室にその設備があります。つまり、組織学の研究室がございます。それから、もう一つは私の研究室では、電子顕微鏡の研究室と両方持っているわけですけども、今の組織学あるいは組織化学、あるいは免疫細胞化学の検索は私の組織学研究室で行いました。私の下にある老練な技術者によって標本が作られ染められ、私がそれを検索しました。

藤田 今おっしゃった研究室というのは、その石綿関連の病理の専門の研究室ですか。

鈴木 私の研究室で、これは、私のライフワークである石綿関連疾患の病理を調べる、研究する研究室です。

藤田 その研究室は、いつごろから持っておられますか。

鈴木 私自身の研究室は、1975年以降です。

藤田 それで実際の検索なんですけれども、まず組織学的な観察について意見書の同じく三ページの一番下を見ますと、「HE染色」という言葉が出てくるんですが、これはどういう染色なのですか。

鈴木 これは、HE染色というのは病理組織学的な検索を行う上で最も重要な染色です。非常に古典的な方法ではありますけれども、今なおですね、オーソドックスな一番大事な染色法として採用されております。恐らく歴史上、100年以上の年月になると思います。で、このHE染色というのは、細胞や組織の形を確認するのに最も優れた方法なんです。

藤田 で、このHE染色をされて、その悪性中皮腫であれば、それに特有な細胞の形というのが現れるわけでしょうか。

鈴木 ええ。これも先ほど申しましたように、顕微鏡の下で腫瘍細胞を見てそれが悪性中皮種の細胞と似ているかどうかということを形の上で検討するわけです。

藤田 悪性中皮腫の細胞としては、先生の意見書の三ページから四ページを見ますと線維肉腫型細胞と上皮型腫瘍細胞という、二種類の腫瘍の存在が確認されたというふうにあるんですけれども、写真を見ていただいたほうが分かりやすいですね。

鈴木 はい。

藤田 甲第二九号証の意見書添付の写真を示します。

この写真は、どういうふうにして作成されたものですか。

鈴木 これは私の研究室で作った、先ほど申しました新しい切片を染めて、そして顕微鏡の下に持っていって調べて、適当なところを私が撮影したものです。

藤田 意見書の添付資料Ⅰという説明の部分を示します。

意見書の本文の末尾に添付資料Ⅰの説明として付けておりますが、これがこの№39の写真の説明なわけですね。

鈴木 そのとおりです。

藤田 一番右側にあるのはこれは倍率ですか。

鈴木 これはですね、フィルムの上の倍率を示しております。つまり×20というのはフィルムの上で二〇倍という、そういう倍率の意味です。

藤田 それで、写真の中で、まずその線維肉腫型の細胞が現れている写真を先生のほうで指摘いただければと思うんですが。

鈴木 まず写真№2ですね。この説明書に線維肉腫型細胞と、ちゃんと説明が付いおりますですね。この№2の、この写真です。

藤田 どういう形というふうに定義したらいいんでしょうか。

鈴木 これはですね、紡錘、まあ端的に言えば、紡錘型をした細胞なんです。この№2(口絵参照)には複数の、これ恐らく100以上の腫瘍細胞がありますけども、一個一個見ていきますと、細胞が紡錘形をしているんですね。

これは肉腫型細胞の特徴です。同じような細胞が写真のですね、例えば№4、ここにも何十個という腫瘍細胞がありますけども、細胞の形は紡錘形です。これは細胞肉腫型の特徴なんです。

藤田 そしたら今度は、上皮型細胞というものが現れてる写真というのはありますか。

鈴木 はい。典型約な見やすい写真というのは№9、№10でしよう、恐らく。で№9(口絵参照)というのはですね、肺の血管の中に詰まっている、つまり肺に転移を起こした腫瘍細胞の写真が№9なんです。この写真で御覧になるように、ここにも何十個という腫瘍細胞があるんですけども、この腫瘍細胞の形が多形性で、この№9の細胞は腫瘍細胞が遊離してますね。一個一個離れてます。しかし№10、これ同じ上皮型ですけども、これは副腎の転移巣の写真ですけども、この場合は、腫瘍細胞がお互いにくっついてるわけです。№9、№10が典型的な上皮型の細胞を示してます。

藤田 それ以外にさらに線維肉腫型と上皮型とが混ざってるというところもある、という御指摘でございますね。

鈴木 それの一番典型的な写真は№3ですね。№3(口絵参照)で、これは左の胸膜の腫瘍から撮った写真でして、この写真の中央部に数個から10個近い多形性の細胞が見られます。これは上皮型です。多形性というのは、一個一個の形が、同じじゃなくて、違ってるということですね。しかし、周辺部の腫瘍細胞を御覧になると分かるんですけど、これは、先ほどから説明しておりますように、紡錘型なんです。つまり、同じ腫瘍組織の中に二種類の細胞が存在するということです。これを二相性といいます。

藤田 悪性中皮腫の細胞形について、先生が作っていただいているメモの中で、甲第三九号証の一、二を示します。これについて、御説明をいただけますでしょうか。

鈴木 はい。甲第三九号証の二、という、この表といいますか、表ですね。この表は、顕微鏡で見た悪性中皮腫の細胞の形に、三つの形があるということを示してるんです。

一番目は、上皮性ということですね。つまり、先ほど申しましたように、多形性の細胞が、あるいは細胞と細胞の隣どうしがくっ付いている場合もあるし、遊離している場合もあるんですけども、要するに上皮性の細胞のみで成る、そういう悪性腫瘍がある、それを上皮性の悪性中皮腫といいますね。それから二番目が今申しましたように、上甲さんのケースで見られるように二相性です。

それから三番目が、線維肉腫細胞だけで占められている悪性中皮腫を線維肉腫型と申します。三つの型がありますね。で、ここにパーセンテージが書いてありますけども、悪性中皮腫の中で上皮性がマジョリン、多数派なんです。65% 。それから二相性が25% 。一番少ないタイプが線維肉腫型で10% 。こういうことになります。

藤田 そうすると、本件では、二相性だったということですね。

鈴木 はい。

藤田 これは25%ですから、割合としては一般的に少ないタイプということですか。

鈴木 少ないです。少ないですが、意味は非常に大事なんです。というのは、我々の体の中に起こる悪性腫瘍の中で二相性を示す癌というのは、腫瘍というのはそんなに多くないんですね。一つの代表的なケースが、悪性中皮腫なんです。近代診断学が出来上がる前、つまり1960年以前では組織化学とか、この免疫細胞化学がなかった訳です。当時、病理学者は非常に診断に困ったわけですけど唯一の救いはびまん性の腫瘍、肉眼像でびまん性の腫瘍が胸膜にあり、しかも顕微鏡的に見て二相性がある、この二つのコンビネーションがあった場合、病理学者は、あ、これは悪性中皮腫であると、こういうようにいったという歴史的に非常に重要な事実があるわけですね。現在ではそれ以外に、いろんな他覚的なプロテクトがありますからいいんですけども二相型というのは、そういう意味で歴史的には非常に大事な、診断学的に大事な細胞の形です。

藤田 それでは、次に組織化学についてお尋ねしたいんですけども、組織化学の方法としてはどういう検査をされるんでしようか。

鈴木 つまり、悪性中皮腫の診断に有益なマーカー。マーカーというのはですね、化学物質として、二つの物質が挙げられます。一つは中性粘液。中性粘液があるかないかということです。要するに、悪性中皮腫は中性粘液を出す性質を持っておりません。ネガティブです。それに対して、肺癌の中の腺癌という癌は、非常に多くのケースにおいて中性粘液を出す性質があるわけです。ですから、組織化学的に中性粘液がないということを証明できれば、それは悪性中皮腫を支持する、そういうサインになるわけです。

これが、中性粘液のマーカーですね。マーカーとしての重要なタイプ。それから、もう一つのマーカーは、ヒアロン酸という化学物質です。ヒアロン酸は、悪性中皮腫では出る場合があるんです。ポジティブに、陽性に出る場合がある。しかしながら、このヒアロン酸というマーカーには、制限があるんです、診断上。なぜかといいますと、ヒアロン酸を産出する悪性中皮腫の腫瘍というのは、非常によく分化した上皮型の細胞で、そして腫瘍細胞の中に空胞を作ったりですね、腫瘍細胞によって腺腔を作ったり管を作ったりする、そういう性質のある上皮型の悪性中皮腫のケースにヒアロン酸がよく出てくるんですが、分化度の低い上皮性の悪性中皮腫、あるいは線維肉腫型の悪性中皮腫には出てこないんです。そういう意味で制限があります。

藤田 本件で先生は、その中性粘液とヒアロン酸と、両方を検査されたわけでしょう。

鈴木 そのとおりです。

藤田 その結果につきましては、意見書の五ページ「3、組織化学」のところに書かれてございますね。

鈴木 そのとおりです。

藤田 中性粘液を分泌する能力については、これはネガティブだったと、示さなかったという。

鈴木 このケースでは、ネガティブです。陰性です。ということは、メソテリオーマ(悪性中皮腫)をサポートするわけです。支持するわけです。

藤田 ヒアロン酸分泌に関しましては、明瞭なデータは得られなかったということですけども。

鈴木 そのとおりです。

藤田 その理由については、今述べられたような、その制限にかかるケースに当たったからということですか。

鈴木 それが一つです。それからもう一つは、ヒアロン酸というのは水に溶けやすいという性質を持っております。ですから、病理材料を作る過程でどうしても水を使いますんで、水によってウォッシュアウトというんですけども、流れてしまう、そういう危険性があるわけです。恐らく、二つのコンビネーションで本例ではですね、ヒアロン酸のケースがうまく出なかったんだろうと思います。

藤田 そうすると、できればその両方の検査ができればいいんでしょうけれども、ヒアロン酸検査ができないケースというのは、珍しくはないわけですか。

鈴木 珍しくはありません。特に本例のように、これは二相型ですね、細胞の種類が。しかも、上皮細胞が分化、上皮細胞の分化度は低いわけですから、出にくいと、そういうケースに入ると思います。

藤田 それから、免疫細胞化学ですね。これについては、先ほど概略的な説明はしてただいたんですけれども、先生のほうでは意見書によりますと、かなりたくさんのマーカーを使って検索をされてるということですね。

鈴木 はい。

藤田 それぞれの結果につきましては意見書に詳しく書かれてあるんですけれども、まずCEAというものを使って検査をされたんですね。

鈴木 CEAという化学物質があるかないかということを調べたわけです。

藤田 それについては、通常、悪性中皮腫の場合にはどういう反応が出るわけでしょうか。

鈴木 悪性中皮腫におきましては、CEA物質は通常出てきません。ネガティブです、通常。

藤田 本件では、どういう結論になったんですか。

鈴木 本件では、今言った二種類の腫瘍細胞があったわけですけれども、線維肉腫性の細胞にはCEAは出てきませんでした。しかし、上皮型の細胞にはCEAが陽性に出たわけです。これは非常に、診断上混乱を起こした点ですよね。

藤田 それについては、先生はどういうふうにお考えになりましたか。

鈴木 私はまず第一に、200例だったですか、私自身の悪性中皮腫のコレクションがあるんですけど、それを全部調べましたんですけど、私のケースでは悪性中皮腫の中の3%はCEAが陽性です。それから、ほかの研究者の発表された論文があるんですけども、人によっては10%。悪性中皮腫でも10%が陽性に出るという、そういう報告があります。ですからCEAが陽性であるからすなわちこれは悪性中皮腫ではない、という結論をつけることはできません。特に本例のように、裁判のときは1例を扱ってるわけなんです。100例を扱ってどうのこうのというケースではないわけですから。これが、本例ではCEAが上皮細胞で陽性に出ましたわけですけれども、それだからといって悪性中皮腫を否定することにはなりません。

藤田 先生は全部で11のマーカーについて検索をされていらっしゃいますけれども。

鈴木 はい。

藤田 通常これだけたくさんの数のマーカーを使って検査をされるわけでしょうか。

鈴木 特に難しいケースですね。難しいケースでは、利用できる数のマーカーを全部調べるというのが私のやり方です。

藤田 今回の免疫細胞化学の検査の結果は、CEAについては通常の悪性中皮腫とは違うところが一部出たということですけれども、それ以外のマーカーについてはどうでしょうか。

鈴木 それ以外のマーカーの反応の仕方というのは、悪性中皮腫を支持するものだったわけです。ですから免疫細胞化学という一つのカテゴリーで言いますと、このカテゴリーは悪性中皮腫を支持しておりました。

藤田 添付の写真でその免疫細胞化学の検査結果について説明をしていただければと思いますけど。写真番号で言いますと。

鈴木 №12ですね。№12の写真は、これは左の副腎の転移巣に見られた上皮型の悪性腫瘍のCEA染色ですね。ここにたくさんの腫瘍細胞が出てますけれども、免疫反応陽性というのは、チョコレート色をしてる反応なんです。それで、この写真を見れば分かりますけれども、もうたくさんの腫瘍細胞の細胞室の中がチョコレート色に染まってます。

藤田 今指しているのは、この№12の写真の左下の辺りにある二個の細胞ですね。

鈴木 はい。

藤田 こういうのが、陽性の場合にはそういう色になって反応が出るということですね。

鈴木 そういうことです。

藤田 主なものだけ指摘をしていただければと思うんですけれども。

鈴木 №13はBer Ep 4。ここに何個かの腫瘍群がありますけども、これらの細胞にはチョコレート色の物質は全然出てこない。つまりBer Ep 4は陰性なんです。ということは、これはメソテリオーマ(悪性中皮腫)を支持するわけです。それから№14。これはB72.3というマーカーですけども、これにも全くチョコレート色の物質はない。ということは、腫瘍細胞はB72.3陰性で悪性中皮腫を支持してるわけです。飛ばして№16。これは何でしょう。

藤田 EMA。

鈴木 EMAは№16の写真を御覧になると分かるんですけど、ここにたくさんの大型の上皮細胞が出てますが、チョコレート色をした細胞がたくさんありますですね。これはEMA陽性なんです。EMAというこのマーカーは悪性中皮腫も陽性、それから肺癌の腺癌でも陽性に出ます。ですから、二つの腫瘍を鑑別するのには余り意味はないんですね、このケースでは。陽性ですね。それから№17は、EMAですね。これは、同じようにEMAですけれども、線維肉腫型の細胞で、チョコレート色に出てます。陽性が出てます。それから№18というのは、CALRETININという非常に新しいマーカーなんですけども、写真を御覧になると分かりますけれど、特に真ん中から上の部分の腫瘍細胞を見ますとチョコレート色に染まってますですね。これはCALRETININ陽性なんです。これは非常に大事なサインでメソテリオーマ、つまり悪性中皮腫ではCALRETININは陽性に出ます。それでこの所見は、悪性中皮腫を支持しているわけです。それからその次、写真№20ですかね。№20はこれは、HBME-1というマーカーです。この写真を見ますと何ヶ所かに、これ倍率はちょっと低いんですけど、幾つかの腫瘍細胞がチョコレート色に染まってます。これはHBME-1陽性ということで、悪性中皮腫を支持するわけです。次、№23の写真をちょっと見てください。これたくさんの線維肉腫型の紡錘形の細胞が見られますが、ようく注意されると、細胞がこうありますと細胞の周辺部、細胞膜と言うんですけど、細胞膜に一致してチョコレート色が線状に写ってますですね。これは細胞膜に、今言ったTHROMBOMODULINというマーカーが陽性に出てるということです。これは悪性中皮腫を支持するわけです。それから№24。これは大型の細胞で、場所は左の副腎の転移巣から撮った写真ですけれども、もう一目瞭然で、チョコレート色した物質が腫瘍細胞の中に見られてますですね。これは、サイトケラチン陽性ということです。

藤田 これが悪性中皮腫を支持されると。

鈴木 悪性中皮腫でもポジティブ。それから、腺癌でも実は陽性に出ることがあります。両方陽性に出る。

藤田 №26、№27の写真は。

鈴木 №26をちょっと御覧になってください。ここにも多数の腫瘍細胞が見られまして、その大部分がチョコレート色に染まってますね。つまりビメンチンが陽性なわけです。№26の写真はこれは上皮型の腫瘍細胞群を示しています。№27は同じビメンチンですが、これは線維肉腫型の細胞を示しております。この№27の写真を御覧になると、同じようにチョコレートカラーがすべての腫瘍細胞に見られます。つまりどういうことかと言いますと上皮型の細胞、線維肉腫型の細胞の両方にビメンチンが陽性に出ているということが言えるわけです、この上甲さんのケース。これは悪性中皮腫を支持する所見なんです。以上が大体、急いでいきましたけれども細胞免疫化学のデータで、これを総括するとCEAの上皮型の細胞に陽性が出た点を除いてほかは、全部悪性中皮腫を支持してます。

藤田 今お聞きすると、悪性中皮腫でも肺癌の中の腺癌でも同じ反応が出るというようなマーカーもあるわけですね。

鈴木 あります。例えばEMA、それとサイトケラチンですね。両方で陽性に出ます。

藤田 そうすると、きちんとした免疫細胞化学で悪性中皮腫かどうか判別するためには、たくさんのマーカーを使われたほうが確実に結果が出せるということになるわけでしょうか。

鈴木 もう何遍も言っておりますけれども、最善の方法というのは、たくさんの方法論を用いなさいと。これがベストの方法ですね。

藤田 それで、以上の検索の結果、死因については悪性中皮腫だというふうに結論づけられたわけですね。

鈴木 診断としてですね。

藤田 甲第四〇号証の一を示す。

それでその悪性中皮腫の診断の何かカテゴリー、確実性ですね、カテゴリーというものがあるわけですか。

鈴木 悪性中皮腫の病理診断の専門家のグループがよく使ってる診断のカテゴリーが五つあるわけです。この表にありますように、一番目がDefinitely Yes 。100%問題ないという、もう何らの疑いもなく悪性中皮腫だというのが一番のカテゴリー。二番目がProbably Yes 。これは大体パーセンテージにして、75%から80%ぐらい間違いなく悪性中皮腫でしょうということ。三番目がPossibly Yes 。これはフィフティ・フィフティ。それから四番目がProbably Notと言いまして、これは恐らくそうじゃないですと。パーセンテージで言うと25%から50%。五番目は、全くこれは違います。0%というのが五番ですね。では、悪性中皮腫として受け入れる診断的なカテゴリーは何番と何番を取りますかという質問がくるわけです。これは一番と二番です。つまり、一番と二番のカテゴリーに入った場合は、このケースは悪性中皮腫として受け入れなさい、認めなさいということになるわけです。それで、この上甲さんのケースでどうなるかということが問題になるわけですね。私の意見では、上甲さんのケースは一と二の間。つまりDefinitery YesとProbably Yesの間になります。これは、悪性中皮腫の病理診断として受け入れるベきカテゴリーだと思います。

藤田 では、石綿曝露を裏付ける病理組織学的な根拠について少しお尋ねしたいんですが、まず一般的にどういうものが見られれば、石綿曝露が裏付けられるというふうにお考えなんでしょうか。

鈴木 まず、第一には、職業歴が非常に大事なんです。つまり患者さんに対して非常に詳しいクェスチョン・アンド・アンサーというんですけど、それをするんですね。それをして職業上この人が石綿に曝露したかどうかということを調べることは、これは非常に大事なことで、まず第一にしないといけないことですね。それから二番目に、臨床のお医者さんでもこの石綿曝露を確認することができます。それはレントゲンの写真の上で肺に線維化があって、しかも胸膜の肥厚斑があれば、まず石綿曝露があったと考えて差し支えないわけです。これは、Xレイ上のやり方ですね。同じお医者さんでも、私たちのように病理学者にはまた私たちのやり方があるわけです。それは顕微鏡の下での肺の組織を見る、あるいは胸膜の組織を見ればいいというわけです。つまり肺の中に線維化が顕微鏡の下で証明され、石綿小体という非常にユニークな構造物が見つかると、これは石綿曝露の証拠になります。それから先ほど申しましたように、臨床家がレントゲンの上で発見するより、もっとセンシティブに病理学者は顕微鏡の下で標本の中にこの胸膜の肥厚斑を見ることができます。なぜならば、その形が顕微鏡的に非常にユニークな構造をしてるからです。これが病理学者のやる方法です。それから、もうひとつの方法があります。それは肺の中あるいは胸膜の中から直接、石綿の線維を電子顕微鏡の下で証明することです。そういう方法があります。これは非常に新しい方法なんですけれども、こういう方法もございます。

藤田 意見書の8ページの4の1ですが、本件では、左胸膜に典型的な肥厚斑が見られたというところがありますね。

鈴木 はい。

藤田 これは添付の写真で見ていただいたほうが分かりやすいと思うんですが。写真で肥厚斑の現れというものを指摘していただければと思いますけど。

鈴木 これは、まず写真の№1を御覧になって、左上の一部にダークピンクというか、赤っぽい色をした組織がありますね。この部分が肥厚斑なんですが、もっと典型的な写真が一番最後の№39(口絵参照)に出てるわけです。それで、この№39に示されてる中央部の構造物をよく見ると分かるんですけど、多数の白いすき間のある構造物が見られますですね。これは英語で言いますとバスケットウィーブと言いまして、ハイキングに行くときにバスケットのかごを持ってハイキングに行きますですね。あのバスケットの折り目にこういうすき間ができますですね、それと非常によく似てるわけです。しかも顕微鏡の下でこの構造物の中には、細胞の核がほとんど見えないんです。つまり、無核の状態でバスケットウィーブのストラクチャーがあるこの二つの組合せがあれば、これは胸膜肥厚斑の組織像としては完璧な表現なんです。それで、若い一年生の病理学者でも、一遍この標本を見せますと絶対忘れないんですね。それほどユニークなんです。これが最後の№39の写真ですよね。このケースでは、肥厚斑が見事にデモンストレーションされました。すなわち石綿曝露の病理学的な証拠が本例では認められておりました。

藤田 それから同じページの4の2ですね。肺実質の軽度または軽度から中等度の線維化が見られたという御指摘ですね。

鈴木 はい。

藤田 これについても写真を見て指摘をしていただければと思うんですけど。

鈴木 写真№28から№32が線維化を示してる写真ですが、まず分かりやすい写真から説明しますと、№29(口絵参照)を御覧になってください。右半分の特に上側の例のほうでは、これは正常の肺の構造がもうほとんどないんです。なぜかというと、線維化という現象のために置き換わってしまってるわけですね。一番いい例は、今の№29の左の端のほうと右の半分との構造を比較してください。違いますですね。右のほうがこういう具合に組織が線維化のために固まってるわけです。これは線維化の顕微鏡像です。同じような像が№30にもあります。特にこの真ん中の部分、黒っぽい炭粉沈着がありますけれども、この炭粉沈着のある部分は、線維化のために正常の構造がもう崩れて見えません。線維化で置き換わってるわけです。それから№31(口絵参照)の写真を見ますと、これも非常に大事な写真なんですね。この真ん中にある構造物は細気管支。それで石綿肺という病気は、この細気管支の壁から起こるという具合に病理学者は考えてるわけです。それで石綿肺の病理組織学の判断基準で、細気管支に線維化があるかないかということが大事な条件になります。そのことを示すためにこの№31の写真を出してるわけです。この真ん中に見えるのは、縦切りに切れた細気管支です。この壁が厚くなってます。正常の10倍から20倍ぐらい厚くなってると思いますね。つまり、細気管支壁に線維化が起こってるということなんです。

藤田 今説明いただいた№29から№31の写真の中で、先生が指摘される線維化が起こっているという部分を図に書き入れることは可能でしょうか。

鈴木 可能です。

藤田 この写真のカラーコピーをしたものを用意してるんですけど、そこに今証人が説明した線維化の起こってる部分を特定してもらうために、書き入れることを認めて頂けますでしょうか。

裁判長 はい、どうぞ。

藤田 速記録末尾添付図面を示す。

これに書き入れてください。

鈴木 黒インクで線維化が確かにあるという部分を囲います(証人は図面に書き入れた)。写真№31番は、これは縦切りの細気管支の壁を示してます。これが壁になるわけです。壁の厚みが正常よりもうんと厚くなってる。

藤田 矢印で書かれたところは、壁になるわけですか。

鈴木 そうです、細気管支の壁です。それから№32。これはまだ説明しなかったんですけど、これは肺胞という構造物があるわけですけど、肺胞が非常に厚くなってるんですね。

藤田 では№32についても写真に書き込んでいただけますか。

鈴木 はい。これはもうこういう具合にリンパ腺全部にわたってますけど、こういうところですね。肺胞の壁が正常に比べて、数倍から10倍以上厚くなってるんですね。全体がそうです、この場合。矢印を付けときますね。

藤田 №32の写真で今矢印を付けていただいたのは、肺胞の壁が厚くなってるということを示しているということですね。

鈴木 はい。

藤田 それから同じく意見書の8ページの4の3。鉄染色による肺切片中に石綿小体を検出したということですが。まず、鉄染色について御説明をいただけますか。

鈴木 鉄染色というのは特殊な染色です。その前に石綿小体というのからまず説明しなくちゃいけないんですが、石綿小体というのは石綿線維がありますと、それを取り囲んでいるたんぱく質と鉄との混合体になるわけですけども、この両者を含めて石綿小体と言ってるわけです。石綿小体を証明するのには、今のこの石綿小体を包んでいる物質の鉄の部分を証明すると、非常に見やすいわけです。そのために鉄染色という染色をするわけです。鉄染色をしますと、鉄の部分が濃紺に染まってくるわけです。それが鉄染色です。この鉄染色は、石綿小体を検出するためには絶対しなくてはいけない染色法なんです。つまりHE染色だけでは石綿小体は非常に多くの場合、その存在を見逃してしまうわけですね。

藤田 本件では、石綿小体が肺表面積10.9平方センチメートルの中に7個発見されたということですが、写真で説明していただけますか。

鈴木 7個の石綿小体がこの幾つかの写真に全部示されております。まず№33の写真を御覧になると分かるんですが、大きな写真は低倍率の写真ですから見にくいわけですけれども、この真ん中の部分を拡大したのが、右上の角にある小さな写真が拡大してるわけですよね。ここに、明らかに濃紺に染まってる部分が見られます。これは石綿小体です。それから№34(口絵参照)。これも同じように倍率が低い細胞がバックにありまして、その一部の部分を拡大してます。ここには、拡大した部分を見ると二個のだんご型をした石綿小体が見られます。その次、№35の写真を見てください。これも、バックグラウンドの低倍率の部分を拡大したのがこの右の上の隅にある写真です。ここにも濃いブルーに染まった石綿小体が1個示されております。それから№36は、これはわりあい見やすいために狭拡大の写真を撮りませんでしたけれども、真ん中よりちょっと下のところに棍棒状の構造物が見えますね。これも濃紺に染まってます。これも石綿小体です。それから№37。この真ん中の辺りに、これは英語で言いますとコンマ状の形をした石綿小体が見られます。右の上のほうは、その拡大像ですね。それから№38(口絵参照)。このバックグラウンドの低倍率の写真の真ん中ごろに既に明らかに石綿小体が出てますが、その右上の小さな拡大した写真を見るともっと明らかに、分節構造をした石綿小体が見られます。よく注意して御覧になると、右上の写真の左の端のほうに石綿小体の中心部にある石綿線維が見られます。お分かりでしょうか。透明な色ですけれども、ちょっと黄色っぽい感じで見られますけれども、これは石綿小体のコアファイバーと呼ばれるもので、石綿線維がそこに存在するからですね。それが見えてるわけです。

藤田 それで先生は10.9平方センチメートルの肺表面積中に7個の石綿小体が検出されたということから、1グラムの湿肺重量中に何個の石綿小体が存在してるかとの換算をされたわけですね。

鈴木 そのとおりです。

藤田 その方法については、ここにログリの換算法というふうに書いてありますが、通常はこのログリの換算法というのを使って、一般の病理学者の方はそういう換算をされるんでしょうか。

鈴木 要するに材料は、この病理切片標本の場合にはログリの方法を使います。

藤田 そうすると先生のやられた方法だと、ログリの換算法でその石綿小体の数を換算するということになるわけですね。

鈴木 はい。

藤田 甲第三二号証を示す。

それで計算していただいて、この意見書では結論的に一グラムの湿肺重量中に520個の石綿小体があるというふうに書かれてあるんですが、この点についてはこの甲第三二号証の尋問要旨の2枚目の5というところなんですけれども、あとでお気づきになって訂正をしたいということだったんですね。

鈴木 はい、訂正をいたしました。つまり、520個は間違いです。もう一度計算し直したところ、これは260個が正しいんです。

藤田 その計算方法については、その尋問要旨に詳しく書いておられるとおりですね。

鈴木 はい。

藤田 計算ミスということだったわけですね。

鈴木 はい。そのとおりです。

藤田 その260個という石綿小体の数は、石綿曝露の観点からすればどうなんでしょうか。

鈴木 職業性曝露に入ります。つまり濃厚な石綿曝露を受けたということになるわけです。

藤田 数が変わっても意見書の結論部分においては、意見は変わらないということですね。

鈴木 そのとおりです。

藤田 それで先生は意見書の中では、本件について石綿肺が認められるという判断をされているわけですね。

鈴木 はい。

藤田 意見書の2ぺージの病理診断の2の2に、軽度または軽度から中等度の石綿肺というふうに書かれてるんですけれども。

鈴木 はい。

藤田 そもそも石綿肺というのは、どういうふうに定義づけられるんでしょうか。

鈴木 石綿肺の定義というのは、これはもう万国共通してる定義です。

藤田 先ほどの甲第三二号証の尋問要旨の二枚目を見てください。そこに、石綿肺ということで定義を書いていただいてますけれども。

鈴木 石綿肺とは、石綿曝露によって引き起こされたびまん性の肺の線維症を言います。これが定義です。

藤田 その石綿肺に関しまして、意見書の添付資料の中でヘルシンキ基準、ヘルシンキクライテリアというのを引用して付けておられるんですが。

鈴木 はい。

藤田 これは、添付資料の文献の中の18番目の文献なんですね。

鈴木 はい。

藤田 ヘルシンキ基準ではこういうふうに書かれてるということを甲第三二号証の2枚目の4の2ところで先生のほうで書いておられるんですけれども、本件の上甲さんのケースでは、石綿小体の数に関しましては、そのヘルシンキ基準の一平方センチメートルの肺切片中2個以上の石綿小体というひとつの基準とは。

鈴木 それよりも低いです。

藤田 その点については、何か説明がございますか。

鈴木 つまり、その今の同じ文章の石綿肺についての説明の後半の部分をお読みになるとよく分かるんですけど、ヘルシンキ基準では、まず病理組織学的な石綿肺の判定には、びまん性肺線維症で1平方センチ肺切片中2個以上の石綿小体が認められるか、あるいは電子顕微鏡の下で各研究室で決めている石綿肺における石綿線維の数以上のものが見られることを基準としている。しかしながら、同じヘルシンキ基準には別のことも書いてあるわけです。それはどういうことが書いてあるかというと、石綿肺では1平方センチメートル中2個よりもはるかに少ない症例でも石綿肺としても認められることもあるというふうに言ってるわけですね。特に、吸入した石綿の線維がクリソタイルである場合に特にその傾向が強くて、クリソタイルで引き起こされる石綿肺では石綿小体が全く見られない。つまり、先ほど申しました病理組織学切片上に1平方センチメートル2個なんてもんじゃなくて、もうほとんどない、ゼロですね。ゼロでも石綿肺が起こるということを言ってるわけです。つまりどういうことかと言うと、1平方センチメートル切片中、2個以上の石綿小体という基準は、石綿肺に対する絶対的なクライテリアではないんです。それが大事なことなんです。

藤田 ヘルシンキクライテリアそのものについて説明を求めなかったんですけど、これはどういう基準というふうに評価できるんでしょうか。皆さん、ヘルシンキクライテリアについてお分かりにならないと思うんですけれども。

鈴木 ヘルシンキ基準というのは二年前だったと思うんですが、ヘルシンキで石綿の専門家たちがたくさん集まって、できるだけ混乱を防ぐ意味でいろんなクライテリアを決めようというそういう会議を開いたわけです。それがヘルシンキ基準が決められたひとつの大きなモメントになったわけです。ここでは、悪性中皮腫、あるいは石綿肺、あるいは肺癌。つまり、石綿によって起こる肺癌の定義について専門家たちが論議して、それを論文に発表したわけです。それがヘルシンキ基準です。

藤田 甲第三〇号証を示す。

先ほど先生がおっしゃった、同じ基準の中で説明があるというふうにおっしゃった箇所ですけれども、文献の翻訳甲第三〇号証の18の文献の65ページの真中より下辺りから、石綿肺に関する記述がございますが。

鈴木 はい。ここに書いてありますように、多数の石綿小体はないもの。つまり、さっき申しましたように、1平方センチメートル中に2個よりうんと少ない数のケースであっても石綿肺である症例がまれにあることは事実であるということですね。つまり、先ほど言った基準は絶対的なものじゃないということなんですね。

藤田 いま示しているのは、66ページの8行目からの段落ですね。

鈴木 はい。一行飛ばして、純度の高いクリソタイルの吸入に関連して起きる少数例の石綿肺では、検出される石綿小体がゼロや微量であっても、石綿線維が少量であっても起こる、と、こう書いてありますね。つまり、光学顕微鏡の1平方センチメートル中2個という基準は絶対的なものじゃなくて弾力性をもって解釈しなさいと、こういうことなんですね。

藤田 そのヘルシンキクライテリアに基づいて考えても、先生の見解では本例は石綿肺が認められるケースだと。

鈴木 はい。特にこのケースでは光学顕微鏡以外に、先ほどのヘルシンキ基準でも言ってますけども、電子顕微鏡による線維の同定をしてるわけですね。

藤田 では電子顕微鏡による線維の同定をされているので、その関係をお尋ねしたいと思いますが。まず線維を同定をする方法については、意見書によりますと二種類の方法があるというふうに記載されてますね。

鈴木 はい。

藤田 意見書の8ページの一番下からがその記述になると思うんですが。9ページの冒頭をみてください。

鈴木 そうですね。つまり臓器や組織内の石綿線維のタイプ、数、大きさを調べる方法は、大別して二つの方法がありますと言ってるわけですね。ひとつは、強酸あるいは強アルカリを使って組織を消化してしまう。それで消化された組織の中から石綿線維を検出する方法、これがひとつですね。これを、組織の消化法と言います。もうひとつは切片灰化法、切片を灰化というのは、焼くんですね。焼いて灰にして、見にくい有機物質を全部焼いたあとに抵抗性の強い石綿線維が残るわけです。そうしておいて線維を同定するというその二種類の方法があります。

藤田 まず消化法のメリットとデメリットを簡単に指摘していただけますか。

鈴木 消化法というのは、大きな組織を消化します。そして、その消化されたものを濾紙(ろし)でこすわけです。こして、濾紙の上に残った線維を電子顕微鏡の下へ持って行って調べて、石綿線維を同定するんですが、この方法は定量という点では非常に有益なんです、強い方法なんですね。つまり、消化しておいて遠心沈殿して濾過しますから線維の分布が平等になりますので、一定の面積の濾紙の上を計れば、それから数学的に定量するのが非常に楽にできるわけです。それが一つの利点なんですね、消化法の。しかし、欠点もあるわけです。欠点というのは、最終材料を作るまでのプロセスが長すぎるんです。今申しました、濾紙でこすという方法があります。濾紙というのは、穴がなければ液がそこを通過して線維が上に残らないわけです。そうすると、穴自体が一つの問題点を提起します。それは細い線維、それから厚みの薄い線維は、そこの膜を通過してしまうことがあるわけです。残らないんですね。つまり、検出された絶対数が減る可能性もあるわけなんです。それから、もうひとつ欠点があります。それはどういうことかと言いますと、濾紙を使ってこしますんで、試料をその電子顕微鏡の下へ持って行った場合に、バックグラウンドが非常に汚いんです。そのために、個々の石綿線維を同定することが必ずしも容易ではないという、そういう欠点がありますね。

藤田 そしたら、一方、灰化法を使った場合のメリットとデメリットを説明してください。

鈴木 切片の灰化法のデメリットは、完全な定量的な方法はできないということなんです。なぜかと言いますと、線維の分布が平等でないからです。あるところに固まり、あるところには非常に粗に分布してると、そういう点があるわけですね。そういう意味で、絶対的な定量ができない、半定量的な方法は出来るんですが。それが欠点ですね。じゃあ利点は何かと言うと、プロセスが消化法に比べてもっと単純なわけです。つまり、線維のロスが余りなくて済む方法なんですね。それと最後に、バックグラウンドがきれいなわけです。そのために、電子顕微鏡の下で細い短い線維が検出できる可能性が非常に高いということがあります。もう一つ利点を言いますと、病理学者にとってはこんなアトラクティブ(感覚を鮮明に惹きつける)な方法はないわけですね。と言いますのは、普通の光学顕微鏡で切片を見ます。そして、この場所にどうも石綿線維が固まってる可能性がありそうだとパソロジストは考えますね。その場所を次の切片で選んで、同じ場所に接続したところを焼いて電子顕微鏡の下で調べることができるわけです。これはもう、パソロジストにとっては非常にアトラクティブな方法ですね。そういう具合に、欠点と利点それぞれ両方の方法にあります。

藤田 先生は今回のケースで、石綿線維の同定のためにどちらの方法を使われたわけですか。

鈴木 私は、切片灰化法を使ったわけです。

藤田 それは何か理由がございますか。

鈴木 第一の理由は、できるだけ貴重な材料を元の病院に返したかったことです。そのためには、もし消化法をすると、ひとつのパラフィンブロックを全部破壊しなくちゃいけませんね。それをしたくなかったことがひとつ。できるだけ原形を保ってあげたいということがひとつですね。それからもうひとつは、今申しましたようにパソロジストに非常にアトラクティブな方法が切片灰化法で出来ることが分かったからです。そのために、それを使いました。

藤田 北川先生は鑑定の中でその石綿線維の同定はされているようですけれども、北川先生がどちらの方法を使われたかということは鑑定書から分かりますか。

鈴木 分かります。北川先生は消化法を使ってますね。

藤田 先生が今回その同定に使われた顕微鏡については、尋問要旨に書いておりますけれども、甲第三二号証の尋問要旨の3枚目、6の1というところですね。

鈴木 はい。

藤田 高分解能分析電子顕微鏡というふうに書かれていますけれども、これに対応する電子顕微鏡というのはあるんですか。

鈴木 ですから低分解能の分析電子顕微鏡、あるいはもう一つの言い方をすれば、スキャンニングEMAですね。解析電子顕微鏡ですね。それに化学分析ができる装置を付けた、そういう顕微鏡もあります。

藤田 精度が違うということなんですか。

鈴木 そうですね、分解能といいますね。分解能というのは一点と一点を分別できる、そういう能力を分解能というわけです。で、分解能というのは、つまり非常に細かい構造物を見る場合に、分解能の高い電子顕微鏡ほど細かい物質が同定できるわけです。ですから細い、あるいは短い石綿線維を同定する場合は、分解能の高い電子顕微鏡に化学分析装置を付けたもの、これを私たちは高分解能分析電顕というんですけれども、これを使うべきだということなんです。それで、私のところではそれを使ったわけです。

藤田 その同じ段にEDX Spectorometryというふうに書かれているんですけれども、これがおっしゃった、その化学分析をする器械ですか。

鈴木 はい、そうです。

藤田 で実際にその高分解能分析電子顕微鏡を使われた検索の結果のデータですけれども、これ意見書添付の資料Ⅱがそうですね。

鈴木 はい。

藤田 それについて少し説明をしていただけますでしょうか。

鈴木 まず第一の写真ですね1a、説明書がどこかにあったと思いますね。

藤田 意見書末尾添付の資料Ⅱの説明を併せて見ていただければと思います。

鈴木 1aという写真を見てください、電顕像がありますね。これは、右の下葉から取った切片を焼いて、電子顕微鏡の下で撮った写真がこれなんです。ご覧のように、この右半分のところに長い線維がありますね。写真の真ん中より少し右のところに、斜めに細長い線が出てますね。その元素分析の像が、次のページ1bになりますね。

藤田 この元素分析は何のために行うわけですか。

鈴木 つまり、石綿の線維に特徴的な元素というのがあるわけです。それとその量、各元素の量をスペクトルで示す。そういうことが特徴的にできる器械なんですねEDX Spectorometryというのは。それによって得たのが、1bの写真。つまり1bというのは1aにあった石綿線維構造を、これを元素分析しているわけです。そうしますと、この1bの図では、マグネシウムと、一番高いピークがシリコン。このケースでは、アイアン、Feが少し高いんですね。通常の、普通の典型的なクリソタイルが高いんですけれども、それは理由があるわけです。このケースでは、(1aの写真を示しながら)この前の写真を見ると分かるんですけれども、この線維の周りに鉄を含む物質が共存しているからです、その影響がこの元素分析に出ているわけですね。そのためにアイアンのピークが少し高いんです、これはやはりクリソタイルの範囲に入ります。この典型的な像は、この化学元素分析の像というのは、クリソタイルに一致します。その次の2aという写真、これには短く細かな線維がたくさん見られますね。

藤田 今指しているのは、写真の右下から中央にかけて。

鈴木 はい。何十本もこまかい、細い、短い線維があります。それを、その元素分析が次の2bという像になりますね。これは同じようにマグネシウムの低いピークと、高いシリコンのピークと、それからこの場合は非常に低い鉄のピークがありますね。これは典型的なクリソタイルのパターンです。元素分析像であります。その次が3aですね。これも多数の線維が写真の中に充満してますですね。で、この石綿線維の元素分析像が次の3bになります。マグネシウムのピーク、シリコンのピーク、それからこのケースでは鉄がほとんどピークはないですね。これも、クリソタイルの典型的な元素分析像です。それから4a、これも同じですね。非常に細かな4aというのは、失礼しました、今言った3a。3、4は、これは胸膜の皮様組織です。肺じゃないんですね、胸膜の皮様組織を調べてますね。多数の細く短い鉱物線維が見られます。それで4bの像を見ると分かるんですが、典型的なクリソタイルの元素分析像ですね。結局、結論としては右下葉、それから左の胸膜、あるいは左胸膜の皮様組織にクリソタイルが間違いなくたくさん見られたと、そういうことになりますね。

藤田 甲第三七号証の2を示す。

先に石綿線維のことをお聞きすればよかったんですが、石綿線維の種類について、そこに書かれてありますが。

鈴木 石綿の線維というのは、鉱物学的に大別して二つの線維に分けることができます。一つのグループはSerpentineというグループですね。これは日本語で書いたものがあると思いますけれどもね。蛇紋石、これがSerpentineというんですね。で、蛇紋石、つまりクリソタイルです。それからもう一つのグループは角閃石。Amphiboleといいまして、ここには五種類の石綿線維があります。アモサイト、クロシドライト、アンソフィライト、アクチノライト、それからトレモライトです。

藤田 クリソタイルと、それ以外のAmphibole系のアスベスト線維で、何か大きな違いというのはございますでしょうか。

鈴木 このAmphibole。まず、クリソタイルは先ほど申しましたように、典型的な元素のピークがある。それと同じようにAmphiboleの個々の線維も独特な元素分析のスペクトルを示します。例えば、一番上のアモサイトを一つの例に挙げますと、アモサイトですとその低いピーク、非常に低いピークのマグネシウムと高いシリコン、それから鉄、鉄が非常に高いピークを示します。そういう違いがあります。

藤田 一般に職業性曝露という観点からはどうなんでしょうか。

鈴木 一般人、我々の肺を調べますと、石綿線維が検出されることがあります。しかしその場合は大多数が少数の数の非常に少ない、短い、細い、クリソタイルです。それで、このAmphibole、すなわちアモサイト、クロシドライト、アクチノライト、トレモライト、アンソフィライト、こういう角閃石に属する石綿線維は、一般人の肺には余り出てこないんです。そういう違いがあります。

藤田 甲第三一号証を示す。

今回先生が分析されたところでは、クリソタイルだけしか発見できなかったということですけれども、その点についてはどうお考えですか。これについては追加意見書の甲第三一号証の5ページの四、なぜ先生の分析でAmphibole系の線維が認められなかったかという理由について、そこで述べておられますが。

鈴木 その理由として考えられることは、私の調べた材料、量において制限があるということですね。それから、もう一つの理由がもしあるとすれば、それは肺の中ではですね、石綿のタイプの、あるいは数の分布が平等でないということが一般に認められているわけです。つまり、上葉対下葉、上葉対中葉では石綿のそこの肺の中に分布している石綿のタイプ、あるいは数は決して同じではないということ、これは一般的に認められていることですね。あるいは、そういう位置による差と。あるいは、すなわち量は非常に少ないけれども、位置による差。この二つのコンビネーションがそういう差を作ったんじゃないかというのが、私の意見です。

藤田 先生は検討していただいていると思うんですけれども、北川先生の鑑定書では、アモサイト、クロシドライト、トレモライト、又はアンソフィライトが検出されたということですが、この北川先生の検査結果についてはどう思われますか。

鈴木 私自身、北川先生の提出されたこの電顕像、今のSpectrometry、つまり元素分析の表を拝読させていただきましたけれども、明らかにアモサイト、それからアンソフィライトもそうだったですかな。

藤田 アンソフィライトは書いてないんです。

鈴木 私の記憶違いです。それじゃあ、今の三種類ですね。アモサイト、クロシドライト、トレモライト、この三つの線維があったことは間違いないと思います。

藤田 そうすると先生の結論というか、石綿線維の種類についての結論としては、北川鑑定で検出されたとされている三種類と、そのクリソタイル。

鈴木 そうです、全部含めて。

藤田 それらが、上甲さんの腫瘍の中から検出されたと。

鈴木 つまり上甲さんは、これらの何種類かの石綿線維に曝露されたといって構わないと思います。

(ここから、原告代理人は藤田弁護士より森田弁護士へ交代する。)

森田 三二号証を示す。

一枚目の真ん中辺り、③というところに「発電所労働者に関する裁判との関わり」という記載がありますね。

鈴木 はい。

森田 それで四つの系統を挙げておられるんですが、ここに挙げられているケースは発電所で働いていた人について、悪性中皮腫であるというふうに先生が診断をされた例ということでよろしいわけですか。

鈴木 それで結構です。

森田 甲第三〇号証を示す。

57ページを見てください。これは翻訳なんですが、「ニューヨーク市のアスベスト訴訟」についてのレポートということなんですが、ひとつ確認するのが、ここで取り上げられている訴訟は、ニューヨーク市内についての訴訟ということですね。

鈴木 ニューヨーク市に存在している二つの裁判所。一つは連邦裁判所ともう一つはニューヨーク州の上級裁判所で取り扱われた、集団訴訟の件です。

森田 ただ、そこで争われたのはニューヨーク市の人についての訴訟であるということですか。

鈴木 ニューヨーク市に在住していた、パワーハウスといいますか、発電所関係の労働者に起こった石綿関連疾患の裁判ということですね。

森田 発電所と海軍工廠とあるようですけれども、ニューヨーク市内の人ということですね。州全体、あるいはアメリカの国全体についての訴訟ということではないわけですね。

鈴木 そういうことではありません。

森田 そうすると、そのニューヨーク市の訴訟として、同じく58ページを示しますれども、この海軍工廠事件については約400、発電所事件については696。これは患者さんの数と考えていいんですか。

鈴木 そうですね、はい。

森田 それだけの数の訴訟が起きたということですね。

鈴木 はい。

森田 アメリカ全土ではもっとたくさんの訴訟が起きているわけですね、アスベストに関して。

鈴木 そのとおりだと思います。

森田 発電所に関連する事件もたくさんあると、珍しいものではないということですか。

鈴木 そのとおりです。

森田 それと、この今のニューヨーク市のケースなんですが、これについて証人は何か関わり合いをもっているんでしょうか。

鈴木 私の記憶では、一例一例の悪性中皮腫について私が報告書を書いたように記憶しています。

森田 それと、ここに紹介している文献なんですけれども、これはどういう文献なんでしょうか。

鈴木 これはニューヨークだけじゃなくて、アメリカ、全米の法律の専門家が愛用しているジャーナルです、雑誌です。

森田 それについて、アスベストについての特集の雑誌が出ているわけですか。

鈴木 それはいろんなケースを取り扱っています。アスベストはそのうちの一つです。

森田 アスベストというテーマで定期刊行物が出ているわけですか。

鈴木 そういうわけじゃないです。全体の訴訟問題のことを扱って、その中にアスベストの訴訟が一部として組まれているということです。

森田 それといちいち示しませんが、アメリカ以外でも発電所の労働者の人にアスベスト疾患が起きたということについての文献があるわけですね。

鈴木 科学論文は幾つか出てます。

森田 それは意見書の添付文献という形でお出しいただいてますね。

鈴木 はい。

森田 甲第三六号証の二を示す。

文献などにもありますので簡単に御説明いただきたいんですが、人の悪性中皮腫についての原因ですね、これを簡潔に御説明いただけますか。

鈴木 ほとんどのケースが石綿曝露の結果として起こってます。

森田 もう、そういうことでよろしいですね。

鈴木 はい。

森田 後はここに書いているようなことで。

鈴木 はい。

森田 喫煙は、その原因にはならないという理解でよろしいんですか。

鈴木 つまり、悪性中皮腫の原因とはなりません。喫煙は無関係です。

森田 それと、北川医師は上甲さんの症例を肺癌であるという診断をしておりますね。

鈴木 はい。

森田 甲第二九号証を示す。

14ページを見てください。それに関連しまして、ここで肺癌であった場合、まぁ仮に肺癌であると診断されたとして、石綿曝露との関連性がどうかということについて考えられておられますけれども、ここの記載に何か付け加えることはございますでしょうか。

鈴木 もし仮にですね、このケースが肺癌であったとしたら、私の見解では二つの要素が絡み合って起こったと考えるのが一番妥当であると思います。その二つというのは、石綿曝露、喫煙、たばこを吸ったということですね。これは科学的に両者が交じりあいますと、相乗的な作用を及ぼす。つまり肺癌の発生に一対一じゃなくて、四になるという。これはもう科学者の間で全面的に認められている事実です。ですから上甲さんが喫煙者であって、しかも石綿の職業性の曝露を受けたとなれば、この二つのコンビネーションの絡み合いということが、このケース、肺癌の場合です。そう原因は考えるべきだと、こういうことですね。

森田 この14ページの最後に書いてあるように、「職業性石綿曝露は一つの重大な発癌因子であったと結論すべき」だと、それはそれでよろしいですね。

鈴木 それで結構です。

森田 それと、質問あるいは意見書の中で、いくつか北川先生の鑑定と先生の結論との食い違いに関連して問題点が出てきたと思うんですが。今整理して確認の意味で聞きますので、簡潔にお答えください。一つは、免疫組織検査について、北川鑑定は四つしかやっていないようにと思われると。

鈴木 はい。

森田 先生は11ですか、たくさんやっておるということですね。

鈴木 はい。

森田 そのことによる見方の違いというのが出てきた可能性があるということですか。

鈴木 それはあると思いますね。

森田 それと石綿小体を調べる際に、北川鑑定では、先ほど御証言にあった鉄染色をやったかどうかについて記載がないということですね。

鈴木 そのとおりです、記載がないんです。

森田 やっていれば普通、書くんですか。

鈴木 まあ常識的には書くと思うんですけどね。記載がなかったことは事実ですね。

森田 やっていないとすると、石綿小体を見落とす可能性が出てくるわけですか。

鈴木 それは先程申しましたように、大いにあり得ますね。

森田 それと北川鑑定で用いた電子顕微鏡がどのようなものであるか。つまり高分解能であるか、あるいはまあ走査型というんですか、そのいずれかが分からないと。

鈴木 はい。

森田 走査型であるとすると、やはりクリソタイルの存在を見落とす可能性も出てくるといったことでしょうか。

鈴木 つまり、もし北川教授のところで使われていた顕微鏡が、高分解能の分析電顕でない場合は、クリソタイルファイバーを見落とす可能性が高いと思います。

森田 それと北川鑑定の中で、消化法に用いたブロックが何であるかについては直接触れていないわけですね。つまり先生の意見書の中では、もうこれも書いてありますが、リストの中で欠けているのが右肺の中葉ブロックであると。ですからそれを使ったのではないかという推測を書いてますね。

鈴木 それと、ゆうべ私は・・・

森田 ちょっと時間ないんで。と考えられるけれども、そこは確認できないと。で、もし仮に右肺中葉ブロックを使ったとすると、先生が灰化で使った部分とは部位が違うということになるんですね。

鈴木 そういうことです。

森田 そういう意味で、両方の検査結果が違っても、それは必ずしもどっちが誤りとは言えないということですね。

鈴木 はい。

森田 それともう一つですが、Bulk Tissueというその塊ですね。それについて、この通常の基準は湿性肺、つまりホルマリンで固定されたものが基準になってますね。

鈴木 はい。

森田 ところが北川鑑定の場合はパラフィン固定されたもの、つまり乾性肺を乾いているものを使っていると。

鈴木 そのとおりです。

森田 そのことによる違いについて、換算というふうに書いてあるんですが、換算内容が分からないということですか。

鈴木 どういう換算法を使ったか、北川教授が。それが記載してありませんので、分からないということですね。

森田 それと、北川鑑定の中では定量的データ、つまり石綿線維が実際何本見付かったのかということについて記載がないということですか。

鈴木 ええ、これは一般的には消化法によって石綿の線維の数を数える、石綿線維を同定する場合に、1グラム中に何個の石綿線維があったかということを書くのが常識なんですね。その記載がなかったということです、北川教授のほうは。

森田 そうしますと、出てきた検査結果に基づいての判断はどっちが正しい、間違ったという議論ではないのかもしれないんですが、検査の程度でいうと、北川鑑定よりも先生のほうが詳しい検査をしているというふうに考えられるんでしょうか。

鈴木 あの、病理診断に関してはですね。

森田 はい。

鈴木 はい、そう思います。

休憩

午後の法廷

森田 先ほどの尋問中に、先生の論文の中で、アスベスト疾患に関するものが約120にのぼるということでしたね。これは、アメリカの研究者の中では多いほうではないというふうにお答えになったと思うんですが、それはそのような答えでよろしいんでしょうか。

鈴木 間違いです。反対です。

森田 アメリカの研究者の中でも。

鈴木 アメリカの研究者の中で、120の石綿関連疾患の論文を書くということは、かなり大きな数と言っていいと思います。

森田 それともう一つ、経歴の中の「癌・白血病Bグループ」に在籍した期間について、この証拠で出した経歴とは違った年数を証言されたようなんですが、これはこの証拠で出ている書面に書かれている年数でよろしいですね。

鈴木 書面に書かれている年数で正しいと思います。

森田 それと一点だけ確認しておきたいんですが、甲第三五号証で「悪性中皮腫病理診断の基準」というのを御説明いただきましたね。

鈴木 はい。

森田 甲第三五号証を示す。

悪性中皮腫かどうかの病理診断は、この五つの観点で考えるということですね。

鈴木 はい。それが理想的なアプローチの仕方だと思いますね。

森田 この中には、職歴などは考慮されないわけですね。

鈴木 悪性中皮腫の病理診断というのは、職歴とは全く関係ないことです。これは、純粋な病理学の問題です。

反対尋問

被告代理人(田代)甲第三二号証を示す。

田代 先生には遠い所お越しいただいて、本当に学識の深いところをお聞かせいただいたんですが、その中でここの一枚目の②。ここで、「石綿関連疾患の専門家として証言している」というふうに書かれていますが、これは患者側のほうの立場で証言されたと、そういうような意味合いになるんでしょうか。

鈴木 はい、そのとおりです。

田代 それから、その下の③。「原告側の依頼で鑑定書を提出している。」という「原告側」という意味は、これもやはり患者さん側と、そういう意味でしょう。

鈴木 はい、そのとおりです。

田代 甲第二九号証を示す。

意見書の第1枚目ですが、ここに「病理材料」ということで、「176枚の病組織標本」以下、「カラースライド」まで記載されていますが、これはすべて藤田弁護士から送付されてきたと、そういうものとして承ってよろしいんですか。

鈴木 そのとおりで結構でございます。

田代 それで、我々はどういうものが送られて行ったのか直接分かっておりませんので、例えばですね、送られてきたそういう材料から証人が御覧になって、ああこれは同一人物の確かにこういう部位のものであるというようなことは、確認できるものなんでしょうか。

鈴木 確認できます。

田代 例えば、そういうのはどういうところで御判断なさるんでしょうか。

鈴木 一つはですね病理解剖、報告書にナンバーが入っています。

田代 甲第八号証を示す。

どうぞご覧になってください。

鈴木 ここには「剖検番号」として「84-18」というナンバーがありますですね。それで、病理材料にもこのようなナンバーが入っていたわけです。

田代 愛媛大学の医学部の「84-18」というそういう番号が付されていたので同一人物のものと判断したと、そういうことでよろしいんですか。

鈴木 はい、そのとおりです。

田代 その病理材料の部位とかそういうものは、それに表示されてるものによって御判断なさったと。

鈴木 標本の上に採った組織の場所が明記してあるものが多数で、それに則って判断しました。

田代 鑑定人北川正信作成の鑑定書を示す。

次に、北川教授の鑑定書のほうなんですけど、これはもちろんお目を通していただいてますね。

鈴木 はい。

田代 それに、鑑定書とともに資料一と資料二というのが添付されていますけど、これも全部もちろん目をお通しいただいておるわけですね。

鈴木 はい、そのとおりです。

田代 目をお通しいただいたというか、先ほどの病理材料とともに送ってきたもの。

鈴木 はい。

田代 それ自体から鑑定資料として北川教授がどのような、先ほどでいえば病理材料ですね、それを用いたかというのは、そのこと自体で証人のほうはチェックできたでしょうか。北川教授が何に目を通したかということをですね、チェックされたかどうかという意味の質問になるんですけど。

鈴木 北川教授の鑑定書には、教授が鏡見、顕微鏡の下で見るということなんですが、鏡見された個々の標本ナンバーは記載されておりませんですね、この報告書には。しかしながら、もちろんこの胸膜の肥厚斑を御覧になった。あるいは、この肺の実質を御覧になった。そういう事実はここに書かれておりますですね。それから腫瘍組織も御覧になったという、そういう事実は書いてありますが、標本ナンバーのどれとどれを見たという記載はございませんですね。

田代 いわば北川鑑定人が鑑定の資料とされた鑑定資料、これが厳密にどういうものであるかということはチェックされたでしょうか。

鈴木 ちょっと言葉の意味が。

田代 どういうものを基礎の材料としてこの鑑定書を書かれたかと。その点を証人としては、まあ推測できることがあるというのは分かるんです。その記載内容から推測できるものがあるというのは分かるんですけど、果たして鑑定資料がどういうものであったかというのは、きちんとなんらかの形で調査されたでしょうか。あるいは確認されたでしょうか。

鈴木 ちょっと意味が、完全に質問の御意味がちょっと分からないんですが。

田代 もちろん鑑定人として。

鈴木 北川教授の鑑定書にあるところによれば、北川教授は病理標本切片を御覧になった。その病理切片の内容は肺の組織、それから腫瘍組織、これを御覧になった。それともう一つは、北川教授はパラフィンブロックの一つから、石綿小体と石綿線維の同定を行われた。これはもう間違いなく、そのとおりだと思いますですね。で、私の考えでは北川教授は与えられた愛媛大学の材料をすべて御覧になったと思います。

田代 ですからその範囲がですね、北川教授がお目を通されたもの全部が記載されているとは思えませんので、北川教授が基礎とした資料の範囲と証人が意見書の基礎の材料とされた書面とか、病理材料ですね。それと一致する自分が見てないものを北川先生が見てるのか、あるいは北川先生のを自分が見たのか、そういう意味での確認の質問なんですよ。

鈴木 はい、分かりました。私の御返答はですね、同じものを北川教授も私も見たことは事実だと思います。ただし、一個のパラフィンブロックが私のところに来たのには欠けているわけです。つまり、北川教授のところに恐らく30個のパラフィンブロックが行ったと思いますが、私のところには一個少なく、つまり29個来てるわけで、それには理由があると思います。それはなぜならば北川教授は、この鑑定書の中に1個のパラフィンブロックから石綿小体と石綿線維の同定を行ったと書いてありますんで、そういう意味ではですね、その1個のパラフィンブロックを除いては、全く同じものが私に与えられたと、こういう具合に解釈していいと思います。

田代 その消化されて、パラフィンブロック1個はもう存在しなくなったと。

鈴木 そういうことです。

田代 その差はあるであろうと。

鈴木 ええ。それは私のとこには来てませんけど、それ以外のものは同じものを見たであろうと。

田代 それから、その鑑定書では、クリソタイルが全く出てないと。

鈴木 ええ。

田代 一方、証人のほうが同定された石綿線維というのは、クリソタイルであるという点の違いは、もう先ほど御説明いただいたように、その証人が同定のために使われた資料が非常に少なかったということと、北川鑑定人の使われた材料との部位の違い、そういうこととまあ理解したんですけど、もし違ったらですね。

鈴木 それは厳密にいうと違うと思いますね。今おっしゃってるクリソタイルの問題ですけども、クリソタイルをなぜ私が検出でき、北川教授が出来なかったかという御質問であれば、その答えはですね、幾つかの可能性がありますけども、一つの可能性は電子顕微鏡の分解能が、あるいは両者間で違うんじゃないか。私の研究室と北川教授の研究室で使った電子顕微鏡の解像力に差があるんではなかろうかという可能性が一つと、それからもう一つは午前中私述べましたように、切片の灰化法を使った場合は細い、短い線維、特にこのクリソタイル線維というのは検出しやすいんです。それに対して消化法を使った方法論を用いますと、プロセスが複雑になるわけなんです。その複雑なプロセスの間に、細かな石綿線維がなくなってしまうという可能性があるわけです。午前中私は、そのフィルターの穴の問題も確か陳述したと思いますけどね。それも一つの理由ですけども、そういうことが理由だろうと思いますですね。

田代 やや違った角度で質問させていただきますと、証人のほうで先生のほうですね、石綿線維を同定されるについて、北川教授が分析して同定したアモサイト、トレモライト、またアクチノライト、これが大分大きいようなんですけど、ここらが全く出てこなかったというのは、そちらの方の御説明ちょっとお願いします。

鈴木 一番大きな原因は、私の扱った材料と北川教授の扱った材料の大きさの違いというのが、一番大きな原因だろうということだと思いますね。私のほうが小さい材料を使った。つまり切片ですから、容積がうんと少なくなるわけですね。そういう差だろうと思います。

田代 それともう一つは、ちょっと触れられたのは採取部位が違うんじゃなかろうかと。

鈴木 それも一つの可能性としてはあります。というのは午前中申しましたように、石綿のタイプと線維の数の分布というのは、肺の場所によって同じではないということは、もうよく知られてることなんですね。北川教授の採られた材料というのは、右側の肺の中葉であろうと思います。私の採った材料は、右肺の下葉だったと思いますね。違う肺葉から採ってますですね。それも一つの理由かもしれません。

田代 その例えば、肺の部位によってこの石綿の種類で、その付着する種類が違うとかそういうのはその一定の法則というか、ルールというのはあるんでしょうか。どうでしょうか。

鈴木 詳しいルールは私はあるとは思えません。ただし、明らかな科学論文があるんですよ。例えば、チャートとしての論文が書いてありますね。例えばアモサイト。アモサイトは、どちらかというと上葉に多く見られるという記載があるんですね。そういうことで、分布状態が違うことは明らかだと思いますですね。

田代 次の質問に移ります。証人は、アメリカではその石綿による中皮腫に関連する裁判を、集団訴訟としてですね、いろいろ体験されたか、知識があるというようにお伺いしましたが、日本における同種の裁判、それについてはどの程度のことを御存じなんでしょうか。

鈴木 私は本席が生まれて初めての日本の裁判に出席するわけで、日本における裁判で証人になった経験は全くありません。それはまあ答えになるかどうか知りませんけども、私の認識では、日本では石綿関連の裁判というのは、そんなに多くないと思いますですね、現実的に。アメリカに比べて、あるいはヨーロッパに比べてですね。

田代 特に日本におけるその石綿を原因とする疾病の訴訟というのは、お耳にされたことはありますか。

鈴木 ございます。例えば、横須賀で起こった塵肺裁判というのがあったと聞いておりますですね。

田代 塵肺の訴訟。

鈴木 はい。

田代 やはり、石綿が原因物質であると。

鈴木 はい、そのとおりです。

田代 例えば、発電所における労働者が、その石綿を原因とする訴訟を起こしたケースがあるかどうか、日本で。

鈴木 ないと思いますですね。私の知ってる範囲では、聞いたことはありません。

田代 アメリカでは、先ほどお示しの数が多いのか少ないのか私には分かりませんが、そのアメリカでは少なくとも集団訴訟が起こってるのに、日本ではさほど行われていないというのは、なんか証人のお立場から、日本とアメリカの違いというのは、指摘できるような要素はあるんでしょうか。

鈴木 厳密にこれがそうであるという、まあ確固たる証拠はありませんけれども、いくつかの可能性は考えられると思いますね。一つはですね、私は問題になるのは、医師の、医者の石綿関連疾患に対する診断能力が、アメリカにおける医者の診断能力のそれと比べて低いんじゃなかろうかと、まあそういう危惧を持ってますね、一つは。それからもう一つはですね、アメリカではなぜこの石綿の裁判が多いかというと、これは医師のみならず行政にかかわる人、あるいは極端にいうと一般社会の人がよく知ってるんですね、石綿関連疾患を。例えば、ある人が職業として造船所に勤めた。あるいは、発電所に勤めた。あるいは、紡績工場に勤めた。あるいはですね、石綿の鉱山で働いたことがある。こういう人が呼吸困難になる、あるいは肺の癌にかかる、こういうことが起こった場合に、それが石綿との関連性があるかもしれない、そういうその一般常識が、アメリカでは社会面でも非常に高いわけです。そういうことを認識してるレベルが非常に高いわけですね。それは、日本ではアメリカほど高くないんじゃなかろうかということですね。そういうことがあると思いますですね。

田代 まあちなみに、日本でも石綿というのは呼吸器系統、特に肺について非常に問題であるというのは、まあそれなりに常識化してるとは思うんですが、日本での石綿がそういう肺癌、中皮腫という言葉はさほどポピュラーでないかも分かりませんが、肺の深刻な疾病に至るという認識は、日本ではいつごろからそういう認識が高まり、かつその行政なり企業でも耳にするようになったか、そこらの時期はいつごろだというふうに、御存知でしょうか。まあ御存知でなければ結構です。

鈴木 私は、個人的に時々日本へ帰って来る機会があったんですが、その度に実は、日本で必ずこういう問題が起こりますよということを言ってるわけなんです。それは、はっきりした理由があって、一番大きな理由はですね、石綿の消費量の問題があるわけです。つまり、アメリカでは1970年の後半に、年間約80万トンの石綿を使ってます。その時点で日本は約25万トンぐらい使ってると思いますね。現在、それじゃどうなってるかと言いますと、アメリカでは3万トン以下なんです。日本ではどうかと言いますと依然として18万トン使ってるんですね。これはやはり私は行政面もそうですし、一般の社会の認識も石綿に対する恐怖感というものが余りないということ。そういうために依然として消費量が多いということが言えると思います。ある科学者は、先進国の中で一人当たりに換算して石綿に曝露する危険度というのは先進国の中で日本が一番高いだろうと言われてますですね。つまりアメリカ、ヨーロッパ、カナダではとにかく消費量が減ったために、そういう危険にさらされる率が低くなるんですね。それが日本では依然としてないわけですから、私は潜在的には非常に大きな問題が日本には残されてると、こういう具合に思っておりますです。

田代 発電所の問題なんですけれども、証人はアメリカにおける火力発電所というのは大分数多くその職場環境というのは体験されたというか、現に自分の目で見られてどういうものが どういうところに石綿が使われているか、そういうものは大分チェックされたのでしょうか。

鈴木 私は基本的には病理学者であって、産業医ではないわけです。それからもう一つは、そういった意味では産業衛生という職種があるんですけど、これはそういうことが専門、つまり現場へ行って調べるというのが専門で、私はそうじゃないんです。ですから、私自身が現場へ行って調べたということはありません。ただし、文献は読んでるわけです。科学論文は読んでるわけです。それによって、ただ今の御質問の発電所の中で石綿曝露を受けやすい状況といいますか、そういうところはどういうことかというと、それは文書では知ってるわけです。それは例えばボイラー、それからタービン、それからパイプライン、こういうところに石綿がたくさん使われているということは、もう事実なんですね。それはアメリカでもヨーロッパでもイスラエルでもカナダでも同じ状態なんですね。そういうことは認識しておりますが、私個人が現場へ行って見たことはございません。

田代 日本の発電所における石綿の使用状況、これについてはどの程度御認識というか、御調査というか、御存知なんでしょうか。

鈴木 私自身がその現場へ行って調べたことはありません。日本の発電所でですね。しかし、基本的には私は発電所における石綿を使ってる状態というのは、似てるんじゃないかと思います。

田代 それは、事実として確認されたことはない。

鈴木 はい。確認したことはありませんが、まず常識的にはそういう具合に解釈できるだろうと思っています。

田代 使われ方も、その開放的な石綿が飛散するような状態の使われ方と、密閉型の通常は職場環境に必ずしも影響しない使われ方とがあると思うんですけれども、そこらの使われ方の状況というのはどうでしょうか。

鈴木 先ほど申しましたように、私は産業衛生士ではありませんので、正確な答えを述べる立場にはないと思いますですね。分かりません。

田代 甲第一一号証を示す。

4枚目を見てください。これは、証人の自筆で書かれた署名ですね。

鈴木 はい、これは私の字です。サインです。

田代 4枚目のⅢというところのこれから9行目、「発電所内で定期検査中、石綿に曝露したと云われている」ということを書いてありますね。

鈴木 はい。

田代 この事実は、どういうことでその記載されたのか、根拠は何なのかということなんですけどね。

鈴木 ここに書いてあります、その前にですね「貴先生」というのは、これはここにおられる藤田先生、それから、「平野先生」はお医者さんで、職業病の専門家の先生です。この二人の先生から、お話で聞いていたわけです。そのことが、ここに書いてあるわけですね。

田代 それじゃ証人としては、発電所内で上甲さんが定期検査中に石綿曝露を受けたと、そういうことを話に聞いて、そういう前提でこの意見書は書かれたということでよろしいんですか。

鈴木 いやいや、待ってください。意見書というのは、その診断も。

田代 ごめんなさい、意見書じゃなくて、甲第一一号証。

鈴木 ちょっと見せてください。読まさせていただいて。

田代 甲第一一号証を示す。

はいどうぞ。

鈴木 今のそのご質問の、上甲さんの発電所内での定期検査中、石綿を曝露したといわれているという事実はこれは先ほど申しましたように、二人の先生からのインフォメーションです。ただし、その前に書いてあることとは、これまったく別問題ですね。ずうっとその前のページ、2ページ以上にわたって書いてありますが、これはそのことと無関係であって、どういうことかと言いますと、この時点で、つまり1995年1月23日の私の日付が書いてありますけれども、これは藤田先生への私の手紙ですね。手書きの手紙です。その時点で私は病理解剖記録と病理組織像のカラー写真、写真集ですね、をいただいて、それに対する私の印象を書いたものがここにあります。

田代 じゃあ、今の四枚目の定期検査中に石綿曝露を受けたというくだりは、これは藤田先生と平野先生の情報であると。

鈴木 そういうことです。

田代 それから上甲さんの職種、どういう仕事をしてた人なのかというのは、お聞きになったことはあるんでしょうか。

鈴木 ええ、確か私は聞いた記憶があります。それは、定期的な検査をよくされていたと。発電所の中のボイラー室、その他の検査をしておられたということを聞いております。

田代 実際は、電気の電気系統の、まあ大きく分けると発電所では電気屋さんと機械屋さんとがあって、その上甲さんは電気のほうの技術屋さんで、もちろん定期検査のときにも仕事はあるんですけど、電気の部品のチェックというのは、ほこりとかそういうもの嫌いますから、環境としてはクリーンな作業環境の中で仕事をしてたというように我々は承知してるんですけど、そういうその職種から、上甲さんがどういう立場で、どういう内容の仕事をしていたかということはお聞きになったかどうか、その点どうでしょうか。

鈴木 詳しい、つまり上甲さんの職種、状態、石綿曝露の状態というのは聞いておりません。私自身は、知りません。

田代 その定期検査のときにも、いわば電気屋さんの仕事と機械屋さんの仕事はその分担が違うと、そういうような点はどうでしょう。

鈴木 しかし、石綿曝露という立場から考えますと、特に悪性中皮腫との関連で言いますと、たとえ書記であろうと、あるいは電気屋さんであろうと、ペンキ屋さんであろうと、石綿がその空中に浮遊しているような状態のところにこういう方々が入る。そして石綿を吸う。これを傍観者の曝露と呼んで、傍観者の石綿曝露と呼んでいるんですが、こういう形の石綿曝露はですね、悪性中皮腫を起こすに十分な石綿の量なんです。つまり石綿曝露にはですね、分類しますと職業性の石綿曝露とそれから環境的な石綿曝露、あるいは傍観者の浴びるような石綿曝露。それに非常に似たものは家族内の石綿曝露と呼びまして、石綿労働者が石綿によって真っ白に汚れた服をうちへ持ち帰って来て、それを洗濯する。その家族の人がそういった、そのお父さん、あるいは主人の汚れた衣服を洗濯する。そういうときに吸う。これは、量が少ないわけです、職業的曝露に比べてですね。それでも十分に悪性腫瘍を起こす力があるわけです。ですから、今の話に戻りますけども、同じ例えば発電所の中で、職種が直接、先ほど申しましたパイプラインを壊したり、修理したり、その度に非常に濃厚な石綿を吸う場合もあるでしょうし、それ以外にそういう場所を通ってる人、電気屋さん。電気屋さんがなんらかの理由でそういうところを通る可能性がある場合、この人も石綿曝露を受ける可能性があって、その程度の石綿曝露でも悪性中皮腫は起こり得るということです。

田代 先生がその石綿に対する危険性というのを非常に啓発されているというのはよく分かるんですけど、この上甲さんの職場環境がどの程度その石綿の今ちょっとおっしゃったように、例えば服に真っ白に付くようなそういう環境だったと思われてこういう意見書を書かれたのか、どういうイメージで上甲さんの職場環境、石綿に対する職場環境をどのようにとらえて書かれたのか、もし、まぁちょっと感覚的なものになって恐縮ですが、もしそういうイメージであればですね、おっしゃっていただけませんか。

鈴木 今のお話は感覚ではなく、私の回答は感覚ではなく、イメージではなく、科学的な所見があるんです。それはなぜかと言いますと、このケースで病理学的な検索を行うことができたわけです。それともう一つは、石綿の線維を検索する機会が与えられたわけです。そういう機会を持つことができたわけです、この例で。いうなれば、亡くなった上甲さんの人体材料、肺の組織、あるいは胸膜の組織を調べることによって、上甲さんがどの程度の石綿の曝露を受けたかということが、今の職種と無関係に病理学の立場から言うことができたわけです。結論としては何かと言いますと、この方は職業性石綿曝露のレベルで石綿の曝露を受けたということが今の検査から言えます。病理学的な検査、それから石綿線維の同定の仕事、二つのことから考えまして明らかに言えます。もっと具体的に言いますと、上甲さんの肺に線維症があったということ、程度は中等度ですが肺の線維症があったこと。それから石綿小体があったこと。それから胸膜に石綿曝露のマーカーである胸膜肥厚斑があったこと。それから肺の実質と胸膜にある悪性腫瘍の腫瘍組織の中にも、石綿の線維が発見されたということ。こういうことは、一般の人にはあり得ないことなんです。こういう事実から、職業性曝露があったということが確かであろう。このことは、北川教授も認めておられるんですよ。北川教授の結論では、上甲さんは職業性曝露の下限のレベルの石綿曝露を受けたと。いうなれば、北川教授も上甲さんが職業性石綿曝露を受けたと彼の鑑定書には記載している訳です。

裁判長 午前中の最後に原告代理人のほうから聞かれたことに関わるんですけれども、北川鑑定とあなたのいわゆる結果が、大分違いますよね。

鈴木 はい。

裁判長 その点に関して、恐らく私の理解では異なる部位のサンプルを採ったからではないかと。

鈴木 サンプル。

裁判長 サンプル。細かいところは抜きますよ。私の理解ではそう思ったんですけれども、やっぱりそういうことでよろしいんですか。

鈴木 その差異というのは、石綿小体と石綿線維に関する差異という意味でしょうか、今の御質問は。

裁判長 そうです。

鈴木 そうです。それが大きな原因であろうと思います。

裁判長 それから、もう一つ。そうすると、部位ごとにいわゆる先ほどもあったけど、石綿の種類の集まるところが違うということもおっしゃいましたですね。

鈴木 そういうことです、はい。

裁判長 そうすると、いわゆる北川鑑定はどこを採ったかということなんですかね。先ほど、上方中葉部ですかね。

鈴木 右肺の中葉から採られている。右肺中葉のパラフィンブロックを北川教授はつぶされて、そこから肺の実質の消化法を行って、その中から石綿線維と石綿小体を同定したわけです。

裁判長 そうすると、もう一つですね、それに絡むんですけども、細かいかもしれませんが、北川鑑定と先生の鑑定の中で、免疫組織化学ですか、その化学反応の中に一つだけプラス、マイナス違うのがあるんですよね。

鈴木 ええ。ビメンチンだと思いますね。

裁判長 その化学反応なんかも、部位によって異なることはあるんですか。採った部位によって。

鈴木 余りないと思います。

裁判長 これは、どうしてなんですか。

鈴木 その原因ですか。

裁判長 はい。

鈴木 それは私も、確か追加意見書に書いてありますけども、はっきりした原因は分かりません。ただ私の判定では上皮性の細胞も線維性の細胞もどちらもビメンチン、陽性に染まっているんです。ところが、北川教授は確か線維肉腫型の細胞のみ陽性。

裁判長 ビメンチンは、陰性。

鈴木 ビメンチンは、上皮性の細胞に陰性と書いてありませんか。

裁判長 肉腫様部のビメンチンが陰性である。

鈴木 ああ、そうですか。上皮性は陽性ということですね、そうすると。

裁判長 それから、もう一つ非常に素人的で裁判ということでね、医学専門だけではないと思うんで聞くんですけど、石綿のイメージというのが、肺の部位ごとに異なるようなそういうイメージは、こちらのイメージですけど、イメージで恐縮なんですけど、そういう感じはしないんですけど、そういうことはやっぱりあるんですかね。

鈴木 現実問題として、差があるんですね。肺というのはですね、私の肺、左右合わせて大体1,500グラムぐらいあるんです、重さにして。実際、私たち専門家が調べる肺の量、例えば消化法による検索ですと、せいぜい1グラム。1グラムの材料でですね、1,200グラム全体のことを言えるかという、非常に基本的な質問があるわけです。まあ具体的にはそれはなんというか、完璧じゃない方法ですね。しかし現実的にはそれ以外に方法がないわけです。まず1,200グラムの全部の肺を消化して調べることになりますと、1例について恐らく1年以上かかると思いますね。それは現実的に不可能です。ですから最小限1グラムか、せいぜい5グラムぐらいを採って調べていくとこういうことですね。

(原告側弁護人、森田弁護士ふたたび登場。)

森田 反対尋問の中でも、検出された石綿の内容が種類が違うと、北川鑑定と証人との間でですね。問題になりまして、北川鑑定ではトレモライトまたはアクチノライトが七六%を占めるということでしたね。

鈴木 はい。

森田 乙第一二号証、同第一三号証を示す。

これは、証人御覧になったことありますね。

鈴木 はい。

森田 アスベストメーカーの人の陳述書のようなんですが、この中でいずれも「日本国内においてトレモライトやアクチノライトを原料として工業的に使用した例を聞いたこともありません」。まあ、どちらもまあほぼ全く同じ文章で書いてあるんですけれども、しかもトレモライトやアクチノライトは、考えられるのは職業性であって一般環境にはあんまりないということですよね。一般環境の中で、トレモライトやアクチノライトというのは、吸うことがあるんでしょうか。

鈴木 一般人、我々の肺の中には、余り出てこないということ。

森田 そうすると、上甲さんがどうしてトレモライトやアクチノライトを吸ったのかなということになるんですが、考えられることはありますでしょうか。

鈴木 あります。それは私の意見書、それから追加意見書にも書いてありますけども、このクリソタイルという石綿線維の中に、不純物としてトレモライトがあるということは、これはもう10年ぐらい前から科学者の間で言われてることなんです。一番いい例は、カナダのケベックというところに、大きなクリソタイルの鉱山があるんですけれども、そこの鉱山従業員の悪性中皮腫の患者の肺、あるいはその周りに住んでいる住民肺の中を調べますと、驚くべきことにですね、その肺の中にたくさんトレモライトが見付かったわけです。これはどういうことかということが大きな問題になったわけで、それで結局、現在科学者の間で理解されてる、つまり承認されてる解釈というのは、これはクリソタイルの線維に、非常に一番少ない1%以下のトレモライトが原材料で含まれていたんだけれども、それを吸った場合、人々がですね。つまり、99%のクリソタイルというのは、生物学的に肺から外へ出やすい性質を持ってる。ですから、患者がアスベストを吸入して後、例えば何十年たった後で亡くなります。解剖します。そして、肺を調べます。そうしますと、驚くことに先程申しましたように、肺の中にはクリソタイルの数と同数のトレモライトが見付かったり、あるいはケースによっては肺の中にトレモライトが多いケースがあるわけです。で、そのことは、結局そのトレモライトという線維は、肺の中に蓄積しやすくて、肺から出にくい。逆に、大部分のこの成分を示すクリソタイルファイバーというのは、むしろ長い年月の間に肺から出てくる。一番いい例は、肺からよその組織に移っていくんです。一番大事なことは胸膜にも移っていく、だからこそ上甲さんの例でもそうなんですけども、胸膜の中にたくさんのクリソタイルのファイバーを私自身検出してるわけですね、このケースで、それはそういう理由だと思いますですね。

森田 一番お聞きしたかったことは、この乙一二とか乙一三では、つまりトレモライトやアクチノライトを原料として使用した例はないと言っているんですが、ここで書いてある石綿パッキン、あるいは断熱布団に使われているクリソタイルですね。直接はクリソタイルの製品なんだけれども、その中に混じっている可能性があるということなんですかね。

鈴木 まぁ、少量ながら混じっているということですね。

森田 それが年月がたつと、むしろクリソタイルがなくなって、トレモライトなどが残るということが考えられるということですね。

鈴木 はい。

閉廷が告げられると同時に傍聴席から一斉に声が挙がり、藤田弁護士の見事な法廷捌(さば)きと鈴木教授の確信に満ちた名解説に対する賛嘆で傍聴席はいつまでも湧いた。

傍聴席にいた戻川陽一はこれで勝てるのではないかと心の中で叫んだ。

これが原告側の劣勢を一気にひっくり返すに足る決定的な法廷となったことだけは間違いなかった。

最後は時間切れで完結感を欠いているが、前半の藤田弁護士の質問と鈴木教授の分かり易い証言ですでに勝負はついていた。傍聴席にいた全員がその余韻に酔っていた。

被告側代理人は二人の役者の引き立て役になってしまった感があった。裁判長も思わず身を乗り出して、自分の理解を届かせるために質問したが、それに対しても傍聴席の多数者の疑問を同時に氷解させるような説得力ある回答となって返ってきた。

吸い込まれるような論陣に、傍聴人はまるで顕微鏡を覗く新米の学者になったような気分で悪性中皮腫という病気を現認し、発見した時の感動と同種の感動を味わったような気にさせられた。

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